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復刊ドットコムに「夢の国のリトル・ニモ」の復刊をリクエスト。ご協力お願い致します。
作家&古本屋の著者が書く古本を取り巻く不思議な人々の物語を描く軽妙な物語。横田順彌さん+岡崎武志さんを二で割った感じの短編がいくつか収められている。第一部と第三部は古本屋の店主として出久根達郎さんが出会った奇妙でちょっと物悲しいバックグラウンドを持つ人たちとの交流や、古本屋稼業で出会ったさまざまな数奇な出来事を描く。古本というものにはなぜか不思議な魔力がある。本を探す楽しみ、というのは読書の快楽とはまったく違った意味で楽しい。出久根さんもエッセイの中で書かれているのだが、「自分だけにしか価値がない本」を探しだすことにある。首肯したのは、なぜ本の目録がなぜそっけないのかという出久根さんの説明。目からうろこが落ちます。実に単純なことなのだが、シンプルイズザベストという言葉がこれほど明確に説明された例はないと思う。
第二部は都立松沢病院に実在(?)されたとされる芦沢将軍というなぞの人物についてのお話。都立松沢病院というと統合性人格症の患者さんの入院先として有名な場所。サイコさんが行くじゃないですが、この芦沢将軍にまつわる物語はまるで横田順彌さんの明治SFを読んでいる気持ちに襲われる。
出久根達郎さんの本を読み終えて感じたことがある。情報過多かつさまざまな本が簡単に淘汰される現在、我々は限定された情報空間かつ時間制約の中で効率的に読書を楽しまなければならない。しかしながら本という財は読むという価値以外にも所有したいという不思議な魔力を持つ。本だけ読みたいのならば図書館で事足りる。読書家というのはたぶん本の所有にこだわらず、テキスト自体がどのような形であれあればいいという人々のことではないかと思う。ところがテキスト自身も好きだが、本という統合パッケージが好きな人々は愛書家という。だからこそ古本を手にとったとき、我々は古本に前の所有者の想いを感じるのではないか。書を愛するからこそ、残る想いというのはあるのではないか?と思う。古本屋は自身が愛書家であるからこそ、日々顧客の嗜好を満足させるように日々闘い続けているんだなぁと思う。
朝日ソノラマ緑背の一冊。27年前の本ということもあり、見かけることが難しい本の一冊だと思う。本を整理していたら、本の山の中から出てきたので何かの縁だと思い、一気に読了。福島正実さんの実直さがよく出ている破滅SFの佳品。国家のスキームの問題はともあれども、設定も突拍子もないし、かなりびっくりした。ハヤカワ文庫SFの初期の外国人作家の本を読んでいると感じる感覚に似ている。ぼく自身はこういう幻魔大戦的な突拍子もない破滅SFが好きなので、古本屋でそれなりの値段だったら購入して読むことをお勧めしたい。
鳥島南東で日本漁船の漁民たちがなぞの失踪を遂げ、アメリカの原子力潜水艦が何者かに撃沈されるという悲劇が相次ぐ。そしてその謎の失踪の原因は奇妙な触手を持つ巨大な怪物によるものだったのだ。懸命に謎を解こうとする人類。しかしそんな人類の英知を持ってしても、彼らの進撃を抑えることは不可能だった。人類は存続の危機にさらされていたのだった……。
パニック・破滅SFの準古典。SFにおけるメインアイディアとマントラの出現との因果関係がうまく説明されていて、納得。後半の人類対マントラの闘いは迫力ものである。ともあれ、70年代のSFを代表する作品として読んでおく価値はある本だと思います。
第二短編集。筒井康隆テイストのエログロナンセンス系のSFが収録。ブラックなオチが多いけど、色々な意味でサプライズがあり、何らかの形で読めるようになってほしいと思う次第。数年前まで式貴士さんの本はスルーしていたのだが、「長い長いあとがき」(これが一時期は売りだったことがある)を読みたいがために単行本まで集めている人は多くないはずだ。筒井康隆風のシュールな「東城線見聞録」はもう最高。グロテスクな描写、地獄さながらの奇怪な住人たちの姿と奇妙な習慣が幻想色を強めていて、素晴らしい。収録短編の中ではこれがぼくの中ではベスト。他は「窓鴉」「ユリタン語四週間」「涸いた子宮」「イースター菌」がやや暗めのSF短編。どれも切ない終わり方ですが、印象に残ります。
「チンポロニー」については、ナンセンスエログロということもあってなんとなくオチがつかみにくい。筒井康隆的なナンセンスなエログロの世界なのだが、実験小説的で混乱してしまう。オチがわかりやすいといいんだけど……。ともあれ、はずれのないSFホラー短編集といえましょうか。筒井康隆が好きな読者には安心してお勧めできると思います。
ペヨトル工房からインタビュー版とともに復刊しているらしい。ペヨトル工房自体なくなってしまったので、福武版と併せて入手が困難になってしまった。ゲンズブールはフランスのアーティストで、常識の枠に囚われない作品を多数発表したことで有名。本作品はシュールでナンセンス、でもなんとも忘れがたい魅力を併せ持つ小説である。読み終えて小説の主人公ソコロフのガスの臭いを嗅いだような気分になり、頭がくらくらした。
主人公ソコロフはおなら体質の男。彼はおならを自分の個性として認め、ガゾグラムと呼ばれる手法を発明。次々と常識の枠から外れたすばらしい作品をモノにしていく。そんな彼の一生はまさにおならとの格闘。そしてそんな彼の一生は糞にはじまり、糞に終わる。なんとも数奇な運命のことよ。
こりゃー、変な話ですなぁ。カテゴリー的には奇妙な味のノヴェラという感じ。福武書店の海外文学シリーズは国書刊行会の文学の冒険シリーズに似ていて、かなり面白いラインナップじゃないかなぁと思う。ペヨトルで復刊した理由もわかるし、一読の価値はあり。たぶんセルジュ・ゲンズブールのファンは必読だと思う。しかしなんとも不思議な話であることよ。

エマノンシリーズ最新刊。エマノンと出会った少年が30年前の不思議な出来事を語る形式田謙二の漫画も収録されていて、なかなかお得な一冊になっているのではないかと思う。たぶん『おもいでエマノン』の短編のどれかだったと記憶しているが、絵という形にするとこうも簡単に説明できてしまうところが、漫画の魅力なのかと思ってしまった。
エマノンシリーズの面白いところは、エマノンが主人公ではないということにある。エマノン以外の誰かとの交流を通じて、エマノンという不思議な少女たちを万華鏡のごとく、視点を変えて描くことにあるのだと思う。小学生であったり、少女であったり、サラリーマンであったり、果てはエマノンの肉親だったりと多種多様である。今回は小学生という主人公を通じて、エマノンの不思議な魅力を感じることができる。しかし今回の『まろうどエマノン』はさらにおとしどころがあるので、やられたという感じである。でも、すぐにオチは見抜けてしまうのだが、つくづく正統的なSFを書かれる方だなぁと思う。このおセンチさは、色々な体験を通じて得られてきたものじゃないかと思うのだった。
またエマノンシリーズの長編が出るといいなぁと思う。

17歳の女子高校生ということで、話題になっていた本だと思う。確か2年前の冬に本屋で見かけて、山積みになっていたこともあって購入しようかと悩んでいた本だったりする。今回購入した版は17刷り(2002年現在)だから、相当売れているんだろうなと推測。確かに売れてもいい要素を持っているお話だし、ある種この破滅的で投げやりな部分こそがこの作品の売りなんだと思う。『インストール』というタイトルはかなりキャッチーでおっと思う。
ある日突然、友人の一言で登校拒否を決めた主人公の私は、新たな自分を求めるべく、部屋の持ち物をすべて一掃する。壊れたと思われていたコンピューターをほしがる奇妙な小学生に、コンピューターをあげたことから彼女の新たな生活が始まることになる。彼女がご近所の奥さんからもらったパンティの御礼に出向いた先がなんと例の小学生の家。彼女は自分のコンピューターが直っていることを知る。そしてこの小学生が彼女にオファーしたあるバイトとは……。
面白い。一気に読了してしまった。チャットという顔の見えないやりとりの本質というのをうまく題材にした作品だと思う。インストールというタイトルも印象的なのだが、なぜインストールなのか作品を読んでいくうちにはっと気づくのではないかと思う。インストールという言葉が象徴しているこの作品を読んで、ぼくはかなり色々なことを考えたのだが……。ともあれ、17歳でこの作品をものにした綿矢りさの今後の活躍が楽しみ。
ダーコヴァー年代記の外伝。ブラッドリーのお得意の人格転移による冒険譚になっている。このシリーズは1年に一度必ず読みたくなる時期があって、今年はまさにそうだった。ひとつは加藤・後藤イラストがダーコヴァーのイメージをぼくの脳内に定着させてしまったこと、そしてSFというよりもファンタジーといっていい物語設定が色々と読者の関心をそそるのではないかと思う。今回のナラベトラの鷹も、ドリーマーと呼ばれる超能力者たちの力を封じて、自分の力とした貴族たちの暗躍を描く物語だからだ。舞台はたぶんダーコヴァーなのだが、巻末にあるように遠い未来のダーコヴァーの物語ということである。だから、本書自体はダーコヴァー年代記の一部ではあるが、それまでのお話を読んでいなくても読むことはできる。
ブラッドリーの作品は実に女性が強く、いきいきとしている。実際主人公の男性はなんとなく頼りないが、地球人のマインドを持っているということで女性には好かれている。ダーコヴァーの住人とは違う異質なものを混ぜることによって、物語は単に権力争いの物語としてではなく、自分とは何か?というアイデンティティをテーマとした物語へと昇華している。つまり、自分とは異質の体に潜む違う人間の意識。マイク(地球人)はエイドリック(ダーコヴァー人)の体と潜在的意識をもつために、常にアイデンティティの崩壊の問題にさらされることになってしまう。この葛藤や苦悩の部分が読んでいて、読者を引きつけるじゃないかと思う。
分厚くなく、ほどよい分量であるというのもポイント。コンパクトにまとまった佳品といえましょう。

ニューベリー賞・オナー賞受賞作。東京創元社がなぜか出したのが不思議な感じのする児童書。徳間とか理論社あたりから出ておかしくない内容だけれども、毒がある部分がきっとよかったのかもしれない。主人公とその妹がシカゴから遠く離れた祖母の家で毎夏滞在したときの出来事を回想録形式で綴ったお話。主人公の少年の視点から書かれています(あとがきを読むとわかるように、主人公の妹の視点から書かれた続編もあるという)。粗野でパワフルで、ぶきっちょだけれども憎めない人情味あふれたおばあちゃんの冒険譚が8篇収録。一応年度のオーダーが入っていて、主人公たちも成長していっています。
面白かった!茶目っ気のあるおばあちゃんがやることなすことが実にきっぷがよくて、楽しめました。ちょっとしたいたずら(町のろくでなしを偉人に仕立て上げるといういたずらとか)、おばあちゃんの流儀がとてもかわいらしい。曲がったことの嫌いな、ちょっと勝気のおばあちゃん。色々なことをしでかすけど、みんながハッピーになるのはちょっと計算入っている?と思いつつも、どことなく感じられるおばあちゃんのやさしさがいいです。それはまさにおばあちゃんのスグリのパイのように、とても心温まる物語だったりする。主人公のジョーイが最後におばあちゃんに手を振るシーンに感動する人も多いでしょう。
シカゴから遠く離れた町で体験した流儀。こんな人情味の溢れる流儀に触れ合えた主人公たちはなんと幸せモノか!困った人をおばあちゃんの流儀で助けるさまなど、子供たちもまたこの本から学んでくれるといいなぁと思う。
ロシアの英雄、イリヤ・ムウロメツの物語を筒井康隆の格調高い文体によって再現した小説である。改めて筒井康隆の多才ぶりを感じられた。手塚治虫のイラストも読者の想像力をかきたて、すばらしい仕上がりになっている。世界の国々にはそれぞれ色々な民間伝承、神話が存在するが、イリヤ・ムウロメツの物語はなんとも不思議な物語といえる。ギリシア神話と北欧神話のバリアントという感もあるのだが、ロシアの大地に沿った素晴らしい民間伝承だと思った。特にロシア正教のために戦うイリヤは君主に縛られない偉大なる英雄であるといえる。
興味深い点は、3人の旅人(賢者)が今まで不倶だったイリヤの下を訪ね、彼のレーゾンレートルを明らかにしたところ。もちろん知ってのとおり、キリスト教の3人の賢者の物語が下になっている。これはロシアがキリスト教化しており、キリスト教の影響を受けていると思われる。また巨人スヴァトゴルの物語においても、興味深い描写がいくつか見受けられる。兄弟の契りを結んだイリヤとスヴァトゴルが旅を続けていくと、巨人スヴァトゴルのサイズに合った棺おけ。彼は自分の武を頼りに、その棺おけに入って死んでしまう。死に直面して、彼はイリヤに自分の力を譲与する。この辺りのお話は、北欧神話的な感じがする。あとは神々の寵愛を受けてロシア正教のために戦う勇者たちの活躍が続き、最後は英雄らしい死に方をするのが印象的。
普段の筒井作品とはまた違った味わいがあって、よかったと思う。興味のある人は一読をお勧めしたい。

すげえ、かっこいい。この本はベストセラーの本について独自の視点から分析。さらにベストセラー本の中身について言及。結論は、「内容は大したことはないけれども、売れる要素が何かしらある」ということを強調。彼女の批判の仕方は徹底しているので、読んでいてすかっとします(たまにちょっとそれはどうかと思うような批判もあるけれどもね)。本の潜在的市場というものがあくまでも少数であるということを強調した上で、なぜベストセラーとなる本があるのかを分析。売れる本は善良なる読者(趣味は読書)をターゲットにして売っているいるということを強調。彼らの存在なくしては、本は売れない。
ベストセラーとして売れている本は大雑把に分けると二通り。人生語りと、もともとからいわれていることをラベルを付け替えた内容のもの(時流に沿ったものであること)である。マスコミの取り上げ方、マーケティングのターゲット層の絞込み、話題性などがうまくマッチすれば、うまく売れるのだ。老人の戯言だって、権威性があればありがたいお話になるし、マルクス経済学の教えもラベルを付け替えれば「金持ち父さん、貧乏父さん」の教訓になる。もちろん、疑似科学といわれる科学的に根拠のない事柄もうまく権威性を付与することができれば、会話の種になるし、売れる要素となるといえる。ああ、我々日本人はいかに権威性や話題性に弱いのか痛感した次第である。
斎藤氏は口調こそは激しいが、非常に理性的にベストセラー本の分析をしていると思う。つまらないと思われる本にもしっかり目を通し、辛口なれどきちんとすべての本にコメントをつけている氏の態度には敬服する。ベストセラー本というのは、逆に怖いもの見たさに読みたくなるかなという感じ。マーケティングの仕方や取り上げ方というのは本当に重要だなぁと思った。#関口宏の本パラで取り上げられて復刊した『ビック・ボウの殺人』なんかも典型例やね。
暗黒小説読破計画第一弾。今までマンシェット、A・D・Gと読み進めてきて、最後に残ったのがジョバンニ。マンシェットやA・D・Gと比べると血まみれ度、異常度はかなりおとなしめではある。名翻訳者岡村孝一の訳文も相俟って、犯罪者たちの間にある絆を感じることができたと思う。ジョバンニのギャング経験があるからこそ、絆にリアリティがあるのではないかと思う。直接その世界にいた人間にしかわからない何かをジョバンニはこの作品でモノにしているように思える。
ピエール・ルートレルという名前の男がいる。通称「気ちがいピエロ」と呼ばれるこの男は、様々な凶悪犯罪を繰り返した危険極まりない男だったのだ。パリ警視庁はピエロを捕らえるべく、ありとあらゆる角度からピエロに対する包囲網を広げていく。そしてある事件をきっかけに、パリ警視庁はピエロの居場所を突き止めることになる。果たしてピエロは逃亡することができるのか、それとも?
一見関係のない話が、ある事件をきっかけに結びついていく快感は素晴らしい。主人公ともいうべきヤン(金庫破りの名人)は妻殺しの嫌疑をかけられ逃亡する。そんなヤンとピエロはどのようにつながるのか、読んでいてあっと思える感覚があるのではないかと思います。この部分が読み応えがあるという感じ。血まみれ度は高いです。簡単に人殺すし、やはりこのピエロという男は只者ではないなと思います。しかしながらピエロには奇妙な魅力があって、この魅力があるからこそ彼は生き延びてきたと思われるわけです。ある種、デリンジャー的な感じ。表題が表題のため、復刊は難しいけれども暗黒小説が好きな人はぜひ読んでほしい一冊。

池田伊佐夫さんの各古書店のイラストが素晴らしい。一度当該の古本屋を訪ねたことがある人は、「あっ、この店内は!」とすぐに実際の書棚を思い起こすのではないのだろうか。早稲田の安藤書店さんとか、文英堂さんとか池田さんのイラストを見ると、ちょっと懐かしい気持ちになる。古書店巡りをやっていると、なじみの古本屋や必ずその場所を訪れたときに見る古本屋がある。そんな古本屋とのコミュニケーション面についての、池田さんのエッセイは共感する部分が多い。イラストとも併せて、古書店の雰囲気を事前に掴むには最適の入門書だと思う。
明治期に活躍した実在人物である、天狗倶楽部の押川春浪、鵜沢龍岳らを主人公としたSFミステリ短編集。幻想ミステリーと帯に名打っているが、実はばりばりの明治SFミステリ短編集だったりする。短編の名手ヨコジュンが描いた架空明治の人々。あとがきによれば、氏が書かれている各種明治ノンフィクションものを読みながら補完して読むと、より面白くなるという。それについては同感。しかしそういう詳細な明治時代の知識がなくてもさくさくと楽しく読める。
謎の怪死を遂げた異国の女性の死の謎を描く「蛇」、奇妙な首吊り殺人事件の謎を解く「縄」、海の霧の中で出会った将兵の謎を解く「霧」、人里離れた山村に隠された謎解き物語である「馬」、正体不明の青年の出仕の謎を描く「夢」、不慮の事故死を遂げた飛行機乗りの過去に秘められた謎を解く「空」、そして奇妙な怪死を遂げた将校の死の謎を描く「心」の7編を収録した短編集。本格ミステリファンには「えっ、そ、そんな」と思われる謎解きばかりだが、SFファンにとっては「ヨコジュン、やってくれたぜ!」と思える快哉の一冊。幻想ミステリというよりもむしろSFミステリといったほうがこの短編集にはふさわしい。
個人的にはSF度の高い「心」と「夢」がいい。歴史に秘められた謎を含めて、実在の人物を生き生きと描き、彼らの活躍するさまが想像できるのが素晴らしい。もちろんヒロインの時子さんと龍岳との関係はまるで中学生の恋愛のようで(笑)、明治時代の男女交際の清さとかも氏の作風にマッチしていていい。細やかなディテールもさることながら、色々な面で氏の個性が最大限に生かされているSFミステリ短編集だと思う。文庫版も販売しているので、割と入手しやすい一冊かもしれません。#古本で探してみてください。

第三回小松左京賞受賞作品。面白くて一気読みしてしまった。感覚としては早瀬耕『グリフォンズ・ガーデン』(早川書房)から恋愛モードを取り除くと、こういう作品になるという感じ。ハードSFとして楽しく読ませていただきました。テーマは古来から扱われているテーマ、「宇宙の作り方」である。作品の中にも「フェッセンデンの宇宙」に言及しているシーンがあり、SFファンのハートをがっちりつかむ部分に好感度大。
面白い点は設定にあると思う。主人公の青年の回想録という形で書かれた本書は、設定と相俟ってうまく機能していると思う。特にゼミの雰囲気などがとてもよく書かれていて、懐かしい気分になった。ゼミでのリポート活動やディベートへの準備など、難しい物理の最新理論を問題なく処理している部分など、実に素晴らしいと思う。こういうディテールもさることながら、遺伝子改良によって生まれた天才児とのやりとりが実にリアルで楽しい。主人公を取り巻く人々もユニークな性格づけがされており、大学という雑多な場を色々な切り口から凝縮しているように思えた。
SF的ネタとしても、スーパーカミオカンテを彷彿させるような実験装置を登場させたり、実にリアル。どのように宇宙を作るのかを議論し、昇華していく過程がなまなましくて、面白かった。現代物理については、公理系としてある存在を認めた上で、現実とのギャップを埋めていくという感覚を受けた。数学者の小平邦彦先生もおっしゃっているが、物理もまた発見という性格が強い学問なのではないかと思われた。だからこそ、フェッセンデンの宇宙のような実験がどのように行われて、観測の方法を開発するのか本書で扱われたアイディアを興奮しながら考えてしまった。とても素晴らしいひと時をすごすことができました。お勧め。
本の整理をしていたら、出てきたので読んでみる(笑)。入手が大変だった一冊で、交換に応じてくださった方には本当に感謝しております。5編の短編が収録された短編集で、解説・作品リストつき。カットナーの多才ぶりがよくわかるクオリティの高い作品だけが選ばれているように思えました。あまりの面白さにすぐに読了。むー、ソノラマ海外のカットナーと銀背を読むかな。
一番好きなのは「ショウガパンしかない」。こんなシュールで、楽しいSFはない。たまたま『クリプトノミコン』を読んでいたからかもしれないけれども、こういう連想を用いた言語をネタにしたSFというのは面白い。筒井康隆テイストが高く、とても楽しめた。「世界はぼくのもの」もこれまた侵略SFと時間改変ものが組み合わさって、職人芸を感じた。一見無害だと思われた未来の火星からのかわいらしいウサギ型の生命体が主人公の発明した機械からタイムトラベルしてきて、地球を彼らのものにしようとするという話。実際のところ、主人公の未来の死体が出てきてミステリ風味になっているのだが、バカSFのテイストの香ばしい臭いが漂っているので、バカSFファンにはお勧め。
「どん底より」はホラーSF。純粋に怖いSFで、ただの精神病患者の妄想の世界かと思うと、実はそうではないという恐ろしい話。こういう侵略SFは初めて読んだので、非常に新鮮な感じがした。「大いなる夜」は老宇宙飛行士の悲哀とプライド、そして彼と衝突する宇宙飛行士との相克がテーマとなったSFである。テーマも鋭く、色々な悲哀を感じた。ラストは予想通りになるけれども、こうなることがきっとわかっているからこそ、安心する部分もある。「小人の国」はホラーファンタジィ。カットナーの多才ぶりがこの作品に凝縮されているように思う。ラストは「えっ!!」と思う話で、なんとも残酷なオチかと思いました。
SFのセンス・オブ・ワンダーを詰め込んだ珠玉の短編集。入手困難なのが本当に残念に思われる。
古典SFを読もうと思い、たまたま本の山の上段にあったこの本を手にとって読んでみた。ジョン・ボイドの邦訳は数少ないため、なかなか見つけることが難しい。本書は青背の中でもあまり見かけない一冊で、表紙がバロック調で艶かしい。侵略ホラーSFとして長く読みつがれてほしい一冊。宇宙開発や大学内での権力争いなど、生々しい部分は多少退屈するものの、そういう生々しい官僚的手続きを導入することによって、より一掃リアリティを高めることに成功しているように思える。
花の惑星フローラ。植物が進化し、支配する惑星に人類は調査隊を送り、その生態を調べていた。そんな探検隊の科学者の中に主人公フリーダの恋人であるポールがいた。彼は地球に帰還せずに調査を続けることを希望していた。そんな彼のメッセージとして、フローラで繁茂する雄雌の性差があるチューリップが彼女のもとに届けられる。この外来種のチューリップを助手とともに観察していくうちに、チューリップが知性を持っているのではないかということがデータから示唆されつつあった。そんなチューリップの魅力にどんどんはまっていく二人。ところがそんな二人にある衝撃的な事件が起こってしまう……。
外来種の到来による生態系の変化を扱った侵略SFのヴァリアントとして読むと色々と考えさせられる。日本でもブラックバスなどの外来種により、その土地古来の生物多様性が変化するという現象が各地で起こっている。現実社会での身近な脅威、である。この本はそのような出来事を強く彷彿させるSFであり、色々と得るものも多い。特に惑星フローラでの受粉形態に何が使われているのか、あっと驚いてしまう。オチにも関係しているのであまり強くは語らないが、実にうまいアイディアだと思う。
個人的には今読んでも古びていないし、面白いと思う。機会があればぜひ手にとって読んでもらいたい。
傑作!やっぱり福武の海外文学シリーズは面白い作品が多くて、いいなぁ。リストに載っている本の大半は入手しているのだけれども、一部まだ購入していないので早く見つけたいところ。今回読んだカレン・カーボの作品は形容すると「万華鏡」のような作品。オムニバス小説なのだけれども、切り口が面白い。一種エクセントリックな登場人物たちと旧ソ連からアメリカに亡命したロシア人たちの日常を描くという物語。ソ連にはなかったシステムや英語に戸惑うソ連人たちの姿がブラックユーモアを交えて書かれています。
物語のシンコペーションも面白い。最初、各亡命ソ連人の物語の短編かと思うと実はすべての短編が相互に絡み合っていて、きちんと時系列に並んでいるという構成上の妙が心地よい。それが妻であったり、だんなであったり、アルバイトの学生だったりと色々と視点が変わるものの、まるでハイパーテキストのような感じで小説を読んでいる気分だった。面白いので、色々と書きたいのだけれども、こういう面白い小説はぜひ読者個々人が実際に読んでみて色々と感じてほしいなぁと思ったりする。
子供が欲しい老年の男性のいじらしさとか、ソ連で女優をやっていた亡命ロシア人の女の苦労とか、英語のコミュニケーションで戸惑っている女性とか、文壇内での揉め事とか。スターリン時代のソ連とか、ペレストロイカ以前のソ連の知識があるとさらに楽しめるという素晴らしい作品。スラップスティック小説の傑作といえましょう。むー、この本が入手できないのは罪だと思います。

第一回スニーカー大賞金賞受賞作品。19歳でこの作品をモノにした冲方丁は、本当に凄いと思った。圧倒される言葉の奔流と深い人物造形と世界観。こんな凄い作品が現在読めないというのは非常に悲しい。ともかくもう読んでみてください、という感じ。360ページがあっという間に終わってしまいます。ああ、もっと読みたいなぁと思った作品は久々かも。『黒い季節』の世界はなんとなく孔雀王みたいな感じである。夢枕獏さんとかの作品が好きなら絶対買いでしょう。
いきなり映画マトリックスを彷彿させるような少年の逃亡シーンと謎めいた登場人物。最初から、「やられたー」という感じ。そして、ヤクザの行きつけの店での他愛もない会話とはっと驚く展開。そして少年の行方を追う鬼気を持つ謎の美貌の女性と因縁の籠められた父の形見を探す青年。呪術と権謀が愛憎入り乱れ、まるで東京の街を象徴しているかのように、巨大な怪物に変身してゆく。
言葉の力の凄さを感じました。こんなに脳内でうまく映像に切り替えることができるという意味でも、ものすごい力を持った作品であることは保証いたします。イラストが天野喜孝さんということもあるけれども、なんとなく冲方丁さんの作品は耽美的な雰囲気が漂っていて、イメージ的にもぴったりかも。ところどころぞくぞくする場面も多くて、一気に読者はこの魔空間に引きずり込まれることでしょう。この作品が読めないのが残念。とりあえず、入手できる作品を今から読んでみようと思います。


ストラウブは『ジュリアの館』(早川書房・絶版)とキングとの共作である『タリズマン』(新潮文庫)を読んだだけなので深くは語れない。この作品は『ジュリアの館』とは毛色の違う『タリズマン』的なダークファンタジーの傑作だった。主人公のぼくが友人でマジシャンのトム・フラナガン(実質上の主人公、といえる)との昔からの会話をまとめて本にしたという体裁をとっている。訳も読みやすく、さくさくと読み進めることができた。訳者の大瀧氏もあとがきで述べている通り、ストラウブの本領が発揮された作品だと思った。
トムとデルは同じスクールの友達。彼らはマジックという共通項によって、すぐに打ち解け、親友となった。そんなトムとデルらが順調にスクールに通っているある日、学園内で不祥事が連発する。奇妙な夢を見る者、相手校のガラスの梟の盗難事件など、とんでもない事件が続発してしまう。少年たちは骸骨とあだ名される4年生の嫌な学生がやったものだと信じていた。そして夏休みを利用して、トムとデルはマジックの天才というコリンズ伯父のところで過ごすことになる。ところがコリンズ伯父の家で起こった出来事は、想像を絶するような体験となってしまったのだった。
『タリズマン』が癒しの物語だったのに対し、こちらは死と破滅がメインテーマとなった恐ろしい物語だった。マジック(手品)がマジック(魔法)であるような世界で、主人公のトムとデルは何を求めていたのであろうか。ところどころ挿入されるコリンズ伯父の話は御伽噺的な寓話で、読んでいて楽しかった。しかしこの挿入された寓話こそが、本作品を読解するに当たって重要なキーになっていることがよくわかる。なぞめいた美少女ローズの登場で、物語はますます裏切りと欺瞞の世界へと陥っていく。その過程こそが、15歳という年齢のトム少年の子供からおとなへのメタモルフォーゼなのだ。そして、トムはある選択をしなければならなくなるが、果たしてそれが正しいものだったのかどうかは、きっと読者にゆだねられているのではないかと思う。面白かった、素直にお勧め。
日本最初の漫画雑誌「ジャパン・パンチ」を創刊し、幕末期の日本をカリカルチュアという形で西洋に紹介したワーグマンのスケッチ集。西洋人から見た江戸幕末の日本人の風俗や習慣などが興味深く描写されており、面白い。西洋諸国でよく日本人の特徴として挙げられている、「出っ歯&眼鏡」着用の日本人の姿は彼のカリカルチュアから由来している模様である。
西洋諸国による文明開化を受け入れようとする一般市民と旧来の姿に固執しようとする日本人の姿が実にいい感じ。また生麦事件のような重大な事件なども、ワーグマンは紹介しており、当時の日本の姿が西洋人から見てどのように映っていたのかがよくわかる。ワーグマン自身、尊皇攘夷の真っ只中、自らの生命を危険にさらしながらも日本という国を紹介しようとするジャーナリストと批判者としての業績はもっと語られてもいいと思う。
古典読破計画その1。本作品は鉄腕アトムを彷彿させるような(鉄腕アトムが影響を受けた?)古典SFで、人間の友としてのロボットのあるべき姿を描いた古典的作品である。SFファンとして読むべきか?という問いに対しては、読んでおいて損はないと思う。ただ、他に読みたい本があるのであれば読まないでもいいという感じのSFではある。しかし、ぼく自身はとても楽しんだので(ご都合主義はあるかもしれないけれども、古き良き時代のSFとして堪能できた、という意味である)色々な問題提起を投げかけているという意味で、貴重な古典作品といえる。
思うに現行のSFの傾向としては、重厚でページ数の嵩が増えてしまい、なんとなく読む気を失せるような傾向があるように思える。ぼくの感覚としては400ページを越えると、結構長編というイメージがある。350ページ前後が分かれ目かもしれない。本書は雑誌に連作短編として連載されていた関係もあり、スピーディな展開がいい。主人公のアダム・リンク(ロボット)が誕生し、人間世界でアイデンティティを確立していくさまが生々しくていい。
主人公アダム・リンクはロボット。生みの親のチャールズ・リンク博士を殺害したという容疑で逮捕されるが、博士の甥のトムと新聞記者のジャックの助力とアダム自身の献身的な人間社会に対する貢献によって、殺人容疑は晴らされる。しかしながら人々からの好奇の視線と人間への愛にゆれるアダムは自分の伴侶であるイブを作成する。幸福なひと時が訪れたと思いきや、協力者のヒロリー博士が精神をコントロールする機械で彼らを操作してしまう。その危機を乗り越えたと思いきや、伴侶のイブにもあらぬ殺人容疑がかけられる。今度は変装を施し、妻の嫌疑を晴らそうと懸命になるアダム。果たして彼らの運命は?
技術は陳腐化しているものの、ロボットが自我を形成し、人間社会とどのように折り合いをつけるのかという部分が実に哲学的。手塚治虫の<鉄腕アトム>でも問題になっている「ロボットは人間の僕たるべきか?」という問題。本書ではアダムは確立した個であり、ゆえに彼は市民権を得ようとする。書かれた年代に即しても、黒人の公民権運動ともリンクしているのではないかと思う。現代版フランケンシュタイン、というだけではなく当時の様相を省みれば、バインダー兄弟はSFという形でメッセージを伝えたかったのかもしれない。読む余裕があるのであれば、ぜひ読んでもらいたい一冊。ぼくは楽しみました。ついでに、ここにアダム・リンクの姿が!
特集「われらSF者宣言!」を読む。昔、ロバート・ブロックが書いた短編を思い出した。とり・みきの漫画に爆笑。一緒に食事した友人(SFの人ではない一般の人)にこの漫画を見せたら、大爆笑していた。しかし「SFの人はあまり結婚しない」「SFの人は着るものに無頓着である」「SFの人は解説をする」などなど、笑ってしまった。当てはまっているケースもあるけど、うーむ。大森望他の鼎談は、結構キッツい(笑)。来るもの選んでいるうちは山岸真レベルらしい(笑)。しかし、20年SFを一冊も読んでいないででかい顔しているSFゴロは存在していたのか!
水玉さんのイラスト双六をやってみたのだが、やばいなぁ(笑)。ファンジンをつくりはじめる、新人賞に応募したりつーのはないけど、当てはまっている。市井の一SF者として、みたいな。ちなみにGOALはたぶん上から小谷真理、柴野拓美、牧眞司をイメージしたイラストか?

ロボットという言葉の生みの親ともいうべき、ロボットモノの古典中の古典。イアンド・バインダーの『ロボット市民』とは対称的にロボットが反乱を起こし、人間を滅ぼすというお話。手塚治虫の漫画、「人間たちよ!」の元ネタかな?ともあれ、ものすごく面白かった。いまさらなんだけど、古典と呼ばれる作品をあまり読んでいないこともあるので、ぼちぼちとこの夏の間に読み進めるつもりではある。70年代に訳された本はやや訳が古くなっていることもあるけど、本書はチャペックの翻訳者としても名高い千野栄一氏が訳したものなので、安心して読める。
古典作品を読むこと、というのはある種ルーツ探しに近いものがあると思う。どのようなルーツで、後世の作家たちが影響を受けたのかということを知る上で非常に有用である。口では説明しにくいけど、SFがどのようなネタをメインに書かれているのかというのは、ある種知的な遊戯みたいな気がする。だからこそ、色々な本を読むというのは知的なラインをつなげることになるので、とても楽しいことなのだ。本書は、人造人間が人間の代わりに仕事を行う世界で、人間がロボットの反乱によって滅ぼされてしまうというディストピアSF。しかしながら、ある問題が発生する。ロボットの生みの親の秘密の書類をヒロインであるヘレナが焼却処分することによって、ロボットたちが延命する方法、自分たちを増やす方法を失ってしまうという悲劇に見舞われる。人類唯一の生き残りであるアルクビスト建築士に生命の秘密を探るように伝えるのだが、彼もまたなぞが解けず、ロボットたちは人間を滅ぼしたことに後悔の念をいだく。
ロボット、という言葉の起源については巻末の解説に詳しい。ここでのロボットはあくまでも機械ではない、人造人間に限定したものであると考えられる。だからこそ彼らは生命の形態を持つものであり、ポテンシャルとして自分たちで増える可能性も持っていたようだ。絶望の中にある希望でしょうか。長らく本書は品切れで入手困難だったのだが、復刊フェアで多少部数があるはず。ロボットの起源について考えたい人にはお勧め。
破滅後の未来を描いたウィンダムの古典的名作。核戦争後の未来の地球を舞台に、ミュータント(あるいは新人類)と旧人類の相克を描いた傑作である。ウィンダムというとなんとなく侵略・破滅SFの名手というイメージがあったりする。本作品はミュータントを題材にした面白いSFで、読んでいるうちに色々と考えながら楽しく読むことができた。進化ゲーム理論という分野がある。この理論は、二つの進化様式を考え、一方の種族が一方の種族を凌駕することを期待値(ある戦略をとる確率×利得)の大小から説明しようというもの。ウィンダムはたぶんジョン・メイナード・スミスの考案したこのアイディアをうまくSFというアイディアの枠に捉えたのではないかと思う。
核戦争によるミュータントの誕生確率はウィンダムの世界では低いのだが、それでも一定数のミュータントが生まれてきてしまう。そんなミュータントの彼らが一般人のもとで自分たちの正体を明らかにしないように、秘密裏にメンバー&主人公の叔父の間で秘密は守られていた。しかしある日のこと。主人公の妹ペトラ(非常に強力な力を持つテレパシスト)が襲われてしまう。しかしながらペトラの助けを求める声は、主人公たちを窮地に追い込んでしまう羽目になってしまう。迫害から逃れるために逃げ出す主人公たち。果たして彼らの運命はいかに?
ミュータントものSFとして、一流のエンターテイメイントに仕上がっている。この面白さはなかなか説明が難しいのだが、うまく進化理論を使ってリアリティに近づけているように思えた。ウィンダム自身は意識していなかったのかもしれないが、あるコンテクストから読み直せば、全然アイディアは古びておらず、楽しむ読むことができた。アイディア以外もとても読ませる。6本の指を持つ女の子ソフィーと主人公との儚き恋や、共同体の閉鎖的な部分のなまなましさなどにぞっとする人は少なくないはず。この共同体の狂信的なドグマ自体はカルトの到来を予言しているようで恐ろしい。ラストはえっ!と思う展開なのだが、人類の進化という視点から考えると面白い。ただ、やや人種差別的な考えもあるので今は復刊が難しいのかもしれない。面白かったので、ウィンダムはしばらく追いかけてみようと思います。
シリーズからもわかるように少年少女向けのSF。眉村卓らしさがある種よく出た作品ではないかと思う。ただ本書はレーベル自体が非常に見つけにくく、入手が困難な一冊だと思われる。以前より読もうと思っていたのだが、今回本の山から発掘することに成功したので、早速読んでみることにした。色々なアイディアが詰められているので、ちょっと強引な展開もあるものの、面白い。眉村さんの作品の魅力は、社会構造を伴ったSFを書かせるとすごく面白くなるということ。今回も眉村さんは階級制度を導入することで、巧みに面白さを引き出すことに成功したように思える。
主人公の茂が目を覚ますと、見知らぬ場所に彼はいた。何と彼は別の世界へと飛ばされていたのだった。その世界の責任者である運営士に事情を尋ねると、エゲラという男と茂は入れ替わっていたのだった。なんとその男エゲラは地球を征服しようと転移交換装置なる装置によって、地球世界にいた茂と入れ替わることに成功したのだった……。果たして茂の運命は?
10歳以下のSF読み始めの子供たちに読ませたい一冊。展開はカタルシスもあるけれども、ジュヴィナイル作品に手馴れた眉村さんならの作品。組織の利益を追求しようとした世界がどうして失敗したのか、そして組織にいる上級管理職の悲哀を書いたSFとして楽しむことができた。
心理テストとして利用したいネタがたくさんある本。しかしトポールのイメージが変わってしまったぞ。なんというか、澁澤氏の解説が面白い。ある種、マゾヒストの究極の夢(!?)をトポールが絵の形で書いた作品で、ブラックユーモア度が高いけど、なんとなく神経に障るようなナンセンスでグロテスクな絵画だったりする。澁澤龍彦氏のあとがきでも触れられているように、どのイラストがインパクトが強かったのか、というのはかなり個々人で異なるように思える。生理的嫌悪感を抱いたのは、手を鑢がけしすぎた男のイラスト。こういうシチュエーションを想像するだけで痛々しい。
入手が難しいみたいだけれども、トポールの違った側面を知ることができるという意味では貴重な一冊かもしれません。

傑作。純文学だと思うのだけれども、ある意味すごいファンタジーかもしれない。言葉の力とイマジネーションを言葉の一つ一つから感じることができた。柴田元幸先生の訳が素晴らしい。20世紀前半を舞台としたアメリカで、一人の青年が努力とセンスを生かして、ビジネス界で成功していくというお話。ところがミルハウザーですから、ただのサクセスストーリーではない。ある種、ニューヨークの変わりゆくランドスケーブを楽しみながら、一人の悩める青年の内的宇宙を描いた快作といえる。
前半は葉巻屋の息子だった、マーティン・ドレスラーがちょっとした工夫から葉巻の売り上げに貢献。その働きぶりを見たホテルウェストブライトンの副支配人が彼を雇う。お客への心遣いをしっかり押さえたマーティンは、支配人の注目を浴び、一気に彼の秘書へと昇格する。その間にマーティンは葉巻スタンドの改良を行ったり、レストラン経営へと多方面に自らの情熱を注ぐことになる。そんな中でマーティンは3人の女性と出会う。夢見人ともいうべき美しきキャロラインとその妹で闊達なエメリン、その母親のマーガレットである。器量良しのキャロラインの魅力に惹かれたマーティンは、エメリンではなくキャロラインと結婚する。しかし、この結婚はすでに破綻していた。我侭なキャロラインとの夫婦生活は機能せず、マーティンは自分の情熱をホテル経営へとシフトさせていく。そして、マーティンは自分が昔から夢見ていたホテルの建築へと情熱を注ぐのだが……。
3人の女性とマーティンとのかかわりあいがまるでマーティンの運命を決めるかのごとく物語が展開していくので、一見かったるいと思えるシーンも実はマーティンの運命と交錯しているので、しっかり読む必要がある。キャロラインよりもエメリンの存在が大きくなったときに起こってしまうちょっとした事件。なんとも皮肉な形でおきてしまうために、読者は何となく何かを予感するのではないかと思います。しかしながらラストのグランド・コズモと呼ばれる究極の形態でもあるホテル兼アパートメントの描写は本当に幻想的で圧巻する。子供のときに感じていた何かをふと思い起こしてしまうようなわくわく感を彼の作品から味わうことができた。他の作品も読んでみたいと思う。

オカルトホラージュヴナイル。一部で熱狂的なファンのある名探偵チビーシリーズを書いている作者のホラーノベルである。子供向けという制約もあるために、いささか物足りなさもあるが、鏡合わせという古典的なネタをうまく活用して、面白く仕上げていると思った。主人公のタイキとオカルト好きな少女ミム(こんな奴いねー、というつっこみはなし)のやり取りが面白いけど、悪魔が弱すぎ(笑)。最初にやられた博士たちは浮かばれません。
6歳ぐらいのときに読んでいたら、きっと信じてしまうだろうなぁと思えるホラー。いい仕事しています。


キングも絶賛したというサイコホラー。たぶんサイコな人に追われるというパターンはグラップの作品に少なからず影響されているように思えた。本書はもともとトパーズプレスから出ていた本で、1996年。刊行されたのは1953年だから、それまで翻訳がなかったのが不思議な一冊である。大恐慌期のアメリカを舞台にした、実に嫌なテイストのホラーだった。なんといっても、狩人である自称伝道師のハリー・パウエルという男が実に粘着質でサイコで、自分勝手な男だからだ。右手に「LOVE」、左手に「HATE」の刺青を入れたこの風変わりな男は、右手と左手の戦い、弁舌力によって周囲の人々を欺き、後家さんたちを殺害して、各地を放浪していた。
主人公のジョンは父親ベンを絞首刑で失う。ベンは強盗殺人の罪で青い服の人々にとらわれて、死刑となってしまう。その際、ベンはある秘密をジョンに託す。そう、盗んだ金の1万ドルのありかである。それを目ざとく聞きつけた人々はありとあらゆる人々から盗んだ金のあり場所を聞かれるが、ベンは口を硬く閉ざしたまま死刑へと赴く。その際、けちな窃盗で捕まっていたハリー・パウエルは1万ドルを得ようと執拗に問い詰める。出所後、彼はベンの妻であるウィラを誘惑し、金のありかを突き止めようとする。ふとあるしたきっかけでハリーは、ジョンが1万ドルの在り処を知っていることを確証し、幼き彼を問い詰める。運良く逃げ延びたジョンと妹のパールは、狩人の恐怖におびえながらも何とか生き延びるのだが……。
怖い。以前読んだキット・クレイグの小説と同様、サイコさんから追われる立場の作品というのは生々しくて嫌な感じがする。特に幼き二人がこのサイコさんから必死で逃げるシーンは、恐ろしくて涙が出てきそうになる。牧師という神の僕たる男が正当化のために人殺しを平気で行うというストーリー自体がかなり衝撃的であり、おぞましい。自分が正しいと思い込んでいるサイコさんほど性質が悪いものはない、と本書を読んでつくづく思ったのだった。当時のアメリカの状況を踏まえて書かれているので、その部分の描写も含めて面白い作品だと思った。ちなみに創元推理文庫版とトパーズプレス版との違いは、石川三登志氏の解説が創元推理文庫版に付け加えられていること。映画<ケープ・フィア>が『狩人の夜』を意識して作られた作品と知って、なるほどと思った。
古典SF。タイトルからも想像できると思うけれども、月に着陸して調査活動をしていたアメリカの宇宙飛行士たちが帰還船の故障によって2年間の間、月面で知恵と工夫を生かしながら生き延びた記録を克明と描く。本書は一時早川書房50周年記念にて復刊した本で、売れたのかはわからないが復刊した早川書房の英断は正しかったと思う。銀背版もあるが、こちらも入手が難しいので復刊のある本書を探されることをお勧めしたい。ある種、ヴァン・ヴォークトの『宇宙船ビーグル号の冒険』を読んでいる気分で、面白く読むことができた。
本書はハードSFに分類され、科学技術に沿ったアイディアが考案され、専門職をそれぞれもった宇宙飛行士たちが生存に必要な物資を作り上げていくシーンが実に面白い。たとえば石膏を電気分解して水を作ったり、光電池によって電源を確保したり、果てには合成食物を紙や衣類を交えて作ったりと、2年間を生き延びるために全員が一丸となって闘う姿がいい。色々な意味で、各人の専門をうまく生かした形で各種問題に取り組む様がかなり面白い。そういった意味では、『宇宙船ビーグル号の冒険』のように色々な科学者が乗り込んで、色々な困難に立ち向かうスタイルはキャンベルJrから踏襲されたものだったのかなと思ったりした。
ただ現代の科学から見るとかなり突拍子もないアイディアもあるのだが(それはちょっと無理だろうというつっこみも)、科学技術に立脚したS派のSFの古典として今現在読む価値は高いと思う。ハードSFの古典としてぜひ読んでもらいたい一冊である。最初想像していた話(カプリコン1みたいな話かと思っていた)とはまったく違って面白かった。人間が極限状態に追い込まれたときに、いかに理性的に危機に対処するかということをドラマティックにまとめた佳品といえる。