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「最終都市」

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Jan.1,2004 (Thu)

上田早夕里『火星ダーク・バラード』(角川春樹事務所)

火星ダーク・バラード

 第四回小松左京賞受賞作。火星を舞台にした遺伝子改変超人類ハードボイルドミステリもの(謎)。SFのガジェット満載で、そつなく配置されているのがいい。その中でも特に猥雑な社会になるであろう火星の社会構造をヴィヴィットに読者に想起させるのが魅力的である。多少、回想部分などの挿入で物語のスピードを殺がれる部分があるが、とにかくメイン部分の設定のうまさがこの作品の特徴なのではないかと思う。ともあれ、未来において火星ダーク・バラードの世界のような出来事が起こり得るのではないか、という生々しさが小松左京氏の潮流を組んでいるといえよう。

 物語の舞台はパラテラフォーミングされた火星。主人公水島烈は火星治安局員を勤め、相棒の神月瑠奈と共に、シリアルキラージョエル・タキを逮捕。他の同僚とともに、彼らはタキの護送をしていた。ところがその護送中、謎の存在によって襲撃を受けて、烈は意識を失ってしまう。気がつくと相棒の瑠奈の無残な死体が転がり、もう一人のPDもまた意識不明の重態に陥っており、タキもまた逃亡していたのだった。治安当局から瑠奈殺害の嫌疑を受けた烈は自らの潔白と瑠奈の死の謎を解くために、単独で調査を開始する。捜査の過程で烈は、アデリーンと名乗る少女と出会う。彼女は烈に事件の真相を語る。アデリーンの特殊な能力が烈に影響を与え、あの惨劇をもたらしたという。さらに詳しいことを調べようとする二人に、見えない力からの干渉が……。

 ストーリー的には不条理系の逃走謎解き物語なのだが、前にも書いたように物語舞台の設定が見事に絡んでいるので、面白い。あくまでもストイックで、熱血な主人公烈と大人の恋愛にあこがれる、どこか脆い存在の超能力少女アデリーンの想いの交錯が、いやがうえでも緊迫感を高めている。とまあ、メインの物語はいたって単純なのだけれども、アデリーンが烈になぜ恋愛感情を抱いてしまったのか、という部分がちょっと弱い気がする。その動機付けが違和感なければ、さらにタイトでスピーディなお話になったのではないかと思う。とまあ、少しだけマイナス点があるのだが、それを上回って安心して楽しめるお話なので、機会があればぜひ一読をオススメしたい。ライトノベル的な設定なので、アニメ化したら面白いかな。甘ったるい話が嫌いな人にはオススメできません。


Jan.2,2004 (Fri)

伊藤和典『スパイラルゾーン』(バンダイ文庫)

 バンダイの「模型情報」に連載されていたものがまとめられて文庫化したもの。このバンダイから出ていたキャラクターノベルズというのは、二冊のみで終わってしまった短命の文庫。後のラインナップを見てみてもコミックやアニメのノベライズを予定していたようだ。本書も「スパイラルゾーン」をノベライズ化したもので、『虚無の穴』や『ストーカー』を参考にした異質なものが地球世界を侵食するという設定の物語である。この小説の存在を某所にて知り、u-kiさんの感想文を読んで結構こまめに探した一冊だった。2000年の9月に五反田のブックオフで見つけたらしく、当時は大変嬉しかった記憶がある。それからほぼ3年半、ようやく読むことができた。読めなかった理由は、大量の文庫の山に埋もれていて、見つけるのが困難だったのが第一の原因である。ともあれ、神林長平の『雪風』や中井紀夫の『漂着神都市』、そしてイーガンの「闇の中へ」がミックスされたテイストのお話だった。

 1999年8月、日本海およびノルウェー海海上に突如として出現したラベンダー色に染まる未知の空間。ストルガツキーの小説にちなんで、この未知の空間は「ゾーン」と命名された。その性質を掴もうと各種調査隊が派遣されたが、連絡を絶ったまま、誰も帰還しなかったのだ。そしてこのゾーンは日増しに拡大し、この未知なる場であるゾーンに人類は科学技術のすべてをもって闘いを挑んだのだった。既存の物理法則が成立しない空間にして空間ではない場所であるゾーンでは、通常世界の人間はシールドとして自我の強弱が重要な役割を果たす。それに失敗した人々はゾーン内に取り込まれ、ゾーンの一部として変容してしまったのだ。それから5年、国土の半分をゾーンに取り込まれてしまった日本では、徴兵制が復活し、ゾーンに対抗すべくスペシャルフォースグループが結成された。主人公香住麟はそんなスペシャルフォースの一人。とあるゾーンの戦闘で彼一人のみが生き残り、救出される。そして彼はその運のよさを買われ、ゾーンの侵食を押さえるための戦いに送られることになる。果たして彼の運命は?

 イーガンの「闇の中へ」的な救出劇の部分もあるけれども、基本は雪風+漂着神都市のようなお話。異質なものへどのような形で、対処するのかという部分が最大の魅力なんだと思う。また異質なものの目的が何かという点において、人類を媒介として明らかにされる部分は面白い。そういう意味では、この小説はファースト・コンタクトものであるともいえる。一つ一つのガジェットは面白いのだけれども、恋愛とかが絡むのでそのあたりはアニメのノベライズの限界なのかなと思う。ゾーンの内部設定は気持ち悪い(レギオンやら虫やら)ので、その異質な描写という部分においては視覚化したら面白いと思う。ちなみにイラストは北爪宏幸、メカデザインは出渕裕か?高田明美は表紙のみという体裁の一冊です。大変入手が困難な本なのですが、運良く見つかったら購入する価値はあります。強くはオススメしませんが、流れるように読めるのでいいかも。

井上剛『マーブル騒動記』(徳間書店)

マーブル騒動記

 第三回日本SF新人賞受賞作。ある日突然、国産和牛が知識を獲得し、牛の権利を主張しはじめるというパニックSF。物語の骨子としては、断絶した家族の絆の再開と「牛の権利」を巡っての人間と牛との確執が交互に織り成されていく。家事に縛った主人公の妻が自立して、やりがいを取り戻す部分と、メインとなるであろう知性化した牛が引き起こす各種事件(牛権運動、法律による規制による牛肉需要のアンバランスが引き起こすブラックマーケットの出現など)がうまく絡みあっているところが、素晴らしい。知性化した牛と人間の関係は、そのまま読み解けば奴隷と主人の関係とも似ていて、奴隷にどれだけの権利を与えるのかという問題も暗にこの作品の中でほのめかしているように思える。さらに、いかに動物保護団体の動機づけがいかに不純なものなのかを揶揄しているところも笑える。ということで、知識に裏打ちされた冷徹な視点で牛と人間との闘いを描いているのが、大賞を取った理由の一つなのかもしれないと思う。

 ご存知のように牛肉は生産により国産牛(乳牛などの肉)と和牛、そして輸入牛にわけられる。実際、ホルスタインなどの乳牛は『マーブル騒動記』でも知性化せず、知性化していない家畜として取り扱われている。知性化していない牛は単なる家畜であるという解釈は、果たして知性化した牛によってどのように感じられるのかという微妙な問題は非常に倫理的に難しい問題である。また、闇牛肉市場の出現のくだりも生々しくてよい。何かを規制することによって、代替牛肉の値がはねあがってしまうことはアメリカで起こったBSEのケースでも見られる。また、和牛肉が禁止されることの負の部分もリアルに描いている。そういう現実感覚に沿ったSFだからこそ、受賞したのではないかと思う。

 知性の向上というと、ポール・アンダースンの『脳波』(ハヤカワ文庫SF)を彷彿させるような内容だが、『マーブル騒動記』は一時的な知性化をテーマにしたパニックSFであるので、微妙にラインは異なる。しかし、知性化したがゆえの悲しみを背負ったモー太郎の姿が印象的である。また、知性化した牛たちが集合体のように振舞うところなどがユニークである。ということで、捕食するものの権利とは何か?という倫理的な面で色々と考えさせられるSFだった。


Jan.3,2004 (Sat)

ウォルター・テヴィス『地球に落ちて来た男』(扶桑社)

地球に落ちて来た男

 翻訳者本人のページで、扶桑社より販売されていることがアナウンスされていたのに気づき、年末書店にて購入。デイヴィッド・ボウイ主演で映画化された話が27年の月日を経てようやく翻訳が実現。テヴィス夫人であるエレノア・テヴィスさんがささやかな序文を送っており、日本語の翻訳が紆余曲折して、色々な人たちの尽力によってようやく日の目を見たという感じである。書かれた年月が年月ということもあって、冷戦時代の描写や当時のアメリカの世相を反映した技術進歩の導入などは陳腐化しているのは、仕方がない。本書はSFというガジェットを鎧にまとった、異邦人の心のうちを描く佳作である。翻訳の読みやすさも手助けして、主人公ニュートンの気持ちに没入できることは請け合い。

 一人の男が突如ケンタッキーの片田舎に出現した。彼の名前はニュートン。ちょっと風変わりな外見をした彼は、なんと宇宙からやってきた異星人だった。周囲の目を気にしながらも、自分の世界にて習得した技術を用いて特許を所得、みるみるうちに巨大な産業基盤を作り上げる。そして彼は会社収入で得た利益を用いて、巨大な恒星間宇宙船を建造するプロジェクトに取り掛かる。そんな一方で、ニュートンの発明に使われている技術構造を見て、彼を異星人と疑う人物がいた。ブライスは化学系の教授。彼はフィルムに使われている技術が地球を起源としたものではないことに気がついたのだ。そしてブライスは、ニュートンのプロジェクトにいちエンジニアとして雇用される。ある日ブライスは、ニュートンが異星人であるという事実を掴むのだが……。

 大変面白かった。特に日本人が少ない場所で生活したことがある人たち、あるいはしている人たちにはニュートンの気持ちと重なる部分は多からず少なからずあるだろう。自分しかないという孤独感を、異星人というファクターで置き換えながら、見事に物語として紡ぐことに成功している。徐々に劣等知性人種である地球人に同化していく恐怖と、彼自身が段々と孤独に苛まれる部分が、希望の消失とともに、露呈していく。その露呈の過程で、彼は劣等人種とした地球人から罰を受けることになる。その罰こそが彼の希望を失わせしめてしまう。物語に流れるトーンは暗く、物悲しい。絶望こそはあれ、希望はない救いのない話であるが、ラストの一言にほっとする読者も多いのではないだろうか。おすすめ。


Jan.4,2004 (Sun)

リチャード・ベック『シカゴより好きな町』(東京創元社)

シカゴより好きな町

 待っていました!前作『シカゴよりこわい町』を読んで、おばあちゃんが織り成す破天荒な物語がまだまだ読みたいと思っていたので、翻訳がようやく出てくれたので嬉しい。ニューベリー賞受賞作。前作はジョーイの物語だったのだが、本書は成長した妹のメアリ・アリスとおばあちゃんの物語。順番は特にこだわらないけれども、二冊とも読んでおくと大変楽しく読めます。おばあちゃんの住む町の住人の人物関係などを補完しながら読むと、ああなるほどと思える。ちなみにぼくの中では、おばあちゃんは天空の城ラピュタのドーラのイメージ。一見怖そうだけれども、ユーモアもあって、義侠心に富んで、やさしい。そんなおばあちゃんの魅力に読者は肉親じゃなくても惹かれることは請け合い。

 時代は大恐慌時代のアメリカ。不況のため家を失ってしまった主人公メアリ・アリスは、あのおばあちゃんの家に厄介になることに。兄ジョーイは、政府の仕事のためおばあちゃんの住む田舎にいけなかったのだ。あのおばあちゃんと長い間暮らすことになるなんて、と不安に陥るメアリ・アリス。出迎えもなく、むしろメアリ・アリスが連れてきた猫のブーツィをみて「食い扶持が増えるね、フン」と迷惑がる始末。そんなおばあちゃんの元で暮らす彼女には段々と不安が募るのだが……。

 素晴らしい。メアリ・アリスの視点から語られる祖母像は微妙にジョーイのものと異なるが、基本は同じ。豪胆で義侠心の富む祖母が行う数々の騒動を活劇的に楽しむといい。ほろりとするエピソードもあるし、噴出してしまうような楽しいエピソードもある。こんなおばあちゃんと一緒に幼年期に生活したかったと思う。さらに本書の魅力は、シカゴ郊外の田舎町の雰囲気がノスタルジックに描かれている点にある。おばあちゃんが得意とするスグリのパイ。その描写を読むだけで、食べたくなってしまう。そんな豊かな自然が織り成す田舎の町でドーラのような素敵なおばあちゃんと過ごせた人生のひと時を羨ましく思う。


Jan.5,2004 (Mon)

マイケル・ムアコック『グローリアーナ』(創元推理文庫)

グローリアーナ

 大傑作のピカレスク・ロマン。耽読してしまった。大瀧啓裕氏の流麗かつ華美な訳文も相俟って、至福のひと時を過ごすことができた。600ページ以上の大書だけれども(値段も1300円と文庫としては高めだが)、この本が文庫で読めることを素直に喜びたい。読むのが遅くなったのは、文庫の山に埋もれてしまっていたため。先日ようやく発掘して、喜んで読んだのだった。

ファンタジーに分類されるのは、アルビオンという架空の国を使っているため。マーヴィン・ピークの想い出に捧げられていることからも分かるように、アルビオンの主城の迷宮のような構造が実にゴーメン・ガーストを彷彿させる。クワイア=スティアパイクとか思いながら読んだり。奇怪な住人たちが住む隠微な空間である城の壁の内部世界のグロテスクさは、何となくイギリスの伝統なのか?ニール・ゲイマンの『ネヴァーウェア』のグロテスクなもう一つのロンドンなど、雑多で猥雑なもう一つの世界の濃厚な描写である。メインの物語自体は、(精神的に)満たされない女王の不満と政治権力の駆け引きが織り成す豪華絢爛たる物語である。満たされない女王はフリークを集め、広大な空間で形成される快楽宮を作り上げる。日々満たしてくれる者を待つ女王。女王の嘆きは日々声高となり、王宮の人々はグローリアーナに邪なる心を持ち続ける羽目に。

 女王の庇護者であるモントファルコン卿はグローリアーナを中心とする絶対王政を構築し、グローリアーナ=アルビオンとして人心を掌握する。しかしその裏では、モントファルコン卿による間諜クワイアらによる闇の騒動部隊によって支えられていた。ところが、モントファルコン卿がクワイアの芸術性を評価しなかったことが、アルビオンを中心とする巨大な陰謀に巻き込まれることになる。裏社会の重要な歯車の一本を失ったアルビオンは、不穏な時期に突入する。悲劇的な死、殺害、疑心暗鬼が蔓延。そこに蒼々と登場したクワイアは救世主として、グローリアーナを満たし、謀は進行する。モントファルコン卿の腐心にも関わらず、システムは腐敗し、人々は堕落する。そしてある日、カタルシスが訪れる。権力によって構築されたシステムが些細なミスをきっかけに崩れていくことに、スリルを味わえる。さらに驚愕のラスト!ラスト数ページは、嗚呼納得と思うことでしょう。

 大変素晴らしい話でした。サンリオSF文庫で刊行されるはずの本書がほぼ20年強の月日を経て、読者の手に送り出されたのは幸いでした。


Jan.6,2004 (Tue)

三雲岳斗『ワイヤレスハートチャイルド』(徳間デュアル文庫)

 徳間デュアルノベラの一冊。第一回日本SF新人賞受賞作家のSFミステリ。『グローリアーナ』でおなか一杯になったので、日本人作家の軽めの作品を読もうとして、たまたまデュアル文庫の山が見つかったので、三雲氏の作品をピックアップ。実は三雲氏の作品はこれが初読だったりする。可もなく不可もない話で、オススメするほど面白い話じゃない。個人的には主人公が働く喫茶店「織葉庵」の雰囲気が、下北沢や荻窪を彷彿させる感じがしてよかった。

 正直な話、何となく擬似恋愛ゲーム的なストーリー展開という感じかな。読んだ感じが、かなり古いゲームになるが、「ときメモ」的というか(年代がばれてしまいますが)。ということで、ほんわか系が好きな人&軽いものが読みたい人は読んでみてもいいのではないかと思います。


Jan.7,2004 (Wed)

ウラジミール・ソローキン『愛』(国書刊行会)

愛

 !!!!!。なんとアナーキーで、アヴァンギャルドな……。筒井康隆をもしのぐシュールかつちゃぶ台ひっくり返し技で攻める恐ろしい短編集。長編の『ロマン』を読みたくなってしまった。ロシアの牧歌的な光景が延々と続きのどかだなーと思っていたら、突然訪れるカタルシス。まじめに過去を語っていた老人が、突然(以下略)となる「樫の実峡谷」、女の子のスカートをめくっていた男の子に、女性器について女の先生が教えるある真実を語る「自習」、など17編が収録された衝撃的な短編集。

 実はこの短編集を電車の中で読んでいたのだが、一人でくすくす笑ってしまったり、あまりの衝撃に体が硬直してしまったのは、事実。なんというか、ちゃぶ台ひっくり返し技をシチュエーションを変えて何度も何度も真顔でやるソローキンはすごすぎ。スカトロジーあり、殺人あり、エロスあり、なんでもある。それに加えて大平原に広がるロシアの広大な森林への愛もあるので、前半部と後半部のギャップに読者はびっくりするんだと思う。実際、この暴力的唐突さは一度はまると麻薬のように依存性が出てくるような効果がある。下手なスプラッターホラーよりも恐ろしい短編が詰まっているので、心臓が弱い人にはあまりオススメできない罠。でもねぇ、すごいインパクトを脳内に受けることは請け合い。一度読んだら絶対忘れられないですよ、これらの短編。ぼくの印象では、ニューウェーブの作品群に似ている気がしないでもないのだが、ソローキンはよりロゴスに中心をおいているような気がした。そのため、選び抜かれてテキストとして利用されているという感がある。

 ソローキンへのインタビューも面白い。印象的だったのは、彼はテキストのみに魅了されており、自分の作り上げた作品の読者からの評価は求めていないということ。彼が語るところによれば、「自分の心の問題」であって、読者との対話は求めていないというのが素晴らしい。だからこそ、自分の興味が「まだ文学に取り込まれていない官僚的言語、精神病患者たちの言語など」なんだろうなーと思った。ということでソローキンは、文学の枠組みを違った角度からアプローチしようとしているチャレンジャーなのかもしれない、と彼の作品を読み終えて思った。

 ロマン読まないとなぁ。でも、人前でソローキンが好きなんて口が裂けてもいえないです。こっそりと自分で楽しむ本なのだろう、というおおたさんの台詞が分かった気がします。


Jan.8,2004 (Thu)

戸梶圭太『未確認家族』(新潮社)

未確認家族

 ようやく読了。戸梶圭太の作品の中でも初期に属するもの。徐々に戸梶節が出つつあるという感じかな。本書は、一見幸せな家庭を築いている夫婦の闇をえぐりだした、ノンストップインモラルなどたばた劇である。援交時代をぬくぬくと過ごしたヒロインとキレやすい世代の夫。そんな二人が行った過去のつけが噴出し、夫婦だと思われた二人が破滅への道を進む。

 相変わらず死んでも困らないような連中が、エゴ丸出しでののしりあいをするさまは、なんとも醜い。戸梶の問題提起の面白さは、小説という形で彼のモラル観を語っているというところにある。戸梶作品は基本的にえげつないインモラルな描写(平気で人が消される)が多いのだが、我々自身も彼の作品を読み終えた後に何かを感じているのは明らかである。『Cheap Tribe』にもあったように、人々は欲望に走り、他人のことを思いやるようなことができなくなってきているのではないかと感じる。そういう危機感を、おかしな奴らを登場させ、クライム・ノベルにしたのが面白いと思う。とまあ、肩のこらないスピード感溢れる小説なので、面白かった。あ、とりあえず電波系怪人物が好きな人には強くオススメ。ラーマヤナの神殿できっと結ばれることでしょう。しかし、宇宙トンネルが自分のアレとは……。とりあえずこの登場人物についてはおぞましいです。


Jan.9,2004 (Fri)

ミッシェル・フェイバー『祈りの階段』(アーティストハウス)

祈りの階段

 『アンダー・ザ・スキン』(アーティストハウス)で衝撃を受け、他に作品があればぜひ読みたいと思っていたのでした。ということで、2002年の夏に出たようで、気がついていなかった。本書は『アンダー・ザ・スキン』と異なり、あっと驚くものはない。むしろ純文学的恋愛小説といったほうがわかりやすい。本書の特色は、主人公が見知らぬ男性に殺されるという悪夢から始まるという衝撃的な書き出しにある。当初、「もしかするとサイコホラー?」と思っていたのだが、読み進めていくうちに段々と自分が勝手に想像した方向とは違ってくる。また、勘違いした理由にはブラム・ストーカーに関連する地を舞台としていることもあるのだろうか。ということで、本書は一筋縄ではいかないひねりと重厚さが加わって、不思議な味わいの癒し系の作風に仕上がっている。

 主人公のシーアンは遺跡の修復士。ボスニアでの自己で足を失い、様々な意味で心に深いトラウマを受けていた。そんなある日、魅力的な男性とかっこいい犬と出会ったことで、シーアンは徐々に自らの位置を回復していく、という感じのお話。

 舞台となるウィットビーの街が大変物語に関係しているので、フェイバーの記述する街並みや雰囲気を翻訳から感じ取って欲しい。ある種、感覚的かつ情感的な作品ともいえる。ウィットビーの街に伝わる歴史とシーアンが復元するあるものこそがウィットビーの隠された歴史を明るみにし、彼女の過去と絡み合っていく様は見事としかいいようがない。なんとも静謐で美しいラストであることよ。一緒に掲載されている写真も大変ヴィジュアルで、想像力を助ける手助けになってくれると思います。純文学が好きな人にはオススメ。


Jan.10,2004 (Sat)

殊能将之『子どもの王様』(講談社)

子どもの王様

 講談社のミステリランドの第一回配本。子ども向けのミステリの新シリーズで、装丁が大変おしゃれな一冊である。ぼくは大変好みなんだけど、人によっては好みが分かれるのではないかと思いました。確実にこれを子どもに読ませたらトラウマ確定!という恐ろしいお話です。ミステリではないのだけれども、子ども時代の妄想や想像を文章にしたら本書のような話になるということかな。自分が小さかったころ、世界はとても広くて、自分が住んでいる場所というのが、すべての世界だと思えたことがある。そんな子ども心をうまく物語にしたお話といえる。たぶんベースはオズの魔法使いなんだけど、物語自体はうまく換骨奪胎しているので、楽しく読めました。

 ある日、主人公ショウタは親友トモヤのお話に耳を傾ける。彼によれば、世界は自分たちの住んでいる団地だけで、外側にはなにもないというのだ。またトモヤは子どもたちを支配するという残虐非道な子どもの王様がいるという。ショウタはなんと子どもの王様がトモヤを見張っていることに気づく。ショウタはトモヤを守ろうと自分なりに懸命の努力をするのだが…。

 恐ろしいオチですよ!衝撃のラストに、びびりましたよ。ショウタ君の行いがどうであれ、なんとも後味の悪い。後味の悪さは、学校のさりげない描写や子どもたちの遊んでいる姿が淡々とノスタルジックに書かれている分、かなり強調されます。一瞬、ファンタジーかと思ったのだけれども、流石殊能将之。きちんと整合性のとれたお話になっています。ミステリといえばミステリなんだけれども、むしろホラー的な要素が強い感じの物語でしょうか。ノスタルジックな気分に浸れるので、悪くはありません。しかし、ミステリを期待して読んだ読者は裏切られることでしょう。そういう意味では、職人芸を見た気分です。ただ、装丁のせいでやや高めの本(1900円!)なので、オススメが難しい気がしました。


Jan.11,2004 (Sun)

赤坂真理『ヴァイブレータ』(講談社文庫)

ヴァイブレータ

 あ、この人にとって小説を表現するというのは五感と等位なんだ、と思った。赤坂真理は文章に感覚を封じてしまうことのできる人なんだろうと思えた。決して後の世に残るような作品じゃないけれども、村上春樹に似た淡々とした感じがいい。ヴァイブレータのヒロインにとって、すべてはすでに決まっているのだ。世界が彼女を規定して、ごく当たり前に自然と彼に惹かれ、長距離トラックの旅に出る。この自然さこそが、赤坂真理の文章にある魅力なんじゃないかと思う。ただ感覚に関しては、女性の読み手の方が強く共感する面があるのだと思う。日常でぼろぼろになっていく私と、コンビニで出会った男と自然と結ばれ、トラックの旅に行く私。「日付は変わっても同じ糞」のような生活から乖離した主人公は、トラックの旅で壊れていた自分を再構築することになる。

 とにかく文章が非常に感覚的。ハムで交信するシーンの文章は、読者もなんとなくその中の会話を聞いている感覚になる。話自体は動的なはずなのだけれども静的な感じである。主人公と男との会話のシーンは映画の一こま一こまを見ている感覚に近い。という感覚的なお話だったということ。映画化されているようなので、ちょっと見てみたい気はする。


Jan.12,2004 (Mon)

ロバート・クーヴァー『ユニヴァーサル野球協会』(新潮文庫)

 この本の存在を知ったのは永江朗さんの『ブンガクだJ!』(イーハトーヴ出版)という純文学のガイドブックだった。永江朗さんの熱い語り口に、ああ読みたいなぁと思いつつ古書店をチェックしていた。ブックオフなどをチェックしていたのだけれども、この本だけ見つからない。先日たまたまアマゾンのマーケットプレイスでの購入に成功し、ようやく入手した次第。ともあれ、入手した甲斐もあったというもの。評判に違わず、すごい小説でした。たくさん野球選手の名前が出てくるので、物語の登場人物と混乱してしまったことが難点ですが、そんなのは置いておいても未読の人はぜひ読むべきな一冊。ちなみに、ここの元ネタの本だったりします。ロバート・クーヴァーはピンチョンらと比肩する現代アメリカの作家で、ピンチョンよりはマイナーな扱いというイメージです。しかし、彼自身もう少し日本で知名度が上がってもいいかなという感じ。

 主人公のヘンリーは冴えない中年の会計士。彼の唯一の趣味は、自分が作成した野球のボードゲームだった。彼はユニヴァーサル野球協会のロールマスターであり、万能の神だったのだ。ちょうどそのとき、彼の想像上のチームパイオニアズの新人デイモンが完全試合を達成。この快挙にヘンリーは狂乱狂喜する。祝杯を上げ、女と寝るヘンリー。そしてその後、リーグにおいて重要な試合でデイモンが試合中の事故で死んでしまう。我が子のように大切にしてきた偉大な選手を失ったヘンリーは、段々と現実と空想の境を失ってしまう……。

 饒舌ともいえる書き込みがヘンリーのゲームにかける意気込みを大変うまく表現しています。空想上の野球ゲームがデイモンの死を境にヘンリーにとって現実となっていく様はなんともいえない感覚です。段々と空想上のパートだった野球の試合部分が徐々に現実味を帯びてきて、現実とミックスすることにより幻想小説めいてきます。この感覚こそが、世界が一つに融合する感じを与えているのではないかと思いました。なんというか、ラストはかなり怖いかも。ヘンリーの脳内なのか、それとも現実なのかという境目が完全になくなってしまう様は、ある種ホラー小説的でもあります。狂えるヘンリーにとって、何が現実なのかという問いを彼に発してみたい気がします。


Jan.13,2004 (Tue)

小林泰三『目を擦る女』(ハヤカワ文庫JA)

目を擦る女

 表紙が怖い。SF・ホラーなど7つの短編が収録された小林泰三の第5短編集。テイスト的には『玩具修理者』『肉食屋敷』(共に角川文庫)を二で割ったような内容。小林泰三の面白さは、テッド・チャンのような「論理の一貫性」を重要視したストーリー展開があるということと物語世界を別の角度から眺めて、読者に新たなビジョンを提示できることでしょうか。特に本書は、「目を擦る女」「予め決定されている明日」「脳喰い」「未公開実験」「空からの風がやむ時」が面白い。思うに、ネットでのご活躍を含めて小林泰三氏の興味についていえば、「人間が認識することのズレ」を書きたいのかな?と思ったりしました。ということで、個々の短編の感想を書いてみます。

 ということで、オススメであります。とりあえず外れがないいいSF・ホラー短編集です。


Jan.14,2004 (Wed)

テッド・チャン『あなたの人生の物語』(ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語

 傑作!どの話も楽しく読めました。読後感じたのは、イーガンとチャンは雰囲気や作風が似ているということ。しかし、チャンはイーガンに似ているけど、イーガンよりは論理的な気がする。つまるところチャンの場合、結論に至るまでのロジックが面白いんじゃないかと思う。イーガンはアイディア先行で、だーっと書いている感じがするけどチャンはアイディアにロジックでしっかり味付けをしているという感じかな。ミクロから俯瞰すると一見スキゾチックに見えるけれども、マクロではしっかりと一つの完結した物語になっている、というのがこの短編集の魅力じゃないかと思った。でも結構バリントン・J・ベイリーもかぶるんじゃないの?と思った。特に「バビロンの塔」のアイディアはベイリー的な気がする。特に面白かったのは、「バビロンの塔」「ゼロで割る」「地獄とは神の不在なり」「七十二文字」。

 チャンの作品についての覚書は各短編へのチャンの動機がわかるので大変面白い。山岸真氏の解説も書誌情報を含めて、イーガンとの対比を考えるに当たり参考になる。ということで、今年読んだ本の中ではイーガンと比べても劣るに劣らないベスト級の短編集であることは衆人が認めるところである。とりあえず、ここの感想を読むと女性陣の評価が悪いのが気になったところ。ある程度基礎教養がないと楽しめない部分もあるかも、とは思います。


Jan.15,2004 (Thu)

渡辺球『象の棲む街』(新潮社)

象の棲む街

 第15回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作。大賞を取った森見登美彦『太陽の塔』(新潮社)のノリとは打って変わって、正統的なディストピアファンタジー。文章の読みやすさも相俟って、一気に読んでしまいました。アメリカと中国が占領する日本という設定で、東京が舞台。脳内で戦後日本の猥雑な東京の雰囲気を思い浮かべながら、人々の生き様を感じました。主に日雇い工員英治と、謎の美少年ハルとの象に出会うまでの数奇な運命を描く。

 基本的にトーンは暗め。不況期の日本でこの作品が生まれ出たのは何となく納得がいくという感じ。復興処理が遅れるイラクの問題も作品に影響しているかもしれない、とは思った。占領政策下で人道的ではない扱いを受ける日本の人々。特にアメリカと中国は日本の大半の人々を東京に押し込み、抑圧する。東京では劣悪な環境の下、人々はアメリカ人や中国人に使われるための生体登録に憧れ、すべての無法が許される環境下にあった。なんともやるせなく、重々しいメッセージ性をたたえた作品である。その中で、ハルが見たいと思ったのは中国が管理している「象」。赤坂御用地の中でひっそりと大切に育てられている象という生き物。様々な辛苦や生死を乗り越えた末にたどり着いた結果、ハルは幻の動物「象」を見ることを目標とする。彼は果たして象を見れるのか?この閉塞感詰まった世界に救いはもたらされるのか?という希望を求めて、読者は読み進めるのではないかと思いました。

 物語の構成もかっちりしていてよかった。東京の郊外に住む老人の話になったり、悲しい身の上を持つ美しき母親の話になったりするので、ハルや英治の話とどう関連してくるのかちょっと不思議に思ったのだが、読み進めていくうちに「ああ、なるほど!」という感じになる。偶然ともいえる人と人との連鎖関係。この繋がりの妙が大変自然なので、読んでいて楽しかったです。優秀賞を取った理由も納得の一冊です。


Jan.17,2004 (Sat)

岡崎弘明『英雄ラファシ伝』(新潮社)

 第二回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作。今頃になってようやく読んだのですが、面白かった。加藤洋之&後藤啓介画伯による水色を基調としたカバーイラストが美しい。『たんぽぽ旦那』(新潮社)を読んだときと同様、本書もまたシニカルなストーリー展開がマジックリアリズム的な幻想譚にマッチしていたような気がする。佐藤哲也氏の作品を叙情的にウェット化すると岡崎弘明氏の作品になる、みたいな印象を受けた。本作品自体は、神話的空間を利用したファンタジーであり、一部SF的設定も使われているけれども、惑星ダナン自体が神話的空間のため、「まじない」が大変重要な位置を占めています。この点がファンタジーなんだろうなと思います。

 地球を脱出した意固地な地球人たちの集団は惑星ダナンに到着。一緒についてきた悪魔のたくらみも相俟って、宇宙船に乗員していた人々はそれぞれの人種(白人・黄色人・黒人)に分裂し、時と共に退化し、惑星ダナンの環境に適応していった。地球から一緒に来た悪魔によって、惑星ダナンの古き神々は打ち滅ぼされ、力を奪われ、悪魔はダナンの支配者として君臨し、人々を苦しめることに楽しみを感じていた。そんな中で、黄色人種の一部族ララに一人の男の子が誕生。彼の名はラファシ。呪い師の父親を持つ爛漫な男の子だった。そんなある日、ララ族<流れ>の下に悪魔の手先が襲い掛かり、悲劇が訪れる。呪い師の父親を失い、後継者であったラファシの兄も悲しみのまじないによっておかしくなってしまう。そうこうしているうちに、ララ族の内部も徐々に狂いが生じてくる。そんな中、ハヤアシとして遠出していたラファシは、出先で出会ったある占い師に「星になる」という予言を受ける。この予言は何を意味するのか?果たしてラファシの運命はいかに?

 マジックリアリズム的物語展開が続き、物語がどのような方向に向かうのかが分からないのではらはらどきどきします。藤田雅矢『星の綿毛』(早川書房)と似た感じもするのは、主人公のラファシが設定に呑まれてしまって埋没している感があるからかも。というのは、色々な登場人物が登場し、独自の能力を持つために(それも重要なキャラクターだったりする)ラファシが彼らの存在に負けてしまっている感はある。そういった意味では、惑星ダナンの設定こそが重要であり、主人公自体が物語に溶け込んでいることが本書の特徴なのかもしれない。という意味では、マジックリアリズム的な物語を読みたい人にはオススメできる一冊ではないかと思う。


Jan.18,2004 (Sun)

姉飼

 途中まで読んだ。本自体は置いてきてしまったので、続きを読むのは夏以降になる。「姉飼」は妙な迫力があったのだが、個人的には友成純一の『肉の儀式』(ミリオン出版スナイパーノベル)なんかに慣れているので、衝撃度は低かったです。ただ、姉を串刺しにして、色々とSM嗜好のプレイをするというのは確かにインパクトはあるかも。串刺し公みたいだな。

戸梶圭太『さくらインテリーズ』(早川書房)

さくらインテリーズ

 相変わらずどうでもいい人間を書かせたら日本一である作家戸梶圭太の連作短編集。一気に読了。無価値人間、安っぽい人間の物語に興味の対象が向かっていると思われる戸梶啓太。最近の彼は段々パルプ作家のような感覚で本を書きなぐっているという感じ。今回の『さくらインテリーズ』では一応知的な職業についていた人々(捏造考古学者、売春教師、売春市役所職員、ストーカー司書)のホームレス数奇運命を描く。そういう意味では、『Cheap Tribe ベイビー、日本の戦後は安かった』(角川書店)に似た印象を受けた。早川書房のミステリマガジンで連載されていた連作短編で、段々ストーリーが過激になってきて、めちゃくちゃになるのはお約束。とまあ、「そんなのありえねえだろ!」という突っ込みをいれつつ読みながら、げらげらと笑っていたのでした。

 元知的活動を伴うインテリジェンスな職業についていた4人。彼らは小さな公園で寝泊りし、遺跡の捏造で世間を騒がせた藤守を下っ端として、それなりに平穏な生活を暮らしていた。ところがある日、小汚い百貫デブのホームレスが彼らの塒に乱入。彼らはそのホームレスを放置。朝、全員が目覚め公園のトイレに入ろうとすると、そのホームレスが便器を占拠。使えなくしてしまっていた。キレた4人はそのホームレスを血祭りにし、奴の体から連絡先を見つける。連絡をした4人は、嘘を言って兄を迎えにきたという美女とともに出かけるのだが……。

 段々と過激になる中盤部。そして後半の「人喰いホームレス」編はすでにSFの域に達しています。ある種、これでもかこれでもかと確信犯的にやばいネタを詰め込み、自分のモラル観(戸梶は作品はインモラルだけれども、自身はすごくモラリストではないかと感じる)に沿った物語を構築するので、ある種毒電波が発せられているという気はします。紋切り型の駄目人間たちが暴れまくり、一矢報いる物語でありました。しかし、戸梶圭太は実際に起きた時事問題を換骨奪胎してアレンジするのがうまいなーと思います。とりあえず、戸梶節が相当強いので覚悟して読んだほうがいいかもしれません。しかし、戸梶のあのイラストは何とかしてほしい。チープな雰囲気は出ているんだけど、飛行機の中で読むのはちょっと恥ずかしかったなり。


Jan.20,2004 (Tue)

ジョン・D・マクドナルド『金時計の秘密』(扶桑社ミステリ文庫)

金時計の秘密

 1960年代の古き良き時代のアメリカを舞台としたユーモアSF。ジョン・D・マクドナルドというと<トラヴィス・マッキーシリーズ>などの探偵小説の人だと思っていたので、クラシカルなSF作品が今になって翻訳されるとは思っても見なかった。翻訳者も『東京サッカーパンチ』(扶桑社ミステリ文庫)の本間有さん。どうも本書は扶桑社のヴィンテージラインナップの一弾のようで、セレクトされたのに納得。巨乳ブロンド、ちょっと間抜けなプレーボーイな悪党、ちょっと気弱でお人よしの主人公が繰り広げる、亡くなった叔父さんの遺産をめぐるドタバタ劇である。

 大富豪の叔父オマーが急死し、主人公カービーは叔父の弁護士から金時計一つと手紙を拝領する。一年後に開封許可が下りている金庫に保管された手紙を別に、カービーは特に目立った相続もなしに、途方に暮れる。そんな折、スタイル抜群の美女チャーラが滞在先のホテルでカービーを誘惑される始末。しかし彼女もまたオマーの遺産を狙う一味の一人だったのだ。また叔父の会社の役員からは遺産を横領した疑いで訴えられる始末。カービーの前に次から次へと現れる美女たち。彼女らに翻弄され、お尋ね者の身になりながらも、カービーは叔父の金時計にまつわる謎を偶然見つけてしまう。果たして金時計に隠された謎とは?

 マイアミの脳天気な雰囲気も相俟って、楽しいドタバタ劇に仕上がっています。主人公を誘惑する美女や登場する美女たちも一癖二癖もあり、どの女性がいいか悩んでしまいます。カービーを途中から助けてくれるポニーはきっとチャーミングではきはきした女性なんだろうなーと思ったり。あとはもしこの金時計があったら、どんなことを自分はするかなーと考えてしまいました。きっとカービーたちがやったようなことをするのかなーとか。人が死なないハートウォーミングなユーモアSFを読むのは久々でした。マクドナルドのほかの作品も読んでみたいと思いました。


Jan.22,2004 (Thu)

天木直人『さらば外務省!-私は小泉首相と売国官僚を許さない-』(講談社)

さらば外務省!

 駐レバノン特命全権大使であった天木氏がアメリカのイラク侵攻に対し、断腸の思いで小泉首相に対し意見具申を行う経緯から本書は始まる。日本はアメリカに追従するのではなく、国連の決議なくイラクに侵攻することは避けよという意見具申を自分の辞職をかけて行う。ところがその意見具申は完全に無視され、日本政府の意向に沿わなかったとして、理不尽な理由で退職を勧告・通知される。本書は一外交官として、外務省という組織に揉まれながらも、様々な問題に立ち向かった憂国の士の叫びの書である。本書は巷に溢れる暴露本とは異なり、今後の日本国のあり方、外交政策のあり方について鋭く分析した万人に読まれてしかるべきの本である。ぼくも本書をイロモノとして誤解していたのだが、まったくの誤解。組織によって潰された一人の戦士の姿が本書にある。

 外務省という組織がいかに特権や利権でがんじがらめになった組織なのか、本書を読むと明らかになる。国民の血税を無駄に消費するような接待、外務省内部でのポスト争い、縦割り行政の弊害、適切でない人員配置、適切な情報収集もできず、相手国の内情を無視した無能な政策。そして国民を完全になめきった外務官僚たち。無能なくせにエリート面をしてのさばっている破廉恥な連中がのさばっているのだ。もちろん殉死された奥参事官のように信念をもって行動されている方々も外務省の中に存在するのは確かである。しかし、本書を読むと外務省という組織は解体して再編成する必要があるように思える。カナダ大使の公金横領ともいえる事件も含めて、腹が立つを通り越して、あきれ果ててしまった。背任罪に問われないのが不思議である。政治屋としての小泉首相は評価するが、無能であるという点(他人の気持ちを考えない宰相であることは確かである)では、天木氏にまったく賛成である。

 外務省の基本スタンスを天木氏は本書で大変わかりやすく説明している。外務省の基本的スタンスはアメリカに盲目的に追従すること。だからこそ、裸の王様小泉首相を最大限に利用して、様々な悪しきことをやってきた。確かに戦後日本はアメリカに骨抜きにされ、アメリカにいいように蹂躙されてきた。外務省こそ国益に反する行為を行い、まったく咎めがない。日米安保条約についても、アメリカが守るという保証もないのに、盲目的に信じろということがまかり通っており、思考停止状態になっている。今後どのように我々が行動を起こすべきか、というのは政治である。日本は徐々に二大政党制に移行しつつある、そこを利用して自由民主党にノーを突きつけ、批判を行わなければならない。本書を読んで色々な意味で目から鱗が落ちた。人間捨て身になれば、恐ろしいものは何もない。勇気を振り絞って本書を世に問うてくれた天木直人氏に感謝したい。万人に読まれて欲しい名著である。


Jan.27,2004 (Tue)

林望『知性の磨きかた』(PHP新書)

知性の磨きかた

 父が所持していて、面白かったということでカナダに持ち帰ってきた。カナダではノンフィクションを中心に読む傾向があるので、こういう処世訓を語った本は色々な意味で参考になる。エッセイというのは、自分が悩んでいるとき、多忙なときに読むと意外なヒントが得られたりするので、大変役にたつこともある。本書は特に林望氏が考える知性のあり方、読書のあり方について語ったエッセイで、いたく共感してしまったのだった。本書は新書という体裁なのだが、限られたスペースで非常に多くのことが語られている。研究者とは何か?教育とは何か?など、今自分がスタイルを確立しようとしてもがいている出来事において、大変示唆に富んだ例が多く呈示されており、知性のあり方について考えさせられる。

 特に面白く読んだのは、「学問の愉しみ」という項目。林先生が大学の先生になるまで、どのような知性の鍛え方をしてきたのか、その苦労のほどが伺える。一見非効率だと思える勉強法も実は長期的に見れば、後で役に立つことが多い。素晴らしい仕事の裏には、大いなる無駄が裏にあるということを本書では示唆している。そういう自分なりの方法論をしっかりと持ちながらも、間違えた方向に向かわないようにさせる教育ができる師を探せというのが本書で述べられている。欧米においても、こういうことはいえるのではないか?と思う。大雑把な目標は与えられて、自分で突き進むという方式の方が後々色々と自分で考え、学べるのではないかと思った。

 あと、本に関する部分も同意。ぼくの場合趣味の本と勉強の本は扱いが違う。勉強の本は進んで汚す(使う)ようにしているし、図書館の本では返却しなければならないことが多く、集中して使えない。という意味でも、本を所有するということは後々の研究やレファレンスに利用できることになり、事情が許すのであれば所有しておきたいとつくづく思うのだった。

 ということで、この手の新書としてはオススメの一冊。研究者志望の人は一度目を通しておくといいかもしれません。しかし、すごく売れている本だなーと思う。新書で金持ちというのはなるほど、と思う。