ふとした放課後、バスケ部に顔を出したのが噂の転校生だった為に、練習よりもそちらに意識が集まる。
…それは、彼にとっても同じだった。『バスケを始めた理由』 葉佩&鎌治
「驚いた」
「そう?」
意外そうに呟く長身の人物に対して、快活に答えたのは学園を騒がせている張本人、転校生、葉佩欧嗣その人だった。一ヶ月前にこの学園にやって来て、生徒会になんだかんだと難癖をつけるような態度で当たられているにも関わらず、いつの間にかその生徒会の人間を友と呼ぶ、そんな男。他の生徒にしてみれば絶対的権力生徒会に楯突いた挙げ句、その生徒会役員を従えたかのような彼の態度は堂々たるものにでも見えたのだろう。実際はただ友達だと思っているだけのはずが、生徒会以上の権力を持っているような噂すらも流れる。
しかしそれが間違いである事を知っている人物も多いのだ。その一人が、バスケ部の部長にしてピアニストである取手鎌治である。彼も生徒会役員の一人だったのだが、ある切っ掛けから欧嗣と行動を共にする様になった。だが、彼は放課後に欧嗣が部活に顔を出す等とは思っても見なかったので、今回の自体にはその白い顔をますます白くして、しかし次には少し照れた様に赤くして、喜んだ。
「…君は、こういう部活動とかは、どうでもよく思ってるんだとばかり思ってたから」
彼の低い声が欧嗣の笑顔の裏を探ろうとする。
鎌治が欧嗣と行動する様になったきっかけ。それは欧嗣が墓荒らし…トレジャーハンターだったことが原因だった。学園の中の墓場、そこにいる化人と呼ばれる化け物を在らん限りの力で薙ぎ倒しながら奥へと進み、秘宝を手に入れる…それが彼の目的だと、鎌治は聴いていた。それを阻止するべく、待ち伏せて…結果 、鎌治は惨敗した。しかし、それと引き換えに失っていたものを取り戻したのだ。それは他でもない欧嗣のお陰で、今や鎌治にとって、欧嗣は掛け替えの無い友人であった。
「俺、バスケ大好きだからさ。 いつか顔出そうと思ってたんだ」
屈託なく、笑う。そうされてしまえば鎌治の伸ばす手等は、本来の腕が幾ら長くとも欧嗣の真意になど届きも掠りもしない。どこか、暗さも感じるのだ。そこに、きっと皆は惹かれている。鎌治は一人確信していた。「あの…」
欧嗣君は、と呼び掛けると、先を促す様に首を傾げて鎌治を見る。お互いがジャージ姿。しかも放課後…普段なら、欧嗣は嬉々として墓荒らしに出かける時間のはずだった。夕日は既に身を隠して久しく、本来なら校舎付近にいるだけでも生徒に注意をしなければいけない…そんな事も忘れて、体育館の中でボールをいじっている生徒会役員の肩書きを持つ自分、それを思い、また欧嗣の姿がどこか子供のする仕種の様に思え、鎌治はほんの少し、笑う。
「どうしてバスケ部に、入部したの?」
本来なら年度が変わる時に入部した生徒に入部の理由や得意ポジションを訪ねるのだが、欧嗣の来訪はあまりに唐突、その上転入後は部活には顔を出さない。聞く機会はあったが、なんとなく聞きそびれていたので、それもまた気になっていた。
欧嗣は、んー、と、微笑んだような顔で少し俯き、次に顔を上げた時には、本当に微笑んでいた。
「馬鹿馬鹿しい話、ちょっと聞いてくれる?」
こういう時の欧嗣は本気だと言う事は、手合わせした自分だからよく知っているのかもしれない。不意に思い出す。あの瞬間。
『この呪われた學園から救い出してくれるとでも?』
半ば自嘲気味に吐き出した言葉、秘宝目当ての盗賊の様な男に、負ける気はしていなかった。覆い隠した顔は、きっと歪んだ笑みを象っていたに違い無い。こいつもじき墓の下だ、僕を助けようなんて答えたら即座に殺してやる。…そう考えていた事さえ、鮮明に思い出せる。
ところが、欧嗣という男は何を思ったか、にっこりと、微笑んだ。
『うん、俺にできるなら』
それは酷い裏切りの言葉に聞こえた。出来ない癖に、と決めて掛かろうとして…鎌治は考えてしまったのだ。もし、この男が全力の自分に勝つ事が出来てしまったら、本当に救われるのではないだろうか、と。多分…、と、戦いが終り、一回り大きな化人、神産巣日と戦う彼をうっすらとした意識の中で見つめながら鎌治は、救われるのではないかと考えた瞬間にはもう負けていたのだと、意識の底で呟いていた。
あの微笑みは、真実だけを語る笑みだったのだ、と。その笑顔に首を縦に振り先を促す。欧嗣はうん、と小さく頷いて手元のボールを見つめた。
「昔さ…小学生くらいの頃、俺凄く、嫌な夢を見てさ、本当すっごい悪夢で、化人なんかマジで可愛いモンだぜって感じの夢で」
茶化す様に自分で笑う。鎌治はそんな彼に何か見えはしないかと、一心に耳を傾けていた。
「俺、あんまり怖くて、暫く眠れなくなっちゃって。 三日寝てないと人間、子供でも元気無くなるモンで、保健室でもうぐーっすり。 けど夜になっちゃうと眠れないってのを繰り返してたんだ」
それは他愛もない話のようだった。しかし、欧嗣は微笑んだまま、鎌治は時々頷いて聞き入っている。
「そん時にさ…そうだ、疲れたら眠れるんじゃんって。 体育の時間がバスケだったし、休み時間も皆バスケやってるし、放課後も…バスケ人気だったんだよね、その頃」
少しだけ年代がずれた彼のいう事は、鎌治にも心当たりがあった。確か、アニメでバスケットボールのがあった、と言えば、その影響もあるよ、とまた笑う。
「それで、急にバスケ始めて、楽しくなっちゃって、毎日くたくたで帰ってた理由も忘れてバスケに打ち込んだんだ。 …だから、別 に気紛れとかじゃないよ」
不意に、肩に手を置かれて、鎌治はまた驚く。それが思い出ではなく、自分に向けられた言葉だと分かっても、うん、とだけしか答えられなかった。
「思い出話はこの辺で…な、ちょっとだけ遊ぼうぜ。1on1で、さ」体育館に、シューズのゴムが鳴くと、ボールが床に跳ね返る音ばかりが響く。
同じ寮への帰り道、電気の消えた校舎を眺めながら、二人は歩いていた。
「鎌治」
「何…?」
鎌治の顔が、欧嗣の顔を見つめている。少しだけ立ち止まった。
「んーにゃ、なんでもねえ。 …またやろうな、1on1」
「僕は負けないよ」
あ、酷ぇ。と。今度は、まるで彼ら高校三年生のするような笑顔を見せる。鎌治は結局、欧嗣という人物の真意も内面もつかみ取る事など出来なかった。その代わりに、彼も結局は同じ人間なのだと実感する。化人をあっという間に殲滅しても、自分やその他の生徒会役員を退けても、日本神話の神の名を関する強敵を倒しても、悪夢に魘されて恐怖する人間なのだと。
ほんの少しだけでも、彼を知った事に鎌治が微笑む。つられる様にして、欧嗣もまた微笑んだ。完
2005/09/02
うん、ゴメン、こういうガラじゃないね。
でも九龍やってるとほのぼのしちゃうんだよ。
化人殺しまくりながら(笑
この作品は九龍語りをしてくれた夢子先輩のお陰で出来ました。
今度は皆守書きます、多分。