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復刊ドットコムに「夢の国のリトル・ニモ」の復刊をリクエスト。ご協力お願い致します。
福武海外文学シリーズ読破計画の一巻として読んだ本。検索掛けてわかったのだが、『官能の夢―ドン・リゴベルトの手帖』(マガジンハウス)が続編のようだ。内容は、かなりエロチックな話で、継母に憧れた美少年が継母を寝取るという話。かなり衝撃的な内容になっています。特にラストが……。
この物語で面白いのは、継母を愛する主人公の少年、その夫の妻への愛を語るパート、継母自身の気持ちの独白がオムニバスで進行。そして各所に挿入される古典のエピソードが、禁断の愛を強調している部分が実に素晴らしい。特にリディア王の妻の臀部への偏愛やアルテミスの話とか、さりげなく物語を悲劇的に進行させていてく部分がまさにマジックリアリズム的な手法を用いていて、感激した。
しかしラストは衝撃的。なんとも後味が悪い。物語の構成、重層性などは非常によく出来ているので、官能的な内容が気にならない人は読んでいて損はない作品ですし、ラテン文学が好きな人は読んでみてもいいのではないかと思います。ちなみにこの本、たぶん見つけるのが大変な本なので、ご注意。銀色帯、赤色基調の本で、サイズはA5サイズだったと思います。

岡崎さんのエッセイは過去にも『古本屋さんの謎』(発行・同朋舎 発売・角川書店)などを読んでいたが、今回は文庫版で出ていたということもあって、移動中にぼちぼちと読むことができた。内容は古本屋さんにまつわる話(古本屋に入るための礼儀作法(笑))や、彼が見つけてきた雑本などにまつわるエピソードなど。岡崎さんは、いわゆる均一小僧(古本屋の外にある100円とか、50円とかで売られている本から自分が欲しいと思う本を買う人をいう)で、彼のアンテナで面白いと思われる本をゲットしている。
岡崎さんは守備範囲がどちらかというと、純文学や風俗、詩の方面に興味がある方なので、彼が紹介している本は「ふーん、面白そうだなぁ」と思える本が多いけれども、自分では何となく集める気がしない本ばかり。これはもう本の価値をどこに置くかというウェイトの問題なので、第二部のエッセイは読み物として読んでいた。第一部は古本屋周りが好きな人たちにとってはなるほどと首肯する部分がたーくさんあるので、読んでいて楽しかった。特に中央線沿線の古書店についての解説は、あまり行かない場所だったので非常に新鮮でした。
本が好きという人はこういうエッセイを読むときっと心が和むことでしょう。さあ貴方もこの素晴らしい古本の世界を楽しむための一歩として、この本を読んでみてはいかが?均一台で掘り出し物を見つける楽しさ、とかを味わってみてはいかがでしょうか?




9歳の時に読んだきりで、再読。内容かなり忘れていました。映画版「指輪物語」がいかに優れた編集を成されているのか、よくわかりました。レゴラスとギムリ、アラゴルン、ボロミア、ガンダルフ、ピピン、メリー、サム、そして我らが主人公フロドが滅びの山に指輪を捨てに一緒に旅立つという話が一巻目。しかしこんなに面白いとは。指輪物語は「王の帰還」しか内容覚えていませんでした……。さー、もう一度映画を見直すぞぉ!
冥王サウロンによって幽鬼にされてしまった人間の王たちの追跡が実に怖い。一番怖いのは、指輪の魔力によって支配されてしまった人々の欲望の怖さである。サウロンだけではなく、ビルボもフロドも指輪の魅力には購えず、そのまま引き込まれてしまいそうになる。指輪の魔力に負けた白の魔術師サルマン、そして旅の仲間ボロミアもある種犠牲者といっても過言ではない。トールキンは人間社会に存在する支配したいという欲求を指輪というシンボルに敢えて封印することによって、壮大な冒険活劇を作り上げることに成功したといえる。指輪の持つ力は僕たちの心に左右する何かがある。だからこそ主人公たちの苦闘がまるで自分のことのように思えるんじゃないかと思われる。という意味では、運命が彼らを決めている、という運命論によるキャラクターの運行をすごく強く感じたのだった。
以下ちょっとしたこぼれ話や指輪物語に関する周囲の話題や雑感など。友人と話をしていて、レゴラスはやっぱり女性人気高いキャラのようでした(笑)。映画版を見て「かっこいい!」とつぶやいてしまった人、目が醒めた人、色々といるみたいで(笑)。
瀬田訳はすんなり読めて、いい訳だと思います。ただ地図を見て、ガラドリエルが棲んでいる場所はどこか、とか地図が手元にあった方が面白いですね。塚人のエピソードとか、トム・ボンバディルのエピソードとか完全に頭から抜けていました。家に置いてある指輪のボードゲームとか、ホビージャパンから出ていた指輪物語のRPGの資料とかも急に読みたくなりますね。ちなみに指輪のボードゲームは名作だと思います、はい。#すごくやりこんだ記憶があります。
こうなると今公開中の「二つの塔」を見るのが楽しみです。ローハンのセオデン王の軍勢、どうでしょうかねぇ。あとセオデン王からもらった馬とか。もう楽しみで仕方がないですね。現在7巻目に突入したので、映画自体は来週には見に行けると思います。

素晴らしいエッセイである。著者はフィールズ賞を受賞した世界的な数学者である小平邦彦氏である。エッセイ自体は3部に分かれており、数学の学び方・考え方、数学教育のあり方、そしてワイルに招聘された小平先生のプリンストン高等研究所での生活を綴った手紙で構成されている。
特に小平先生の考えている「数学を感じ取る感覚」というのを最近感じるようになった。小平先生はこの感覚を「数覚」とおっしゃるが、この感覚を得るには相当の訓練が必要であるというのはつとに最近痛感していることである。位相数学や測度論など、高度に抽象化された数学を学んでいると、数学独自の言い回しや言葉などに慣れていないと論理展開に追いつけないことがある。これは、極限の定義である「ε-δ論法」などは当初ぼくはまったく理解できなかった。しかしある程度数学書を読んで、辛抱強く読み進めていくとあるとき突然、すんなりわかったのだった。こういう感覚が数学の理解にはあるように思われる。
また小平先生は旧制の教育と現在の教育を比較し、旧制時代の教育は国語教育と数学教育に重点を置いており、かなりゆとりがある教育が成されていたということを指摘する。自分で考えることを念頭におかれた教育が、世界的にも認められる数学者たち(不動点定理で有名な角谷静夫先生、伊藤の公式で有名な伊藤清先生、関数解析で有名な吉田耕作先生、小平先生の師匠でもある彌永昌吉先生など)を輩出したのは間違えないことである。東大時代の数学勉強の話とかも、本当に現在では考えられないほどのんびりしていて面白い。小平先生のエッセイからは表面上からは感じられないのだが、あひるの水かきという言葉がぴったりする。自身をナマケモノと形容するが、プリンストン招聘時代の業績は多様体論で大きな役割を果たしており、いかにものすごい業績なのかを感じることができる。一流の中でもまれることの大切さ、である。
プリンストン時代のエッセイは現在海外で暮らしている自分が感じていることとも重なって、かなり興味深く読んだ。特に、食べ物の部分や英語のコミュニケーションの問題など、苦労されている部分はどの時代でも同じである、という感じがした。
一番面白いと思ったのは、数学と物理(自然法則)との関係についての氏の考え方である。数学的な現象が自然界にあり、その現象を数学者は発見しているという感覚である。これはぼくも強く感じることである。たゆまない努力によって発見されたという感覚である。経済学では、モデルを作るという感じの方が強い(という意味では仮定がかなり経済学の事象を説明するのに重要であるということである)が、数学では寧ろ工学等とは違い発見されたという感覚がある。これは実に面白い捉えかたである。
それと、科学・技術の進歩という項目が小平先生の考えを強く表していて、まったく同意である。こういう考えをもった素晴らしい学者がかつてこの世に存在したことを、ぼくは強く感動した。自分は小平先生の足元にも及ばないが、できる限りの努力をして一生懸命生きる「ナマケモノ」になりたいと思った。



現在映画化されて、北米では公開中のこの映画を見るために指輪の再読をしようと思ったのが読むきっかけ。<二つの塔>は指輪の魔力に負けてフロドを脅したボロミアが、サルマン配下のオークたちに討ち取られたところからはじまる。この際に、メリーとピピンがサルマンと冥王サウロンの配下のオークたちに囚われ、アイゼンガルドまで連れ去られそうになる。メリー、ピピンを救うべく、馳夫とギムリとレゴラスが追跡行を始めるという話と、バルログとの戦いでガンダルフが白の魔術師となって復活し、アイゼンガルドの包囲に力を注ぐという話も含まれる。そして、指輪の一行と別れたフロドとサムは、滅びの山へ向けて絶望的な旅を再び開始するという話で二つの塔の物語は終わる。
段々と物語が終局に向かい、色々なファクターが動き始めたという感じがしています。旅の仲間たちが分断されたのも、運命によるものであり、大宇宙に存在する超自然的な存在が彼らを後ろから操っているという感じを受けます。もしかすると指輪自身が意志をもちつつ、自分自身の存在を否定したいという感じを常々受けます。しかしながら、力を持つ指輪は自分自身を滅ぼそうという意志をもつとしても、所有者の方が力を欲するためにどうしようもなくなってしまう、という印象を受けました。
執筆時期が丁度第二次世界大戦ということもあって、全体的に暗めのトーンが漂っているのは否めません。しかしながら、ローハン軍によるアイゼンガルドの包囲というのは、何となく色々な意味で感じるものがあります。トールキンがこの壮大な物語をどのような形で終えるのか、そして旅の仲間たちはどのようになっていくのか、中つ国に果たして再び平和が訪れるのかなど、第三巻目の『王の帰還』によってすべてが語られることになると思うので、非常に楽しみです。
映画の方はたぶん来週ぐらいかなぁ。見てきたら感想書く予定です。


1月中旬に読み終えていたのだが、急に忙しくなって感想を書くのが遅れてしまった。冥王サウロンの指輪を巡る物語はここで終わり、一抹の悲しさが残る。ゴグリにはめられたフロドが、ミナス・モルグルに生息する邪悪なシュロプにやられ、サムが何とかフロドを助け、滅びの山へと本当に困難な旅を続ける。一方、ガンダルフたちはゴンドールをサウロンの軍勢から守るべく、様々な手段を講じる。優勢なサウロンの軍勢からゴンドールを必死に守る旅の仲間たちの活躍を描いた指輪物語最終話。
読み終えて感じたのは、やはり主人公のフロドが抱えた心の闇。指輪に支配され、神経が衰弱していくフロドの姿は痛々しい。それと対称的に他のホビットたちは、フロドの生命力を吸い取るかのように逆に英雄らしき活躍をすることになる。特にサムの活躍は、後半で目を見張るようだ。特に顕著なのが、ホビット郷に戻ったあとの彼らの活躍ぶりである。フロドは主人公ではなくなり、まるで引退したビルボのよう。運命とはいえ、指輪の所有者にされてしまったことに対して、神々はなんて残酷なのだと思う。彼には選択の余地がなく、そうするしかなかったからだ。
フロドとは対称的に他の旅の仲間たちは、英雄となる。読み終えて感じたのはある意味、フロドにとっては冥界への旅であり、彼を殺すための旅だったとしかいいようがない。主人公を殺し、他の人物たちが対称的に生命を得るというこの大団円は、なんとも救い様がないというか。中つ国は救われても、フロドは永遠の囚われ人になってしまったからだ。フロドに対するサルモンの予言が痛々しい。フロドは果たして海の向こうで幸せになれたのか、それだけが知りたい。全巻通して、こんなに夢中になれたのはエディングス以来かも。再読してよかったー。