「書物の帝国」リンクフリーです。リンク許可等は要りません。
復刊ドットコムに「夢の国のリトル・ニモ」の復刊をリクエスト。ご協力お願い致します。

7編を治めた中短篇集。表題作「サンドキングズ」はヒューゴー&ネビュラ賞のダブルクラウン。「サンドキングズ」がずば抜けて素晴らしい。ホラー色の強いグロテスクな作品として楽しめたのは「サンドキングズ」「<蛆の館>にて」。後者における視覚的な文章はヴァンスを彷彿させるものがある。「サンドキングズ」を読むだけでも価値があるという素晴らしい短篇集である。その他の短篇はペーソスに溢れており、一筋縄ではいかない。マーティンの短篇の多くはSFMで読むことができるが、バックナンバーを漁らなければならずなかなか大変。本作品も現在入手困難で、手軽にオススメできないの残念である。入手されている方で未読の人はぜひ読んでもらいたい。
「龍と十字架の道」はキリスト教異端ネタ。日本人の感覚ではややわかりずらい部分があるが、究極の宗教という意味では納得する点もある。ここでもグロテスクな存在が出てきており、もしかするとこの部分が再刊を厳しくしているのではないかと思う。割と面白い。
「ビターブルーム」はアーサー王伝説がネタ。魔女モーガンと主人公の女性との不思議な旅を描く。舞台は寒々しい惑星。そこで死にかけた主人公に救いの手を差し伸べたのがモーガンだったという話。ラストが泣けます。
「<蛆の館>にて」はこの中短篇集ではベスト2の出来。グロテスクなファンタジーという感じか。読んで行くうちに世界が段々と暗闇に引き込まれ、自分がどこにいるのかわからなくなっていく恐怖。人蛆という聖化された存在とその子孫、そして地下で蠢くものたちと彼らの間に肉を運ぶ肉運びの男との不思議な関係を描く。ダークファンタジーの傑作。
「ファスト・フレンド」はなかなか痛々しい話。暗黒体と同化できなかった男の悲運を描く。恋人はうまく同化し、ファスト・フレンドとなり宇宙を翔ける存在となれたが彼はなれない。なれない自分への苛立ちや痛みが感じられる。
「ストーン・シティ」も読ませる。色々な宇宙人種族のインターセクションである惑星を舞台に、宇宙船を失った男が宇宙船に乗りこもうと苦闘し、ひょんとしたことでストーン・シティの謎を解き明かすお話。この話は支配種族の倦怠感が物語を支配しており、そんな感覚が都市の雰囲気にも反映している感じを受ける。
「スターレディ」は活劇リベンジもの。アニメ化して見てみたい。ごろつきに身分証を奪われた美しき乙女と黄金の美少年がポン引きの男に保護されて、世界を生き延びるという話。ラストが泣かせます。これまた痛みと暴力が支配した世界で、雰囲気的には波多野鷹『都市に降る雪』(ハヤカワ文庫Hi!ブックス)に共通するものがある。
「サンドキングズ」未読の人は読むしかないでしょう。オチは想像できるも、そのオチが素晴らしい。不思議な生物サンドキングズを飼育した男の身に降り注ぐ災厄を描いた作品。日本人作家でいうと小林泰三氏の作品に読み終えた感覚に近い。ラストの一文は読者の想像力をかきたてるでしょう。いったい主人公がどうなったのか、それを考えるとぞっとします。
<悪党パーカー>シリーズ第七弾。今度は早川書房ではなく角川書店より出ているのがポイント。ポケミスよりも入手困難というのが痛い。今回はミステリアスな事件から一転して悲劇に。この事件がミステリ風味が効いていて、ぐいぐいと引きこまれます。今回のターゲットはアメフトの売上金。スタジアムを7人の仲間とともに襲撃します。襲撃の手際は見事。偽装した救急車、完璧なコンビネーションなど、死人を出さずに強奪する計画方法はまさに犯罪プロフェッショナルの集団。しかしながら今回はこちらがメインではなく、パーカーが巻きこまれたある事件がメインとなります。
スタジアム襲撃という仕事を終えて、女と情交をしていたパーカー。彼がビールとタバコを買いに外出した10分間の間にその事件が起こった。なんと女が十字架によって刺殺されたのだ。そして強奪した現金の入ったスーツケースが女を殺した犯人によって盗まれたのだ。容疑者として疑われるパーカー。彼は仲間とともに金の行方を探すのだが……。
ミステリアスな展開からはじまる本書は痛々しい展開が続きます。悪運の女神がパーカーに微笑んだという感じ。女を殺した犯人の仕掛ける罠。犯人が見つからないいらだたしさ。警察の影。これらの要素が見事にマッチして、あっと驚く驚愕のラストになります。このラストの迫力の展開はウェストレイク名義の初期の傑作『殺しあい』のテイストに近いです。犯人との心理戦、警察との騙し合いなどの物語が物語をエキサイティングなものにしているのは否めません。ラストはにやりとします。単品でも読めますが、やっぱり第一巻から読みたいところ。今回もウィリス名義の名前を失ったパーカーが金に困って参加したという前提があり、前作を読んでおくとより面白く読めるでしょう。入手困難なのが残念。

<オレンジ党>シリーズの完結編。読むのが勿体無くていままで取っておいたのだが、諸事情があり読むことにした。傑作。なぜこの作品が現在読めないのか、疑問である。挿画・内容どれをとっても素晴らしい作品であり、日本のダークファンタジーを語るに当って重要なシリーズなはずなのだが、入手困難なのが恨めしい。復刊ドットコムでも投票をやっているようなので、もしKashibaさん、市川尚吾さん、ニムさん、めげうさぎさん、茗荷丸さんのページなどを見て天沢氏の一連のシリーズが読みたいと思った人は是非復刊投票をすべしである。林マリ(天沢退二郎の妹)の版画も素晴らしい。
オレンジ党のメンバーの属している時の魔法の勢力、邪悪な力(あるいは地域社会を壊す近代化という魔物)である黒い魔法、源先生を中心とする古き魔法の三つの勢力のバランスが均衡していた。そんな中で黒い魔法の勢力は徐々に地域を侵食しようとしていた。その戦いは『オレンジ党と黒い釜』、『魔の沼』の2作で黒い魔法の侵食を押さえた<オレンジ党>だったが、そんな彼らの前に再び黒き魔法の勢力が立ちはだかる。夢を通じてオレンジ党のメンバーが<鳥の王>よりメッセージを受ける。<鳥の王>は助けて欲しいという。それと同時に巨大なカモメという名前の少年からもメッセージを受ける。鳥の王に囚われたというメッセージだ。果たしてどちらが正しいのか、オレンジ党のメンバーは悩むのだが……。
闇と光の対立という構図は『光車よ、まわれ!』から基本的に変わっていない。が、シリーズが進むにつれてだんだんと成長していく<オレンジ党>のメンバーとやられキャラ(悪役)が定着していく源先生とその一派の対比がおかしい。新興住宅による文化の変化と伝統地域文化との対立という形式が読み取れる。作品が書かれたのが1977年ということを踏まえれば、高度成長期の過渡期にある日本社会の変遷を天沢氏は痛感していたのだと思う。となるとこの本には過去の日本社会の変遷への批判を児童書という形態で記した優れた文明批判の書であり、またすぐれた寓話でもある。読みつがれるべき児童書の1冊であることは間違えないのだが、この本が入手困難である現状が嘆かわしい。ぜひ復刊してほしいものである。
読了。角川スタークの2冊目。シリーズとしては8作目にあたる。今回の獲物はメキシコ湾に浮かぶ小島にあるカジノの売上金。『犯罪組織』で<組織>と関係を修復したパーカーが、<組織>から仕事の依頼を受けるというちょっと意外な展開。参加する仲間は『襲撃』で登場したジゴロのサルサと俳優強盗グローフィールド。いずれもパーカーが高く評価している犯罪のプロフェッショナルである。天才プランナー・パーカーの指揮のもと、襲撃不可能だと思われたカジノ島が襲われます。
今回もまた人間の欲望によって完璧だと思われたパーカーのプランに、ほころびが生じる。カジノ島の支配者バロンをどうしても捕らえたいと思っている政府の役人と彼が利用しようとしたヒーナンという男。嫌な予感は的中し、激しい銃撃戦と追跡劇がパーカーとその仲間たちの身に降りかかる。綿密かつ入念に調べ尽くされた計画がひょんとした過ちで崩れてしまう。この過ちは人間の嫉妬や驕りが関係するものであり、スターク自身好んで導入しているように思える。その過程で伊達男サルサは拷問によって殺され、グローフィールドもパーカーも重傷をおってしまう。襲撃は失敗したかに見えたが、バロンを捕らえたい政府役人たちのおかげで何とかバロンを追撃できる。
パーカーが練った襲撃プランは完璧なれど、人為的なファクターによる計画の失敗というカタルシスの部分とのギャップがなんともいえない。このカタルシスは計画自身を台無しにするものであり、パーカーが完璧なプランを立てれればたてるほどますます手ひどい失敗が待ちうけているように思える。つまり悪党パーカーシリーズはまあ一種のヒーローもので、パーカーが死なないという保証のもと読者は安心して読むことができているわけだ。シリーズが20作も出ていまだに読みつづけられているというのは驚異的である。もちろん訳者の力も大きいのだが、リチャード・スタークのストーリーテリングと強奪のアイディアの面白さが読者を引きつけてやまないのだろう。現在入手困難。
悪党パーカーシリーズ第9弾。今回の獲物はレアコイン。コインの強奪にパーカーたちが挑みます。これまた人為的なファクターによる計画のカタルシスがパーカーたちを苦しめます。犯罪のアマチュアが一人、刑務所を出所して勘がなまった男、ナチの狂信者、ユダヤ系のドライバー、そしてのちにパーカーの情婦となるクレアが今回のメンバー。本来ならば準備の段階で危険を感じたパーカーはヤマから手を引くが、クレアの魅力に惹かれ襲撃プランを計画する。ここまではよかったのだが、当然カタルシスが襲撃を台無しにしてしまう。
今回のカタルシスはなかなか嫌なカタルシスである。犯罪のプロフェッショナルの非情なる戦いが水面下で行われており、そんな彼らの弱肉強食の世界をスタークは本作品で描ききっている。天才的な犯罪プランナーパーカーも流石にこのことは予想できず(毎回そうだが)、彼自身苦境に陥るはめに。もちろん我らがヒーローパーカーはこの苦境を見事に解決する。今回はさらにおまけもついて、結果としてパーカーは美味しいヤマを引き当てたのかもしれません。ちなみにクレアは今後もシリーズに登場するとのこと。冷徹で強情な彼女がパーカーとどんなやりとりをするのか、楽しみである。現在品切れ中。
悪党パーカーシリーズ第10弾。何となく読みつづけている。このシリーズは読むのが楽だし、とても面白いので今の所特に飽きずに安心して読みつづけることができる。このペースなら、なんとか読みきれそうだ。何と今回はアメリカ空軍を襲撃し、彼らの給料を強奪するというものだ。同僚のプロ、フスコが別れた妻エレンと同棲している男ディヴァースとの話し合いの結果、この計画には勝算があると踏んだのだ。ディヴァースは空軍基地で経理をやっており、非常に頭の切れる男だった。実際会ってみて大丈夫だと判断したパーカーは襲撃計画に参加し、計画を練っていた。ところがその一方でエレンは精神分析医に彼らの計画の一部始終を語ってしまうのだ……。
今回のカタルシスは女がらみ。フスコの投獄が精神的外傷になっていたエレンは精神分析医ゴデンにすべてを語ってしまう。優秀な精神分析医の仮面を被ったゴデンは実は悪徳医師。彼らの計画を聞いたゴデンはある企みを行おうとする。もちろんパーカーたちの計画は成功し、莫大な金が転がり込むが再びカタルシスが彼らに襲いかかる。完璧なプランと人為的なミス。流石にパーカーは今回は感づいていたものの、エレンがメンバーの二人に絡んでいるということで強く言えない。その結果、酷いことになるのだがまあこれはこれで仕方がないとはいえる。ちなみにパーカーの女クレアもちょこっと登場します。
また今回参加したメンバーのディヴァースはこの事件によりお尋ね者に。犯罪のプロとして今後はパーカーたちの仕事に加わることになります。色々な意味でも続けて読みつづけるとこのシリーズは面白さが倍増するように思えます。
悪党パーカーシリーズ第11弾。今回は政治色の濃い強奪にパーカーがプランナーとして参加するという話。今回はパーカーの愛人クレアがキーパーソンとして(悪い意味で)活躍します。分けのわからないうちにある計画に巻きこまれ、強制的に参加させられるという展開はやや『悪党パーカー/死者の遺産』に展開が似ています。
今回のターゲットはダイヤモンド。アフリカの新興国ダーバの現職の大統領の隠匿財産だ。このダイヤモンドは大統領の実弟によって守られていた。そんな大統領の隠し財産を狙うグループたちと一人の男がいた。パーカーに仕事を依頼した現職側の反対分子の黒人グループとけちなペテン師ホスキンズ、そして現政権に土地を奪われた白人の入植者たちだった。彼らグループのダイヤにまつわる争いに巻きこまれてしまったパーカーだったが……。
やや中だるみした感があり、特に読まないでもいいかも。ただあとの巻でクレアが男たちにさらわれるエピソードとかもあるので、シリーズを通して読んでいる人は読んでおいてもいいかも。単品でも読める番外編といった感じがあり、やや他のシリーズとは独立色が強いかもしれません。現在品切れ。
悪党パーカーシリーズ第12弾。シリーズ中盤の中でもオススメの面白さ。ケチな銀行強盗をしたパーカー他4人が金を分配していると、運転手のアールが彼らを殺害。パーカーは危機一髪で彼の銃弾を逃れ、裏切り者アールを追跡するという話。原題からも推察できるように、パーカーに徒労だけ多かった骨折り損の仕事である。アールとローゼンシュタインというもう一人のプロから命を狙われるパーカー。その罠を乗り越えて、パーカーは強奪した金と仲間を裏切ったアールを求めてマンハントするというややサスペンス色の強いお話でした。
とにかく人間的に悪すぎるアールをどのようにパーカーが追い詰めていくのかというミステリ色の強い部分は探偵小説的で面白い。ただ復讐するだけではなく、アールを追跡していくうちにアールが巻きこんだ人々の不幸と苦痛なども同時に味わえ、主人公パーカー以外の視点もばっちり書きこまれている。人間の弱さ、堅気とヤクザ者の悲哀、そしてただ利用される人間たちの痛みが効果的にひしひしと文章から伝わってきます。罠を乗り越えた先で、パーカーが得たものはたしかにすっぱいレモンかもしれません。しかしパーカーという男の違った側面を見ることができたように思えます。お勧め。

ノンフィクション。AOLのチャットでペド野郎にひっかかってしまった13歳の少女が彼女がなぜペド野郎にひっかかったのか、ひっかかった後の彼女をとりまく環境の変化や男に対する生憎の気持ちを書いた本。まあそれなりに面白かった。
前半は彼女がどんな少女であるかが綴られている。典型的なワーカーホリックの母親。離婚して再婚。義父とはぎくしゃくした関係。義父と母親の間に生まれた妹ともぎくしゃくしている。姉は寄宿舎。親友だと思っていたクラスメートは彼女の弟が不治の病にかかってから疎遠に。容姿と身体的コンプレックスを持っていた彼女は、マークというチャット友達に対して愛情を芽生えさせてしまう。孤独な彼女に対して彼は言葉巧みに彼女を褒め称え、愛情を抱かすことに成功する。そして運命の日、彼女は彼と会うことに同意する。自分を大人の女性として愛してくれるという幻想を抱いていた彼女。その幻想は儚くも崩れ去る。実際会った彼は背が低く、41歳の中年男性。彼女を部屋に迎え入れると態度が豹変し、彼女の体にさわり、性行為をしようとする。友人と母親のおかげで幸い未然で防げたが、彼女の心はボロボロになる。信頼していたマークの態度の豹変。周りの人々の反応。彼女は何とかこのつらい経験を克服し、この忌まわしい体験を本に綴ったのだった。
ニューズウィーク等でよく特集が組まれているのだが、ペドフィリアというのは本当に気持ちが悪い。ネクロフィリアに次いでそのおぞましさにぞっとするのだ。大人の体になっていない少女や少年を相手に性交渉をすることだけを目的にチャットに入るというおぞましさ。迂闊にひっかかった少年・少女にも問題があるかもしれない。しかし家庭環境などの違いによっては、娘が「知的な紳士」と付き合っているといって喜ぶ家庭もいるという。幸い本書の著者は豊かな家庭に育っており、そのようなことはなかったのだが、環境によっては容認されてしまうというおぞましさもある。このペド野郎は何人も自分の快楽のために14歳ぐらいの少年・少女と性交渉をし、さらには犠牲者を増やそうとしている。家庭内での孤独感が生み出した危険な環境。そんな環境にもし自分の娘や息子があったとしたらどうなるか?そして彼・彼女がインターネットや携帯電話で狼とコミュニケートしていたとしたら……。
文章は正直読みにくい。というのも思春期の少女の心の移り変わりが書かれているからだ。しかしそれらの中に秘められているメッセージの力は真摯で重みがある。インターネットの匿名性を考える際にはいい本だと思う。
ただkatie.comというドメインはKatie Jonesさんという方が所得しており、彼女の本の原題がkatie.comというタイトルだったりする。Katie Jonesさんはこのタイトルによって非常に迷惑を受けているとのこと。彼女は販売元のペンギンブックスとキャサリンにウェブ上で「なぜ、わざわざkatie.comというタイトルにしたのか?」と問う。ちなみにキャサリンのオフィシャルサイトはkatiet.com。キャサリンのゲストブックを見ても、そのことについて書きこみがある。こういう本を書いたのだから、ドメインネームはチェックすべきではないかと思ったりする。やや無神経な気がしてならない。
薄かったので何となく読了。唐突なラスト(著者あとがきを読めばその理由はわかる(笑))にあっけに取られたものの、結構トンでもないSF設定。読み終えて高見広春『バトルロワイヤル』が脳裏に浮かびました。キーワードは閉塞感と死。文体はまあともかく、とにかく静謐な雰囲気に満ちた幻想小説でした。とりあえず読了してみて不可解な部分があったので、ウェブで検索したところ麻弥さんの感想がひっかかったのでリンク。なるほど、「東京ミカエル 上/下」(大塚英志+堤芳貞 角川書店)を読むと多少は解消されるみたいですね。あとがきでピンと来なかったので。(ぼく自身は田島昭宇漫画で大塚英志原作の「サイコ」しか氏の作品を読んでいない。大塚氏がどんな経歴の人物かも知らなかった。お恥ずかしい限り。)
「夏が見たい」とクラスメイト嶝崎人魚はぼくに言った。まるでぼくの手元にある青い花を包んだ琥珀のようにこの世界は永遠の冬に閉ざされた場所だった。ぼく(千野)は18歳。静寂に満ちたこの街に転校してきた南の方からきた高校生だ。そんな静かな雰囲気に満ち溢れた町に突然の惨劇が起こったのだ。クラスメートの不可解な死、人魚の誘拐……。パズルのピースがもとの場所へともどるように、徐々に謎は解き明かされて行くのだが……。
とりあえずあとがきが面白い。鶴田謙二氏のイラスト(これはいい)がなければこの物語は書かれなかったという。イラストが物語を規定した作品であるといえよう。成立秘話はともかくとして、この作品は冷徹なまでに「死」が日常となった世界を描いており、一種独特な文体も相俟って幻想的な仕上がりになっていると思う。人魚にまつわる謎が明らかにされたとき、あっと驚いた。まさに<サイコ>のガクソを知ったときの衝撃である。個人的にはいいSF作品だと思う。

『もてない男』等でも一時話題になった著者の本。つっこみどころ満載で爆笑しながら読みました。こんなに楽しい「読書術」の本だったらさっさと読んでおくべきでした。著者は呉智英氏の影響を多大に受けながらも、自分流の読書理論を展開している。まず難解な本は避けるべきであるといい、読書には順番があるという。入門書の選び方によっては、何が書いてあるかわからないような専門用語を回避して深くはないまでもエッセンスは得られるという。つまりある程度体力をつけて挑むべき本、体力をつけても読めない本というのがあって、それを著者の体験から切り捨てていて、辛口のレビューとなっている。
ばっさばっさとダメな本といい本を選別している点は実に面白い(『皆殺しブックレビュー』的ではある)し、読書法の工夫や読書のスタンスなどは近いものがあって好感度が高かった。無知と怠惰によるバカはバカであるという点でも共感。
ただ頂けないのは経済学の書物についてのコメント。経済学が未来予測ができないのは当然でもし未来予測ができたらユートピアになってしまうだろう。我々は限定的に合理的なのでそこからノイズが生まれ、完全な未来予知はできないのだ。現実の市場はランダムファクターが多すぎて、未来予測は難しい。ただある程度のトレンドは過去のデータをきちんと参照することによってある程度は予測可能だ。その予測の精度の差はあれど、ある程度の経済の動きがわかるはずである。またさらにいえばきちんとした理論的枠組がなければ現実の市場は動かないだろう。もし近代経済学を少しでも知っていれば「なにしろ未来予測が全然できないのである。」などという無知なコメントはつけないはずである。経済学が「重要であるようだが、役にたっているのはどうか極めて怪しい学問に成り果てている」という根拠が「なにしろ未来予測が全然できないのである。」という理由だとすれば、経済学に関して言えば小谷野氏は本書でいう「バカ」に当てはまる。つまり印象批判をしているからだ。経済学の本のセレクションについては、まあ1ページ半しかないのでチェックしてみたのだが、殆どが思想系とマル系の本。ぼくはマルクス経済学は専攻ではないので、何ともいえませんが今更という気はします。岩井克人の本は面白いけどね。
経済学の部分については専門のため読んでいて唖然としたが、その他の本のセレクションや切り口は面白く読めた。久々に笑わせていただいた。個人的には経済のセクション以外はオススメ。

『宇宙消失』(創元SF文庫)、『順列都市』(ハヤカワ文庫SF)の翻訳が出ているグレッグ・イーガンのオリジナル日本短篇集。数学や物理学の知識を駆使して自分のアイデンティティの問題を深く掘り下げるSFの書き手として人気の高いハードSF作家として話題を集めているイーガンであるが、この短篇集はまさにイーガンの良さがフルに発揮された作品群であるといえる。イーガン紹介第一人者の山岸真氏の名訳で読めることを素直に感謝したい。
本短篇集を読み終えて思ったのは、イーガンの描く世界は日本人作家でいえば神林長平と非常にテイストが似ているのである。二人の作風の違いは、神林長平が直観的であるとすれば、イーガンは理論的なのである。イーガンはアイデンティティや世界の揺らぎを数学や物理学、生物学のロジックから演繹的に導いているように思える。それに対し神林長平は「私」を中心に帰納的に世界と私を関係付けているように思えた。偶然にも違ったアプローチから自己とは何かを問い続けるSF作家がアプローチは異なれど出現した偶然は面白い。
またイーガンは「蓋然性」や「無限」、カオスやフラクタルなど数学を好んで題材にしている。アイデンティティの問題と同様、確率や無限を考えるテーマというのは時代を超越しており、瀬名秀明氏もいうように「50年後になっても古びない」SFとして十分読めるであろう。デテキント分割、実数は連続の濃度を持つ(すなわち(0, 1)と対等である)などのネタが生きてくる短篇(「誘拐」「無限の暗殺者」)、アイデンティティの問題を取り扱った短篇(「貸金庫」「キューティ」「ぼくになることを」)、確率が絡んだ短篇(「百光年ダイアリー」)、カオスやフラクタルが絡む短篇(「ミトコンドリア・イヴ」)、物理学や生物学からのアプローチ(「繭」「キューティ」「ミトコンドリア・イヴ」「イェユーカ」「祈りの海」)と大別できる。このようにイーガンは数学、生物学、物理学の知識を駆使したハードSFの新しい書き手であるといえる。非常に理性的かつ理論的な部分が気持ちいい。
個人的には「貸金庫」「祈りの海」「無限の暗殺者」「百光年ダイアリー」「誘拐」がツボ。「誘拐」は『順列都市』とネタが被るが、こちらの方が構成が破綻していない分とてもよかった。短・中篇の方が面白いと感じた。「貸金庫」はアイディアもオチも大満足。最後に唖然。魂や意識について考えさせられました。「祈りの海」はジュヴナイルテイストだけれども、この惑星コヴナントのテラフォーミング化した生命層や人体の変容に興味をそそられた。もちろん謎がきちんと理論的に解明される点や過去の呪縛からの脱却の部分が楽しめた。「無限の暗殺者」はいかに無限を捕捉するかという数学の概念を鮮やかにSFにした作品。「百光年ダイアリー」は動学的最適化(逆向き推論によるベルマンの方法)を考慮した未来を描いた話。
ちょっとSFを読んでみてもっと読んでみたいなあという人に強力にオススメしたい1冊。いい短篇集でした。

黒の装丁がこの本の無気味さを如実に示している。本から出る毒電波を受けてしまった形で手にとってしまう。まるで本が読めー、読めーと訴えているかのように。大陸書房から出ていた『黒衣伝説』の方は当然未所持なので比較することが出来ないが、なるほどこれは確かに暗黒の書である。一気に読み終えてしまった。この本のまず凄いところは、妄想が現実の境界を侵蝕して、どちらが真でどちらが偽なのかわからなくなってくることがまず一点。そして朝松氏(あるいは那須氏)の豊富なオカルトの知識によって生み出された黒い者たちの存在ともう一つの闇の世界の物語である。この物語はUFO、オカルト、薔薇十字団、フリーメイソン、黒魔術、アレイスター・クロウリーetc…等の所謂ムーでよく特集されていた超常現象やオカルトが様々な部分でつながって、ある一つの組織を組みたてるための理論・実証的な手記を那須蔵人というオカルトライター(現在失踪中)が書いたということになっている。
確かにとんでもない本である。分類的には妄想ホラー系であり、あとがきには牧野修氏がやはり自分が遭遇した黒い人の話が書かれている。となると奴らはやはり現実なのかもしれない。いや、もしかするともうぼくもどこかで出会っているのかもしれない……。そして貴方もまた……。

修正前版。フランスの詩人ヴィヨンの数奇な生涯を描いたピカレスクロマン。綿密なリサーチに支えられ、謎のヴェールにつつまれたその人生を軽快で明朗な筆致で描いた快作。もともと世界史が好きだったぼくは、見事にはまりました。山之口氏と同様に中世を舞台とした傑作、佐藤亜紀『鏡の影』がファンタジー的な要素をふんだんに取り入れて、ヨーロッパ中世を舞台とした完全なフィクション作品であるのに対し、山之口氏の作品は歴史的な事実を枠組として、各人物の部分をうまくフィクション化したといえる。
舞台は百年戦争後のフランス。騎士道の時代は終焉を迎え、暗黒時代といわれた中世から近世への橋渡しとなる混沌の時代だった。そんな中、心優しい司祭を父親に持つ一人の青年がいた。彼の名前はヴィヨン。父親の期待にこたえるべく、パリ大学で勉学に励むも段々と堕落の道へと進んでいく。女を覚え、女に裏切られ、果てには事故とはいえ人殺しをしてしまう羽目に。お尋ね者になってしまったヴィヨンは巡礼になりすまし、パリを逃亡する。ところが運悪く追いはぎの一味に捕らえられ、その一味に強制的に参加させられてしまう。盗人にして人殺し、しかし天賦の詩の才能を与えられたヴィヨンの数奇な人生がここにはじまった。
ヴィヨンの独白という形式をとるため、百年戦争前後のフランス史の知識がなくてもさくさく読めます。ヴィヨンという人物がなぜ人殺しで盗人、そして詩人であるかということが彼の出生についての秘密が明かになることでわかります。臆病さと豪胆さ、繊細さと粗雑さの相反する両面を持った不思議な魅力のある詩人ヴィヨン。彼の詩は人の心を捉えてやみません。詩が人々の心を捉え、彼らの心を奪い去る。そんなヴィヨンの数奇な物語を虚実交えて大胆な伝記物語として描いた山之口氏の力に圧巻。また本作品には恐縮な限りであるが、ぼくをモデルにした人物が登場している。たぶん修道僧アレシスだと思うのだが、果たして当っているだろうか。西洋史が苦手な人でも楽しめます。面白かった。

彷書月刊で連載されていたエッセイを本にまとめたもの。山梨シルクセンター(現サンリオ)→綿布製造会社→製紙原料商→古書店という様々な遍歴を経た古書いとうのご主人によるチリ紙交換屋のありのままの姿を描いたもの。ぼくが小学生のころ、確かにたくさんのチリ交が古紙を回収していた。「毎度おなじみチリ紙交換でございます。ご家庭内でご不要になりましたぁー、古新聞、化粧紙、古雑誌などございましたら、お気軽にご相談ください……」というフレーズが脳裏に浮かぶほど、頻繁に来ていたように思う。古雑誌や古新聞を載せた小型トラックとラフなかっこのチリ交のおじさんたちの姿が印象に残る。当時チリ交は古紙のリサイクルの一環を担う重要なリサイクル産業だったのだ。ところが、バブル期以降チリ交は徐々に姿を消して行く。というのは、回収する古紙量が増加し、市場原理が働いてトン当りの単価が下がっていってしまった。たくさんの業者とたくさんの古紙。そんな状態が長く続くはずはなく、チリ交業界から退出する人たちが大勢でた。町からチリ紙交換のけたたましい声が消えて行く、ぼくは何となく寂しい気分になったものだ。
本書はそんなチリ交のタテ場で専務として働いていた古書いとうのご主人が出会った一癖も二癖もある人たちの観察日記である。エッセイの内容は彼らのバックグラウンドから生活習慣まで多義にわたる。会話体でチリ交の生き様を描いている。チリ交とタテ場の関係、チリ交と博打、チリ交と女、チリ交と金、チリ交と死など、様々な面で生々しい部分が軽妙な筆致で描かれる。特に驚かされるのはチリ交のバックグラウンドの多様さである。原文が読めるインテリチリ交、元相撲取り、消防士くずれなど、何らかの理由で元の職を離れチリ交になったものの悲哀や生憎が文章からひしひしと伝わってくる。チリ交がどんな人たちだったのか、知りたい人に強くオススメしたい。今や絶滅寸前のチリ交の古きよき時代を描いた快作だ

読了。ニック・ヴェルヴェットもの第三弾。木村二郎さんの軽妙な訳文が心地よい。ポケミスからハヤカワ文庫HMに落ちたので入手が楽になったのは喜ばしい。この短篇集の妙味は価値のないと思われる品物だけを二万ドル(危険な仕事では三万ドル)で盗むニックの盗みの哲学にある。つまり依頼人にとって価値のある品物(依頼人にとっては三万ドル以上払っても惜しくはない。)について、何らかの裏があることを推理することが面白い。付随する事件に大概巻きこまれてしまうニックの名推理ぶりが面白い。つまりこのシリーズの妙味は品物を盗む手段を考える強盗としてのニックとその品物にまつわる謎を解き明かす探偵としてのニックの両方が楽しめるという点にある。今回も劇場切符、おもちゃのネズミ、石膏のライオン像、昨日の新聞などバラエティに富んだ品物にニックが挑みます。
しかし今回ニックはついに恋人のグロリアに自分の稼業を知られてしまいます。インフレという名目で仕事料も上昇してしまいましたけれども、今後このシリーズがうまく本の形でまとまって欲しいと願ってやみません。お勧め。

読了。ロシア語通訳の氏の文化や言語のエッセイ。通訳者の裏の裏が見れる面白い本。ロシア語の通訳という職業が如何に絶え間ない日々の努力と強靭な精神力と好奇心によって支えられているかがよくわかる。言葉に対する感覚も非常に革命的で、「言葉は変化するもの」という米原氏の意見には首肯するところ大。坂口尚の『石の花』を紹介しているのが印象的だった。文化や言葉などを考えたい人に薦めたい1冊。(読了時は、単行本でした。)