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May.1,2004 (Sat)

ジョー・R・ランズデール『モンスター・ドライヴイン』(創元SF文庫)

モンスター・ドライヴイン

 帯は「伝説の怪作ついに出現!」よりも、「作家、戸梶圭太さん推薦!俺を崇め祭れ!阿鼻叫喚の地獄絵図の展開!」とかつけて売るとよかったかも。展開的には戸梶ファンとしては大満足。横山えいじの表紙はちょっといただけないんだけど、まあよしとしよう。東京創元社も今だから売れると判断したと思うけど、それは正解だと思う。マーケティング的には戸梶圭太とタイアップするのが一番いいかも。チープホラー作の傑作といえるかも。電波ゆんゆんだし、死んでも価値のない三文人間どもがたーくさん出てくる。あと、北米圏のドライブインシアターを知っている人にはたまらないホラーだとは思う。もちろん、上映されている映画は「悪魔のいけにえ」「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」「死霊のはらわた」「大工道具箱連続殺人」「アルバート・ショック」というB級ホラーの名作ばかり。#前の三本は見ているけど、後は見ていないのでコメントができないのが残念。

 金曜日の夜、B級ホラー映画オールナイトの日。ぼくたちはドライヴイン・シアター<<オービット>>で、エンジョイする予定だった。ところが、血の光の色を放つ怪彗星が到来。中にいた観客全員が異空間に閉じ込められてしまったのだ!不思議な黒い幕に覆われたドライブイン・シアター。勇気ある男が出ようとするも、黒い物質に体を食われ、壮絶な死に方をする。ぼくたちは何とか生き延びようと、苦心する。時間が経過し、最悪の状況に陥る中、人々は徐々に獣と化していく。そしてついに、青い稲妻が、友人のウィラードとランディを打ったとき、最悪の状況が訪れるのだった……。

 ある種問題作なんだけど、どうして今まで翻訳されなかったのかが謎。B級ホラー読みの人にはたまらない一冊でしょう。段々と人間性を保っていたドライヴイン・シアターが徐々に崩壊して、食料の奪い合いになっていく様はかなり洒落になっていません。供給されるのがポップコーンとキャンディ、そしてホットドックとポップだけという状況はおぞましいです。でもたしかにものすごい量のストックがストックされていることは北米圏の映画館に行くとよくわかります。その当たりを踏まえて、物語の中盤に出てくる電波ゆんゆんの「ポップコーン・キング」のくだりには大爆笑。戸梶圭太作品みたいですよ!もちろんキリスト教がベースになった説教なのだが、考えてみるとかなりおぞましい。どれくらいの人間がドライヴインに閉じ込められたのかわからないけど、想像するだに恐ろしい。。設定は大変気持ち悪いのだけれども、信念とか愛とかそういう部分は割とまとも。極限状態で生き残るためには人を信じる気持ちが大切、ということをランズデールはメッセージとして本書に託したに違いない(と信じたい……)。オチは秀逸。前に見た「ドーン・オブ・ザ・デッド」的で素晴らしい。続編があるようなので、ぜひ読んでみたくなった。レーベル的にはSFよりもホラー(灰色背)な気がします。


May.2,2004 (Sun)

牧野修『乙女軍曹ピュセル・アン・フラジャーイル』(朝日ソノラマ文庫)

 『MOUSE』(ハヤカワ文庫JA)で健在な牧野修節が本書では遺憾なく発揮されている。物語を語るという力の凄さを感じさせる一冊。換骨奪胎という言葉がぴったりのストレートなお話である。元になっているのは、キャシャーン(らしい)&ジャンヌ・ダルクの物語である。物語のベースがあるという意味では『だからドロシー帰っておいで』(角川ホラー文庫)と手法は似ている。しかし、本書はよりストレートなSFであり、神に選ばれし一人の乙女が、人類の王を助け、彼の手足となるまでの物語であった。ジャンヌ・ダルクの物語を知っておくと楽しさは倍増するはず。

 人類が宇宙に進出しているはるか未来。人類はヒトデナシ(擬人類)と呼ばれる種族によって支配されて、細々と生活をしていた。そんな中、辺境の惑星で生まれ育ったフラジャーイル家のピュセルは神から啓示を受け、人類の王となる縷々を助けるように指示される。そのたくらみを知った擬人類の王輝王は、ピュセルを抹殺すべく兇悪な軍勢を送り込む。かろうじて生き延びた彼女は、縷々を探しだし、助けるために旅を続けるのだが……。

 「世界とは書籍であり、あらゆる事象は物語として語られ、創られる。」という出だしから、傑作の予感がしていました。物語はピュセルとエキゾチックな響きを持つ不気味な擬人類の王たちとの戦いを描く。特にSF的な設定が秀逸で、「物語を規定して操ることができる能力」を持つ物語る乙女という存在を作りあげたのは、『MOUSE』の世界に似ているような気がする。しかしそれ以上によかったのは、ワープ方法が物語の記述によって蓋然性をコントロールできるという設定。一つの物語を記述固定することにより、ワープをするというのは新機軸な気がした。またピュセルを守る4人の擬人類たちも個性的で、素晴らしい。ピュセルはピュセルでヴァルキリーとして闘う姿が印象的だったりする。ともかく面白いことは請け合い。牧野修に外れはない、ということを本作品でも感じたのでした。新作が待ち遠しいなぁ。


May.3,2004 (Mon)

小林恭二『モンスターフルーツの熟れる時』(新潮社)

モンスターフルーツの熟れる時

 面白かった。林(小林恭二の分身と思われる)という作家が猿楽町で体験する4つの短編から成る。どれもこれも一癖あるオムニバス短編であり、見事にラストへと収束する。タイトルが示すように、物語の中に出てくるフルーツのイメージが大変エロチックである。生と死のイメージに彩られた猿楽町。主人公林が自分の使命を悟ったとき、彼は変容を遂げる。変容の過程で主人公は徐々に自分の立ち位置を確認し、そして彼は変容を終える。大変素晴らしい幻想譚であった。主人公林を基軸として、時系列に物語が進行するので個々の短編について自分の感想を記しておきたい。

 という意味でもぜひ読んで欲しい一冊。幻想文学とかファンタジーに近いテイストだけれども、構成と文体の妙に酔いしれて欲しい。

中井紀夫『遺響の門 -サイレント・ゲート-』(徳間デュアル文庫)

遺響の門

 そこそこの評判のある著者だから面白いかなぁと思って読んだら、面白くなかった。設定といい、すべてが中途半端な感がある。物語世界がとってつけて作られた感じがして、読んでいて何となく気持ち悪い感じがした。もうちょっと丁寧に書いて欲しい気がする。宇宙からの侵略者(キラーバグ)が人類と人類に類するエイリアンを殺す世界。それに対抗すべく、人類は新たな道を模索していたという設定である。厳格な家庭に生まれた主人公遥(男)は疎外感に耐え切れず、ある日街のマーケットへと立ち寄る。そこで一人の可憐な少女ヴィオレッタに出会い、一気に惹かれていく。彼女は歌姫であり、大勢のファンを持っていた。そしてある日、彼女のバンドの異星人が故郷を戻ることをきっかけに、遥もヴィオレッタも彼の故郷へと旅をすることになる。

 なんか微妙な物語設定。古き良きジュヴナイルを目指そうとして、徹底的に設定で失敗したという感がある。後半部で物語世界を広げようとしたのだが、これまたうまくいっていない。主人公のトラウマの面とかは設定に生かされていて、なかなか面白かった(この点が後のコンタクトに関わってくる)し、ヴィオレッタの歌が世界を変えるという部分もバーテン経験のある中井紀夫氏の得意なパートだと感じたのだが、物語がちぐはぐになってしまっているのが実に残念。ある種、とってつけたような設定が続いて、構成が破綻していてつらかったという印象。徳間デュアルからは他にも『モザイク』があるのでそちらを読んでみたいと思う。


May.4,2004 (Tue)

フリッツ・ライバー『妻という名の魔女たち』(創元推理文庫)

妻という名の魔女たち

 あまりの面白さに一気読みしてしまいました。1969年に書かれた作品とは思えないなぁ。オカルト小説が好きな人はぜひ読むべし。本書は今は亡きサンリオSF文庫の一冊として販売されたが、サンリオの文庫撤退によって長らく読むことができなかった。再び本書が東京創元社から販売されたのは喜ばしいことである。本書の面白さは狭い大学町の中で、教授の妻たちが夫の出世(あるいは自分たちの利益)のためにあらゆる魔法を駆使して、自分たちが有利になるように呪術合戦をしているという点にある。主人公ノーマンが妻タンジイに強制的に呪術をやめさせたことによって、突然ノーマンの身に不幸が訪れるところから段々と面白くなってくる。その後は読者もライバーの語り口にぐいぐいと引き込まれること請け合い。

 主人公ノーマンはとある大学で文化人類学を教える大学教授。ある日、好奇心から妻の部屋を探ったところ、呪いで使われる各種道具を発見してしまう。彼は妻の呪術行為を迷信だと叱りつけ、すべてを捨てさせてしまう。妻によれば、ノーマンの身を守るための魔術だったという。そして次の日、今まで順風満帆だと思われた彼の教員生活に突如暗雲が立ち込める。謎の女性からの愛の告白、不可をつけた学生の言いがかりなど、今までの教員生活では考えられないトラブルが発生したのである。さらに悪いことに飼い猫が何者かに殺され、妻タンジイもまた謎の失踪を遂げる。果たしてこれは呪術のせいなのか?タンジイは助かるのか?

 男たちの知らないところで実は魔術戦が行われているというアイディアが秀逸。なんともいえず怖いですな。裏で教授の妻たちが魔術合戦しているところは、SFでいうサイキックウォーみたいでかっこいい。妻タンジイが魔術を捨ててただの人になってしまったときのギャップが面白い。術者が無知になるという部分は論理的にも納得いくし、防御がなくなったときに魔術によって操られてしまうところとか、すごくリアル。最愛の妻を救うために、主人公ノーマンもまた魔術で対抗しようとするところは、理性を超えた何かを感じさせるので怖い。妻タンジイが徐々におかしくなり、主人公の身のまわりにも不気味な出来事が起こるにつれて明らかになっていく魔術の謎。その謎はかなり衝撃的だったので、ぜひ読んでみることをオススメします。傑作。

谷山由紀『天夢航海』(朝日ソノラマ文庫)

 以前オフ会で茗荷丸さんに教えてもらった作品。ブックオフをこまめに見てきたつもりなのだが、今まで全然縁がなかった一冊。高校生のときに読みたかったなぁとちょっと思ったり。ある種、クラスの中で孤独感とか違和感を感じている人が読むと大変共感できる作品じゃないかと思う。そういった意味では、綿矢りさ『蹴りたい背中』(河出書房新社)にある孤独感に共通するものがある。本書は天夢界を夢見る複数の個性ある女子高校生を主人公とした日常と不思議が隣り合わせとなった青春SF連作短編集である。物語に登場する天夢人たちが迎えのために利用する銀の飛行船は、銀河鉄道の夜(物語の感じも大変似ているのだが)の銀河鉄道に似ている。チケットが必要、という点においても銀河鉄道の夜の影響を受けているんじゃないかなと読み終わった後に感じた。

 両親の離婚で都会から田舎に引っ越してきたあさみ。転校生ということもあり、クラスの雰囲気にもなじめず、一人孤立した日々を送っていた。そんなある日、ふと入った古本屋で小冊子を見つける。「天夢界紀行」と名打たれた小冊子に書かれた内容に惹かれるあさみ。その内容は、あさみの気に入るところとなる。というのは、地球上に残された天夢界人たちは天夢界からの迎えを待っているという物語だったからだ。偶然店長の青年と話をしたあさみは店長から天夢界行きの切符を手に入れてしまう。果たして天夢界行きの船はあるのか?あさみは果たして天夢界へと向かうことができるのか?

 銀河鉄道の夜と竹取物語などの影響がかなり見られる作品。女性の方がより本作品を楽しめるような気がする。SF的設定はともかくとしても、青春のほろ苦さをうまく描いた作品だと思う。思春期に色々と思い悩む少女たちが、現実のしがらみから逃れるために「天夢界紀行」という小冊子に惹かれる理由はよくわかる。天夢界という空想の産物は現実からの脱却、という意味での投影ではないだろうか。もちろん夢見ることが実現すれば一番いいかもしれないが、ここに登場する少女たちは天夢界という存在を信じながらも日常から脱却できない。しかしそのことこそが、著者が感じていたことではないかと思う。ファンタジー小説としても十分に楽しめる一冊である。他の作品も探したいところだが、なかなか入手が大変ということで、地道に探して行きます。お勧め。


May.5,2004 (Wed)

戸梶圭太『ドクター・ハンナ』(祥伝社)

ドクター・ハンナ

 驚天動地の問題医療小説。相変わらずの戸梶圭太節が心地いい。主人公ハンナのキャラクターはかなり癖があるので、読者の好みが分かれるのではないかと思う。とりあえず、人間の体を切り刻むこと(手術による)にエクスタシーを感じるハンナという設定がある種すごすぎ。もちろん相変わらず駄目な人間も出てくるし、十分陰謀臭もぷんぷん。個人的には内科と外科の争いというところが新基軸かも。医療現場での対立も含めて、けたけた笑いながら読んでしまいました。外科と内科の対立というところをぐちゃぐちゃにしてしまうのが、戸梶らしいという感じ。ともあれ、電波度もかなり高いので妄想系小説を読みたい人にはオススメ。

 主人公のハンナはとある私立病院に勤める美貌の外科医。彼女は難しい外科手術をすることに快感を得る危ない外科医。知性と美貌を兼ね備えたハンナはある日、内科医藤井といざこざを起こし、藤井に大きなトラウマを与えることに成功する。藤井の変わり果てた姿を見た藤井一族は、ハンナ排除に全力を傾けることになる。果たしてハンナは藤井一族の陰謀の犠牲者になるのか?それとも彼女は完膚なきままに藤井一族の攻撃をかわすことができるのか?

 前半からかなりフルスロットで飛ばしています。ハンナのわがままで危険な性格もさることながら、彼女を取り巻く人々もおかしい人々が多い。ある種、問題小説ではあるけれども十分現実社会でもありうる感じの物語だったりして、結構ぞっとしたり。しかし、戸梶圭太は段々壊れてきている感がある。デビュー作『溺れた魚』(新潮社)などと文体を比べると面白い。今の戸梶圭太作品はボーダレス化が進行していて、色々な題材を利用して、さくさく面白い本を書いているという印象がある。もちろん、そこが戸梶圭太作品の強みであり、作家の力量を感じられる。ラストもある種小気味がいい、それでこそハンナ!と思わず声高に叫びたくなりました。ただ、読者層が分かれる作品ではあるかなとは感じました。あとは相変わらず何も考えないで書いてまとめているという印象もあるかも。これこそまさに戸梶作品の強みじゃないかと思います。

ライナー・チムニク『セーヌの釣りびとヨナス/いばりんぼの白馬』(福武文庫)

セーヌの釣りびとヨナス

 何となく読んでしまった。二編の童話が絵つきで書かれて収録されている。福武文庫のJOYシリーズという奴で、チムニクやシュトルムなどの作家が収録されていて、なかなか渋いラインナップになっている。本書もまたその中の一冊で、ちょっと見かけない本になってしまったかも。ともあれこういういい作品が絶版になってしまったことが残念である。子どもたちに読ませたい一冊である。

 最初の「セーヌの釣りびとヨナス」はセーヌ河で釣りを満喫していた釣り人ヨナスがたまたま大きな魚を革新的な方法で釣ってしまったために、セーヌ河の釣り人から追放され、大きな魚を求めて世界を旅するという話。イラストが可愛らしい。それだけではなくて、結構ほろりとする心温まる話だった。人はやっぱり自分の国が居心地がいい、ということを再認識させられた。

 二編目の「いばりんぼの白馬」は日本流でいえば、井の中の蛙、大海をしらずな物語。サーカスで人気者だった白馬が居心地のいいサーカスを抜け出して、冒険するという話。あるときは農家で働く馬になったり、密猟者の手先になったり、ゴミ拾いの馬になったりと、高慢だった白馬が徐々に世間のつらさを経験していくという展開になっている。そういった意味では、一人では生きてはいけないということをうまく寓話化して、子どもたちに気づかせることのできるいいお話ではないかと感じた。

 バランスがよく取れたいい童話集だと思います。本書はパロル舎から復刻版が出ているので、そちらのリンクを張っておきます。


May.6,2004 (Thu)

綿矢りさ『蹴りたい背中』(河出書房新社)

蹴りたい背中

 本年度芥川賞受賞で話題をさらった綿矢りさの第二作。本書においても『インストール』(河出書房新社)でも共通する「疎外感」をテーマに、青春時代にしか味わえなテイストで書ききっている。今の若い世代(10代から20代前半)の人たちに本書から何か共感できるものを感じることができるのではないかと思います。グループに入れなかった人たちに共通する「余り者」同士が感じる感覚。先日読み終えた谷山由紀『天夢航海』(朝日ソノラマ文庫)と共通するものがあります。谷山由紀の作品が女子校内での疎外感を描いているのに対し、本書は共学内での絆を描いたものになっている。どうってことない話なんだけど、共感してしまう描写が多く、若さっていいなぁと思いました。『インストール』と比べると格段と読みやすくなっていて、今後の作品に期待できそうです。

 高校に入学したばかりのハツはなぜかクラスの中で余り者に。結局もう一人の男子にな川とともに、別の班に組み込まれることに。そしてハツはにな川に仲間意識を感じる。というのは、ハツがオリチャンに市内で出会ったことをきっかけに、彼がハツに色々とそのときの状況を聞いてきたのだ。にな川はオリチャン(スーパーモデル兼タレント?)の大ファンで、彼女に関する品物を集めていたのだ。にな川への感情が当初、仲間意識だったのに段々と「背中を蹴りたい」ような気持ちへと変化していく……。

 自分の高校時代と重なる部分があったことも含め、本書でいう「蹴りたい背中」な気分はわかる気がしました。恋というのか、それとも何となく愛しい気持ちがうまく「蹴りたい背中」というタイトルに凝縮されている気がします。女性も男性もなんとなく気になるとちょっかいを出したくなってくる、というあの気持ちに近いのではないかと思います。普通に恋愛をしていると多分、何となく相手にちょっかい出したい(つつくとか、じゃれつくとかそういう奴です)とか思うわけですが、その前段階でハツが感じたのは嫉妬の気持ちも入っているんじゃないかと思いました。自分とあまりにもかけ離れたオリチャンへの憧憬を入り交えた嫉妬の気持ちがよく現れていました。物語で語られる世界は狭いけれども、主人公の心の動きに共感できる部分があって面白く読めたと思います。

伏見健二『ハスタール』(電撃文庫)

 文庫が崩れてきて、たまたま本書が手元に落ちてきたので何かの縁だと思い読んでみた。電撃文庫のためのクトゥルー作品という感じの佳作。伏見健二さんの作品は実は本書が始めてで、所有しているクトゥルーもの2冊も掘り出して読んでみようとかなと思いました。というのは、本書は一応前の二冊とも関係しているようで、ちょっとしまった!と思ったり。単品でも十分楽しく読める本なので、問題はありませんけど。心情的には順番に読んだほうがいいかなと思いました。確か、東雅夫さんが前の本をほめていた気がするので、気になって購入した経緯はあります。

幼いころ、赤いカブトムシを求めて近所の森へと入った主人公タカト。そこで彼は衝撃的な光景を目の当たりにする。深き森の中で、材木を荒々しく組み上げられた十字架に緊縛された少女の白い裸身に遭遇する。少女の心臓は抉り出され、両手には杭が打たれていた。混乱したタカトは少女を救い出したものの、この件がトラウマとなって快活だった少年時代の自分を封印してしまう。そんな彼も中学三年生となり、ある日衝撃的な出会いをする。新たに転向してきた転校生がなんと死んだはずの少女だったのだ。戦慄しながらも彼女に惹かれるタカト。しかしその裏では闇の眷属たちが様々な陰謀を胸に、恐ろしい罠を町全体に張り巡らしていたのだった!

 クトゥルーものとして悪くない出来ではないかと思います。タイトルからすでにぴんと来る人はわかるわけですが、そうでない人も十分楽しめます。ただクトゥルー神話の知識があるとより楽しめる、ということを付記しておきます。イラストの方は好き好みが分かれるかもしれませんが、萌えポイントをくすぐる絵ではありますね。ラノベにしては真っ当な世界改変陰謀ものだし、一人の女性を巡っての少年たちの淡い恋物語でもあるし、そのあたりの絡め方がうまい人ではあるかなと思いました。しかし、幼な友達という設定は最強ですね。ホラー的要素としては、線虫の設定が不気味すぎ。ちょっと意外な化け物がでてくるので、興味のある人は読んでみるといいでしょう。


May.7,2004 (Fri)

中井拓志『アリス Alice in the right hemisphere』(角川ホラー文庫)

アリス

 久々の長編。『レフトハンド』『quarter mo@n』(ともに角川ホラー文庫)と同様、設定とアイディアが素晴らしい。特に本作は、大友克洋氏の『AKIRA』を十分意識したパニックホラーSF大作である。あまりの面白さに一気に読み終えてしまった。局所的な災厄を扱いながらも、人の世界認識の捉え方をテーマにした傑作に仕上がっている。特に世界認識のあり方が直観的、空間的である右脳の認識の仕方と論理的・言語的な左脳との差異をうまく利用した傑作に仕上がったと思う。読んでいてぞくぞくしてきました。

 1995年8月、とある大学の研究棟で起こった悲劇的な事故により60名近い人々が意識障害を起こし、心肺停止などの重大な状況に陥ってしまう。その原因が分からないまま、7年が経過。国立脳科学開発センターの内部に核シェルターを思わせるような厳重警戒の施設が建造されていた。内部には比室アリスと名づけられた少女が厳重に監視・隔離されていたのだった。しかしそんなある日、看護婦がいつものようにアリスの世話をしていると、突如アリスが看護婦に指差して微笑みかける。その笑顔を見た看護婦は一瞬にして世界認識が狂い、意識混迷に陥ってしまう。深刻な事態であることを知ったセンターの職員は何とかしてパニックを収拾させようとするのだが……。

 サヴァンという特異な能力を持った人々が本書では重要なコンセプトになっている。特にアリスはサヴァンの中でも極めて強い能力を持つ。つまり彼女の認識世界は普通の人間とはまったく異なっており、彼女の世界認識に触れた途端、人々は世界の見方がわからなくなり、意識が混迷してしまう。アリスの世界観は9.7次元以上のフラクタル空間であり、一般人のように事象と言語との一対一の対応関係が取れず、世界をフラクタルとして認識しているのだ。そんな高次元な世界認識を見せられた人々は、処理が追いつかなくなり、あまりにも異質すぎるために意識が飛んでしまうということである。この点はAKIRAのような点を兼ね備えている感じがする。ともあれ、パニックSFとしても十分楽しく読める話です。傑作。


May.8,2004 (Sat)

ベン・レーダー『馬鹿★テキサス』(ハヤカワ文庫HM)

馬鹿★テキサス

 表紙が馬鹿で、内容はアホ(ほめ言葉)。テキサスってこういう土地なのか!とか思う。ますますブッシュ父子がどうしてあんなに駄目なのかがよーくわかった一冊。先日アンサンブルの例会で会った細井さんも、「馬鹿すぎ」と言っていたので、まさにその通りだと感じた。戸梶圭太『なぎら☆ツイスター』(角川書店)のテキサス版といっても過言ではない。そういう系列の本を読みたい人はぜひ読んでみて欲しい。狂いっぷりがナイスな感じです。ちなみに作者のページは、ここ。作者の写真も見れます。二匹の犬に囲まれてテンガロン・ハットを被っている著者がナイス。写真のところを見ても、まじで鹿狩りが好きなテキサス人のようだ。だからこういうヘンな話を書けるのかと納得。テキサスという土地柄に精通していないと書けないヘンな馬鹿ミステリです(というのもおこがましい)。

 ある日、鹿の着ぐるみを来た男が撃たれて怪我をしたという通報を受けた主人公マーリン。マーリンは狩猟監視官で、鹿の密猟がないかをチェックしている男だ。着ぐるみをきた男は野生の鹿の生態を調べている学者だった。彼によれば、鹿狩りのための鹿牧場を経営しているロイ・スワンクの鹿、バックという名前の鹿が不審な躁状態になっているという。このバックという鹿は元マーリンの親友コスビーの持ち物だった。証拠物件としてバックを持ち出す。ところが、ロイは慌てだし、二人の密猟者ビリーとレッドに依頼してバックを取り戻すように命じるのだが……。

 とにかく登場人物が馬鹿すぎ。ゲイツという名前の男と結婚したから、たくさん離婚手切れ金を持っていると思って結婚した男(のちのち、あるコロンビア人を見て、某俳優と思って写真を撮ったら酷い目に会う)とか、ビリーとレットもかなり頭が悪い。クローン羊のドリーの名前の由来はどこから来ているのかなど、珍妙奇天烈な回答が飛び回る。この怪しさは、『なぎら☆ツイスター』にも匹敵する。あ、両者とも★または☆マークが!お馬鹿な小説に共通するトレードマークになりそうですな。しかし、ハヤカワもこの本を出して扶桑社ミステリ路線に移項してしまうのか!と心配。ミステリ的なトリックもくだらないのでまじめに読むとあっけに取られるでしょう。二作目が出ているとかで、翻訳が出たらまあ、このカヴァーイラストののりでやってほしい(笑)。


May.9,2004 (Sun)

荒巻義雄『柔らかい時計』(徳間文庫)

 初期の荒巻義雄氏の作品は大変幻想的で、傑作ばかりである。アヴァンギャルドかつ、言葉一つ一つが持つ価値を再構築して、物語世界を作り上げる方法論はバラードに大変よく似ている。無機質な美を表現できる稀有の作家として、再評価されるべき作家の一人だとぼくは感じている。例えば、心理学、精神分析、絵画的遠近法、シュールレアリズム、アヴァンギャルドといった要素をふんだんに取り込み、幻想空間を作り上げる方法は大変素晴らしい。山尾悠子さんに多大なる影響を与えたという初期の作品群が何らかの形で読めるようになることを祈ってやまない。本書は6篇の短編からなり、当時の氏の作品の方向性が分かるという意味でも貴重な短編集であるといえる。プロット自体はミステリあり、SFあり、幻想文学ありとバリエーションに富んでいるが、世界の構築の方法は大変緻密で無機質であることを改めて強調しておく。

 シュールでアヴァンギャルドなので、個々の短編について説明が難しい。ただ、この短編集は日本SF・幻想文学の歴史の中でも異例の素晴らしさを誇る。そういった意味でも、初期の荒巻義雄氏の作品は、幻想文学ファンも十分に楽しめる非常に硬質で、完成されたものであるといえる。入手は多分に大変だと思いますが、一人でも多くの人たちがこの物語を読んで欲しいと心から願っております。


May.10,2004 (Mon)

タニス・リー『ドラゴン探索号の冒険』(教養文庫)

 物置を整理していたら出てきたので、折角の機会だと思い、読むことにする。教養文庫A&Fシリーズは地味ながらも傑作が多いシリーズとして、昔から注目していた。しかし残念なことに、何作かの作品が続編も出ずにそのままひっそりとシリーズ打ち切りによって消えてしまった。また社会思想社の倒産により、このシリーズは残念なことに入手困難になってしまった。本書はタニス・リーの単発ファンタジーで、ぐいぐいと物語世界に引き込む面白さのある一冊だった。多分にホメロスの『オデッセイア』の影響を受けたんじゃないかと思う。また物語自体、タニス・リーっぽさがよく出ていると思う。重厚な大河ドラマファンタジーに飽きた読者はぜひ読んでみて欲しい一冊である。

 マイナス王の王国には王子と王女がいた。王子の名はジャスレス。王女の名はグットネス。マイナス王の王子、王女は人々から愛され、立派な若者として成長していた。ところが、マイナス王の遠戚に当たる邪悪な魔女マリーニャが、彼らの誕生日パーティに招待されなかったことに腹を立て、二人に呪いをかけてしまう。王子は日に一時間だけ、ランダムにカラスに変身する能力を、そして王女には人々に施しをする心を与えてしまう。王女の施しのせいで、国はいまや破産寸前。そんな状況を見かねたジャスレス王子は一攫千金を目指して、ドラゴン退治の旅に出る。しかしそんな状況を知った魔女マリーニャは、彼を妨害しようとあらゆる手をつくすのだが……。

 <オデッセイア>的なストイックさを割り引いて、優しい雰囲気にしたのが本書である。邪悪な魔女は徹底して邪悪なものとして書かれているけれども、決して人殺しなど恐ろしい出来事は基本的にない。多分に本書が子供向けの物語として売られていることも関係しているのかなとは思う。どんどん読みすすめるうちに、徐々に世界にはまっていくことでしょう。長さも含めて丁度いい感じなのではないかと思う。特にラストの大団円は、「人を呪えば穴二つ」という因果応報な話が吹き飛んでしまうような素晴らしいラストだと感じました。ほのぼのとしたいいファンタジーでした。興味のある方はぜひ古本屋で探して読んでみてください。オススメ。


May.11,2004 (Tue)

ジョン・ソール『マンハッタン狩猟クラブ』(文春文庫)

マンハッタン狩猟クラブ

 うまいなぁ。最近ソールは、ヴィレッジブックスから翻訳がぽつぽつと出始めていて、徐々に再認識されつつある、という感覚がある。というのは、一時期扶桑社からたくさんソールの本が出ていたのだが、いまいち売れ行きがよくなかったようで、新刊書店から消え去ってしまったという感がある。北米ではかなりの売れっ子で、ベストセラーの大御所という認知がされているように思う。ソールのホラーは粘着質な感じがしていて、一番最初に読んだ『殉教者聖ペテロの会』(創元推理文庫)のイメージがあって、読むのを敬遠していたこともある。今回は映画化をかなり意識したような話で、マンハッタンの地下を舞台にしたマンハントものである。ホラーサスペンスとしてよく出来た物語だったと思う。

 レイプされて瀕死の重傷を負った女性を助けようとした主人公ジェフは、その女性にレイプ犯と誤認され、無実の罪で懲役刑を執行されることになる。ところが彼が刑務所に護送される直前、大掛かりな事故に出会い、彼は声の導かれるままに拉致され、マンハッタンの地下へと追いやられる。そこでジャガーと呼ばれる不気味な風体の殺人犯と共にジェフは、マンハッタンの地下街を逃亡するハメになる。というのは、もし外に脱出できれば彼らは何事もなく解放されるという。その一方で、息子の有罪を疑問視していた父親とその恋人は、ジェフが死んでいないことを確認。手がかりを求めて、モグラびとたちと接触をするのだが……。

 本書の魅力は、不条理な展開に打ち勝つ父子愛の部分。マンハッタンの地下世界の部分はソールが十分な取材を行った結果が出ている。例えば暗闇の中で鼠たちやごきぶりたちが徘徊する薄気味悪い世界になっているところがうまく描写されている。血の匂いをかぎつけて、瀕死の人間を食べつくす部分が気持ち悪い。マンハントという点では、面白さはない(ちょっとあっけないような気が……)のだが、ジェフと父親、彼の恋人を除いてはどこかサイコな雰囲気が漂っているあたりはソールらしい物語設定な気がする。全体として物語がやや分散気味な点がもったいないのだが、リーダビリティは十分。後半まで一気に読ませます。地下世界サスペンスものとしては、佳作ではないかと思います。鼠やゴキブリに襲われる体験というのがどんなに恐ろしいかということを感じた一冊。


May.12,2004 (Wed)

岡崎弘明『お父さんのパソコン』(角川書店)

お父さんのパソコン

 日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作家のパソコン解説小説。氏の作品は最近見つけるのが大変になったような気がする。ぼく自身、本書が出ていたことをまったく知らず、偶然先日原宿のブックオフで見かけて、購入した。ある種ラッキーだったので、縁だと思い読んでみた。7年前の本なので、まだパソコン通信が主で、インターネットがようやく普及しつつある段階になっていたころ。ダイヤルアップとか、テレホーダイとかいう言葉が懐かしいころの物語である。本書自体はちょっと不思議なテイストの小説になっていて、読みながらパソコンの初歩が学べるというちょっと嬉しい体裁になっている。対象はインターネットとか、パソコンが初心者な人たち向け。今となっては完全に古びてしまって、実用書としては使えないのだが、小説部分だけはなんかほのぼのとした家族の絆の物語なので、面白かった。

 花岡さんはとある企業の営業課長。最近パソコンというものが会社で支給され、使い方がわからず石になったように固まってしまった。そんなこんなでいかん!と思った花岡さんは、パソコンを買う決意をする。反抗期の娘との意思疎通、部下の管理、そしてパソコンの扱いという三重苦を抱えつつ、今日も花岡さんは頑張っている。

 唐沢なをきさんの傑作漫画<電脳炎>シリーズを彷彿させる展開。そういった意味では、割と好感度の高い話だったかも。ただ無理して探すほどの内容ではないかも。というのは、やはり内容が古びてしまっているという点にあるかな。当時は多分入門書として受け入れられた話だとは思うけれども、やっぱり時代の趨勢。パソコンなど技術進歩が関わるものについての小説は売るのが難しいなぁという印象を受けました。


May.13,2004 (Thu)

テリー・サザーン『レッド・ダート・マリファナ』(国書刊行会)

レッド・ダート・マリファナ

 <文学の冒険シリーズ>の一冊。久々に出てすぐに読んだ。原書は23篇から成る短編集なのだが、今回はベスト版ということで13篇が選ばれて翻訳されている。印象はドラックをやった筒井康隆の短編集みたいな話で、ドラックやジャズ、黒人文化、ホモセクシャルなどを取り扱ったものが多く、テリー・サザーンという作家がどのような方向性で作品をモノにしてきたのかがよくわかるのではないか、と思う。ご存知のように、テリー・サザーンは映画「イージー・ライダー」の脚本などを手がけた作家である。彼の作風は、大変スタイリッシュでヒップであり、解説で言う「時代と寝ていた」ことが彼の作風に大きな影響を与えていたのではないかと思う。大爆笑したのは、カフカとフロイトの架空談義。ちょっとしたコメディよりも面白いし、二人の性格の特徴を掴んでよく書いた!と思えた。ある種ソローキンと筒井康隆を2で割って柔らかくしたような感じの短編だったとは思える。

 例えば冒頭の「ヒップすぎるぜ」はスノッブな白人男性を皮肉った物語だし、ソローキン的カタルシスのある「かみそりファイト」はその光景に戦慄する。「太陽と輝かない星」はとても幻想的でシュールな物語で、ラストで「フィルムがない」映画なんでしょ?という台詞がオチとして秀逸。「カフカ VS フロイト」「恋とはすばらしきもの」の二編はカフカとフロイトがかち合ったらどうなるか、という架空物語でかなりヘンな話。カフカの回りくどい表現法を精神分析医の権威フロイトが読み解いたらどうなるか、ヘンな話に仕上がっています。「地図にない道」はちょっとしたロードノヴェルで、メキシコという土地の匂いが感じられる話になっている。でも、緑色のゴキブリには襲われたくない……。「テリー・サザーン、オカマの看護士にインタビューする」も何となく狂った感じ。オカマによるオカマのためのオカマの病院経営というのがどんなものかちょっと見てみたいけど、ちょっと想像つかない。「狂人の血」はよく出来たドラックもの。エスクワイア誌の雰囲気がよくわかるので、面白い。ドラック物語としても秀逸。

 どの短編も妙な印象があって、脳裏に焼きつくものが多い。さらに当時のアメリカの世相、ジャズ、ホモ・ゲイ文化、黒人文化に対する理解が深い人であれば、より楽しめると思う。テリー・サザーンの作品を読んでいて思ったのは、かなり筒井康隆とテイストが似ていて、彼の作品が好きな人ならば普通にオススメできることかな。権威とかが嫌いな人には十分オススメできるし、実験的かつ革新的な物語構成法をうまく実践した感がある。今なら読者に受け入れられる物語として(60年代に書かれたとは思えない!)、国書刊行会の<文学の冒険シリーズ>から出た意義はあるのではないかと思う。早速、『キャンディ』(角川書店)も読んでみたいと思う。


May.14,2004 (Fri)

アラン・シリトー『ニヒロンへの旅』(中央公論社)

 SFガイドブックで、ディストピア物語として紹介されていて、入手した本。加藤直之氏のイラストで以前から何となく気になっていたのだが、今回本を整理していたら出てきたので読んでみた。あまりの面白さにぐいぐいと引き込まれて、一気に読了。読了感は佐藤哲也さんの『妻の帝国』(早川書房)のようなテイストだし、翻訳文体もそれっぽい。どうおもしろいのかは、ニヒロン国全体が「ニヒリズム」に支配された国で、人々は理不尽までの非効率的エゴイズムの国で暮らしている。そんなヴェールに包まれたニヒロン国のガイドブックを作りあげるために4人の男性と1人の女性がニヒロン国に陸空海の手段を用いて入国し、ニヒロン国のレポートを仕上げるというもの。前半は不条理なコントの世界、すなわちロシアのソルジェニーツィンの小説の世界である。何かをしようとすると、官僚や売り手が賄賂を要求したり、旅行者の品物を没収し、自分の懐に入れるという世界である。読んでいるうちに潜入した5人の人々に心から同情したくなるような、閉塞感を十分に堪能できる。

 例えば子どもが悪さしたから、親が精神病院行きの措置を受けるハメになるというエピソードや、ニヒロンの国会威信のために宇宙婚によるSEXシーンを見せるところとか、たくさん子どもを生んで人口を確保させようとする一方で、暴走行為を認めて人々が死ぬような措置を取るところとか。つまり、社会自体が矛盾に包まれており、読んでいてとても腹立たしい気分になれる。そこがシリトーの狙った効果なのではないかとぼくは感じたのだが、とにかく社会体制がむちゃくちゃであるということがいかに狂っていることなのか(社会契約論じゃないけど、重要だと思う)ということを感じさせる一冊になっている。ニヒロン社会体制はある種のアナーキズムに支配されたヘンな社会であり、かつエロスに支配されたソドムとゴモラのような雰囲気はある。

 シリトーというと純文学の人のイメージがあって、実際ぼくもそう思っていた。でも本書を読んで、なんと器用な作家なのか!と感激したのは事実。面白いのはこの社会体制(ニヒリズム的資本主義)を打破しようとするのが、経済学者であるということ。効率性の観点からも、経済学者が社会を転覆しようというインセンティブは理にかなったものである。シリトーが効率性を重要視する経済学者に叛乱分子の役割を割り振ったあたりにある種の鋭さを感じた。この小説の読みどころは、ニヒリズムの徹底した社会がどれだけ狂っているのかというものである。ある種、オーウェルのビックブラザー的不条理感にも共通する不気味さではある。読んでいて感じたのは、今の北朝鮮の体制がまさにニヒロンと共通するものがあるのではないかと思ったのだった。という意味で、何らかの形で本書が世に再び問われることを願ってやまない。不条理文学が好きな人に強くオススメする。


May.15,2004 (Sat)

殿谷みな子『新お伽話』(早川書房)

 御伽噺や西洋神話をベースにした架空物語6短編を収録した短編集。殿谷みな子さんの本の中では見かけない一冊になりつつある本。1981年に出た本だから確かに見つかりにくかったのは事実で、ぼくもネットで検索をかけてみたら偶然販売されていたので、購入したという感じである。収録作は一篇を除いて、すべてSFマガジンから収録されたものである。本人が寡作ということもあるので、このようにまとまった形で読めるのは大変ありがたい。読んでいて感じたのは作風は割りとシニカル。傑作といわれる「赫耶姫異聞」を筆頭に嫌さが漂っている。日本や西洋神話にまつわる美しい物語をうまく再構築すると、こういう嫌らしい話になるんだといううまさが、本書の魅力なんじゃないかと思う。

 後味の悪い物語を読みたい人にオススメ。御伽噺や既存の物語を換骨奪胎して、織りなおせばこんなに面白い物語になるんだ!という好例かな。ただ、ベースとなる物語を知らないと楽しめないのも事実なので、その当たりは読者のレベルを問われるかもしれないなと思った。


May.16,2004 (Sun)

秋口ぎぐる『並列バイオ』(富士見ファンタジア文庫)

並列バイオ

 第十回富士見ファンタジア長編小説大賞審査委特別賞受賞作。現在ライトノベル畑で大活躍中の秋口ぎぐる氏のデビュー作。氏のページは現在休止中になってしまい、楽しみが一つ減って残念なのだが、ようやくデビュー作を発見したので読むことができた。タイトルのへんてこさもさることながら、生体バイオスーパーコンピュータMSとそれを利用して世界を変えようとする知的頭脳集団<学会>と、特異な能力を持つ<進化論者>のグループが織り成す一大スペクタクル。迫力ある文体とハードボイルドっぽいテンポ、そして強調される日本語の組み合わせで成る秋口ぎぐるの世界に貴方はすっかりはまってしまうことだろう。富士見ファンタジア編集部のコメントが、秋口ぎぐるの将来性をかっちりと語っているので、一読の価値あり。過去のドラゴンマガジンのバックナンバーをチェックしてみることにしよう。

 時は未来。今から二百年後の地球。文明が滅び去った地球では、機械の変わりに改良された生体機械、遺伝子改良された変異種、そして自らの体を改良した強化人間などがひしめきあっていた。そんな中、<学会>の研究員として生きるブレイロックは左遷先から呼び戻されて、かつての同僚東雲と共に移動する矢先にその事件は起こった。生体バイオコンピューターであるMSが何者かによって運ばれようとしていたのだ!のちのちわかったことには、どうやら<学会>の内部で分裂が起こり、そのグループがMSを運び去ろうとしていたのだった。そしてそこには、一人の可憐な美少女が囚われていた。彼女の名はヒオリ。ヒオリに惹かれたブレイロックは、彼女の脱出に手助けをしようとするのだが……。

 一種独特な世界(ある種気色悪い世界ともいえる)に支えられたグロテスクなSF的未来像は、読者を魅了してやまないと思う。比喩の使い方も面白いし、その比喩がヴィヴィットに迫ってくるのが、本書の魅力の一つではないかと感じる。ブレイロックの行動については極めて単純なのだが、普通組織に従うよね?と思ったり。多少のプロットの荒さはともかくとして、一気に読者をひきつけるパワーは流石。『ラヴ☆アタック!』(角川NEXT)で炸裂したぎぐる節の萌芽がここでも見られる。強化人間A・Gがこわもてで怖いかと思ったら、実はいい奴だったとか。何となくチューパッカを彷彿させるキャラだった気がする。現在古書店でしか入手できないので、まめにブックオフなどを見回ることをオススメする。続編があればぜひ読みたい。


May.17,2004 (Mon)

シェール&ダールトン『銀河の神々のたそがれ』(ハヤカワ文庫SF)

 宇宙英雄ペリー・ローダンシリーズ、2巻目。今月記念すべき300巻目の翻訳が出、今後の展開が気になる<ローダン>。一巻目を読んでから随分と間が空いたが、大体のあらすじは本書で述べられているので、楽しみながら読むことができた。冷戦時代へのアンチテーゼとして本書は一読の価値がある巻である。前回、アルコン人の科学者クレストの命を助けるために中国のゴビ砂漠へと着陸したローダン。彼は<第三勢力>を名乗り、どのブロックにも属さない平和を望む第三勢力の代表として、現状を打破しようともくろんだ。ところがそれを望まない既存の勢力が、ローダンに向けて激しい攻撃を加えてきた、というのが本書。故松谷健二氏の読みやすい訳文もあって、さくさくと読みすすめられる。

 本書には「ドームの危機」「神々のたそがれ」という二話が収められており、自分たちのエゴでローダンに歯向かう地球人の既存勢力が、ローダンの宇宙船を集中攻撃。一方、ローダンたちは白血病にかかったクレストの治療をしつつ、バリア装置を利用しながら、攻撃をしのいでいた。そして、バリアがオーバーヒートしてしまい、妥協案を練っていたローダンたちは、クレストを目覚めさせ、対策を練る。一方、ローダンの思想に共感していた人々の一団、特に超能力を使える人々がローダンのもとへと集結しつつあった、というのが本書。

 ここで広島の原爆の影響によって生まれたミュータントたちのバックグラウンドが明かされ、銀河で活躍するローダンの一歩が記されます。ミュータント日本人、タコカクタ氏が初登場(!)して、ローダンを助けにいきます。とにかくローダンを蹴落とそうとする地球人既存勢力の浅ましさと、ローダンに協力する人たちの水面下での戦いが生々しいです。このペースで行くと、続きが気になってくるので3巻目も読んでみたいと思っています。300巻目にたどり着くのがいつになるかわかりませんが、ともあれぼちぼちとスペースオペラの源流なので、読んで行きたいと思います。


May.18,2004 (Tue)

ジュール・シュペルヴィエル『ノアの方舟』(ハヤカワ文庫NV)

 初期のハヤカワ文庫NVは、SFレーベルに収録できなかった幻想・怪奇系の作品を多数収録している。本書もそんな一環で出された一冊だと思われる。シュペルヴィエルはフランスの幻想文学作家。現在入手が比較的易しいものに、教養文庫から出ていたシュペルヴィエルの短編集がある。本書はハヤカワ文庫NVに収録されたオリジナル短編集であり、収録された14編の短編はどれも幻想的な味わいがある。フランスでは「万物の輪廻と変身の詩人、神秘な交霊の詩人>などの称号を与えられ、フランス幻想小説界の王者とも讃えられたシュペルヴィエル。確かにその作品は大変幻想的で、読む人の心を異世界へと誘うものであった。

 収録された短編で印象に残っているのは以下の通り。「ノアの方舟」「蝋人形」「妻との再会」「沖に住む少女」「天国と足のわるい恋人たち」「酋長ラニ」「競馬のつづき」の7編。他の短編はキリスト教のキリスト生誕などを換骨奪胎して作り変えた物語で、なかなか味わいがある。驢馬と牝牛の会話など、何となく全体的にほのぼのとしている。「ノアの方舟」は宿題を行っていた少女がインクをこぼしたという導入からはじまり、ノアが選んだ動物たちと人間の葛藤を描く。インクのこぼれとノアの方舟という組み合わせが絶妙なハーモニーをかもし出しているように思えた。「蝋人形」は劇作家と客席を埋めるダミー人形の物語。日に日に観客が減っていく劇場。それと並行して神経衰弱に陥り、弱っていく劇作家の姿が痛々しい。「妻との再会」は、不慮の事故で死亡した男が愛する妻に会いに行く話。彼がとらざるを得ない姿に涙する。これまた幻想的な話で、読者を魅了してやまないと思う。

 「沖に住む少女」は大傑作。ケリー・リンクのようなテイストかも。彼女が自分の存在に気づいたとき、物語はあっと驚く方向に。これは、教養文庫から出ている短編集に収録されているので、未読の人にはぜひ読んでもらいたい。「天国と足のわるい恋人たち」は切ないラブロマンスと思いきや、ラストでとてもいい話に。テイスト的には、梶尾真治さんの短編のような感じ。「酋長ラニ」はひたすら邪悪な話。部族長になった男に訪れた悲劇。なんとも背筋の凍るような話であった。「競馬のつづき」もかなりシニカルな話。馬を溺死させた男に訪れる変化。かなり皮肉が交えられて、シュペルヴィエルの才能のほどを見せ付けられる。

 現在新刊書店で入手可能なシュペルヴィエルの本はほとんどない。しかし、この幻想作家の作品が普通に読めることを願ってやまない。しかし、この短編集も早川文庫から復刊してもらいたいものだ。実際、この本の存在を知っている人のほうが少なかったのではないかとぼくは思っている。ということで、古書店で見かけたら迷わず買い(値段もあるけど)だと思える一冊です。


May.19,2004 (Wed)

ジェームズ・ブリッシュ『暗黒大陸の怪異』(創元SF文庫)

 当初創元SF文庫に入り、のちに怪奇と幻想(帆船マーク)に移った一冊。SFというのには無理がある、秘境冒険モノ。暗黒大陸と呼ばれていた中央アフリカを舞台にした冒険活劇ものである。あのブリッシュが書いた本なので、何かSF的なオチがあるのか!と期待していたのだが、ストレートな冒険モノだったので、正直がっかり。でも、物語的には当たり障りもない話で、伝説の獣モケレ・ムメンバが出てくることだけが本書の魅力といえば魅力か。基本的に悪い白人、アラブ人たちを主人公の白人キットがやっつけるという話で、それ以上でもそれ以下でもないという物語である。多分、創元SF文庫版はレア(オレンジ色)であり、怪奇版は紫カバー。とりあえず、興味のある人だけ読めばいいという本かな。

 主人公は白人社会から背を向け、黒人コミュニティを選んだ白人キット。キットは黒人の酋長たちとも仲がよく、彼は隠然たる影響力をコミュニティに及ぼしていた。当時コンゴはベルギー領で、ベルギー王レオポルドによって搾取されていたのだった。ある日、脅しによってガイド一行に加えられたキット。ところが、謎の襲撃に遭い、一行は人喰い人種の囚われの身に。運良く難を逃れたキットは、仲間を救出すべく知恵の限りをつくすのだが……。

 なんというか、ターザンの影響を受けた駄目な冒険小説という感じ。秘境マニア、恐竜マニアの人は読む価値はあるかもしれないけど、血眼になって探すような本ではないということ。


May.20,2004 (Thu)

かんべむさし『日の本一の果報者』(双葉ノベルズ)

 かんべむさし氏のサラリーマン連作短編集。双葉社から出ているノベルズは全体として古書店でも見つけにくく、本書も入手するのに時間がかかった記憶がある。それはともあれ、駅前で外国人のバイオリンパフォーマンスを見ていた十人十色のお父さんたちが、家に戻って子どもたちにお話を聞かせるという、ちょっとユニークな連作だったりする。この外国人の大道芸人は一種特殊なやり方で客をひきつけていて、そこが創作のヒントになったようである。小さなピエロの人形にテグスをつけて、彼のバイオリンの動きに連動しているという仕組みである。それを見たお父さんたちは、家に戻って妻や子どもたちにその話をアレンジして語るという形を取る。

 出てくるお父さんたちも多種多様。エリートで嫌なお父さん、貧乏なんだけれども、心は温かいお父さん、スケベすぎて仕方のないお父さん、止め処もなくしゃべり続けるお父さん、小心者のお父さんなど、なかなか凝った趣向になっていて、面白い。最後の短編「構成の道筋」ではかんべむさし氏自身が登場(多分)し、この短編集を編むきっかけになった構想を説明する。流石、システマチックに作品を作る人である(発想法の本を執筆したことのあるかんべ氏は、小説を書くに当たっても、割とかちっとはまるような書き方をしていると著作で述べていたことを記憶している)。という意味で、ある種計算された関西系作家の作品を堪能したい人にはオススメできるとは思う。

 最近はすっかりサラリーマン小説を書くようになり、眉村卓さんとちょっと差別化がつかなくなりつつあるかんべむさし氏ですが、ぜひSF畑に戻って作品を書いてほしい次第。こういう作品も書いているんだ!という意味で、ある種かんべむさし氏の小説の構成法を研究するに当たって読むべき本ではある。ただ、積極的に探してまで読むという本ではないということは確か(かなり力を抜いているなぁという印象はある)。


May.21,2004 (Fri)

ルイス・サッカー『穴』(講談社)

穴

 ニューベリー賞、全米図書館賞などを受賞し、映画化(ディズニー)した物語。ということを聞いていたので、随分前に購入していたのだが、本の山に埋もれてしまいしばらく発掘できなかった(鬱)。と、先日物置を整理していたら本書が出てきたので『道』と共に読むことにする。面白かった。感覚としては、映画『グーニーズ』みたいなわくわく感がある。一癖も二癖もあるへんてこな登場人物たちと不気味な怪物たち(さそりよりもたちが悪い、黄斑とかげとか)がはびこる少年院の中で、穴を掘らされるスタンリーに同情する。少年院の女所長(映画版だとシガニー・ウイーバーらしい!)がなぜスタンリーたちに穴を掘らせるのか、過去と現在が交錯して織り成す不思議な穴の物語に子どもたちが夢中になるのは請け合い。

 いじめられっ子のスタンリーはつきのない男の子。運悪くスニーカー窃盗のヌレ衣を着せられて、過酷な少年院に送られる始末に。いつも「まずい時にまずいところに」いるというイエルナッツ家の人々の例に違わず、スタンリーもまた運悪く事件現場に居合わせてしまったのだ。砂漠の中にある少年院。そこでスタンリーを含むほかの少年たちは、穴掘りをひたすらさせられるという過酷な試練を与えられる。女所長の命令に従いつつ、「何か変わったものを見つけること」を義務付けられ、穴を掘る日々。ある事件をきっかけに、ついに耐え切れなくなったスタンリーは脱走を決意。友達のゼロの失踪も相俟って、スタンリーも決死の覚悟で収容所を脱出するのだが……。

 いやー、素晴らしい。これは映画を見たくなるような児童文学。色々な意味でつっこみもあるのだが、イエルナッツ家の呪い、女盗賊の悲しい過去、そして女所長が探すものについての物語がうまく絡みあい、ラストで一気に収束する。今までの試練の物語が吹き飛んでしまうほど。あと、主人公スタンリーの「人を信じる気持ち」の強さが素晴らしい。そういった意味で、読み書きのできない少年ゼロとスタンリーとの関係は、映画グーニーズに近いものがある。そういえば、グーニーズもそういう感じだった気がする。本書はディズニーによって映画化されており、かなり好評を博しているようだ。といった意味でも、子どもたちに安心してオススメできる児童文学だと思った。

ルイス・サッカー『道』(講談社)

道

 原題は「スタンリー・イエルナッツのグリーンレイクキャンプでの生き残りガイド」。ということで、『穴』の一件の後、少年院で出会った人たちがどうなってしまったのかを描く。あとは、ちょっとしたガイドブックとなっている、というか。本書を読む前に『穴』を読むことを強くオススメしておく。さもないと面白さが半減してしまうというか、全然わからない気がする。ということで、ある種補遺みたいな本ではある。しかし、これを1100円で売るのはちょっとなぁ。とりあえず『穴』ファンだけにはオススメできる本でしょうか。特に買う必要なないでしょう。子どもの啓蒙書としては面白いかもしれないけどね。柔軟な頭を持って読むと楽しめるでしょう。


May.22,2004 (Sat)

ジョン・ディクスン・カー『ハイチムニー荘の醜聞』(ハヤカワ文庫HM)

 カー作品の中でも傑作が名高い(らしい)ヴィクトリア朝時代のイギリスを舞台にしたミステリー。巻末のヴィクトリア朝の資料、すなわち実際に起こったコンスタンス・ケント事件や、ジョナサン・ウィッチャー警部らのカーの解説が非常にまじめであり、面白い。ある種、横田順彌さんの明治モノ(押川春浪もの?)の構成法に近いものがある。実際の歴史をベースにしたミステリは多々あると思うが、実に面白い歴史ミステリであった。犯人の正体がわかったときに「うっわー、嘘でしょ?」と思ったり。すっかりカーの罠にはまっていました。本書でもハイチムニー荘内で起こる突然の惨劇とその結末の行く末に、どっぷりとはまってしまった人は多いはず。

 妹二人のどちらかを早くトレシダー卿と結婚させるために、父親マシューを説得してほしいという友人ヴィクターの依頼を受けた主人公クライヴは、彼の住むハイチムニー荘へと向かう。そして依頼の件を話すと、マシューはクライヴに仰天する話を告げたのだ。マシューによれば、クライヴの3人の子どもの中に彼と血のつながりのない子どもがおり、彼が死刑に追い込んだ女性の忘れ形見がいるという。マシューは自分が殺される予感がしており、銃で武装していた。ところが、マシューがクライヴに犯人の名を告げようとするまさにその瞬間、大胆不敵にも邸内でクライヴの見ている前で、射殺されてしまう。クライヴはこの不可解な事件を解決すべく、解決に向けて八方手を尽くすのだが……。

 面白い。ヴィクトリア朝という想像力を豊かにさせる場を舞台とした、傑作である。トリックも去ることながら、動機もわからないでもない。ある種、「砂の器」的な物語ではあるかもしれない。誰が犯人なのか、翻訳の巧みさもあり、うまく処理されているために、なかなかわからない。そう思われていた人物が、実はそうではない!という当たりにカーのうまさがあるのではないかと感じた。本書は、H・M卿モノではないので、独立した長編としてゆったりと楽しめる。タイトルもさることながら、ヴィクトリア朝の喧騒とした雰囲気もうまく出しながらも、かっちりとしたつくりで読者を満足させているように思えた。もうちょっとカーの作品を読むことにしつつ、この傑作がいつか復刊することを望んでやまない。


May.23,2004 (Sun)

川又千秋『宇宙船∞(メビウス)号の冒険』(新潮文庫)

 大森望さんが編集をやっていたころに出た新潮社の日本人SFものの一冊。川又千秋らしさがよく出た話で、薄いのでさくさく読めた。本書はストレートなSF作品で、生物学的に滅びてしまった人類の果てしなき旅を描いた中篇。人間を創世主として崇める忠実な機械知性体が、最後の人間であるクライン・∞(メビウス)の遺言を果たすべく、巨大な恒星間宇宙船の建造を作り、銀河を旅するというもの。機械知性たちは、選抜した48人の人間の再生情報(たぶんにDNAのようなもの)と共に、未知の惑星へと旅立つ。

 何となくドナルド・モフィットの『創世伝説』(ハヤカワ文庫SF)を彷彿させるような話だった。こちらは、タッチブラザー・ナーによって復活させられた人類が起源の地に向かう話で、本書は逆に銀河系へと旅する話である。ただ、人類たちはすでに生殖能力を失い、遺伝情報によって復活させられる存在に成り下がってしまったというもの。そういった意味では、何度も死ねるし、ある種気色悪い状態というか。ただ、ある種力が抜けすぎていて、中途半端になってしまった感が強い。創世伝説の系譜に属する物語とはいえ、もうちょっと何とかしてほしい気がした。

 ただ面白いと思ったのは、ちょっとヴォクトもイメージしているというところかな。選抜された人間は一応各人が色々な能力を持っていて、状況に応じて機械知性たちが復活させるというもの。ある種、宇宙船∞(メビウス)号は、生体コンピューター的要素が詰まっているような雰囲気を感じてしまった。個人的な感想としては探すまでして読む本ではない、ということ。


May.24,2004 (Mon)

菅浩江『ゆらぎの森のシエラ』(朝日ソノラマ文庫)

 菅浩江さんの最初の長編作品。本を整理してたら出てきたので読んでみる。傑作ですよ!正統的なハイ・ファンタジーの系譜に属しながら、新たな神話を作り上げた物語だった。読後感は、ジェイン・ヨーレンやブラットリーの作品のよう。日本版といっていいほど、素晴らしい。当初は局所的だったお話が徐々に大局的になり、うまくエンドに向けて収束するという、世界観の拡がりをこの物語は持っている。案外伝説というものは、残酷なものなのかもしれない、と本書を読み終えて感じたのだった。イメージが強く喚起される物語であり、切ない気分になる。いい神話物語を読んだ!という気分になったのは久しぶりだと思う。

 辺境に佇む霧深き森キヌーヌにすんでいる小汚い少女シェラ。ある日青い甲冑を着た金目と呼ばれる化け物に出会う。彼女は彼を「私の騎士様」と呼び、その傍を離れなかった。彼女は鼠を喰らうと、突然知識を得、以前よりも美しくなった。そんな不思議な光景とともに、騎士と呼ばれた金目はとある想いを胸に秘めて旅をしていた。彼は、彼をこのような異形の姿に変えた主人を探し出し、復讐することだけを考えていた。ところが、彼らがギーンの村にたどり着くと、怪しげな雰囲気が立ち込めていた。リュクティと呼ばれる異形の怪物が村の守護神として君臨し、人々を支配していたのだ。リュクティと同属だった金目は、リュクティの主人でかつ自分を作り変えた主人の居所を探るべく、調査を開始したのだが……。

 少し古い世代の人は知っていると思うが、一世を風靡したゲームで「ロストパワー」というゲームがある。力を失った魔王が魔物を喰らい、自分の失った力を元に戻していくという話である。本書ではそういう設定がうまく生かされて、大変魅力的な設定とキャラクターの造型がフィットした作品に仕上がっている。シェラが徐々に自分を取り戻していく過程と、シェラの正体が明らかになるにつれ、物語が佳境へと展開していきます。その過程が実に素晴らしい。強大な敵バナードとリュクティに対峙するシェラと金目。そして迎える美しいラスト。「騎士さま」と言いながら消えていく二人の姿に涙する読者もいたのではないかと思います。徳間デュアル文庫あたりで復刊してほしいと思うのですが、難しいのかな……。ともあれ、傑作なのでぜひ読んでほしいなぁと思います。


May.25,2004 (Tue)

式貴士『吸魂鬼』(角川文庫)

 式貴士氏のエログロSF短編集。本書はどちらかというとオカルト色が強い短編集で、かなりオチが暗いものが多い。個人的には式さんの物語は「明るいもの」の方がおちゃらけていて好きだ。暗いものは、なんと言うか読んだ後に不快感がかなりこみ上げてくるものが多い。えっ!と思われるオチも多く、読んでいるうちに徐々に嫌な気分にさせられる。これが氏の作品のうまさなんだろうと思う。ぼくらの内面にある何かを呼び覚ます不快感というか。以前も『怪奇日食』(角川文庫)を読んだときに書いた感想があるのだが、やはり後味の悪さを感じていたようで、そのことを強調している。

 なかなか見つかりにくくなっている式貴士さんの著作集だけれども、古本屋で見かけたらぜひ読んでみてほしい。彼の作品が現在あまり読めなくなってしまったのは残念なことである。


May.26,2004 (Wed)

フレデリック・ポール『マン・プラス』(ハヤカワ文庫SF)

 ネビュラ賞受賞作。以前u-kiさんとお話をしていたときに、「サイボーグ化した人間が大事なところを去勢されて、ショックを受ける話」(ちょっとうろ覚え)ということを聞いていて、先日本を掘り起こしていたら出てきたので、読んでみることにする。表紙はハヤカワ文庫SF版が加藤直之さんのイラスト。なんか悪のヒーローみたいな改造で、かなりショックですよ!怪奇コウモリ人間、という風体のサイボーグに改造された主人公トラウェイの苦闘を描くお話である。矢野徹さんの翻訳もいい感じで、かなりさくさくと読むことが出来た。解説は山岸真氏。当時のポールの情報をかっちりとまとめられており、本書のネビュラ賞受賞の背景をうかがい知るのを手助けしてくれます。

 西暦2024年、世界はブロック化し、緊張に溢れていた。コンピューターの計算によれば90%の確率で人類が滅亡するという。そんな中、アメリカ合衆国は威信をかけて人類がたどるべき指標を示すため、ある計画を進行していた。人類には苛酷な環境の地である<火星>の移住計画にゴーサインを出していた。その移住に際し、火星の苛酷な環境に対応するために、人体を改良し、サイボーグ化する−マンプラス計画−が発動していたのだった。サイボーグ一号であったハートネット少佐は視覚の伝達システムの設計ミスにより、脳が処理できなくなり、彼は死んでしまう。様々な要因が絡み合いながら、主人公トラウェイに白羽の矢が立てられる。彼は火星の環境に適応するために人間とは異なる蝙蝠の姿のようなサイボーグへと改良される。自分の新たな環境に慣れようと必死になるトラウェイ。そしてついに苦境を乗り越えたトラウェイとその仲間たちは一路火星へと向かうのだが……。

 火星に到達するまでの政治的な駆け引き部分と男性のシンボルを切り取られて煩悶する主人公のトラウェイの生々しい姿が印象的。実際、シンボルを切り取られた後のトラウェイが哀れでなりません。ポールの実践的なサイボーグ改良の部分は当時書かれたものとは思えないほど、リアル。どのように火星という苛酷な環境に人間を適応させるかという問いに対する答えをある種呈示した画期的な物語かもしれません。70年代に書かれた小説だとは思えないリアリティがあります。現在21世紀に突入し、このような技術が実装されるようになるのか、大変興味深いものがあります。歴史様相は当時の冷戦時代を反映しており、やや古びた感もあるが、それを除けば科学技術面での薀蓄など楽しく読むことが出来るSFだと思います。さらにこの物語で恐ろしいのは、生体部分が除去され、マンの部分が差し引かれていくところ。その過程で性欲なども否定されてしまうわけですが、そういう部分が生々しい。去勢手術の怖さを感じた一冊(笑)でした。


May.27,2004 (Thu)

征木高司『狂書目録』(筑摩書房)

 著者がブルータスに40回にわたり、連載していた書評と書物にまつわるエッセイをまとめたもの。SFなどはあまり取り扱われていないが、周辺文学などについて多くの言及がある。ヴォネガット、カルヴィーノ、アーヴィング、ブレーザーなどいま興味の有る作家の当時リアルタイムで読まれた方の熱い感想が読めるのが楽しい。本を中心に四季が巡る書評家の生活の一部を体験することが出来るのもまた、本書の魅力だと思う。読んでいて共感した部分は以下のところ。ああ、同じことを考えている人がいるんだなぁと思って安心する今日この頃。

 人間というのはワガママなものであるから、厚い本ばかり読んでいると薄い本が読みたくなるし、薄い本ばかり読んでいると厚い本が読みたいと思ったりする(p219)。この後、氏は論理で押すタイプの本を読んだ後は活劇やSFを読みたいと感じると述べている。ぼくもまたこの感覚があって、ラテンアメリカ系の濃度が詰まった本を読み終えた後は、一服したいと思ったりする。なんというか、脳がリラックスを求めている感覚、ともいえるだろう。また氏がマルケスの『百年の孤独』(新潮社)を読み終わったあとの書評は、まさに「早く読み終える予定」だったのが、全然読めず、中に詰まっている「小説の持つ魔術的な力」を感じさせてくれたことを述べている。つまり、濃度の濃い小説というのは心地よい疲れをもたらしてくれる、ということなんだろうなぁと思う。実際、先日フエンテスの本を読み終えた後に何となく爽快感があった。物語に備わる魔の力なんだろうと思えた。マルケスの本は「かちかちに固まったフランスパン」のような本で、ミルクに浸して食べるという言い回しが印象に残ったのだった。

 後はやはり本中心の生活と本を読む楽しさを語る征木氏の楽しそうな文体かな。あ、この人は本当に本が好きなんだ!と感じられる文章がよかった。特に読書日記のところは、自分が将来目指したいようなエッセイ風読書日記になっていて、大変面白かった。こういう本紹介がかけるようになれたらいいなと思える、大変面白い本でした。ジャンルを問わずに読むということの意義を再発見できる一冊だったと思えます。


May.28,2004 (Fri)

梶尾真治『美亜へ贈る真珠』(ハヤカワ文庫JA)

美亜へ贈る真珠

 『黄泉がえり』(新潮文庫)で一気にブレイクした梶尾真治さんのリリカルな愛の短編を7編収録。こうやってまとまった形で読んで見ると、梶尾真治さん本来の志向性がよくわかる。ヤング「たんぽぽ娘」に強い影響を受けているということがわかるのだが、根本的に「すれ違い」「不可能なシチュエーションでの愛の形」がテーマになっている短編集だと感じた。連作短編集である<エマノン>シリーズもそうだが、「愛すること」の大切さをひしひしと感じる素晴らしい短編集だといえる。最近感じるのは梶尾真治=藤子不二雄FのSF短編かも。作風が似ている感じがするのだが、どうだろうか?

 愛というモチーフを過去のSFという準拠枠で、新たに編み直した作品群といえる。この短編集は、梶尾真治さんのリリカルな一面を見事に抽出したいい短編集なので、これから梶尾真治作品を読みたいという人にぜひオススメしたい一冊である。ぜひ今後も、この短編集にあまれたリリカルなSF短編群のような小説を書ける正統的な書き手として、活躍してもらいたい作家の一人である。


May.29,2004 (Sat)

今日泊亜蘭『海王星市から来た男』(ハヤカワ文庫JA)

 粋な会話が素晴らしすぎ。多言語を自由自在に操り、破滅・侵略SFを好んで書く日本SF界の長老、今日泊氏の短編集。4短編を収録。どの短編も戦後の作品には見られない小粋な会話がちりばめられ、会話のリズムに酔いしれること請け合い。特に「綺幻燈玻璃繪噺」は旧かなで書かれた江戸前の会話が絶妙である。内容は侵略SFが多く、以前読んだ『最終戦争』(ハヤカワ文庫JA)と共に読むと楽しさが倍増する。以前も読んで感じたのだが、氏の社会観はペシミスティックである点が、作品に色濃く反映されているように感じた。本書でも表題作「海王星市から来た男」で、そんな氏のペシミズムが反映され、見事な侵略SFに仕上がっている。ぼく自身は代表作である『光の塔』(ハヤカワ文庫JA)を現段階で読んでいないので、早く読まねばと思ったのだった。

 流石に言語に精通されている今日泊氏の短編集である。文章の美しさ、軽妙なリズム、どれをとっても一流である。内容ももちろん、戦後日本SFの開拓者として、実に素晴らしいものである。本書のような素晴らしい日本語で書かれた物語を読めたことは、日本人でよかった!と思えるひと時である。入手はかなり困難な本であるが、ぜひ古書店などで見かけたら購入して読んでみて欲しい。多少高くても買って読む価値のある素晴らしい本であることは間違えない。