屋上は今日も乾いたコンクリートと湿った苔の匂い。
『鉄柵に囲まれた空』 鎌治&甲太郎
「あ、皆守君、やっぱり」
不意に白い手が梯子を掴んだかと思うと、のっそりと細長い影が屋上の中でも高い場所、出入り口の建物の上の部分に現れた。そこには何かの管理の為にある鉄の箱が置いてあり、鍵がないと開かない上に頑丈なので背もたれにして眠るには丁度良いものだった。それに、五月蝿い奴らはこの場所を知らないから、皆ここに甲太郎はいないと思って引き返す。それが目的でここに寝転んでいた時も数回ある。
そこに踏み込むのは、俺の他にこの男しかいないんだよな、と、別段眠っていた訳でもない脳の片隅で囁いた。
「珍しいな、取手。 俺に何か用か?」
「あ、う、うん、用っていう程のことでもないんだけど」
鎌治の言葉に、ゆっくりと甲太郎は身を起こした。これが八千穂なら無視して眠ったふりを続けるところだが、鎌治となると話は別 らしい。なんだ、と聞き返し、アロマに火を付ける。鎌治はゆっくりと座り込んだ。そしてたっぷり二呼吸程の長い間を置いて、口を開く。
「うん…あの、皆守君は、その、たくさん眠っているけど、夢って見るのかい?」
「ハァ?」
あんまり突拍子もない事を聞かれれば、ついアロマも零しそうになるというものである。しかし鎌治は至って真面 目な顔で問う。それを見て、あぁ、と甲太郎は頭を振った。できれば答えたくない質問だったが、自分の心に鎌治に嘘は吐かないと誓ってしまった以上、言わざるを得ない。…甲太郎はまだ大人になりきれない自分を感じながら、聞こえない事を祈りながら呟いた。
「…まぁ、見るよ」
「どんな?」
来ると思った、と小声で吐き出せば、ごめん、と声は返る。
「でも聞きたい」
アロマの煙を吐き出し、その声の先に自分がいない事をうっすら感じ取った。顔を伏せ、何事か考えている鎌治。その心に誰を写 しているだろうか。
もう一度煙を吐き出す。そして、紫色の匂いを身に纏わらせ、心を落ち着け、緩くねじれた髪の毛を少し、指に絡ませて引っ張った。解け切ると、甲太郎は自ら口火を切った。
「予知夢、かもな」
え、と顔を上げた。顔は明るくはないが暗くもない。
「俺の前に、誰か転がってるんだ。 血塗れで、ごろっとさ」
そういう光景は、鎌治も目にした事があった。もっとも、血塗れどころか乾涸びて、それでもまだ動こうとする、人間の成れの果 てのような、そんな物が転がっていたが。
その光景を、何故、と、訪ねる事は出来なかった。アロマを燻らし、どこか遠い場所をゆったりとした雰囲気で眺める目の前の男に、何故か酷い威圧感を受ける。
「それを、俺がひっくり返すんだ。 …それは、欧嗣だった」
この前の夢でな。 それが救いになる言葉ではなくても、甲太郎は話し続ける。どこか懺悔の様だった。
「俺は何度かあの墓場で半死半生の目に会ってる…いや、もう半分以上死にかけるような目に会ってる奴を拾ってる。 もちろん生徒会に届けてるし、そいつらの行方は知らない。 けどな、それが欧嗣だったら…そう、思いたくない」
甲太郎は頭を垂れた。それは自分の思いへの脱力感であると同時に、鎌治への謝罪であった。結局、大人になれない自分を意識した時点で大人への階段は段飛ばしに登れてしまう。今の言葉は嘘だ。死にかけの目に会っている奴がどんな目にあってそこにいるか知ってた。でも…それを今、鎌治には言えなかった。
「…皆守君」
あのね、と鎌治が話し出す。思った通り、と甲太郎はその話を聞いていた。なるほど、欧嗣がそんなことを話したからか、と煙を吐く。
しかし、過去の事を、それでも手に入れた鎌治は、どこか嬉しそうだ。欧嗣は甲太郎に輪を掛けて過去を語らず、己を語らない。八千穂も鎌治も彼にそこいらの生徒を相手にしている時よりも興味津々に言葉に耳を傾けている。過去の片鱗が見えた途端、二人が後で頻繁にメールを交わして勝手に欧嗣の過去を捏造していたりする。主に八千穂が勝手に考え、鎌治がそれに賛同したり付け加えたりと忙しい。
確かに興味深い男だと甲太郎も目を離せずにいる。その八千穂の作り話のような経歴を本当と思える程に謎だらけだ。時折この男のいい加減且つ無責任な笑顔の出所を探るが、結局は分からず終いに終る。だからこそ、虚構を信じたくなるのだろうと、また紫色の煙を吐き出した。落ち着け、俺に直接関わる所まで欧嗣はこない、と。無視をするんだ。言い聞かせる。
「だから、皆守君にも聞きたくて」
でも、と頭を下げて、ごめん、と続く。
「いい、別に大した事じゃない」
それに、と甲太郎は付け加えた。
「欧嗣はこんなトコで死ぬ奴じゃないだろ?」
アロマを唇に引っ掛けたまま発した言葉に、内心その信憑性を問う。そして結果 、それが愚かな事だと悟った。
(嗚呼)
声に出さない。鎌治はうん、そうだよね、と笑顔だ。
(あいつはどうして、こうも俺を信用させちまうんだろう)
昼休みのチャイム。珍しく鎌治が授業をサボっていた事を知って、皆守は唖然とする。サボりなんて出来ない奴、悪い事なんか一つも…俗っぽい悪事には一つも手を染めてい無さそうな、そんな男のはずなのに。いつの間に? と、問いは尽きない。
全ての答えがただ『葉佩 欧嗣』という名前に収束する。一段降りた屋上、コンクリート、苔、鳥の羽。
欧嗣がお前の分、と渡すカレーパンに相応の金額を支払い、座り込む。鎌治と二人きりになる空間だったここに、欧嗣が加わり、そして騒々しくお昼を歌いながらやってくる八千穂が加わった。
先々をどう思っているのだろうか。微かな疑問を、甲太郎はいつまでも打ち消す事が出来ないまま、珍しく一睡もせずに午後の授業を受けるハメになるのだった。
完
2005/09/17
いや、もうなんていうか今現在レポートが終ってません(笑)
沸き上がった物に歯止めが効かない性質なんです…
この話は皆守スキーの夢子先輩に捧げます。
本当、色々感謝してます!セーンパイ!(生徒会副会長補佐ボイス/笑
一応連作なんですがあんまり関係なく読めるはず。
ただひたっすら欧嗣君中心の世界なんですけどね。
次は察しの通りやっちーです。
おこの中では皆守、八千穂、鎌治と欧嗣は昼飯メンバー
かつ
夜遊び仲良し組。
たまに寮から出られる(全寮制の寮って土日とかはフリーのトコがあるそうな)日は
皆で出かけるといいと思ってます。