Absolute Red #First

 

 初めてその瞳を見たのは、

 もうElectro Tunedは流して越えられそう時期で

 …

 初めは吸い込まれるかと思ったんだ…

 

 ゲームを始めたのは、シューティングゲームに飽きた頃にたまたま目に入ったからだ。昔通 ったクラブに似ている気がする。雰囲気とか、そーゆーモンが。そんだけで始めた。
 あの機械はいつも俺好みの音楽を流し続けている。
 それだけでプレイ動機は十分だった。

 一通りデモを見て100円入れてみた。直前にプレイしてる奴がいいデモで、落ちてくるオブジェクトと白のラインが重なったところでボタンを押す、というのはすぐに分かった。ある種のシューティングだ。相手が指定位 置にいないと打ち落とせない。
 試しに一番レベルの低い曲を選ぶ。

 なんだ、簡単だな。ひたすら打ち落とせばいい。

 でも

 でも、クリアした瞬間にシューティングとは違う、なにか別 の達成感を得てた。誰とも戦っていない、ただそこにある目標を達成する。
 結果の画面を眺めながら、俺は何となく、このゲームにただのゲームとは違うものを感じた。二曲目、三曲目と一気にレベルをあげる。三曲目は失敗しかけてギリギリでクリアなんてことにもなった。

 今となっちゃ曲名も覚えてない。

 クリアしてほっと、思わずほっとしていた。だけど、違う。なんか違う。

 確かめたかった。

 

 それから暇さえあればゲーセンに行く日々が続く。BeatManiaIIDX 2nd Styleを、ただ只管に。
 そのゲームが、俺の中でただゲームである存在ではなくなっていく。そんなことは、夢にも思わなかった。

 

 デラをやること数日、ある日後に並ぶ女を見つける。まさか、とは思ったが順待ちだった。

 「あら、この前より低い曲をやるのね」

 どこか少し、高慢さを感じる声。俺は答えず、ただやりたい曲をやった。
 …そう、このゲームは俺が戦わなくていい。好きに好きなものをやる。なんて自由なゲームだ。

 「ふーん…手抜きって、ワケ?」
 三曲目の終わりに、隣から結果を覗き込む。薄桃色の髪の毛は、今にも甘い香りが漂いそうだった。身につける衣服も、何処か扇情的だ。だが女にお高く止まられるのは好きじゃない。
 俺は何も言わずに睨み付けるだけだった。
 「いい?見てなさいよ?」
 さっさと100円入れてゲームを始める。一番に選んだのは、俺がギリギリの辛勝で越えた曲。

 今だから分かるが、このゲームが如何に自由でも、見せつけるようなプレイは相手を苛立たせる。まして、選曲がそうあれば苛立ちも半端じゃない。
 「貴方いっつも手抜きをするでしょう?だから上手くならないのよ」
 今までも見て来たらしい。一瞬喧嘩を売ってるのかとも考えたが、改めた。俺が辛勝した曲を、最良評価であっさりとクリアしやがった。
 「どう?」
 さらにレベルの高い曲を次々にクリアしてしまう。そして、ネームエントリー。

 NYAH

 「ナイアっていうの。よろしくね?」
 「…」
 差し出された手には答えず、つと、視線をあげる。
 何でこんなに嬉しそうな顔をするんだろう、この女は。
 「…ニクスだ」
 エントリーネームのNIXをそのまま名乗った。俺の好きな単語。今じゃ英語より日本語に馴染みのある自分が少し可笑しくなる。
 「ニクスって外国人?アメリカ?イギリス?それともフランスとか?」
 この手の質問は外人連中の間では印象が悪い。基本的にプライバシーに関わる質問は初対面 の相手にはしないもんだ。…だが俺は、半分は日本人だから、それが日本では違う事くらい分かる。
 「日米ハーフだ。…アメリカ贔屓だがな」
 こう言えば大概の日本人は敬遠してくれるもんだ。アメリカ、と聞くだけで英語を連想する日本人は、会話の不成立を怖れて話し掛けようとすらしない。
 「ふぅーん…」
 ナイアは少し首を捻って俺の目を覗き込む。
 「そうなんだ。私も香港生まれ香港育ち。今は中華街で働いてるんだけどね」
 ちょっと意外だった。つーか…俺以外でも外人のプレーヤーなんていたんだ、と、少し驚く

 「今度は勝負してね、私に勝てたら一日デート券かバイト先の中華料理屋のフルコース招待券あげるから!」

 それから、何度かナイアと顔を合わせるようになった。意外に可愛げがあって、時折手作りの中華系の菓子を持ち込む。なるほど、本場の味だと何度も思わされた
 そんなある時、俺がゲーセンに一人いると、まずナイアがやってきて、すぐ後に見なれない二人組がゲーセンに入って来た。
 「あら、ユーズ!」
 ナイアの知り合いらしく、声を掛けていた。一人は赤髪を逆立て、真四角なヘッドギアをした男。もう一人はデラをプレイしてる俺には影になって見えない。
 「どうしたの?人連れてるなんて珍しいわね?」
 物珍し気に覗き込んいるが、背丈はそれなりにありそうだった。
 「ああ、中野でずーっとひとりやったから連れて来た」
 軽く笑いながらユーズと呼ばれた男が答えるが、どうもその笑顔に引きつりが見隠れする。大方、俺と同じで、勝てたら一日デート券かバイト先の中華料理屋のフルコース招待券に釣られて勝負をして負けたのだろう。…俺も負けた。
 「ふぅん…私はナイア。貴方は?」
 尋ねる声が弾んでいる新しい仲間ができるのが嬉しいらしい。
 「俺は、士朗。よろしく」
 その声は済んだ音で俺の耳に届いた。曲の切れ間を縫うように、透明な声が。
 「こちらこそ。ところでユーズ、また一勝負しない?」
 すぐにナイアの柔らかい声がやんわりと声をかき消した。ユーズは即座に「遠慮しとく」と答えた。さて、この二人の関係や如何にだな、と思う。
 「士朗はどう?私に勝てたらバイト先の中華料理屋のフルコース招待券か、デート一日券あげるわよ?」
 釣られるか?と、少しだけ期待する。
 「負けたら?」
 聞き返す声は次の曲に少しだけ消された。
 「何か奢って!」
 弾む声はナイアのもので、今までの無敗を誇る響きが声に感じられる。さぁて始めるか、とユーズがそそくさと逃げたらしい。負けた経験は十分にありそうだ。
 「遠慮するよ。まだユーズ程出来ない」
 やんわり断る。その声に、どうにもやんわり、とした、お坊っちゃんらしい音を感じた。高くついてはいないが、少し甘えか何かを含んでいる
 「つまんないねー」
 そうは言いつつも、ユーズに条件抜きで勝負をしようと持ちかけている。ユーズはそれならばと、勝負を受けたようだった。
 

「なんや、待ちか…あれ、ナイア、あいつこの前お前と話とった奴とちゃうか?」
「あ、ホントだ。いつの間に来てたのかしら」
 端から見ればカップルの様な二人がこちらを見ているが、デラ個体から降りる。

 Electro Tunedをギリギリでクリアした俺。

 ネームエントリーをしないままに、新参者の顔を見る。

 その瞳が、あまりにかったから、思わず、ずっと、見つめてしまっていた…

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