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復刊ドットコムに「夢の国のリトル・ニモ」の復刊をリクエスト。ご協力お願い致します。

ようやく読了。2段組528ページもさることながら、読み終わるのに時間がかかったのはスティーヴンスンの物語の組み方が複雑だったこともある。日暮雅道氏の翻訳は大変読みやすく、翻訳に時間がかかったということが納得できました。そんな本書は、1996年ヒューゴー賞・ローカス賞を受賞しているだけあり、その分の見返りは値段的に保証できる面白さでした。物語を複雑にしているのは、主人公の少女ネル、ナノテク技術者ハックワースのパートに、ラクターのミランダ、カール、ドクターX、判事、ネルの兄ハーヴ、そしてプライマーと呼ばれるインタラクティブ・デヴァイスの物語がオムニバスで進行するからである。ダイヤモンド・エイジの社会は複雑に絡んだ政治設定になっていて、スティーヴンスンの独自の思想が色濃く出ている気がする。舞台は中国の上海付近。国家という枠組みは崩壊し、種族や部族という単位で人々は組織を形成していた。ナノテク戦争によって崩壊した中国は三大種族、ニッポニーズ、ネオ・ヴィクトリア人の新アトランティス、中国人による<天朝>(漢)によってナノテクによって防御された国家都市が形成されていた。人々がナノテクマシーンを最大限に活用する世の中で、一種グロテスクなモザイク状の社会が形成された未来。そんな中で偶然、一人の男のたくらみが世界を改変する出来事につながっていく。
ネオ・ヴィクトリア的教育に疑問抱いたフィリンクル=マグロウ卿は、自分の娘のために<若き淑女のための絵入りプライマー>を作るように、ハックワースに依頼。彼は自分の娘のために違法コピーを作ろうとするが、ネルの兄ハーヴがハックワースを強盗する。そして奪われたプライマーはネルに渡され、ネルはプライマーから<プリンセス・ネルの冒険>という物語を読み上げられ、知識を獲得していく。一方、ハックワースは違法コピーの件がマグロウ卿にばれ、<天朝>の動向を探るように二重スパイの生活を送ることになる。彼の任務は、錬金術師と呼ばれる人物を探すというもの。そして彼は<ドラマーズ>と呼ばれる集合知性族の一部として10年間過ごす羽目に。一方ネルは義父の虐待から逃れ、様々な知識をプライマーから獲得していくことになるのだが……。
とにかく設定が色々と複雑なため、流し読みができない本でした。この独特の世界観の不思議さに徐々に引き込まれていく人も多いのではないかと思います。460ページあたりを過ぎてから、一気に読了したのは、物語が急にダイナミックに展開していくからです。このカタルシスは、前半部分のスローで緻密な世界描写に比べるとやや唐突かもしれませんが、こうしない限り物語が収束しないんだろうなと思いました。ラストはちょっとクエスチョンマークがつく感じですが、前半部の緻密な社会描写こそがこの作品の魅力なのではないかと感じました。もうすこしドクターXの野望についても言及すべきだったんじゃないかと思ったりしましたが、ネルの成長物語と集合知性を扱ったSFとして面白く読めるんじゃないかなと思います。値段分だけの面白さは保証しますが、時間をかけて読むべき本だと思います。

プラチナ・ファンタジーの第一弾。ブルース・スターリングの紹介者として知られる小川隆さんの名訳で読める日本の読者は大変幸せである。70年代のドラックカルチャーを反映しているせいもあり、本書はある銀河系の惑星でクジラの腸から抽出されるドラックをとりに行く青年が主人公となっている。あとがきにもあるように、かなりメルヴィルの『白鯨』をイメージしていることがよくわかった。巨大なクレーターの中、ガスがたまった塵の層に住む、塵クジラを追って捕鯨船に乗って異世界を旅するという物語。異世界描写はヴァンスを意識したものを感じる。ともあれ、21歳という年齢でこの作品をモノにしたスターリングの早熟ぶりがよくわかる一冊である。
主人公ジョンは、シンコフィーネと呼ばれる麻薬を手にいれるために唯一の産出星、水無星へと捕鯨船に雇われコックとして乗り込む。シンコフィーネの原料となる塵クジラの腸からシンコフィーネを抽出するために、彼はキャスロックという若者とともに捕鯨船に乗り込み、不思議な旅をするのだが……。
『白鯨』を意識しているということもあり、物語の構成はかなり文学的な感じがした。読んでいてさくさく読める快感。主人公ジョンとコウモリから進化したダルーサという半獣半人との恋物語もどう進展するか、どきどきする。特にダルーサは、「赤い血」へ取り憑かれているのだが、彼女の体の構成上、人間の血は彼女の種族にとっては大変毒で、大量に触れると雑菌によって死んでしまうという悲劇の恋になっている。ともあれその当たりの微妙なバランスを淡々と書くスターリングの性格が色濃く出ていてよかったと思う。彼の作品を読んでいて感じたのは、「情念」よりも「関係」の書き方が優れているという感じがする。非常に無機的なつながりを重要視している、という感じがするのだ。だから彼の作品を読んでいるとたまに、自分がパーツの一部のようになる感覚がある。本書は、サイバーパンクではないのだがそんな彼の作風の萌芽が透けて見えるような作品だったと思う。ところで余談になるのだが脳内映像的には、鼻毛が出ている水無星の住人=バカボンパパ?(笑)とか、まあ一番近いイメージは、パイレーツオブカリビアンかな。偶然マスターオブコマンダーを見ていたこともあり、何となくシンクロニティもあって、想像力って素晴らしいと思いました。

第十回日本ホラー小説大賞受賞作を含む4短編を収録したホラー短編集。確かにインパクト度は申し分ないのだが、初期の友成純一作品を読んでいる読者には物足りなさが残るのではないかと思う。ぼくとしては表題作よりも「妹の島」の方が好みで、文章に荒々しさはあれども、異形度とおぞましさでは格段上であると感じた。後の二編はまあ読んでみてインパクト度は前の二編に比べると弱いし、ふーんという感じかな。バラエティという意味ではうまく谷と底をつくっているので、総合としてはバランスの取れたいい短編集なように思える。荒俣宏さんの選評がこの作品に対する的確な評になっているので、一読をオススメしておく。しかしGeoge Tookerの表紙はインパクトあります、これ。人間ではない「姉」の雰囲気をうまくかもし出しているというか。考えてみると「姉」からはじまり「妹」で締める当たりに作者の意図があるのかと思いつつ、偏りすぎた愛へのおぞましさを感じたのでした。
表題作の「姉飼」は、串刺し公ウラド・ツェベシのことを思い出す。たぶんにそのあたりから着想があるのだと思うけれども、サディズムの究極の形としてこの作品は面白く読めた。「姉」という言葉の響きもあるのだろうけれども、何となくいやらしい。いやらしい部分が串刺しで身もだえする姉を見ることへの偏愛につながっていくのではないかと感じた。例えば姉に着せ替えをさせて喜ぶ主人公の姿には、どこか男性の本能に基づく「破壊衝動」を表したものではないか?と感じたりした。段々と破滅に向かっていく主人公の姿は、我々に重なる部分があるのではないかと感じたりした。ある種のメタファーが姉という存在に込められているのは確か。ラストが想像できたのがまずい。最後の文章は荒俣氏のいうように蛇足な気がする。
「キューブ・ガールズ」は今の消費社会の本質を突いた話。SF的にはありえる話で、擬似恋愛ゲーム世代の読者には自分の身に覚えがあるような話ではある。賞味期限が過ぎたら(あるいは飽きたら)、ポイ捨てするというモノに対する意識の変化がうまく使われている作品だと感じた。そういった意味では、逆バージョンもありうるのでなかなか想像力を刺激してくれて面白い。
「ジャングル・ジム」はヘンな話。今読むと割りとタイムリーな話でちょっとブルーになるかもしれない(2004年現在)。というのは、これは公演においてあるジャングル・ジムの破滅の物語だから。ジャングル・ジムの変貌を淡々と書き進めるさまがよかった。横田順彌さんの作品で、横断歩道に惚れられた男の話があったが、それにホラーテイストを加えたという感のある話。ジャングル・ジムが狂っていく感覚はいいけど、他の短編に負けてしまっている感がある。この短編集の中では、いまいちの出来な気がする。
「妹の島」は傑作。人里から離れた果樹園という場が舞台であることも含めて、何となく淫靡な香りがぷんぷんする作品。果実のメタファーを含めて読み解いていくと、実に気色悪い。救済を求めて、致死性の毒をもつオニモンスズメバチに喜んで身を捧げる当主の男、そして次々と奇妙な死に方をする4人の息子たち。舞台となる果樹園に棲む昆虫たちの不気味さも含めて、閉鎖した社会の気持ち悪さをうまく描いていると思う。愛する妹への恋慕、そして死に至った妹への想いが光一の社会をゆがめ、最後のラストへと収束していくのが素晴らしい。構成といい、一番面白く読めた。
著者のバックグラウンドからは、今後期待できるような作品が生み出されることが期待される。後は多分に書きなれてきたら、さらに面白い作品が出てくるのではないかと思われる。価格分は保証できる本だけれども、積極的にはオススメできない本ではあります。

去年出て購入を忘れた本。『BH85』(新潮社)にあったような、最後はどうしようもならないという無常観漂う著者の作風は健在。今回もまた読了後に切なさが募る。トマス・M・ディッシュの『ビジネスマン』(創元推理文庫)と比較するのもよし。ディッシュが邪悪なのに対し、本書はハートウォーミングなゴーストストーリーもの。霊界にも一定のルールがあって、そのルールによって奇跡が起こっているというところが面白い。
例えば、自殺者の霊は昇天できず、徐々に憎しみと悲しみによって原型を失い、憎悪のみの存在になるという。それに対して、不慮の事故や天寿をまっとうした人々は、天界からお迎えが来るという。しかし本書の主人公嘉兵衛のように、餓死してミイラ化し、偶然エジプトのミイラのような状況に置かれてしまったときに、奇跡が起こる。彼の魂(心)は彼のミイラ化した体とリンクし、霊的な存在として人々に意識を伝えることができる。こうして嘉兵衛は、最愛の人々を失った人たちに奇跡の方法を伝えることになる。自分の曾孫の死を嘆く曾孫夫妻、最愛の妻をガンで失おうとしているマンションの管理人、事故で妻を失った男など、嘉兵衛のアドバイスに従って、「こころ」を現世につなぎとめようと腐心するのだが……。そんなこんなで、物語に紆余曲折はあるものの、嘉兵衛が最後に出会った上品な老婦人の恋のパートは涙せずにはいられない。悪徳老人ホームに運悪く入居することになった嘉兵衛の恋相手は、ホームの非情な対応により徐々に死へと向かっていく。恋する相手を頑張って助けようとする嘉兵衛。果たして彼女は老人ホームから出ることができるのか?
老人の孤独死、老人ホーム、死ぬ権利という重いテーマを扱いながらも、「愛」をどことなく感じられるのが本書の魅力だと思う。この作品は森青花氏じゃなければ書けない作品じゃないかなと思う。という意味で、他人の心の中に「自分がここにいるよ」という印象を植え付けることがどれくらいできるのか、本書を読んだ後に色々と考えてしまった。だからこそ、墓参りという習慣は死者のことを思い出す重要な行動なんだろうなぁと思いました。

本書に収録された作品はどちらかというと不条理系。不条理SFとしていい短編が3つ収録されている。北野勇作作品の魅力は西岸良平さんの世界を活字化した点にあるのではないかと思う。日常とはちょっと違う違和感をそのまま受け入れていくうちに世界が変化していく。主人公たちはその変化に対して何か違和感を持っているけれども、そんなもんだと受け入れてしまうというストーリーラインの妙が北野勇作作品の魅力ではないかと思う。ということで、本書は「とんぼ」を題材にした短編集で、「新しいキカイ」「トンボの眼鏡」「西瓜の国の戦争」の3篇を収録。
本書はホラーテイストが強めの短編集だったような気がします。表紙もおしゃれだけど、売れているのかが心配。体裁が体裁なだけに、もっと読まれて欲しい作品ではあります。

本書はホラー色の強い短編が収録された短編集。今回のお題目はかえるである。収録作品中3篇は異形コレクションに収録されているものなので、カメリものだけがオリジナル書き下ろしということになる。動物カレンダーも収録されており、またまた楽しめる。いつもの北野勇作節はやや薄れ、より幻想色がはっきりと出ている気がする。ホラー短編集として大変クォリティが高く、オススメです。ちなみに最近気がついたのだが、カメリはアメリから来ているわけですね。アメリはカフェのウェイトレスだし、ちょっとヘンなところは北野勇作作品の登場人物に似ているような気がします。
この短編集もオススメ。短いのでさくさく読めるし、実にうまいと思います。
Kashibaさんの初のエッセイ集。このような形でまとまった文章を読むと、普段ウェブで読んでいるのとは違った感じがする。本エッセイはKashibaさんがウェブ上で公開した文章および本の雑誌で連載していたエッセイなどを纏めたものである。ご存知のようにKashibaさんのページは、超有名なミステリ・読書・古本系サイトである。蔵書量、知識量どれをとっても日本屈指のページの一つである。そんな著者がミステリやシリーズものにまつわる薀蓄を惜しげもなく披露しており、色々な意味で参考になる。殊更ぼくはミステリには疎いので、ミステリ畑のKashibaさんのエッセイから、自分の知らない世界を知ることができるという意味でも、お買い得の一冊になっていると思う。
古本血風録日記&あなふるは、ぼくがKashibaさんとお知り合いになってからの時期と重なる。自分の名前が出てくると気恥ずかしいものがある。主にDasacon関係でKashibaさんには参加していただいて、古本オークションなどを手伝っていただいたご縁もあり、何となく懐かしい気分になった。考えてみればKashibaさんからはぼくがまったく知らなかったジャンルの作家を色々と教えていただいたと思う。例えば友成純一氏の作品はプレミスコンでKashibaさんから『肉の儀式』を譲っていただかなければ知らなかった作家である。また、交換を通じてたくさん貴重な本をお譲りいただいたのも今の自分を形成している一部になっていると思う。古本者がダブリを買う理由は、古本が貨幣のような価値形成をしているためである。つまり、欲望の一致による物々交換が金銭では測れず、古本で測るということになる。自分を含め、本を蒐集している人々というのは本によって自分のアイデンティティを確立しているような気がする。もちろん、「あー、こんな本拾っているよ!」「こんなに買っているよ!」というある種、本買いがファンタジーと化しているような気がする。特にKashibaさんの場合、「どうしてそんな本をダブらせることができるかなー」とか思える本をたくさんゲットされているので、常々本との縁というのを感じることがある。もちろん、自分の立ち位置(SF者、ミステリ者、モダンホラー者、現代文学者などなど)も重要なファクターとなっていることもあるが、改めてKashibaさんのエッセイを読むと、すごいなぁと感じます。瑣末の研究のところはすごすぎて、コメントできず(笑)。いや、濃すぎなのでわからないということもあったり。
年間購読ベスト本についてのコメントはミニコメも含め、Kashibaさんのツボをつくような傾向がわかるということかな。新旧交えて色々な本が紹介されており、とりあえずポケミスのところで紹介されていた『恐怖のブロードウェイ』とかは読みたくなった。ミニコメもいいけれども、やっぱりかっちり感想が書かれている方がぼくとしては好みかなぁ。本書全体として、本への愛(特に古本)、美本への愛、そしてサービス精神旺盛なKashibaさんのお人柄が良く出た一冊だと思う。古本屋で買わずぜひ新刊書店で!不謹慎ながら、果たしてブックオフの105円均一で拾うのは誰だろうか……。本書を読んでも「あなたは古本をやめる」ことはできません。そうこの本を手にする人は、「やめられない」人たちだから。

何となくタイトルに惹かれて読んでみる。ファンタジーと思っていたらSFだった。読んでいるうちに大変ノスタルジックな気分になった。というのは、萩尾望都さん、光瀬龍さんの流れを汲む正統的なSF物語だったからであろう。多分に映像化(漫画化を含む)すると、よりイメージがヴィヴィットに迫ってくる話ではないだろうか。文化の衝突によって消え行く伝統文化と人々。その矛盾をSFという形で描いた傑作である。中央権力による開発優先主義がいかに環境を破壊し、様々なものを失ってきたのかということを考えさせられる物語であった。ラストは大変物悲しいが、滅びゆくものたちの叫びの物語である。一つの愛の形がこの物語にはある。
強大な銀河連邦政府なる組織が統治している世の中。主人公ヨギは<<遺跡の星>>ヴァルカでガイドをして、生計を立てていた。淡々と過ぎていく日々。ある日突然現れた謎の男。彼は失われた文明が残した<物語>を求めて、ヨギに会いにきたのだった。そう、ヨギは銀河連邦政府に楯突いた反逆者で、記憶を操作され、辺境の地へと追放されたのだった。ヨギは死の直前、男に物語の半分を託して、最後の語り部として逝ってしまう。そしてヨギの意思を受け継いだ男は語り部として、約束を果たしにとある地へと向かう……。
構成は二部。前半部は、単なるガイドの物語と思っていたら、なんと!意外な展開にびっくり。記憶を失った男が持っていた秘密はとても物悲しくて切ない。開発局のエゴによって失われていく一つの世界。ノイとヨギのシーンには涙する人が多いはず。物理的なものを奪えても、決して奪えないものがある。我々もこの登場人物たちのように、永遠に色々なものを受け継いでいく一部なのだと感じました。そういった意味では、光瀬龍さんのSFを読んでいる感覚に近いと思います。