『黒いアリス』感想めも |
トム・デミジョン『黒いアリス』(角川文庫)読了。「ミステリ者、SF者の探求書として多くの人が探している効き目」とされる本書は、十分探して読む価値のある本でした。まず表紙からおどろおどろしい。藤本蒼氏のイラストはなんともいえない味わいをもたらしています。まるで「私を飲んで(笑)」みたいな感じと形容するとわかりますが、こんな感じで店頭で見つめられたら、買わざるを得ないでしょう(笑)。とにかく復刊は難しいけれども、すごく面白いミステリ(それもギャフン系!)なんで、1000円以内だったら迷わず買いでしょうね。
あたしアリス、11歳。今度7年生を飛び級して、8年生になるの。あたしが8年生になれたのも、新しい家庭教師のゴドウィン先生のおかげ。先生はとても才能があって、あたしも先生のようなレイディになれたらなぁと思うの。先生はパリのソルボンヌ大学を卒業していて、フランス語も達者で、教養も溢れた素敵な人なの。あたしのパパとママも先生くらい教養があればいいなと思った。前の家庭教師のバックラーさんとは大違いだわ!おかげであたしは、精神分裂症になって精神病院行きになるところだったの。
ママのお父さんつまり、あたしのおじいちゃんはママから遺産相続権をあたしに移し変えたの。パパはなんか悪いことをして大学を放校になっちゃったし、ママは病弱でちょっと変なの。おじいちゃんはあたしに莫大な財産の相続権を相続させてくれたの。ところがそれがパパとママとの間に軋轢を生んでしまったみたい。パパはぶっきらぼうで冷たいし、ママはエクセントリックになってしまったし。頼れるのはおじいちゃんとゴドウィン先生だけだったの。夏休みも3週間めを迎えて、あたしはちょっと退屈しはじめていたみたいね。でも「おじいちゃんが急病」という知らせを受けたときには本当にびっくりして、言われるままに車に乗り込んじゃったけど、まさかユーカイだとは思っていなかったの。でもね、あたしユーカイされるんだと思うとぞくぞくしちゃって、しちゃって。これからどんな不思議なことが待ち受けているのかは、知らなかったけれどね。
これはむちゃくちゃ面白かったです。ディッシュとスラディックが好きな人でなくても楽しめます。『不思議の国のアリス』を読んでいる人はさらに楽しめるという面白い話です。まず二重人格の片割れであるダイナは『不思議な国のアリス』では、アリスの飼い猫の名前。黒人の女の子の性格を持つダイナと白人の女の子の主人格であるアリスが対比されているところだけでも参ってしまいました。
復刊されない理由もわかります。白痴の白人美人娼婦とか、ぶくぶくに太った黒人女性とか、KKK(「カーネル・カーメル・コーンとかクレージー・カット・コミックス」とかではありません(笑)。)が出て来たりと、公民権運動が絡んでいるのでやばさ爆発です。これを見て『マルコムX』とか『ミシシッピ・バーニング』などの時代背景を想起しながら読んだ人も多いでしょう。白人と黒人の権利闘争の中で書かれた本書には、ミステリの枠内ではとどまらない何かがあります。本書には猥雑で、不思議な魅力に溢れております。ただの(自主規制)ではなく、アリス自身に起こった出来事自体が白人というアイデンティティを壊す恐ろしいことだったでしょう。しかしそのトリック自体が奇抜でとても面白いので、ぼく自身は唖然としてしまいましたが。
黒人と白人との相克について、ミステリという形態をとりながら荒荒しく描いた作品も珍しいです。いや、白人のアリスちゃんを(自主規制)にして××するとは、驚きましたけどね。この伏字のところが重要なんですが(タイトルにもかかわってくる)、それくらいあっとしてしまう作品であります。しかしこのアリスちゃんはとても賢くて、名探偵ばりの推理で事件を推理してしまうわけですが、まさかとは思っていたけれども、そのまさかが実は犯人だったというのにびっくりしました。こまやかな配慮も含めて、とても洗練されたミステリだと思います。二人の才人の力作、是非ご照覧あれ!