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まさに夢のようなコンビの競作R・ゼラズニイ&F・セイバーヘーゲン『コイルズ』(創元SF文庫)読了。記憶の改変がされた主人公にはVRのような能力(厳密には違うけど、イメージとしてはJMみたいな感じ)を持っており、その秘密を探ろうとした。しかしその矢先、自分の恋人のコーラが誘拐されてしまったのだった……。
ゼラズニィ&セイバーヘーゲンの先見の明には驚かされた。これはサイバーパンクの先駆ともいっても過言ではない傑作だ。多少理解しづらい部分もあるが、まあ簡単にいえばジョジョのスタンド使い用心棒(って凄い表現だが)&サイバーパンクそのままでした。ストレートなSFミステリーなんで、筋は簡単なんだけど、小道具の使い方がかっこよすぎてしびれる人も多いだろうなぁと思いましたけどね。

高校生時代に山田正紀の本は結構読んでいたのだが、それ以来久々に読了した一冊。異世界ファンタジーの形式をとったSFといっても過言ではない。<甲虫の戦士>ジローはいとこのランに一目惚れしてしまう。いとことの恋はこの世界では禁忌なのだ。ジローはかつてすべての人々のものであった<宝石>月を奪い返せば、彼女とむずばれることができる、ということなのだ。<空なる螺旋>を訪ねて、<月>をとりかえすこと、それがジローに定めれられた運命だったのだ。ジローと結ばれた女呪術師ザルアー、狂人チャクラとともに彼らは困難の旅に出るというのがあらすじ。
当初東南アジア世界が舞台で、だんだんと中国大陸方面へと舞台が変化していく。現実の世界を背景に様々な神々が到来する。後半の中国的テイストは絶品としかいいようがない。衝撃のラストにぼくは驚愕。これはただのファンタジーではなく、ファンタジーの設定を使った傑作SFだったのだ。だから去年のSFマガジン特大号でも『宝石泥棒』が上位に食い込んでいた理由がわかる。ページの厚さを忘れるほど夢中になって読みふけってしまった。早速『宝石泥棒II』(改題『螺旋の月』)を読みたくなってしまい、即読み始める。付記:当方が読んだハヤカワ文庫JA版は入手困難なため、ハルキ文庫版へのリンクを張っておきます。


今度は現実の日本社会(といっても86年当時の設定だと思えばいい)を舞台としたメタSF仕上げになっている。緒方次郎は光学コンピューターの開発に従事する研究生。ある日彼のもとに、自分の恋人の樋口由香里が精神錯乱を起こしてしまったという。彼女が自宅のマンションに残したIAFというプログラムをもとに調査を開始する。そのソフトを調べているうちに、ジローという戦士の体験と次郎はリンクすることになる。ジローという戦士は中国の四柱の神の一人窮奇と闘うべく、氷原を旅していた。その氷原は死者の国。おぞましい生きもの達が闊歩する凍結の世界だった。ジローはそこである少女を危機から救うが、彼女にザルアーという名前を与えたことでジローは再び運命に囚われることになるのだった……。彼は窮奇の他に渾沌、饕餮、橋コツの4柱の神と闘う運命だったのだ。果たして人類の未来はどうなるのか?ジローと次郎の関係は?
想像力がキーワードとなる本作品はまるで小松左京の『果てしなき流れの果に』に読んでいる気分になる。特に時間をつかさどる神饕餮との戦いは想像を絶するものだ。ここの描写は三次元空間に居住する我々にはわからないものだ。時間が連続であるということと離散なのかという問題にも鋭い観察を与えているように思える。我々はある選択肢をある確率で選んで行動のノードを決定しているわけだが、それによって次の未来が決定してくる。しかし我々は「今」しか感じることができないわけで、そういう意味では離散時間の選択肢を一つしか選べない主体でもあるのだ。そういうわけで、すべての可能性から一つを選択しているわけであるから有りえなかった選択肢の時間というものも存在する。そういう存在を時間の化石として氏はとりあつかっている。非常に興味あるシーンだ。時間の描写・空間の描写が素晴らしい。読み終わった後、圧倒的なスケール感に酔いしれてしまった。人によっては好き嫌いがわかれそうな作品だとは感じた。
全般的によくまとまったハチャハチャ短編集。やっぱり『13の超小説』にはかなわないというところだが、いくつか心に残った短編もあった。「ある変身譚」の最後のオチを読み終えて、思わず文庫を投げたくなってしまった。それくらいくだらないダジャレだ。子供がなりたいものに変身するというネタで、ある家族が置き炬燵に変化してしまった理由とその家のおばあちゃんが変身しなかった理由がもうどうしようもなくアホなネタで、素晴らしい。ダジャレなオチでない終わり方で印象に残ったのは「屋台にいた男」「使途不明」の二編だ。前者はたまたま前日に山田正紀を読んでいたせいなのかもしれないが、物を飲み込む芸をする男が起こした奇跡の話。飲み込んだものが何かは、山田正紀の『宝石泥棒』でぴんとくる方も多いはずだ。「使途不明」もにやりとするオチで楽しめた。宇宙人が地球に落とした物体は実は……という話だった。
それから以前から黄金のマリリンモンローのイラストがむちゃくちゃ気になっていたシオドア・スタージョン『コスミック・レイプ』(サンリオSF文庫)を読了。浮浪者ガーリックの変身譚とでもいうべき傑作。もとになった短編「メデューサとの結婚」とかは読んでみたいと思った。集合知性をテーマとしたスタージョンらしさが出た素晴らしい中篇である。一見するとばらばらに構成されたストーリーなのだが、通して読んでみると実はきちんとパズルピースのようにつながっていくという構成になっている。スタージョン自身色々な職業を遍歴しているせいもあって、本書における弱者の書き方が見事としかいいようがない。なぜ宇宙を強姦するのかは読んでみてのおたのしみ。

今回は6人のスタンド使い(笑)が活躍するという話だが、だんだんなんだかつまんなくなってきてしまった感がある。心に何かしらのトラウマを抱えた少年・少女たちが運命的に集まり、自分たちの能力を駆使して事前にトラブルを解決しようとするという筋。なんというかだんだんと怪しげな実験をしている統和機構の存在が明らかになってきているのがわかるのだが、今回はその組織の存在がますます大きくなってきてだんだんブギーポップが主人公でなくなってきている雰囲気を受ける。
気分的には巨大な悪の組織が上部にあって……というのは何だかなぁ。そういう話になってくるとは思いもよらず、何だかもったいない気分だ。魔界都市新宿的テイストというか。(それとはまた違うけど、実験体の成果を収穫にくるというイメージが強い。)実際『ブギーポップは笑わない』ではブギーポップとその周辺という雰囲気が好きで読み進めていたのだが、今回は何だか組織間抗争に巻き込まれてしまったという感もなくはない。では何が不満か?というと雰囲気だけでかいている感じを受けるのだ。SF的アイディアとしてはかなり面白いのだが、うーん言葉に出しにくいのだが何となくキャラが死んでしまっているように思えたのだ。まあ別巻として読むぶんには悪くないのだが、今までのようなブギーポップを求めている人にはかなり拍子ぬけするだろう。今後買って読むかは次作によるだろうか。うーん、思い入れはないです、はい。
連作短編集で、人形研究家鬼頭某という人物が一応主人公の憎悪譚。前々から気になっていた作家の一人で、一冊何か読んでみようと思っていたからだ。またさらに最近は日本人と外国人をできるかぎり交互で読むことにしていることもあって、人形の顔がカバーのこの本を手にとってしまったことが運命的なものだったのだろう。読み終わった後ぞくりときました。この作品はじつに不思議な響きのする物語である。
幻想文学と現実、そして推理小説が入り混じり、見事に調和している。人形研究家鬼頭某が出会った憂いを持った女性には秘密があり、彼女の出生の秘密が明らかにされる<春>の章。そして彼が顧問を勤める人形教室での奔放な性の饗宴が舞台となる<夏>の章。失踪した妻を探してほしいと兄に頼まれた弟の奇妙な暗号解読の旅である<秋>の章。そして鬼頭某の秘密とこの物語の秘密が明らかになる<冬>の章の4つから構成されている。複雑に入り乱れた物語構成から感じることができるのは、意図してつくられた<憎悪>だ。憎悪を愛することで、自分を浄化しようとする女、鬼頭某。そんな彼らはいったい何を感じ、何を思っていたのだろうか。その心は人形に投影されることになるのだ。どう投影されるかはそれぞれの章に出てくる人形が象徴している。ぼくたちの心の奥底に眠っている闇をとらえ、それを喰う存在としての人形を見事に描き出している。<冬>の章での主人公とされる鬼頭某の悟りはじつに見事だ。<貴腐>という言葉がある。高貴な腐敗病、つまり超高級の薄甘口ワインを造りだすには必要不可欠な病気のことをいう。貴と腐という一見矛盾に見える二つの概念が一つの言葉に収まるとき、この物語は終止符を打つことになる。すべての登場人物はもとの人形となり、そして物語は静かに終わることになるのだ。人間の闇の部分を見事に描いた傑作。中井英夫の作品をもっと読みたくなったのでした。
長い間かかってしまったが、傑作。久々にセント・アイヴズ、ハズブロー、イグナチオ
・ナルボンドに出会えてもうどきどきもの。読み終わってわかったのだが、ケルヴィン卿の機械は思ったよりも大きくない!SFMで一章だけ友枝康子さんの訳で読めるのだが、その時の米田さんのイラストではケルヴィン卿の機械は糞でかく書かれているのだが、実はそうでもなかったのだ。でも充分人間一人分以上のでかさはあるみたいだが。" Lord Kelvin's Machine"は、ちょうど『ホムンクルス』と『リバイアサン』の中間の物語で、この二作を読んでいないとはっきりいってしんどい。また時系列に見て、『ホムンクルス』後の話しになっている。なぜならセント・アイヴズが結婚しているということからの類推なのだが。後ほど詳しくかく予定だが、第三章の「時間旅行者」は一気に読める面白さ。しんどいのは第二章の「ジャック・オウルズビーの説明」。この章では『ホムンクルス』ばりに人物が入り乱れるため、対応関係をはっきりさせないとこんがらがるのではないかと。ブレイロックの英語は文章がなかなか切れないので、多少しんどかったが。
コテコテの大阪小説。ギャグと駄洒落の連続で、ヨコジュンさんに匹敵するぐらいのウルトラ級の小説。ギャグのこてこてさについては、読んでいて泣きそうになった。これ以上やらないでくれーっていう感じ。でもこの小説はすごい。買って読む価値ありだ。読んだ人だけがわかるのだが、久々に目まいの感覚を味わえた。ギャクはこてこてだがアイディアは一流。ヨコジュンさんの流れを継承する立派な不条理ギャクSFだ。千両箱を巡って5つの短編がうまくかちりとはまる感覚が大変素晴らしい。でもなぜに千両箱?なんだろうというつっこみは入れないように!
アイドルと体が入れ替わった男の話、ロールプレイング・アスレチックな話などを含む20編のショートショート集。エロスとブラックユーモア満載の一冊、というところか。まあそこそこ。(というよりも、ショートショートは作家の性格がでてくるものだと痛感。)
一応『無限コンチェルト』の続編で、主人公のマイケルが地球に戻ってきてからの物語になっている。シーの世界<王国>から戻ってきたマイケルは魔術師としての潜在能力を秘めながら、友人だった音楽家のワルチェリ(故人)の家の管理人として日々を過ごす。この巻で「無限協奏曲」とマーラーの「力の歌」との関係、モーツアルトやその他の芸術家と魔法の関係が明らかになる。分厚いが、結構さくさく読めて面白かった。ベアのファンタジーということでちょっととまどいを感じる人がいるかもしれないけど、傑作。SFじゃないベアを読みたい人は是非どうぞ。