2Pアッシュと2PKKの相当パラレルしたお話です。
エロ有りです。
主義で描写が割りと直接的です。(割りとね、割りと)
読んで失望しても知りません。
バンプの歌詞をこういう形に使われるのが嫌な人は即退場。
Deuil以外の絡みはいらない人はバイバイです。
また狼を嫌いになりたくない人もゴーアウト。
承諾出来る人はレッツリード。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

独り部屋に居て、ベッドに天井を見ながら転がる。

Title of main

 一人でいる事は慣れていた。何せ何処に行っても目立つ容姿、からかいのタネにもなれば畏怖と興味の対象にもなる。大概は同性には前者の扱いを受け、異性には後者の扱いを受ける。どちらにせよ、俺はいつも一人でいた。家に帰れば親がいる。でも、いつしかそれも煩わしくなって、家を飛び出たのはいつだったか。
  生活力はあった。けれど仕事先でも俺の容姿に対する云々は続いた。物わかりの良い社会なんて無いと、実感せざるを得なかった。一人でできる仕事は、楽だと知った。
 いくらか体目当ての女と寝た。誰もが言う。孤独に誇りがあるのね、と。俺もそう思っていた。女は皆捨ててきた。

 行き倒れた。空腹じゃない。仕事もまた明日ある。問題は俺の態度だった。たまたま入った呑み屋で、壁際の席に座ってストリップショーを見ていたら、その女は店のゴロツキのものだったらしい。見方がイヤらしい、ストリップショーには当たり前の理由で、俺は多勢に無勢で、今地面 に這い蹲る結果になってる。俺は終始無言だったから。
 「大丈夫か」
 聞こえた声を、叩かれた肩を、その手を軽く払う事で追い払って感触も忘れる。誰も構わないでほしかった。
 「ナイフか?血が出てる」
 声は遠くに行かず、むしろもっと近い所で息が掛かる。振払おうとして、また手を持ち上げたかった。
 「人間が無理するなよ」
 体が浮いて、鳩尾くらいの場所と背中に、何かが当たる感触。地面が見えて、帽子が落ちた。
 「家近いから。すぐ行こう」
 地面が後に流れていく。

 「浅くてよかったな」
 タオルの柔らかさが段々湿っていくのが判る。上から包帯で圧迫して、止血はきちんとしてるが、浅くてもそこそこの絆のだろう。その部分だけ体温が高いような低いような、不快な温度だ。でも、それが体のどこなのかもよく判らない。
 「なんで助けたんだよ」
 俺が口のすぐ近くで呟いた言葉を、奴は耳をそばだてもせずに捉えて答えた。
 「血が出てるのに、助けないのか?」
 言語障害の様な意味不明の解答。主語と述語がきちんとしてない。その解答を解読、読むわけじゃないが、する気にもなれず、ただ部屋を見回す。ゲームとスナック菓子とアイドルやらキャラクターやらのポスター、テレビ、エアコン、それからキッチン。戸棚があって、収納の為のタンスがあって。壁紙がベ−ジュ。向こうにもう一部屋あるのか、白い扉がある。なんだか女の部屋みたいだ。
 「何か飲むか?」
 酒以外なら、と俺が答えると、すぐに水が出てきた。ガラスのコップの六分目までの水は、ゆっくり俺の口に注がれる。少し体が起こされると、至る所に痣がある様で、青い体が見えた。痛みは、ぼんやりして、あまり意識に届いてこない。
 「腱は切れてない。けど、病院に行かねえといけねえな」
 コップが全部の水を俺の中に修めてしまうと、そのコップの向こうに、炎が見えた気がした。今度は頭が下がって、足が持ち上がる。
 「なあ、お前の家どこ?医者に見せるから、保険証が欲しいんだけど」
 お節介な声。俺は視界に入った包帯で巻かれた太い棒が俺の足だと理解した。包帯には血が滲んでいない。けれど、その包帯から先が上手く動かない。包帯は太股に巻かれていたことに、ようやく気付いた。
 「家はない。保険証も」
 ちょっと遠くで、溜息。そしてしばらく、俺の頭の上の方、天井に近い所で炎が揺れていた。
 「なら、治るまで俺の家にいろよ」
 明るい声。馬鹿だな、わざわざ自分で厄介事に首を突っ込んで。俺なんかさっさと外に放り捨てちまえ。そう小声で言ったのも、聞こえていた。
 「…俺、馬鹿だからさ、アンタがそれを嫌がってるのは判るんだけど、でも、怪我した人を放っとけねえ」
 少し霞掛かった視界に、また炎が見える。文法もちゃんとしてない、言語障害者の声を聴きながら、俺の意識が、群青の空を泳ぐまで、そう時間は掛からなかった。

 

 翌朝、俺の居場所はベッドの上。白いシーツにベージュの毛布、枕カバ−は薄い黄色で、全部無地だった。
 「お、起きたな」
 少しだけ開いた扉から覗き込む、炎。その下に、浅黒い肌の、三白眼の卑屈そうな顔が見える。ただ耳が、どこかのアニメのキャラクターよろしく三角形の犬の耳を真横にくっ付けた、人を馬鹿にした形だった。
 起き上がろうとするが、茶色の毛布の下にある包帯の締め付ける当たりが激痛を走らせた。毛布をまくれば、ただ白い包帯が巻かれた俺の左足なのに、その裂ぱくは俺の意志を疎外するらしい。
 「なあ、アンタ名前は?」
 扉が開くなり言語障害の男はそう言ってきた。
 「無い」
 「ある」
 珍しく反論がマトモだった。
 「教えてくれよ。アンタなんて呼び方で、こっちが緊張するんだ」
 馬鹿でも緊張したりするらしい。別に減るものじゃないので、教えてやる事にした。
 「ケネス=キーツだよ」
 無論嘘だ。俺はアメリカ生まれだが両親は日本人とドイツハ−フのフランス人。お陰で俺は金髪に暗い紫の瞳なんて、目立つ姿に生まれた。始末が悪いのは、その金髪がパールの白さを持っている事だった。パールブロンドなんてなかなかいないし、まして紫の眼なんて、気味が悪いだけだろう。
 「ケネス…呼び難い」
 何度もケネスケネスと、俺が口走った偽の名前を呟く。
 「ケンじゃダメか?」
 初めて眼があった気がした。じっと、意見を問うようにこちらを見るその瞳の色は、俺には眩しい色だった。一瞬呆気にとられながら、すぐにそれで良いと返事する。その眼が細くなって、わかった、と、また判らない返事をする。この言語障害の男は、真っ赤な髪の毛と、太陽の瞳を持っていた。

 朝食のハムエッグとトーストをすっかり平らげる。ベッドのすぐ脇で背もたれの無い椅子に座って膝に乗せた皿から、器用にこぼさずに朝食を食べていた言語障害の男は、カッシュと名乗り、パティシェになりたいと、聞いてもいない自己紹介をした。それから、朝食の片づけをしてすぐに、ココアを持ってきた。マシュマロは手製なんだと、自慢げに胸を張る。
 どうでもいいようなことを、このカッシュという男は話したがった。中には猥談もあったりして、ヘタなトークショーより面 白いかも知れなかった。昼飯までずっと取り留めもない話をされて、俺はうっかり仕事の事を告げるのを忘れた。
 「電話貸せ、カッシュ」
 そういうと嬉しそうに耳をパタつかせながら、電話器をベッドまで持ってくる。回線が長く取ってあって、部屋中どこからでも掛けられるようだった。奇妙な事に、この男は名前を呼ばれるととても喜ぶのだ。
 仕事場に、負傷で全治大体一ヵ月だと申告する…もちろん、時間はもっと掛かるだろうが生活が掛かっているから、無理矢理にでも一ヵ月で済ませる…と、二週間は有給で消化するように言われた。夏のバケーションに行かなかった分がこんな所で役にたったのは、なんとも複雑な気分だ。まあ、クビにさえならなければいい。
 「なあなあ」
 カッシュは案の定、電話を持ったままベッドの上の俺を見下ろした。
 「ケンはなんの仕事してるんだ?」
 どう答えたものか。実際には殺し屋なのだ。依頼を受けて襲撃する。それが俺の会社の、裏の顔だ。
 「…清掃業だ」
 へえ、とカッシュは眼を輝かせた。
 「俺用心棒やってるんだ。掃除屋は向かないって、言われてさ…」
 向かないと言われたものほど興味が行く、か。まるでガキだ。実際社会のゴミの掃除はしても、オフィスはゴミだらけの時がある。俺の部屋は物が無い分、綺麗だ。このガキの部屋はテーブルも椅子もあるしクローゼットもあるのに、あんまり散らかってはいなかった。


 「…あ、ケン、俺これから仕事だ…夕飯、帰ってきたらでいいか?」
 まどろんでいると、突然扉が開いて褐色の顔がこちらを伺った。帰りは夜中になると言う。俺は食事の時間などいつもバラバラだから、いらんと一言返事で返すと、奴は露骨に眉をしかめて口を尖らせた。
 「ケン!ちゃんと食べないと傷が治らない。帰ってきたらすぐ作るから、待ってろよ」
 どうにも親のように五月蝿い男だ。時計を横目で見ながらクローゼットから一着スーツを取り出すと、いってきます、と白い扉の向こうに出ていった。間もなく鍵が閉まる音がして、廊下らしい場所を歩く革靴の足音が硬く耳を打った。
 退屈になる前に、と、俺はベッドサイドのテーブルにラジオを発見したので、電源を入れる。クラブで掛かるような音楽が流れていて、なんだか時間の流れがおかしいような気分になった。この部屋の窓の外はまだ見ていない。カーテンが閉まっているし、窓自体も閉まっている。俺の位 置からだと時計も見えない。まあ、夕飯がどーのと言ってたバカがいたから、きっと夕日が沈むか、その前後ではあるんだろう。
 半ば眠りかけた意識の中、ラジオ番組が切り替わった時、まだ夜の八時だと知る。時間がどれくらい経過したかさえ分からないまま、クラシックの曲が部屋を満たしたのを最後に、俺はすっかり意識に幕を降ろしていた。

 太股の疼痛に目が覚める。思わず手をやって包帯の上から掻きたくなるが、タオルの厚さが指を阻んだ。何故かラジオの電源は切れていて、代わりに肉をいためる匂いと音が神経を刺激して、途端腹が鳴る。
 「ケン、起きてる?」
  白い扉の向こうから、顔が半分だけ覗いてきた。
 「もうすぐできるから、待ってて」
 すぐに顔が引っ込むが、俺はそれを一瞬引き止めたかった。声が奇妙にくぐもっていて、どうにもその原因を知りたくなった。けれど起き上がる事は叶わないし、まして奴の名前も呼びたくなかったから、諦めてまた疼痛を堪える事に徹した。電気のついてない部屋は暗いが、カーテンがはためいて外から月の白い光が入り込んで俺の周りは白く浮き上がっていた。
 程なくして、また扉が開いた。スイッチは扉の横にあるらしく、電灯のやや黄色掛かった白い色が部屋を明るくした。
 「お待たせ」
 入ってきたのは俯いて顔が見えない赤い髪の男だった。おふざけの様な三角の耳も、だらしなく下を向いてる。そのままトレーにステーキと白米、サラダを乗せて俺のすぐ傍まで来た。
 「はい、召し上がれ」
 「カッシュ」
 戯けた調子で差し出されたトレーを、俺は受け取らなかった。
 「顔を見せろ」
 しばらく、何も動かなかった。カーテンがまたはためいた時、カッシュの耳が、俺の方に向く。そして、ゆっくり顔を上げた奴の顔面 は、予測通り殴られたのか頬が酷く腫れていた。左の頬は真っ赤で、右目が青痣で漫画のように細くしか開いていない。鼻血の後がまだ残っていて、白いワイシャツにも紺色のネクタイにも血液が生々しい光を持って存在を主張していた。
 「あ…明日にゃ治るさ」
 右の頬を、指先で掻く。その手の甲は、多分拭った自分の血で、真っ赤だった。
 「明日までになんか治るわけねえだろ」
 俺が睨みつけると、カッシュはトレーをベッドサイドの椅子に置いた。油が跳ねるほど熱いステーキは、外気にあたって少しだけ冷めていくようで、段々湯気が薄くなる。
 「俺…狼男だから、治るよ」
 ネクタイをほどいて、ワイシャツを脱ぎ、それを全部まとめてクローゼットの影のかごに投げ込んだ。その体には無数に傷がついているが、奇妙な事に、切傷らしい傷の血痕があっという間に乾いてボロボロと落ちる。傷の部分にはすぐにピンク色の新しい肉が出来て、上からカッシュの肌の色にしては幾分か白っぽい皮膚が蓋をするように覆う。
 「見えた?…顔の傷は何か、治り難いけど、でも、明日にはさ、治るんだぜ」
 その声は何処か嘲弄の色があって、俺は少し嫌な気分になる。なんでそんな顔をするんだろう、まるで笑顔なのに、元の顔の卑屈さと相まってなのか、酷く何かを馬鹿にしたような顔。
 「バケモンさ。だから用心棒ぐらいしか仕事も出来ない。…俺、馬鹿だし」
 もう一度ベッドサイドまで来て、俺を見て、今度は…捨てられた犬の顔をした。捨て犬を見た事無い奴がいるだろうか?あの主人や親の存在を信じて疑わず、ずっとそれを呼び続ける子犬の顔を。その存在が離れていくさまを見送りながら、次はいつ迎えに来るのだろうと、耐え忍ぶ顔を。
 「ケンも、気持ち悪いだろ。やっぱ、家に帰んなよ。病院行って治しなよ」
 やっぱり、コイツは言語障害だと思った。

 「おい、夕飯」
 長い沈黙は俺が破った。あえて質問には答えない。自宅の場所を知られるのは俺の仕事では最大の失態だし、まして病院に行こうものなら両親に見つかりかねない。もう面 倒は嫌だし、今の現状、この生活は気に入ってる。これを維持する為には、少しくらい体を犠牲にするのは訳ないんだ。…それだけだ。
 「うん」
 カッシュは静かにトレーを持ち上げる。その手が震えてるのは見ない事にした。
 「体だるくてな」
 枕は俺が上半身を起こすのだけは手伝ってくれた。
 「腕が上がらねー」
 カッシュはきょとんとして、トレーを運ぶ手を止めた。
 「食べさせてくれねーわけ?」
 カッシュの耳は素直だ。ピンと跳ね上がって、俺の顔の横まで椅子を引いて、トレーを持ったままそこに座った。
 「よろこんで」
  血まみれの手が、そっとステーキを切り分ける。それから、それがフォークに刺さって俺の口まで運ばれる。程よく冷めた牛の肉は、俺の腹に全部、収まった。サラダも、白米も。

 

 

 それから一週間ほどは身動き一つ取れず、包帯を代えられる度に深い傷と対峙するハメになった。カッシュが仕事に行く前にトイレに行くのを手伝ってもらわないと、寝て起きた時が地獄だというのは三日目に体験した。どう控えめに見ても一ヵ月じゃ無理だろう。無論治らずとも動くが。
 「さすがに一週間風呂入らないとなぁ…」
 カッシュが苦笑して俺の頭に触る。髪の毛はもうベタつきそうなくらい汚い。いい加減無精髭もただの髭になりかけている。
 「入れてやろうか?」
 俺は自分の体の汚さに堪えられず、それを了承した。

 風呂場の壁は青いタイル張りで、床は同じく青いプラスチックでツルツルしていた。シャワールームだったらしいが、中に白いバスタブを無理矢理置かれている感じだった。
 「俺、ジャパニーズだからさ」
 日本人か。そうは見えないが、どうも日本人は浴槽に浸かって体を温めるという習慣があるらしい。あまり広くないシャワールームにバスタブがあるのも納得できる。
 「こんなもんか」
 カッシュは俺の左足をすっかりビニールの袋で覆ってガムテープで止めてしまった。濡れるといけない、とカッシュが考えた手だ。既に衣服は全部洗濯かごの中だ。一週間取り替えられなかったTシャツは首やら袖やらが汗染ですこし黄ばんで、俺の不快感を一層高めた。
 「じゃあ、掴まっててな」
 またカッシュも全裸だ。まあ、確かに服に泡やら水やらがびっしょりになるまで着ている意味はない。
 俺の体が、最初にあった晩のように持ち上がって、風呂椅子の上に降ろされる。それからすぐに、久々に髪の毛が爽やかに濡れていく。カッシュは俺の後に座って、俺の首を少し後に反らせながら、器用にシャワーで俺の髪を流した。ある程度流すと、少し刺激的な匂いのするシャンプーで頭皮を揉むように、ゆっくりとしたテンポで指の腹を使う。シャンプーをきちんと頭皮全体から流すと、今度はミルク色のリンスで手の平を使って、髪の毛全体をトリ−トメントされる。カッシュの手は、厚くて器用だった。石鹸の匂いとカッシュの手の平が心地よい。
 「はい…じゃ、今度は体やるぞ」
 リンスは髪に残るくらいがいい、そう呟いて、実際少しリンスの滑りが残るくらいに流してから、カッシュはスポンジに石鹸を泡立てた。細かくてふわふわの泡がスポンジの上で踊るようになると、首から順番に下へと垢を落とす。俺は人に洗われるなんて慣れない状況に、ちょっと照れくさいような気分だった。反面 、何事もないかのようなカッシュがちょっとムカつく。
 隅々まで泡だらけになって、少し泡で遊んでみる。指先の泡を自分の体を洗っている馬鹿の鼻の頭に付けてやると、面 喰らったように上目遣いに俺を見た。すると大きな泡の塊が頭の上に乗せられた。俺が頭を動かす度に何か軽いものが上で動く。仕返しに耳の上に泡を盛ってやると、耳をパタパタさせて泡が俺に飛んできた。
 シャワーの水が排水溝の入り口に溜まっていた泡に穴を開けて、穴がどんどん広がりついに泡自体が無くなった。今日はバスタブに湯がはられていないので、奴もシャワーだけで上がるようだった。風呂の間、お互いあまり喋らなかったな。
 そういえば、頼んではいないとは言え助けられているのは、何でなんだろうか。コイツにとっては俺は厄介者だし、まして何の義理もないのにこんなに助けられている。おかしい。もしかして何処かの会社の依頼で、俺の身辺でも調べているのだろうか。それとも俺に何か求めているのだろうか。どちらも有り得ない話だ。俺の身辺を調べるとしたら、俺の家に張り込んだりする方が賢明だと思うし、俺は金も権力も地位 も無い。じゃあ、この馬鹿に人の良い赤い髪の狼男は何を考えているんだろうか。
 一度疑いはじめるとキリがない。…確かめずにはいられなかった俺は、一つの可能性を、試してみる事にした。


 「カッシュ」
 俺が名前を口にすると、ぺったり顔に赤い髪が張り付いていた狼男は、今ちょうどトリートメントが終ったばかりだった。
 「何?」
 こちらに振り返る。俺は足が痛まないように体制を考えながら、床に膝をついた。ちょうど奴と向き合う格好だったので、疑符の浮いた顔が高い位 置に見えた。
 そっと、顔を沈める。タオルも何も無く、むき出しの状態でそこにある男を誇示する形。気取られる前に銜えてしまえば、奴が呆気に取られている間に舌で絡める事が出来た。
 「お、おいっ、ケン!」
 自体にようやく気付いた鈍い狼男は、俺の頭に手を掛けて引き離そうとする。でも、俺の口の中で増していく質量 と、引き離そうとする力の弱さに、舌使いの上手さを自覚した。
  俺の容姿はからかいのタネになっただけじゃ無く、男の欲情をそそる効果もあったらしい。何度も男に抱かれ、また抱いた。男を相手にした数と、女を相手にした数が同等であるほどに。
 軽く根元を指先で掻いてやると、ついに狼男は観念して引き離そうとするのを辞めた。俺の髪の毛にくるくると指を回して絡ませ、それをほどく事をくり返す。興奮してるはずなのに、俺に触ろうとはしない。体が目当てじゃ無かったわけか。読みは外れたが、ここで辞めてしまっては可哀想だ。軽く歯を立てながら喉につかないくらいまで飲み込んでやると、生臭い匂いと一緒にどろどろしたものを飲み込む。種族的な特性なのか、ただ溜まってただけなのか、量 は相当多かった。
 「…ケン、ヤりたいの?」
 カッシュは俺の頬に手を添えて口を開けさせると、シャワーで口を洗わせた。別 にいいのに。
 「ん…お前が何考えてるか、判らないから、さ。体目当てで世話してくれてるんじゃなかったんだな」
 狼男は溜息をついて、俺を風呂場から出した。一緒に出てきて、タオルで体と頭を拭きながら、耳が下向きに下がってるのを見つけた。
 「…俺は、うん…体じゃないけど…好きな人に、アンタ似てるんだ」
 また言語障害が。まあ意味は通じるが。
 「金髪で、紫…青っぽい、色の目が、すげえ綺麗な人で。俺、大好きだったんだけど…だけど、俺、一緒にいられなくて。…アンタ似てたから、お節介したくなっただけ」
 もういいんだ、あの人は他の人と言っちゃった。まるで、童話を語る様に、小さく言葉を紡ぎ出す。
 ただの馬鹿だとばかり思っていたのに。奴は相当な悲恋を経験しているらしいかった。泣き出しそうな笑顔なんて陳腐な表現はきっとこんな時に使うのだろう。
 「一緒に居てよ。せめて怪我が治るまで一緒にいさせてよ」
 哀願する狼。その恋した人は、人間だったのだろうか。

 またベッドに戻されてから、風呂上がりのアイスを貰った。このアイスすらも手作りなのがまず驚きだ。だがもっと驚いたのは、カッシュの提案だった。
 「なあ、俺の血、飲んでみないか」
 危うく口の中で柔らかく蕩かしていたアイスを拭いてしまいそうになった。このとろけたアイスが好きだってのに。
 「狼男ってのはさ、生命力が高いんだよ。見ただろ、傷がすぐ塞がったの」
 現実、右目の痣がもう消え掛かってる。
 「それって血がそういう役目をしてるらしいんだ。だから、きっと、俺の血飲んだらさ、早く傷も治ると思うんだ」
  そんな、あるいみ子供じみた空想の提案だった。まさかそんなことで、傷の塞がりが良くなったりはしないだろうに。それでも、どうかな、と首をかしげる。狼なんて思い難い、なにかもっと可愛いような動物を思わせる。
 「…分かった。試す、か」
 俺の返答に、狼とは言い難いその男は、満面の笑みで答えたのだ。

 コップに入れてはドロドロになるだろう、けれど食べ物に混ぜるのでは調理が難しい。結局、カッシュの提案で、口の中を切って、口移しで飲む事になった。要するにキスするんだが、ある意味、この馬鹿の欲望の捌け口に使われてる気もする。もっとも、そうするように、けしかけたのは俺なんだけど。
 「んじゃ…」
 ぷつ、と、小さな音がして、閉じた口に赤いラインが走る。どこを切ったかしらないが、相当出てるんじゃねえのか?まさか舌切ったりしてないだろうな。
 ゆっくりと、柔らかい唇が俺のカサカサに乾いた唇に押し付けられる。そのまま、生臭い舌が俺の口に入ってこようとするので、俺は軽く歯に隙き間を作る。侵入口が開けたために動きは早くなり、俺の舌がぬ るぬる濡れた、鉄の味がする柔らかいものにそっと押されるまで、そう時間は掛からなかった。途端に少し粘りのある液体が俺の口の中に流れ込む。鉄と生臭いにおい。喉にそれが流れ、臭いは鼻から抜けていく。でも、気持ち悪くはない。むしろ気分が良くて、おかしくなりそうな程、唇も舌も血液も、心地よく俺に関わってくる。

 離れた時、カッシュの口の中の傷はもう治ってたらしく、血は止まっていた。俺は、と言うと、陶酔に頭が上手く回らず、今口移しで血を飲んだ、というだけの事実を受け入れながら、酷く興奮していて、顔が熱かった。
 「ケン…」
 大きな手が俺の頬を撫でる。もっと撫でてほしくて、頭を擦り寄せる。何でこいつの手は、こんなにあったかくて気持ちが良いんだろう。大きくて厚くて、柔らかい手。ちょっとむず痒い耳に、手を移動させる。
 「ケン!ちょっとまった!」
  いきなり馬鹿が大声を出すものだから、俺は思わずビクッと身を強張らせてしまった。一瞬離れた手が、注意深く俺の耳に触る。その時、僅かな抵抗があったのを俺も感じた。
 「なん…?!」
 反射的に触った耳に、俺は一瞬血の気が引いた。その耳、本来俺の耳であるはずのその耳は、触る限り短い毛が生えて、少し尖って三角形で…ちょうど、カッシュの耳とそっくりの形のようだった。
 「かか、カッシュ!鏡!」
 すぐさまクローゼットの中の鏡を持ち出し、俺の前まで持ってくる。慌てた顔。その表情は複雑だ。困惑してるのかも知れないが、何かを堪えている表情。
 映り込んだ俺の姿。もちろん褐色の肌なんて持ってないし、髪が赤くもなっていない。けど、この耳だけはどう見ても狼男のそれだった。
 「うあ…なんだよこれぇ…」
 自分でも情けなくなるような声が漏れた。俺の耳もへたっと伏せられて、偽物じゃない事を物語る。
 「ごめ…まさか、こんなんなると思わなくて…」
 同じように耳を伏せた狼男は、弱り切った顔で俺から目を逸らしている。まあ、責めても仕方ないだろう、俺だって了承してしまった事だ。
 「…もう、いいから、とりあえず…傷、見てくれよ」
 俺が諦めて、溜息混じりに布団をまくりあげると、項垂れた赤い髪が包帯に顔を近付け、ほどきはじめる。さっき巻かれたばかりの白い包帯がくるくるとベッドの下に落ちていく。
 タオルが外されて、その傷が、大分浅くなってる様を見せた。風呂の後に取り替えた直後は、まだ新しい肉が出来ておらず、傷口に生々しい油と小さい無数のかさぶたが浮かんでいたが、その部分が狭くなり、肉が出来、傷は塞がれいていた。それでもまだ、表面 に近い部分は少し抉れていたが。
 「い、痛む?」
 カッシュが俺の方を見る。酷く不安そうに、でも、傷が治りかけているのを見て安心したのか少しだけ落ち着いたらしい。
 「いや…」
 膝を曲げる。痛みは無くなっていた。
 「大丈夫だ」
 「じゃあ、今度は耳をどうにかしなけりゃな」
 苦笑する。卑屈なその元の顔は、それにあまり向いていないようだった。ちょっとばっか、怒ってるようにも見える。
 「今日はもう眠い…だから、もっと撫でてくれよ」
 まだあまり回らない頭で、寝る前にもう一つお願いをする。言語障害がまた出て、何も言わないままに頬をその手で何度も何度も撫でてくれた。それがきっと答なんだろうと、そう考えながら微睡みに深く深く、俺の意識は引っ張り込まれていった。

 

 翌朝、俺の耳はもう元の俺の耳に戻っていて、カッシュは安心したのか肩から力が抜け切った。よほど心配したのか、昨夜はあまり眠れなかったと目の下の隈が物語っている。そして、少しばかり気まずそうに、歩けるかどうか尋ねてきた。
 俺はベッドの端に手を掛けて、そっと、立ち上がる体勢に入る。何だかんだ一週間動かないだけで体の感覚は失われるのだと初めて知った。なかなか上手く足を踏ん張らせる事が出来ない。少しの間筋肉と格闘し、どうにか床に足を張り付けるくらいに力が入ったので、ゆっくり体を起こした。そうすれば後は流れに任せるだけだ。ぱっと、視界が高くなり、すぐに白い扉まで歩けた。…だが足は痛む。まだ体重を支えきるのは出来なかったみたいだ。
 「ケン、やっぱり痛むのか?」
 カッシュが俺を横抱きに抱き上げる。もう慣れて久しいが、トイレだろうと昨日の風呂だろうと、こいつは必ず俺をまるでお伽話のお姫様がされるような横抱きの体勢で俺を運ぶ。ちょっとムカつく。
 「普通にしてりゃ、大丈夫だ」
 抱き上げられたらすぐに痛みが引いた。
 ソファに座らされて朝食を待つ。毎朝でト−ストで飽きると言ったら、どこの店で買ってくるのか、和食が食卓に並ぶようになった。いつも朝は質素だが、先週一度、夕食に茶碗蒸しが出た。あれはお袋のお気に入りだったので、親父が婆ちゃんから教わって、休日になると家族に振る舞ってたなぁ…。
 今朝は焼き魚と白米、それから卵焼きだった。一緒にサラダをつけるのは三食変わらない。食物繊維が吸収され難いらしい、と狼男の体質を、どこか失望したように話したあの顔を、ぼんやり思い出す。
 「いただきます」
 卵焼きの出来に上機嫌な赤い髪の言語障害者。俺はそれに習って食前の挨拶をする。そして、昔随分と使っていたのに今は握り方も思い出せない箸で、食事を始めた。

 食事は二人横並び。そのソファはこの所のカッシュの寝床で、俺は少し犬みたいな匂いのするベッドで毎日を過ごしている。少し歩けるようになったので、部屋の中にある雑誌を物色するくらいはできるようになった。俺が先に食べ終って、手近な少しヨレた雑誌を手に取る。見れば十八歳未満購入禁止の無修正本だったから笑える。肌は白めが好み、ついでに金髪好きなのか。なんだ、欲求不満も解消出来てるんじゃないのか?
 「おい、ケン!かかか、勝手に何見てるんだよ!」
 横から雑誌がかっ攫われる。顔を真っ赤にしながら大急ぎでタンスの一番上の引き出しに投げ込む。あそこだけはいつも開いているらしい。…投げ込んだ意味があるのか無いのか。
 今度はゴミ箱を覗いてみる。ただ冗談と興味本位のつもりだったのだが…
 「おい、まさか昨日眠れなかったってのは…」
 俺がわざと咎めるように睨むと、気まずい空気が流れる。ま、健全な男子たるもの、誰しも通 る道だ。俺は客じゃないから遠慮する必要も無いし、第一好きな人がいるのにそっちの方向で一度も考えないのもまた男子として不味いだろ。
 「…本なんか、使ってねぇよ…」
 これまた予想外の解答。まあ嘘がつけないらしいっていうのは、もう実感してる。問題は本を使わずに何を使ったかって事だ。俺がそれを問いつめると、ますます答に窮して、膝を抱えてそこに顔を埋めてしまった。その膝の隙き間から、ぼそぼそと、普段は通 りの良い声が、いくらか歯切れ悪く聞こえた。
 「最初は…好きな、人を…でも、イけなくて、ケンの、事考えた…」
 昨日のリップサービスは相当効いたらしい。だが、行為のソ−スとして使われた事に嫌悪感はなかった。むしろ…一瞬、その様を想像してしまった。一人でいるカッシュじゃない、俺の上で、笑っているカッシュだ。満面 の笑顔と熱っぽい目。組み敷かれても嫌悪感の一つもない…むしろ、あるのは…。
 いや、何を考えているんだろうな、俺は。どうせヤるとしても一夜限りになる事も分かってるのに。
 「ごっそさん」
 俺は気にしない風を装って、食器を流しに片付けて、痛む足を引きずりながら部屋に帰った。

 カッシュはいつも朝食の後昼飯の準備の前までもう一寝入りする。用心棒の仕事は夜遅い。俺も似たような生活パタ−ンだったから、合わせて寝ていた。最初、清掃業だから早寝早起きだと思い込まれていたが、実際、俺の本当の仕事は社会のゴミの清掃なので夜間の仕事が多い。夜間の清掃もあるんだと言ったら納得していた当たり、やっぱり馬鹿だと思う。

 昼飯はいつも一品物だ。スパゲティやカレー、たまに日本の様にはいかない、と言いながら牛丼なんてのも出してくる。カッシュの料理はどれも旨い。だけど、昼飯の後、三時のティータイムと称してとして出てくるお菓子は一番だ。今日は昨日から冷やしていたプリンを食べた。冷たくて甘過ぎない。カラメルの色が綺麗に透き通 っていた。うまい、とそれだけで、ひどく喜んで、おかわりは?と尋ねるんだ。

 夕飯は帰ってから一時間かける。ボリュームのあるものできちんと夕食を摂るのがカッシュ流らしい。初日のステ−キに始まり、グラタン、オムライス、ハンバーグ、中華で唐揚げってのがちょいと油が切れてなくて本当に重たかった。ただし必ずデザートに柑橘類がくる。ゼリーになってたりもするけど、大抵そのままのフルーツ。これで少し胃がさっぱりするらしい。

 そんな生活をしながらまた一週間が過ぎた。その日は窓を開けて少し外を眺めた。見れば満月で…奴は狼男のはずだが、理性を失ったりしないんだろうか。例えば、野生の血がどーたらって事で、人を殺したりはしないのか、遠ぼえするとか、ないのか。それがないとしたら俺としてはがっかりだ。いや、怖いもの見たさなんだろうけど。
 丁度、用心棒が帰宅した。玄関まで出て顔を見ると、今日は腫れていない。いつもはボコボコになって帰ってくるのに。にこりと、目を細めて笑う。
 「あ、ケン。すぐ夕飯にするから」
 そう言っていつも一時間掛ける。だが今日は本当にすぐだった。ナポリタンとサラダ、昨日の残りのミ−トボ−ル。めったに使われない電子レンジが唸っていた。
 食卓にそんなものが並んで、それが俺一人分だと気付く。
 「食わないの?」
 一瞬こちらを見たその顔に、緊張が走ったのを見逃さなかった。それから、軽く頭を振って、いらないから、と短く言い捨てる。目線は俺を見ない。顔を逸らしたまま、さっさとスーツをハンガーに戻し、風呂を沸かしはじめる。
 「今日、風呂諦めてくれる?」
 背中越しの、どこか短い言葉。吐き出す息も、きっと口の前で止まってしまってるのだろう。今日はやたらに聞き取り辛い。
 「やだ」
 俺がわがままに言えば、頭を横に振る。
 「今日は諦めてくれ」
 「やだ」
 駄々っ子の様に、食べ物を口に入れたまま膨れてやる。もちろん見えてないだろうが。いきなりカッシュは立ち上がって俺の真ん前に立った。普段から良く見えないその目が、陰惨な、残酷な影を映している。表情が硬い。体中に力が入り、拳を握り込み、口もしっかりと真一文字に結ばれている。眉間に、深い皺が刻まれてて、余計に顔が強張って見える。
 「満月…だ。俺は、人を殺したいとは思わない。けど…ヤりたいとは思うんだぜ」
 裸なんて見たら止められるはずもない欲望と、悲哀の滲む声。一体誰を見てそのセリフを言っているのだろうか。俺なのか、それとも、お前が好きな誰かなのか?
 「いいよ」
 俺はナポリタンを飲み込んだ。
 「俺が好きなら抱けよ。俺を」
 途端、カッシュが咆哮する。獣の声だった。
 「…ケン、どうなっても、知らないからな…」
 にやりと、やっとその卑屈そうな顔に似合う笑顔を俺に見せた。

 結局、風呂場では奴は耐え切った。但し一言も喋らない。俺がそこは痛い、とかいうと、手を緩めるのが返答になる程度。どうにも…その体が、いつもより大きく見えて仕方ない。もともと身長は同じくらいだ。筋肉だって俺もそれなりにトレ−ニングしてるんだから変わらないくらい付いてる。なのに…大きいと錯覚する。体中隅々まで洗いながら、一瞬俺の下腹にある生殖器に触るのは躊躇った。何だかんだ言って、理性を完全に亡くしてるわけじゃないからケダモノにすらなれない事を、バケモノだと卑下したこいつの顔を思い出しながら、どんなに辛い事なんだろうと、分らない答えを捜した。

 風呂から上がって体を拭いて、普段はカッシュのデカいシャツを着せられるが、今日はそのままベッドに運ばれる。脇の下に手が入って、子供をあやす様に高く抱き上げられて、そのままベッドへ倒れ込む様にカッシュの下敷きになった。
 「なあ、キスして」
 俺がそう言うと、噛み付くような、勢いの付いた舌が口に入ってくる。前にしたようなキスじゃない。口の中を掻き回すようなそれは乱暴で甘くない。絡める時まで強さを感じる。どっちのかも分らない唾液が頬に流れて気持ち悪い。それでもずっとキスが続く。ついに俺が息を切らせて肩を押すと、素直に唇は離れた。
 「どう?」
 息も切らせていないどう猛な狼は、舌舐めずりして犬歯をギラつかせる。普段の育ち盛りでちょっとばっかひねくれた子犬みたいな可愛いモンじゃない。いっそ怖い。でも、俺は確実に興奮していた。あのキスとは違う、けれど俺を虜にするのに問題はなかった。いままでこんな情熱的なキスをした事があったろうか?
 「…ん…」
 答える代わりに腰を揺すってやる。向った目線は俺が熱を帯び始めているのを見つけたはずだ。まだどうにか重力には逆らわずにあるが、それも時間の問題だろう。
 「へっ…ケン、けっこ、えっちぃな…」
 ベロリと舌を出して…やっぱり、人間より長いわけで…そのまま首筋を這い回らせる。首の後ろの、髪の毛が終ってる当たりは敏感で、軽く舌が触れただけで首を竦めてしまいたくなる。短く途切れる息は熱く、俺の体に吐き掛けられる。不意打ちで耳が舐め上げられる。唾液が絡み付いて濡れて、それでも気持ちがいいと思えるまでに、俺は快楽に身を委ね始めていた。一旦体から離れた粘膜の塊は、今度は鎖骨を先端でなぞりながら、ゆっくりと胸まで落ちてくる。そして、盛りも何もないただ胸板に付いた機能してない乳首を細くした先端で突いた。
 不意に俺の声が響いて、カッシュは嬉しそうに長く息を吐いた。まるで言葉にならない嬌声、まるで言葉にしない悦楽。二人とも獣になったみたいだ。胸がベタベタになる頃には、散々弄られた乳首が下に付いてる生殖器よろしく、硬くなっていた。もちろん…生殖器も大分硬い。まだ半分くらい、とまあ自分で思う程度の所で、今から辞めようと思えば辞められる所だった。
 けどもしそのその気があったとしても確実に失せるような状況に陥った。満月の夜の狼男というのは性急になるものらしく、それ以上は間接的な愛撫を続けず、直接俺の下腹部に顔を近付けた。まだ分泌物すら出ていないその先の割れ目に、ぢゅっと、音を立てて舌の先端を入れようとする。入る訳ないが、その体内に入り込むような感覚に、いきなり興奮が高まる。それはほんの一瞬で、すぐに傘になっている部分の下から付け根の部分までを長い舌で舐める。快楽に後押しされて上げた声はひときわ高く、辞めてほしいわけでもないのに、上体を起こして赤い髪の毛を思いきり掴んでしまった。それでも奴は止めるどころか、根元を突いてから舐め上げるという行為をさも面 白いという顔で何度もくり返した。
 途中、もう先端からの分泌物が溢れて、俺も別段痛かったりもしないのに涙が流れ始めた頃、狼は顔を上げた。
 「辞めてほしい?」
 俺は頭を横に振った。こんなにお前に欲情してるのに。
 「じゃさ…一回口でしてよ。あん時みたいに」
 膝立ちになって俺に見せつける。この前と同じ形なのに、荒々しい昂りは前に口の中でイかせたそれとは随分違う様に見えた。そんなことは問題にもならないので、まず舌で全体を舐めてベタベタにしてからそっと、まずは頭の部分だけ銜えてみた。
 「もっと…」
 息が荒い。腰が揺れて、急かす。俺は躊躇う事をせずに頬張れるだけ頬張った。前に銜えた時と同じ形、質量 。何となく口が重さでだるくなる。でも、いわれる前に舌で細かく触ってやった。そういえば、前は気付かなかったけど、こいつ、体中の毛という毛は皆赤いんだな。頭、染めてるのかと思ってた。
 「あ、タンマ」
 なんだ、もうか?と思って一端口を話すと、いきなり抱き上げられて、カッシュの上に乗せられた。お互いの下半身が、上半身と重なる体勢。何をしたいのかなんて説明されなくても分かった。もちろん奴も説明なんかしない。俺が脈打ってる太いそれを口にした時、奴も俺の足を開かせて、口の中に奴のものより幾分か細い興奮した形を招き入れた。俺は必死になった。声を上げたくても、この狼を満足させてやりたいような気持ちに駆られて我慢してしまう。腰を動かしたくても、できるだけ近い時間で最高潮に達したくて、我慢してしまう。カッシュの脈が早打ち始めたのを見計らって、俺は我慢をやめた。口を窄める様にして、少しだけ、歯で引っ掻いてやる。俺が息を詰めてカッシュの温かさと滑りに勢い良く精を出してしまうと、カッシュの生臭いその精が、やっぱり俺の口の中にも出された。
 狼は俺の出した体液を飲まなかったらしく、口に指を突っ込んでべとべとの液体に濡らす。俺の位 置から逆さまに見えるが、それでも嬉しそうに笑っている。俺の妄想と良く似た笑顔で。
 いきなり腰が抜けそうになる。必死で踏ん張っていた膝が笑う。粘液で濡れた指が、俺と繋がる為に体を拓き始めた。本来は排泄の為に使うのだから汚れているのだが、さっき風呂に入った時、この狼はやたらと念入りに洗って、指も少し潜り込んだ。もしかしたら少しくらい石鹸の匂いがするのかも知れない。
 ぐちゃ、と音がする。指は遠慮も無しに奥へと進みながら掻き回していく。まるで探し物をするかの様に。…それが何かくらい、俺には分かる。腰を動かして、指を導いてやると、カッシュは以外そうに眉を上げた。
 「自分で、どこだか教えてくれんの?」
 俺が必死で首を縦に振ると、カッシュは俺をうつ伏せにさせて、腰の下に手を入れた。当たり前の様に膝を立たせる様に腰を持ち上げた。やっぱりこの馬鹿は狼だ。
 その指が俺の弱点に触れて、思いがけず高い声が出る。今まで誰を相手にしても出さなかったような声。自分でも吃驚していると、奴は嬉しそうに鼻でふっと笑った。そのまま指が俺の中で頭の方へ行っては足の方へ動く様になった。きっとたいした距離でもないのだろうが、俺には体の中の殆どをずるずる動き回られて、その度に性感帯を触られて卑猥な声を上げるような状況だ。実は喉くらいまで指が届いてるんじゃないかなんて思い込んでしまうくらい。
 少し意識が朦朧としてたらしく、カッシュが三本指を入れて俺を掻き回してるのに気付くのが遅かった。もう俺の受け入れる準備は整っていて、カッシュも俺の中を掻き回しているうちに臨戦体勢に持ち直していた。元気な奴だ。
 不意に指が抜けた。
 「ケン…」
 耳元で声がした。後ろから太く硬く象られたカッシュの体が繋がる場所を突いている。
 「俺は…ケンを愛してるよ」
 どうしようもない、俺の知らない、何か分からない感情が、体中を走った気がした。どうしてか分からない。その一言と一緒に俺の広がった場所が全部埋められた。奥まで本当に一気で、満たされたと、思えた。
 それからは坂を一気に掛け登った。もう俺はシーツを握りしめて、快楽に踊らされて口もずっと開きっぱなしで涎も垂れ流して…ずっとカッシュの名前を呼んでいた。呼ばれる度に、何、とか、ここにいるよ、とか、好きだよ、よか、ケン、とか…ずっと俺の事を気にしながら、最終的には俺が先に上り詰めてしまい、その後何回か腰がぶつかって、体の中に何かが勢いを付けて飛び込んできた。その間、余波で何回も精を吐瀉する。不思議と意識は飛ばなかったけど、カッシュが抜けて出ていくと力も抜けてしまった。
 「ケン…」
 事を始める前より落ち着いた声で、赤い髪の毛が俺の視界に入り込む。
 「ケン…ごめん、ちょっと、乱暴になっちまった…」
 俺は、いい、と答えたかったけど、思いきり舌が入り込むキスをされて、唇が離れたら、眠たくなってしまった…
 「おやすみ」
 意識の淵でそう、笑ったような声が俺に囁く。毎晩聞いているのに、今晩は特別 に思えた。

 

 翌日、カッシュが俺を朝一番で風呂に入れた。ベタベタしているのが気になるらしい。俺も気になってたから、有難かった。洗ってもらいながら、傷の確認をしたら、もう傷は塞がって、ちゃんと皮膚も出来上がってた。痣なんて一つも残っていない。
 「俺、今日出るわ」
 カッシュが自分の体を流し終ってから、そっと言うと、カッシュは一瞬また捨てられた犬の顔をしてから、笑顔で、そうだな、完治したしな。おめでとう、と、小さく呟いた。

 カッシュが二度寝を始めた所で、俺は最初に拾われた日に着ていた服に着替えた。クリーニングのタグが付いていて、染み抜きで染みが落ち切らなかった、と紙がくっついている。
 仕事用のジーパンは、血の染みが落ち切っていなかった。

 静かに部屋を出て、俺は仕事場に向った。駅を見たら、ちょうど隣の隣が会社で、まあ定期が使えたし、早く仕事に復帰したかった。まだほんの少し足を引きずりはするが、きっと歩いてるうちに良くなるんじゃねーかと思える程度だったし。
 電車は昼間だからか、ガラガラに空いていた。どっかりと座席に腰掛ける。誰もいないわけじゃないが、いるのはスーツと遊びに行く格好だけで、主婦が少し混じっているか、と言う感じだった。少し微睡む。何せいつもは…ここニ週間は…二人で二度寝をしていたから。けど寝てなんかいられない。仕事が待ってるんだ。

 「早かったな」
 爺はいつもの様に嫌みっぽく煙草の煙を吐きかけてきた。この爺、身長は俺より小さいくせに肺活量 は俺よりある。お陰で煙草の煙は二酸化炭素と一緒に俺の顔を上手い事煙らせてしまう。俺が煙を手で扇いで飛ばすと、爺は一枚の紙切れを渡してきた。
 「今日の仕事、一件余ってるがやるか?」
 …こういう、時々優しい所が部下の信頼を集めているんだろう。ミスターグリップ。握るのはターゲットの命と金。そういう肩書きのある凄腕スナイパーだ。それでいてヘルクリーンきってのガミガミ親父。さて、今日の仕事で俺は何を殺せばいいのか。

 「今帰りか?」
 「おう、ジャストで」
 「飲んでいこうぜ。今日の仕事は最悪だった」
 「俺は簡単だったぜ」
 同じ会社で働くスナイパーは何人かいる。もっとも、俺は誰の誘いもうけないし、あっても断ってきた。ニューイヤーパーティーも俺は一人で過ごす。別 にいらないんだ。そんなただ集まって駄弁るだけの時間なんて。だったら本を読んだりしている方がよっぽどマシだ。毎年そうやってきた。
 人なんてすぐ裏切るもんだ。最初に家出して都会に出た時、貰った仕事は引っ越し業だった。けれどすぐに辞めちまったな、一緒に組んだやつが、仕事しないで給料貰ってるのは納得いかなかったんで。
 「あの」
 珍しく俺に声が掛かる。普段は絶対に声すら掛からないのに。
 「一緒に飲みにいきませんか」
  まだ少しあどけない男だった。携えた銃はやはり小さくて、あまり遠くの獲物では狙えないのだろう。俺が休んでいる間に、新しい人間が入ったのか。
 「あーいいっていいって、そいつ絶対誘いには乗らないし」
 遠くから別の野郎の声がする。…どうしてこんなことでムカつくんだろうか。俺を誘った男は、じっと俺を見上げていた。身長もちょっとばっか小さい。
 「あー…」
 一瞬、俺は答に窮した。どうしようか、と。
 「また、誘ってくれ。まだ病み上がりで疲れてるんだ」

 家までの長い道のりで、朝日が登るのを見た。
 あの返事の後、しばらくロッカールームがざわついていたのは、きっと俺がらしくない事を行った所為なんだろう。部屋を出る時に、たまたまお疲れ、と言われて、それにも返事をした。…いままでなら、何も言わずに帰ったのに。無視していたのに。全部聞こえない様に、その為のヘッドホンを欠かさず付けて、今も付けていたのに。
 朝日は俺の影を長くアスファルトに写していた。小鳥が鳴いて飛び回っていても気にすらならず、俺は、いつもは食いたくないはずの朝食を食って、寝て、昼には起きてまたメシを食おうと考えていた。普段なら、適当に起きて一食、仕事前に一食、仕事の後に一食で、時間もバラバラだったし、食わない事もあったのに。

 なんでだ?

 

 そうしているうちに、規則正しく生活をする癖が付いてしまったまま、俺は四ヵ月過ぎている事に気付いた。仕事に疲れ、ニ連休を取っての一日目の休日、俺は夜早いうちにベッドに潜った。カーテンがはためいて、狭く開いた窓から風が入ってくる。ふと、電気を付けて新聞を見た。月齢を見る。ああ、昨日は満月だったな、あの馬鹿、どうしていただろう。どうしても、思い出してしまう。あの日、俺は何を言われたか、カッシュがどんな顔をしたか…
 ベッドの中が一人なのは酷く寂しかった。春も近いのに寒い。誰も俺の様子を見たりしないし、誰も俺に手製の料理を自慢しない。誰も俺をソースにして一人の行為に耽ったりもしない。まして、おやすみ、なんて言ってくれない。

 俺は結局、奴が仕事を終える時間を見計らって電車に乗った。馬鹿らしいな、と自分でも思う。人なんてすぐ裏切るって分かっているのに。でも。

 

 「ケン!」
 呼ぶ声に俺はじわり、とどこかが熱くなっていくのを感じた。
 「ケン、どうしたんだ?また怪我したのか?」
 心配そうに覗き込む褐色の肌と金色の目。どうしてだ、こんなにもこの赤い髪や肌や目や声が愛しい。好きだ。そう言いたい。だって傍にいるだけでどうしてこんなに落ち着くんだ。
 「違う」
 馬鹿ッシュ、と呼んでやる。するとカッシュは目をパチクリさせて、虚を突かれた様に俺を眺めた。
 「…」
 なんて言おうか迷う。どう言ったらいいんだろう、俺は何も言わずに出てきたし、コイツをただ利用していたに過ぎないのに。
 「俺はケンじゃないんだ。本当は、ケネスじゃない。ケイジって、名前なんだ」
 どうでもいいことなのに。そんな事が言いたいんじゃない。
 「ケイジ、ケイジっていうのか!そっかぁ、ケネスより良い名前だな」
 また何度もケイジケイジとくり返す。俺が黙っていると、満ち足りたような顔で向き直った。言葉を待ってる狼。お預けを喰らってるのに、嬉しそうに、耳が細かく動いては止りをくり返す。
 「一緒に居てよ。…一緒にいさせてよ」
 何時ぞや言語障害の人狼が呟いた言葉を思い出す。少し言葉を削って、呟いた本人に、返してやった。

 カッシュの返答が、俺には嬉しい。もうずっと離れたくなかった。夜中で人通 りが少ないのを良い事に、俺は犬っぽい匂いがする顔に、軽くキスをした。触るだけの軽い軽いキス。キスというより唇がちょっとくっついただけの様な。
 「なあ、今度はケィって呼んでいいか?」
 答は一つしかなくて、それが、なんだか無性に嬉しかった。

 翌日、カッシュも俺も二度寝をせずに、一緒にベッドを買いに行った。店員に変な目で見られながら、ダブルベッドを、二人で半分ずつ金を出して、買った。真っ白なシーツ、二つの枕、一枚の大きな毛布。…全部、俺と、カッシュの、二人のものだ。

 カッシュ、お前とずっと一緒に居たいって、言ってもいいか…?

 

 

End

Return

 

7/19
後書きと称した言い訳。
ええもうあのー
曲の主旨を忘れているんじゃないかくらい脱線しまくってる話で御免なさい。
一応歌詞を尊重しているつもりなんです…
なんていうか孤独だったのにいきなり出てきた温かさにちょっとこう、
戸惑ってる感じにしたかったのにー…の ー に ー 。
またのちのち書き直すかも知れないです。
直ってたら笑ってやって下さい(苦笑)