ぼくが まもる!
VCSS -9- Lion
「みーつけたっ」
空気が激しく摩擦し何かの落下音が聴こえた途端、無邪気な声がそれを切り裂いた。
「あー、やっぱりギガじゃなーい」
すとん、と街のかなり外側、細い路地の続く所へ、赤と黒に彩られた白髪の悪魔が降り立つ。ライオンのぬ いぐるみは震えながら素肌の腕にしがみつき、腕の主である女はライオンを後ろに庇って隠した。それを見る男の顔は口元は笑っているが、黄色いサングラスに遮られた向こう側はどこを見ているのかも、誰にも見て取れない。
「君、ギガとおんなじ感じがするんだー…」
首をゆっくりと、横に傾げて彼女の顔を下から覗き込む。いつの間にか彼女の目の前に接近していた白髪の男に、彼女は警戒心を隠さない。強く睨み付けて、足はいつでも走り、蹴りあげる事ができる様に、少し開いておく。
それを知ってか知らずか、男は身体を起こして逆方向に首を傾げた。ふーん、ふーん、と考え込むような声色で繰り返す。腕組みをしたまま、今度は首を戻してから、一つ頷いた。
「ぼかぁ君のことが好きだなぁ」
もしこれで目元が隠れていなければよっぽど人の良い笑顔に見えた事だろう。しかし、ただ無気味でしかないような満面 の笑みで、彼は殊更嬉しそうに話し出す。
「君はなんだかとっても綺麗だ。 それに、とってもきらきらしてる。 君を見てるだけで、ぼかぁ本当に満たされた気持ちだなぁ」
一歩踏み出すが、彼女が一歩退いた。影になっている場所から、もう一歩、彼は踏み出した。そして、彼女も影の中へ一歩退く。すると、男はかっくりと方を落として項垂れた。
「どぉしてー…?」
正直な所、彼女には先ほどの大虐殺が怖くはなかった。しかし、その力の圧倒的なことを知っている以上、迂闊に近付きたくなかったのだ。
お構い無しに、彼はあ、そうだ! と、また笑顔になる。
「ぼく、ギガから聞いたんだ。 おんなじのがいたら、エグゼの所に一緒に行くんだって。 だから、エグゼの所に行こうよー!」
今度は踏み出さずに手を差し伸べる。しかし、彼女の後ろでライオンのぬいぐるみがにわかに暴れだした。
「え、えぐぜ!」
ぴょいと彼女の腕を飛び出し、ライオンはううう、と唸る。その先では男が手を差し出したまま、ライオンを見ている。
「げんきょう! かのじょは、あげない!」
しっかりと踏ん張り、ライオンは尻尾を逆立てた。男はそれを眺めて、瞬間、表情を無くすが、それがすぐに微笑みに変わる。
「…やだなぁ、君、知ってるんだね。 ぼかあ君も一緒に来ればいいと思ったけど…。 ギガが言ってたよ、エグゼを知ってて、て…てき…えーと、そうだ…敵対する奴は…………………」
不意に言葉が止まり、口が大きく、細い新月を描いた。
「殺していいって!」
差し出したままの手の平が突如ライオンに向けられるが、ライオンは寸での所で丸く抉られた大地から飛び退いていた。そのままもう一撃が加わりかけるが、ライオンは彼女を突き飛ばしながら後退する。
「キャッ!」
「にげて! ぼくが くいとめるから!」
彼女はどうにか転ばずにバランスを取り、でも、と言いかけてライオンに膝を押された。
「にげて」
その目は確かに光を持たない作り物のはずだったが、そこに真摯な光が宿ったかの様に、彼女はそれに答えて街の中心へ、再び走り出す。
「あ! あーもう、お前なんかどうでもいいんだ! 彼女が行っちゃう!」
白髪がにわかに逆立って、男の足元の地面が少し抉れた所に、黄金の風が飛び込んだ。
「ぐっ!?」
男はその風の衝撃で後ろに飛び退るが、すぐに顔を上げて身構える。飛び込んだ風はライオンのぬ いぐるみで、男の前に立ちはだかり、もう一度踏ん張った。
「ザ・サファリ!」
ライオンが叫ぶと、その背中の方から二頭の金色のたてがみを持つ、ぬいぐるみではないライオンが現れた。鋭い爪をしっかりと大地に突き立て、唸りを上げて鼻に皺が寄ると唇も捲れ、鋭く真っ白な牙が威嚇する。その大きさたるや、立ち上がればおおよそ目の前の男の二倍もあるだろうかという程だ。ライオンが立ちふさがり、白髪の男は悪鬼の笑顔でそれに答えた。
「へぇ…楽しませてくれるんだ」
周辺の石やコンクリートの壁が、みしみしと軋んで怯える様にかたかたと震え出す。
「かのじょは…ぼくが まもる!」
おん、と風が鳴って二頭のライオンは飛び出した。空間の抉れを敏感に察知し、男の目前へと一頭が迫り…そして、右前足から大量 に出血する。
「あははははあはははははははぁ!」
血を浴びて歓喜し、ライオンの右前足を突き刺していた腕を引き抜けば、さらにボダダダダ、と重たい音がアスファルトと土の混在する地面 に落ちる。その指を舐めて、満足そうに笑うのだ。
ぬいぐるみのライオンは、彼女だけでも助けられればいい、と、心臓の無い身体を見下ろすのだった。
to the NEXT