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Mar.1,2004 (Mon)

デーヴィッド・ローゼンバウム『ツァディク 異能の書』(福武文庫)

 1994年エドガー賞候補にもなったユダヤ教コミュニティを扱った異色ミステリー。798ページのボリュームに圧巻されながらも、物語の面白さにぐいぐいと引き込まれ、一気に読了。本書を知ったのは、佐藤哲也さんのページより。そうでなければスルーしていた可能性の高い本だった。本書の面白さは、ユダヤ教の実際のコミュニティの描写と18世紀のポーランド近辺のユダヤ人コミュニティの描写にある。宗教絡みのミステリは多いと思うが、ユダヤ教を取り上げたものは少ないのではないか?と思う。ともあれ、もしそんなユダヤ教コミュニティの中で重要な財宝が失われたらどうなるか?ということを歴史を織り交ぜて描いた傑作だった。

 ニューヨークブルックリンのユダヤ人コミュニティで、ある日恐ろしい事件が起こる。ダイヤ商を営む一人の敬虔深いユダヤ教の男性が、無残な殺され方をする。それはユダヤ教の特殊な屠殺法に似た殺され方をしていたのだった。アルコール中毒のため刑事を辞職し、警備員として働いていた同化ユダヤ人である主人公ドヴ・テイラーは、自分が通い始めたユダヤ教のラビからある依頼を受ける。ラビの依頼を受けて、ドヴはサトゥマル派レッベのティーテルと会い、衝撃的な依頼を受ける。<賢者の石>と呼ばれる巨大なダイヤを見つけて彼のもとに持ち帰ってきて欲しい、というものだった。嫌々ながらも依頼を引き受けたドヴは、ダイヤの行方について地道な捜査の結果あるブロンドの女性が鍵を握っていることを知る。しかし彼らの裏にはナチの影が……。

 訳も大変読みやすいし、内容も大変面白い。エドガー賞処女作候補になったのもうなずける一冊。またさらにこの小説は、歴史改変モノとしても良く出来ている。そういった意味では、先日読み終えた『エヴァ・ライカーの記憶』(文春文庫)にも匹敵するぐらいの面白さがある。ユダヤ教の神秘主義性をうまく利用して、ドヴ・テイラーと彼の祖祖父に当たる義人(ツァディク)ヒルシュ・レイブとのつながりをつくり、18世紀ポーランドのユダヤ人コミュニティとつなげたのがうまい。18世紀というとフランスのとある人物が出てくるのだが、この人物もまた重要な役割を果たすので、見逃さないようにしたい。本書の最大の魅力は、構成のうまさにある。もしこの構成を間違えてしまったら、情報量だけの多いちょっと風変わりなミステリになるところを、ヨーロッパを巻き込んだ謀略戦をも絡め、ダイヤにまつわる数奇性を最大限に生かしているところにある。ダイヤを通じて、過去と現在がうまく絡みあっていく点、そして各登場人物に個性を与え、一人一人をうまく利用することで、物語を収斂させていく手法は見事としかいいようがない。800ページ近いボリュームも忘れさせてくれる大変素晴らしいミステリです。オススメ!


Mar.6,2004 (Sat)

小川一水『第六大陸1』(ハヤカワ文庫JA)

第六大陸1

 去年の夏購入して、冬帰省したときにも読めなかったため、カナダに持ち帰る。別日記で書いているようにいささか体調が悪いために、リラックスの一環として読むことにした。月に建物を建設するというプロジェクトの物語を新進のハードSF作家として活躍中の小川一水氏が描く。ぼくが思うに小川一水作品の魅力は、設定もさることながら「人と人とのつながり」を大変重要視して書く点にあると思う。導入部はニール・スティーブンスンの<クリプトノミコン>の企業パートの部分とシンクロ。たまたま舞台も似通っていることもあって、何となく面白い。小川氏の場合、宇宙開発のディテールにウェイトを置きながらも、現実的な数字で近い将来実行可能でありそうなプロジェクトを熱く語っているのがいい。

 後鳥羽建設(主人公青峰の所属会社)がエデン・レジャーエンタテイメント社の依頼を受け、1500億円という予算制約のもと、月に大規模なレジャー施設をつくるというプロジェクトが始動する。一見不可能に見えたこの計画だったが、宇宙への機材運搬の新型ロケットエンジンの開発も相俟って、ゴーサインが出る。月のクレーター部にセメントをつくるための水があることが調査によって分かり、マルチプルという総合建設機械を月に送り込んだ後鳥羽建設。しかしその裏には、一人の少女の意思のみがこの計画の中核になっていたのだ。さらには、宇宙開発先進国であるアメリカも月に大規模な有人基地を建設するという発表があり、月を巡る戦いの火蓋が切って落とされたのだった!

 幸村誠氏のイラストがジャストフィット。プラネテスと考えてみると宇宙開発という点では内容が近いかも。ともあれ、エンジニア魂を感じる一冊です。考えてみると人間はできるできないの損得を超えて、「挑戦する心」があったからこそ、今こうやって文明を築き上げ、高度な文明社会の恩恵を享受している。小川一水氏は月という新たな挑戦物に対して、「第六大陸」という未知の大陸に喩えて実現可能性も含めて、より具体的な数値で説得力溢れるハードSFを書くことに成功している。また、将来ありうる中国の月有人基地の生々しい姿、国産ロケット開発などの現状を交えた宇宙開発事業団(NASDA)の民間の払い下げなど、現時点でも十分可能性のある出来事を書いているのも、物語をタイトにし、ハードSFの面白さをよく伝えていると思う。

 妙の部分はちょっと痛い。個人的には金持ちの道楽のような感覚にするのではなく、人類の可能性を秘めた民間プロジェクトという点の面白さを強調すべきな気がする。妙の存在についての不満は二巻を読むまでとりあえず保留とします。その点は除きともあれ、ハードSFって面白い!って思う一冊です。


Mar.12,2004 (Fri)

小川一水『第六大陸2』(ハヤカワ文庫JA)

第六大陸2

 「第六大陸」プロジェクトに関わっている人々の息吹きがリアリティをもって迫ってくる二巻め。「第六大陸プロジェクト」をライバル視するNASAの妨害工作から始まる本書は、波乱が感じられる幕開けとなる。NASAは国際司法裁判所を利用して、妙のプロジェクトを潰そうと画策する。暗雲に包まれたと思われたプロジェクトは、妙の妙案によって窮地を免れる。人々の想いが複雑に交錯しながら、「第六大陸」プロジェクトは着々と進行する。「月面に結婚式場を」という、妙の夢は達成されるのか?という妙の夢(だけではなく、人類全体の夢でもある)を読者は一緒に感じて欲しい。近い未来きっと、人々は月という新たな目標に対して、一歩を踏み出す勇気のようなものをを本書から頂きました。

 天竜ギャラクシートランスが開発したトロフィーエンジンを得て、アップル号シリーズと呼ばれる宇宙船を得た「第六大陸プロジェクト」。順調に機材を月へと運び込み、建設に向けての準備が着々と進行していた。そして輸送も大詰めを迎えたある日、運の悪いことにロシアが放棄したデブリに衝突。天竜の優秀な技術者、泰を事故によって失ってしまう。さらに妙と妙の祖父閃之助は実権を失い、資金難に陥る。そんな逆境の中、青峰は妙が求めているものを理解し、彼女にしっかりそのことを理解させることになる。妙の動機はのちのちわかってくるのだが、微妙な感じがした。妙のパートはともかくとしても、NASAとの折衝とか、現場レベルでのやりとりが面白いなーと読んでいて思った。

 プロジェクトも進捗し、マルチプルと呼ばれる多目的機械が月面を動き回り、建設を進めている姿を想像して、人類がまだ住んでいない月面を想像するのはとても楽しい。レゴリスと呼ばれる謎の金属については、なんともコメントができないが、この部分がSF的に興味をそそられる。もちろん、ハードSF作家として地盤を築きつつある作者だからこそ、実行可能性の高い、月という惑星を舞台とした人間ドラマを書き上げたのではないかと感じる。巻末の鈴木力氏の解説は、ぼくの読了感を満たしてくれる素晴らしいものだったと感じた。未来が見えなくなった中で、可能な未来を示してくれた本書に改めて感謝したい。


Mar.15,2004 (Mon)

東野圭吾『あの頃ぼくらはアホでした』(集英社文庫)

あの頃ぼくらはアホでした

 東野圭吾の青春時代を面白可笑しく語ったエッセイ。なんともやんちゃな青春時代を過ごされたんだなーと思う。ご本人が大阪出身ということもあり、関西弁での語りがいい。柄の悪い中学に入学し、何となく腐ったリンゴ状態になりつつも飄々として自分の道をいくところがなんともほほえましい。タイトルにもあるように、どこかで羽目を外すということは今になって大切だと感じるときがある。ぼくの場合、東野圭吾少年とは違い、ある種正反対の道を進んで来たような気がする。もちろん、60年代と80年代ではまったく雰囲気も様相も異なるので、どの方向性がいいのかとは一概に言えない。しかし、このエッセイのように時間だけが有り余っていた青春時代をどんなパワーに向けたのかというのを知るのは楽しいことである。

 面白いのはウルトラマンを語る東野圭吾である。ぼくの時代は再放送として、ウルトラマンセブンとタロウがやっており、初代ウルトラマンを見る機会がなかった。また、ぼく自身藤子不二雄先生らの作品によく親しみ、寧ろアニメに興味のベクトルが向かっていたと思う。その当たりは、ゴジラなどの怪獣ものにあんまり興味がないことに象徴されるかもしれない。エッセイを読んでいて、とても楽しそうに語る東野少年の姿が印象的である。ある時期に受けた影響というのは、一生を変える可能性があるということなのかなと思う。もしこういう影響が作家東野圭吾を作りあげたのならば、大変素晴らしい。

 東野氏の出た高校は、自分の出身高校のような雰囲気で、自主制作映画を学園祭でつくるくだりは、自分の高校時代を思い出してしまった。なんというか、連帯感と臨場感溢れる感覚。大学時代については、東野圭吾氏は体育会に入部しているため、文科系畑を歩んでいるぼくとしては結構カルチャーショック。酒を浴びるまで飲むとか、このときにしかできないことなんだろうなーとつくづく思う。大変ノスタルジックながらも、素朴な面白さ溢れるエッセイでした。


Mar.17,2004 (Wed)

山之口洋『瑠璃の翼』(文藝春秋)

瑠璃の翼

 山之口洋さんの待望の長編三作目。今回の長編は過去の作品とは異なり、関東軍ノモンハン事件の裏で活躍した航空戦隊、「稲妻戦隊」の活躍とその隊長であった野口雄二郎氏の一生を描く。なお、野口雄二郎氏は山之口洋氏の祖父に当たる方である。ぼく自身、世界史の暗記事項として関東軍ノモンハン事件というのを知っていたのだが、この小説を読んで色々と感じるところがあった。この小説の面白いところは、「現場」を知らない官僚と「現場」で活躍する人々のコミュニケーションの齟齬、そして上部組織の腐敗の構造にある。この点はいまの日本にも当てはまるものであり、この時代から「現場」を知らない上級将校たちが自分たちの利益のために保身に走ったり、現場を使い捨てする構造が生々しく描かれている。そんな閉塞的で悲劇的な状況の中で、優秀な部下たちを上官たちが立てた無謀な作戦によって失っていく。この構図は今の日本でも各所で見られるところである。

 雄二郎を含め、朴訥で優秀な部下たちは圧倒的な物量と機械化兵団によって日本軍を圧倒するソ連軍の制空権を封じ込め、苦しめる。しかし地上では無能な関東軍の将校たちによって、無謀な戦争だけが行われる。数人の高級将校によって、無謀に行われる作戦。ソ連の能力を過小評価し、正しい作戦を無為にも変更してしまう陸上戦。それに対し、ソビエト軍のジューコフ将軍はきちんと日本軍を評価し、きちんと対応した作戦を練り、冷酷に日本軍を圧倒していく。つまり、ジューコフ将軍はこのノモンハン事件の戦略をしっかり練っており、相手の戦略をきちんと分析し、大成果を得ていたのに対し、場当たり的、官僚主義的な日本軍は、制空権をうまく生かしきれず、大敗北を決する。この点は、陸軍と空軍の連携が切れており、そのことを如実に物語っている。つまり、どの点においてもこの闘いは無謀だったのである。

 雄二郎傘下の稲妻戦隊の優秀な隊員たちが無謀な出撃によって命を落としていくシーンに胸を痛める。当初は一人も失わず生還していた稲妻戦隊も、度重なる出撃により、その貴重な人員を失うことになる。雄二郎の胸は張り裂けんばかりだったと想像する。手塩にかけた部下たちが無能な上官の立てたプランによって、失っていくのは大変な損失である。そんな中でも、淡々と命令に従い、友軍の支援となるべく、活躍する稲妻戦隊。彼らこそプロ中のプロである。のちに、ジューコフ将軍は日本軍をこう評価している。「日本軍の下士官兵は頑強で勇敢であり、青年将校は狂信的な頑強さで戦うが、高級将校は無能である」。この言葉が当時の日本を言い得ているのではないか。ソ連軍の冷徹な情報収集能力には敬服するだけである。その後日本は、太平洋戦争に突入することになるわけだが、ノモンハン事件の教訓は生かされることなく、精神論だけが突起することになる。歴史から学ぶことは多いが、ノモンハン事件は日本軍のその後を象徴する事件だったと思えるのだ。

 『われはフランソワ』(新潮社)でも感じたことだが、史実を折り合わせながら人物造型を進めるスタイルが大変うまい方だと感じた。本作品においても大変その点がよくできていて、雄二郎の視点に立ちつつも客観的な立場に即して読むことができた。関東軍ノモンハン事件という歴史的にも重要な事件を空軍の活躍の点から描いた点とも含めて、物語内で語られる官僚主義の暴走の狂気を本書はしっかり語っていると感じた。歴史的知識がなくても大変楽しく読むことができました。次回作を期待しております。