予想通り。
DEEP KISS
朝起きてベッドがあんまり冷たくて思わずぎょっとした。そんでもって部屋の中にあった俺がアイツと一緒になってから買ったシルバーアクセとかブランドものの財布の中身が散ってたりお気に入りだった俺の上着も帽子も全ッ部、無くなってた。
「あ〜…」
情けなくなって思わず溜息。そして思わず今まで掛けた金を勘定。現実的な自分にちょっと苦笑。
「…ダメ、か」
そりゃあ俺ハヤいしヘタくそだよな…なーんて、実体験伴った他人との比較に別 に何の感情もわかないことに気付く。元々女とかそーいうの、向いてないってーか。ってことは俺男失格?なーんて…
…笑えない。確かに男失格かも知れねーな…いやいや、俺には今夢があるじゃねーか!
今凹んだり落ち込んだりなんてしてらんねー!
今日だって明日だって、やらなきゃなんねえことは山ほどあるんだ!そう思ってもうアイツのことは忘れる。忘れようとする…
忘れろー…
忘れろー…忘れようと思うとすっげぇ寂しい。
寂しいなんて…なぁー…そんなこと言うなってアイツは言ったんだよな。顔に似合わないからって。
…どーせ猫面だよ。確かに放浪癖あってありきの猫が寂しいなんて言ったらCATっていうかKITTYだ。格好つかないのもイイトコ、本当洒落にならないくらいそれは身に感じてる。「またお相手頼むよ?子猫ちゃん」
上官の顔が目に浮かんで思わず脱力。あー…確かにドーベルマン然としたあの顔で子猫ちゃんはお笑い…笑えないのはその子猫ちゃんが俺だって所か。でも…何度も一緒に過ごした上官の…微笑んだ時の、口元…とか…考えてみて、今欲しいものを認識する。…でも、俺は男なんだ。
「アンタねぇ…そのまんまで本当に飛べるなんて思ってるの?」
俺と違って落ち着いた髪色の彼女は俺に言葉で棘を刺した。
「大体その言葉遣い…それに、髪の毛だって伸ばしすぎじゃない?」
俺はベッドの中で背を向けてようやくブラジャーを付けた女の言葉を面倒ながら聞いて相槌も入れる。
「だったら何で俺なんだよ」最後の一言で平手打ち。
痛いなぁ…
俺なりの意地だってのに、理解の無い女。言葉遣いは別に上官やらお偉いさんやらには何も言われてないし、髪の毛だってそうだ。何が悪いってんだ。まるで学校の先公みてぇ…
上官の所へ行くのに食堂を通った。小耳に挟む横恋慕と処理出来ない感情…俺に向けられることは無さそう、でもやっぱココが男だけの場所ってのは、まあ…まあなんつーかそういう傾向に走る奴も出るって事で。
「失礼します」
「入りたまえ」
短い許可の言葉に一歩、足を踏み入れる。
「どうかしたのか?」
ブラウンの髪が前より短くなっている。週末に切ってきたのだろうと予測してから、今の言葉尻の柔らかさにホッと安心する。
「いえ…」
俺は少し俯く。
「…俺、土曜の夜、空いてます」
そう小声で呟くと、ゆったりとした足取りで上官が近づくのを感じた。
「私もだ。楽しみにしている」
顔を上げて同じくらいの高さの目線を合わせる。俺とは真逆の深い海の色。「あの」
その一瞬の間に海に飲み込まれたような気分になりながら
「お願いが、あるんですけど」
自分の頬が紅潮するのがイヤでも分る。
上官は首だけ傾げてみせた。分かって…くんねーかな…
「…」
上手く言葉に出来ないと言うか、気恥ずかしい。そんで、少し黙り込んだ。視線が合わせられないんだよな…俺の悪い癖一つ。
「ニクス」
上官に名前を呼ばれ、顔を上げた次の瞬間に嬉しくて上官を抱きしめたかった。「失礼しました」
一礼して部屋を出る。それから溜息。柔らかさの残る部分が好きだ。指先で触れてみたくなる。けど、我慢。人いるし。結局あの平手打ちを最後に、基地の外の俺の自宅に女は一人も入れてない。入れたのは一人だけ。それからは基地を出るまで女なんか…一人も。
ある朝上官は朝コーヒーを飲みながら俺に言った。
「お前は辛かったり悲しかったりすると必ず私の所に来るな?」
苦笑混じりのあの声、俺はその口元を見て、うん、と頷いた。今は横浜で一人暮らし。最近はゲーセンに通うのが日課。バイトは三つ掛け持ってて、生活には困ってない。一つ物足りないのは暖かさを感じないこと。冷暖房完備、キッチンもバスもある生活でも暖かみは感じないンだ。俺は独りぼっちの猫に成った。時たま上官や基地で中の良かった奴から手紙が来る。それでも、人が近くにいなかったりする生活ってのは寂しいし、俺の生まれつきのカッコの所為で避けられる傾向あるし。
上官と一緒にいた時、幸せだった…胸張って言えるあの時欲しかったのは
空軍を辞めた今でも欲しいのは
今欲しいのは
優しいDEEP KISS
DEEP KISS -END-