夏の風物詩と言えば肝試し。
今日はとある夏祭りに集まったDJ達が挑戦するが…。(管理人の好きカプ傾向にめっちゃ偏っているので注意を!)
肝試し -All of DJs-
「ちょっとエリカ、本当に行くの?」
「何よ、彩葉怖いの?」
「ていうか茶倉が嫌がってるのよ」
「…辞めない?」
そのやり取りは待ち合わせてやってきた、Roots26製で目立つことこの上ない浴衣姿の女子DJ達が交わす会話に他ならなかった。たまたまその時Roots26にいた面 子で来た為に、エリカ、彩葉、リリスの三人となっている。先ほどからしきりにエリカが行きたがっているのはお化け屋敷だ。大きな寺の一角に設置されたテントの中、毎年卒倒する人間が出ると噂の出店である。
「ああいう場所ってコトによっちゃ本物が出るって言うじゃない?茶倉ってそういうのの小競り合いみたいなのが嫌いなのよね」
彩葉は背後からの重たい雰囲気に少しだけ眉をしかめる。それもそのはず、彩 葉の言う通り、茶倉は行かない、というオーラを全開にして抵抗している。それでも、ナイアがいない今は主導権が完全に彩 葉にあるので抵抗するのみで強制力はないが。時折助けられることもある所為か、彩 葉はなるべく茶倉の意見を汲んでやりたいようだった。
「小競り合いって何よー幽霊同士でもなんかあんの?」
エリカはどちらかというとリアリスト気質。実の所、未だに茶倉の存在を信じ切れていない節がある。かといって頭から否定している訳でもない。実際に茶倉が彩 葉の意識を乗っ取る現場も見ているし、一度はリリスの魔術によって生前の姿も見ている。それでも信じきることが出来ないのは、実はゲーセンに集まる面 子で最も怪談話が嫌いだからだ。その癖、夏ともなれば好んで怪談話や心霊スポットに関連する事項に首を突っ込みたがる。要は怖がりたがりなのだ。それで深夜に眼が覚めたりして怖い思いをすることを学習していないのかも知れない。
「最悪、彩葉に二人取り付く…かも」
ぽそり、と横から告げるリリスはリリスで、あまり乗り気ではないようだ。少々のことでは揺らがない表情が、今は多少の影を落とす。やはり友人の身の…実体無き彼女に「身」という物があるかどうかは定かではないが…危険を伴う可能性があるとなれば、遠慮したいのが心情だろう。多少虐められることこそあれ、魔術の際に必要な霊的な要素を見つけるのに一役買い、また時々ではあるが悩みを聞いてくれる幽霊が望まない目に会うのは好ましくないようだ。
「…辞めない?」
先ほどの台詞を繰り返すが、エリカは首を横に振る。
「折角の夏祭りなんだしさ、行きたいじゃない?どうしてもダメ?」
その食い下がりに一番最初に根負けしたのは、意外なことに茶倉だった。 彩葉は意外そうに肩ごしに振り返る。無論、そこには何も居ないが、彩 葉には一人女性の姿が見えていた。
「勝手にしろ。黙ってれば済む」
つっけんどんにそう言い放つ女性こそが茶倉だった。諦めの為かいつもの様に力が籠らない声はやや細くも聴こえる。
「茶倉、いいって」
彩葉がエリカに向き直ると、そうこなくっちゃ!と張り切り出した。茶倉とリリスの少し憂鬱な溜息を聞いた後、彩 葉もほんの少しだけお化け屋敷が楽しみなことを自認していた。
お化け屋敷まで、あと二十メートル。
そしてこちらは兄弟とその友人の組み合わせである。見れば慧靂を筆頭に兄の士朗、いつにもましてダルそうなニクス、久しぶりの屋台にはしゃぐ鉄火の四人で、やはりこちらもRoots26製の浴衣で歩いていた。一度サイレン宅に集合し、無理矢理ニクスを着付けさせて来たので、ニクスはもううんざりした顔でいる。サイレンは帰りの遅い英利を待ち、先行して四人で来たのだが。
「士朗、俺もう帰っても」
「駄目だ。折角の夏祭りの輪を乱すな」
こういう時ばかり押しが強い親友に、正直げんなりするニクス。いつも確かに押しこそ強いが、ここまでではない。よっぽどこの祭りを楽しみにしていたと見える。さっきから屋台に寄り道しては林檎飴に水飴、綿菓子ハッカパイプヨーヨーと節操無く夏の風物詩を手にする。
「子供の時は全部欲しい!なんてできなかったからなー」
慧靂もそれに同意する所為でますます手に負えない。鉄火も慧靂と一緒に金魚掬いだの射的だのと手を出している。今も射的に再挑戦中だ。士朗も交えて三人仲良く商品を狙っている。
「にゃんこ!」
言わずもがな、士朗が猫のぬいぐるみを必死になって狙う。
「鉄火、あのゲームな、あれ」
「分かったぜ慧靂!…で、右と左、どっちでい?」
鉄火は鉄火で慧靂と共同作戦に出て、二人で同時に同じ商品を打ち落とそうと必死だ。
「後ろの金髪兄ちゃんはいいのかい?」
屋台の親父が一丁の銃を差し出してきた。
「…」
ニクスはしばし逡巡の末、大人料金三百円を渡してその銃を受け取る。右に慧靂左に士朗、必死になって狙うものの、まだ一つも落下しない。精々倒れるくらいだ。
猫の様な顔で、にっと笑う。実弾を打ったこともあるニクスだ、相当に慣れている。当たり前の様に狙いを定め、銃から飛び出すコルク弾の硬さとスピードを考慮し、慎重に定めた狙いを調整する。その仕種、ギャラリー達がキザな、カッコつけだ、と思った祖の瞬間、小気味のいい音とともにジッポが跳ねて後に飛んだ。全く持って飛んでいた。そして、そのままむき出しの土の上に落下する。
「…俺は屋台やってて、コレ落としたやつは初めてだよ」
ジッポを拾い上げ、親父は驚愕に目を見開きながら呟いた。
「そうだろうな」
手渡されたジッポが火を灯すだけの能力が残っているのを確認すると、今度は別 の品物に狙いを定める。商売やってて初めての大ピンチに、親父は顔を青くし、ギャラリーはあれだこれだと狙いに口出しする。しかし、ニクスはお構い無しにぬ いぐるみを撃ち落とした。ちょうど弾切れを起こし、諦めていた士朗が狙っていた品である。ついで残った弾でゲームソフトを二三落とすと、ニクスは嫌味な程にっこり笑って親父に言った。
「こんくらいで、勘弁してやるよ」
ぽかんと口を開けて驚く鉄火と慧靂、そして士朗を尻目に、ニクスは銃を置き商品を手にするとさっさと行ってしまう。ギャラリーは最後にまた歓声を上げたが、ニクスはそ知らぬ 顔。三人も大急ぎで後を追う。
「ほら、次何行くんだよ」
今のでノリが来てしまったのか。ニクスは追ってきた士朗に猫のぬいぐるみを手渡しながら、心底楽しそうに笑うのだった。
しばし歩く内、四人はエリカ、彩葉、リリスの三人に出くわすこととなる。
既にお化け屋敷の前に立たずむ人影が五つ、内二つはまだ成長途中だろう、小さい。
「ジルチ兄ー、マジでココ入るの?」
不満そうに見上げるのは達磨である。今日はいつもの達磨メットは被っておらず、狐のお面 を付けている。今どきこんなレトロなものがあるのだろうか、と疑問もあるが、どうもこの祭りでは様々な趣向の屋台が出ているらしい。保護者的に着いてきたケイナもさっき狐のお面 を購入していた。
「おうよ、夏と言ったらコレだろ」
にんまり笑う大男は達磨の横に佇む津軽の浮かない顔など目に入らない。それは珍しくはしゃぐナイアも同じで、いつもならフォローの一つも入れてくれるのに、と津軽はしょんぼりだ。
「でもさー、アレ、二人組でって書いてあるよ?」
ケイナの指差す方を見れば、入り口には入場一組二百円、二人組でと血を垂らしたような文字で書かれていた。
「じゃあお前がハンパだな」
「はー!?」
いきなりハズされものにされ、不満げに声をあげるケイナ。
「俺はナイアと入る。達磨も津軽と入る。な、お前が半端だろ?」
「な、なんだよそれー!」
その様子に、津軽は小さく溜息を吐いた。祭囃子にそれはすぐ掻き消されてしまったが、さっき買った綿菓子の袋を握る手が白い。よほどお化け屋敷だけは入りたくないのだろう、目も少々潤んでいる。
「あ、ねえアレ!」
ナイアがふと顔を上げてどこかに手を振る。その先には、セリカに識、デュエルとユーズが同行していた。
目立つ浴衣はいつもの面子を引き寄せているかのごとく、だった。
「ナイアー!」
手を振るセリカはすぐに走り出してしまう。置いていかれた三人はどちらにしても進行方向は同じ、とゆったりと歩く。
「はー…なんかでも、ようやく夢一つ叶ったなー」
上機嫌のデュエルは風車を購入し、たこやきを食べながら歩く。胸元に差した風車が乾いた音を立ててからから回っているのも、また楽しいらしい。近年よく見かけるビニール製の物でなく、和紙で作られていたのが興味をそそったらしい。
「なんや、祭来たことなかったんか?」
ビール片手に大判の焼きスルメを齧るユーズは、日本好きのデュエルにしちゃ珍しい、と笑う。識もビールを持って、つまみにはベビーカステラを貪っていた。本人曰く、「明日家族と一緒なんです。今日は娘と家内はまだ実家にいて、そっちのお祭りに行くんだって娘も張り切ってました」だそうで、夕飯を屋台で済ませるつもりで来たので空腹なのだとか。
「こんなでっけー祭は初めてだよ。ご近所はみんな八幡様だからな」
なるほど、確かに、とユーズは一人納得する。八幡様は何処にでもある代わりに一つ一つが小規模だ。ここまで大きな祭はないだろう。ちなみに、ここは神社ではなく寺なので、敷地も広ければ祭に集まる人も多い。
「あ、なんかお化け屋敷入るみたいですよ?」
もごもごとベビカスを口に含んだままで識が前方のセリカを見る。いつにもましてはしゃぐ彼女は、三人を手招きしているのだった。
「あ、ケイナだ」
突然後から掛かった声に一瞬飛び上がりそうになったケイナは平静を装いながら振り向く。
「今晩和」
「ああ…エリカ。それに彩葉とリリス、こんばんわー」
いつも少し抜けたような声を出す彼だ、三人にその心拍数の上昇は悟られていない。
「何何、みんなで肝試し?」
「ん、まぁそんなトコー」
くるりと振り返れば誰と入るかで揉め続ける大の大人達。ケイナとしては恥ずかしいことこの上ないのだが、でもどうしても譲りたくない部分もあるというもので。しかしそこに更に乱入者が現れた。
「なんだ、みんな来てたのか」
一見おっとりとし、その実結構頑固な男。今日は刀を携えていない士朗だった。
「あ、彩葉…」
横でぼそっと呟いたのは鉄火だ。もちろん、その隣に意地悪くうりうりと肘で突つく慧靂もいる。その後には何故か酷く満足げなニクスが一緒だ。
「ニークスー!って、あれ、みなさンも御一緒デースかー?」
そのニクスの背後に、よく見覚えのある紫色の髭と、何故かこんなところでもなみなみとコーヒーの注がれたコーヒーカップを持つ英利の姿。サイレンの手には綿菓子とヨーヨーがしっかり握られ、英利はコーヒーを持たない方の手に焼きとうもろこしを持っていた。コーヒーにもろこし、どうも悪食にしか見えないのは日頃ザザ虫など食べるからだろう。
「あー…なんか、普段の面子殆どそろっちゃったねぇ」
識が見回して笑う。そう、いないのはこの目立つ浴衣を大量に生産した当の店主と、仕事があって不在の全身メカスーツ男だけだ。むしろあの二人が居なくて幸いだったかも知れないとほっとする者が何人か。それもそのはず、あの二人、どう足掻いても目立つ。
「全員お化け屋敷ってわけ?」
ざわつく周辺を一喝するような鶴の一声。ナイアが見回せば誰もが肯定して首を縦に振った。結局、ナイアの提案でくじ引きと相成った。屋台の親父やらおばちゃんやらに紙と挟み、ペンを借りると、とりあえずペアができるだけ割り振られたくじ引きの細い短冊が出来る。
「よし、じゃあこれを一人一人引いていこう」
余り物には福が、と全部のくじの尻を握りしめる士朗。あとは各々が恐る恐るそのくじを引いていくだけだった。
最初のペアから順に、達磨と津軽、リリスと彩葉、エリカとセリカ、ユーズと識、エレキとデュエル、士朗とニクス、ケイナとジルチ、鉄火と英利、ナイアとサイレンという形になった。これで笑う者もいれば泣く者もいる。しかしくじで決まった以上、覆せないペアなので、泣くも笑うも、順番にお化け屋敷へと入っていくのだった。
最初に入れられた達磨と津軽は終始くっついて歩く。
「ちょっと達磨、早い」
「ん、ああ…ゴメン」
意外な程臆病な津軽を見て、達磨は内心苦笑する。普段、大人にも引けをとらない気丈さを見せる彼女が、こういう物は全く駄 目らしいのだ。かく言う達磨も少し腰が引けつつある。何しろ真っ暗な道を最初に渡された提灯(とは名ばかりの懐中電灯内臓式のものだが)の光を頼りに出口まで歩いていく。
「きゃっ!」
右袖が盛大に引っ張られ、達磨は転びそうになるのを踏み堪える。
「どうした?」
「い、今なんか触った…」
背後を何度も気にする。その表情にいつもの気の強さが見えない。達磨はにやりと笑い、津軽の尻をぺろっと撫で上げた。
「わっ!もう、何すんのよ!」
ぱしん、と軽い音。あ、と声をあげるも、すでに津軽は平手打ちを放った後だった。それに達磨はふぅ、と安堵した様に溜息を吐く。
「触ったの俺だよ、そんなにビビんなって」
ほれ、と凝りもせず浴衣を跳ね上げる様にめくる。津軽はそれを上から手で押さえて、きっと強く達磨を睨み付けた。
「ちょっとねー!悪ふざけも大概にしなさいよ!」
「知らね。ほら、行っちまうぞー」
ひりひりと痛む頬を擦りながら、達磨は先へと歩く。制止の声を上げながら追いつく津軽には、いつもの気の強い表情が戻っていた。
(最初に触ったのは俺じゃなかったけど、あんなビビってる津軽はらしくねぇし、な…)
密かに心の奥で囁き、あともずっと二人の言い合いで道が続くのだった。
「いそう?」
「いないって。安心」
道々心配するリリスに、彩葉は笑顔で応える。もともとオカルト研究部の二人だ、ここで幽霊に出くわせるなら願ったり叶ったりなのだろうが、茶倉のことを思えばそれも望まない。あとは驚かされながら出ればいいだけだ。
「あ、ほらあそこの藁人形」
「どれ?」
「あれあれ、あれ釘が五寸じゃないよ」
「…本当」
「なんかがさつねー」
「…魔法陣も、あれじゃ不幸なモノ呼び込むだけじゃない?」
「あ、本当。ここって経営不振なんじゃない?」
「それにしても…随分静かね」
「効果音とかってあんまりない方が効果的ではあるけれど…」
オカ研二人の言葉に、驚かす幽霊役の人間の方がビビってしまった、とさ。
「やだっ!今なんか踏んだ!」
足元を照らすセリカ、エリカが踏んだのはこんにゃくだった。
「あー…気持ち悪いっ」
「でもチープねー。こういうの好きだけど」
通りかかる二人に、どうにかやる気を取り戻した幽霊役はできる限りおどろおどろしく姿を表す。
「う〜ら〜め〜し〜や〜………」
「キャーーーーーーーーーーーーーーー!」
完璧に二つ重なった悲鳴が走っていく。足音まできっちり揃って逃げ出す二人を見て、幽霊役は満足そうにしているのだった。
「何が悲しゅうてお前と…」
「まぁまぁ、いいじゃないですか、師匠」
引き摺られる様に中に入ってきたのは凸凹師弟。口ではなんだかんだと言いながらも、結局は統合して落ち着く二人なので特にこれといった心配はない。足並みも良く、時々幽霊やこんにゃく、墓から飛び出すアトラクションにビビりながらもそそくさと抜けていく。
「なんや、お前こういうの苦手なんかい」
「師匠こそ」
二人仲良くど突き合いをしながら出口へと向う。
「あーでもコレ、ええかも。新しいなんか…こう…」
周辺を見渡し、和風独特のおどろおどろしさを見て、嬉しそうに呟く。その様子に、識は軽く手の平でユーズの口を覆った。
「いいんですよ、師匠。イメージは言葉にするんじゃなくて、師匠のやり方で表現すればいいんですから」
人差し指を唇に当て、しぃ、というポーズ。遠くで悲鳴が聞こえ、そとの蝉も電球の光に昼を憶えて鳴いている。風が吹いてテントがざわめき、砂が流れる音がする。
「識」
手首を持って手を外させると、ユーズはそれこそ幻ではないかと言うくらいに、静かに笑った。
「おおきにな。ほら、出てビールの追加買うで」
放されない手首を引っ張られ、識とユーズは早足に外に出た。
まだ秋の遠い、風が吹いた。
びくっと、大きな体が震える。見た目の割りに恐がりなのか、驚かされる度に背中に隠れるデュエルを、提灯を持った慧靂は苦笑してみている。普段はまるでもう一人の「兄」の様に大きく強い存在なのに、実在しない幽霊なんかにビビって、と一人心のそこで笑った。それは嘲りを含むものではなく、常に自分の上にいる彼の、ある種可愛らしくさえ感じる部分を見つけて嬉しいが為のものである。
「デュエルー、そんなに引っ付いてたら歩けないよー?」
肩ごしに見れば相当怖いのか警戒するような顔つきできょろきょろと周辺を見回していた。
「デュエル?」
「…」
よっぽど怖いのかバツが悪いのか。デュエルは黙りこくったままぐい、と慧靂の肩を押した。わざと転ぶだの倒れるだのと言ってそれを抑止すれば、困った様に眉をしかめる。
「デュエル、そんなに恐い?」
「ああ、恐い」
率直な言葉だった。歯止めの掛かっていたものが切れたのか、遠くの方で誰かの悲鳴がした途端にしっかりと慧靂の手を握って放さない。
「…行くぞ」
それでも長居するよりはマシ、と思ったのか。ずんずんと先に進むデュエル。慧靂はこっそりと笑って、その後を追う様に引き摺られて歩くのだった。
墓場から突如ゾンビの様な幽霊が飛び出す。
「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
それこそ脱兎のごとく。デュエルは慧靂を引き摺って逃げ出したのだった。
「…あの悲鳴は誰のだろうな」
耳を澄ませ、士朗が愉快そうに口の端をほんの少しだけ持ち上げる。ニクスはんー…と目を閉じて、分からないな、とだけ返答した。
「男の悲鳴だ」
それこそ愉快そうに。時々士朗のそういう所に意地悪さを感じるニクスだが、それが付き合いの長い自分やサイレン、ナイア、そしてユーズの前でもないと出さない本音だということはよく知っていたので、別 段不快だとは思わなかった。むしろ、万人受けして誰にでも好かれる、まるで人の理想をそのまま描いたような士朗に人間臭い一面 を感じられるのが楽しい、と感じる。素顔を見せない士朗を見るのもまた楽しいものだが、素顔を晒すのを見ているのも楽しいのだ。
「意地の悪い奴」
言えば苦笑して、いつものただ優しい士朗に戻る。
すぐ傍に飛び出してきたおどろおどろしい得体の知れない、腐った死体のような見てくれのものをやり過ごし、ゆっくりと先へ進んだ。
「にしても、色気がないな」
ニクスが隣の男を見て一言。こっちの台詞、と笑い返す士朗もそれは同じで。
「誰だよー余り物には福があるなんて言った奴」
「その余り物はお前だろ」
くじ運に関してはお互いあまりよくないのかも知れない。そんな風に考えながらも、二人は合わせるでもなく同じ歩調で出口へと順調に進むのだった。
一人はしゃぐケイナ、ぐったりと落ち込むジルチ。まったくもって逆方向の状態の二人は、ケイナがジルチに合わせて歩くためにゆっくりとした進みだった。
「なんだよー、ジルチ。俺じゃ不満?」
当たり前、と溜息の様に吐き出して、ジルチは振り返る。分かっているのだ、この次の次はナイアとサイレンが歩いてくる。だからわざとゆっくり行って遭遇しようなんて魂胆だ。
ケイナはがっかりする。たまには友達の方を見てくれてもいいだろうに。片思いもいいけどさ、と、聞こえない様に口の中に含ませる様に呟く。
「あーあ…俺の完璧なプランが…」
ジルチはジルチでぼそぼそと呟き続けている。どうもココでナイアをモノにする作戦でもあったらしいのだが、モノの見事に失敗している。だからと言って俺に対する態度が酷過ぎる、ケイナは一人ごちた。
「…たまには、さー」
提灯でジルチのその鬱々とした顔を照らしながら、呟く。
「俺達と遊んでくれても、いいじゃん」
ナイアばっか。口を尖らせて、頭を抱えたままのジルチを置いて先に歩く。提灯で照らしながら先へ進むケイナを見送る様にしながら、ジルチは葛藤していた。その葛藤が彼自身にもなんだか分からないものであったために、余計に悶々としてしまう。
「おい、ケイナ待てよ!勝手に行くんじゃねぇ!」
結局、浴衣の裾を跳ね上げて走り行く大男の姿があった。
「うわぁッ!」
びっくりして後ずさったのは鉄火。一方で英利は涼しい顔でさくさく進んでいく。
「…なぁ、ひ」
「ひでとし、じゃないぜ」
先に釘を刺され、う、と言葉に詰まってから、鉄火は一度咳払いをして気を取り直す。
「え、英利は恐くねぇのかよ?」
さっきから何度も短い悲鳴とともに飛び退ったり身構えたりを繰り返している鉄火と、対照的に全く動じない英利。普段もデラをやればからかうし、何かと寿司を握れと言ってみたり、ニクスと一緒に思い切り始末の悪い悪戯を仕掛けたりする子供じみた様子とはどこか違う雰囲気だった。
「…ほら、行くぞ」
答えもせず、一度は止めた歩みがすぐに再開される。
鉄火は一人、これは、と思った。もしかしなくても、俺より怖がってる。そう分かった途端に鉄火の頭に一つ、あまりにも子供じみた考えが浮かんだ。もちろん、それは口に出さず実行する。いつものお返しだ、と鉄火は小さく笑い、設置された草むらの奥へ隠れた。
数歩歩き、後ろから付いてきていたはずのゴム草履の音が途絶えたのに気付く。振り返り、いつのまにか鉄火が居なくなったことに気付いて英利は身震いした。正直、彼はこの手のアトラクションにいい思い出はない。幼い頃からお化け屋敷だけは苦手だった。別 に英利はお化けだのなんだのが怖いのではない、ただ突然驚かされるのが嫌いなのだ。かといって鉄火の様に騒ぐ訳ではない。どうしても、声も上げられずに硬直してしまう。だから、傍目には分からないのだ、彼がどれだけ怖がっているか。
「…鉄火?」
どうにか、呼んでみる。そうなって始めて、これも突然の事態、彼を驚かすのに十分だと知った。声が掠れているなんてみっともないことこの上ない、英利は心の奥で舌打ちをし、周辺を見回した。
右、いない。左、いない。正面、もちろんいない。背後、振り返った瞬間、正面 の方から
「わっ!」
「っ!!!」
もう、本当にシメようと思った。体をどんと突いたのは鉄火。大声を出したのも鉄火。
「へへへー、驚いた?」
いつもと立場が逆転している。鉄火が得意げに笑い、英利がしてやられているこの状態は全く普段と反対だった。それだけでも鉄火には嬉しくてしかたないし、英利には腹立たしいことこの上ない。転びかけるも硬直してしまって動けなくなっている英利の顔を、鉄火がにっと笑って覗き込む。
「ほら、英利、行くぜ?」
さっき言われた台詞をそのまま返し、彼は赤毛を上機嫌に揺らして先へ進んでしまう。英利は悔し気に拳を握ると、動かない足を無理矢理動かして後を追うのだった。
ナイアもサイレンも、談笑しながら歩いて進んでいく。ナイアに至っては出てきたお化け役や幽霊役に、お疲れさま、なんて声をかけてしまう始末。これではジルチが計画していた作戦もどちらにせよ失敗だっただろう…サイレンは彼女の振る舞いに苦笑しながら後に着いて歩く。声など掛けられてしまって全く無意味になってしまったお化け達はそそくさと元の場所に隠れる。
「思えばさ」
ナイアはくるり、と振り返ってサイレンに並んで歩く。
「付き合い結構長いのに、あんまり一緒にいる時間てなかったよね」
「それもそうデースね」
頭一つくらいは小さなナイアの歩調に合わせ、ゆっくり歩く。もちろん浴衣の所為もあって大股では歩けないし、そういう風情を味わうのも悪くない。
「でも、ナイアは人気者で、いつも誰かといるから仕方ないデース」
その上、サイレンの仕事の終了時間とナイアが帰宅する時間が被ってしまうためにすれ違うことさえ稀だ。
「でも、なんか寂しいね」
なんで?と紫色の瞳が彼女を覗き込めば、
「私、みんなと仲良くしたいなぁって」
それはどこか無い物ねだりの子供のような言葉だった。しかしサイレンは首を捻る。彼女は誰とでも仲がいい様に見えたのだ。ジルチにだって、結局対戦に付き合ったりしているし、また彩 葉が茶倉に豹変してもしっかり相手をする。まさに皆の姉としって差し支えない人物なのだ。
「…なんでもないよ」
その様子にナイアは寂し気に微笑んで、また一人お化け屋敷をからかい始める。その後ろ姿を眺め、サイレンはそうか、と一人納得するのだった。
大人故に、甘える場所を失っているのかも知れない、と。あたかもそれは、自分に共通 する部分の様で、サイレンは屋敷を出るまでの間中、溜息を吐き続けるはめになった。
「おー、全員生還やな」
「やめてよユーズ、笑えない」
「ユズ兄不謹慎ー」
数人死ぬような思いをしてやっと全員が揃った所で、さすが年上の貫禄、ユーズが一挙にまとめる。
「ほな、今から飲み行こか。今日は子供連中も連れてったるわ!」
そこで高校生と中学生が歓声を上げる。いつもはそのまま帰れと帰されてしまうだけに、嬉しいのだろう。但し呑むなよ、と識に注意を受けてから、大所帯が歩く。
花火が上がる。まだ夏の夜は終わらない。
「セム!今度あっちー!」
「ああほら、あんまりはしゃぐな、浴衣が…」
一方で、仕事がようやく終わった二人は、まるで地味な浴衣に身を包んで縁日を楽しんでいた。孔雀はあっちへこっちへ遊び回り、綿菓子を買ってみたりかき氷に頭痛を覚えたり、林檎飴をセムに齧らせたりと忙しい。セムは昔リリスがそうだった、と懐かしみながらその後を追って歩いていた。手には透明度が低い白いビニールを携え、常に浴衣が汚れないか見張っている。
「誰にもあわないねー…」
終わりも近い縁日、翌日の為、と既に店を畳みはじめる屋台も多い。ソースせんべいを手にしたまま、一つ竹とんぼを買って、孔雀はほんの少し眉を寄せた。
「まぁ時間が時間だし、いつもの面子なら呑んべぇがいるしな」
もちろんそれは皆に一目置かれるあの赤毛と、その横にいつもくっついている優し気な男のことなのだが。
「もうすぐ屋台も全部閉まってしまうだろう」
えー…、と不服の声。それでも屋台の灯りは徐々に消えていく。閑散とし始めた大きな通 りに、孔雀は俯いてしまった。
「もっと、お祭りしたい」
駄々っ子、と頭を撫でられる。さして年齢に差はないのに、いつも彼が上手だ。それは孔雀にとっては嬉しくもあることだったが、たまには自分が上手に出られることがあればいいのに、常々そう思っている。
「ほら、花火を買っておいたんだ。やるだろう?」
ビニール袋の中身を見せ、セムが孔雀の腕を引っ張って歩く。近くの河原まで、そう時間は掛からない。
「セム、ありがと」
「うむ」
小さなやりとりのみが交わされ、人気の無い河原に二人の影が降りて行った。
肝試し −終−
2004/08/06
はぁああ………いつにもましてハイペース、
全文で12時間前後でしたか、書き上がってよかった。
多分いつもより文が雑かと思いますが御理解下さい、
帰省前に一本上げておきたかったんです。
書きかけのものが仕上がらないって非常に情けない状況ではあるんだけども。
とりあえずこれは残暑見舞い代わりに。
皆様、今年も暑いですが乗り切って下さいませ。ちなみに狼は既にバテバテです(笑)