『334』感想めも


 トマス・M・ディッシュ『334』(サンリオSF文庫)を読了。小説の構成上何度も読み返しながら読んだために、読み終わるまでに時間がかかってしまいました。なぜならかなり人物が入り組んでいてその関係を読みほぐし、理解するまでが大変だったからですが。最高傑作といわれる『キャンプ・コンセントレーション』(サンリオSF 文庫)に比べればまだまだ楽でしたが。

 今回読み終えた『334』なんですが、タイトルの334という数字を見かけた人も多いはず。そうエヴァにも出てきた数字(謎)でした。まあ、まったく関係ないのですが334という数字に込められたタイトルは海の底ぐらい深い意味があるわけなんですが……。近未来(2021年あたり)を設定していて、人口増加に苦しむアメリカが舞台。そんな中、抑圧的な『1984年』的福祉国家が出現。超管理国家の中で抑圧された人々を描いたオムニバス短篇集です。で、実は334というのはニューヨークの東11番目にある巨大な居住ビルの名前。エレベーターは故障し、劣悪なスラム化した環境に棲む一家族について、これでもかこれでもかと読者をどん底に突き落とすような筆致で書き進められる。『キャンプ・コンセントレーション』の後書きで、『334』はダンテの『神曲』にたとえると<煉獄編>であるという解説があったのですが読み進めるうちに、なるほどその意味がわかりました。

 『キャンプ・コンセントレーション』は良心的徴兵回避者の詩人が強制収容所に収容され、彼が実験台にされ、狂気のような悦楽に向かう過程を描いており、そこでは「檻の中だけの自由」を描いていた。その意味で『キャンプ・コンセントレーション』は人間性の崩壊、屈辱を感じるアヴァンギャルドなSFだったと思う。一方『334』では色々な人物の視点から334での抑圧的な生活が生々しく描かれており、どん底までに落ちぶれた無気力な人々が描かれている。ここでは「檻の外の限定された自由」を描いているが、ディッシュ自身『キャンプ・コンセントレーション』以来の抑圧された人間を生々しく描くことを追及した感があるように思える。『334』にはまったくタブーがないといっても過言ではない世界である。死体は売買され、闇から闇へと死体は謎の用途に使われ、代理母は子供を産み、女性同士で結婚し、男が乳腺を移植され、子供を育てるような住人たちが懸命に生きている抑圧された矮小化した奇妙な世界ともいっても過言ではないでしょう。

 この物語自体、人間のミクロコスモスを描きながらも334という謎の建物で繰り広げられるドラマが描かれ、読んでいるうちに映画を見ているような気分になります。カットバックが多用されており、特に幻想と現実の狭間がなくなっていく感じがなんともいえず不気味。表題作「334」は作品の構成がものすごい。43の小節から成っており、その43の小節は色々なルートから読み進めることができる。自堕落な母親を嫌う娘、334から追い出されることになった女性、赤裸々な告白。これらの短篇が複雑に絡み合って、334という得体の知れない建物の一部分を描いている点など、読んでいるうちにますます複雑な心境になってしまったのだ。

 エゴイズム、恐怖、無気力、自堕落、自棄、アンモラルなどが絡み合ってここまで人間性の堕落を描き切ったアヴァンギャルドなSF(ニューウェーブとかいうらしいですが)もすごいです。もう文学作品といっても過言ではないかもしれませんが。究極の形態、といってもおかしくはないぐらいすごい作品。