逃げないで、よ…

砂の花びら

 今日は飲み会、明日は午後から仕事。それから先もしばらくはずっと仕事、仕事、仕事…昨日も、一昨日も、その前もずっと仕事、仕事、仕事…
 俺は貴方の隣に座ることもままならず、遠くから眺める。どうして、俺の気持ちを知って尚、隣に座る奴らとばっかり。たった一人か二人を隔てて、俺がいるっていうのに。
 これがいけないんだっていうのはもう、何度も心に言い聞かせてきたんだけど。確かに、他の時間ではそりゃもう、誰も適わないくらいに、俺の物にしている、つもり、なんだけど。それ以上に、普段のこういう時間に貴方が誰か別 の人とばかりって言うのが気に入らなくて、どうしようもない。どうしようもない、なんて。留まる所なんてないんだろう、欲ばかりが、独占欲、奪取欲、そんなものばかりが、溢れて、溢れてどうしようもない。

 「おう、識、何辛気くさい顔しとんの」

 ようやく、貴方がこっちを向いてくれた。飲み過ぎか、と頬を叩く手が心地いい。そう、こうやってちょっと暗い顔していれば、そっちから手を出してくれるんだ。俺はいつも、こういう時、誰かが貴方の隣にいて苛立って悲しくて空しくてそのまま攫っていってしまいたい時、貴方のその性格を利用する。貴方の肌に触りたいから。そうすると一瞬だけど慰められて、ねえ、俺は帰ろう、って、思えるんだ。また次があるって。ちょっとだけ、おあずけ。
 でもね、いつ、御褒美をくれるんだろう。最近、ううん、もしかしたら最初から、俺はずっとお預けを食らい続けてる。貴方のそういう優しさや、時折の、無意識の冷たさに一人で振り回されながら、一人悶々とする。俺の気持ちに気付いて尚、そういう態度。どうして? と、何度問おうと思っただろう。でも今更だ。最初からお預けを食らい続けているなら、きっと御褒美ももらえない。ずっとこの世が終わるまで、俺に貴方からの御褒美はない。それを求めて、貴方に俺から触れていけば、きっと貴方はきらきら輝いた砂で出来た花びらみたいに、あっという間に俺の事とか、自分の事まで、全部粉々に崩れさせて、なくなってしまう。俺と、何もなかったように。

 「識ぃ」

 甘えた声、相当酔ってるんだな…現実に引き戻された頃には、殆どの人間が酔いつぶれて眠ってた。既に日差しが差し込んで、居酒屋の洒落た室内が浮かび上がる。貴方さえ潰れている今日は日曜日、俺も仕事は午後から。さあ、どうしてやろう、思い遂げてもいいものだろうか。思い立ってやらないよりはマシな気がする。とにかく貴方を車に乗せて、貴方のマンションへ向う。

 「おおきにな」

 それで終わるなんて。絶対にごめんなんだ、このままで終わるなんて。だから、部屋まで運んで、無理矢理布団に押し込んで、掠れて響かない悲鳴も、力は抜けてる癖に熱い、抵抗を見せる手足も、良心の呵責も全部無視して、貴方の服を全部、剥ぎ取った。

 ああ、もう…貴方はずっと嫌々をして、俺は裸で踊っている。貴方は嫌だと口では言うものの、本当は俺の事が好きなんじゃないかと思うくらいに爪をたてる。一度目が終わったって飽くなき欲だ、止まるはずもなくて。

 「逃げないでよ」
 「ッ…し、きぃッ!」

 その声に怒りの欠片も感じないよ。ねえ、貴方は本当に俺を嫌がってる? それならどうして、俺の頭を掴んで放さないんだろう。ほら、涙もきらきら光って、それこそ、脆い砂の花びら。俺に降り注ぐ貴方の一部が愛おしい。もっと、求めて、口内にまるで舌ごと蕩かせてしまいそうな蜜の味。ようやく放してやれば、仰け反った喉が見える。ひくついてる。泣かせてる。それさえも嬉しいのは、なんでだろう。俺の気持ち、気付いてくれた? ねぇ、と、声を掛ける。でも、答えずに、ただ喉を震わせた。怖いかな、俺がもう一度あんなことをするんだ。どう怖い? 俺にされるのが怖い? それとも、そんなことにさえもキモチイイって感じる身体が怖い? それとも…ああ、焦れったいな、あと一回、そしたらまた仕事の後に来ようか…。

 仕事前にシャワーを。どうしようもない、あんなに蠱惑的な人、いないよ。貴方意外にそんな人はいない。でも…なんだろう、なんだろう、この、この気持ち…。

 午後の日差しは照りつける。俺は首筋を焼かれながら、溜息を吐いた。

 間違った。踏み外した。失敗した。

 そう、叫ぶものがある。ふらふらと、とにかく仕事には、と、急いだ。おぼつかないのは酒の所為じゃない。まるで地面 が抜け落ちた様だ。
 だって、貴方はこう言ったよ。

 「お前んことは好きやった。でも今は…大嫌いや」

 死んでまえ、地獄に落ちや、ほんで、生き返るなや。

 腹の底は冷たく冷えきっているのに、頭には熱が回る。どうにか辿り着いたゲーセン。従業員控え室には誰も居ない。目の奥が焼ける。太陽に、焼かれて、熱く過熱する。

 あいたないわ

 いっそ、忘れて、無くして、しまおう、と、思った。

 

end

 

2004/08/20
続きを書くならちゃんと両思い系。書かないなら失恋モノ。
識柚熱がグィっと来てるのでちょこっとしたのを書きたくてこっちょり。
なんとなく、こう、やっぱり叶わないのを分かっているのだけど、
やりたいこともやれずに何が!という。