今日も多摩川沿いを。
Bus Stop [4] 〜Can I help you?〜
いい天気で、ノートに反射する太陽が凄く眩しい日だ。自転車も少ないし、鳥も鳴いてる。今日は電信柱にもぶつかってないし、何かに転んでもいない。ちょっと調子が良過ぎて空回りしているのかな。
「良い天気…」
眼鏡の反射も眩しい。これは木陰に居て、ゆっくりしておく方が得策かも知れない。でも木陰らしい木陰はないかな…そうだ、橋の下に行こう。ぽかぽかな日にはせせらぎを聞いているのも良いかも知れない。きっと猫もいるから、飽きないでいられるだろうし。影に入ろうと、その時、人影を見つけた。前に合った事のある、小柄なのに威圧感を感じる風貌の、まだあどけなく見える顔をしたお侍さん。橋の影で猫みたいに丸まって眠っている。見れば昼食の後なのか、ほっぺたにお弁当がくっついていた。
「六さん、六さん、お弁当ついてますよ」
軽く声を掛けてみるが、ううん、と小さく唸るばっかりで目も開かない。いつもの気迫が薄れた顔は、何となく子供っぽくて、これで僕よりも二つも年上だと聞かされた日にはにわかに信じられなかった。耳のピアスも短くカットした眉も、腕に付けているゴムで金属の棘がついたリストバンドも、原宿で見かけるようなファッションに似ている。そこに白い浴衣。浴衣なのかなぁ?薄いけど僕にはあんまりよく分からない。昔から人が死んだら白い浴衣だから、あんまりこう、良いイメ−ジはしないかも。
隣に座ると、丁度日陰になってノートも見える。猫も寄って来て日溜まりはとても暖かかった。ふと、僕の傍で横になった猫と、六さんを見比べる。六さんは動かなくて、猫は時々尻尾の先がピクピクしていた。しばらくノートに目を落としていると、不意にそこの影が濃くなった。
「よう」
見上げれば六さんが僕を見下ろしている。ほっぺたにはまだお弁当がくっ付いたまんまだ。
「はい、今日和」
僕が返事すると、にっと笑う。その顔は確かに僕より年長に見えたし、僕が座っていて見上げている所為か凄く威圧的にも感じる。でもほっぺたのお弁当はそれを全部吹き飛ばしていた。
僕はもう一度、六さんに声を掛けてみた。
「六さん、六さん、お弁当ついてますよ」
風のような人だと思った。照れくさそうにそれを指で取り、ぺろりと口に入れてしまうと、腹が減ったとどこかへ歩み去ってしまった。それと一緒に、起こされたのか不機嫌な猫もどこかへ行ってしまって、少し日が傾いて来て日陰も多くなった橋の下、僕だけが座っている。
「帰ろうかな…」
腰を上げて、後のポケットの小銭を確かめる。バスで三往復できるだけの百円玉 と十円玉。家にかえるのはバスで、と思い、バス停に立った、その時だった。
「ヒグラシ、帰るのか?」
コンビニの袋を下げた風の人が、僕の事を三歩向こうから小首を傾げて眺めていた。その手提げにした袋の中身は何か分からないけど、ちょっと不服そうな顔をしている。
「なんだ、折角だから晩酌に付き合ってもらおうと思ったのに」
袋をごそり、と掻き回す様にして、団子を取り出す。さて、まだ夕方で日も傾きが浅いのにこの人は。でも僕はどういう訳か呆れることもなく笑っていた。そう、いつもより穏やかな気分で、どうしてかは分からないけど、きっと足元の猫も可愛く見えて、気まぐれさのよく似た二つの命を見て、一つ思い付いてしまったんだ。
「六さん、今晩ウチに来ませんか。晩酌、付き合いますよ」バスに乗り込む。持ち物も無い三人は、すいと人の少ないバスの一番後の席に座る。膝の上の一人はバスで十分も無いのに眠りこけ、もう一人は窓の外を眺めていた。僕は、というと…今日の事を、どう歌ってみるか試行錯誤だった。
人は時として、奇妙なまでに優しく慣れるものなのだな、と、元々お人好しの自分に囁いていた。さあ、アパートの鍵をポケットの中から出しておかなきゃ。
End
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