今頃君もこの空を誰かと見上げているの?

feel the wind

 手の平を翳して差し込んできた光に目を細める。
 ふと、太陽が嫌いなアイツを思い浮かべた。でも空を見ているのは好きだったみたいで、時折どことも知れぬ 遠い空を、ぼんやり見上げていたような気もする。
 山手線は昼間でもそれなりに人がいるが、席に座れば今車内にいる人間は全員座れるのだろう。そんな昼下がり、俺は独り弁当なんか手に持ってショルダーバッグにあるだけ好きなMDを詰め込んで車窓から見える都会の景色を眺めている。

 「よう、なんかいいことあった?」
  訪ねる声は明るい。俺の顔も底抜けに明るい。そりゃもう、雲一つなく。なさ過ぎる程。
 「ああ、別段大したことじゃないよ」
 そっと手帳を閉じる。もう捨ててしまおうか。それとももう少しだけ持っていてみようか。悩んだ末にまだ手の中にあると言うことはとっておくことにしたらしい。
 今日はネクタイが違う。スーツはいつも通り黒いけど、ネクタイは真っ赤なやつで、溶けかけた蝶のマークと販売元のロゴが入ってる。首にはいつもの革の首輪も無い。この前落として鉄板の部分がボロボロになった。携帯には新しいストラップが三つばかり着いていて、後のは全部引き出しにしまった。幾つかは街で引っ掛かって無くなった。空しくフィギュアを失ったチェーンガ揺れてるのを見て、溜息を吐いてチェーンを引きちぎって川に投げ捨てた。

 仕事が終って明日から有給を使って三連休。明日は早く起きよう。弁当を作って、昼までゆっくりMDでも聴いて、電車の中が空いてきたら出かけよう。

 どこで乗り換えようか迷って、まずは新宿に行ってみた。けど乗り換えた先がいまいちピンと来なくて、一旦駅を出て歌舞伎町散策をする。あの通 り、それからこっちの店、必ず行くのは丸井やら伊勢丹やらの密集したあの場所。それから西部新宿方面 へきてあのビルに入って、あそこのマクドナルドで食事して。無意識にそこへ足が向いて、思わず匂いをかぎ回ってる俺がいて、苦笑した。
 ほらほら、もう何回そうやったの?自分に言い聞かせてもう一度電車に乗る。今度は原宿だ。
 下車してすぐに平日だと思い直す。いつも見かける真っ黒い服のバンドのファンが今日は殆ど居ない。いる奴等にどうしているんだろうと問いかけたいが、大方会社の定休日か学校の休講か、もしくはズル休みか。想像力の足りない俺にはそんなことしか考えられないが、ともかくまずは竹下通 り。クレープが食いたかった。竹下に入ってすぐ、緩い坂を下った先のプリクラを撮る子供の溜まり場の中にあるクレープ屋でチョコレートがたっぷりのクレープを選んで、少し待つ。こんな日でもデートはイチャりイチャりと人目を憚らず行われて、俺は少し羨ましくなった。クレープを食べながら普段はごった返す(休日に来るからなのだが)店を悠々と見て回り、シルバーのリングを一つ買った。何のことは無いシンプルなものだが、俺の指に入るから買った。竹下を抜ける頃にはクレープは終っていて、ゴミ箱が無いので自分の持っていたビニール袋に放り込む。そのままカラオケ館とラフォーレの前を通 り過ぎる。
 ほらほら、もう何回目?もう一度自分に言い聞かせて電車に乗るまでの長い表参道を歩く。ブランドショップとかはあんまり興味なくて、それより駅のすぐ横のコンビニで何か飲み物を買いたかった。
 アロエジュースを買ってまた乗り込む。今度は目白?それとも逆方向で東京駅?いや、池袋にしよう。ぼんやり日暮里でも行こうかなんて一瞬考えたけど、そのまま池袋で降りた。池袋にはスーツが溢れて、昼間からティッシュ配りに若者が精を出す。とりあえず中古のCDでも、とまずは二件の中古CD取り扱いの店に行く。ただ、俺が欲しい物はいつも無く、仕方ないのでそのまま出てしまった。ゲーセンが連なる通 りをふらふらと歩き、四千円とエレベーターを思い出した。無性にカラオケに行きたくなったが、一人では格好も付かないので諦めた。
 ほらほら、今日はもう三回も、どうしたっていうんだ?
 でも見えてしまった。改札口を通った所、柱の陰に。幻覚、妄想、幻視。言い聞かせるのに…俺はどこかでお構いなしにその幻を見つめていた。誰に気に止められることも無く。
 池袋で山手線を辞める。行き着く先は知らない場所でいいと思った。本当に知らない場所まできて、公園があるらしい駅名だったので降りてみる。公園まで徒歩二十分の看板を見て、俺はふらふらと歩き出した。知らない場所。知らない空気。知らない風景。だのに何故…と疑問が浮かぶ。
 たっぷり三十分は歩いて公園に着いた。芝生の上に腰を降ろす。平日でも小さい子供を連れた親が散歩に来ているし、犬も散歩にはしゃいでいる。俺は弁当を広げた。あまり大きくは無い。最近あまり量 を食べなくなった。

 空を見上げた。もう夏は終りかけて、爽やかな風が強い太陽に負けない。あの日は曇り空で、風も冷たかったっけ。息が少しまだ白かったかも知れない。
 ただ…会いたくて会えなくて。大好きな人。
 空を見上げている内にまるで雲の中にいるような気分で、風を感じる。強い風。でも不快じゃない。
 ふと、何か落ち着いた空気を自分の中に感じる。そうだな、と、一人呟くが、返事なんて最初から無い。でも少し悔しいんだ、俺は。だから願わずにいられない。これ以上綺麗にならないで、俺が知る以上綺麗にならないで、俺といた時が一番美しかった時である様に、そういう存在でいて。
 MDを大急ぎで代えた。嫌だった。だから代えた。好きなMDしか無いのに。
 風はまだ俺の中に吹き込んでる。そこに足りないものがあるけど。
 そっと、口に出して、また自分に言い聞かせる。

 幸せだけを、願ってるよ

 同じルートで、今度は寄り道無しで帰る。

 少し、踏み出す勇気があればいいと思った。

 

End

2003/10/14
赤アッシュ→黒ユーリな感じで。
私どうも赤アッシュを用心棒とかスーツなお仕事にさせるのが好きみたいで
大体話を書くとスーツですね。

2004/08/10
ちょこっと手直し。