いなくなってしまえ!

You&I

 どうにも。
 店長になってから毎日アーケード版のデラが毎日楽しめるのはいい。
 それに、毎日誰かしら遊びに来るからそれも楽しいんだけど。
 「あ、ちょっとユーズ!」
 「なんよ?」
 「今日は対戦してくれるって言ったでしょー?」
 「そやったっけ。ええで、ほな士朗、どきや」
 「ちょ…おい、ユーズ!くれぐれも手加減してやれよ!?」
 「あ、ちょっと幻滅ー。アタシ士朗が思ってる程下手じゃないんですけどー」
 「う…え…と、俺はお前が心配でだなぁ…」
 「何心配することがあんねや、全く」
 「そーよ。ほら、ユーズやりましょ」
 落ち込む士朗は烏龍茶の缶を手に喫煙スペ−スに設けられた椅子に座り込む。反対に、エリカは全く元気に師匠と…ユーズと肩を並べて、バトルを始める。
 楽しいんだけど、この嫉妬心はどうにかならないものか。ただカウンターに肘を付いて、煙草をふかしながらバトルの行方を見る。がやがやとサイレンを先頭にデュエル、英利もやってきた。
 「よ、識。なんだ、パッとしねえ顔して」
 デュエルが両替えの五百円を差し出して来た。百円玉と替えてやりながら、別 に?と笑んでみせる。板に付き過ぎる程愛用しているポ−カ−フェイス。
 「禁煙は無理だなって自分にがっかりしてただけだよ」
 はは、とデュエルは屈託なく笑う。今までの経歴を聞かせてもらった身としては、この笑顔は非常にアンバランスに見える。始めて会った頃はまだまだ笑い方に卑屈なものを感じたが、今じゃすっかり自然な笑い方になって、人の好く顔になっている。
 「まァ、アンタはユーズと並んでゲーセンの二大ヘビースモーカーだからなぁ」
 薄くなって来た煙草の箱を見遣る。残り三本。今月も煙草だけで六千円は浪費する。
 「お、ユーズ劣勢だぞ!?」
 英利の声にデュエルも士朗も走り寄る。勝負の行く末を見守って、台が囲まれる光景。何度見ただろうか、その中心が師匠だという状況。
 持ち直しが遅くなったエリカが後一歩で敗れた。どうもランダムがアダになったらしい師匠は頭を掻いている。
 口々に声をかける面々。師匠は満面の笑みを浮かべたり、眉根を寄せて苦笑したり、時には突っ込みと言わんばかりにチョップをかまし、デコピンをかまし。
 ああやって師匠と楽しそうにしている人がみんな嫉妬の対象になるって、俺はなんて心が狭いんだろう。
 「識、どうしたの?」
 遅れて来た孔雀が顔を覗き込む。
 「ん?別に」
 また仮面で笑う。
 「そう?なんか元気ないね…」
 単純そうに見えても鋭い。孔雀は人の本心をいち早く見抜けるタイプの人間だから、きっと俺が少し苛ついてるのも分かっているはずだ。
 「なんでもないから、さ」
 その一言で、暗に一人にしてほしいと告げる。孔雀は、そう、と小さく頷いて、一度振り返りながら台へ向う。

 そうしている内に、どう話が向ったのか、俺は師匠とデラに向っていた。
 「手加減せぇへんで」
 「お手柔らかにお願いしたいです」
 わくわくと、そう、今いる面子では師匠と並ぶだけ強いのは俺。同等の対決は俺でも楽しいと思う。でも、今は場合が場合だ。乗り気じゃない。
 流れ落ちるオブジェクト。白青白青…たまに赤。青白青白…ああ、ここでターンテーブルから手を離さないで、次に繋げなきゃ。

 ボロ負けだった。いつもならもっと上のスコア、もっと長いコンボ。駄 目だな、普段はもっとできるのに、師匠が相手になった途端これだから。
 「なんや、惜しいなぁ」
 お前それ、得意な曲やったやろ、と、どちらかと言うと残念そうな顔。馬鹿にされないだけマシかな、それとも期待に答えられない不甲斐無い弟子だと、落ち込んだ方がいいかな。
 でも答えたのはポーカーフェイス。
 「師匠相手だってだけで、緊張して指が動きませんよ」
 なんやそりゃ、と一言で、周りも湧いて囃す。本当は緊張してるんじゃないよ、ただ乗り気じゃない、皆が師匠と楽しんでるのに嫉妬してるだなんて、誰が分かるだろう。師匠は気付いてるけど。
 「罰ゲ−ムやで、今晩は俺ンちで朝まで付き合うてもらうから」
 猪口を傾けるジェスチャ−。でも、俺は飲むだけなんかじゃ行かない。目で合図すれば、にんまりと笑うだけだった。

 「はぁ、あ…識…識」
 伸ばされる手は俺の背中を掻き抱く。皆が知らない、俺と師匠の秘密。この間は師匠じゃなく、ユーズになる。小柄な身体に、俺の平均から見れば大きな一物で攻め込むのは、傍から見れば酷かも知れない。でも、ユーズは拒否しないどころか、誘ってくる。元々楽しい事は好きな質だから、乗らない事はなかった。その誘いが、最初は酒だったのがセックスに変わっても変わらない。
 酒に酔って熱くなって、帰れないよと、家族に電話を済ませたら、後はこれでもかと言うくらい、無意味な生命の営みに溺れていく。
 「もっと…もっと呼んで、ユーズ」
 名前を呼ばれた途端、ビクリと全身が震えた。ほら、どんどんお互い深みにハマる。ドロドロに溶けて一緒になってしまって、朝が来たら俺は帰るのに、今だけの、アイシテルを、何度も何度も繰り返す。そうやって快楽と隣り合わせの罪悪感や背徳感が、俺が今生きている事の実感になって、ぞくぞくと背筋を掛け昇った。

 反面、家族の元に帰宅すると、平穏な空気にホッとしている俺も居る。ユーズはひどく元気な人だ。あっちいこうや、こっちがええ、そうやって俺は今までずっと振り回されてきている。それが肉体的な意味だけだったらいい、時折加減を忘れた酌で、俺に帰るな、ずっと一緒に、と泣きついてきて、翌日にはケロッと忘れているなんてこともままある。精神面 も振り回されっぱなしだ。だから、平凡で平穏な自分の家族の所にいると、ああ、俺はクタクタになるまでなにしてるんだろう、と、時折思う。
 師匠がいなくなったらこんなことないのに。周りの誰かに嫉妬したり、家族の事で憂鬱になる事もないのに。ユーズがいなければ、楽な気持ちで、心がきっと静かになって、ちゃんと眠れるのに。

 「識ッ、も…はぁッ…」
 こうやって楽しんでることさえ、どこか師匠のが上だ。俺は自分でリードして、自分が頑張ってるつもりなのに、どうしても、師匠に勝てる気がしない。そうやって師匠の良い所悪い所が全部分かるのに、いつまでも俺は師匠に勝てないし追い抜かせない。追い掛けるしか出来ない。
 …たまに、そういう時泣きそうになる。実際、一人になるとそういった類いの感情に、目頭が熱くなってどうしようもなくなることなんて、何度もあった。
 この快楽を、師匠と居る時間を、師匠が俺を求めてくれる喜びも、憂鬱と一緒に全部手放したら、俺は、一人の時に情けなく咽び泣いたり、もっと俺に近づいてほしい、なんて、気付いてくれ、なんて、心の中でも絶対叫びやしない。何も…そういうことはなくなる。穏やかに、過ごせるんだ。

 「識、ワシ明後日仕事休みなんやけど」
 「へ?」
 唐突な一言。普段もそうやって休みは不定期的だ。なのに、日が近くなって伝えて来るなんて中々無いことだった。
 「…どっか行かん?仕事の後でええよ、いつもと違うトコ行かん?」
 そうやって、情事の後の残る体を丸める様にしながら、俺を見つめてくる。熱く潤んで、眠たいのを堪えながら、じっと。俺に比べて細い指が、シーツを力強く掴んでいる。
 ああ、どうして。どうしてこの人はこんなにも俺を煽るんだろう。可愛い、年上だなんていつもながら信じられない。
 いなくなってしまえ、憂鬱と、喜びと、一緒に。貴方がいなければ、あとは寂しさとつまらない毎日にたえれば良い。…なのに。なのに、俺は手放せない。この人が、好き。この感情の起こる場所や、感じる場所が分からないから、時折理由が欲しくて憂鬱になってるだけだ。喜びを忘れてしまう程の憂鬱に、自ら犯されているだけなんだ。馬鹿馬鹿しい、手放そうなんて、別 れようなんて考えていたことがひどく馬鹿馬鹿しい。
 「いいですよ、師匠にお任せします。仕事の後なら、少しフリープレイ、いいですよ」
 さんきゅな、と小さな声。閉じてしまいそうな瞼を、指で軽く押さえて塞いでしまう。眠ってて、今俺が凄く馬鹿らしい考えをしている顔を見ないで。
 寝息が聞こえる。毛布を掛けてあげると、安心した様に握られていたシーツが解放された。

 もう、きっと、俺の師匠を愛してる、好きだって気持ちは、意味がない部分から来ているんだろう。無意識的で、根源的で、俺が幾ら頭を捻ったって見えないし分からない所にあるんだ。それでもきっとまた憂鬱になる馬鹿馬鹿しい自分を、いつか責めないでいられる様になるまで、俺の憂鬱な顔とか、嫉妬とか、
 「…許してくれるよね、ユーズ」
 口に出した一言に、答えたのは微笑して眠るユ−ズの、寝相なのか小さな頷きだった。
 きっと、よかったんだろうな。俺と師匠は、俺とユーズは巡り会えて。

 

end

2004/02/26

サイト初識柚ですね。
好きなカップリングなんですが
二人の設定が設定だけに中々難しいのです。
不倫カップルはやっぱり、不倫になってしまう方、
識のが苦しいと思っていますので。
…色んな曲に当てはまるので、増やしたいなぁと考えています。