わしなぁ…おおきうなったらなぁ…とうちゃんみたいに、まっくろなかみのけになりたいねん。
陰間茶屋 天
赤い毛をいつも隠す様にしていたものを、実父の母が見遣って喚いた。
嗚呼、穢らわしい! 毛唐の仔じゃないか!
実父の母は、ワシに茶碗を投げ付け、頭をひっ掴み、そのまま自分の下人に叩き殺させようと引き摺った。実父が母を掴んで、ワシは継母に言われるまま逃げ出した。
昼も夜も。
赤い毛が見えない様にこそりこそりと直走った。茶碗に付けられた傷は長いこと血を流し続けていた気もするけど、いつの間にかざらざらした皮膚のくっついた大きな傷跡になっとって、ワシにその傷が付いたという事実を突き付ける。額の真ん中より、ちょっと左っかわ、すぱりと切れて塞がらずに固まった、ワシが毛唐の子供であり、父母の元を離れなければいけなかった、その一連を全部閉じ込めた傷やった。乾きに水辺へ近付く度、ワシは父母を想って泣きに泣いてたんやけど、その涙も何時しか枯れてもた。でも、恨みはせんかった。
賑やかな街に着いたのは夜、それと気付かず忍び込んだのが大門だったと気付いたのは、ずっと後になってからだった。
ぼろぼろのワシを拾ったのは貸座敷やった。行く宛ても無い、住む場所も無い、まだ十も行かないワシを、そのまま食わせて住まわせた。
なんの道楽だったか、本来禿しか居られん所に、ワシは一緒に置かれた。余程貸座敷の気に入ったんやろか、甚平着せられて、使屋として使われた。
最初は女郎が怖くてしょうもなかった。あちこちの旦那方が集まって、綺麗に化粧した姐さんを買って部屋に入る。その手伝いをしながら、時折聞こえる姐さん方の悲鳴に、何故か姐さんの方を怖いと思うとった。
けど、その姐さんに育てられてたんも事実やった。やから、ワシは夜の姐さん達が、怖かった。
ある日、なんの気紛れか花魁がワシに禿のべべを着せよった。
「あれ、この童、随分と可愛い顔じゃないか」
やんややんやと姐さん達にちやほやされて、時間が無くてそのまま仕事に入ってもうたら、どこの禿かと旦那に声を掛けられた。
「ワシは使屋です」
そう答えると、ワシのちんちくりんな頭をわしわし撫でて、旦那は言った。
「伸ばすとええよ、別嬪になる」
その意味を理解したのは、大門を潜ったことを知ったのよりずぅっと後になった。
十と八の秋、客を取れずに持て余す女郎の姐さんに声を掛けられた。ワシが何度も酒を運んだものだから、随分べろべろに酔っておった。
「なぁ、柚彦、アンタ、私の着物着ないかィ?」
髪も延びたし、と、手に取られた赤毛は、もう背中の中程へ届いとった。ちょうど、花魁姐さんがこのくらいやな、とワシが呟くと、女郎姐さんはにっこり笑った。
姐さんは座敷持ちで、ひょいひょいと動いてワシを自分の桐箪笥の前まで連れて来て、するする脱がせてしまうと、あっという間に着付けさせられた。
「いつもはねぇ、越後屋さんの若旦那が来る日なんだけど、生憎と今日は風邪をこじらしちまってるんだってサ」
帯を締めて、髪結いを呼び、結われながら話された。そや、この妓(ヒト)、ここの上位 やないか。美人で色白、濡れ髪で男も離れん稼ぎ頭やった。
髪結いはんは笑っとった。まぁ、男なのに随分と色っぽい、なんて。
髪も結い終わって、化粧をされて。
鏡を見る様に言われ、鏡の前に立つと、顔立ちから新造か女郎か、そんな年頃の女が一人、立っとった。その中身はワシやけど、でも、男でもこんなんなるんやなぁ、と漏らしてしまったくらい、ワシとは思えん姿やった。
「柚彦、アンタ結構可愛いじゃないかァ」
姐さんは上機嫌でワシの顔を何度もじっくり眺めて、そして突然、なんや思い付いたらしい。ワシの手を引っ張って、部屋を出てしまった。
「柚彦、アンタこれから女郎のフリしてごらン。 これで客が取れたら、アンタに一両あげるわヨ」
「はぁ!? 姐さん、それは無理! 無理やって! そんに恥ずかしいからっ! 放して!」
「私のトコで飯食ってンだから、我が儘お言いでないのォ!」
ひっぱられるままに廊下を抜けて、階段を降りて、ワシは玄関のトコに引っ張られて行った。ワシも姐さんも大声出すもんやから、あっという間に部屋ん中から顔を出す女郎に新造に禿、それに男衆まで。でも、誰もワシやって分からんみたいで、ちょっと驚いた。こない赤い髪はワシだけや、気付いてこの酔狂を止めてくれてもええのに。
ついに玄関まで来てしもて、ワシはどうしようかと思った。間が悪く、ワシの目の前には馴染みの山岸屋さんと、見なれん恰幅のいい男が一人おった。
「あら、いらっしゃいまセ」
姐さんが声をかけると、貸座敷が出迎えて山岸屋さんを座敷へ案内して行く。もう一人の男には、どの女郎がいいだろうかと問うていた。
恐ろしいことに、その男はワシを指名しよった。貸座敷には姐さんが何やら耳打ちして、元々悪戯好きなお人や、その悪ふざけに乗じたらしい。ワシは禿に連れられて、空いていた座敷に連れて行かれた。
どうすりゃええかとか、姐さん連中や新造連中の話でいくらか知っとったけど、これはヤバいんやないか、と内心冷や汗モンやった。
ここはワシの気分的にはしょらして貰うけど、結局ワシと事に到る前に、貸座敷とワシに女装させた姐さんが止めに入って、軽い悪戯だったということになった。ほんで、その男に謝罪の意味を込めて金を払い、姐さんが寝ることになったんやけど、男はそれを断って、ワシの方を見て言ったんや。
「もし、彼が嫌ではないのなら、特殊な遊廓があるからそちらに紹介したいのだ」、と。
その詳細は、翌日に聞かされた。昨日の男が言うには、男が女郎として働く遊廓があって、そこで働くと法外な金が転がり込む言う話やった。途中、姐さんが「それは陰間茶屋じゃないの」と首を傾げたが、元々は遊廓だった場所が廃れ、譲られた先が一風変わったお偉いさん、陰間茶屋通 いに飽いてもっと色香をと御自ら作った「遊廓」らしい。男はそのお偉いさんの知り合いで、そこに置く遊女役を見付けたら斡旋してほしいてことやった。
けど、女郎と同じ仕事ゆう事は、つまり、男相手の性行為をせなあかん、ということなんや、と、貸座敷は言った。
貸座敷は、ワシにそない仕事はせんでええっていうたんやけど、ワシはいつまでも世話になる訳にはいかんし、と、その遊廓へ身を移すことにした。
できる限り、自分の力で生きてきたい…それだけやった。
その後、ワシは七日で江戸の外れの遊廓の大門の前に佇んどった。
向こうの遊廓を出る頃に、姐さんがワシに安物やけど、と言いながら、着物と、身辺に必要なものを一式揃えてくれよった。長い間世話になった姐さんがあんまり優しくて、ワシは思わず泣き出して、それで、何度も礼を言って此処へ来た。
出迎えには婆さんが出た。ワシが挨拶すると、婆さんは一つ頭を下げて、上の方の階へと連れて行った。まだ本当なら遊廓の女郎が寝ている時間や、静かなモンやった。
「アタシよりそこいらの男共に聴いた方が分かりもいいことがあるだろうさ」
そう言って、婆さんは厠だとか使屋だとかの説明をしてくれた。此処は使屋はあんまりおらんから、女郎役の男同士で助け合っていかなあかんらしい。もちろん、外への用事とかには使わないかんのやけど。
簡単な説明だけされて、ワシは部屋に通された。
ワシのために用意された部屋。驚いたのは、その布団が赤やなくて黒やったことやった。一寝入りせんと、昼の見世から夜中までじゃ体力が持たない。ワシはどこか不吉に見える黒い布団に潜り込んだ。意外な程肌触りの良い布団に、また驚いた。
不意に、ざわめきが耳に入って眼が醒めた。途端、黒い布団が眼に入って、今どこに居るかを悟る。
随分寝ていたような気がする。使屋の頃は寝る時間もあんまりなくて、結構大変やったから。
「おい、本当に赤いぜ」
「眼の色は?」
「わからねぇ、寝てる」
はっきりと、声が聴こえた。どうもワシの部屋に何人か男が居るようやった。擦れる衣の音が、着物の音やった。
「でも、そろそろ見世の準備だろ。起こしてやった方が良いんじゃないか?」
「そうだな…」
ずり、と擦れる音。
「なぁ、起きろよ。そろそろ見世だぜ」
声が掛かる。ワシが眼を向けると、金髪赤眼の男が、艶やかな蒼い着物を着てワシの顔を覗き込んどった。
「着付け手伝うから、早く起きろよ?」
その後ろには、緑色の髪の毛をした男。人の良さそうな眼は青くて、着物はワシの髪の毛より鮮やかな赤やった。
ワシは、ああ、おおきに、と答えながら、身を起こし、二人を眺めた。白磁の肌。どう見てもワシと由来の近い、毛唐の血筋の人間やった。
「へぇ、綺麗な緑」
赤目が細く弧を描いて笑う。その顔はどことなく山猫を思わせて、ワシの身が竦んだ。なんだか怖い気がしたせいやった。
「おい、にくす、怖がらせるなよ」
勝手にワシの荷物の着物を漁って取り出しよりながら、もう一人の男が軽く笑う。着物とその他の装身具を全部手にして、ワシのすぐ横に来ると、立つ様に促された。
立ち上がると、にくす、という男も立ち上がった。背が高い。二人とも相当に背が高い。ワシなんか元々チビやから、二人の間におると見劣りしてもて、なんや悲しかった。
「着付けなんて出来ねぇんだろ、やってやるから、大人しくしてろよ」
二人掛かりで、ワシをせっせと着付けさせる。気がついたらもう、あっちの遊廓で着せられたような格好になっとった。だらりの帯が、ワシの身長だと床に摺りそうでどうにかしたいと思ったけど、ワシじゃ手も届かなかった。
「でゅえる、おきものきせて」
ひょっこり童が顔を出した。背格好かた禿くらいの歳の女の子で、まだあどけない顔しとる。その髪の色があまりに綺麗な栗色やから、ワシはちょっとばっかし驚いた。
そうか、と同時に納得もする。
ここは異人の場所なんや。
望もうが望むまいが、血筋や姿がほんの少し違うだけで差別される人間が、逃げ場にしとるんや、ここを。
「おう、ちょっと待ってな」
でゅえる、というのは緑色の髪の毛の男のことらしい。すぐにその子供と一緒に別 の部屋へ行ってしもた。
あとに残ったにくすが、ワシをじっと見る。
「なぁ、お前、男としたことは?」
したこと、というんが、何かはすぐ理解出来た。
「ない…なんも、ないよ」
ワシが正直に答えると、にくすは何か考え込んでんん、と唸った。
「なん、問題あるん?」
「ああ」
ワシの問に簡潔に肯定して、でゅえるに渡された簪を手に持ってワシの後頭部に手を回し、後で髪を適当にまとめて差した。そういえば、二人とも髪の毛が短くて、ワシだけが結えるくらいに長いんやな。
「いっぺん、やっといた方がいいかもしんねぇ」
頭を撫でられる。その手は男をそのまま形にしたような手で、ワシのまだ細っこい手とは違って見えた。
「今日、俺かでゅえるが客を取れなかったら、お前に手ほどきすることにする。その分じゃ女も相手にしたこと無いんだろ?」
馬鹿にしとる、確かにワシはまだ一回もそういうことはしたこと無いけど、そんなに馬鹿にせんでもええのに。眉間に皺を寄せてみせると、にくすは逆に優しい顔して、ワシを見おった。
「するとしないじゃ大違いなんだよ、本当に」
気持ちも身体も、とにくすは目を伏せた。
ワシは、どうしようもなくて、ただにくすの伏せた目を見ておるしか無かった。
心配されてる、でも、それがなんでか分からなかった。
見世に出た男達は一様に着物を纏っておって、皆どこか日本人とは違った様子をしとった。それで、髪も結わんし、化粧もあんまりせぇへん、中には着物もはだけてしもとるんもおった。
部屋を出る直前、にくすがワシに言った。
「ここは男が男の相手をする場所だろう、だから、いつも抱かれるとは限らないんだぜ」
と。
つまり、抱かれに来る客もおるゆうことで。
見世の格子の中で、ワシはこの向こうの客にも、そない男がおるんやろか、と眺めた。皆普通 に町のお役人だったり商人だったりしとるんやけどな。
突然隣で、にくすが小さく笑う。視線の先に、一人男がいるようやったけど、確認はできへんかった。
「雪隠は済ませたか?」
襖の向こうから、山猫の声がした。
「すませたで」
居住まいを正して答えると、そろりと襖が開いた。
「ならいい。 …でゅえるは客が取れたって」
にくすはワシの部屋に入り込んで、後手にしっかりと襖を閉めてそう言った。
「あいつ、ここじゃほとんど抱く方専門なんだよ。あいつが抱かれる方ってのは見たことなねぇんだ」
にくすはワシが座り込む布団の隣に座った。運がいいのか悪いのか、今日は遊廓全体の客数が少ないらしい。なんでも、どこかの有力な爺が死んで、葬式に出なあかんとかいう話やと、にくすは感慨も無く呟いとった。
「悪ぃな、俺が相手だけど」
と、ワシを軽く抱き締める。
初めてなん。おぼこいワシは、それだけで顔が熱くなりおるんを感じた。
一つ、質問があると顔をあげれば、奇妙な化粧のにくすの顔が目に入る。
「なぁ、でゅえるも、にくすも、それ、なんやの?」
まるで虎みたいや、とほほに触った。なんでか知らん、にくすもでゅえるも、隈取りみたいな変な化粧をしとる。でゅえるのは青やけど、にくすのは真っ赤で、本当に隈取りみたいやった。
「コレか」
ごし、と指で擦ると、赤い色が擦れて、霞んだ色を頬に伸ばした。
「コレは初物じゃねぇよって印。さっきの見世でも、何人かしてねえのがいたろ」
つまり、ワシもこれからにくすとしたら、こんな化粧をするってことなんやろか。歌舞伎みたいで、かっこええなぁ。
「ほら、こっち」
一度体が離れて、にくすはどっかと黒い布団に座り込んでワシを手招きで呼んだ。にくすの蒼い着物は、黒い布団と一緒になって、まるで夜みたいな色になっとって、綺麗や。
「まずは座れ。ゆっくりやるから」
ひょいと片手で重たいはずの屏風を引いて、襖が開いても見えん様にする。外ではまだ禿も走り回っとるから、そうせんと邪魔になるゆうことなんやろうな。
布団が柔らかい。ワシはにくすの行動を待って、どこかひんやりした気分を味わっとった。
隣に座ると、目の前ににくすが座り直す。その手がひょいと延びてきて、ワシの着物に潜り込んだ。抵抗する間もないワシの、身体とふんどしの間に手が滑り込んで、人になんか触らせたことのないぷらぷらしたトコに人の指先を感じる。ワシはこそばゆいなぁ、とちっちゃく笑った。
「どこでどうするかも知らねぇんだろ?」
もう片方の手で、器用にふんどしをほどかれる。
「全部教える…遊廓とかわんねぇこともあるし、違うこともあるからな。まずは、違う方をよく覚えろ」
言葉の終わりとともに、ワシの股間に触る指が動きを変えた。きゅう、と緩く握って、すり、と根元んトコから先っぽの方に、手の筒の中で擦られた。とたん、ワシの喉からおかしな息が漏れた。身体も震えて、まるでワシが震えてるみたいで、変な感じや。それを、何回も繰り返す。そうされるたんびに、ワシは震えて、漏らす息が段々、声に変わってきた。擦られる股間も、なんや熱くて。着物の影で見えへんし、なんでか顔を逸らしてもた。
「こうやってやると、まらが勃つ」
見ろ、と言われてはだけられた着物に顔を向け、そこから覗くなまっちろいワシの足の間、自分の身体なのに見たこともないモンが反り立って、小さく震えとんを見る。
「うわ…なん、コレ…」
思わず漏らした声に、にくすは面喰らってワシを覗き込んだ。
「お前、歳いくつ」
唐突な質問。
「ワシ…十八やけど」
十八!と、驚愕の声。なんや、と言えば、
「俺もでゅえるも十五だ…今年の正月、仕込みが終わって見世に出た」
今度はワシが十五!と声を上げる番やった。こんなでっかい十五がおるもんかい、と言いかけて、やめる。そうや、異国人はほとんど日本人よか大きな身体しとる。こない大きいんが子供でもおかしない気がする。
「てことは…お前、今まで自分でしたこともないのか」
あー、と溜息を漏らすにくす。そうこうする間にワシの股間は熱かったのが段々納まってくる感じになって、見たら、さっきまでお天道様でも目指すみたいにぷっくりしとったんが、しゅんと小さくなって、いつもの大きさになっとった。
「そっか…そういやむけてねぇと思ったんだ」
おもむろに、にくすはワシの前に立ち上がって着物をはだけて、ふんどしも取って股間の一物を晒す。
見て、あっと、思った。ワシのはつるんとしてるけど、にくすのは先んトコくびれて、遊廓に遊びに来る男のそれの形をしとる。そういえば遊廓の男衆の中でも、ワシだけがつるんとしとって、いつかワシもああなるやろか、と思っとったんを思い出した。
「…ま、俺がむいてもかわんねぇか…」
にくすがしゃがみこみ、さっきと違って、またやわくなった股間のモノを、きつく握られる。そんで、一気に先っぽから根元へ引っ張られた。
ずるん、と、皮膚が滑ったような感触がして、ワシは大きく震える。気持ち悪い訳やない、けど、なんか、身体の皮ひん剥かれた気分で、臆病になって股間に目をやられへんかった。
「そんなに怖がるなよ、お前も大人の仲間入りしたってだけだ」
にくすはふっと笑って、着物をべろんと捲って、見ろ、と言う。
恐る恐る見ると、そこにふんにゃりした松茸みたいなんがあった。もちろんワシのモンや、でも、今はさっきと形が違う。遊廓の男衆や、にくすと同じ形や。
「むいとかねぇと、時々そっから炎症起こすって聞いてんだ」
みてくれの問題もあるな、と笑って、猫みたいにふにゃふにゃのそれを、指でつん、とつっ突く。
「遊廓育ちだな。女ばっかで親とも居られなかったんじゃ分からねぇって」
その笑顔に影が落ちて、ワシの頭をわっしわっしと強く撫で付けよった。でも、これで終わりな訳無いんはワシにだって分かる。今のはこれっきりの出来事や。だって、にくすも他の男も、みんなこの形や、これは元通 りのつるんとした形には戻らんのやろ。
「なぁ、次、しよ」
困ったように手を止めてもたにくすに、できるだけ余計な心配させへんように、できる限りの笑顔で声を掛けてみた。
「…お前、その顔は客に使えよ」
にくすはちょっとだけ頬を染めて、ふぅ、と息を吐くと、居住まいを正す様にワシの前に座り直した。
また、ゆるゆると握って擦るを繰り返す。勃たせんとなんにもならんゆうことは、なんとなく、分かった。
「本当はな」
だいぶん硬くなったワシの股間を、まだ擦り続ける。
「最初のいっぺんくらい、自分でした方がいいのかもしれねぇ」
裏っかわ、ちょっと筋張ったトコに指が引っ掛かるたんび、喉の奥で声を堪えた。何度も何度も。
「でも、最悪明日には客を取らなけりゃなんねぇからな…とりあえずは、俺に任せてくれ」
ごめんな、と。何が、いかんのかもワシにはわからん。やから、ええよ、とだけ言った。にくすは答えんかったけど、でも、手の動きが早うなったんが答えやと思った。
そうやって擦られると、身体がびくびく跳ねるみたいになってもて、ほんま、おかしい気分やった。こそばゆいんか、離れたいんか、もっとしてほしいんか。どれか分からんくなって、にくすの手だけ、感じる。
その感触が、なんかぬるっとして、またワシはびっくりして股に目をやった。
「にくす、なにっ」
見ると、なんか半分くらい透明な変な水飴みたいなんで、ワシのモノがぬるぬ る濡れとって、ワシは息を飲む。
「これか? 先走りとか、我慢汁、とか言うな。気持ちよくなってくると出るんだ」
俺も、と、にくすが着物の裾を捲ると、にくすのも、硬くなってるみたいで、先っぽからたらたら水飴を流しとった。
「…イかせてやるから、どんなんがイくってのか、感じてみろ」
突然にくすの手の動きが早くなる。ゆっくりしていたはずの動きが急にせわしなくなると、ワシの息も、震えも、一緒にせわしなくなりよって、息と一緒に変に高い声が出て、その上腰が前に出ようとして止まらんくなって、もう何がなんやかわからんようになってもて、そのまんま、なんか、空飛んでるような気分になるような感じで、最後に頭ン中真っ白けになって…ようやく、ワシは落ち着いた。
「すげぇ色っぽい声…お前、いい男郎(だんろう)になるぜ」
にくすがにやり、と笑って、手に白い水飴を絡めた。
「それ…」
「お前、夢精したこともねぇの?」
むせい、と言われても。ワシにはなんのとこかもわからんで。
「いや、いいって。そんな困った顔するなよ」
苦笑して、これ、と手に絡めた白い液体を見せてくる。なんか、変なニオイするなぁ…。
「精液だよ、イくと出んだ。相手の男のこれを見たら、ま、一つ区切りだな」
区切り。あんな、凄いんが、区切りなんか。何があったかも分からなくなるような、あんな、真っ白になるようなんが、区切り…そう考えると、ワシは心底怖くなって身震いした。
それを見たのか、ニクスが明るく笑う。
「大体一回で終わるって。たまに今みたいに手で出して、それから抱いたり抱かれたりってのもあるがな」
それを聞いて安心した。けど、もう一度、ワシ耐えられるんやろか。
「大丈夫、ゆっくりやるからさ」
そう言われても、ワシの中で不安が広がっていきよる。にくすの一物は立派なくらい大きいし、ワシの身体は歳の割りにちっこい。どないしよう、ワシ、死んでしまうかもしれへん。頭真っ白になって、文字どおり白痴みたいになってまうかもしれへん。ほんま怖い。
でも。
でも、にくすが、汚れてへん手で撫ぜてくれたら、ごっつ安心して、頑張ってみよ思た。
「…続き、な」
「うん…」
これからが、本番なんやと、身体が強張った。
着物の帯から下を全部はだけて、またしんなりした一物を弄るにくす。さっきよりもその息が荒く感じるんは気のせいやない。
「流石におっさん共とは違うな。まだまだ出来そうだ」
そう言ってほんの少し強く握られたら、背筋がびくっとしてワシもびっくりした。なんちゅうか…気持ちええって感じる。さっきみたいになるんを、頭真っ白になってまうのを、ちょっと前は怖いと思うておったのに、今は、そうなりたがっとった。その指がべたべたしとって、さっきよりも気持ちええから、早く、と強請ってしまいたかった。
また同じ水飴がたらりと垂れる感触が、ワシの頭を熱くさせる。
「これをな」
にくすは先走りを精液でべたべたの指で掬って、ワシの足を開かせ、ひょいと尻の方に指を当てた。肛門や。そこにべたべたした指が当たっとる。
「ここに付ける…そうすると、女みてぇにはいかないけど、ちゃんと入れられるからな」
入れるものが何か、きっとさっきまでならワシは恥ずかし気もなく聞いたかもしれへんけど、今は、恥ずかしゅうて顔が熱くなりよった。にくすのまらがワシん中に入る。どうなるんやろか、さっきみたいに気持ちええんにやろか。
そこで、はた、と、にくすがべたべたとまらの先を指先で触るのを止める。
「忘れてた。 こっち使わなきゃいけねえんだった」
自分で持ってきとったんやろか、手ぬぐいで軽く手を拭い、そろっと、にくすは自分の着物の袖から一包みの散薬を取り出した。
「コレはな、通和散てモンだ」
右手の指先で左手の上に乗った包みの織り込まれている端っこを引っぱりだし、ひらりと開いた薄い紙の谷間に白い粉末が、人差し指と親指で輪を作った中に納まりそうなくらいの小さな山を作っとった。
「ちょっと青臭いかもしれねえけど、これはどうしても必要だ」
ふうん、とワシが、さらさらと指先で弄れば、所々でぱりぱりと乾いて割れたような音がしよる。これは、と幾度目になるかも解らん疑問を向ければ、要するに、と前置きして、にくすは右の手の平に半分くらい、粉を分けて乗せた。
「さっきの先走りと同じで、自分の肛門と相手のまらに塗り付けて、滑りを良くさせるんだ」
持ってろ、と左手の包みの紙を渡される。そして、右手の粉はにくすの口に傾けた右手から流れ込んだ。すこおしだけ、にくすの頬が窄まって、すぐに戻る。それから、べ、と、右手の平になんか白いモンが吐き出されよった。
「精液みたいだろ。 こうやって口で溶かして、口に含んだまま相手のまらを咥える」
こう、と突然ワシの腰を引き寄せて、ぱく、とまらは簡単ににくすの口に咥えられてもた。ぐうっと、息が詰まる。背筋にぞくぞくと何かが這って、まらにぬ るりと何かが絡み付く…当然、にくすの舌やったんたけど。なんや、卵の白身みたいなもんを塗り付けられてるみたいで、えらい生暖かい。…これ、ワシもやるんよな…できるんかな…。
白い包みの粉を横目で見ると、上目遣いににくすがワシの顔を窺っとるのも目に入った。いたずらっぽく、ぬ めっと光るワシのまらをぺろっと吐き出して笑う。
「やってみろよ。 いきなり客で本番になるより、俺で失敗しとく方がいい」
「や、やるんかい…」
いきなり言われても出来る気がせえへんよ…と呟くやいなや、ワシが持っとったはずの粉末はにくすの手の平に乗って、ワシの目の前にあって。今更嫌やとゆって何になるねん、にくすの手から奪い取って、一気に口に流し込む。
「そんで、唾で溶かす」
言われて無理矢理口の中に唾を出してみる。さっきにくすの頬がすぼまったんはそういうわけやったんか。そんで、唾が粉を溶かすと、ぬ る、と舌の上でぬるぬるとねばっこいモンに変わった。それこそ、青臭いけど、卵の白身みたいや。味はあんませえへんかった。
ぬめりを口に含んだまま、にくすのまらに顔を近付ける。すい、と足が開いて、ワシの頭を誘い込んだ。そこには当然、まらがあるわけで。ほんの一時、迷ってから、それを口に入れた。
生臭い気もしたけど、それがまらが、なのか、ワシの口んなかのぬめりがそうなんか、さっぱり分からん。分かるんは、まらがなんやか年食った鶏の肉みたいに硬いのに、ぐっと舌で押してみると意外なくらい凹んだりすることやった。
「もっと、飲み込め」
にくすの声も掠れて、肺の底からする、と抜け出た様で。気持ちええんかな、ともう少しワシの口の奥へ飲み込む。それでもにくすは、まだ、もっとだ、と喘いだ。ほうか、こない素人のワシがやっても気持ちええもんか。不意に後頭部を押され、喉の奥までにくすのまらが届いてワシは噎せる。
「ダメだ、これを十度に一度はやらねえと…」
ふぅっ、と、息が耳を翳め、にくすの体が震える。そして、何か子供のような笑い声と一緒に、十度に一度は喉を突き、と告げた。
「遊廓じゃそういうのが理想だってな」
そういうモンかい、とワシは喉にひっかかっとるまらを舌で押し返してみた。
「そうそう、それで、舌でそうやって押し出す様にしながら、出さないのがいいんだ」
それでもにくすの方から腰を引いて、まらが口から抜けていく。ぬるぬるして光るまらが、ひくりひくりと震える。にくすはもう一度長く息を吐いて、今度は、と前置きした。
「まだ口に残ってるだろ、通和散。 それを、自分の肛門に塗り付ける…まあ、客がやってくれることもあるな。 今日は要領だけ分かりゃいいから、俺の指を舐めて、それをつけろ」
言われるままに、にくすの指をしゃぶる。まらより細くて短いから、幾分銜えるのも楽で、ついでとばかりにワシはさっきまらを銜えた様にして練習してみる。
「おい、ちょっと、そりゃやりすぎ…っ!」
にくすはばっと手を引いてワシから飛び退って離れた。ちょっと顔を上げると勝ち気な顔が涙目になりよって、少し唸っとる。
「…なん」
「…俺は主に女役の方でな、そういうのは、駄目だ」
ちょっと睨み付けるその顔は本物の山猫そのものや。警戒心を剥き出しにしてじっとワシを見る。真っ赤な目が炎みたいに揺らいどる。その目が酷く重たいものをぶつけてきて、ワシは圧された。
「す、すまん…」
「…まぁ、いい。 とりあえず指、濡れたから、始めるぞ」
山猫はぽんとワシの肩を押して座らせ、膝を左右に開かせる。
「大きく息吸って、吐けよ」
言われるまま、深く吸い込んで、大きく吐き出す。吐き切った瞬間、ワシは引きつった悲鳴をあげるハメになった。にくすの指がワシん中に入ってきよったんが、えらい痛くて、その指がぐりぐり動きだしたらもう、涙が止まらんで、ほんまもう、やめて、って叫びかける。けど、声も出えへん。喉の奥で引っ掛かって、全部嗚咽になってまう。鼻水もひどいわ、もう顔中涙と鼻水でぐしゃぐしゃや。薄くしか開けてられへん目のはしっこに、引っ掛かる灯りの火も眩しく見える。布団しっかり握ってみても、足つっぱってみても、全然痛みは納まらんし、かといって身体が逃げようとすればにくすの手ががっちりワシを押さえ付ける。
「痛ァ…にくす、にくす堪忍っ…」
変に甲高い声でも気にしてられん、悲鳴みたいに制止を求めても、にくすは答えんかった。
「っあァ…」
でも、これをせんと、進めんから。
ワシは必死になって、それ以上の声をこらえた。
声を抑えられんで、また叫ぶ。けど、それも不意に塞がれてしまって、口から出んようになった。
ぐうっと、胸の奥からつっかえが呻く。けど、口ん中はえらい柔いもんで一杯になとって、目の前のにくすの顔がほんま、鼻と鼻がくっつくくらいに近いことにも気付かん有り様やった。
舌がくるり、と絡められる。くるり、くるりと、柔らかいものが、ワシの舌に絡み付いて、離れん。それも少し引っ張られてるみたいで、それが最初はちょっと気持ち悪い気もしたんやけど、自分でもくるり、と絡める程に浮かされた。
ふぅ、と鼻から息が漏れると、その柔いもんはする、とワシの口から出ていった。はぁ、と、二つ重なる溜息。にくすはぺろ、と悪戯に舌で上唇の端を舐めて、笑う。それこそ山猫や。獲物はワシか…。
「接吻も初めてだもんな…良かったか?」
言われるまで何をされているかも分からんくらいや。接吻なんて、大人の男と女がするんやと思っとったけど、姐さんもきっと仕事でしとったんやろな…。
「客が望んだらしてやれよ。盛り上がるぜ」
にっと笑う山猫が、今度は額に接吻した。接吻の感触に頭がぼうっとしとる内に、下半身からずるっと音がした。にくすの指が抜けて、身体が震える。いつの間にか、痛みを忘れて唇に酔わされとったらしい。なるほど、とワシは一つ学ぶ。気持ちええことは、痛いことも忘れさせるんやなって。
ワシは少し離れたにくすが、何か言おうとする唇を塞いでみた。重ねるだけやなくて、多分舌もいれるんやろ、と入れてみる。にくすの歯は硬くて表面 がつるっとしてて、その先に柔い舌が待っとった。その舌を一舐めして、ワシは舌を引っ込める。唇を離してにくすの顔を見ると、年相応にきょとんとした顔でワシを見とった。
「ええもんやな」
途切れ途切れのワシの一言に、顔を真っ赤にする。ぼそぼそと何か言おうとして、でも、にくすは溜息を一つついてから笑うだけやった。
こっからが、と前置き。「本番だ」と照れくさそうに目を伏せた。照れたいんはワシの方や、とっくの昔に着物ははだけて、どうにか腕と足にひっかかっとるけど、帯も解けていつ裸になるんかもわからん有り様。人前で裸になるんがこない恥ずかしいことなんて思わへんかった。
「わかるか、ここに、入れるんだ」
わざわざワシの指を肛門の方に持ってかんでええのに…気恥ずかしくて目を伏せれば、どくどくと脈打ってる自分のまらが見えてまた恥ずかしい。手が離れて、にくすが膝で歩いてワシの目の前に座る。その股間から覗く、濡れたまらが、今からワシん中に入るんやな、と、頭の片隅で考えて、ほんの少し背筋が寒なった。
けど、もう一方でさっきの接吻のことも考えとった。これからすることも、ああやって気持ちええんなら、それが仕事でも構わん気がする。だって、ほんまに腰抜けそうやったし。接吻しとる間中、腰とまらがじんじんしてまるで痺れるみたいんなって、膝も力がふうっと抜けてまうし。あれなら、白痴になるんもおもろいかもしれへん。
「じゃあ…いくぞ」
ワシの両膝を立てて、上半身を布団に寝かせて、膝に手を添えながら、にくすが近付いてきおった。じり、と近付いて、顔が偉い近なって、もう少しで接吻できるんやないか、鼻に鼻が触りそうになった途端、
「あぅっ!」
我ながら情けない悲鳴が喉から飛び出た。予想してたんよりもずっと、痛い。入れられた所が熱くなって、身体が強張ってまう。思わず布団を力一杯握りしめても、ずいっと身体に入り込んで来る痛みと熱は和らぎもせん。全身から冷や汗がどっと出て、にくすを追い出したくて、足が暴れる。けど、にくすの腕力はそないなことじゃ動きもせんで、それどころかワシの足をがっちり押さえてますます入り込んだ。動けん。動けんで、ただ喉だけが震えてる。
「…お前の声って本当、色っぽいな」
ふぅ、と溜息。見れば、にくすのまらがあった辺りと、ワシの股下がぴったりくっついて、そっから、どくどく脈打ってるのが聞こえるみたいで、耳を塞いでまいたかった。でもできひん。布団を握る指が動かへん。にくすがワシん中におるんが感じられて、なんか、ほんまに、入ってしまったんや、と、ほんの少し怖くなる。そんなのに、ワシのまらはさっきみたいに萎むこともなく、まっすぐ勃っとる。
「大丈夫か?」
手を伸ばすとずる、と中で動いた。
「ひッ…う、ごくなやっ…」
声も掠れて、それだけ言うんが精一杯。そいでもにくすはワシの頭を撫ぜる。段々痛いのは納まってきよったけど、熱い…。
「段々気持ち良くなるって。平気だから、もう少し…な」
ずるん、と、にくすのまらが抜けるのを感じて、ふう、と息を吐いた。けど、すぐにぐっと圧迫される。また抜けては、重たい何かがワシの体中にのしかかる。それが何度も何度も繰り替えされて、その内、ワシは自分がさっきみたいに、掠れて細い悲鳴を何度も上げとることに気付いた。一緒に、段々頭も白くなってきてもて、腰もまらも足も痺れて、にくすのまらがもっと奥に入ってこんかと、どこか…期待しとった。
「にく、すぅ…」
ワシは布団を握りしめとる指を無理矢理開いて、にくすの首にしがみついた。この方が、ワシの中にもっとにくすが入ってきてくれる気がしたんやけど…にくすは優しく笑って、額にまた接吻した。
「もっとォ…もっと、気持ちよくしてぇな…」
強請る。自分でも信じられないくらいになよなよしい声で、耳元に囁いた。一緒に足も腰に絡めた。女に生まれたかったかもしれない、本気でそんなことを考えながら、もっと、とまた、喉が勝手に細い声を出した。
あとはもう、ただただ気持ちが良かった。息が詰まって視界は霞み、五臓六腑は悦楽と圧迫に押し潰れたかの様で、にくすがぐいと押し込む度に狭くなった喉から息が漏れよる。それが時折甲高い、まるで自分の物ではないような叫び声になり、時折はただ掠れ求める声になった。素肌の触る感触も柔らかく、それになんやか滑って気持ちええ。着物は何時の間にやら布団の上にぞんざいに広がっとるんが見えるだけになっとった。
そうやって何度も何度も腰と腰がぶつかる内、まるで魂がずうっと空に引っ張られるみたいんなって、死んでしまうんやないかと恐ろしゅうなったけど、でもさっきの「イく」の感覚と同じ…それよりももっと気持ちええと感じたら、もっと昇りたいと欲に駆られて、ワシ自身もにくすを招いて腰をにくすに押しつけては引いとった。
最後にはまた頭が真っ白になった気分になって、詰まっていた息を吐き出す。腹ン中も熱い。なんか、わからんけど、ほんまに熱くて、ああ、と溜息を吐くと、その時になってにくすの背中に爪を立てていたことに気付いた。慌てて手を離すと、ワシは背中から布団に落ちる。同時ににくすのまらがぬ るりとワシの身体の外に出た。すっかり落ち着いて柔くなっとるまらはまるで蛞蝓みたいに見えて、それが入ってた場所からは水音が小さく存在を主張する。終わってぬ るぬるしとるまらはちょっと気持ち悪いとも思うたけど、よお見ると生まれたての子猫みたいにすべすべしとった。
「大丈夫か?」
頭を撫でられる。不思議とその手が汚れてるとかないとか、そういうことは気にならへんかった。
「ん…平気、や…ちょっと、驚いてん…」
正直に答えれば、よく出来たな、と笑う。山猫の顔は化粧の朱が、汗で少しばかり流れとって、なんや滑稽に見えた。
「これがここの仕事の本番…ってことになるか」
にくすはワシに襦袢だけを被せ、手桶は、と訪ねる。持ち物の固まった場所の一角を指で示すと、手桶を持って、やっぱり襦袢を羽織ったにくすが立ち上がる。ワシも、と思ったんに、膝は笑うし腕も震える、おまけに腰なんて痛くて力も入らん有り様やった。
「ちょっと待ってろ」
その様を笑う山猫は、すいと仕切の向こうへ消える。
ワシはふぅ…、と長く溜息を吐いた。どうしよう、以外と天職かもしれん。こないな仕事を姐さんらはやっとったんやな、とも思ったけど、自分が気持ちええし、もしかしたら楽な仕事かもしれへん、と。
すぐに戻ったにくすは、桶に湯を持ってきてて、その湯に手ぬぐいをつけ、汗だくのワシの身体を拭いた。その時に、初めて、「イく」時に出る白い水飴みたいなんがワシの腹ン中に注がれてたことに気付く。にくすは丁寧に手ぬ ぐいを宛ててその水飴をワシの身体から外へ出した。
「本当は朝に風呂の時間があって、その時に自分で掻き出しちまうんだ。 客が添い寝を申し出たら、お小水に、って断ってから、部屋から一番遠い厠で出来る限り屈んで、下っ腹に力を込めて一気に出す」
今回は特別な、と笑む。
「おおきに」
こちらも笑み返せば、いいって、とまた笑った。
驚く出来事の連続の後、にくすはワシの荷物から襦袢を引っぱり出して、ワシに引っ掛けてくれた。適当に纏って、行灯の灯りが届く所に二人並んで寝っ転んで布団を被っとると、使屋の頃に一緒に寝とったちっさい禿を思い出す。でも顔が朧げにしか思い出せへん。もうずっと昔や、あの子は他の遊廓に貰われた。ワシは大泣きしたっけ。でも、ワシも遊廓に貰われるなんて思われへんかったな。
「お前さ」
にくすが丸めた手で目を擦って…その顔もほんま、山猫みたいや…くっと、歯を食いしばる。歯の隙間からふうっと、欠伸が通 って行く。
「…やってけそう、か?」
結構疲れてる、と目の下を人差し指がかする。きっと隈でも出来てるんやろうな、正直な所、気持ちええとは思ったけど、使屋やってた時よか体力を使うた気がする。なんやか腰も痛いし、これが毎日と思えば不安は尽きひん…けど。
「ん、大丈夫…ちゃんと、明日は見世に出て、客の一人も引っ掛けるで」
冗談めかせば、心強い、と山猫も欠伸混じりに笑う。ワシも、笑った。
にくすの寝息が聴こえても、ワシはまだちらちら揺れる天井を眺めておった。そんで、淫乱、ゆう言葉を思い出しとった。淫ら乱れる、乱れ淫らな…さっきのにくすとの時間、本番も、その前も、ワシは全部最後には気持ちええ、って感じて、それが男同士だとかそういうんは全然考えもせえへんかった。きっとワシは淫乱なんや。気持ちええ事なら何でも気持ちええって感じるに違いない。やなかったら男に犯されて気持ちよがるわけ、あらへん。…なら、ワシにとって遊廓は天職なんや。だったら、とことんまでやったらんと。覚悟決めんと。にくすに心配されへんように。花魁姐さんみたいな、男花魁になれるように。
強い風が吹いて行灯の火を消したんと、梟が三度鳴いたんは覚えとった。次に聞いたんは鶏の声やった。
鶏の声が聴こえた途端、にくすががばと布団を跳ね上げた。ワシも一緒の布団やったもんやから、一緒に飛び起きる。
「風呂!」
にくすは手桶をワシに押しつけ、すぐ戻る、と襖を開けるなり廊下をばたばたと走って行った。そこで初めて廊下が騒がしい事に気付く。たくさん足音が行き来して、いってらっしゃい、お疲れさん、またおいで、すぐに来る、次はいつだ、と声も絶えへん。そうか、と何となく感じたんは、これは一人一人が商店出しとるんと同じなんやな、という事やった。客、自分で呼ばんとあかんのや。見世に出て、客を呼んで、一緒に部屋に入って、出る時はこうやってまた来てもらえる様に呼ぶ。遊廓一つが店なんやない、ワシら女郎役の男一人一人が店なんや。
「おい、風呂!」
にくすが顔を出すなり叫ぶ。
「あ、ちょぉ待ち!」
ワシは桶を抱え、人を避けながら走るにくすの後姿を追いかけた。と、そこで
「あ…っつぅ…」
と、間抜けな声で呻くハメになる。腰がずきずきずきずき、酷く痛んでよお動かれへん。毎回毎回こうなんやろか、結構きついわ…。
ともあれ、小走りで一度郭の外に出て、別の建物になっとる風呂に駆け込んだ。風呂は遊廓と同じやった。銭湯みたいなでっかい風呂、木の板が敷き詰められて、その下には湯を沸かす為に火が燃えてる。懐かしいな、ワシも掃除したもんや。けど、違うんは、一度覗いた姐さん達の風呂時間は女だらけだったのに、今は男だらけやゆうとこや。
ワシとにくすは襦袢を脱ぎ捨て、軋む床を踏んで、一番湯を浴びた。なるほど、早く来られれば綺麗な湯を浴びてすぐに仕度に掛れる。不思議と、腰の痛みも引いていくような気分やった。にくすは頭から湯を被り、すぐに湯舟に飛び込んだ。ワシもそれに習うけど、髪の毛が背中やら顔やらに貼付いてそうもいかへん。ぺったし貼付いた髪の毛を払いながら、にくすの隣につかる。
「…お前、髪の毛切らねえの?」
くいっと引っ張られ、身体が傾く。思えばうっとおしい髪の毛なのに、ワシはあの男の言葉を守って、未だに伸ばし続けとる。
「…ん、なんやか、伸ばしとるよ」
なんでもないふりをして、指にひと束絡める。真っ赤や。水に塗れるとますます赤い。まるで紅を塗ったくったみたいな色や。紅葉みたいに真っ赤や。
それでも、にくすはふうん、と言って、笑った。
「俺は好きだぜ、赤」
そないこと言われたら、ますます切れへんやん。
そんなことは口に出さへん、からかわれそうや。
嬉しくて切れへん。ワシかて、この色が、好きなんや。一緒に好きなんて言うてくれたら、切れへん。
「おい、顔まで真っ赤だぜ、どうした?」
のぼせたか?と、顔が近付く。
「な、なんでもあらへんよ!」
風呂から飛び出て濡れ髪のままに部屋に駆け戻る。息を切らせるワシは相当情けない顔しとるはずや。あない事言われて嬉しなってるなんて、そんなん、馬鹿みたいやんか。恥ずかしゅうて、顔見られん…。ほんま恥ずかしい。布団の上に蹲って、ずっと、あー、と情けない溜息ばかり続けておった。
少しして、またにくすがやってくる。もう着物の着付けが済んでて、ワシに着せに来たらしい。ワシの顔はもう鏡で見ても赤くはなかったけど、そいでもにくすと顔を合わせるのは気恥ずかしかった。
「俺、さっきなんか悪い事言ったか?」
眉を寄せる山猫は、着物は着ていてもまだ顔に化粧が無くて、ちょっと優しく見えた。
「ん…ワシの、勝手な勘違いや」
笑ってみせれば、寄った眉も解ける。鼻でふううっと長く息を吐いて、ワシの頭にぽん、と手が乗った。
「俺の事で嫌だったりするのは、ちゃんと言ってくれよ。…お前が困ったりしてる顔は、客専用にしとかねえとな」
それが、憎まれ口なんは簡単に分かった。なんせ、にくすの顔は特有の白さなのに、耳が真っ赤で目も横に逸れとる。こういうとこは以外とまだ子供やな、とこっそり心の中で笑ったら、顔に出てもたらしい。ちょいと睨まれた。
「それより、だ」
ワシの横を、真っ青な着物が通り抜ける。後ろから見れば、空に太陽が浮かんどるようやった。金色が眩しい。
空はワシの紫の着物を引っ掴み、ワシを手招く。見世まであんま時間なかったんやったっけ。
「お前、名前はどうするんだ?」
そういえば。名乗っていないことに気付き、次にその言葉が、ワシが女郎として名乗る名の事だと思い当たる。
ワシは帯を巻き終わる頃に、ようやく口を開いた。
「ワシの名は、柚子、や」
柚子のワシは、その日初めて、赤い化粧をして見世に出た。
陰間茶屋 地 へ
2005/02/12
掲示板掲載文を加筆修正して掲載と相成りました。
掲示板の方も好評で、これから本格的に識柚編に入ります。
っていって何カ月立ってるんだよォォオオオオ!
とか銀魂気味ですね。すんません。
最初遊廓、ってタイトルだったんですが
フォモの遊廓について資料を探し漁っていた所「陰間茶屋」なる
遊廓の男Ver.があるって話を知ってしまって
色々なルールとかも目に入っちゃったからうっかり直しまくり大会…
修正不可の部分も多々ありましたがそこらは無視してください。
薄暗い襖の向こうの情事の様を感じて頂けていれば幸いと思います。
ではまた掲示板で。