ぐりぐりぐり

ごりごりごり

ばきっ

 

クレヨン

 

 机の整頓を始めた。案の定酷く散らかっていて引き出しすらまともに開かない、でも宝物の詰まった机。どうにか引き出しをこじ開けて、最早地層化した年代物のトレーディングカードと、どこで拾ったやら、鉄くずをたくさん詰めた小びん、それに友達と授業中にやり取りした手紙、図工でつくった立体絵本、家庭科で作ったボロボロのぬ いぐるみ、気に入ってた落書き、いらないのに詰め込んだプリントを、ああ、もう何年前のものだろうと、眺める。とは言え古くても十年にはならないが。
 しかしたった一つ、一つだけ、十と三年も前のものが見つかった。

 まだあまり使った形跡の無い、クレヨン。

 確か入学記念に幼稚園でもらったものだ。何で使わなかったのだろう。
 箱から出して、適当な、落書きの裏に線を引いてみた。独特の、粘土に似ている、ねばっこい匂いがした。鼻を近付ければ、どの色も微妙に匂いが違う。興に乗って、白い紙を取り出してまずは空を描いた。一面 を、ぐりぐりごりごりと、『みずいろ』のクレヨンで塗りつぶす。けど雲が無いじゃないか、独りごちて、今度は『しろ』のクレヨンでぐりぐり雲を描いた。よし、完璧な晴空。そう思えるくらいの少量 の雲が、白く浮かぶ。まてまて、太陽が必要だぞ…誰に言い聞かせるでも無く呟いて、『だいだいいろ』を取り出し、ぐるぐると何度も円を描いた。
 「…うん、完璧な青空だ」
 完璧と言う割に稚拙な空。何とも無しに、今度はその空の下の部分に、『きみどりいろ』で真直ぐな線を引く。線から下をぐりぐりごりごり塗りつぶして、真っ平らな草原を描いた。もの足りずに、空と草原の境界線に、ぎざぎざと鋭角の波線を書き込む。これで大分、草原らしくなったように思えた。今度は『ももいろ』を取り出し、ぐりんぐりんと、花弁が四つの花を描いた。三つ描いたところで、『あかいろ』に持ち替えて、今度はぎゅぎゅっと力を込めながらチューリップを描いた。赤いチュ−リップばかり五つも描いて、ようやく茎を描いていないことに思い当たる。『みどりいろ』を出して、花一つ一つにぐいぐい線を引いて茎と葉っぱを描いた。なんとなく花が少ない気がしたので、『むらさきいろ』も取り出して、茎を描かなくてもいいような、地べたに咲く花を描いた。それでもまだもの足りず、今度は『ちゃいろ』を出して、ごりごり何本も線を引く。木の幹になったので、上にもう一度『みどりいろ』でぐるぐる葉っぱを描き足した。
 「うん、理想的な草原だ」
 既に草原でもなさそうなそれを前に、独り納得する。しかし使って無いクレヨンが気になり、取り出してみた。『くろいろ』『あおいろ』『きいろ』『はいいろ』『はだいろ』の五色だった。中途半端に十四色のクレヨンで、もう九色使っていたらしい。
 使わなかった色を取り出して、まず『くろ』でぐりぐりと輪郭を描いた。それから『きいろ』で中を塗って、『あおいろ』ですき間を埋めた。最後にもう一度『くろ』を使って線を引いて、それは完成。今度は『はだいろ』を取り出して、ぐりぐりごりごり形作る。『はいいろ』でそれらしく見えるように線を描いて、完全に完成した。

 「ああ、こりゃ僕の望みなのかな」

 最後にもう一つだけ描き足そうとして、『みずいろ』を当てたら、ばきっと、折れてしまった。

 僕は机の整頓を続けた。クレヨンで描いた絵は、今そこに放置してある。