それは知識の上では俺達にも存在しているはずで、多分、俺達にとってはただデータとして処理されていそうだった。

M.O.T.H.E.R. [gigadelic&GENOCIDE]

 ぱたぱたと走り回る音が俺を目覚めさせる。その音は走り回るジェノの少しダブついた防護服が立てる空気の音だった。何故そんなに走り回るんだとまだ少し眠い頭を持ち上げると、すぐ足元にちょこん、とジェノが座り込む。
 「ねえねえ、ギガ、だれかいるのかな」
 きょろきょろと落ちつかなげに、四方の壁やら音のしない機械、果ては"Mother"の残骸を眺め回して、俺に問う。
 「なんで」
 ぐいと腕を伸ばして上半身を起こし、資料として残されていた猫の写真のように伸びをする。それから一気に立ち上がると頭が少し立ちくらみでくらくらした。
 「きのう、だれかがはなしかけてきたんだよ、ぼくらをまってるっていってた」
 一挙に昨晩の夢が頭を駆け巡った。夢、と言って良いのだろうか。思い返せば白っぽい光がそんなことを言っていた、そんな夢だったようにも思える。しかし、二人が同時にそんな夢を見たという事は意図的な力が外部から働いたのかもしれない。だとすれば確かにここに、俺とジェノ以外の誰かがいることになる。
 「俺も聞いた」
 頷くと、ジェノもそうだよね、と大きく頷く。そしてすくっと立ち上がると…まさかまた背が伸びたんじゃねえだろうな…またきょろきょろと見回した。
 「でもだれもいないんだよ、だれかいるのに」
 手探るように壁に指を這わせる。それでも何も見当たらない。まあ当然だろう。右隣は三級資料庫、左隣は物置き、扉の向こうは廊下で反対側の壁の向こうは不明だが、少なくとも叩くと硬い質感で音が返って来るから分厚い壁があるはずだ。どこかに潜んでいるなら俺がまっ先に見つけるだろう。
 「ねえねえギガ」
 壁にぺったり耳を付けたまま、白髪の下の顔が、純粋な興味で笑みを象った。
 「さがしてみようよ」

 即答しかね、俺はしばらく考え込む。これがもしかしたら、元々ここにいた人間の、俺達を排除する罠かもしれない、という疑念があったからだ。もちろん、根拠はないに等しい。だがここは電力さえ供給されれば様々な事が可能になる超大型施設だ。可能性は否定出来ない。ここにいた人間がどういう理由でここを出て行ったにせよ、戻って再利用しないということはないだろうと容易に考えられる。そうであれば何かその際に危険になったりするような因子は何であれ排除したいはずだ。…だが俺達はその人間に『造』られた、いわば人造人間のはず、つまりは人間にとって都合の良い生き物として創造されているものだから、その俺達のことは知っている可能性も十分にある。それでいて排除する理由も…つまりは可能性の話だけ、卓上の空論が空回りを繰り返す状態だ。
 この二進も三進もつかない状態で、結局導きだされた答えは、ジェノの言う通 り、声の主を探してみようという、極単純な結論だった。

 「わかった、探してみよう」

 俺の言葉に、ジェノは満面の笑みで微笑んだ。

 

 探すと行っても、なかなか並み大抵の事じゃないのは最初から分かってた。とりあえず携帯用にナップザックを二つ準備し、負荷になり過ぎない程度に荷物をつめる。ジェノが食糧について我が儘を言ったが、それは耳に入れない事にした。
 ミネラルウォーター、乾パン、薫製の肉類、物置きにあった懐中電灯と少し錆びた乾電池、それから毛布をどうにか詰め込む。それを背負って歩き出すと、急に変に心臓がどきどきしてなんだか笑いたいような気分になったけど、馬鹿っぽいからやめといた。反してジェノは笑う。柔らかく笑う声に、何故か分からないけど俺がじっとりとした視線を向けると、ジェノはだって、と笑って言った。
 「なんだかたのしいんだ」
 そんなのは俺も一緒なんだけどな。そう思っても笑えなくて、ただ眉間に皺を寄せている俺と、そう思ったら笑い出すジェノだった。

 初めてこの生活地区を出る。今まで興味が無い様に振る舞っていた食糧保存庫とクリーニングルームのずっと向こう、鉄板一枚で隔てられたその先。苔と蔓が絡み付く錆びた扉はドアノブが落ちていて、俺はいつかのようにその扉を蹴った。バァン、とけたたましい音がして、少し先まで扉は吹き飛ぶ。ふん、ざまみろ。俺だって少し鍛えればこれくらい訳ないぜ。だが扉は落ちた先ではぞぞぞ、と変な音を立てただけだった。
 その扉から目線を上げて、あっと、声を上げたのは俺もジェノもほとんど同時だった。
 そこは半ば熱帯雨林だった。太い蔓、巨大な幹、陥没した鉄の廊下には水たまりが出来、空気が湿っぽくて遠くの木々の間は翳んで見える。所々には花さえ咲いているし、ちょっと下を見ると羽虫が羽を震わせていた。
 「なんだ、コレ…」
 あまりに唐突な光景に俺は驚愕する。確かにまだコードは生きているし、電灯も明滅を繰り返してる。どこからか電子音もするから実際にこの施設の中の一角なんだろうが、この状態は異常だ。ひらひらと蝶も飛んで
、まるで夢の国だ。
 「あ、ちょうちょ!」
 その昆虫を視認した途端、走り出す背の高い…いや、俺の兄弟じゃねえかよ!
 「おい、コラ!」
 足の長さの所為でどんどん遠ざかるジェノを追いかけて行くと、ますますそこは鬱蒼としたジャングルなどという言葉が似合いそうな空間へと変貌して行く。走りっぱなしで遠ざかるジェノ、その先に見た事が無い柔らかな光が降り注ぐ空間があった。…まさか。
 「ジェノ!止まれ!」
 木の幹を蹴って蛇行し、勢いを付けて再び木の根っこを蹴って前に回り込む。蝶はひらりとその光に吸い込まれた。
 「あーもう、ギガ、もうちょっとで捕まえられたのに!」
 足をばたばた踏みならして眉をしかめるのも構わず、俺はジェノの肩を掴んで押さえながら少し後ろに首を捻る。そこだけキラキラと乱反射を起こす水たまり。その揺れ方はエアコンの風が起こすほぼ規則的なそれでは無く、不規則な何かによって起こされているものだった。
 「ジェノ、ゴーグルは?」
 「あるよ?」
 向き直って訪ねれば、素直にポケットから黄色い遮光ゴ−グルを取り出す。
 「付けとけ、もしかしたら太陽を拝めるかもしれない」
 俺の一言にジェノはまた興奮した様子で足をバタバタと踏みならした。一歩一歩、ゆっくりその煌めきへ近付く。
 そろり、と頬を撫でた生暖かい風。その上をゆっくり見上げると、俺は目の前が白く見えて目を閉じた。顔を下ろし、ジェノを見れば、遮光ゴーグルをした瞳はしっかり上を向いている様だった。
 「すごい…きらきらしてる…」
 身を乗り出して日光の中で、ジェノはほう、と溜め息を吐いた。それもそうだよな、俺だって、わぁって言っちまったくらいだ。日光はちゃんと空から降り注いでいて、その下には熱帯雨林が見える。ここの標高がどんなものかは知らないが、少なくとも人間が飛び下りて助かる高さじゃないことは確かだった。
 ただ、凄い、と思った。ここまで這い上る蔦、樹木、草花、そして虫。

 はっと我に帰る。ヤバい、ジェノはあんま日光に当たっちゃマズい。
 「ジェノ、行くぞ!」
 「あ、え、まって!」
 問答無用で先に進めば、また遮断された空間への鉄の扉。蹴り飛ばして奥へ進む。ひたすら、奥へ。…綺麗だって思えた、自然って奴の景観に後ろ髪を引かれながら。

 それからは暫くまた鉄の廊下が続くだけだった。途中の部屋も全部開けてみたが、どこもかしこも居住区の後、時々そこに誰かがいた痕跡…例えば、置き去りにされたカップやぬ いぐるみ、服、それに写真。
 「ギガ、これってカゾクかなぁ」
 ある一枚の写真を拾った時、ジェノが呟いた。紅の瞳に写しているのは、一人の赤ん坊を抱いて柔らかく微笑む女と、どこか顔自体は卑屈でありながら、それでも幸せそうに笑う男、そしてまだ髪の毛もないような赤ん坊だった。
 「…何か事情が無い限りはそうじゃねえの」
 俺にもジェノにも縁が無い。書類の上で、俺達の父、母にあたる存在はあるのかもしれないが、少なくとも "Mother" から生まれた俺達に母親がいるとは思えなかった。

 何日歩いただろうか。やたらな広さをもつこの空間をひたすら歩く。時々ベッドが綺麗な部屋を見付けて、そこで眠ってからまた歩く。ジェノは途中の部屋で見つけるものを興味があれば拾って、そうじゃないものは元に戻しながら歩いた。そんな童話があったなぁ。拾って歩いてどこかを目指す話。
 そんな事をしている内に、扉の先が黒光りする壁で囲まれた部屋に出た。壁は良く見ると回路がむき出しになっている状態らしく、時々青白いスパークが走って抜けていく。それも一つじゃ無い。乱数的に幾つかのスパークが起こっては部屋の…俺達から見ると奥の方へ消えていく。部屋の中央には黒い石碑のようなものがずっしりと存在を主張し、その形は六角柱のようだった。先端は尖り、その先からやっぱり青いスパークが起こって六角柱を下り、床を滑って奥へ向かう。罠か、それとも。
 「ギガ、おくにまだへやがある」
 暗所では俺よりも目が聞くジェノが奥を指差して歩き出す。止める前にスパークを踏むが、ジェノは平然としたモンだ。…罠じゃなかったから良いものの、これが罠だったらお前死んでるぞコラ!
 ぼやく間に部屋の反対側の扉が開いてしまった。俺も慌てて追い掛ける。

 入った途端に我が目を疑った。
 そこは吹き抜けで、上空が見える天窓がずっと高い所に着いている。陽光が直射ではないが差し込み、上部を照らしていて、地下のような俺達がいる場所は暗く、しかし差し込む光の反射で部屋は見渡せる程度に明るかった。
 ジェノもすっかりそれに見入っている。さっきみたいに一面の景色が見えるよりも、空だけを切り取られるとどうにも虚脱感のようなものが襲って来た。
 それが俺の足を掬おうとするので、奥へ踏み込む。さらに奥へと廊下が続いていて、そのずっと奥に"Mother"の光が見えた。

 まだ空を見ていたいと駄々を捏ねるジェノを引き摺り、俺はその何故か酷く大きな"Mother"の元へ辿り着いた。俺の身長の倍くらいはある大きなコンピューターの上に"Mother"が置かれている。青白く光る"Mother"の溶液の中、人影が逆さに浮いているのが見える。台座のようなコンピューターの左右には階段が備えられ、まるで上がって来いと言わんばかりだったので遠慮なくそうさせてもらった。
 階段を上るのも容易い。簡単に上り切ってしまうと、目の前に、"Mother"があった。

 「あら」

 と、突然、声がする。それを聞いてジェノが俺を抜かして"Mother"に貼り付いた。
 「あっ、あ! このまえぼくらのことまってるっていったこえ!」
 ペッタリと手を付けて覗き込む"Mother"の中には、既に着衣も済んだ大人が一人、逆さまに…胎児が生まれてくる時みたいなポーズで浮いているのが見えた。髪の毛の色が白い。まるで、ジェノと同じ色。
 「そうよ、結構早かったわね」
 その彼女の口が動いている気配はない。しかし機械の介助があるようでもなさそうだ。どういうことだ?
 「もう少しかかると思ってたわ。 何せ、生まれるのにも時間がかかってたから」
 どこか笑みを含む言葉。微かに、逆さまの顔が微笑んだ気がする。
 「そんなことよりも、もう少しこっちへいらっしゃい、ギガデリック。 顔を見せて」
 唐突に名を呼ばれ、脳内で警報が鳴った。なんで知ってるんだ。
 「ま、怖い顔ね。 驚く事はないわ、私は"Mother"を通してテレパスができるの」
 からかってるとしか思えない口調には、妙に温かさというか、柔らかさがあった。よく分からない、なんだ、テレパスって。大体なンで"Mother"を通 してそんなことができるんだ。
 「私は"Great Mother"、"Mother"の管理者で…貴方達の、母親よ」

 一瞬、目の前が真っ暗になったような気がした。

 

M.O.T.H.E.R.
to the N.E.X.T.

2005/08/04
ギガゲノをほのぼのにしたいのか殺伐にしたいのか
とにかく微妙でやんス。
でもギガとジェノに対する私の考え方とでもいうか。
REDまででここの時は止まっちゃってますんデ。