『バベル-17』 |

遥かな未来のこと、銀河系を二つに分ける大がかりな戦争が行われていた。インベーダーの猛攻の前に同盟軍は劣勢であった。そしてある時、同盟軍将軍フォレスターは、空港の町である一人の女性と待ち合わせをしていた。その待ち合わせの相手の女性とは、高名な詩人の東洋系の美女リドラ・ウォンであった。フォレスター将軍は彼女の天賦の言語能力の才を見込んで、発信源不明の謎の通信<バベル-17>の解読を依頼していた。なぜなら、同盟軍内でインベーダーによる破壊活動が過去にあり、同盟軍側は大きな打撃を被っていたのである。そしてその破壊活動の際に、偶然にも発信源不明の通信<バベル-17>が傍受されたからである。この暗号=インベーダーの暗号とみなした同盟軍が、解読を試みるのは当然のことであった。
そしてリドラは<バベル-17>が只の暗号ではなく、一つの言語であることを突き止め、次の攻撃目標は惑星アームセッジであることを知り、急遽、怪物の姿をした航空士や霊体人たちなどの乗組員を集めて、宇宙船ランボー号で惑星アームセッジに向かうが、船内にはすでに恐るべき敵であるインベーダーの魔の手が忍び込んでいた……。
1966年に書かれた作品で、1977年に日本語に翻訳されています。1966年度のネビュラ賞最優秀長篇賞をダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』と共に受賞しています。
ディレーニイといえば、最近伊藤典夫氏の訳で長らく日本語に訳すのが困難であったといわれる1967年の『アインシュタイン交点』(早川SF1148)が話題に新しいと思います。(訳者あとがきを読んだのですが、いかに伊藤氏が苦労して翻訳されたかが書かれており、思いきりうなってしまいました。でもその苦労のおかげで、幻の名作と歌われた長篇が読めるのは幸せな限りです。)あとは同伊藤典夫氏の訳で、『ノヴァ』(早川文庫SF753)が刊行されていて、『バベル-17』を読んだ後に、ディレーニイが好きになった人は、まとめて読んでしまうのも手であると思います。入手が難しいと思いますが、早川書房から海外SFノヴェルズの一冊として『プリズマティカ』、そしてサンリオSF文庫から『アブターの宝石』、『時は準宝石の螺旋のように』、そして本書の姉妹作といわれる『エンパイア・スター』が他に刊行されています。
著者自身は1942年生まれのニューヨーク生まれの作家。17歳の時に書いた小説で奨学金を受け、その後のシティ・カレッジ時代、数学者・音楽家・作家のどの道に進むか悩み、ヨーロッパを放浪したりしたそうです。ディレーニイの作品はどれもこれもいろいろなメタファーや神話、シンボル、言葉遊びなどを用いていて、日本語に訳すのが困難であると言われていて、現に前に書いた訳者あとがきなどを見ると「すごい」の一言に尽きてしまいます。その文体の美しさは、水晶のように繊細で美しく、読者を魅了してやみません。
そのエピソードを記す文章として、ジュディス・メリルが『SFに何ができるか』(晶文社・浅倉久志訳)で、ディレーニイの作品について以下のように評しています。−−平易な表面な物語とリリカルな文章にまどわされてはいけない。これは、いくたびも蒸留され、極度に凝縮された、濃密な混合物なのである。...読み終えたらもう一度前にもどり、見おとしたところを見つけてほしい。(わたし自身、このつぎ読みかえすときには、またなにかを発見するであろう。)−−ジュディス・メリル
一度読み終わっても、二度楽しめる。そんなおいしい作品かな?と思います。
『バベル-17』での特色は、「謎解き」の要素とスペースオペラがうまく融合している点にあると思います。一言でいうと「考えさせるSF」+「スペースオペラの脈動感」だと思います。特に最後のシーンではブッチャーとリドラの<わたし><あなた>の反転した会話の部分は、読者に言語と現実との相関関係についての知的好奇心を刺激してくれるでしょう。また、登場人物が非常に魅力的です。例えば最初の空港で仲間を集めるシーンでは、怪物みたいな乗組員とのやりとり、そしてその後のスピーディな展開、男爵との会話などなどたくさんの魅了する要素があって、あっという間に読み終えてしまうこと、請け合いです。訳者も「ディレーニイの作品はどこが最奥なのか見極められない」と述べていますが、まったく同感で、これは個人個人で彼の作品の解釈がかなり変わってくるということを意味しているのではないか?と思います。 もし納得がいかなければ、ジュディス・メリルが言っているように「もう一度再読すべき」だと思います。最後のシーンでも我々がその後のリドラとブッチャーを想像できるように、筆を置いたのかな?と思ってしまうほど、余韻があって楽しめます。
書店で気軽に数年前の早川書房の「SF&ファンタジィフェア」の帯がついたまま某書店に置かれていたので、「大したことはないか」と思っていたのですが、一度読んだら「こりゃ、得したわ」という作品でした。是非書店で見かけたら購入してみてください。お勧めの作品の一つです。