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May.1,2001 (Tue)

ロバート・J・ソウヤー『スタープレックス』(ハヤカワ文庫SF)

スタープレックス

 読み終えたのはSFセミナー前。感想を書くのが遅れてしまいました。迸るアイディアがぎっちりと詰めこまれた正統的なハードSFといえましょう。こんなにアイディアを詰めこんでいるのに、物語は壮大なスケールで収束するところに感動。一見分厚くてとっつきにくいと思うのだが、物語中頃をすぎると「ああ、もう半分しかないよ!」という気分にさせられた。実にまっとうでイイSFを読んだと思う。

 すでにファーストコンタクトを終えた人類がブタのような外見を持つウォルダフード族、メカニカルな統合生命体(個人的にはクトゥルーの古の氏族的イメージ)イブ族とイルカと一緒に探査宇宙船スタープレックス号に乗って、未知宇宙領域を旅することになるというのが大体の骨組。ここで思い出すのはA・E・ヴァン・ヴォークト『宇宙船ビーグル号の冒険』。ソウヤーさんもこの作品を念頭に入れて書かれたに違いない。というのも、この物語は如何に異なるカルチャーを持つ宇宙人のエキスパートを最大限に活用し、危機に立ち向かうかという物語だからだ。特に深刻なのは高慢なウォルダフード族と人類との軋轢。こいつらがのちのちとんでもない事件を引き起こすことになるのだが、段々と彼らに同情したくなってくる。特に物理学者のジャグは最初嫌な奴だと思っていたのだが、物語が進行していくうちに、段々と好きになってきた。ひとえに作者の性格によるものだろう。

 この物語で面白いのは銀河を巡るショートカット。ショートカットのミスによって変な場所に行ったりと、『ハイペリオンの没落』的ネタも。一番楽しかったのはダークマター族。このアイディアには驚天動地。いや、まさかこんなことになるとは思いませんでしたよ。まさに宇宙規模の○○○○ぼ。もうこれだけでも十分楽しめました。色々な意味でお勧めの1冊。是非SFをこれから読みたい!という人は手にとって読んで欲しい。損はさせません。これで気に入ったら他のソウヤーさんの作品を読んでみるのもよし。翻訳に関しては、内田昌之さんの名訳でソウヤーさんの作品をすべて読むことができるのだから。


May.2,2001 (Wed)

フィリップ・ホセ・ファーマー『緑の星のオデッセイ』(ハヤカワ文庫SF)

 娯楽SFを読みたい!と思ったので、何となく手に取りそのまま読了。意外性はないが、バローズの<火星シリーズ>的冒険世界を意識した作品であるといえる。使い古されたテーマであるが、ファーマーは魅力的なヒロインを主人公と同等に活躍させることによって、陳腐になりがちなテーマをB級エンターテイメントとして読者を徹底的に楽しませることに成功している。当時白背で発売され、3ヶ月で5刷りになったことからも人気の高い1冊であったことが伺える。

 宇宙船の事故である惑星に遭難した地球人アラン・グリーンは、右も左もわからぬうちに囚われの身になり、奴隷の身に落とされてしまう。彼は高慢な公爵夫人の愛人として、死の恐怖に怯えながら脱出のチャンスを伺っていた。彼は風のうわさから、地球人の宇宙船パイロットが大草原の果ての都市で囚われの身になっていることを知る。この状況から脱しようと彼は貿易船の船長と交渉をして、乗りこむことに成功する。彼の美貌の妻アムラと子どもたちもグリーンの動きを察知し、一緒に逃亡する。船の中でトラブルを抱えながらも、彼らは何とか大草原の海を横断し、宇宙船パイロットのいる都市へと向かおうとするのだが……。

 この物語を読んでいて脳裏に浮かんだのが、A・B・チャンドラーの<銀河辺境シリーズ>の惑星スパルタの話である。類似のネタがある分、ファーマーは緑の海原が世界を覆っている世界で、ユニークな帆船を登場させることにより、海上冒険小説にも劣らない面白さを保っている。そしてこの作品の最大の魅力は、脇役たちにある。計算高く、狡猾な商人ミラン、男気があって愛に生きるグリーンの妻アムラなど、主人公のグリーンよりも脇役の方に目がいってしまう。ジャック・ヴァンス的な異国情緒溢れる雰囲気のあるバローズ的冒険小説の佳作であるといえよう。

 あと原題はThe Green Odysseyとなっているが、u-kiさんが読書日記で書かれているように色々と解釈が取れそうなタイトルではある。なかなか興味深い1冊だった。過去に復刊している本なので、古書店等で見かける確率が高いと思う。


May.9,2001 (Wed)

山田正紀『チョウたちの時間』(徳間デュアル文庫)

 緒方剛志のカバーイラストに惹かれて、角川文庫版を持っているのに購入。角川文庫版と異なるのは解説とか。緒方さんのイラストは段々と変化しているみたいで、試行錯誤しているような印象を受けた。ところどころ挿入されているイラストもイイ感じ。元版が出て21年が経過しているが、まったく物語が古びていないのがすごい。時と人とのかかわりを壮大なスケールで展開したジュヴナイルだった。

 物語は図書館で勉強していた一人の少年が、突然一人の美少女に出会った。神秘的な雰囲気の漂う彼女。彼女は彼に手を差し伸べる。その刹那、彼は彼女の手を握る。しかし彼の手には一匹の美しいチョウがいたのだった……。時は代わり、純粋時間の海を渡る二人の地球人がいた。彼らは時間を歪め、干渉する強大な<敵>と対峙していた。彼らの任務は、<敵>の時間への干渉を防ぐことにあった。時空を超えた壮大なスケールの戦いが、水面下にて始まっていたのだった……。

 感覚としてはイマジネーションが迸った<神獣聖戦>シリーズのノリに近い。卑小な存在である人間たちが立ち向かう強大な<敵>とのせめぎあいを様々な角度から切り出して語られていく。一人の天才物理学者マヨラナを主人公に据え、時間の認識軸について新たなSF的物語をつくったことは見事。物語の構成も破綻しておらず、きちんと収束していく。山田正紀作品の中でも屈指の傑作ではないかと思う。20年ぶりに復刊したこの本を読んで、山田正紀のSFの魅力に少しでも多くの人が触れてくれればと思う。オススメの1冊です。


May.10,2001 (Thu)

スタニスワフ・レム『砂漠の惑星』(ハヤカワ文庫SF)

砂漠の惑星

 あとがきによると本書は『ソラリスの陽のもとに』『エデン』とともに一つの作品群を成すそうである。まだ他の2冊は未読なので何ともいえないのだが、とにかく面白かった。未知の惑星に降り立った人類の探検隊が以前着陸したとされる仲間の宇宙船を調べて行くうちに、色々な災厄が襲いかかるというまさに息をのむ展開にページを開く手を止めることができなかった。長らく刷りを重ねてきた理由もよくわかる。レムの知的な考察(あるいは思考実験)が各所に散りばめられ、人間と未知の生物との遭遇時にどんな事件が起こるかというテーマを深く掘り起こしている。異質なものへの恐怖が感じられる傑作である。

 6年前に消息を絶った宇宙船コンドル号の捜索のために、砂漠に覆われた惑星に降り立った無敵号のメンバーが発見したのは、宇宙船コンドル号の無惨な姿だった。乗組員は死亡し、船は使えない状態だった。ところがいくつか奇妙な点が見られた。食料・水、ほかの装備はそのまま無傷の状態で残されていたのだ。奇妙さを感じた乗組員たちはハイテク機器を使って調査を開始するのだが……。

 何らかの形で読んだような物語ではあるのだが、とても面白かった。テイスト的にはベンフォードの『大いなる天上の河』的な部分もあるのだが、こちらはより進化生物学の結果を利用した物語だった。環境に順応するために生物が変異して、子孫を残して行くというアイディアが実に見事に生かされており、素直に感心してしまった。そのほかにもど派手な戦闘もあれば、息つまる捜索劇もありと、エンターテイメント性にも優れていて実にバランスの取れたSFといえよう。これまたオススメの1冊である。


May.11,2001 (Fri)

マーク・ショア『俺はレット・ダイヤモンド』(ハヤカワ文庫HM)

 ハヤカワ文庫30周年特別重版のおかげで漸く購入できた。2巻目、3巻目はすでにブックオフで見つけて購入していたのだが、1巻目はなかなか見つからなかったので苦労した。色々な人たちにオススメされたのと、木村二郎訳という2点が読むきっかけとなった。この本は大当たり。主人公レッド・ダイアモンド(サイモン)の喜怒哀楽に身を任せて楽しむのが吉。チャンドラー、ハメット他代表的なハードボイルドの探偵物が好きな人はなおオススメ。ハードボイルドマニアは笑いがこみ上げてしまう話だったりします。しかし根底にあるのは、<ヒーロー願望>。子供のころに誰もが抱いた願望を奇妙な形で体現した物語といえるでしょう。

 個人タクシー業を営む主人公サイモンは女房に安月給となじられ、出来のいい息子を持ったために家庭内で疎外されていた。そんな彼の唯一の慰みだったのが、ハードボイルドのパルプ雑誌だった。地下にある彼のコレクションは数千冊を越え、厳選されたものだった。特に彼はパルプマガジンのタフなヒーロー、レッド・ダイアモンドの物語に夢中になっていた。ところがある日、妻ミリーが彼の蔵書を売り払ってしまう。それに大ショックを受けたサイモンはショックのあまり現実と妄想が区別できなくなってしまう。彼はそのときからタフガイな名探偵レッド・ダイヤモンドとなり、恋人のフィフィ、ライバルの大悪党ロッコを追い求めて、夜の街をさ迷うことになったのだ!

 とりあえずコレクションを売られたショック(笑)の部分が身につまされます。もうこれだけでも泣けるのに、悲惨な追い討ちまで。やるな、ショア(笑)。マーヴィン・ピークの『ゴーメン・ガースト』でタイタスの父の図書館の蔵書が火事で焼けちゃうシーン級のショック。本に無理解な妻は持ちたくないものだとこの本を読み終えた人は思うことでしょう。ああ、いやだいやだ。というのは瑣末なことですが、レッド・ダイヤモンドと化したサイモンのその後の言動等が笑えます。本人はパルプマガジンの世界の住人になりきっているため、言っていることが分けがわからず。特にベットシーンになるときには、恋人とされるフィフィと当該女性のことを呼んだりと、もうめちゃくちゃ。この小説はキ印系、電波系ヒーローの走りといえるでしょう。作品の面白さは保証します。復刊したので、是非手にとって読んでほしい話です。


May.12,2001 (Sat)

宇宙塵編『塵も積もれば 宇宙塵40年史』(出版芸術社)

塵も積もれば 宇宙塵40年史

 彷書月刊2001年4月号「SFの逆襲」に掲載された柴野拓美氏のエッセイ「『宇宙塵』の作家たち」を読んでより詳しく知りたくなったということと、以下の理由による。去年の10月に読んだ巽孝之編『日本SF論争史』(勁草書房)がきっかけで日本SFの歩みとそれに伴う論争および環境についてより深く知りたかったからだ。この後石川喬司『SFの時代』(双葉文庫)を読んで、ハインライン『宇宙の戦士』に関する論争については一通り推移を知ることができたし、クズSF論争についてはSFMのバックナンバーのコピーをとって「どうしてそのような経緯になったのか」を知ることができた。特に参考にさせていただいたのが野阿梓さんのWEBページだった。最近では横田順彌『ヨコジュンのハチャハチャ青春記』(東京書籍)を読み、SFセミナーで氏のライブを聞くことで、一日の会の内情やファンダムの内幕を垣間見ることができた。そのような経緯から、ファン活動の先駆者である「宇宙塵」の創始者で編集を長らく手がけている柴野拓美氏による宇宙塵の歴史を知ることは、WEB世代のファンダム、ファンジンを考えるに当って有用だった。

 東京創元社の小浜徹也氏がSF-Onlineで「興味の対象はもっぱら参加した、講演者を含めたSFファン当人たちにあり、商業誌やファンジンで文章を読んだり、人づてに聞かされたりしていた名前の本人と出会えるのが楽しみだった。十指に余るファンジンがセミナーに合わせて発行された。セミナーはそうした熱心なファンが集まる場所だった。」という部分および、コンベンションで得たものをコンベンションで返すということについて、氏の意図していることがわからず、困惑の反応をしてしまった。しかし巽孝之編『日本SF論争史』(勁草書房)および本書を読むことで、随分クリアになってきたと思う。やっぱりコミュニケーションコストの大幅な低下というのが実に大きいように思える。あとやはり情報の絶対量の豊富さの差である。SFを取り巻く環境の違いによるコミュニケーションギャップがあったとつくづく思う。今になって小浜徹也氏が「遠くから来てファンと出会う」ということを強調されていたことについていままでイマイチぴんとこなかったのだが、本書を読み終えて目から鱗が落ちたような気がした。

 柴野拓美氏はもともとSFの話ができる仲間を集めたサークルを作りたかったという。「宇宙塵」をきっかけにして話の通じる相手を見つけて、語らうことが目的だったという。本書はそのほかに、メグコン、世界のSFファンとの交流、宇宙塵同人からのプロデビュー、SFM編集長福島正実氏との関係などが書かれている。宇宙塵と共に歩んできた柴野拓美氏の40年間のSF史は含蓄ある言葉、意見、愛情に溢れていてはっとさせられる。ここまで情熱を持ってファン活動ができるのかと自分自身を問いつめると、絶対無理である。SFに一生を支えた一人の巨人の本音がここにある。まさに塵も積もれば山となり、その結果現在の豊穣なSFの土台につながったのだということを痛感した。残部僅少とのこと、購入していない人はお早めに。


May.13,2001 (Sun)

横田順彌『メビウス8つの謎』(廣済堂文庫)

 うーん、これをミステリとして売るのは問題あり。先日読み終えた『幻影の女』とネタが被っている話もあるし、主人公が女子大生だからといって女子大生ミステリと名うつのはよくない。これが女子大生SFミステリだったら問題なしなのですが。そう、この話はミステリSFなのです。『幻影の女』とネタも被っていて、やや不満。ハチャハチャSFから明治SFへの移行期という意味では仕方がないかもしれないが、ファンにとってはこの短篇集はあまりよいできとは言いがたい。

 ミステリアスな謎をアクロバティックな不可解な事象によって説明するという外的要因から謎を解き明かすというミステリでは禁じ手とされる反則技によって書かれたSFミステリだったという衝撃があった。つまり、ミステリだと思って読んだ読者がギャフンとなることが問題なのだ。例えば「ふたりの世界」における双子の謎。ミステリ的に読んでいた読者は謎を知ったときには唖然とする。しかしSFとして読めば「おお、古典的!」で済んでしまうネタなのだ。なので、この作品集はSFとして読むべき作品集だったのだ。明治物でもそうなのだが、横田順彌氏は基本的にSFの人なのでまっとうなミステリ作品で勝負ということは今後もなさそうである。ファン評価としてはあまり高くない。たださくりと読めるので、軽いSFを読みたい人はどうぞという感じである。


May.14,2001 (Mon)

リチャード・スターク『悪党パーカー/弔いの像』(ハヤカワ文庫HM)

 悪党パーカーシリーズ第四弾。今度のターゲットは<像>。相変わらずパーカーは野卑でタフな犯罪プロフェッショナルとして、プロに徹しています。相棒ハンディとのコンビも今回で三度目で、実にパーカーが仲間に対しては公明正大であるかということがよくわかります。今回の的は共産圏からきたメンロという国家警察の男。伊達なデブ男で、台詞が妙にスノッブなのが特徴的。予想通りの展開と予想通りの結末に思わず一安心。タフで不死身な(?)ヒーロー、パーカーの活躍が今回も愉しめます。

 血まみれ度的には低いのですが、こすっからい悪党どもの駆け引きと下っ端のちんぴらどもの泥臭さが相変わらずいい味だしています。パーカーの冷静沈着さと執念深さには相変わらず頭がさがります。それにしても、タフで何事にも物怖じしないこのプロの姿はいつも惚れ惚れします。安定して楽しめる面白さです。前のエピソードが絡んでいる(エリザベスとの関わりは一応『悪党パーカー/犯罪組織』でわかります)ので、できれば連続して読むことをオススメしておきます。単独でも十分楽しめるのですが。


May.20,2001 (Sun)

ピーター・ストラウブ『ジュリアの館』(早川書房)

 キングとの競作『タリスマン』(新潮文庫)やハヤカワNVから出ている『ゴースト・ストーリー』で一躍有名になったストラウブの第二長編。先日も記したように映画「エクソシスト」を見ていたためか、いくつか重なるシーンがあり、段々と恐くなってきた。主人公ジュリアが狂っているのか、それとも館に潜む邪悪な意識が果たして存在してジュリアを苦しめるのか、そのあたりの輪郭が段々とぼやけ、境界化していく部分が実に恐ろしい。調査を進めていくうちにつれ、明らかになる館にまつわる衝撃の過去。ジュリアの知り得た真実に秘められた恐怖にある究極の狂気が現実に感じられるときこそ、主人公はジュリアと一心同体となって恐怖を味わうことになる。

 アメリカの大金持ちの娘ジュリアは支配力のある男性とイギリスで結婚し、愛くるしい一人娘ケイトを産み、後生大切に育ててきた。ところがある日、ケイトを忌まわしき事故で亡くしたジュリアは夫の元から離れ、一軒の館を購入した。その館にはジュリアを惹きつける何かがあったのだ。館の近くで一人娘ケイトの面影を見たジュリアは、その日から館で不思議な現象に体験する。その体験に娘に関連する霊的な現象が関係していると察知したジュリアは調査を開始するのだが……。

 ストーカーまがいのサイコサスペンス風味で仕上げることで、本筋の怪奇現象から読者の目をそらすことに成功している。ジュリアの財産を狙う夫マクマスとその姉リリー、そしてマクマスとは血のつながらない弟であるマーク。どのキャラクターも一味も二味もあって、物語の展開を読むことが難しい。彼らが段々と衰弱していくジュリアの身を案じながらも、彼女の遺産目当てで色々と裏工作をしている部分がいやらしく、伏線効果を与えているのではないかと思う。この小説はゴチックホラーの系図に属し、より古典的で正統的なホラー作品であることは確実。入手困難なのが残念。2000円ぐらいだったら買いでしょう。


May.21,2001 (Mon)

リチャード・マシスン他『機械仕掛けの神』(ソノラマ文庫海外シリーズ)

 全館揃えれば10万程度で売れるというソノラマ文庫海外シリーズの第三巻目。新訳が面白い「星ねずみ」の続編が本書に収録されていることを思い出したので読んでみた。このアンソロジーは副題に<黄金の50年代SF傑作選>と名打たれていて、なるほど渋い作家がセレクトされている。リチャード・マシスン、ロバート・ブロック、フレドリック・ブラウン、アイザック・アシモフ、マック・レナルズ&フレドリック・ブラウン、フィリップ・K・ディック、チャールズ・ボーモンド、クリス・ネヴィル、レイ・ブラッドベリというメジャーからやや知名度の落ちる作家の作品がバランスよく収録されている。例えば、クリス・ネヴィルやチャールズ・ボーモンドのような作家らである。河出の<20世紀SF>の1巻目と比較すると訳者の個性がわかるので面白いと思う。

 リチャード・マシスン「機械仕掛けの神」はズレの恐ろしさを描いたSFである。ズレを知ってしまった主人公に振りかかる悲劇。現実と妄想の境界を書いた傑作だった。ラストの一文の衝撃度はなかなか凄まじい。

 ロバート・ブロック「禿げ頭の蜃気楼」もサプライズ系SF。未知の星で二人の宇宙船乗りの身に起こった恐怖を描く。この恐怖こそがサプライズであり、恐怖の正体を知ったときの驚きはなんともいえませんでした。レムの『砂漠の惑星』を彷彿させる部分もありました。

 フレドリック・ブラウン「星ねずみの冒険」はあの「星ねずみ」の続編に当る後日談。電撃ショックでただのねずみになってしまったミッキー。博士はロケットの研究に没頭しており、月面に到着するためにねずみを新たに飼い入れた。ミッキーはプルクスル人によって高い知性を与えられており、知性を上げる機械によって他のねずみたちに知性を与えようとしていた。ところが新参者の白ねずみホワイティはミッキーを騙してある計画を進行させていたのだった……。「星ねずみ」を読んだ人なら気になるお話でしょうか。ミッキー君が大活躍します。博士のキャラもイイ感じ。

 アイザック・アシモフ「赤の女王のレース」はタイムパラドクスもの。ミステリ仕立てに仕上げているのは流石巨匠の貫禄か。改変された世界なのかそれともそうではないのか考えさせるところが面白い。

 フレドリック・ブラウン&マック・レナルズ「漫画の怪物」はフレドリック・ブラウンとマック・レナルズの長所が生かされた佳品。漫画の怪物を書いた漫画家が遭遇するコミカルな体験談。こんなシチュエーションになったら悩んでしまうよね。所変われば性格も変わる?

 フィリップ・K・ディック「地底からの侵略」はディックの持ち味が生かされた作品。破滅した世界で人間とそうでないものたちの出会いを描く。なんとも皮肉なお話でした。動機は不明なれど、なかなかスリル溢れる展開になっています。

 チャールズ・ボーモンド「美しき幻影」はディストピアSF。画一化された美の世界で自分の個性を主張した少女の味わう悲劇を描いた作品。少女の苦痛が聞こえてくるような作品です。

 クリス・ネヴィル「霧の夜の出来事」はオススメ。幻想文学として一級の出来です。霧という小道具をうまく利用して、ノスタルジックなSFファンタジーに仕上げたのは、ノスタルジックSFの傑作『ベティアンよ帰れ』の作家の持ち味が生かされた結果でしょうか。

 レイ・ブラッドベリ「海中の監視者」は発表当時の世界情勢を考えるとなかなか面白い。SFというよりもむしろホラーファンタジーに属す短篇。諸星大二郎の漫画、稗田礼二郎の物語の西洋バージョンといったところでしょうか。切ないお話です。


May.22,2001 (Tue)

吉川良太郎『ペロー・ザ・キャット全仕事』(徳間書店)

ペロー・ザ・キャット全仕事

 第二回日本SF新人賞受賞作。同時受賞作『ドックファイト』のどちらから読もうか悩み、先に猫から読んでみた。これが大当たり。今年読んできたSFではたぶん5本の指に入る傑作。ギブスン+士郎政宗+エフィンジャー/3=本作品という感じ。フレンチノワールの要素をSFに導入することで見事に成功した力作といえる。作品の構成も面白いし、スピード感といい、どれをとっても水準以上の作品。さり気なく引用される台詞からも著者の知性が伺えて実に面白い。現在中央大学の修士課程(博士前期課程のこと)に在学中とのことで、第二長編が楽しみな作家さんである。

 ぼくの名前はペロー。ある日馴染みのジャンク屋から入手したブツが人生そのものを変えることになるとはそのときはまったく思っていなかったんだ。そのブツっていうのがとんでもないもので、サイボーグ生物にゴーストを転移させるというエジプトの秘密警察のシークレットプログラムだったんだ。このシステムを生かして、ぼくはサイボーグ猫に意識を転移させ、自由気ままに振舞っていたんだ。でもそんなぼくに目をつけたのが、街の支配者パパ・フラノだったんだ。彼らはぼくを組織の一員に組みこもうと付けねらいはじめたんだ。そうこうしているうちにぼくは彼らに屈して、強制的に組織の一員に組みこまれてしまった。あとで考えてみると、そもそも彼らと関わったことがぼくの運のつきだったんだ……。

 ウィリアム・ギブスン的キャラ(モリイ=シモーヌとか)とエフィンジャーの<ブーダーイン>三部作的展開が実に面白い。結果的に彼らの作品との類似点が見られると指摘されるとは思うのだが、全体的な流れは吉川氏の文章力、構成力、知性によってまったく別のものに仕上がっている。また経済複合体=人体の喩えを使って、組織を説明しているところとかは面白い。もちろんタフな探偵、非情かつ強力、そして魅力的な敵たちの存在とも併せて、ラストのフレンチノワール的なオチが実によかった。SF読みの人たちだけではなく、ミステリ読みの人にも安心してオススメできる作品だった。強く読むことをオススメします。


May.23,2001 (Wed)

谷口裕貴『ドッグファイト』(徳間書店)

ドッグファイト

 先日読み終えた吉川良太郎『ペロー・ザ・キャット全仕事』(徳間書店)と同時に第二回日本SF新人賞を受賞。本作品は吉川氏の作品とは対称的に「犬」を扱ったSFだった。吉川氏の作品と甲乙つけがたいレベルの正統的で素晴らしいSFだった。このニ作品が日本SF新人賞を受賞したことを心から祝いたい。『ペロー・ザ・キャット全仕事』同様、途中で止めることができなくなったという体験をまた味わえたことを喜びたい。

 遥か彼方の未来、人類は居住可能な惑星にテラフォーミングを施し、植民していた。そんな植民惑星の一つピジョン。地球統合府の緩やかな支配の下、独立自尊の気風をもって人々は平和に生活していた。またこの惑星には犬たちと精神感応を持つ犬使いと呼ばれる職業のものたちがいた。主人公ユスはそんな犬使いの一人。彼は犬たちを訓練し、手足のように操る。支配階級のクルス、メカニックの天才少女キューズとともに身分差を超えた親友関係をはぐくんでいた。ある日のこと、そんな平和な惑星ピジョンに突如地球統合府統合軍が侵略してきたのだ!強大なテレパスたちが操るロボットにより住民は虐殺され、彼らはパルチザンとなって犬たちとともに抵抗を開始する……。

 ヴァーナー・ヴィンジ『遠き神々の炎』(創元SF文庫)を彷彿させる壮大なスペクタルで展開されるSFでした。横暴な地球統合府の軍人たちに怒りを感じ、惑星ピジョンのパルチザンの立場に共感しながら読んでしまいました。人間と心交を結んでいる犬たちが無惨にも殺害されるシーンには涙が出るかと思いました。犬と人々の交流の部分が素晴らしいです。また敵のテレパスたちの悲しみに満ちた過去。ロレンゾがなぜウルリケに執着するのか、謎が解けたときには思わずあっと叫びそうになりました。伏線の張りどころといい、大胆かつ不適なプロット作りといい、吉川氏の作品と同様次回作が読みたいと思いました。今年の日本人ベスト5に入る屈指の傑作だと思います。読んでいない人は買え、読め!


May.24,2001 (Thu)

小谷真理『ファンタジーの冒険』(ちくま新書)

ファンタジーの冒険

 読み始めたら即読めた。ファンタジーの歴史を要所ごとにまとめ、わかりやすく解説してある。序章で大体のアウトラインを示して、その後具体的なトピックについて解説を試みている。面白いと思った点は、内省的・現実からの乖離文学であるファンタジーを個々の時代と現実との関連性で位置付け、それらがどのような経路で生まれてきたか、そして現実世界にどのような影響を与えているかという点を様々なテキストから例示しながら解説している点は、理路整然として説得力がある。特にぼくが面白いと思ったのは第五章、第六章である。第一章から第三章までは割と色々なテキストで解説されていることが多く、独自性の強い第五章・第六章において小谷氏はこれまでにないファンタジー論を展開したという点において高く評価されると思う。むしろこちらにウェイトを置いて、第一章から第三章までをさらりと流してほしかった。特に第六章は日本ファンタジーノベル大賞受賞作を中心とした日本ファンタジー論であり、日本ファンタジー文学の形成、発展、進化についての小谷氏の忌憚ない主張および思想が明確に現れているという点を高く評価したい。

 注目すべき点はサブジャンルとしてのスチームパンクを節を割いて説明していること。スチームパンクとはサイバーパンクの影響を受けた三人の偉大なる作家(ジーター、ブレイロック、パワーズ)らが作り出した一群の作品、19世紀のヴィクトリア朝の物語を差す。マッドヴィクトリアンファンタジーと別名で呼ばれるように、彼らの作品は蒸気機関というガジェットをテクノロジーの中心に据えることによって、あり得た世界(ifの過去)を構築している。歴史改変小説の中心を成すこれらの試みと現実世界が連動していたのではないかという仮説を提示している。これは面白い着目点である。

 またファンタジーと現実との関係が段々密になってきており、ファンタジーが虚構内の空間によって閉じた体系ではなくスピルオーバーしているという。方法論の豊富さ、視点の切り替えによって近年のファンタジー市場は実に広範囲な形で枝を広げつつある。そのジャンル横断的なファンタジーを批評する体系が必要であるという小谷氏の主張は実によくわかるし、今後重要になることだと思う。第四章〜第六章を中心にしたファンタジー論の発表が待ち望まれる。


May.27,2001 (Sun)

佐藤哲也『ぬかるんでから』(文春文庫)

ぬかるんでから

 読了。愛と奇蹟に関する物語だ。この物語での愛とは妻への献身的で盲目的な愛であり、奇蹟とは我々には想像しがたい事象である。妻への献身的な愛は時には残酷な仕打ちであり、その仕打ちはまさに主人公の夫にとっては受け入れがたい現実なのだ。そんな奇跡と愛に関する表題作「ぬかるんでから」は実に不条理で悲しい物語だ。本短篇集には言葉では言い尽くせない圧倒的な迫力と奇妙な力が満ち溢れており、文章が醸し出す怒涛のパワーのうねりの中に読者は飲みこまれて行く。特に「ぬかるんでから」では、文章から満ち溢れるパワーが最高潮に達しており、知らぬ間に物語のぬかるみに引き込まれていくことだろう。

 不条理世界を描いた幻想小説の短篇集と説明しておけば、とりあえず大丈夫だろう。一度本をとった読者はもう佐藤哲也氏が紡ぎ出す奇奇怪怪な物語にとりこまれ、現実と幻想の境を消失させてしまうだろう。物語が現実に侵入してくる感覚。優れた作品にのみ許された特権である。「ぬかるんでから」「春の訪れ」「とかげまいり」「記念樹」は愛に関する物語。「無聊の猿」から「夏の軍隊」までは不条理系物語である。これらの作品は不思議なパワーに満ちており、カフカの幻想的な不条理作品群にも似たテイストがある。佐藤氏の作品は土着的で薄気味が悪い。さり気ない日常からの乖離、変人たちが跋扈する世界、こんな魅力あふれる異色短篇13編が容易に読めるようになったのは実に喜ばしいことである。大友克洋のカバーイラストも無気味。とにかく自分の目でこの物語のすごさを体験して欲しい。


May.28,2001 (Mon)

小川一水『グレイ・チェンバー』(ジャンプ・J・ブックス)

グレイ・チェンバー

 三好ナオトのイラストが何となく気になり、読了。読者層が高校生以下を想定しているためか、さくさく読めた。ネタ的には巷で話題になったガンパレード・マーチの肉体版か。作者の小川一水氏もあとがきで述べているように「クラス一丸、強敵突破」がテーマ。突然出現した異次元世界の生物を高校生たちが撃退するお話。

 思春期の葛藤のエネルギーをうまく<異次元生物>への対抗心に転換させ、人間関係に力点を置くことによって日常的な処理に成功している。そんな葛藤の部分は『竜が飛ばない日曜日』(角川スニーカー文庫)や『バトル・ロワイヤル』(太田出版)に通じるものがある。本作品の場合、生徒間どうしでの殺し合いや不信につながることなく、<異次元生物>への対抗にシフトさせることにより、軽快なテンポの作品に仕上がっている。すべての発端となった主人公如月へ不信を募らせるも、全員が反省してまた彼女を中心として敵に対処しようとする一致団結感が実にいい。そう、彼らは学園祭のクラスの催し物に向けて頑張っている高校生たちに似ているのだ。彼らのひたむきな姿に青春を感じさせる作品でした。


May.29,2001 (Tue)

倉阪鬼一郎『不可解な事件』(幻冬社文庫)

不可解な事件

 ミステリ仕立てのホラー。連作短篇集だそうだ。色々なところのレビューを読んで興味が出てきたので読んでみた。電波系な人たちや変人たちが織り成す超自然的な変な事件を扱った物語である。ネットの事情に詳しい倉阪氏の本領がうまく発揮された「切断」は色々な意味で痛い。ネットバトラー、誇大妄想狂、小説家志望、うぬぼれ屋という救い様のない属性を持つ男が犯した痛ましい末路を描く。現実にあり得そうなので、実に嫌な感じだ。何となく生活できてしまう今の社会が生み出した作品ともいえよう。

 そのほかにもストーカーとなってしまった男「街角の殺人者」は妄想が昂じて電波受信をしてしまった可哀想な青年の話。「一本道の殺意」は新興宗教信者の妻を殺害する夫の話。結婚前の口論がとんでもない結末を迎える「赤い斜線」、ダメ婿のレッテルを貼られた男の復讐劇を描いた「招き猫の殺人」もまた現実を反映した作品に仕上がっている。現実にあり得そうな恐怖、些細なことから起こってしまった事柄をコメディホラーとして描いているのは見事。

 しかしながらこれらの作品よりもより幻想色の強い「密室の蝿」「湖畔にて」の2短篇の方がぼくの好みであった。「密室の蝿」は誇大妄想な作家の身に振りかかった悲劇を描いた作品である。狂気に陥っていく様にはコミカルな部分があり、青年部の連中の台詞回しが結末をひきたてることに成功しており、恐怖感を強めている。「湖畔にて」は生きている黒猫のミーコ(知っている人は知っている)と作者の分身が閉塞した村社会で体験する恐怖を描いたもの。幻想色も強いが、後味の悪い部分はトライオン的でもある。いかに村社会の人々がよそものを排除したがるのか、そのあたりの狂気が恐かった。値段的にも文庫という形態なので安く、すぐに読み終えることができるのでお勧め。


May.30,2001 (Wed)

リチャード・スターク『悪党パーカー/襲撃』(ハヤカワ文庫HM)

 <悪党パーカー>シリーズ第5弾。本作品は非情なる犯罪のプロフェッショナルたちの犯罪を描く。また本作品では俳優強盗グローフィールドのデビュー作品であり、パーカーと共に困難な仕事に取り組むことになる。そして本書の読みどころは今までの<悪党パーカー>シリーズの新たなる幕開けにある。というのも今までは<組織>のお尋ね者だったパーカーが『悪党パーカー/犯罪組織』にて組織のNo.1を返り討ちにする。そしてその結果、パーカーは自由の身になる。本作品はそんな自由の身になったパーカーの仕事ぶりを堪能できる1冊である。シリーズを通じて読んできた人にだけ楽しめるイベントもあるので、できればシリーズを通じて読んで欲しい。楽しさが倍増するはずである。

 街をひとつ襲撃するという突拍子もない計画に加わったパーカーと犯罪プロフェッショナルたち。彼らはエドガーズという男が持ちこんだこの計画を綿密にチェックし、実行に移すのだが……。

 犯罪プロフェッショナルとしてタフな経験をたくさん積んできたパーカーとその仲間たちが立案者のエドガーズに従って不可能だと思われた襲撃を綿密にチェックし、実行までの緊張感もいい。多人数のプロたちが参加するという緊迫感のある中で、伊達男のグローフィールドのキャラが面白い。仕事中でも人質(!)となった女性オペレーターと乳くり合い、果てには愛人として連れてくる始末。これには参りました。残念なのは第4作までパーカーの相棒だったハンディ・マッケイが完全に引退してしまったこと。これは残念である。

 完璧に成功すると思われた計画も、パーカーの心配通りにトウシロの存在により崩壊する。崩壊の原因になる伏線の張り方に驚いた。というのも襲撃計画以外の別のストーリーが実は水面下で進行していたというプロットだったからである。このプロットの効果は絶大で、パーカーの予想通り襲撃の失敗の危機をもたらすことになるわけです。まとめると本作品はパーカーがようやく組織の手から逃れたプロとしての再出発の仕事の第一歩を描いた作品であり、漸く一匹狼らしいパーカーの冷徹さが出てきた感じがする。お勧め。映像を見てみたいものである。


May.31,2001 (Thu)

リチャード・スターク『悪党パーカー/死者の遺産』(ハヤカワ文庫HM)

 <悪党パーカー>シリーズ第6弾。今回はパーカーが探偵役となるかなりミステリ色の強い傑作。引退してまっとうな生活をおくっている老銀行破りの死にまつわる謎をパーカーが解決します。今回は社会の暗部をえぐった物語で、引退した悪党の悲哀が読み手に伝わる佳品と仕上がっています。<悪党パーカー>シリーズとしては異色の物語であり、派手なアクションこそはないものの、社会のルールを悪用する悪徳警官ヤンガーの姿に憤りを感じることでしょう。

 舞台はアメリカの片田舎。監視が行き届いている社会でパーカーは旧友のシアーから助けの手紙を受け取る。ただならぬ雰囲気を感じたパーカーは彼に助けの手を差し伸べるために、街へと赴く。ところが到着するや否や、彼は旧友シアーが急死してしまったことを知る。街に漂うただならぬ雰囲気を感じ取ったパーカーは五里霧中のまま情報を捜し求めるが、その途中悪徳警官ヤンガーに弱みを握られ、パートナーとさせられてしまう。ヤンガーによれば、シアーは多額の遺産を残しているという。その遺産を求めて、パーカーとヤンガーは悪戦苦闘するのだが……。

 大掛かりな現金強奪は本作品ではなく、ショバに戻った老錠前破りの不幸を描いた作品であるといえます。物語の構成もユニークで、老錠前破りの死の謎を解く過程、悪徳警官ヤンガーがなぜシアーに目を向けたのか、ウィリス(パーカー)の正体を見破ろうとするもう一人の警官らの物語がうまくピースパズルのように組み合わさり、見事な出来あがりを見せています。このサスペンス風味のミステリを持ってくることにより、パーカーという人物像を違った視点から眺めることができたように思えます。結果としてパーカーはすべてを失う羽目になるわけですが、本作品は犯罪者の痛みと悲哀が伝わる優れたミステリ小説であるといえるでしょう。オススメ。