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復刊ドットコムに「夢の国のリトル・ニモ」の復刊をリクエスト。ご協力お願い致します。

乙一の作品の根底にあるものはきっと「やさしさ」なのではないかと思う。推測するに、人間はみな孤独、でもきっかけさえあればその孤独はいいものに変わるよというメッセージが籠められているように思えた。過去スニーカー文庫で出ていた作品においても、孤独感や寂しさをこんなにうまく文章化していて、その見事さに感激していたものだった。本作品も特異な状況を利用したホラー的なミステリとして、読者を驚愕させるのは間違いないだろう。乙一という作家の作品が高い評価を得る理由は、作品を読み続けていくことで明らかになると思う。ぼくは彼の作品がとても好きなので、バイアスがかかっているかもしれないけれども、今後ともに応援したい。
本作品はヒロインのミチルが事故によって視力を失ったという設定がキーポイントになっている。彼女は視力を失い、唯一の肉親であった父親を失っている。そんな彼女は友人と一緒にたまに日用雑貨の買い物をし、独り静かに日々を暮らしていた。ある日のこと、ミチルは冷蔵庫の食料の減りが早いことに気がつく。何となく誰かの気配を感じ取ったのだった。そう、彼女の家にはある事件の被疑者が隠れていたのだった。彼の名はアキヒロ。駅で起きた事件の容疑者として、警察から追われる身だったのだ。アキヒロの気配に気がついたミチルは怯えながらも気がついていないふりをしていたのだった。果たしてミチルとアキヒロの運命はいかに?
ラストでサプライズが!『GOTH』のときでもそうだったんだけど、実にうまいサプライズだなぁといつも思います。一度刷り込みされた情報がなかなか消えないという特性や先入観を生かしての見事なトリック作り。ミステリ的にも面白いと思います。もちろんハートウォーミングな部分もうまくて、乙一のまなざしの優しさ、というのをひしひしと感じました。ぜひハヤカワ文庫JAあたりで新作SFを書いてもらいたいなぁと思う作家の一人であります。お勧めです。
「異次元を覗くホームページ」の加藤隆史さんから譲っていただいた作品です。読む予定で2年以上経過してしまい、ちょっと申し訳ない感じでしたが、ようやく読み終えることができました。加藤さん、どうもありがとう。寓話。タピオラというヨークシャー・テリアを擬人化した英雄願望物語。当時の時代設定を踏まえると、第二次世界大戦の影が本作品からもうかがえる。ある種、童話の形をとった戦争への皮肉や愛の賛歌を描いた作品だと思う。本作品は「タピオラの冒険」と「タピオラの勇敢な連隊」のノヴェラが収められた作品集です。
なんというか英雄になりたい!と思っているタピオラの我侭が鼻につく感じ。タピオラ自身はあまり傷づかないで、口だけ達者だし。特に自分の予知夢で、勝手に軍隊を召集して戦いの準備をする「タピオラの勇敢な連隊」は怖気がしました。なんというか、実にいやらしい。自分の犠牲がまったく役に立っていないということを認識していながらも、何かのために戦わなければならないという部分については納得するし、同意する。たぶん、ネイサン自身は戦争への皮肉としてこの作品を書いているために、献身的な犠牲の空虚さということについて、アイロニーを込めて寓話化したのではないかと感じた。
読んでいていらいらさせられる作品で、なんとも歯がゆい気分になるのは否めません。『夢の国をゆく帆船』(ハヤカワ文庫NV)が夢見人のささやかな夢を描いてくれた佳作に比べ、本作品はどちらかというと時代性とアイロニーが込められた作品だったように思える。
いまや大ヒット作家の仲間入りをした梶尾真治さんのユーモア系ドタバタSF。ユーモアの味付けをしながらも、おセンチなお話から奇妙な話まで各種盛りだくさんのSF連作短編集。クリフォード・シマックの『中継ステーション』(ハヤカワ文庫SF)へのオマージュともいえる本作品は、なんと主人公がソバ屋を営んでいるのである。このソバ屋は宇宙でも屈指のうまさを誇るソバ屋さんで、特に移動が多いときは<ゑゐり庵>のソバを求めて、人々が殺到しているのだった。
ここのご主人アピ・北川は客商売という仕事柄とても好奇心が旺盛な話好きなご主人。そんな彼の元にはたくさんの客人が訪れ、時には彼らが体験した色々な出来事を彼に語るのだった。6人のクローン兵士、銀河食べ歩きガイドの編集人、移民星から移動してきた男、奇妙な兵器を売りさばく男など、一癖も二癖もあるような経験を持った人々が彼の店を訪れ、しばしソバを楽しむのだった。
面白い!期待しないで読んだのだけれども、連作短編という形式がじつにうまく作用した梶尾真治のSFの中でも傑作に入る本だと思った。主人の性格?もあるのだろうけれども、どの短編も落ちがうまくついていて、面白い。おセンチな話もあれば、ホラーもあるこの連作短編集はカジシンのエッセンスが詰められた傑作だと思う。ぜひ見つけたら手にとって読んでもらいたい。徳間デュアル文庫もしくはハヤカワ文庫JAで復刊希望。
古き良きジュヴナイルテイストの強いタイムトラベルSF(幻想譚?)。光瀬龍氏に師事していた作者が自分の中学美術教師としての経験を生かしたノスタルジックなSFでした。この本が出ていたことはまったく気づいていなかったので、まめにウェブなどをチェックする必要があるなぁとつくづく思いました。朝日ソノラマ文庫は中学生や高校生向けに書かれた素晴らしい作品が多いのですが、本作品はタイムトラベルものとして、安心してお勧めできる一冊です。アイディアやストーリーに重点を置いたハートウォーミングなSFジュヴィナイルの佳品として読まれ続けて欲しいものだと思います。
25歳の医師の卵の主人公、哲哉は10年前に起こったある悲劇が常に心の中で彼を苦しめていた。彼がひそかに心を寄せていた美鈴を痛ましい事故で失ってしまったからだ。そんな彼と彼の友達は、学校の伝説を信じて、10年前へと意識をタイムスリップさせようと試みる。そしてついに哲哉の意識は時空を超えて、10年前の自分の意識へとタイムスリップさせることに成功する。しかし運悪く、そのタイムスリップの過程で肝心な悲劇の瞬間がいつなのかを哲哉は忘れてしまう。哲哉はあらゆる手をつくして、美鈴の死を食い止めようとするのだが……。
この作品はかなり好みかも。中学生時代のやりとりとか、勉強を忘れて夏休みに友達と元気よく遊ぶシーンとか、いかだを作るところとか、何となくノスタルジックな雰囲気に溢れているところに惹かれたのかもしれません。考えてみると光瀬龍さんも先生をやっていたわけで、現場での経験というのは確実に生かされるものなのかもしれませんね。というわけで、今中学生の人たちにも読んでみて感想を聞いてみたいSFだし、すでに成人している人たちにも感想を聞きたいSFジュヴナイルだったりします。

ずいぶん前にポケミスで出ていた本で、相当入手困難な一冊だったんだけど、いきなりNV文庫で復活。2003年はスタージョンの年といわれる予感がしていたのだが、まさにこの本の復刻で、その予感は大当たりになりそう。7月には若島正さん編のスタージョンの短編集が出るし、スタージョンファンにとっては今年から来年にかけて、収穫の年になりそうです。本書は、結構変わったモダンホラーで、スタージョンの妙味が出ている作品。回顧形式という形をとりながらも、生理的な嫌悪感を交えて、スタージョン流のうまさで、あるネタをうまく処理している。こういう組み立て方もあるのか!とびっくりしながらも、ある兵士の奇妙な行為について、淡々と綴っている。
主人公の兵士ジョージの奇妙な習慣が明らかにされたのは、彼の恋人に当てた手紙の検閲であった。その内容の奇妙さに、精神科医であったマンソン少佐は彼を詰問する。ところが、そこで起こった衝撃的な事件こそが、彼の異常な行動を裏付けるものになってしまう。彼の精神構造を追跡していくうちにわかる哀しげな過去と、おぞましい記録。そして明らかにされる衝撃の事実とは?
ラストの衝撃はちょっとびっくり。確かにきちんと伏線が張られていて、ジョージがなぜ奇妙な行動をとったのかという理由付けもあって、色々と納得しました。一歩間違えるとサイコな普通小説になりそうなんですが、流石スタージョン。まさかそういう風に来るとは!とびっくりです。しかしそれはうまいのかどうか(ある体験をしたことがある人なら、わかるでしょ?)ということ。しかしこれをネタにするとは、スタージョンの凄さを改めて認識した次第です。風間賢二(ハヤカワ文庫NV版)と矢野浩三郎(ポケミス版)の解説は両方とも読むべし。本小説の違った見方をさらに提示されることでしょう。読み終えて、一見大したことない!と思う人もいるかもしれないですが、再読してみると明らかに衝撃を食らうというか。アンチもの、という矢野浩三郎の解説には納得。
合言葉に萌え。陳腐化したテクノロジー描写はあれども、SFミステリの傑作として読みつがれてほしい。STRさんとも先日電話で話したときに、「タイトルがまったく猫とも関係ないのに、これだけインパクトのあるタイトルを作り出した作者も凄い」と二人で同意。タイムパラドックスの理論の部分もなかなか残酷な出来で、考えると恐ろしい。ミステリ的要素の部分は、多少整理整頓(一部混乱してしまいましたが)が必要あれど、読ませます。個人的には「たんぽぽ娘」とタメはるんだけどなぁ。
ちょっと手直しすれば、現在でも通用するいいジュヴナイルSFだと思います。人工知能のニタカが結構人間臭いし。しかし、恋愛というのは恐ろしいものであるということもこの本を読み終えて思った人は少なくないはず。なんというか因果応報とはいえ、むごいわけで。動機を考えると同情の余地もあるけれども、結局両思いにならないとだめ?という教訓でしょうか。そういう部分は身につまされる人もいるはずだと思いつつ。
タイムマシンがコンパクトであるというのは、割と面白いアイディアかも。あと、泥臭い部分としては部品を頼む部分と、人間関係のところとか。普通の企業にありそうなリアリティも見逃せません。しかしこの本、見つからない。先日読んだ平谷美樹の『君のいた夏』もよかったけど久米康之はそれを一段と上回った感じかも。とりあえず、個人的には一押しの一冊だったりします。
ブラナーのきっとダメな方のSF作品。人類衰退後の地球のたそがれの中、主人公のクレハオンはある日重要な出来事を観測する。なんと、3世紀後に流星が地球とぶつかり崩壊するという。その事実を知ったクレハオンは、海辺で出会った少女カリス(彼女は彼の主張を理解してくれたただ一人の人間)とともに、一緒に旅立つ。果たして地球の運命は?
すっかりと様変わりした黄昏た地球の描写は実に見事。ある種、ジャック・ヴァンスを彷彿させるような異世界描写を伴い、色々と品種改良された動物や植物たちが動き回る世界となっている。そんな中で、主人公たちは様々な辛苦を乗り越えて、解決法を求めようとする。途中頑迷な種族にであい、交渉の苦労や考え方の違いを(強引に)乗り越えていく部分はある種、感動すらある。俺たちは地球を救うんだ!という気持ちがこんなににじみ出ているSFも珍しいかも。もちろんラストは、想像したとおりのオチで新鮮味はあまりないんですが、結構差別的な人種扱いもあったりして、復刊は難しいのかなと思いました。
個人的には海のトリトンみたいな世界を想定して読んでいたので、面白かった。ああ、過去にはこんな作品があったんだぁという感じで、人知れず忘れ去られてしまう作品という印象です。まさに無理して探して読むほどの作品ではないということを強調しておきましょう。ファンの人はすみません。

映画ディープ・インパクトの原作というクラークの中長編。多少かったるい面もあったけど、このくらいの長さで十分はらはらどきどきさせられる中長編は久々である。クラークは過去にも巨大な隕石が地球を襲うというネタでSFを書いているらしい。クラークらしいアイディアに満ちた作品だと思う。技術面でのつっこみは他の方々に任せるとして、ハードSFのアイディアに満ちた面白いSFだった。クラークはすごい!と改めて読者に認識させた作品でした。もともと最初の海外SFの洗礼はクラークだったので、御三家の中ではクラークの作品を読むことが多かったので、今回も手によってよかったと思います。
西暦2109年、太陽に接近しつつある小惑星が火星のアマチュア天文家によって発見される。その後の詳細な観測によれば、この小惑星は地球に8ヵ月後に激突することが予想されるという。もしカーリーと命名されたこの小惑星が地球に激突したのならば、多数の人々の犠牲も含めて、地球は死の惑星になることは必至だった。この危機に際し、最新鋭の宇宙船のゴライアスは、カーリーの軌道を変えるべく、死への旅路へと赴いたのだった……。
隕石をめぐる生々しいやり取りも含めて、イスラム教とキリスト教が合体した新興宗教が絡んだりと、割と政治的な地レベルでのやり取りが面白かった。あとはセックスがフリーになっているところの描写とか。歳をとってもクラークはとてもラディカルなアイディアを持ち続けている人だなぁと大変強く感じました。そういうラディカルなアイディアを出し続けるのがクラークたるゆえんかもしれません。つまり、SF作家として大切な要素であると思われる知的好奇心への飽くなき興味を持ち続けているなぁと強く感じました。巻末のクラークの資料および謝辞はこの作品が完成するに当たってのいきさつがわかるので、非常に有用かも。

版は小西宏訳。現在は東京創元社から出ている合本版の2話として、厚木淳訳で読める。以前読んだ『火星のプリンセス』も小西宏訳で読んでいるため、整合性の問題をとって小西訳で読むことにした。1965年3刷という古い版なのだが、訳文は冴えていて素晴らしい。厚木訳も小西訳を参照しながら改訳されているということで、比較するのは悪くないと思う。突然バローズを読み始めたのは、ルポフの<火星シリーズ>の研究書である『バルスーム』のせいである。ルポフが最初の三冊が傑作であると声高に主張するために、どれ読んでみようという気持ちになったのだ。『火星のプリンセス』は文句なく楽しめたので、本作品はどうか多少不安だったのだが、これが大当たり。バローズという人はきっと天性のストーリーテラーなのではないかと心から感じたのだった。
確かに作品にはご都合主義もあるし、主人公ジョン・カーターが強すぎるという批判もある。しかしながら、グロテスクな火星の生き物の描写や義侠心溢れるジョン・カーターの行動はぐいぐいと読者をバルスームの世界に引き込むことは保証する。実際、続刊である『火星の大元帥カーター』も一気に読んでしまった。この間ほぼ2時間半ぐらいだったから、それだけストーリーの面白さが際立っていたのではないかと思う。厚木淳氏がバローズの冒険世界に引き込まれていったのは、僕自身もよくわかった。
今更?という読者もいるかもしれない。しかし合本版の一巻目については面白さは保証するし、1700円を払った価値のある本だと思う。もちろん武部本一郎さんのイラストがさらに読者のイマジネーションを補完する上で重要な役割を果たしているのはいうまでもない。比類なきデジャー・ソリス(傾国の美女?)が色々な敵に見初められて、まるでトロイア戦争の発端となったヘレナのように次々とトラブルを巻き起こし、いつも夫のカーターと離れ離れになるのは心痛いものがある。しかしジョン・カーターの高潔な心は常に敵も味方も心服させ、最後には彼の大切な宝物になっていくのだ。
本2作で面白いのは、女神イサス信仰である。イサスは生き神であり、人々の運命を決めてしまう我侭な年老いた黒人女性である。バローズは宗教に対する欺瞞性というものを信じていたと思われるネタで、このプロット自体は非常に優れていて、現代でも読み告がれて欲しいグローバルなネタである。ただデジャー・ソリスを助ける冒険ものである、というわけではなく、バローズが意図したより大きな枠組みがあるからこそ、ただの冒険活劇ではないのではないかと思う。迷信やカルトというものが、いかに人々を支配するものなのか、そしてどうやったら崩壊させることができるのか、という点も含めて、本作品は冒険SFの古典として十分後世まで読みつがれて欲しい作品である。お勧めである。
ちなみに火星シリーズは、最初小西宏訳で出て、そのあと厚木淳訳で改訳。そして、合本火星シリーズでさらに改訳がなされており、さらに解説も微妙に変わっているというマニア泣かせの本である。個人的には小西宏訳の方が好きなので、彼の訳が変わるまでは読み続ける予定。007号の痛快さと風太郎忍法帖のおもしろさをSFで再現したというフレーズが本当に当てはまる一冊である。
E・R・バローズをこよなく愛するSF作家ルポフが書いた火星シリーズの解説本。厚木淳氏がいなかったら絶対翻訳されなかったと思われる本である。E・R・バローズについてはエドガー・ライス・バローズのSF冒険世界という素晴らしいファンサイトがあるので、ぜひ参照して欲しい。彼がどのような作家で、どのような作品を書いているのかなどは長田さんのサイトですべてがクリアになると思う。東京創元社がバローズの合本版として火星シリーズを復刊させたことは、古典SFを語る上で非常に大切な作品を復刊させたということでもある。文庫一冊が非常に分厚いことと高いことも相俟って、やや手に取りにくいかもしれないが、一巻目については前日の日記に書いたように面白さは保証します。
何を今更バローズの<火星シリーズ>の解説本?という感もありますが、きちんとバローズを現代のSFの中で捉えなおすことは意味があることだとぼくは思います。確かに書かれた年度や人種偏見、またご都合主義が多々見られますが、それを補ってあまるぐらいのプロットの面白さとアイディアの卓越性、そしてユニークな火星の生態系などがバローズ作品の魅力だとぼくは思います。ルポフは<火星シリーズ>はバローズの夢であり、逃避でもあったことを指摘し、どうして彼が<火星シリーズ>に強い思いいれを込めているのか様々な角度から解説しています。
確かに今読めば、人種・女性蔑視など色々な問題もあるでしょう。特にヒロインである比類なき美貌を持つというデジャー・ソリスはつねに夫であるジョン・カーターに救われるという構図で、フェミニストSFの人たちが批判してしまうようなマッチョなSFでしょう。でも、そういう部分を除いても素直に語りの力に引き寄せられるものがあるとぼくは思います。今のヒロイックファンタジーの原点でもある<火星シリーズ>の魅力も欠点も含めて、ルポフは非常に面白い考察を加えています。特に彼は『火星の合成人間』はパルプマガジンの悪癖の出たクズと言っており、ダメな作品のダメさとよい作品のよさをきちんと解説している部分に、バローズ作品への愛を強く感じました。
という意味でも、ルポフの本はバローズがどうして<火星シリーズ>を執筆したのかなど色々な角度から考察が加えられていて、ファンタジーを考えるにあたってもかなり参考になる本だと思います。もし機会があればぜひ一読をお勧めします。本当に見かけない本なので、入手は大変かもしれませんが、古典を考えるにあたっては非常に参考になる本ではないかと思います。
傑作!日本では珍しい「SFひと筋」の心優しき翻訳家の方に「シルヴァーバーグはどれを読んでおけばいいですかね?」との問いに、「大地への下降」といわれたので、早速サンリオSF文庫の山から本書を取り出し、読み始める。濃密な異世界描写とあっと驚くラストとニューウェーヴSFの影響を色濃く受けた新生シルヴァーバーグの壮大なる巡礼哲学SFに仕上がっている。『夜の翼』のせつなさと内的世界に向いたその一種奇妙な魂の救済を求めた不思議な旅は、読み手に感動を与えてくれる。なんと切なく美しい物語であるか。
、象を彷彿させる不思議な生物ニルドーロールと類人猿のような生物スリドーロールという知的生物が生息する惑星ベルサゴール。かつて行政官として滞在していた主人公ガンダーセンは、地球が権利を放棄したこの惑星に再び戻ってきた。ニルドーロールに知性が認められたために、地球は権利を放棄し、再びニルドーロールの支配の下に惑星ベルサゴールは戻ったのだった。ガンダーセンはニルドーロールに行った罪の意識にさいなまれ、贖罪の旅に向かうためにこの惑星を訪れたのだ。ニルドーロールがいう<再生>の儀式をうけるために、彼はニルドーロールの長老のもとを訪れ、神聖な場所である<霧の国>へと向かう。果たして彼がそこで得たものとは?
美しく儚い恋物語であった『夜の翼』とは異なり、内的世界への旅に焦点が当てられた不思議なSFでした。ニュー・シルヴァーバーグの代表作といわれるだけあって、かなりニューウェーヴに影響を受けた作品でした。、ガンダーセンの罪に対する内省が濃厚な惑星の位相と絡み合って、ものすごく不思議な世界を作り上げている。この世界はまさに外的なフレームと内的なフレームを取り外し、一種マジックリアリズム的なめまい感を与えている。ガンダーセンの罪が赦されたとき、ガンダーセンは魂の昇華を感じ、自分ではない何かへと変遷していったといえる。『夜の翼』と並んで、ぜひ入手ができれば読んで欲しい一冊。サンリオSF文庫なので、見つけづらいですけど、1500円出して買う価値はあるでしょう。
「やあ、ジョー。君はポットヒーラー(壺類修理人)だって?君の修理人としての腕を買って、ぜひこの大事な仕事を依頼したい。報酬は35000クラムブル。」なーんてある日突然言われたら、あなたはどうします?百科事典によれば、どうも依頼人はシリウス5という場所に棲んでいるグリマングという超生物らしい。グリマングはある計画を行うために、各種専門家を必要としていた。その計画というのは、惑星の海中に没した古の聖堂を引き上げるというもの。そこで、壺修理人としての彼の力が必要、というわけだ。
半ば強制的に地球を追われて、グリマングの依頼を受けなければならなかったジョーは惑星シリウス5へと旅立つ。その道中で、同じようにグリマングから仕事を依頼された人々の一団に出会う。彼らも報酬やら知的好奇心などから、グリマングに仕事を依頼された人々だった。しかしグリマングの計画は非常になぞめいていて、ジョーは戸惑いを隠せなかったのだが……。
巽孝之の解説はかなり専門的なので、それなりの知識を持っていないとちょっとわからないかも。一瞬、学術書の解説を読んでいるのかと思ってしまった。いや、これはこれでいいんですけど、ディックが小難しいという印象を与えてしまったのではないかと懸念。ともかく、この小説の面白さはストーリーよりもディテールにあるかも。例えば主人公のジョーが耽る翻訳ゲーム。インターネットエイジになって、色々な言語へのトランスレートが手軽になり、我々もまたそういう遊びに耽っていることがある(たまにSF系更新時刻日記なんかをみていると、そういう遊びが一挙に広がることもあって面白い)。このアイディアを1969年に呈示しているディックのアイディアはすごい。
あとはグリマングの存在の面白さかな。ラストにジョーが選んだ選択と他の人々が選んだ選択というのは、色々と考える余地がある。どうしてジョーはあの選択を選んで、マリーはあの選択を選んだのか、なかなか哲学的に興味があります。巽解説はそのあたりについても、面白い見方を与えてくれているので、よかったかも。しかし、この本もあまり見かけない。ディックの中では中程度に見つかりにくい本かもしれないけど、1000円ぐらいだったら買ってもいいかも(今の文庫事情を考えれば、決して悪くない)。

俺は<アジアの若者>っていう雑誌で日本のちょっとした事件を書いているビリー・チャカっていうんだ。よろしくな。で、もって俺は筋金入りの芸者マニアだ。それはさておき、いつも思うけどよ、この国は変な国だぜ。旧友の映画監督の佐藤実玖勝が俺を招待してくれたんだけどよ、まあすっぽかされたわけだ。しょうがないので、以前恩を売ってやった武藤のところでハイグレードなSAKE、英語でいうところの「四・四・七の重たい羊」をちびちびやっていたわけよ。そしたら、なんか芸者ガールが乱入してきたんだよ。奴さんは<<蝶々艶色紫>>の美倉を演じていたのを日本通の俺が一発で見抜いてやった。そうしたら、どうやら誰かに追われているらしいと俺にすがってきた。芸者ガールに弱い俺はしゃーないので、誠意を尽くすつもりだったので、手洗いに連れて行ってやった。したら、奴はな、あっという間に窓から出て行ってしまい、俺は唖然とするばかり。いやー、それにしてもいい女だった。
で、席に戻ってみると胡散臭いスリムファストを二、三ヶ月服用したあとの相撲レスラーのような連中が、女はどこだとわめきやがる。冗談も通用しないんで、仕方ないのでのしてやったぜ。まあ、店を出たわけだが、佐藤の専用運転手という神道というその風体に似合いそうな名前を持ついかめしい男が、俺を迎えに来てくれた。どうやら、佐藤は予定を変更したらしい。まあ、途中「我々はぁ、ダンキンドーナツやバービー人形と引き換えに大和魂を手放した!」とかいってる国粋主義者の街頭演説を尻目に、移動したわけよ。約束の場所にいくと、何台もの消防車とパトカーが道をふさいでいて、何かがあったなと思ったら、なんと佐藤は殺されていた!奴は黒焦げの死体となって、運ばれていった。感傷に浸る暇もなく、俺は神道を俺の専属運転手として雇って、武藤のところへと戻ったよ。あの謎の芸者について、もっと知りたくなったからだ。武藤のところで拾った手がかりをもとに、俺はある企業が経営する複合的な娯楽施設、ヨタヨ自動車グループが経営するヨタヨ・ラブホテルへと向かった。その前に俺はまあ、アブダラカタブラ(詳しくは本を参照してくれ!)を唱えて、中へと入ったわけだが。
そんなこんなで、こんなクレージーな国で俺は芸者蜜柑花を探す羽目になったわけだが、強大なヤクザ組織が絡んだり、怪しげな宗教団体が絡んだりで、蜜柑花にはどうも色々な謎があるようだ。俺の冒険を知りたいのなら、奈比古武乱人が俺にくれた自作映画のシナリオ「東京サッカーパッチ」っていう同名の本を読んでみてくれ。
そうそう、俺の生みの親であるアイザック・アダムスンは俺のためにウェブサイトを用意してくれる。粋な奴だぜ。http://billychaka.com/。次の作品は、「北海道ポプシク」。で、最近最新作の「パチンコを夢見て」が出たばかりなので、ぜひアダムスンのために一肌脱いでくれ!きっと日本の読者の反応を知りたいと思うしな。
ということで、『スターシップと俳句』『キャッチワールド』と日本を題材にしたバカSFは多々あれど、本作品も扶桑社ミステリ文庫というレーベルで出ているために誤解をうけるかもしれないが、実に見事なスプロールフィクションである。チープなイラストにめげないで、ぜひ読んで欲しい。バカだと思うかもしれないが、これは日本人である我々はアダムソンというフィルターを通じてもうひとつのグロテスクな日本を再認識するのではないだろうか。超おすすめ。
白背読破作戦で、積んであった本の一番上の本を取り上げて出てきたのが本書。過去読んだキース・ローマーの作品はあまりはずれがなくて、結構お気に入りの作家だったりする。大きなSFの賞は受賞しないだろうけれども、エンターテイメントに徹することができる作家、というイメージがある。本書はそんなエンターテナーとしてのローマーの魅力がふんだんに生かされた、異次元SFミステリだった。伊藤典夫先生の解説がローマーの魅力を余すところなく紹介しているので、ぜひ一読してほしい。
落ちぶれてやさぐれていた元秘密情報部員で元私立探偵で、今はしがない泥棒になっているレジョンは不思議な男に出会う。男の名前はフォスター。彼はレジョンにある依頼をするのだった。彼の依頼とは、彼自身が何者であるのかというのを調べてほしいのだという。彼自身が持っていた不思議な手帳によれば、彼はどうも何千年もの間生きているという。強制的に依頼を受ける羽目になったレジョンは、老フォスターが若返り、今までの記憶を失ってしまったことを悟る。そんなレジョンは成り行きとは言え、フォスターの記憶を取り戻させるために、彼と協力する。彼の手記に従って、レジョンはイギリスのストーンヘンジへと向かうことになる。そこでレジョンとフォスターは、ストーンヘンジの地下に巨大なコントロール・ルームがあるのを発見する。コントロール・ルームで宇宙船を呼び寄せた彼らは、フォスターの身に振りかかってきたことが血なまぐさい何かだったことを知る。果たしてフォスターの運命は?そして、レジョンの運命は?
いやー、どんでん返しもあってかなり面白い。白背といってバカにすることなかれ。本作品は確かに古びている部分もあるが、それを補ってもあまりない面白さがある。それはSFミステリ的に読むことにより、あっと驚く事実が明らかになり、ちょっと予想外の展開だったために、びっくりしたのだった。そのあっと驚かせる部分に、ローマーの面白さがあるのではないかとぼくは感じたのだが、いかがだろうか?真鍋博のイラストもいい感じなので、ぜひ機会があればミステリ読みでSF読みの人はぜひ読んでみて欲しい。面白さは保証できる、と思う。
悪党パーカーシリーズ13弾。いままでのパーカーとは違い、結構異色作かもしれない。パーカーの愛人になったクレアの登場が多く、今までとはちょっと毛色が違う感じがした。しかしながら、面白さは保証するし、どのような形でパーカーが襲撃者たちを撃退するのか、頭脳戦のような駆け引きがスリリングな一冊である。しかし、角川文庫のパーカーシリーズは本当に入手困難なようで、ポケミスをすべてそろえるぐらい大変かもしれない。こんな面白いシリーズなのに、全然読めないというのは結構悲しいものがある。
パーカーとその仲間たちは今回、あるコンサート会場を襲撃し、現金奪取に成功する。ところが、仲間に加わらなかった男が彼らのアジトで何者かに殺害されており、一行には不吉な予感が漂う。なぜ奴はやられたのか、と。無事に現金を分配した一行はそれぞれ解散するが、仲間の一人が無残な姿で惨殺され、もう一人の仲間もまた銃撃により死亡したのだった。身の危険を感じたパーカーは、愛人のクレアにしばらく身を隠しておくように指示するが、新たな棲家を手に入れたばかりのクレアは勇敢にも自衛で対処しようとする。そして、クレアの元に魔の手が……。
今回はクレアが大活躍。男勝りの未亡人クレアはまるでパーカーのパワーを吸い取ったように元気に立ち回る。そんな彼女がとても魅力的に移りました。ともあれ、襲撃者がまたヘンな奴らでかなり残虐度も高し。暗黒小説として、実にいい出来上がりを見せているように思えました。小鷹信光氏も、「異色作」と述べているように確かに異色作ではあるかも。今までのパーカーの流れ(襲撃が冒頭に来るのは結構すごい)から見ると、現金収奪よりも、パーカー襲撃の方に重点が置かれているという意味では、面白かったです。
久々にヨコジュンさんのハチャハチャSFが読みたくなったので、手にとってみた。いやー、これは凄い。色々な意味でアンチヒーロー物SFなのだが、何となく切なくて、下らないのが素晴らしい。まず試用的にスーパーマンを作るという設定から、色々とくだらなさでわくわくしていたのだが、期待通りに物語をつくりあげたヨコジュンさんに万歳。まず、改造ミスによって彼は欠陥スーパーマンもどきになるというとんでもない設定。高所恐怖症で対人赤面恐怖症という欠陥を持ったスーパーマン(笑)。まず、そのままで空を飛ぶことができない。なので、彼の内部に埋め込まれたS69(下品な名前である)という凄いボケ人工知能が大活躍。何と彼はちんどん屋のように、たて看板を持って空を飛ばなければいけないという、ちょっとかっこ悪いスーパーマンである。また、対人赤面恐怖症のため、きめ台詞がいえない(笑)。
で、極めつけは彼の弱点。スーパーマンはご存知のように、クリプトナイトと呼ばれる惑星クリプトンのかけらで弱体化する。なんとこのスーパーマンは○○パンの女性を見ると力を失ってしまうという。しかしこれは酷い(笑)。よく考えたものだと、感心してしまった。というのは、彼が助けたヒロインはなんと、すごい秘密の持ち主で、スーパーマンを弱体化させる。これだけではない。悪役はホモの中国人で、バカな世界征服計画を立てているし、物語の各所に駄洒落がちりばめられていて、読む人間を萎えさせるという罠も潜んでいる。
俺自身はすごく面白かったので、いいんですが。とりあえず、おばかでちょっとHなSF小説を読みたい人にはお勧めします。すぐに読めてしまうから、大丈夫。あー、つまらなくはないとは思うけど、笑いのツボが違う人にはあまり奨められないかもしれないとは思う。ともあれ、ハチャハチャSFをこれから読もうという人にはぜひ読んでもらいたい。

前作はオンライン書店を立ち上げるまでの経緯を書いたのだが、今回は仕入れでの苦労やオンディマンド出版の話題、ふるほん横丁が潰れた経緯、そして古書展への出展などを一冊の本にまとめている。売り上げの推移とかは面白いし、具体的に本の仕入れや処分をどのようにするかなどが、割と詳しく書かれている。あとはこまごまとした本の周辺のアイテム(栞とか)についても熱く語っているのは、ある種本好きの心をくすぐるのではないかと思う。
ジャンルの違う本をどのように扱うのか?彼はそういう本は取り扱わないという。やはり、自分が知識がない分野でのばくちはできないということ。実際、買い取ったムーを廃棄処分にしているなど、苦労も多い。しかしながら、廃本というジャンルに特化することによって、うまく顧客のニーズに応えられるという戦略をとった著者の感覚は流石、というところか。当初よりもだんだんとこなれてきて、ミスも少なくなってきているようだ。現在、たくさんのオンライン古書店がしのぎを削っている状態で、どのように特色を出すのかというのが生き残りの鍵になってくる。そういった意味でも、古参であるから大丈夫というわけにはいかないだろうと思う。
個人的には最終章の日記はオンラインで読めるので、他の話をもっと増やしてほしかった。本を売る人、人それぞれが色々な想いをつめて本を売っているんだなぁという話もかなり挿入されていて、おーっと思う。もちろん、北尾トロ自身もまた本の仕入れやブックカフェの経験などから色々なことを学び、経営に取り込んでいる。そう、これは一人の古本屋店主の成長物語なのだ。これから古本屋さんをやったり、何らかの形でオンライン商売をされる人は一読をお勧めしたい。読み物としても純粋に面白かった。
ハヤカワ文庫NVはなんとも不思議な文庫である。初期は映画のノベライズ、幻想文学、純文学、幻想・怪奇、そして冒険小説が文庫として収録されている。ポール・ギャリコ、レイ・ブラットベリ、ロバート・ブロック、アイラ・レヴィン、クロード・クロッツ、リチャード・マジスンなど異色作家と言われる作家の翻訳がたくさん翻訳され、そして入手困難になっているという状態である。本書のドナルド・O・スチュアートも名翻訳者浅倉久志氏が発掘しなければ、忘れ去られてしまった作家の一人になっていたのではないかと思う。
浅倉久志氏の解説によれば、スチュアートは1920年代に活躍したアメリカのユーモア作家・脚本家・劇作家。日本で翻訳されている小説は長編は本書だけのようだ。作品自体は、日本人が英語圏の国々を旅したときのコンプレックスをアメリカとフランスという舞台に置き換えたお話、という感じである。これはもちろん色々なシチュエーションが考えられるが、アメリカ人が日本を旅して苦労するようなものであろうか。この小説のシチュエーションはなんとも滑稽であるが、一度でも海外に滞在したことのある人にとっては結構身につまされるお話になっているような気がした。
時は1920年代のアメリカ。アメリカの片田舎でささやかな成功をしたハドック夫妻は、ついにアメリカ国外への旅行へと出発する。フランス語が少しできる幼きミルドレットをつれて、ゆっくりと船旅をし、そしてついにパリへと到着。ところがフランスときたら、英語は通じず、フランス語はちんぷんかんぷん。そこは誠実なハドック氏、家族のために手本をみせなきゃ、と一苦労。見よう見まねで大奮闘するハドック氏。そんなハドック氏の心知らずか、失敗につぐ失敗の連続。こんなどたばたなパリ珍道中、貴方はできる?
210ページから211ページにかけて、ボタン氏とハドック氏の会話が興味深い。ある種、この小説のまとめともいえる文化的な交流は、ぼくも首肯する。なんというか、ある人種に対してステレオタイプを抱いていることから生じる誤解というのは、万国共通であるということ。それは、ウェブ時代の今でも代わりはない。あるステレオタイプの枠に囚われてしまい、判官びいきをしてしまう状態。もうちょっと冷静になって、お互いのやり方や考え方を踏まえて歩み寄れば、きっと和解できるのではないか?という教訓をこの小説はユーモア小説というフレームで、面白く書いている。だからこそ、ただのユーモア小説ではないのではないかと思う。お勧め。
角川ホラー文庫の『ホラーガイドブック』で存在を知った本。この本で存在を知り、なんだか面白そうなのでウェブ検索で発見し、購入。状態が悪かったこともあって、まあその後日本語の新刊文庫一冊分ぐらいの値段で、状態のいい本を見つけたのでダブってしまった。結構不条理なミステリホラーで、オチを知ると愕然とする。ある種、ギャフン落ちになると思うのだが、ぼくの中ではまだ混乱しているので、こういうのもありかと思う。ラストは衝撃的な結末で、「!!!!」である。
仕事を終えたジョン・ティヴァトンは、いつものように帰宅する。ところが、迎えに出た彼の妻は彼を見知らぬ他人といい、隣人の男も彼を知らないという。厄介者扱いされた彼はその場を出て、自分がジョン・ティヴァトンであることを証明するために、かつての同僚たちのもとを訪れ、自分がティヴァトンであることを証明しようとするのだが……。
冒頭がすごくいい感じで、現実世界から悪夢世界へと切り替わるシーンは見事としかいいようがない。これに騙されて読み続け、あのオチに落ちるというのはある種犯罪的ではある。昔からぼくはカフカに代表される不条理な物語が大好きなのだが、この話はオチが色々な解釈ができるので結構悩んでみる価値はある。どんでん返しに次ぐ、どんでん返し。ラストに関しては、ぼくは納得したのだけれども、ミステリ読みの人には結構「???」という世界なのではないかと思う。実はミステリのコードで武装した不条理ホラーだった、というのがこの小説なんじゃないかと思う。評価は分かれるところだと思うけど、個人的には面白かった。でも、入手が難しいのが難点。
以前の復刊フェアで復刊したパーカーシリーズの中期の傑作。ややマンネリ化してきたパーカーシリーズに活が入った感じのやや風変わりな一作。今回もまた現金収奪よりも、悪党たちとの戦いに主眼が置かれている。そういう意味では、人狩りに原点回帰したような一冊である。本書は悪党パーカー14作目。悪党パーカーシリーズの快感というのは、超人パーカーがいかに頭脳戦に勝利し、敵の手から逃れるか、ということに主眼が置かれているような感じがする。現金収奪の方法にしろ、パーカーのお墨付きがあるからこそ何となく安心感があるというか。
今回のパーカーは、現金輸送車を収奪することには成功するが、2流のドライバーを雇ってしまったために、運転ミスで車が横転。パーカーだけが何とか大きな傷もなく助かる。相棒のグローフィールドと運転手ラウフマンは気を失い、そのまま警察に捕まる。運良く金を持って逃走したパーカーは遊園地の内部に隠れる。ところが彼の逃走劇を見ていた、地元のヤクザと汚職警官2人はパーカーの金を狙って、行動を起こす。絶対絶命の危機に晒されたパーカーは果たして助かるのか?
いやー、血まみれ度が高くて暗黒小説好きにはお勧めの一冊。遊園地内部のアトラクションをうまく利用して、人数で圧倒的に勝るギャングたちを退治していくパーカーがかっこいい。なんというか、読者はパーカーが必ず勝つのは知っているのだけれども、そのパーカーがどうやって伝説を作り上げるのかという部分にきっと楽しみを感じているのではないかと思う。ぼくはまさにパーカー伝説を読んで楽しんでいるわけで、パーカーシリーズにはまってしまう理由なのではないだろうか。復刊しただけあって、面白かったっす。ただこのシリーズは現行の3冊プラス本書、あと1作目しか読めない状態(あとは品切れもしくは絶版)なので、悪党パーカーファンは根気よくあたってみて欲しい。何とかなるものです。
すげえ。なんでこれが品切れ中なのかと思う。彼らの作品はミステリだと思って敬遠してきたのだが、色々と調べていくうちに割りとサイコホラー的要素が強いということがわかってきて、読んでみたいと思ったので某古本屋にて購入したのだった。設定の妙も去ることながら、カフカ的不条理感に囚われた恐ろしい作品。読み終えて思ったことは、乙一作品から受けたインパクトだった。乙一も好んで、盲人を題材に扱ったミステリやホラーを書くのだが、本作品を読み終えたとき感じたのは戦慄感だった。疑惑と疑念、そして孤立した主人公の世界の中で、誰が味方で誰が敵なのかを見極める部分において、ものすごい恐怖感がある。
ある日突然、不発弾の事故で眼を失明した主人公のエルマンチエ。彼は類稀なる発明の才と経営能力をもったワンマン社長だった。そんな彼に襲い掛かった突然の悪夢。視力を失った彼は、不安と猜疑心の塊となって日々を過ごしていた。そんな夫を心配してか、妻のクリスチァーヌは夫に別荘での療養を奨める。妻に従って別荘で療養している彼の心には感覚が鋭くなった分、様々な疑念を起こさせるような事件が続発する。妻らにただよう雰囲気、におうはずのない松の花粉の匂いなど、どうも想像とは違う場所に自分が存在するということに気がつく。彼はその鋭敏な頭脳をもって、自分を取り巻く疑惑を取り除こうと腐心するのだが……。
視力を失った方々が驚異的で鋭敏な能力を獲得し、状況を判断するというケースは現実社会においても多いのではないかと思います。特に本書は、疑念と恐怖をコアに実に不条理な世界を構築することに成功していると思います。本書の怖さは、突然視力を失ってしまった男がいままでのツケを支払わせられるという不条理さにあります。眼が見えない彼の裏で妻らが何をしているのかわからない、という状況。そして、忠実なる召使が辞めた理由はどうしてなのか、本書を読み続けるうちに、自然とエルマンチエの気持ちと一体化して読者は感情移入できるのではないでしょうか。ホラーミステリの傑作。見つけたらぜひ読んでみて欲しい。

久々に岩井志麻子のホラーを読む。タイトルに惹かれて読んでみたのだが、情念ホラーというべき、なんとも生々しくて粘着質なホラーだった。これはデビュー作の『ぼっけえ、きょうてえ』(角川ホラー文庫)でも感じたのだが、ある種のどろどろした情念や怨念のような粘着質な怖さが彼女の作品の魅力なのではないだろうか。セックスの描写に臭いを感じさせてしまう部分は彼女らしい。床惚れ(セックスの相性で享楽的に溺れてしまうような惚れ方)という底のない地獄に堕ちた二人の男女の甘美でかつおぞましい楽園の顛末を描いた佳品といえる。
うらびれた女優の主人公は男に貢がせて何とか生きている女。そんな女が常夏の国ベトナムへと向かう。彼女はそこで一人の魅力的なベトナム人の男に出会う。一目ぼれをした二人は、その日から相手の体を貪る様に官能的で情熱的なセックスをし続ける。そんな彼らは限られた日々を享楽的に過ごす。しかしながら、男にはある秘密があったのだ……。
なんというか見えないものが見えてしまうことがある、というのはある体験をしたことがなければ味わえない何かなのかもしれません。岩井志麻子は裏に隠された世界を描くことによって、ある種衝撃的なラストを飾っているともいえる。主人公がなぜ常夏の国で官能地獄に陥ったのか、それは本書を紐解くと明らかになるだろう。エッチな描写は多いけど、岩井志麻子節に慣れていない人も後で考えるとぞっとすると思うので、あのエッチな部分は伏線だと思って読むと面白いかも。

幸い入手困難なテキストはすべて揃っているので、数篇はすでに読了していた。スタージョンのベストというべき短編集『一角獣・多角獣』(早川書房)が入手困難な現在、本書はスタージョンのベスト短編集として現在入手可能な唯一のテキストとして、長らく読みつがれることを願ってやまない。スタージョンが好んで取り扱うテーマの中に、ミュータントや超人性、偏愛というものがある。なんというか、スタージョンの眼差しがどの方向を向いているのか、非常にしっかりとわかる形で短篇が収録されているので、読者にとっては非常にわかりやすくていいかもしれない。本書はスタージョンを愛する英米文学者若島正氏によって厳選されたエッセンスを結晶化させた一冊といえる。また本書は『一角獣・多角獣』に収録されなかった「ミュージック」および完全な訳ではなかった「めぐりあい」を全面改訳しており、スタージョン初心者の読者にもオールドファンの人々にも十分満足できるセレクトになっていると思う。
若島正さんの解説が素晴らしい。スタージョン未体験の人はまさにキャビアのようなこの短編集で至福の読書を味わえるだろう。スタージョン体験者もまたまっさらな気持ちでぜひこの短編集を隅から隅へじっくりと味わって欲しい。

もしあなたがグレック・イーガンという作家を知らず、SFというジャンルを読んだことがなくても、この短編集を書店で見かけたらまず手にとって読んでみるべきだ。そして知らぬ間に、イーガンの構築した世界にどっぷりと漬かっている自分を発見するはずだ。一ページ、二ページ、三ページ……と知らぬ間にページをめくる手が止まらず、あなたはきっとレジに本書を持っていくはずだ。そう、この短編集はそういう魔力と魅力を兼ね備えた稀有なるSFの傑作短編集なのだ。この本を読まないで一生を終えることは必ず後悔するだろう。そして、本書が気に入った読者はまた姉妹編ともいえる『祈りの海』もあわせて購入することをお勧めする。さらに11編も読めてしまう貴方は幸せものだ。
イーガンの魅力は最新の科学技術をベースにした、「近未来世界では起こっても不思議ではない出来事」についての壮大なヴィジョンにある。この壮大なヴィジョンこそが、読者を魅了してやまないのではないだろうか。テーマも多義にわたる。例えば、ヴァーチャル・リージョン、ヴィルス、遺伝子、無限の有限への組み込み(イーガンがものすごく好きなテーマだ)、オリジナル人間とコピーの相違、クローン、不老不死、長寿、代理母などこれだけのテーマが方向性をもってしっかりとまとめられている短編集は、日本一イーガンを読み込んでいる山岸真氏にしかできない仕事だと思う。坂村健氏の解説も面白いので、読み終えたらぜひ山岸氏の解説と一緒に読んでみて欲しい。
す、素晴らしい。どの短篇もぼくのテイストで、すごく楽しい。これこそまさに現代SFの収穫といえるアイディアの奔流の流れに身を任せられる。まさに読者は「極上のディナー」を味わい、イーガンの語りの世界に安心して身をゆだねることができるだろう。現代SFのすべてがここにある、といっても過言ではない。絶対読むべき!
しかし惜しいのはカバー装丁が地味すぎるということか。補足すると、大手本屋(book1stなど)で見かけたときに、他のSF文庫と一緒に並べられると、目立たないために本の自己主張がされていないような気が。平積みにされたときに発見しにくいのは色の問題もあるかも。ちょっと売る気があるのか!といいたくなってしまったのをこらえつつ……。ともあれ、素晴らしい作品集が世に出たことに乾杯!

学研の新ノベルズレーベルから出た、ハードSF&架空戦記作家である林譲治氏のSF作品。翻訳者の山岸真さんから「この作品は面白いよ。」といわれて、ひそかに探していた作品。先日book1st(渋谷)にあるかと思って探したら、見事に在庫切れ。学研ウルフノベルズはたぶん発売月のものしか買えないと思うので、ネットを利用したほうが確実に入手可能と思われる。しかしこのレーベル、全然見かけない。田中啓文氏の新刊もこちらから出たので、日本人のSF作品をチェックしている読者は注意したほうがいいかも。
太平洋戦争末期の日本。ラバウル島守衛のために無人島である太平洋上の無人島、ガルタ島に航空路を作る密命をうけた永妻少佐率いる第三九六海軍設営隊は、物資の不足に苦しみながらも、何とか命令を達成しようと悪戦苦闘する。アメリカ軍の攻撃が激化するなか、ガルタ島は孤立を深め、食糧不足に陥ったガルダ島の日本軍人たちは、食料確保を第一とし、自給自足の生活を続けていた。そんなある日、陸軍第五海洋師団の生き残りの大発が漂流。彼らとともに、協力体制を敷く。そんなある日のこと、食糧確保に向かった兵士たちは落とし穴に遭遇。そこで彼らが見たものは、なんとも奇怪な世界だったのだ!そう、そこは恐竜たちの棲むロストワールドだったのだ!果たして彼らの運命は?
面白い!第三九六海軍設営隊の生き残りの今野へのインタビューという形で進行する本書はドイルの『ロスト・ワールド』へのオマージュとしても非常によくできた作品である。狩った恐竜の肉の味や、ロスト・ワールドの生態系の部分など、限られた枚数の中しっかりと描かれているように思えた。また、スナイパー田中軍曹の隠された謎とある人物に対する愛などが切ない。もちろん、ハードSFとしてもロストワールドの説明が、しっかりなされていて、知的好奇心を刺激される。最後の最後に、あっと思わせるオチがあり、SFって本当に凄いんだ!と思わせるような仕掛けもありで、サービス精神満載のハードSFだった。部数が少なそうなので、ちょっと心配なのだがぜひ購入して読んでみてほしい。今まで読んだ今年の日本SFの中でも十分に評価されうる傑作だと思う。
江戸川乱歩賞受賞作家のファンタジー作品。結構作家キャリアーは長い人で、ゲームブックの原作者というイメージがある人。基本はディッシュの『M・D』(文春文庫)なのだが、本書は微妙な一冊。読んでいてこんなにまわりくどい無駄な描写が多い作品は久々。アイディアは不条理系モダンファンタジー(だから『M・D』と書いた)で、嫌いではないし、むしろ好きな部類の設定に入る。しかしながら、無駄な説明と文章のくどさが物語のスピードを殺ぎ、凡庸でつまらないプロットになってしまっている。主人公の少女たんぽぽが平凡で、家族の中で劣等感に苛まれているヒロインという設定をくどくどと説明されても、ちょっとどうかなぁと思った。
確かに本書は家族の絆の再生の物語だし、そこを強調したいのもわかるのだが、もうちょっとドラゴンマスターとしてのたんぽぽの活躍に焦点を置いて欲しいと思う。しかしなぁ、ともかく痛い人々が出てきて、こりゃートラウマになるよなぁと思うような家庭なので、恐ろしい。あと出てくる主人公にかかわる人々も、「?」をつけたくなるような恐ろしい設定。つまり、必要性を感じないような人物に関して延々と説明が付け加えられるために、ドラゴンマスターとして、覚醒するはずのたんぽぽのストーリーが殺されて、主人公らしくない主人公(むしろ脇役?)になってしまっているように思えた。
つまり、この作品は回りくどい余計な設定が多すぎて、竜の力を使うことによるリスクの面(カシューシアスの杖を使った『M・D』の主人公のように)の重要性が殺がれてしまい、光と闇の秩序を保とうとする主人公のたんぽぽの役割が後半になって徹底してだめになっていく。それはボーイフレンドのオウジのある行為によって、なんともかんともという形に収束する。小説としては、何となくダメな感じ。
これではいけないと思い、色々と考えてみた。作者の意図するところは以下のような感じなのかもしれない。現代日本社会の縮図として人々の欲望を具現化した存在としてのドラゴンという怪物が平均的(だと思われる)主人公たんぽぽに不条理にも力を与えてしまう。また、自分勝手な欲望だけのたんぽぽの家族にも皮肉にも力を与える。もしドラゴンが人々の欲望を実現できる存在だとすれば、今の日本は闇の世界になるだろうという予測が立てられる。善と悪のバランス感覚(ある見方だけに偏らないという大切さを作者は説いている)の強調、という意味では作者の現代文明に対する皮肉な見方がこれだけストレートに増幅されて、読者に訴えかける邪悪な寓話も珍しいのではないだろうか。

前半部分は、自叙伝的なコラージュかと思ってしまった。この部分はなぜ本書を執筆するかという動機づけを語るための導入部らしい。自叙伝だとしたら、あまりヴォネガットの作品を読んでない自分としては、『母なる夜』に切り替えようと思ったのだが、後半からスラップスティックで奇妙なSF話になったので、問題なく読めた。ヴォネガットの作品は、ある種スプロールフィクションとして見るべきな作品で、SFの皮を被ったどたばた劇であった。ヴォネガットのユーモアの方向性は、ある種スチームパンクの猥雑性にも似ていて、好みなような気がする。
裕福な家に生まれ、奇形児として生まれ育った二人の姉弟、イライザと私。外見の醜い彼らは、知恵遅れとして扱われ、まるでネヴァーランドのお姫様と王子さまのごとく外界に干渉されることなく、育てられてきた。彼らはその醜い外見の裏に、二人でひとつの集合知性として、実に豊かな能力を兼ね備えていた。必死に演技をする二人は父親と母親の要請に従い、知性を見せつけ、普通の教育を受けることになる。そして私は将来の合衆国大統領として、ジャングルと化したマンハッタンにて、自分の生い立ちや過去を手記として残しているのだった……。
なんとも皮肉に満ちた物語であることよ。緑死病なる奇妙な病気が流行し、群雄割拠で解体したアメリカという設定の中、人間の浅ましい欲などがもたらす結果をどたばた劇になぞらえた話といえる。概念として面白いのは、ものの名前(ダフォテールとか、チップマンクなど)を利用した家族概念の拡大部分。ヴォネガットはこの小説で、人々が「群」をなすという本質を鋭く掴み、この風変わりな物語でアメリカに巣食う現代病(孤独感)を鋭くえぐっている。ヴォネガットの小説はSFというよりも、SF的設定を使った文明批判の書であるということを認識した上で読むと楽しめるのではないだろうか。ハイホー。

夏の夕暮れの街並みを思い出す北野勇作作品。納涼という言葉がぴったりな気がする。今回の短編集は、かめ、とんぼ、ねこ、かえる、ざりがに、いもり、と6種類の動物たちを題材にしたSF短編集である。本作品は「かめ」について書かれた4つの短篇をひとつにした「かめ」尽くしの短編集。折り紙付録と西島大介氏のイラストがなんともいい味出している可愛い装丁の本である。北野氏の作品を読んでいると、幼いころに読んだ漫画家西岸良平さんの初期SF短篇を思い出す。例えば、ヒッバルコスの海とか、そういうテイスト。
北野勇作さんの作品の根底にあるのはきっとノスタルジーと切なさとやさしさみたいなものと、地についた日常感みたいな感覚なのではないかとぼくは思った。
悪夢のような世界を描ききったマジックリアリズムテイストの戦争SF。こりゃー、すごいです。スプロールフィクション特集をまとめた小川隆さんの翻訳はとても読みやすい。第一章「R&R」はネビュラ賞ノヴェラ部門最優秀作品に選ばれており、本書はさらに主人公ミンゴラのパナマまでの旅を描いたSFである。読んだ感じはキム・スタンリー・ロビンスンの『荒れた岸辺』(ハヤカワ文庫SF)のような文学的格調高さがあり、グロテスクなまでの中南米のジャングルでの生と死を、濃密で格調高い文章で描写している。非常に色々な要素が詰め込まれていて、単純には読み解けないすごさがこの作品にはあり、注意深く読む必要があるかもしれない。
場所は近未来の中南米。主人公のミンゴラは米軍砲兵隊特技士官。彼は潜在的超能力開発の訓練を受けて、グアテマラに派遣される。彼はパペットマスターとしての能力を持ち、自由に人々を操ることのできる、強力な超能力者だったのだ。そんな彼もまた中南米の環境に呑み込まれ、悪夢的様相の中に取り込まれていくのだった。魅力的な現地女性デボラの面影を追って、彼はパナマに向けての逃避行を開始する。途中途中で、彼は様々なものを見、感じ、体験する。それはまさに悪夢的かつ魅惑的な世界だったのである。果たしてミンゴラの運命はいかに?
ドラックと超能力、汚職と腐敗、資本主義対共産主義など様々な要素が取り込まれ、ある種SFをコアとしたスプロールフィクションとして、本書は語りの力を感じさせる凄い傑作だと思います。分厚い本ですが、シェパードが創造したこの悪夢的な中南米の世界は読者を語りの快楽へと没入させます。ミンゴラの悩み、コンプレックス、喜びなど、ミンゴラのフィルターを通じて読者は、この猥雑な世界を覗き、感じることができるでしょう。なんというか、本当に凄いとしか言いようがない小説で、どうしてこの話が今気軽に読めないのか(売れなかったのだと思いますけど……)、一読者としてとても残念に思います。古本屋で見かけたら、ぜひ押さえて欲しい一冊です。1000円出しても読む価値は絶対あります。

ようやく一巻目読了。これも山岸真さんご推薦のシリーズなので、読んでみました。ヴィジュアル的にはかなり木城ゆきと<銃夢>のガリィが主人公の少女バロットと被った。ただガリィの場合は人殺しの訓練を受けている兵士であるという点で、デフォルトから殺戮天使なのだが、バロットは殺されかけて再生されたトラウマ持ちの娼婦ということで、アマが潜在的能力を引き出してプロになるみたいな感じ。なんというか、才能はあったのだが磨く機会がなかった少女が、武器を手にしたときにどういう反応をするか、である。でもやっぱりバロット≒ガリィなイメージはあるな。寺田克也のイラストのイメージがそうさせているのかもしれない。でも、物語はすごくスタイリッシュでよかったり。マルドゥック市≒クズ鉄町的なんだけど、ともあれ憑かれて書いたのかなぁと思うような筆運びとスピード感がすごく好きだったりする。
マネーロンダリングを続ける賭博師シェルのターゲットにされた少女娼婦バロットは、車の中で危うく殺されかける。瀕死の重傷を負った彼女は、委任事件担当官のウフコックとドクター・イースターの技術によって死の淵から這い上がることに成功する。高度な電子干渉能力を身につけ、高い潜在能力を持つ彼女はシェルの犯罪の生き証人として徹底抗戦することを選択する。そんな彼女のパートナー、ウフコックは知恵のあるネズミで持ち主の意思に応じて様々な物品に変化できるという万能兵器だったのだ。ところがシェルも只者ではない。そんな彼女らのチームに猟奇的な誘拐軍団の魔の手が伸びるのだが……。
登場人物それぞれがつらい過去を背負いながらも、自分の運命を切り開くために闘おうという姿勢を崩さず、運命に立ち向かっていく部分に心を動かされるんじゃないかと思った。レオン(完全版)を見て触発されたという本作品は、少女自身がレオンとしての能力を獲得して、復讐を果たそうとする。つまりレオンのマティルダが自ら暗殺者になって、強大な敵に立ち向かうという形になっている。それゆえに面白いのは、手助けする存在が万能兵器ウフコックだったりする。このウフコックは<過剰使用>すると拒絶反応を出すという「考える武器」なのだ。ウフコックが選び、選んだものしか利用できないという設定がリミットをうまくかけていると思う。今回の暗殺者たちも、フェティシズムを極限までに高めた変態集団。設定萌えですな。銃夢と比較して読むと面白いかも。
す、すごい!読み終えた後、ミステリ読みの方々がこの作品をどのように評価するのかに興味を持った。どんな物語か、というと光がガラスを透過する速度を遅くする技術、スローグラスが発明された世界で起こる殺人事件と国家規模の陰謀についての連作傑作短編集です。 ボブ・ショウは本作品が初読だったのですが、他のサンリオで出ている話も読みたくなってきました。やっぱり何らかのきっかけというのは大切だし、こういうときに本を蒐集しておいてよかったなぁと思う次第です。プレミア的にはそれなりですが、1000円までなら絶対買いだと思います。
ぼく自身は、SFミステリー(ガジェットがSFなんですけど)として読んで面白かったので、万人に奨めたいところ。でもサンリオSF文庫というのが悩ましいのですが……。早川書房さんか東京創元社さん(あるいは他の出版社さん!)是非この傑作を再録してください!この作品を読みたいと思った動機は、梶尾真治さんの新刊『タイムトラベル・ロマンス』(平凡社)で触れられていて、彼の説明がとても面白そうだったから。だって、迷宮入りすると思われる事件が「スローグラス」というガジェットで解決するかもしれないんですよ!このアイディアだけで、ほら読みたくなってきたでしょ?本当に面白いんだって。保証します!(キッ!)
主人公のギャロッドの開発した新型のガラスは世界に革命をもたらした。彼の発明したスローガラスは、光の速度を遅くし、ガラスの厚さに応じてその時々の風景を封印するという記憶媒体としての用途を持った不思議なガラスだった。このガラスは人々の生活に革命をもたらし、自分がその場にいなくともガラスを買うことで、自宅にいながら様々な風景を楽しむことができるようになった。またこのガラスは、その性質上ある用途にも用いられるようになった。偶然起きた殺人事件の一部始終をガラスが記憶し、新たな捜査証拠として役立つことになった。しかしながら、このスローガラスは自由にデータを取り出すことができず、その実験中にギャロッドの妻エスターは失明の憂き目にあう。また、他にも陰謀めいた殺人や政府による恐ろしい計画がもたらされることになるのだが……。
加藤直之のカバーイラストは当初「?}だったんですが、銀色の口紅という点で納得。できればスローグラスのある風景みたいなものでまとめて欲しかったかも。主役はあくまでもスローグラスと陰謀にあるわけですから。まあそれはともかくとして、訳も読みやすいし、ストーリーもはっと思わせる展開もあるし、ミステリ的な謎解きの部分も含めて面白く読めることは請け合い。ぜひミステリの人にも読んでもらいたい一冊。
3篇が収録された連作短編集。前に読んだのだが、感想を書くのを忘れていた。当時のトレンドを含めて、二編は宇宙人侵略モノ、一篇は青春モノになっている。なんというか、古きよきジュヴナイルで、こういう小説を読んでいると昔に読みたかったなぁと思ったりする。光瀬龍作品の少年・少女はなんというか、非常に活劇的で勇敢な少年・少女が多く、当時の少年・少女たちはきっと夢見ることもあったんじゃないかな?と思う。
ともあれ、今ではあまり題材にされない宇宙人性悪説に則ったSFなので、そういう意味では新鮮に感じるかも。侵略される、というのが実は結構日常に潜んでいるんじゃないかと思いたくなる生々しさはある。
久々の牧野修のホラー長編。にじむさんが先日読み終えて面白かったということで、読んでみようと思い手に取る。いやー、こりゃ凄いです。一気に読み終えてしまいました。ライマン・フランク・ボーム『オズの魔法使い』(ハヤカワ文庫NV)を下地にした妄想電波系ホラー。ストラウプを思わせる現実世界と妄想世界の冒険が交互に織り成す不思議な世界は、ボームのオズを何千倍も邪悪にした毒電波交えたダークファンタジーの世界。本書で面白いのは、ダークファンタジーの世界が実にグロテスクな様相を持った、仏教的世界だったりする。現実社会の方は、なるほどと思わせる無理のないストーリー展開。息を呑む展開に目が離せません。
人よりもちょっと要領の悪い主婦伸江。彼女は日々一生懸命夫と息子に尽くし、家事洗濯をしっかりとこなしていた。そんなある日、主人の心無い仕打ちがきっかけとなって伸江は現実社会からはずれ、妄想とも思えるグロテスクなもうひとつの世界へと移行してしまう。そこで彼女はミロクというライオンのような容姿の僧侶と出会い、一緒に旅することになる。果たして彼女は現実に戻ることができるのか?そして、このグロテスクな世界は一体何なのか?様々な情念が交錯する世界の中で、伸江たちの旅はどのような結末を迎えるのか?
去年出た作品で、しばらく放置したままだった(分厚さにめげていた)。ちょっと気分を変えてホラーを読みたくなったのもあって、一気に読んでみた。いやー、凄い凄い。牧野修世界はますます発展していて、『屍の王』の時代よりもある種すごいことになっているかも。もちろん、今回の作品は大半の子供たちがあらすじを知っている(あるいは読んだことがある)『オズの魔法使い』をベースにしているために、邪悪さが際立っている。現実世界ではただのしがない浮浪者のミロクは臆病なライオンだし、精神病棟から出てきた老人はブリキの樵だし、クビツリはかかしみたいな形で一対一対応がきちんとなされている。その意味では裏オズであり、ダークなファンタジーである。オズの魔法使いを題材に採ったあたりが牧野修の邪悪さを際立たせているというか。子供たちに愛されている作品が邪悪なホラーとして読めてしまうことなど、改めて毒電波をゆんゆんと感じてしまった。
もちろん適所適所に泣ける部分もあるし、ものすごく幻想的な部分もある。幻想世界での伸江たち一行はある種、西遊記の世界を旅している一団のようにも見える。しかし、ラストは凄い。ラストにはやられた!という感が強く、読者は改めて牧野修作品の恐ろしさを知ることになると思う。これは文句なしに面白い。

変態誘拐集団と事件屋ボイルドに襲撃されて、危機一髪にさらされたネズミ型万能兵器ウフコックとバロットがドクターの助けを借りて逃げるシーンから始まる。ウフコックはバロットの過剰使用とボイルドの攻撃によってぼろぼろになっていて、それでも拒絶反応と重傷を負いながらも、バロットを守る。一方ボイルドはかつてのパートナー、ウフコックを手元に戻したいという希望から、愛憎交えた気持ちでバロットに嫉妬する……。という出だしで始まった二巻目はなかなか面白い展開に。だんだん木城ゆきとの<銃夢>とのシンクロ性が強まってきたかも。バロットが移植された金属性の皮膚と一体化したとき、バロットはまるでバーサーカー体を得たガリィのごとく、人生の意義を発見する。ウフコックをパートナーとして愛し、信頼する人々のために彼女は戦うことを決意する。
そんな感じで、不思議の国のアリス(このあたりはARMS的)の世界とAKIRAの設定を二で割ったような施設「楽園」で、バロットたちはまた試練に晒される。ボイルドもまた、過去の忌まわしい記憶をたどりつつも、自分なりの回答を得るために奮闘する。彼もまた過去の呪縛から逃れるために、自らの「猟犬」としての能力を、自分の存在意義を示すために立ち向かっていくのだ。そういった意味では、ウフコックもボイルドもバロットもドクターも、「自分が生きている価値」を証明するためにそれぞれが苦闘しているのだと思う。冲方丁はそんな彼らの姿をより鮮烈にはっきりと、読者に提示し、読者もまたそんな彼らの苦悩を理解するために、彼らの戦いを見守るのだ。
解説で鏡明が書いているけど、ディーラーの老婦人のシーンは印象的。何かを成し遂げた人間にしか味わえない、運命による決定を素直に受け入れる態度のシーン。このシーンは読者の心を揺さぶることは請け合い。カジノのシーンはなかなか面白い。銃と銃との戦いではなくて、精神戦での緊張感の部分も伝わってきて、楽しめた。個人的にはこの後の展開がどうなるのか、非常に楽しみにしているところです。文章はスタイリッシュで、とてもかっこいいです。