魔法の本棚
Hojotoho, Hojotoho! Heiaha!
書物の帝国
最終都市

Hojotoho, Hojotoho! Heiaha!


「書物の帝国」リンクフリーです。リンク許可等は要りません。

復刊ドットコムに「夢の国のリトル・ニモ」の復刊をリクエスト。ご協力お願い致します。

 Amazon.co.jpアソシエイト

Generated by nDiary version 0.9.4

Jan.1,2001 (Mon)

水見稜『エッダ回廊』(ハヤカワ文庫JA)

 <回廊世界シリーズ>の2巻目。一巻目の『二重戦士のさだめ』を読んでからかなり間を空けてしまい、少し内容を忘れているかもしれないという懸念があったのだが、読んでいるうちに物語世界を徐々に思い出してこの世界の感覚をつかみ戻したのでよかった。このシリーズ自体、もともとコンピューターゲーム化をしようとしていたようで、残念ながらゲーム化は実現しなかった模様。『二重戦士のさだめ』に引き続き、本作品も楽しく読むことができた。佐藤道明の表紙&挿画も素晴らしい。彼の絵を見ていると何故か読みたくなってしまうのは、不思議だ。

 主人公の獣人サージは魔の山からフレイヤ姫を無事に救助し、英雄と称えられ、騎士となった。ところが彼の理性が本性ともいうべき獣性にとって代わられようとしていた。アイデンティティの崩壊に苦闘するサージ。そんなサージを目の当たりにした近衛騎士団長ラドーと調合師ジュールドはルーンの力をもって治療にとりかかる。しかしその一方で王国に暗雲が立ち込めていたのだ……。

 神々と人間が合い住まう世界<回廊世界>という特異な世界の様相は山田正紀の『宝石泥棒』(ハルキ文庫)に匹敵するアイディアだと思う。どうも著者は北欧神話という魅力的な題材を下敷きにして、壮大なシリーズを書こうとしていたみたいだ。獣人サージの正体が実は○○○○○狼(北欧神話に詳しい人ならば一発でわかるはず)だったことや、キリスト教と北欧神話世界とを絡めることで、北欧神話が好きなぼくは思わずニヤリとした。『夢魔のふる夜』でも感じたことなのだが、説教くささのある異端と正統というテーマを中心に扱ってなおクオリティの高いSFを創作できる人だと思った。残念ながら諸事情のため、創作をやめられているみたいだが、可能ならばぜひ獣人サージの成長の旅、アイデンティティの発見の旅を見届けたいと思った。再評価および復活が望まれる作家さんの一人だと思う。


Jan.2,2001 (Tue)

■ダン・シモンズ「黄泉の川が逆流する」(SFM355号)

 SFマガジン7月増刊号の「Horror Magazine」というちょっと手に入りにくくなっているホラー特集号に訳載されたダン・シモンズの短篇。死んだ妻を死体再生業者に依頼して甦らせた夫が味わう苦悩と主人公の少年が再生した母親らしきものに対する愛情との相反する気持ちのコントラストが見事。世間から白い眼で見られていくことに絶えられない少年の父親と兄の心情の変化が実に無気味。オチも見事。ありうる話だが、多感な主人公の少年が得た家族の絆の形こそが恐怖なのではないかと思う。現在は、奇想コレクションの一冊『夜明けのエントロピー』(河出書房新社)に収録されて読むことができる。

ジェイン・ヨーレン『夢織り女』(ハヤカワ文庫FT)

 ぼくの好きなファンタジーの書き手の一人であるジェイン・ヨーレンの短篇集。夢織りの老女が紡ぐ6つの夢の物語とちょっと残酷で切ない民話を収めた短篇集。ヨーレンといえば壮大なフェミニズムファンタジー<アニタシリーズ>で一躍有名になった作家だが、本書は<アニタシリーズ>と同様、民間伝承という形式をうまく利用して、物語があたかも実際にあるような錯覚を読者に与えている。ハヤカワFT文庫内で類似な作品としては、ジョン・ガードナーの『光のかけら』の作風に近い。本来イギリスが源とされる妖精物語をアメリカ人のヨーレンが書いたことは、イギリス起源の物語にどのようなアメリカの風土が絡んでくるのか、興味深いものがある。この点については本書のあとがきを参照されたい。天野喜孝氏のイラストも物語に調和していて、大変いい感じでした。現在品切れ中。


Jan.3,2001 (Wed)

かんべむさし『決戦・日本シリーズ』(ハヤカワ文庫JA)

 小太郎さん、大熊さんのオススメにより手に取った1冊。これが大当たり。ご紹介どうもありがとうございました。

 かんべむさし氏のデビュー作「決戦・日本シリーズ」を含めた4つの短篇が収録された短篇集。サラリーマンSFの萌芽がこの時点ですでに現れていて、非常に面白く読むことができた。かんべむさしの持ち味は「日常からのズレ」「エスカレートする事象」をネタにしているところにある。物事がだんだんとエスカレートしていく過程が徐々に高められて描かれていくところに面白さがあるのではないかと思う。実際収録されている「まわる世間に」「追いこされた時代」「決戦・日本シリーズ」の3短篇はエスカレートしていく現実をテーマにしたSF短篇である。

 「まわる世間に」は読み終えたとき、筒井康隆の短篇を思い出した。流行が一世風靡していく過程が筒井康隆的饒舌さで語られていくのが小気味がいい。内容自体はどうってことはないお話なのだが、なぜだがインパクトがある作品だった。

 「背で泣いてる」は掲示板でも記したが、眉村卓の傑作長編『ぬばたまの……』を彷彿させるような感覚がした。人生の岐路をテーマにした、ほの悲しさを湛えた叙情的なSFに見事に仕上がっている。

 「追いこされた時代」は我々が今の時代に感じていることをストレートに表現したSF。ここ数年のテクノロジーの変化が我々に何をもたらしたのか、そしてそのことが何を意味しているのか、かんべさんなりの解答が込められているのではないかと思った。

 「決戦・日本シリーズ」は大阪の人ならばきっと百倍楽しめると思う話。二つの結末が阪神・阪急の性格を如実にあらわしていて笑った。SFとは云いがたいが、変なパワーのある面白い短篇だった。これまたエスカレートする流行をテーマに扱った山椒の小粒のような話だ。

 現在絶版のようだが、かんべむさしのルーツを知る上ではぜひ読んで欲しい1冊。SF作家かんべむさしの楽しさ、ナンセンスさを楽しむ最適の入門書だと思う。


Jan.4,2001 (Thu)

ポール・ギャリコ『七つの人形の恋物語』(角川文庫)

 読了後、しばらく切なさでぼおっとしていました。こんな素敵なおセンチ恋物語と出会うことができたのは至上の幸福。角川文庫版は「スノー・グース」も収録されていて併せて読み終えたのですが、読みすすめるうちにだんだんと胸につまされました。

 醜いが優しい心の持ち主の男と、自分の気持ちを裏切ってしまった美少女の儚い恋を描いた傑作。彼らが知り合ったきっかけが、一匹の傷ついたスノー・グース。そのスノー・グースが一人の孤独な男と少女の運命を変えていく。時は折りしも、第一次大戦中。男は見捨てられた兵士たちを救出するために、自分の命を顧みずに救出に向かう。そこで兵士たちが見た奇跡。

 素晴らしい作品は一行目を読んだときにわくわく感があるのだが、この作品はまさにそうでした。物語の情景が眼に浮かび、なんとも切ない気分になりました。断片的に物語を語ることによって、より生々しく主人公の男の存在を感じることができたのは、ギャリコの筆力と矢川さんの思い入れにあるように思えました。この作品自体は新潮文庫版で読めるのでご一読あれ。

 「七つの人形の恋物語」は長編。貧相な体格をした主人公ムーシュ(女性)が絶望して身投げし様と思いつめていたとき、不思議な人形使いの一座に拾われる。その一座には七つの個性的な人形を操る人形師がいた。彼は天外孤独で、冷酷な男だった。しかし一旦人形を操ると自由自在に7つの人格を操ることのできる人だった。彼はなぜかムーシュを雇い、巡業の旅に出る。ムーシュは7つの人形たちを実在している友達として扱い、彼らの魅力を引きたてる触媒となったのだ。彼女の不思議な魅力に惹かれる人形師コック。しかし冷酷な彼と七つの人形の優しい性格のギャップが彼女を苦しめることになるのだが……。

 多重人格物ファンタジーというとわかりやすいかもしれません。主人公の女性と人形を通じてのコミュニケーションによって男の心がだんだんと変化していくさまが絶品でした。ムーシュの純粋な心が頑ななコックの心を人形を通じて開いていく、そのやさしさが読者にも伝わってくるようなそんな作品です。

 読み終えて思わず他のギャリコの作品を探しにいってしまいました。昨日買った『マチルダ』はまさにそれです。まだ未読のギャリコの作品はたくさんあるので、今後の楽しみとしてじっくりと読んで行きたいと思います。


Jan.5,2001 (Fri)

ポール・ギャリコ『ハイラム氏の大冒険』(ハヤカワ文庫NV)

 面白い!一見、うだつの上がらない中年アメリカ人ハイラム・ホリディ氏。彼の正体は騎士道に憧れ、フェンシングやボクシング等の格闘技をマスターした新聞社の校正係だったのだ!ハイラム氏は会社からボーナス休暇をもらい、かねてより行ってみたかったイギリスへと向かう。イギリスで観光している矢先、彼はナチスドイツの手先に追われていた一人の少年と麗しき女性を救出する。彼らはオーストリアの王族で、ナチスドイツが彼らの財産を狙っていたのだった。無事に彼らをパリへと届けたハイラム氏、そんなハイラム氏にまたまた試練が襲いかかる。誤って交換してしまった紳氏の傘に恐るべき暗殺計画の指令書が挟まれていたのだ。その紳氏に殺されそうになりながらも、ハイラム氏は持ち前の機知でパリを脱出、プラハへと向かう。しかし再びハイラム氏の上にとんでもない危険と冒険が待ちうけていたのだった……。

 日本の時代小説を読んでいるような快感がありました。義侠と正義感に溢れたハイラム氏。その心とは裏腹に背格好はかっこいいとはいえません。しかしその熱いハートが彼を取り巻く人々を魅了し、彼を危機から救うことになるのです。中年男性のロマンを凝縮した破天荒な冒険小説の傑作といえましょう。さらに当時のナチスドイツ(ファシズム)に対する嫌悪感が前面に出ていて「ドイツ」が徹底的に騎士道に反した悪者として描かれており、ハイラム氏の正義感が見事に引き立っています。さらに、気になるロマンスの方ですが、ハイラム氏自身がかなりストレートな感情の持ち主なので、やや女性にリードされている部分が見うけられていてニヤリ。特にドイツ人女性イルムガルテとの恋は実に感動的で、泣かせます。

 あえて高潔な精神の持ち主を主人公に添えることで、ヒーローが常にカッコイイという幻想を打ちくだいた点でも評価は高いですし、面白いと思います。人情・義侠物が好きな人に強くオススメしたい。でも残念なことに絶版・品切れ、とほほ。


Jan.6,2001 (Sat)

■効率的な読書?

 最近感じていることなのだが、小説の合間にエッセイを読むと効率的に本が読めるみたいだ。読書ガイドや本の本、作家さんたちのエッセイは食前酒やオードブルのような働きをして、メインディッシュである小説を読む活力になってくれる。今丁度、椎名誠選『素敵な活字中毒者』(集英社文庫)や目黒孝二『活字三昧』(角川文庫)、石川喬司『極楽の鬼』(講談社)などの本をちまちまと読んでいる。特にブックガイドは読んでいるうちに他のジャンルに対する食指をそそってくれるので、ありがたい。そんなブックガイドとして最適なのは、小林信彦『地獄の読書録』(ちくま文庫・品切)や筒井康隆『みだれ撃ち涜書ノート』(集英社文庫)、内藤陳のエッセイ等がある。先人が以下に本と格闘して、面白さを見つけ出し、ダメなところを見ぬいてきたか、それを知るだけでも面白い。

 ミステリは割とこういうガイドブックが充実しているみたいだが、SFは去年SFMの臨時増刊号で出たものや野田大元帥のガイドブックぐらいしかないような気がする。自由国民社の解説本とか、新たなガイドブックが望まれる。海外SFはもともと充実しているようなので、特に日本人SF作家の総括的ガイドブックが欲しい。日本人作家についてはSFMを読めばいいという意見もあると思うが、雑誌媒体だと一度買い逃すと注文が難しい。文庫形態で何とかこういうガイドブックが出せないだろうか。ガイドブックを読む楽しさというのは、広告文を読んで商品を買おうという消費者の意思決定のための情報の1つだし、ダメな小説を読まないで効率よく読むための手段である。もしそれ以外の本が読みたいのであれば古本屋に足繁く通ったり、ネットで探せばいいのだ。

 日本人作家のガイドブックは日下三蔵さんのSFMの連載みたいな奴がいいなぁ。あれはとても面白いし、非常に素晴らしい連載だとぼく個人は思っています。ぜひ単行本化して欲しい。今後も頑張ってください!>日下三蔵さん。

ポール・ギャリコ『ジェニイ』(新潮文庫)

ジェニイ

 
 以前はギャリコという作家にまったく興味が無く、古本屋の3冊いくらの棚で見かけたときには「まあ数あわせで、買うか」という感じで買った本だった。読み終えた現在、「数合わせで買ってすみませんでした。>ギャリコ様」という申し訳無い気持ちでいっぱい。おセンチ炸裂の猫小説の傑作でした。ギャリコ自身が相当の猫好きで、ちくま文庫からも『猫語の教科書』という本が出ているぐらい。さらに大和書房からも『まぼろしのトマシーナ』という猫ファンタジーを出版しています(これは近いうちに読了予定)。猫好きの人が書いた猫の物語だったので大期待でした。

 主人公ポールは猫をこよなく愛する少年。ポールの両親は忙しく、お手伝いのばあやにポールの面倒をみさせていた。ところがこのばあや、猫が嫌いで猫が好きなポールは猫を飼うことができない。ある日、そんなポールの身に突然災難がふりかかったのだ。彼は交通事故に会い、病院のベットで横たわっていたのだ。目を覚ますと何とポールは自分が白い猫になっていることに気づく。そんな状態にとまどいながらも白猫になってしまったポールはばあやに追い出されて、ロンドンの街中へとさ迷うことになる。猫の流儀を知らないポールは街のボスデンプシィという荒々しい牡猫と戦い、傷つき、気を失ってしまった。眼を覚ますと、貧相な体格の雌猫が傷ついたピーターを介護していた。彼女の名前はジェニイ、エジプト猫の血統を持つ優しい雌猫だった。ポールは自分に起こった身の上をジェニイに話すと、ジェニイは優しく彼に毛の繕い方やねずみの食べ方などを教えてくれる。そして彼と彼女は一緒に冒険の旅に出かけることになるのだった……。

 この後からどんどん物語にのめりこみ、一気に読了しました。自分の親戚に会いに行くというジェニイに従って貨物船に載りこんだ二人は鼠を駆除する船猫になって自分の船賃を稼ぐ当りはなかなかユニーク。巨大な鼠との死闘のシーンや海に落ちたジェニイを助けに行ったポールの姿がカッコイイです。段々と人間から猫流の考え方を身につけていくポール。ジェニイとポールは愛をはぐくんで行くのですが、途中とんでもない出来事が。掲示板でも触れているんですが、ルルウという牝のペルシャ猫とポールがアバンチュールをするんですが、これが人間の女性にもあてはまっているみたいで痛い(苦笑)。牡の本能だから仕方がないけれども、ルルウは無情すぎ。この後のお話は涙なしには語れないので、ぜひ手にとって読んでみてください。成長物語としても読める恋愛小説、傑作です。

ミハイル・ブルガーコフ『犬の心臓』(河出書房新社)

 ロシアの幻想文学作家、ブルガーコフの長編。羊頭書房にてこじゃれたイタメシ屋のディナー程度のお値段で購入。それに見合った内容の奇想天外でグロテスクなお話でした。クエンティン・クリスプの『魔性の犬』(ハヤカワ文庫FT)のロシア版というとわかりやすいでしょうか。ブラックユーモアと皮肉が入り混じり、当時のロシアと合理的な科学に対する痛烈な批判もこもっているというSFでした。風刺性が強いのですが、メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』から追求されているテーマである「怪物の創造」に通じるものがあります。

 野良犬シャリクを拾ったフィリップ・フィリッポヴィッチ博士は彼を使ってある実験を試みる。それは人間の脳下垂体と睾丸を犬に移植するというものだった。博士はある男の脳下垂体と睾丸をシャリクに移植し、経過を見たのだ。なんと驚くことに、シャリクは毛が抜け、人間へと変貌していったのだ!博士と助手は驚き、彼の奇妙な素行に手を焼くことになる……。

 ブルガーコフ自身がキエフ大学の医学部を卒業しているということで、解剖の描写などは見事。人間に変化したあとのシャリクの行動が段々と学習して変化していくのが面白い。当初は本能の赴くまま行動していたのが、アパートの住人(博士はアパートの住人と部屋の分配で揉め事を起こしていた)から知恵を得ていくことでずるがしこくなって行く。そのことによって、自分を改造してしまった創造者たる博士に対しての復讐劇が面白い。筒井康隆的ドタバタブラックコメディが好きな人に強くオススメしたい話。ラストがイイです。現在かなり入手困難。見つけたら買い。


Jan.8,2001 (Mon)

川又千秋『幻詩狩り』(創元SF文庫)

幻詩狩り

 購入当時、川又千秋の『夢魔城』(中央公論社)を読了して川又千秋の作品を探し始めたのだった。『夢魔城』も夢と幻をテーマにしたシュールな幻想SFだったのだが、本書は鈴木光司『リング』(角川ホラー文庫)に先駆けて発表された幻想ホラーSFだ。『リング』よりもよりシュールで高尚な面白さがある。過去の川又千秋作品に見られる「時間の循環性」を幻想文学的に処理した見事なSFといえる。

 1948年、アンドレ・ブルトンはパリのあるカフェである一人の青年と出会う。彼の名前は、フー・メイ。中国人の血を引くフランス人の若き詩人だった。彼の作品には奇妙な響きと幻想があり、ブルトンは彼の作品に嫌悪しながらも惹かれて行く。フー・メイの遺作となった「時の黄金」と呼ばれる詩、それを読んだシュールレアリストたちを死へと追いやっていったのだ。時は流れ、東京。フランスの世紀末文学の出版を手がける弱小出版社麒麟社は大手企業からある企画を依頼される。新たに発見された資料を元に、シュールレアリズムの再解釈を行うというものだった。ブルトンのカバンに入っていた作品、それが「時の黄金」を含むフー・メイの三作品だったのだ。麒麟社の社長榊原は同僚で社員の笠寺に翻訳を依頼するが、笠寺は不可解な死に方をする。しかし彼の死はある大事件の序章に過ぎなかったのだ……。

 言葉の中に「実在」を埋めこもうとするという試みをテーマにしたSFといえましょう。面白さは保証しますし、内容もグット。日本SF大賞を受賞した理由もよくわかります。言葉が先行して世界を構築する、あるいは言葉によって実在を描ききろうとするある青年の思いが、意外な結末をもたらすという点においては山田正紀の『神狩り』などの作品と比較して読むのも面白いかもしれません。現在、入手困難なのが残念。


Jan.10,2001 (Wed)

スタニスワフ・レム『泰平ヨンの回想記』(ハヤカワ文庫SF)

 一応、『泰平ヨンの航星日記』の地球篇ということになるらしいが、本書はまったく独立して読むことができる。簡単に要約すれば、冒険家泰平ヨンが地球上のマッドサイエンティストと遭遇して、知的なやりとりや発明品の鑑賞を元に批評を加えるというもの。レムの「人間知性に対する見方」がよくわかる1冊だ。テーマとしては人間知性、思考する機械、魂の不変性(不死)、クローン、生物進化、宇宙の存在、情報の増大による文明への波及効果などが取り上げられている。これらの問題は現在の科学においても、まだまだ謎が残っている分野であることは周知の事実だが、これらの問題を寓話的な手法で、レムなりの考察を加え、SFに仕立て上げたレムの知性に感服した。マンボジャンボと科学の境界とか、そういうことまでをまじめにSFしているレムのパワーには感服する。レムという作家がいかに広範な分野に興味を持っているかがわかる快作である。

 本書がユニークなのは前作と同様、レム直筆のイラスト(奇怪な宇宙怪物)が描かれている。この部分は泰平ヨンの公開状という副題がつけられていて、汚染されて行く宇宙を地球の環境問題になぞらえて書かれたもの。レムの考察はまったく古びていなく、むしろ示唆に富んでいるといえよう。レムのメッセージを読みとって咀嚼することはまさに一人でブレインストーミングしている感覚。この知的な禅問答の楽しさで脳内麻薬爆発。一番、印象に残った話が別唐晶司『メタリック』(新潮社)等で話題になっている「感覚を遮断された知性(脳)」の問題。このような問題は日常ではなかなか出会うことはないが、SFにおいては長らく語られてきた問題だといえる。外界のシステムとは遮断された知性がいったい何を考えて生きているのか、永遠の謎である。

 訳者、深見弾氏の名訳は冴えに冴えていて読んでいてもその楽しさが伝わってくる訳文だった。実際、日本語に置きかえられた造語のリズムが実に素晴らしく、時にはにやりとしながら読むことができた。日本語の妙味が実によく効いた1冊だといえよう。マッドサイエンティストSF読みの人は必携、そうでない人もぜひ読んで欲しい。1000円以上出す価値はあります。次は古本SFの中でも最も入手困難である集英社から出ている『泰平ヨンの未来学会議』を読もうと思う。しかしこのシリーズがなぜ絶版なのか理解に苦しむ。こんなに面白いのに。


Jan.11,2001 (Thu)

菅浩江『アンパン的革命』(アスペクト)

 氏の小説を読まず、エッセイをまず読み終えてしまった。小説家のエッセイは当りか外れかのどちらかしかないのだが、本書はアタリ!の1冊。もともと雑誌連載されていたエッセイをまとめて1冊にした本で、バブル期の時節に著者が感じたこと、自分にまつわる話を面白おかしく綴った1冊である。

 京都出身の著者の感じていることは、関東生まれのぼくとしては興味深い。例えば表題作にもなっている「アンパン的革命」。氏の考察は日本の未来をずばり言い当てていて、びっくり。和洋折衷の妙をぴたりと予言した素晴らしいエッセイだと思う。そのほか、「恐るべき子供たち」というエッセイ。最近の少年犯罪はこのころ小学生だった子供たちが起こしているのではないか?このエッセイ、下手な予言書よりも恐い。

 このエッセイを読んで、菅浩江という人のSF作品を読みたくなった。評判の高い『永遠の森』(ハヤカワ文庫JA)を明日から早速読み始めてみようと思う。エッセイから小説が読みたくなった好著だった。アスペクトに在庫がまだあるかもしれないので、ポインタをつけておく。


Jan.13,2001 (Sat)

高野史緒『ムジカ・マキーナ』(ハヤカワ文庫JA)

ムジカ・マキーナ

 絶句。スチームパンクの大傑作だった。高野史緒氏の作品は中央公論社から出ている古書ミステリ『架空の王国』(中央公論社)を読んでいて、非常に面白かったので期待していたのだ。小太郎さんも絶賛していたので、時間がまとまってとれるときに一気に読もうと思っていたのだが、幸い風邪をひいたのをきっかけに読んでみたらこれが大当たり。敬愛するJ・P・ブレイロックの作品に似たスチームパンクでした。第6回日本ファンタジーノベル大賞を惜しくも逃している本作品は、著者本人の音楽に対する専門知識と西洋史への博識が存分に生かされている。ex machina...で始まる文章、それに続く大聖堂のオルガン描写を読んで、ぞくりとした。この感覚、まさに小説を味わう至福の瞬間である。

 時は19世紀終わり。ドイツでは鉄血宰相ビスマルクの下で、ドイツ統一の動きが活発になっている時代だった。そんな中、理想の音楽を追求する一人の公爵がいた。彼の名はベルンシュタイン。彼は音楽の良き理解者であり、音楽家たちのパトロンだった。そんな中、公爵は新鋭音楽家フランツ・マイヤーに目をかけていた。マイヤーは公爵の期待に添うよう、理想の音楽を追求するが、オーケストラとの不仲によってマイヤー自身の音楽を追求できずにいた。そんなマイヤーにいかがわしげな噂のあるクラブ・ハウスの経営者であるイギリス人たちに声をかけられる。彼らによればマイヤーに究極の音楽を提供できるという。マイヤーはメフィストテレスに魂を売ったかのごとく、彼らの下へと出奔する。しかし、彼らの究極の音楽に秘められた謎は実に恐ろしい秘密がこめられていたのだった……。

 19世紀の混沌としたヨーロッパ世界を舞台に、実在の人物と架空の人物が入り乱れてドタバタ劇を起こすのはまさにスチームパンクそのもの。物語的にはミステリの要素がたくさん詰めこまれていて、すべての謎がある瞬間に分かってしまうのは見事。物語の構成面においても実に素晴らしく、どの要素を見ても完璧な素晴らしい作品でした。素晴らしい小説に出会って感動することが最近多いのですが、この作品はちょっと誉める言葉がないくらい素晴らしくて、自分の感動がうまく伝えられないことが非常に歯がゆいです。ちなみにぼくはこの小説をモーツアルトの<魔笛>を聴きながら読んだのですが、丁度クライマックスが夜の女王のアリアだったのでものすごく印象に残りました。なぜ<魔笛>なのかは作品を読むこと。

 考えてみるとこの本を入手するのにものすごく苦労した記憶が。絶望書店さんからほぼ定価でゲットしたのだが、それ以来古書店で3回しか見たことがない。(次回行った時にはすでになくなっていた……。)見つけたら即ゲットすること。定価の2倍以上の価値に見合う傑作だと思います。日本ファンタジーノベル大賞大賞受賞作である山之口洋『オルガニスト』(新潮文庫)とはまた違った味わいのある話なので、両者ともども読むことをオススメしたい。#ちなみにこの本はハヤカワ文庫JAで復刊され、入手が容易になったことを付記しておく。


Jan.16,2001 (Tue)

M・Z・ブラッドリー『惑星壊滅サービス』(創元SF文庫)

 読了。巻末の中村融氏の解説によるとル=グィンの『闇の左手』に影響されたという点に納得。ジェンダーの問題を中心に扱ったダーコヴァー年代記の1冊。今まで読んできたシリーズの集大成ともいえる本書は各巻で活躍した主人公級の人々が出ているという豪華な1冊。地球人とダーコヴァー人との交流や男女の性差の問題などをSFという枠組の中で大胆に取り入れて一大年代記としてしまったブラッドリーの才能が本書で、フルに発揮されている。

チエリという男女の性を持ち合わせたダーコヴァーの古種族と地球人のテレパスの男との交流を中心に、「性」の問題を大胆にえぐっている。どちらかというと男側の性を持つチエリであるケアルとディヴィッドが色々な困難を伴いながらも、愛をはぐくんで行く顛末は切なさを感じる。特にケアルを愛することにより、ホモセクシャルかと悩むディヴィッドの姿は同情を覚える。このことは、ダーコヴァー年代記の根底にある「相互理解」や「融和性」のテーマにもつながっていて実に興味深い。ダーコヴァーという異世界を通じてブラッドリーが物語に込めたかったこと、これを読み解くのもダーコヴァー年代記の愉しみではないかと思う。惑星壊滅サービスがどこでどう関わるのかはぜひご一読あれ。結末はかなり驚きかと思われます。


Jan.17,2001 (Wed)

目黒考ニ『本の雑誌風雲録』(角川文庫)

本の雑誌風雲録

 他の本を読んでいる合間にちびちびと読んでいた。本の雑誌を創刊した目黒氏がどのような経緯で本の雑誌を刊行し、それが様々な紆余曲折を経て現在に至ったかを綴ったエッセイ。ぼくはこのエッセイを読み終えて「本の雑誌」という雑誌がいかにボランティアに支えられて(人の好意によって)成長した雑誌だったんだと思って、感銘を受けた。

 この本の面白さは本の雑誌の初期のユニークな配本システムにある。雑誌を配本するに当って活躍したのはボランティアの大学生たちだった。彼らの無償の努力があったからこそ、今の本の雑誌社があるわけである。この点は現在のベンチャー企業の現状に似ていて面白い。金はないが、雑然とした活気に溢れている。本の雑誌の規模が大きくなればなるほど、組織に個が埋没して行く。そんな部分に対して目黒氏が明かに残念がっているような感じがした。これから出版社をやろうという人にオススメしたいエッセイだ。


Jan.18,2001 (Thu)

友成純一『ホラー映画ベスト10殺人事件』(扶桑社)

 読了。笑いながら読んでしまった。スプラッター映画はあまり見ないので、細かいネタの部分は感心して読ませていただいた。売れないホラー映画評論家庄内(友成純一氏の分身)がある日、ピンク映画の助監督とその女に絡まれてぼこぼこにされる。その翌日、その助監督はハンマーで頭蓋骨をこなごなにされ、女は爆薬で顔を吹き飛ばされるという無惨な死に方をする。さらに庄内の犬猿の仲であるある映画評論家も殺されかける。これらに共通するのはホラー映画の殺人シーンだったのだ。庄内には動機があるが、アリバイがなく、警察にマークされるのは時間の問題だった。果たして彼の運命はいかに?

 映画評論の内情(ホラー映画だけど)とか、ホラー映画に関する友成氏の薀蓄の方が面白い。相変わらず血飛沫や内臓が飛び散るお話なのだが、ところどころにユーモアがあってほんわかしてしまいました。しかし庄内、恐ろしい性格である。敵に回したくないキャラクターではある。巻末の大森望氏の解説は『凌辱の魔界』(幻冬舎文庫)のやつと似ているけど、気のせい?


Jan.19,2001 (Fri)

クリストファー・リーチ『テキサス・ステーション』(ハヤカワ文庫HM)

 邦訳名ははっきりいってそぐわない。原題"BLOOD GAMES"という持ち味を生かしてタイトルを訳して欲しかった。表紙が地味で、普通のミステリに思われるのだがケッチャムばりの連続殺人鬼もの。はっきりいって後味はむちゃくちゃ悪い。今出しなおせば十分売れる余地はあると思う。ハヤカワミステリ文庫から出ているので、ノーチェックの人も多いかもしれない。登場人物、特に主人公の行動が不可解なので???という感じ。ある意味、怪作といっても過言ではないでしょう。

 自家用ヘリを駆って、自家用区画の上空を見まわっていた男たちは、無線で呼び出される。彼らは仲間の無線の指示があった場所−幹線道路に接する排水溝−へと向かった。そこには潮騒のような音……食い物にたかる蝿の羽音であった。彼らはそこにあったモノを見て絶句する。それから4日後、商店の主婦が自宅の二階の娘の部屋で恐るべき光景を見てしまう。そんな惨劇が訪れていた町ブレアに一人の伝道師が近づいていた。彼の名はラムジー。おんぼろのピックアップを無理に駆って、その町である計画を実行していた。彼はブレアの町でキリストが担いだような巨大な木の十字架を担いで、アメリカ中を周ろうと計画していたのだった。しかしそんな純粋な思いを持った彼の気持ちとは裏腹に、惨劇はまだ終わっていなかったのだ……。

 田舎の町での閉塞感と親愛感の文章ににじみ出ていて、はまりました。誰が犯人なのか、動機がわからぬまま惨劇が続くのですが、殺人鬼の気持ちはわからなくはないです。しかしシリアル・キラーな坊主の描写に対しては憤りを感じさせるくらいリアリティがあります。そういう意味では未来を先取りした素晴らしい作品であります。物語後半はまさにオフビート!どんでん返しにつぐどんでん返し。ラストはまったく想像もつかないオチで、ギャフン!と唸ってしまいました。なぜ唸ったかは後味の悪さにも由来しているのですが、いくらなんでもそれはひどいと思うオチではあります。まあ漁夫の利もありって感じなんでしょうけど、話の収束に困ってこういう結末にしたのかもしれないとか思ったり。ケッチャムの『ロード・キル』(扶桑社ミステリ文庫)みたいなノンストップ・ロードノベルって感じです。現在絶版もしくは品切れ中。100円ならば買い。


Jan.20,2001 (Sat)

スタニスワフ・レム『泰平ヨンの未来学会議』(集英社)

 集英社ワールドSFの1冊。どうやらあまり刷られなかったようで、本当に見かけない本である。レムファン&SF者泣かせの1冊である。本書は『泰平ヨンの航星日記』および『泰平ヨンの回想記』に続いて発表された<泰平ヨンシリーズ>の1冊である。我らが泰平ヨンが体験した奇天烈な未来世界を描いたダウナー系ドラックSFであった。

 破滅的な地球の人口問題とそれに関連する食糧危機の解決方法を話し合うために、コスタ・リカで国際未来学会議が開催された。主人公泰平ヨンは友人タラントガ教授に半ば強制される形でこの会議に参加する。ところがこの会議中にテロが発生し、あたり一面は幻覚剤が散布され人々はラリる始末。泰平ヨンもそんな幻覚剤を吸いこんでしまい、2039年の世界へとタイムワープする。長い眠りから目を覚ますと、そこは天国のような楽園であった。このユートピアでは人類は食糧危機&人口問題から解放され、薬によるユートピアを人々は愉しんでいたのだった。こんな理想的な社会に潜む影を偶然泰平ヨンは垣間見てしまうことになるのだが……。

 相変わらずプロットが壊れていてイイ感じになっています。どれが妄想でどれが本当の話なのか、読んでいる自分も段々と混乱してくるという恐ろしい幻覚作用を伴った変なSFです。他のシリーズでもそうでしたが、現実にありうる問題をSFという表現様式でレムは管理社会への恐怖を見事に描ききっていると思います。パラダイスの裏に潜む影の正体がわかったときの恐怖はグロテスクかつ悲劇的です。人間の弱さやうぬぼれを鋭く批判したという点においても、この作品でレムが伝えたかったメッセージは暗く重いです。メッセージ自体は重々しくも、文章自身は愉しんで書いているみたいなのでそんなに鬱々とせずに読むことが出来ます。訳者の深見弾氏の訳が冴え渡っている1冊です。現在、超入手困難。


Jan.27,2001 (Sat)

■スティーヴン・キング『ザ・スタンド』(文春文庫)

ザ・スタンド・1

ザ・スタンド・5

 結論から述べておこう。前半だけ読めばいい。翻訳は完全版で、ニ段組上下合わせて1700ページ(!)もある本だが、オムニバスで登場人物たちの視点が切り替わってそれぞれの人物たちの生い立ちや人間ドラマが濃厚に書かれている点に関しては面白いと思うし、ぐいぐいと読者を物語世界へと引きこむ。ところがいささかうんざりするほど長い、とにかく長い。確かに重要な部分がかなりあるとはいえ、特に後半ではなぜ?というつっこみを入れたくなる(答えはすべて神の思し召しで事足りるのが納得いかないのだが)シーンが満載である。キングのファンは読むことをオススメするが、キングファンでない人はあまりお勧めできない。キング作品をまず読むとしたら、新潮文庫から出ているものを読むほうがいい。#文庫版では、5冊組。

 ある軍事基地で行われていた機密の細菌兵器の実験で事故がおこる。それは後にスーパーフルーと呼ばれる風邪のウィルスをベースとした致死率の極めて高い恐るべき病気だったのだ。そこに勤める一人の見張りが運良く(?)家族を連れて逃げ出してしまう。彼らは、小さなテキサスの田舎町のガソリンスタンドへとたどり着く。彼の妻と子供はすでに死亡し、彼自身もスーパーフルーに冒されて瀕死の状態だった。そのことを知った軍は町を封鎖するも、その封鎖は結局失敗に終わってしまう。極めて伝染率の高いこの病気は、やがて全米各地へと広がり、街には人々の死体と混乱が訪れた。しかしそんな中でも、運良く病気に対する免疫を持った人たちがいたのだ。彼らは2種類の夢(マザー・アバゲイルと呼ばれる老女、フラッグと呼ばれる男が出てくる夢)に導かれて、それぞれ彼らの呼びかける地へと向かうことになるのだが……。

 ここまでがまだ上巻。ただの風邪だと思っていた病気がだんだんと人々を死に至らしめて、世界が混乱に陥っていく描写に圧巻。1つの迷惑が大きな惨事をもたらすパニック小説としての上巻は実に面白い。フランが未婚の母になる経緯、ニックが聾唖になった経緯、ラリーの過去などがコンパクトながらもわかりやすく書かれている。以前映画版『ザ・スタンド』を見たときに、しっくりと来ないシーンがいくつもあったので、小説版を読むことによって色々とわかったような気がした。大筋では映画版とも大差がないのだが、小説版では『ザ・スタンド』の意味が最後の最後で明らかになるのでそれだけは知っておくといいかもしれない。

 下巻の方はラスベガスに居を構えた闇の男ランドール・フラッグとボールダーに居を構えたマザー・アバゲールとの戦いになる。裏切りと陰謀、愛と悲しみ、二つの生憎した感情がぶつかりあうことによって物語は円環を閉じることになるのだが、あまりにもあっけなく重要人物が殺されていく。この点については、「神は無慈悲で気まぐれである」とキングがグレンという重要人物に語らせているのでいいとしよう。例えば全知だと思われたフラッグがミスをし始める点、後半では裏切り者を始末しているシーンもあるのに<フリー・ゾーン>からきた人々に対しては自分から手を下せない。これは神の恩寵が彼らにあるから、手出しができないという解釈でいいのだろうか?他にもフラッグ側に集まった人たちとアバゲール側についた人々にはほとんど大差がなく、なぜフラッグ側の人々が一方的に殺されなければならなかったのか?という点。彼らもまた善良な人々であるとすれば、神は彼らをなぜ殺さなければならなかったのか。とつきつめていくと、スーパーフルーで全米の人口の99%を殺して、生き残った人々がコミュニティをつくって助け合うという設定がすべて超自然的なものたちの仕業であるとされるわけだ。事故自身はフラッグが仕掛けたみたいなことは書いていないので、「神」と呼ばれる超自然的存在がスーパーフルーによって人間を間引いたという見方が出来てしまう。

 フラッグ側の立場から考えれば、ボールダーの連中はマザー・アバゲールという邪悪な女性に率いられた結束した集団である。それを見越して彼らを倒すことは正統である。フラッグとアバゲールの両方の立場から物語を俯瞰すると、正義だとされるアバゲールの方が生贄を与えることによってフラッグ側を倒すわけだから、彼ら登場人物の人間ドラマが薄れてしまうように思える。彼らはあくまでも駒であって、逆らうことは許されない。下巻は旧約聖書的な価値観が前面に押し出されているために、上巻での人間ドラマが薄れてしまい、味気ないものになっているように思える。物語の収束上仕方がないことだとは思うのだが、それにしては上巻と下巻がまったく印象が違うのでびっくりすることだろう。

 多くのキング評論家たちが傑作と述べているが、物語の構成面においてはあまり成功していないような気がする。むしろ下巻が蛇足になってしまったという印象が否めない。ということで、興味のある人だけが買って読んでみてください。ビデオ版も上巻だけで十分かも。

ザ・スタンド 1
ザ・スタンド 2
ザ・スタンド 3
ザ・スタンド 4
ザ・スタンド 5


Jan.29,2001 (Mon)

神林長平『Uの世界』(ハヤカワ文庫JA)

Uの世界

 なんとなく読了。読了後、映画MATRIXみたいな感じを受けた。この『Uの世界』は連作短篇集なのだが、特に「虚蝉」という短篇がMATRIX的だったのが印象的。だんだんと侵食される現実感覚を文章にできる数少ない日本人作家であると思った。というのは、過去の作品等を読むとわかるのだが自分という認識枠が無くなってしまったときにどのようにして自分であるというアイデンティティの回復をするかという点を感覚的に捉えている希有な才能の持ち主であると改めて認識した。ある登場人物U(鋭い読者ならば巻頭のUの意味とタイトルを考えればすぐに推察できよう)の認識枠で世界を捉えることにより、各々の短篇から侵食されるアイデンティティを感じることができた。言葉を少し変えるだけで、世界の移ろいを描いた佳作といえよう。


Jan.30,2001 (Tue)

北野勇作『かめくん』(徳間デュアル文庫)

かめくん

 わはは、ワッハマンじゃよ(笑)。かめくん=ワッハマンっていうヒラノマドカさんのご指摘はごもっとも。イラストがあさりよしとおだったら、悶えていたことでしょう。北野勇作氏の久々の長編作品。相変わらずいい味だしています。北野勇作氏の作品を読んでいるといい意味で力が抜けてきます。この作品にあるのほほん感はたぶん一見異質だと思われているものが、違和感無く普通に受け入れられて普通に生活をしているという点にあるかもしれません。かめくんを取り巻く人たちがかめくんをかめくんとして受け入れている点がまさにSFなのではないかと思いました。でもさり気なく火星とか木星を舞台にしていたり。でもそれが日常なんだよなぁ、びっくり。あとはかめくんの世界の認識の仕方。かめくんの認識哲学の面白さはテリー・プラチェットの<ディスク・ワールド>的でしたね。かめくんの推論方法はかめくんなりに筋道が通っていて、愉しめます。

 北野勇作作品ファンの人にはたまらない火星の話(『昔、火星があった場所』)とか、クラゲ荘(これは角川書店の『クラゲの海に浮かぶ舟』ね)などなど、過去の作品を読んでいるひとは思わずニヤリ。うーん、言葉では説明できない感覚なんだけど、何だか御伽噺を語られているというか、実に不思議な感じなんです。佐藤哲也氏の作品にも通づるものがあって、この二人の作家の作品を読んだ後の感覚が驚くべきほど似ているというか。しかし沢蟹まけると同じくらいなぜかインパクトのあるキャラクターだなぁ、かめくんは。摩訶不思議な北野勇作ワールドを愉しみたい人もSFをいまから読みたい人も、かめ萌えの人も、そうでない人にも安心して薦められる1冊。ぜひ読みましょう。