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Dec.3,2000 (Sun)

■ダン・シモンズ『ハイペリオン』(ハヤカワSF文庫・上下)

ハイペリオン上

ハイペリオン下

 文庫化をきっかけに読むことを決意。土曜日の夜から読みはじめて、「司祭の物語」を読み終えたときには物語世界に没頭してしまう。で、そのまま一気に読了。オレはこんなSFが読みたかったんだよ!手元にはすでに『ハイペリオンの没落』(早川書房)もあるので、巡礼たちのその後も含め読むのが楽しみである。

 時は28世紀、広大な宇宙は連邦政府と呼ばれる巨大な政府に支配されていた。その巨大な政府は<コア>と呼ばれる独立自立知性群の手によって管理されていた。そんな<コア>にすら予測が不可能な不確定要素が辺境の惑星ハイペリオンに存在した。人類が宇宙に進出する前からあるとされる<時間の墓標>と呼ばれる逆エントロピー場の遺跡と、時間を超越したシュライクがこの惑星に存在したのだ。ハイペリオンに各々のカルマを抱えた7人の巡礼たちが到着したと同時期、ハイペリオンに連邦政府と対立するアウスターたちが侵攻してきたのだ。そんな巡礼の旅の合間に、6人の男と1人の女がそれぞれの身の上話をすることになるのだが……。

 「学者の物語:忘却の川の水は苦く」に泣きました。学者がなぜ巡礼をしなければならなかったのか?どうして彼でなければならなかったのか、超越的存在への憎しみを感じると同時に、レーテーの川の水を飲んでしまった者の味わう苦痛と傍観者たる学者の姿に感じいることが多く、一番好きなエピソードになりました。もちろん他のエピソードもこれでもか、これでもかといわんばかりにSFやファンタジーのガジェットが詰めこまれていておなかいっぱいになれます。特に惑星ハイペリオンの描写はジャック・ヴァンスの影響が見られ、Q-Tブックスでいまでも読める『終末期の赤い太陽』(久保書店Q-Tブックス)がどんな話なのか興味をもってしまいました。各エピソードにはたくさんの過去のSFアイディアが詰まっていて、どんなSFのガジェットを包含しているのかを考えながら読むのも面白いと思います。SFマインドに満ちた壮大なSFでした。

 各人が語るどのエピソードもこれだけでSFが1冊書けてしまうようなアイディアとプロットで、誰もが絶賛している理由がよくわかります。実は巡礼たちの身の上話が実は次巻『ハイペリオンの没落』(早川書房)に通じる序であり、『ハイペリオン』を読み終えた読者はすぐに『ハイペリオンの没落』を読みたくなる心理がよくわかりました。ということで、すぐにでも読み始めることでしょう。ああ、幸せ。

ハイペリオン〈上〉
ハイペリオン〈下〉


Dec.4,2000 (Mon)

■ダン・シモンズ『ハイペリオンの没落』(ハヤカワ文庫SF・上下)

ハイペリオンの没落上

ハイペリオンの没落下

 『ハイペリオン』を読み終えてすぐに読み始め、読了。なるほど、『ハイペリオンの没落』は『ハイペリオン』で<時間への墓標>へ向かった7人の巡礼たちのその後の物語に当るわけだが、『ハイペリオン』が巡礼個人個人にスポットを当てて物語を組みたてているのに対し、本書は語り手を登場させることでよりマクロ的なスケールで物語が展開されている。本書で重要な役割を果たすのは「ジョセフ・セヴァーン」なる人物。この人物こそ『ハイペリオンの没落』における狂言回しであり、主人公である。傍観者=セヴァーンにまつわる謎も非常に魅力的なものであり、読者は彼のレーゾンレートルを知ったときに、あっと驚くことだろう。

 『ハイペリオン』で語られた巡礼たちの物語が『ハイペリオンの没落』を読み解くに当り重要な役割を果たすのはいうまでもない。特に神父の話で、まさかああいうことになるとは!と思った人も少なくはないはず。『ハイペリオン』を読み終えてからも感じていたのだが、『ハイペリオンの没落』を読みすすめる途中である人物の正体がわかってしまった人も多いと思う。シモンズはこの点についても、登場人物をうまく立ち代り入れ替わりさせることによってうまく処理をしているのだが……。やや惜しい気がする。

 『ハイペリオンの没落』のマクロの物語自体はヴァーナー・ヴィンジの『遠き神々の炎』(創元SF文庫)と類似していて、目新しさは感じなかった。『ハイペリオン』でも伏線が張られていたとおり、真の敵の正体についても勘の鋭い人ならばわかってしまうかもしれない。ぼく個人としては『ハイペリオン』のインパクトに比べると本書はやや弱いかと思う。物語としてはよく出来ていて申し分のない傑作なのだが、読者に「読ませる」という感動を与える力は『ハイペリオン』の方が優れていると思う。

 しかしながらこれだけ色々なSF的なガジェットが埋め込まれていて、見事な手腕で処理をしているシモンズの力量に感服する。新2部作である『エンディミオン』『エンディミオンの覚醒』もすぐにでも取りかかりたい気分だ。

 これから読む人に忠告を。『ハイペリオン』『ハイペリオンの没落』は出来る限り続けて読むこと!こんなに面白い小説を読める機会は一生にも稀だと思う。このシリーズを翻訳した酒井昭伸氏と早川書房に乾杯したい。ぜひ至福のひとときを『ハイペリオン』『ハイペリオンの没落』を読んで味わってもらいたい。後者も早く文庫化してもらいたいものだ。SFプロパーでない読者にも強くお勧めしたい物語だし、SFだからといって敬遠することはものすごく勿体無い小説だと思う。

ハイペリオンの没落〈上〉
ハイペリオンの没落〈下〉


Dec.6,2000 (Wed)

本の雑誌編集部編『特集・本の雑誌1 出版業界編』(角川文庫)

 DASACON4以来、永江朗さんの話や安田ママさんらとの意見交換などで、出版業界全体について興味を抱いていたぼくは、出版業界にまつわる問題点についての生の声をもうちょっと具体的に日ごろから知りたいと思っていた。この本は本の雑誌社の特集のうち出版業界についてのトピックをまとめたもので、非常にわかりやすいものに仕上がっている。書店員の現状、出版社側の言い分、書評家や翻訳家の現状などをくだけた口調でわかりやすく書いてある。読者からの声についてはまあそんなものかと思いながら読んだが、コラム自体はすっきりとまとまっていて実に面白い。特に日本の文学賞についての討論は、実に役に立った。ぼく自身、日本にはこんなに賞があるのに、その賞にどんな意味があり、どんな効用がもたらされるのか前から疑問があったからだ。賞を取っても出版社のフォローが悪ければ、作家は育たない。作家として育てる気がないのならばなぜ賞を上げるのか?よくわからない。そういう点についてももう少しわかると面白いなと思った。


Dec.7,2000 (Thu)

早瀬耕『グリフォンズ・ガーデン』(早川書房)

 小説として書かれた著者の卒業論文の一部が単行本の形でまとめられて出版されたという異色の経緯を持つSF。研究の合間に読んでいたのだが、下手な小説よりも面白かった。知的好奇心に溢れた恋愛小説というべきだろう。小説の根本に「世界は所与であるか否か?」を据えて、現実世界と虚構世界を入り交えて甘ったるい口調で交わされる恋人たちの議論に没頭すること請け合い。特に経済・数学・コンピューターサイエンス専攻の人は物語に描かれた恋人たちの対話で話題になっている議論の部分に興味引かれる部分が多いでしょう。ゼミの指導教官は金子郁容。なるほど、ならばこういう小説は成立するなぁ。
巻末には荻野アンナと金子郁容の対談があり、これまたポイントをついた解説に仕上がっていてよかった。別唐晶司『メタリック』(新潮社)とは陰と陽の関係にあるというジョニイ高橋さんの発言はズバリ的を射たご意見だと思いました。

 東京の大学で修士課程を終えた主人公は、ICOT関連の研究所に招聘されて研究員として勤務することになった。その研究所は人里離れた場所にあり、庭には何体ものグリフォンの彫刻があることから別名「グリフォンズ・ガーデン」と呼ばれていた。そこでは人工知能の研究がなされており、IDA-10というバイオコンピュータが開発されていた。主人公とともに東京を離れて北大の博士課程に進学した恋人と、知的な女性同僚に恵まれ、主人公はある研究のアイディアを思いつく。彼はIDA-10の中にひとつの世界を構築し、シュミレートすることを思いついたのだ。そのプログラムは彼ら自身の鏡のようなものだったのだ。

 付箋をぺたぺた貼りつつ、読み終えて悶えました(笑)。著者は理想の恋人(高学歴で知的、甘えるときは甘えて、古風)を書いているので、知的な会話とのバランスと甘えるときのギャップが激しくて悶える人も多いのではないかと思いました。主人公の姿が自分の今の現状に近いところも好感がもてたのかもしれません。合わせ鏡の項で合わせ鏡の鏡像が有限か無限か否かについて恋人と語るシーンで、主人公が恋人に「君にとって無限とは何か?」と問うシーンがあるのだが、恋人が「わたしにとって無限はあなたよ。」と返答し、主人公がニヤリとする。うーん、言われてみたい(笑)。

 いくつか興味深い対話があって、特に感銘を受けた(というかこういう会話をしたことがよくある)のが、この台詞。「あなたって、もしかして、文字を音よりも文字で理解していない?」(P188)こういうやり取りを含め、主人公があまりにも自分に似ているので、読み終えたときの衝撃はすざまじいものが!恋人同士のさり気ない対話の中に秘められた禅問答の面白さ、それとマトリョーシカを分解して行く愉しみがこの小説にはありました。オススメ。現在品切れ中みたいですが、まめにブックオフ等を周っていれば見つかる可能性は高いかもしれません。


Dec.11,2000 (Mon)

本の雑誌社篇『特集・本の雑誌3』(角川文庫)

 2は後回し。1と同様、「本の雑誌」の特集をセレクトしたもの。今回は「トイレにおける最適な読書本は?」「最強ヒロイン、ヒーロー特集」など12トピックを収録している。面白かったのは「トイレは小さな図書室だ」である。ぼくはトイレに行くとき、どうしても活字がないとダメなので雑誌等をよく持ちこむ。そういえばトイレで思い出したが、ズッコケ探偵団のハカセ君はトイレで読書するのが好きな少年で幼いころこのシリーズを愛読していたぼくは、きっと彼の行動に影響を受けたのだろう。そんなことを思い出させてくれたこの特集は読者の声も面白く、オススメ。あと「本棚は人生である」が面白かった。辛口コラムニスト小田嶋隆が「本棚なんていらない」という名文章を書いているのでご一読あれ。彼の意見は正論で、まったく同感なんだけれども、本を溜めてしまうのは個人の性格などに起因することだからなかなか改めるのは難しいなぁ。いずれが購入した本とも別れの時が来るわけだから、彼の文章は肝に銘じておこう。このシリーズいずれも購入可能なので、ぜひご一読あれ。


Dec.22,2000 (Fri)

クリストファー・ホープ『ブラック・スワン』(福武書店)

 山田正紀の同名の本と間違えやすい本(笑)。両者ともバレエをネタにしているのだが、内容はホープがマジックリアリズム的なファンタジーに対し、山田正紀の作品は日記形式のミステリだということ。この本はもともと福武の海外文学シリーズの1冊目として出た本で、たぶん絶版。アパルトヘイト下の南アフリカに生まれた想像力豊かな主人公ラッキー。精神薄弱児だった彼は精神障害児施設に送られる。そこでドイツからやってきた若き白人女性教師イルゼと出会う。イルゼはラッキーを導くべく映画「白鳥の湖」を見せる。ラッキーはその映画に大いに感銘し、以前から抱いていた夢−飛翔への夢−を強くしたのだ。ところがアパルトヘイト下の南アフリカでは、彼らの行動は許されないものだったのだ。イルゼはラッキーと関係を持ったという理由で国外追放され、ラッキーはまた孤独になってしまう。また孤独になってしまったラッキーの身にそれから降りかかった出来事はショッキングなものだった……。

 面白かった。寮美千子の『ノスタルギガンテス』(パロル舎)に通ずるものがある。肉体から離れたい少年の願望、飛翔への夢をペーソスを感じさせる部分はカイのメガザウルスへの思いと共通している。物語自体は非常にペシミスティックでとても痛い状況なのだが、主人公の少年が非常に楽天的なので、少年の眼から見た世界は非常に楽しそうに見える。物語後半はレイ・ブラッドベリの「戦争ごっこ」 みたいな感じだ。マジックリアリズムの風味も加わって奇妙な味わいのある長編に仕上がっていると思う。福武の海外文学シリーズでしか読めない海外作家も多いのだが、福武書店自身が出版から撤退してしまったため入手が困難になっている。残念だ。この本、稀にブックオフで見かけることがあるので、ぜひ手にとって欲しい。


Dec.25,2000 (Mon)

スタニスワフ・レム『泰平ヨンの航星日記』(ハヤカワ文庫SF)

 漸く読了。面白かった。とにかく破天荒でむちゃくちゃなほらふき男爵譚なのだが、人を食ってかかるような内容が多いため、一回一回の旅をじっくりと考えながら読まなければならなかった。銀背版とは異なり、第26回の旅が偽書とされてこの本では削除されている。ということで、あとで銀背版も読んで見ようとは思っている。いきなり、<第七回の旅>から物語が始まる。これはテキストの順番(章立て)を壊すことによってレムは、この奇天烈で壮大な宇宙冒険物語を寓話形式で語ることに成功している。わざとテキストを破壊することで、テキスト同士の相互参照関係を無力化し、個々のお話として読めるようになっている。その意味では、この本は第28回の旅(泰平一族のルーツを語る回)を除いて、どの回からも読んでも大丈夫ということになる。

 どうもレムは機械知性に関して思うところがあって、それをネタにした話が多かったように思う。あと人類万能主義に対する警鐘の意味も込められていて、何度も人類の愚かさや習慣を嘲笑う内容の込められた話が繰り返し出てくる。物語自身も、タイムパラドックス、異星人とのコンタクト、異星社会の描写などを扱っており、嘘の大風呂敷を広げている。これは寓話形式だからこそ成功したわけで、普通の物語であれば夢オチで落とすみたいな収束の仕方をしないといけなくなるだろう。それはともかくとしても、とにかく読者の知的好奇心を刺激する物語が多く、特に泰平ヨンが自分の分身(無限?)と出会うパラドックスの話や、時間改変のパラドックスの話はバカSFファン必携の話だ。さらにサイバーパンク的な身体変形のルーツとされる回(体を改変する宇宙人の話)もあり、一度は読んでおくことをオススメしたい。

 テキストの配置を意図的に崩すことで、物語の直線性をなくそうとしたレムの試みは十分成功しているように思えた。哲学的・科学的な刺激を得たい読者は必読でしょう。現在とても入手困難みたいですが、頑張って探してみましょう。探して読むだけの価値はあります。

 ということで、早速本の山から『泰平ヨンの回想記』を掘り起こさなきゃ。


Dec.26,2000 (Tue)

浅暮三文『夜聖の少年』(徳間デュアル文庫)

 いいじゃん!いいじゃん!少年成長物が好きな人のツボをついたような設定、センスオブワンダーに溢れた世界が素敵でした。昔読んだマール&スコットの『凍結都市』(教養文庫)的な感じの作品です。久々に泣かせどころとツボをついたSFに出会えて感無量です。

 抑制遺伝子によって人々が管理された社会。抑制遺伝子のイニシエーションを拒んだものたち−土竜たち−は鼠のように社会の底辺で何とか生き延びていた。彼らは炎人と呼ばれるガーディアンによる抹消の恐怖に怯えながらも、日々を過ごしていた。しかしそんな中、主人公カオルが炎人から逃亡する際に見つけた放棄された研究室に安置されていた巨人ミトラとの出会いが、彼らの運命を変えることになる……。

 個人的にはミトラが「天空の城ラピュタ」に出てくるラムダを彷彿させて、想像して悶えました。カオルの出生にまつわる謎、ミトラの謎、そしてサウス・ゼロにまつわる謎が交互に入れ替わって徐々に明かになり、最後には見事につながっていく点は見事。物語の筋自体は色々なところで見られる(作者もあとがきで述べていますが)少年成長ファンタジーなのだが、それを肉付ける世界設定のユニークさは一読の価値あり。楽しく読ませていただきました。橋本晋のイラストもよかった。宮崎駿アニメファンは必読のジュヴナイルSFでしょう。


Dec.28,2000 (Thu)

矢崎麗夜『パソ婚ネットワーク』(太田出版)

 『刑事ぶたぶた』(徳間デュアル文庫)等で人気を誇る著者のパソコン恋愛をテーマにした連作短篇小説集。インターネットが発達する前に、パソコン通信といえばニフティサーブだった時代を背景に、当時目新しかった出来事を軽快なタッチで描いた作品。ぼくはニフティサーブをやっていたわけではないので、この作品からニフティ独自の言い回しやコミュニティの雰囲気を知ることができた。

 「画面に恋した男」は「ハル」の世界。電子メールを通じて一人の男と女がお互いのことを知り合っていくプロセスがリアリティがあって、いい。「ネットおかま殺人事件」はオチに唸った。確かにこういう話は現実にあり得そうで、解決策としては素晴らしいし、この解決方法は見事だと思った。ネットおかまって楽しいのだろうか(謎だ)。「オンライン出歯亀男」は2ch(笑)的なお話。皆ゴシップが好きだよね、うんうん。でも何となくほほえましい感じの短篇だ。「受け入れられない男」はこういう性格の奴はいるよなーと思ったり。結局余裕がないから恋愛が出来ないんじゃないかと思ったりするわけで、女の子を獲物のように見据えてがつがつしているのはさもしい気がするわけです。なんだかブルーになった短篇だった。「「おめでとう」の増殖」もひどい話だよなぁ。結局こういう奴は人の心をわかっていないわけだから、振られて当然。度がすぎる「おめでとう」は時に害になるというフレーズが印象的。

 今読むと別の意味で新鮮な感じがするし、今のインターネットにもかなりの部分が当てはまるので話のネタにするためにも読んでおいても損は無いと思う。ぼく個人としてはオススメの1冊。現在買えるようなので、一応ボタンをつけておく。


Dec.29,2000 (Fri)

イアン・ワトスン『存在の書』(創元SF文庫)

 やれやれ、やっと読み終えた。読んでいるときは面白いのだが、シリーズ全体としては『存在の書』がメタフィクション的な終わり方をしているために、折角のワトソンの爆裂ぶりが半減してしまったような感じ。3冊を読み終えて漸く<黒き流れ>の世界の全貌が明らかになるのだが、物語の大風呂敷を広げすぎたワトスンが収束に困って無理やりこじつけた感じがしてならない。『星の書』がワイドスクリーンバロックSFの傑作で、読者を魅了する勢いがあったのにその勢いが殺がれてしまった感じがしてならない。というのも、主人公ヤリーンがもとの鞘に収まる(この鞘の収まり方と構成については面白いし、納得したが)からだ。ところが、『星の書』での奇想天外なヤリーンの体験があまり意味を成さなくなってしまう。これでは、彼女の存在意義がいったいなんであったのかよくわからない気がする。

 第四部「薔薇の気球」は物語上、あまり意味がないと思う。あの章がある理由もわからなくはないのだが、別になくてもいい感じがする。確かにああすることで、ある物語性を色濃くするという伏線を張っているみたいなのだが、イマイチ。とりあえずラストを読んで「ギャフン!」と唸ることは請け合い。ある意味脱力してしまうオチではあります。この物語3冊が「〜の書」となっていることで、気づいた人もいるのではないかと思う。ただあのラストだからこそ、この『存在の書』の意味が出てくるのかもしれない。ある意味、メタフィクション的な虚構を用いた変なSFだとは思う。『存在の書』『星の書』は面白いので読む価値はあるけれども、本書は特に読まないでもいいかも。


Dec.30,2000 (Sat)

古橋秀之『ブラックロッド』(電撃文庫)

 ポール・アンダースン『大魔王作戦』(ハヤカワ文庫SF)の東洋版というとわかりやすい。一気に読み終える。以前より気になる作家の一人だったのだが、<ブラックロッド>シリーズが全巻揃ったので、これを機に読んでみることにした。魔法と科学が入り乱れた世界。魔法犯罪事件に携わるブラックロッドと呼ばれる魔道特捜官と妖術技官のコンビが日々巨大な悪に立ち向かっていた。そしてある時、私立探偵の男が調べていた事件とかかわりがあることがわかる。なんと事件はある恐ろしい人物が関係していたのだ。彼の名前はゼン・ランドー。恐るべき妖術使いだ。彼の企みはいったい何か?そして世界はいったいどうなるのか?というのがあらすじ。

 ポール・アンダースン的な要素が実に面白い。また古橋氏による造語が生き生きとしていて、架空世界に没入できる点がいい。物語はかなりアクション色が強く、かなり残酷なシーンも出てくるが、作者がとても楽しんで書いている感があり、ぼく自身もその楽しさが伝わってきた。スタンダードだが、色々なSF作品へのオマージュ(ドク=ドクター・アダー?など)も感じられて、楽しい読書をすることができたと思う。

 あと2冊シリーズとして出ているみたいなので、早速本の山から掘り出して読んでみたい。


Dec.31,2000 (Sun)

安田均『神話製作機械論』(ビー・エヌ・エヌ)

 今やコンピューターゲームやRPGの人になってしまった安田均氏の評論集。出版年が1987年と古いため、紹介されているゲームがAPPLEIIがメインになっていたり、翻訳される前の洋書のあらすじが書かれていて面白い。この本の面白いところは、コンピューターゲームの未来像に対する明確な氏の洞察力にある。特にSF小説とコンピューターゲームを比較することやボードゲームとコンピューターゲームと比較して、それぞれの相互関係を根元まで掘り下げて調べているところが面白い。例えばコンピューターチェスについても、安田氏はすでに「人間を破るコンピューターが出てくる」という予言をしており、実際に人間のチェスチャンピオンが敗北していることは記憶に新しい。さらに、当時未訳だったヴァーナー・ヴィンジの『マイクロチップの魔術師』(新潮文庫)に触れ、この作品が傑作であることを当初から認識していた一人である。コンピューターゲームから小説へのフィードバックと小説からコンピューターゲームへのフィードバックを考えたい人はぜひ一読をオススメしたい。見かけるとしたらリサイクル系の100円均一にある可能性大なので、もし機会があれば読んでみて欲しい。