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Jun.3,2004 (Thu)

ピーター・ディッキンソン『時計ネズミの謎』(評論社)

時計ネズミの謎

 1998年に翻訳が出たピーター・ディキンスンの児童書。だめもとで注文したら注文が通ってしまい、購入できたので、早速読んでみることにした。値段は高めだけれども、イラストがいい味出しているので、物語より絵の付加価値にお金を出したという感がある。ともあれ、ブラントンの大時計に棲まう不思議な能力を持つ「時計ネズミ」たちの生態を描く物語である。TULKUでも思ったのだが、児童書においては、ディキンスンはかなりストレートな児童物語を書くような気がする。本書もほのぼのとした感じの児童書で、読み進めて行くうちに時計ネズミに対する愛着が湧いてくるのではないかと思う。

 主人公は中年に差し掛かった時計職人。ブラントンで祖父が自分の心血を注いで作った大時計。100年以上の間、コチコチと動いていた偉大なる時計がストップしてしまう。そのため、図面を祖父から譲ってもらっていた主人公は、早速修理に取り掛かる。しかし、どうも祖父のつくったからくり人形の中に住み着いているねずみたちがいるらしい。そしてこのネズミたちはどうも普通のねずみではない、ということがひょんとしたきっかけで明らかになる。色々と修理を通じて、ねずみと仲良くなる主人公。時計の修理も無事に終わり、役目を果たした主人公。酒のせいで市長の娘に時計ねずみのことを話してしまい、時計ネズミの研究調査の危機に。果たして時計ネズミの謎とは?

 絵が可愛い。ストーリーらしいストーリーよりも、時計ネズミ一匹一匹が個性があって、可愛い。とはいえ、主人公の優しさも十分発揮されていて、なんだかほろりときました。大きな動きはないものの、ほろりと来るハートウォーミングなお話であることは間違いありません。もしかすると大きな古時計(特にからくり時計)の周辺には時計ネズミたちが棲んでいるのかもしれません。ほら、あなたの近くにも……。


Jun.5,2004 (Sat)

ハドリー・チェイス『ミス・ブランディッシの蘭』(創元推理文庫)

ミス・ブランディッシの蘭

 ノワールの傑作。フランスの暗黒小説に影響を多大に与えたというチェイスの処女作。訳者井上一夫氏のあとがきによれば、初版はあまりにも内容が救いがなさ過ぎて、改稿されてしまったという。確かにかなり酷い内容だけれども、戸梶圭太とか読んでいる人が好きそうな話の流れではある。本作品を読んで思ったのは、誰もが自分の利益を最大にしようとする利己的な人間たちがお互いのエゴをむき出しにして、争うという点が大変面白く描写されて、面白いということ。この点については、ウェストレイクの<悪党パーカー>シリーズと比較すると対照的である。パーカーは犯罪のプロフェッショナルで、計画をより完璧にこなし、プロらしく金を分け合う点にあるのに対し、チェイスの作品においては「偶然」の要素が強く影響しているという感じである。しかし両者とも「他人」によって分け前が崩されてしまい、物語が収束に向かうという点に類似点があるように思える。本書においても「偶然」のファクターが強く影響し、その点に楽しさを見出して欲しいと思う。

 人が羨む美貌を持つミス・ブランディッシ。彼女は富豪の令嬢として名を知られていた。ところがある夜運悪くちんぴらたちに目をつけられ、婚約者を撲殺され、彼女自身は誘拐されてしまうことに。あまりの上玉をつれていたことに不信感を抱いたグリッソン一家のやくざたちが、ちんぴらどもを尾行し、始末してしまう。そして、始末したやくざたちのせいにして彼女を誘拐し、まんまと身代金をせしめてしまう。ところがタチの悪いことに、グリッソン一家の跡取りスリムがブランディッシに一目みて惚れてしまい、ヤク漬けにして、彼女をそのまま軟禁してしまう。その一方で、娘をさらった犯人たちの行方を捜すために、父親は私立探偵のフェナーに調査を依頼、多額の成功報酬(50万ドル)を約束する。果たしてミス・ブランディッシの運命はいかに?

 1938年に書かれたとは思えない面白さ。半世紀以上経っても古びない内容と見事なプロットに舌を巻くばかり。フランスの<セリ・ノワール>叢書に収められ、大好評を記したというのはよくわかります。エクセントリックにとち狂った連中が無垢なミス・ブランディッシをヤク漬けにして、恐怖で支配する様はある種のおぞましさがあります。そういう部分の描写はやや柔らかめに書かれているとはいえ、十分マンシェットやA・D・Gらと共通する救いのなさ、をチェイスの作品から感じることができた気がします。もうちょっとチェイスの作品を追ってみて評価しようと思います。ところが現在、新刊で購入できなくなってしまっているのは残念。逢坂剛氏がチェイスファンということもあって、数冊チェイスが復刊したわけですが、売れなかったんだろうなぁと推測。でも本書はノワール読みの人は必携の一冊だと思います。


Jun.7,2004 (Mon)

横田順彌『五無斎先生探偵帳明治快人伝』(インターメディア出版)

五無斎先生探偵帳

 明治時代に実在した保科百助という奇人の中の奇人を探偵とした準ノンフィクション作。明治時代を舞台にした架空モノを得意とする横田順彌氏の独断場ともいえる作品である。横田順彌氏にはいくつか明治を舞台にした異なる探偵ものの作品群があるが、本書はそれらよりも幻想味は薄れた作品に仕上がっている。ジャパンタイムズを舞台に、偶然知り合った五無斎先生が折りなす奇妙な味の物語となっている。以前より氏の作品を読んでいるものとしては、「雰囲気を味わうこと」に主眼が置かれた作品だった気がする。

 という意味では、ハチャハチャSF作家として出発した氏のSFへの愛が本書でも感じられる。例えば、第一話の石では医者の前に置かれた大理石がどうやって移動したのかについての推理が大変SFしている。先日読み終えた<七幻想探偵譚>シリーズと比較すると面白いのだが、本書はより現実に即した形で五無斎先生が奇人であるということを強調するためにSF的発想をうまく利用したという感がある。そのSF的発想が続くものか?と思いきや、収録されている5話のうち3話はしっかりとした推理モノに落ち着いており、楽しく読むことができた。

 面白いと思ったのは、ジャパンタイムズを絡めたという点にある。モダンな雰囲気を擁したであろうと想像されるジャパンタイムズと五無斎先生を絡めることによって、ハイカラな雰囲気を見事に演出しており、ある種の明治時代への興味を喚起させる作品であると思えた。現実に存在した人物群(星一、榎本武揚、吉岡信敬ら)をうまく織り交ぜることによって、<七幻想探偵譚>や押川春浪、中村春吉ものとうまく絡めて、ファンを楽しませている。そういった意味での面白さもあるので、横田順彌氏の<明治もの>ワールドを楽しむという意味で、押さえておきたい一冊ではあります。ちょっと見かけない本かなとは思います。


Jun.8,2004 (Tue)

ハドリー・チェイス『ミス・クォンの蓮華』(創元推理文庫)

 ハドリー・チェイス読破計画第二弾。ベトナムを舞台とした救いのない愛憎交えた脱出劇である。小鷹信光訳ということもあって、さっさと読まねば本の一冊だった。あとがきで小鷹信光さんが触れているように『ミス・ブランデッシの蘭』(創元推理文庫)をもじった本書のタイトルのセンスのよさに、チェイスの粋さを感じた。そういうこともあって、じゃあ早速読んでみようという気になる。本書はたまたま自宅で旧政権の大臣が隠していたダイヤを発見、そのダイヤを独り占めしようとする主人公のアメリカ人ジャッフェが香港に逃亡するまでの物語である。

 チェイス自身が白人ということもあり、東洋人の描写が偏見に満ちているのは年代を考えるといたし方がないことか。そういう意味では、東洋人である自分は読んでいてあんまり気持ちよくはない。実際、ベトナムの人たちが読んだらかなり唖然とするような描写が多い。その点を除けば、徹底してプロの技を味わえる物語に仕上がっている。ヒロイン、ミス・クォンはベトナムでダンサーをやる可憐な乙女。主人公ジャッフェに献身的に尽くす女性である。彼女はジャッフェの危機的状況を聞き、愛する男のために何とか手助けできないかと知恵を尽くす。そして彼女が大切にしているお守りを愛する男に与えたとき、彼女の身に起こる悲劇。予定調和的ではあれども、救いのない展開はプロの物書きの凄みを感じさせる。

 時代性というのは確実にある。そういった意味で本書は時代性に取り込まれてしまった作品であることは否めない。しかし、ダイヤを持った逃亡劇と悲劇のヒロインという組み合わせはどこか男心をくすぐるものがあるような気がしてならない。『ミス・ブランディッシの蘭』でも感じたのだが、主人公を含め自己中心的な連中が無理難題を押し付けて、周りの人々を悲劇に巻き込むという展開に打ち震えること請け合い。そこに薄幸の美少女が無垢のまま殺されたり、狂ったりするという救いのない物語こそがチェイスの妙味なのではないかと思った。なかなか見かけない一冊ではありますが(チェイスの本自体が入手が難しいという現状もありますが)、古書店で見かけたらノワール好きの人は読むべし。


Jun.10,2004 (Thu)

横田順彌『夢の陽炎館』(双葉社)

 科学小説家鵜沢龍岳と黒岩刑事のコンビが活躍する明治幻想ミステリー。この分野ではすっかり第一人者になってしまった横田順彌氏の<七幻想探偵譚>の『時の幻影館』の続編に当たる。このシリーズの装丁を担当している北見隆さんの表紙がとても素敵で、このシリーズの幻想性を高めているような気がする。装丁ともあわせ、内容も明治SFモノが好きな人にはオススメできる一冊である。先日読み終えた五無斎先生モノとは異なり、本シリーズはかなり幻想的・超自然的な事象を扱っており、SFのバックグラウンドを持つ横田順彌氏だからこそかけたのではないかと思う。

 内容もバラエティに富んでいる。粋な会話と初心な龍岳と時子の恋物語と並行して、奇妙な出来事が起こるのはお約束。ミステリというよりはかなりSFや怪奇幻想色が強いので、好き嫌いが分かれるかもしれない。個々の短編のタイトルが漢字一文字(「愛」「絆」「命」「犬」など)で統一されており、それぞれの作品のテーマにつながっているところも、横田順彌氏のこだわりを感じる。明治を舞台にした作品とはいえ、SF読者は必読の本書は入手困難なのがネックである。もう少し入手が楽だったらいいのに、と思うのだが
……。


Jun.12,2004 (Sat)

田中啓文『蹴りたい田中』(ハヤカワ文庫JA)

蹴りたい田中

 同人誌的作りがチープで笑えた。この本に関して言うと「帯つき」じゃないと駄目です。「41歳の瑞々しい感性が描く青春群像(笑)」というキャッチフレーズとともに書かれた第130回茶川賞受賞作という文字がかなりナイス。ということで、書店は絶対この帯を捨てないで売るように!ということで、帯がデザイン的に重要であることを証明した一冊である。デザイン的、内容的にも、SFM塩澤編集長が楽しんで作った同人誌(笑)という評価がぴったり当てはまる。

 収録作品はSFJAPANなどで掲載されたものと重複するのだが、もう一度読み直してまた面白かったのでよかった。田中啓文氏はこの方向性で作品を書かれていくのだろうか、と思う。読み終えて感じたのは、氏がドSFモノであり、色々な作品に精通しておられるということ。特にゲテモノ系に強く、日本語にしかない独自の言葉遊び(所謂駄洒落など)がメインになっている、ということ。あと汚物の描写に気合が入っているのは、昔の式貴士氏と共通した面がある。大爆笑させてもらったのは、「吐仏花ン惑星 永遠の森田健作」。ネタ的にはフレドリック・ブラウンに通じるものがあるのだが、まじめにこのネタで一本書かれてしまうと微妙な気分になる。収録作は基本的にパロディが多いので、元ネタを知っているとものすごく笑える。元ネタを知らないでも十分楽しめる一冊となっている。

 2004年に謎の失踪を遂げた茶川賞作家田中啓文。単行本未収録作品を中心に納めた短編集として、本書は世に問われた。また、それぞれの短編には翻訳家から作家までがコメントをつけており、ちょっとした豪華本になっている。駄洒落あり、内世界あり、怪獣あり、エイリアンあり、地獄あり、なんでもありの作風に読者は心地よくない田中ワールド(少なくとも作中の人物にはなりたくない!)にぐいぐいと引き込まれること請け合い。作家田中啓文がどうしてSF作家になりたかったのかが分かるインタビュー(これを読むと、氏がワイドスクリーンバロックに対して独自の解釈をもたれているのがわかる。大変面白い)がある。それからは表題作を含む形で、気色悪い田中ワールドが展開される。電車の中で「吐仏花ン惑星 永遠の森田健作」を読んでいたのだが、森田健作の台詞にツボをつかれて大爆笑。きっとヘンな人だと思われたことでしょう。個々の短編についてのコメントは避けておくが、どれも必読ものの面白さ。Jコレの方もさっさと読もう。

 SFを本当に愛する男が、SFをモノにした短編集といえる。ハチャハチャの後継者として、今後も精力的な作家活動を楽しみにしたい。これだけパロディをやっていい日本という国はいい国だと思ったのも事実だけどね!


Jun.15,2004 (Tue)

フレドリック・ブラウン『天使と宇宙船』(創元SF文庫)

天使と宇宙船

 16篇のSF短編が収録されたブラウンの短編集。いつも読もう読もうと思いながら、長らく放置したままだった。今回本の整理によって、本が出てきたので読むことにする。すでにSFの古典になってしまっているが、その面白さは現在でも十分に楽しめる面白さである。ブラウンの作品に特徴的なのは、ヒューマニティ溢れる心やさしい物語が多いということ。一発オチで終わりそうなネタをうまくアイディアで肉付けして、読者をユーモアと笑いに満ちたSFの世界に引き込むことに成功しているように思われた。本書では序において、SF短編を一本作り上げてしまう器用さを見せてくれる。そういうサービス精神溢れる短編が読めるのはブラウンのベスト短編集と定評の高い本書が証明しているように思われる。特に印象に残ったのは、「気違い星プラセット」「諸行無常の物語」「ミミズ天使」「ユーディの原理」「ウァヴェリ地球を征服す」などの中篇。これらの物語はSFのアイディアが見事に詰まっているのでぜひ読んでほしい。

 惑星プラセットで調査活動を行っている主人公が、惑星で起こる狂った事象に嫌気が差して、辞表を提出。ところが自分に好意を持っていた美しき教え子が赴任して来たことから、事態が変化してしまう。果たして彼は惑星プラセットを退去しなければならないのか?という状況で起こる不思議な出来事。SFのアイディアの妙味を味わえる「気違い星プラセット」。また、知性化したライノタイプの数奇な運命を描く「諸行無常の物語」は、オチのひねりに舌を巻く状態。そしてとってもほろりと来る大傑作の短編「ミミズ天使」では、あっと驚くファンタジー的なオチ(SFというよりもファンタジー?)にしんみりときて、読者の心に永遠に残る刻印を刻んでくれます。普段何かやってくれないかなーとものぐさなことを考えている人にうってつけの短編、「ユーディの原理」。実は当たり前と思われるアイディアを物語という形で実現することは難しいんだとこの短編を読んでいて感じました。電磁波を吸収する生物が現れた地球のその後を書く「ウァヴェリ地球を征服す」はなんとも牧歌的なSFでよかった。最後の「彼は稲妻がないのが寂しかった。」という一文に哀愁を誘われること請け合い。

 他のショートショートも含め、この短編集の面白さを詳しくかけないのが残念(ネタバレになってしまうこともあるので!)なのだが、現在唯一買えるブラウンの短編集として、末永く読み継がれて欲しい一冊。創元SF文庫のほかの短編集は現在品切れであり、入手困難なのが残念。老若男女に安心してオススメできるSF短編集だといえましょう。


Jun.16,2004 (Wed)

青木正美『古本屋五十年』(ちくま文庫)

古本屋五十年

 1953年に間口一間の古本屋を開業した青木書店のご主人の回顧エッセイ。純文学(特に島崎藤村)に憧れて古書店店主として現在も活躍されている氏の熱い想いが伝わってくる。やや内輪的な記述(古書店の理事争いとかそういうこと)の部分は退屈するが、肉筆原稿の相場や漫画本ブーム、そして純文学の初版本の高騰などの内情がわかるという意味では、1953年以降の古書市場のトレンドを知る上で、大変参考になる。特に肉筆原稿や葉書の収集に力を入れられたご主人の想いが本書からひしひしと伝わってくる名エッセイである。本書で特に参考になったのは、古書・古本・古典の違いが明確に分類されている、ということ。ぼくが集めているのは古本であり、古書ではない。まあそういう意味でも戦後生まれであり、テキストの復刻などもあるので、あんまり興味がないというのもあるかもしれない。ただ、肉筆原稿というのはお目にかけられるのであれば、見てみたいとは思った。

 1950年代は主に貸本が中心で、雑誌も貸し出しをしており、いかに回転させるかが重要だった。そこで建場(業者がその日に集めた廃品を買い取る問屋。詳しくは伊藤昭久『チリ交列伝』(論創社)を参照のこと)周りによって収入元になる少年雑誌や雑誌を回収し、販売・貸借をすることによって大きな収入元になっていたという。そして世の中が段々豊かになってくると、トレンドに大きな変化が見られてくる。カスだと思われてた雑誌群が、古書市で高額商品として扱われ、現在でもそのまま高値で引き取られている。特に少年雑誌の付録は高額商品として取り扱われているという。面白かったのは、三島本などの純文学の初版本なども時代によって、随分と扱いが異なったというものである。芥川賞受賞によって価値が跳ね上がり、一冊半額程度だった本が10倍以上に跳ね上がるのを見ると、ある種の博打状態になっているような感覚を受ける。そのため、古書店店主というのはかなりトレンドに強くなければいけないのかもしれない。

 また、古書の質が段々と劣化しているという。以前ならば高額商品が市で取引されていたが、今はそうではなくなりつつあるという。多分にオークションや、インターネットの登場による個人間相対取引などの発達により、現状の古書市場に流れていた貴重な原稿群が、違った形で流出してしまったということだろうか。あと古書業界内のセリのシステムは面白かった。かなり一般人には入りにくい場である、ということは確かだし、こういう限定された市場があることで、不要な本がうまく取引され、個々の専門にマッチするような本の配分がなされているのかな?と感じた。

 一部、ルサンチマン的記述を除けば、50年の歴史の重みを感じさせるいいノンフィクションだった。こういうエッセイのよさは、自分が知らない世界の知識を得られることにある。


Jun.17,2004 (Thu)

ジャック・フィニイ『完全脱獄』(ハヤカワ文庫HM)

 才人フィニイのロマンミステリ。一見不可能と思える監獄からの脱出劇を描いた物語。フィニイのミステリはファンタジーと比べると不当な扱いを受けているような気がする。例えば青春モノとして心温まる物語として読み継がれるべき一冊『夜の冒険者たち』(ハヤカワ文庫HM)も入手困難だし、ミステリ方面でのフィニイの再評価がなされるべきだと本書を読んで感じた。彼の作品を読み終えた後、必ず優しい気分になれるのはジャック・フィニイという作家自身にある心の根底にあるものが作品ににじみ出ているのではないか?と感じる。本書もまたそんなフィニイのやさしさがにじみ出ている一冊である。

 自己中で性格の悪い兄が小切手詐欺で収監される。そこで彼は気に食わない看守を殴りつけ、怪我を負わせてしまう。彼自身見つからないとたかをくくっていたら、懲戒委員会から呼び出しを受ける。目撃者がおり、顔検分をするという。もし事件が彼のものと発覚すれば死刑を含む重刑が課される。そんな目に遭いたくない彼は弟に懇願して、脱獄を決意する。弟と兄の婚約者は理不尽ともいえる依頼を兄から頼まれ、脱獄が不可能といわれるサンクエンティン刑務所からの脱獄を手助けすることになるのだが……。

 自分勝手な理由で、絶体絶命となってしまった兄を救う話。しかし兄が行った行為について、きちんとフィニイはそのあたりのオチをつけており、見事。だからこそ後味がいいのだろう、と思う。面白かったのは脱獄の手法。死角となる隙を利用して、兄弟が行ったある種の手段。刑務所の特性を生かしたこの手法は面白い。という意味では、あまり深く刑務所内ではある種のチェックがなされていないということも意味する。確かに4000人の犯罪者を扱う場として、ある種の機械的な作業が要求されるのはわからないでもない。こういう部分をうまく利用した計画は面白かった。ハートウォーミングなお話です。オススメ。


Jun.18,2004 (Fri)

モニカ・ヒューズ『リングライズリンクセット』(佑学社)

 北原尚彦さんの『SF万国博覧会』で紹介されていて、何となく探していた一冊。児童書という体裁で、確かに見かけない一冊だった。五反田のブックオフで見つけたときは、ちょっとびっくりしましたが、古書店をこまめに回ることが読みたい本を見つけるコツなのかなと思いました。それはさておき、本書は自分の存在を認めて欲しい多感な思春期の少女が自分勝手な行動で、トラブルを引き起こすお話である。まあもちろんそれだけだったら、途中でゴミ箱(以下略)だったわけだが、後半になって児童書らしくカナダの先住民問題とも絡め、愛の物語に変化してくる。ということで、一応読んでみた。

 まず主人公ライザが身勝手すぎてイヤ。男性だけが外の世界に探検できるというスキームに不満を持っている、というのはわかる。ただこの場合、物語の設定上平凡な少女ライザが「自分が優秀であること」を示すために、探検隊を犠牲にしてまで勝手にもぐりこもうという考え(この当たりは「冷たい方程式」なんかを思い出す)が気色悪い。もちろん物語の進行上仕方がないことなのだが。とまあ、身勝手な少女ライザを主人公に添えたところで生理的嫌悪感が増大。そういう規則違反を犯すという冒険の末、彼女は先住民エコーたちと運良く出会い、彼らの娘の一人の生まれ変わりとして彼らの一員となる。そこからライザは自然との調和などスピリチュアルな世界を学ぶことになる。で、結果的に身勝手な少女が身勝手さを恥じて、種族のエゴに目覚める話になっていく。

 この世界は地球の周りに張られたリングのために、地球全体が氷結の危機に晒されるという世界のために、(西洋の)科学者たちがコロニーを作って阻止するという設定になっているわけです。で、先住民たちはカリブーを喰って生きているという昔ながらのスタイルで生きているという二極分化をしているカナダの地が舞台。という面白い設定なのに、本書が駄目な理由は一体なんだろうか?と考えてみた。まずは、長官の無神経さにある。
世界のためなら、先住民を犠牲にしてもいいという種のエゴ丸出しの議論(ライザが出てくるまで、そんなこともわからなかったのか?)と人種差別問題(イヌイットと白人の関係)が絡んでますます嫌な気分になる。そこでライザは架け橋となるべく奮闘するわけです。つまり人種の違い、文化の多様性を理解するという試みがこのころの作品から出てきたのかな?とは感じました。まあそういった意味では、英米圏の人たちに読んでほしい話ではあります。

 長所としては寒々しい雪の描写は最高。流石カナダの作家だけあります。SF設定的には面白いんだけど、ヒューマンドラマの点があまりにも陳腐で、途中で他の本に切り替えようと思ったことか。とにかく主人公ライザに感情移入できなかったことが敗因か。しかし、マイクル・コーニイといい、北アメリカの作家は寒いSFが好きな人が多い気がする。またフェミニズム臭もきついのでちょっと微妙な気分になりますが。ジェンダーの違いというのは微妙な問題だけれども、本書はフェミニズム臭がいやらしい形で出てしまっている印象を受けました。


Jun.19,2004 (Sat)

佐野眞一『だれが「本」を殺すのか』(新潮文庫・上下)

だれが「本」を殺すのか・上

だれが「本」を殺すのか・下

 佐野眞一さんの本はいい意味で大変挑発的なノンフィクションで、本を消費するいち消費者として、大変楽しく読むことができた。感じたのは出版業界というのはかなり既得権益で守られてしまっている産業であるということが本書を読むとよくわかる。取次、出版社、書店の三者間にある返品制度やロイヤリティ方式、そして再販制度の弊害が歪みをもたらしているのかが分かる。再販制度については、徐々に緩和していくべきだとぼくは感じている人なので、既得権を守り、競争を阻害するような制度と化してしまったのであれば、撤廃も検討すべきであると感じる。本は今や決して高尚なものではない。専門家らが必要であると思われる本の供給は小部数でもなされるべきであるが、限界支払い用意の消費者行動から行けば、消費者は十分に知悉的選択を行った上で、自分の心の中の満足度を最大にするような(コストとベネフィットの部分を考えれば明らかなように)行動をとるのは直感的に明らかである。つまり、本の価格に対して支払う意志があるというのは、その本に対して対価を支払ってまで買う用意があるということである。ちょっと説明が長くなったが、必ず何かしらの形で早急に売るのでなければ、本というのはdurableなので気長に売れるものであるということ。

 それはともかくとして、セブンイレブンの戦略やブックオフの展開など本流通の現状を踏まえて、色々な視点から検証している点は、大変参考になる。ブックオフが今後は一種の貸本屋状態になる、という主張においてはなるほどと感じ入る。確かにたくさん売れている本は自分の手元になくても、すぐに入手できるという利点が出てくるので、ブックオフを書庫化することによって、蔵書管理をすることができるようになるというのはうなづける。ともあれ、一概にブックオフが悪であるといいきるのはおかしくて、リサイクル市場としてブックオフが古書市場を活発化したというところにも注目すべきである。新たなチャンネル作りを行ったという意味でも、ブックオフが果たした役割は大きいとぼくは感じている。

 あとは図書館の貸与権の問題は面白く読んだ。公共図書館の本は公共財という性質がある以上、税金を納めている住民に還元されなければならないというジレンマがある。何らかの形で著者に還元できるような(例えば県レベルで)システムを作らない限り、同じような本が多数入る状態になってしまうのではないかと危惧してしまう。図書館は色々な意味で重要な場であることは理解しているが、本購入のプロセスを改善する時期に来ているのではないかとぼくは感じている。本文中で佐野氏が触れられているのだが、著者に堂々と「次回作が図書館に入ったら読みます」などという会社経営者がいるという。それは嗜好の問題として切り捨てられる話かもしれないが、なんとも厚顔無恥な話である。

 地方部は除いて(現状では流通の問題などで、かなり問題となっている)、都市部の書店はもう少し本の売り方を考えるべきであるとは思う。例えばBook1stなんかは、すばやく本のディスプレイをすることにより、本内でのハイパーリンクをつなげることにより、読者に知的好奇心を与えることに成功しているように思える。こだわりのある書棚というのは、需要を生み出すことにつながるとぼくは感じている。それはbk1などにも当てはまっている。もちろん読者の側の興味というのも大切である。出版の質が下がるのと読者の質が下がったのは別に相関関係はない。という意味でも、読者の我々もしっかりスタンスを定めて自分の興味を持続できるような読書を続けていくべきだと思う。ぼくの場合、このページで挙げている文学全般についての興味は一生涯きっちりともっていたいと感じている。

 佐野眞一氏の教条的スタンス(世の中にはいい本と悪い本があるというスタンスには賛同できない)を除けば、氏の主張は当然というべき内容でぎっしりと詰まっている。なぜ本が売れなくなったのかという検証については割と明らか(代替メディアが増えた)なのだが、出版社自身がメガヒットとなるような作品を世に問うてないような気がする。復刊フェアなどで関連付けした本をうまく売る方法を考え、読者の知的好奇心を活発にさせるような売り方を本気で考える時期になってきたのではないか?とぼくは感じる。草の根で奮闘しているNPOやインターネットもここで十分貢献できる場になるのではないかと思う。物流面においては現在かなり恵まれた状況になりつつあるわけだから、後は送り手である出版社、主に受け手である読者がどのような関係を築いていくかが本というメディアの生き残りの旅につながっていくのではないかと思う。地方出版社など、普段あんまり触れることがない出版社についての取材なども含めて大変刺激的な本でした。資本主義社会という体制において、本が今後どのように変容していくかを見ることが出来る、ロードマップ的な役割を果たした本といえる。本にまつわる経営のあり方を深く考えさせられる本ともいえる。

だれが「本」を殺すのか〈上〉

だれが「本」を殺すのか〈下〉


Jun.20,2004 (Sun)

ボアロー、ナルスジャック『野獣世代』(H・P・B)

 探求書だった一冊。先日、Easyseekにてチェック入れたら購入できたので、購入。早速読んでみた。タイトルが示すように、反抗期の多感な少年たちの起こした犯罪劇を描いたサスペンスミステリ。現代日本のエロ小説にあるシチュエーションの古典というべき作品で、エロがない分、主人公リュシアンヌの内面の動きに焦点が置かれており、女教師に対する欲望(のようなもの)と良心の咎めの葛藤に苦しむ主人公の姿がよく書かれている。フランス・サスペンスの名手が書いたスピード感溢れる誘拐劇というべきか。ラストはかなり衝撃的で、ちょっと予想しない展開だった。二重の意味でサプライズがある本作品、ちょっと不思議なテイストの物語です。

 主人公リュシアンヌとその友達エルヴェは、数学の女教師エリアンヌから目をつけられていた。彼らはエリアンヌをからかい、授業を妨害していたのだ。余りの素行不良に業を煮やしたエリアンヌは教頭先生より二人に注意を促してもらい、親に連絡をしてもらうことになる。そのことをうらみに思った二人はエリアンヌの誘拐計画をたくらむ。若き女教師エリアンヌは十分二人の復讐心を駆り立てる対象となっていた。そして彼らは、リュシアンヌの父の所有するコテージに彼女を監禁することに成功する。ついに後戻りができなくなった状態で、運の悪いことにエルヴェが車事故を起こし、意識不明の重態に陥ってしまう。エリアンヌの面倒を一人で見なければならなくなったリュシアンヌ。果たしてエリアンヌの運命は?そしてリュシアンヌの運命はいかに?

 古書店で見かけたら買い!(定価の二倍程度まで)の一冊。面白いです。大胆不敵ともいうべき誘拐劇と主人公たちの心の葛藤が面白い。また監禁されたエリアンヌとリュシアンヌとの関係もまた愛憎交えた不思議な関係となり、特にリュシアンヌはエリアンヌの男関係に嫉妬するという不思議な状態に。多感な高校生らしい恋慕の気持ちを交えた監禁劇に仕上がっているという点でも本書は珍しいサスペンスではないかと思います。青春時代の暗部を描いたサスペンスミステリの佳作といえましょう。


Jun.21,2004 (Mon)

シャルル・エクスブライア『パコを憶えているか』(H・P・B)

 スペインを舞台にした復讐譚ミステリ。幼いころに警察官だった父親がやくざのしのぎ争いで父親を失った主人公ミゲル。彼は下手人とされたやくざの親分ビラールを逮捕するために、不良少年であったパコをキャバレーに侵入させ、内部情報を得ていた。ところがある日、パコの消息が不明となり、慌てるミゲル。直接ミゲルはビラールのもとを訪れ、パコの所在を伺うが、その夜、パコの首がミゲルの家に送られてくる。復讐を誓うミゲル。ところが、その後奇妙な殺人事件が続くことになる。<パコを憶えているか?>というメッセージとともに、ビラールの手下が殺されていく。謎めく殺人に秘められた謎は?

 からくりは途中で読めましたが、情念が絡んだミステリとしては一級品。先日、茗荷丸さんにエクスブライアで見つかりにくい本と言われて、何となく興味を持ったので読んでみました。思ったよりも読みやすくて、暗黒小説風味なのがよかった。父親をやくざの親分に殺された刑事と彼の協力者だった美少年パコ。この設定だけで何か面白い予感が!復讐譚と奇妙な殺人が絡まってくるのは、ちょっとボアロー、ナルスジャックの作風に似ている気がしました。登場人物もビラール逮捕に燃えているミゲルを除けば、割と冷静な感じ。ビラールは小心者のやくざだが、なかなかしたたかだし。尻尾を出さないあたりが面白いというべきか。ともあれ、物語のファクターとして復讐命の夫を支えるコンチャやパコを愛していたビラールの愛人ニーナなど、パコとミゲルと取り巻く女性たちの姿が印象的かな。

 ラストはある種想像通りだったけれども、ちょっと悲しい結末だったとはいっておきます。息を呑むストーリー展開に時間を忘れて読み耽りました。本格ミステリというよりも寧ろ、フレンチミステリの傑作として読まれるべき本だと思います。現在入手困難なのが残念。正義の警官が悪を正す物語が好きな人には強くオススメしたい。でも、ラストは衝撃的ですが……。


Jun.22,2004 (Tue)

クリストファー・プリースト『奇術師』(ハヤカワ文庫FT)

奇術師

 <プラチナ・ファンタジイ>の一冊として久々に翻訳が出たプリースト。プリーストを精力的に紹介してきた訳者古沢嘉通氏の渾身の翻訳もあり、読み始めてからは一気に物語世界に没頭、そのまま読み終えた。二人の天才奇術師の栄光と挫折、そして数奇な運命を描いた世界幻想文学大賞を受賞した物語であった。手記という手法をとっているため、二人の天才奇術師の独白という形で物語が進行する点がユニーク。どうして二人の奇術師が憎しみを伴ったライバル関係になってしまったのか、読んでいくうちに明らかにされる。そしてその確執こそが二人の奇術師が秘伝中の秘伝としてひた隠しにしていた「瞬間移動」のトリックの謎にあった。徐々に明らかにされる謎、プリーストの語りの魔術に読者は幻想的な世界へと誘われることだろう。そういった意味において、<夢の文学館>から出ていた『魔法』(早川書房)とも共通する幻想性のある物語である。個人的には二つの物語を読み比べることをオススメしたい。ガジェットの組み合わせもいいし、使われているネタも面白いので読んでほしい。

 時は現代。ジャーナリストのアンドリューはとある宗教団体を取材するために北イングランドに赴く。そこで彼は依頼主の女性ケイトから自分たちの祖先に関して数奇な物語を聞かされる。ケイトとアンドリューの祖先はそれぞれライバル関係にあった天才奇術師であり、それぞれが「瞬間移動」の手品を得意としていた。アルフレッド・ボーデンとルパート・エンジャの二人は同時代に生きたマジシャン。二人ともとある事件をきっかけに憎しみを伴ったライバル関係にあり、お互い痛みを伴う戦いが繰り広げられていた。お互いの祖先が記した謎。それはアンドリューの双子の喪失感にも関係する重要な秘密が隠されていたのだ!

 プリーストの語り口の妙に随分と騙されてしまいつつ、謎がきちんと収束していくのが素晴らしい。特にエンジャのパートで、ニコラ・テスラ(交流を発明した天才科学者)が物語において重要な役割を果たすのが、面白い。テスラを登場させたことにより、SFとファンタジーの融合がなされ、意外な結末へと読者を誘い、あっと驚かせることに成功している。全体的なトーンとしては暗め。というのは、二人の飽くことなきライバル心をメインにすえているためである。しかしながら二人のような状況というのは往々にしてありうるので、とても運が悪かったとしかいいようがないという気がする。エンジャの手記の終わりごろから、中途までのヒューマンドラマでやや中弛みな部分(必要なパーツとして、濃厚になっていた、という感じを受けた)を畳み込んでまとまってくるので、とても面白くなる。この部分を読み終えて、読者は物語の魔法に取り込まれ、至福のひと時を過ごすのではないかと感じる。という意味でも、本書は前述の『魔法』とともに読んでもらいたい一冊である。語りの魔の驚異を味わおう!


Jun.23,2004 (Wed)

フィリップ・ホセ・ファーマー『恋人たち』(ハヤカワ文庫SF)

 当時はタブー視されたジェンダーを取り扱ったファーマーの意欲作。たぶん小林めぐみ『宇宙生命図鑑 - book of cosmos』(徳間デュアル文庫)にも影響を与えたであろう恋愛SFだったりする。のちのジェンダーSFに影響を与えたという意味でも本書は読み継がれるべきSFの一冊であると感じた。現在とくらべ保守的な昔において、本書が与えたインパクトは計り知れないものがあるだろう。という意味でも、ただの性や恋愛を扱ったSFではないということだけは明記しておきたい。また設定も秀逸で、厳しい宗教の管理社会(多分ユダヤ教のバリアントだと思われる)のもとで閉塞した個人を描いているという意味でも面白い。その点においては、超宗教国家を取り扱ったSFでもあるということを明記しておきたい。

 厳しい宗教戒律の下で性生活も規制された(義務化されたものであり、本能に基づくものではない)中で、主人公のハルは惑星オザケンの調査に言語のエキスパートとして赴く。彼は社会から割り振られた妻との満足のいかない性生活に嫌気をさし、離婚を望んでいたのだ。惑星オザケンへの調査は彼を義務から解放し、ハルはバッタから進化した知的生き物ヴォグとのコミュニケーションと交流に集中していた。そして彼は、ある日地球人そっくりの美しい娘ジャネットと出会う。彼女は自由奔放でとても魅力的な女性だった。一発で惹かれたハルは規則違反を覚悟で彼女を匿い、戸惑いながらも彼女のことを愛する。ところがそれはハルにとっては禁断の果実だったのだ……。

 ラストは衝撃的。小さいころに読んでいたら、きっとかなりびっくりしていたことは確実。今読んでも、「うそっ!それはないじゃない!」ということになるんじゃないかな。もちろん本書はジェンダーの部分だけではなく、宗教によって管理された気色悪い社会の閉塞感と人間のエゴなどがさらけ出されていて、色々な問いかけがなされています。ともあれ、かなり後味は悪いものの、読了後に誰かと語りたくなる本であることは確か。もやもやは残るかもしれないけれども、ジェンダーSFという意味でも読み継がれて欲しい一冊かなと思います。


Jun.24,2004 (Thu)

上遠野浩平『機械仕掛けの蛇奇使い』(電撃文庫)

 日々の閉塞感をファンタジー・SFという枠組みの中で表現した小説。17歳という若さで巨大な帝国の跡取りとなった主人公の皇帝ローティフェルドとかつて全世界と闘ったという伝説の戦鬼ルルド・バイパーとの出会いと冒険。また水面下では彼の許婚ユイ・フォリア姫とジャグヘッドタイプQとの破壊の旅が描かれる。すべてを破壊したい、改革したいという想いにある種満ち溢れた若々しい小説である。革命や革新には常に痛みがつきまとう。著者は容赦ないスキームの破壊を行っていく。ブギーポップでも感じたことだが、氏の作品の根底にあるのは「終わりなき日常」を破壊することにあるのではないかと感じる。そういった意味では、人智の及ばない存在をうまく登場させることにより日常を非日常に変換し、世界に揺らぎをもたらすタイプの小説であるということである。

 電撃文庫というYAの体裁は、氏の作風を特に生かしているように思える。高校時代の自分が感じていた「責任を持つ」ことへの畏れを具現化した部分が、例えば骨董を愛でる主人公の姿に重なる。彼は許婚とされたユイ・フォリアとも満足な会話が交わせず、所謂引きこもりのような生活をしている。官僚や大臣たちが決定権を掌握する世界。権力闘争に思い切り巻き込まれた彼は、ルルド・バイパーのお陰で命拾いをし、自分に反逆したものたちへの戦いを始める。そこでローティフェルドは自らの役割をルルド・バイパーに投影し(彼は戦人形として、ローティフェルドのアイデンティティを投影された存在である)、自らがなし得なかった行為を彼を通じて代償する。が、一方で強大な力を得た許婚ユイ・フォリアはその力を、自分のルサンチマンのはけ口として、まるでシヴァ神さながらの行為を繰り返す。

 世界を支配しようとする可憐な少女の暴走し歪んだ想いを止めるのは、ローティフェルドとルルドだけだった。秩序回復と破壊の双方という異なる力のベクトルが衝突するとき、ローティフェルドは自らの存在意義を確信する。彼はポジティブに自分の存在を捉えるが、ユイは自分の存在を嫌い、ネガティブに捉える。二人の世界の捉え方の違いが、最後の衝突につながり、読者の心に強い印象を与える。力を使うことの代償は十分支払われ、物語は結末へと収束する。ちょっと変わった世界設定も含めて、なかなか面白かったと思う。ウェブによれば、<ナイト・ウォッチ>シリーズの外伝らしい。本編も読んでみようかな。


Jun.25,2004 (Fri)

フレドリック・ブラウン『73光年の妖怪』(創元SF文庫)

73光年の妖怪

 ホラーテイストの強い侵略SF物語。大変面白かった。サスペンス風味に仕上げられた本書は、一人の天才科学者の推理が世界を救う物語としても読むことが出来る。設定的には、スタージョンの『コスミック・レイプ』(サンリオSF文庫)のような感じ。本書においては、亀のような形をした本体が知性のある生物に憑依していく恐怖を描いている。異質な存在が我々とは違った論理で、生命体を乗り移っていく様は大変不気味である。そういった意味で、夜眠れなくなる怖さがある物語であった。なんといっても天才科学者ラルフの推理が小気味いい。注意深い観察力と状況証拠により、決して起こりえない出来事を発見するという点においては、科学者らしい推測である。

 姿形が分からず、突然死ぬはずのないような人々が自殺を遂げる……。そんな奇妙な事件が発生し、人々は不思議に思う。そもそもラルフがこの事件に関わることになったのは、とある一匹の犬がまるで自殺をするように彼の車の前に飛び出てきたことにある。犬の死に方に疑問を抱いた彼は、調査を始める。そこで彼は死ぬはずのないような若者や小動物たちが死んでいる事実に気がつく。どうもこの事件には裏があると感じた彼は、徹底して調査を続ける。そして彼がある事象に出会ったときに、彼はとあることを確信する。そして彼は孤独な戦いを強いられることになる。

 分量的にも申し分ない。最近のSFは分厚いだけで、読むのが大変なケースが多く、やや苦痛になっているところがあるが、この当時のSFは大体300ページ弱で終わるのでさくさく読めていい。一流のストーリーテラーであるブラウンがモノにした侵略SFの妙をぜひ味わって欲しい。


Jun.26,2004 (Sat)

岡崎武志『古本極楽ガイド』(ちくま文庫)

古本極楽ガイド

 実は西荻窪で岡崎さんとは何度か遭遇している。西荻窪のハートランドさんで店主と話をしているのが印象的だった。いかにも古本が好きだ!というオーラが出ている方だったということを記憶している。そんな方が書いたエッセイだけあり、今回も『古本でお散歩』に引き続き、時には笑い、時には首肯しつつ、楽しむことができた。特に西日本新聞のエッセイをまとめた全面読書生活(第四章)は、古本にまつわる薀蓄が詰まっていて面白かった。以前も書いたが、岡崎氏の興味のベクトルは純文学の方に集まっているため、色々と知らないことを教えてもらった、という感じ。特に自分があまり興味ない分野について、色々と知らない本を紹介されるのは、横田順彌さんの本の話とかと似ている気がする。最近では、古書マップ(荻窪方面)にエッセイを書いていることもあり、均一棚の話題になると流石に称号をもらっているだけに、語り口が熱かった。

 ただ岡崎氏もまた教条主義に固まっているところがあり、「今時の若い者は……を知らない」という表現がエッセイ中に何箇所かあり、やや興ざめしたのは事実。あとはまあ古書を一度でも探したことがある人たちなら、共感できるような話が多い。例えば、知らない街でも古書店を探す癖があるとか、色々と。本書で面白かったのは古書店主人のインタビュー。日月堂の佐藤真砂さんを含む個性派の古書店店主を取材しており、つっこんだところまでうまくインタビューされている感じがする。そういった意味では、岡崎氏は天性のインタビュアーかもしれないと感じた。全体的に自叙伝を含めたエッセイをまとめているので、やや内容が分散している感があるが、これはこれでいいのかもしれないとは感じた。デザイン的には洒落ている本なので、思わず買いたくなる気分になるだろう。また、個々人において本の価値は一様ではないということを再認識させてくれる意味でも、読書の拡がりを感じさせる本のガイドブックにもなっていると思う。本書を読んでいて世の中にはこんなにたくさん本があって、知らない本があるんだなーという感じがつかめることが岡崎氏の目的なのかもしれない。

 教条主義的な一面を取り除けば、古書への飽くなき探究心を感じさせる好エッセイといえる。ただ読み手が古書店巡りや日本の近代文学に興味がなければちょっと退屈するかもしれない。本書の内容を笑えるようになれば、古本道に足を突っ込んだことになるのかもしれない。


Jun.27,2004 (Sun)

H・G・ウェルズ『透明人間』(創元SF文庫)

 多分、創元ウェルズでは品切れ中の一冊。先日の整理で持っていないことに気がつき、ウェブ古書店で購入した。映画のインヴィジブルは実は結構原作をベースにした話(主人公の性格の悪さは少なくとも引き継いでいると思われる)ではないかと感じた。何となく古典ということで読むのを敬遠していたが、ミステリアスな書き出し(イギリスの寒村に突如現れた不思議な風体の男)から始まる物語は、107年前に書かれた物語とは思えない面白さだった。古典とはいえ、しっかりと骨のあるSFであり、そういった意味では現代までしっかりと引き継がれて読まれている傑作であるということが納得できる。面白い物語はいつ読んでも古びないものである、ということを証明した一冊である。

 物語はこんな感じである。イギリスの寒村に、顔じゅうを包帯で巻いた不思議な男が宿を求めて滞在していた。この男の不思議な風体に疑問を持つ人々。男は実験道具を持ち込み、なにやら怪しげだが、男にとっては大変重要な実験を行っているらしい。ところが、男が滞在して以来、モノがなくなったり、男の風体がまったく見えないという目撃をしたものたちが出てきた。恐れを抱いた村人たちは男を追いたて、追放してしまう。命からがら逃げ延びた男は、とある村で自分の旧友だったケンプ博士に出会い、その数奇な運命を告白するのだが……。

 とりあえず、主人公グリッフィン性格悪すぎ。読む前は悲劇の男だと思っていたけど、これなら滅びて当然というか。ある種性格が悪いことがこの物語を悲劇というか当然の報いという展開にしているのが、ウェルズの性格が出ているということなのだろうか。そういった意味で、読み込んでみるとなかなか味のある作品である。実際短いのでさくさく読めるし。ハヤカワ文庫SF版は入手可能かと思ったら、現在品切れ中らしい。ともあれ、現在オリジナルの『透明人間』が読めるのは偕成社文庫版(ISBN: 4036524801)のみらしい。読まず嫌いしてはいけない、という好例の一冊。


Jun.28,2004 (Mon)

中村融・山岸真編『20世紀SF61990年代 遺伝子戦争』(河出文庫)

遺伝子戦争

 20世紀SF最後の巻。テーマは広義の意味での人類の変容を扱ったものが多い。俯瞰すると1巻から6巻までを読むことにより、20世紀SFのエッセンスを知ることができるという編者の意図は達せられたと思う。本書はまた山岸真氏による巻末の1940年代〜90年代までの発表SF(翻訳されたもののみ)のリストがあり、これから20世紀SFを学ぼうという(あるいは楽しもう)という初心者・専門家を問わず、利用できる体裁になっている。そういった意味でも、本書を読むことによりSFは苦手という人たちも本シリーズを読み進めて行くうちにSFというジャンルに興味をもつことだろう。人類のありうるべき姿、というのは5巻から続くテーマではあるが、本書ではよりラディカルにその方向性が進められているということである。それが例えば遺伝子組み換えによる人類の変容であり、時間逆行技術をつかった変容であることもある。つまり、人類のいく方向性は今後どうなるのかということを様々な形で各人が調理している、という趣が強い。中村融氏の解説によれば、90年代はリミックスSFの時代であり、それが今後のスプロール・フィクションのムーブメントにもつながったのではないかと多少感じたりする。

 短編的には可もなく不可もないそつのないSFが多数収録されている感がある。という意味では、90年代のSFを知る上で割りと便利なガイドマップであるということは再度強調しておきたい。でも、表紙デザイン的にはこのシリーズはあんまりよくないので、損をしている気がする。


Jun.29,2004 (Tue)

トマス・トライオン『悪を呼ぶ少年』(角川文庫)

悪を呼ぶ少年

 映画化された伝説のホラーとして名高い。1998年の復刊フェアの際、長らく絶版だった本書も復刊。その際にぼくも購入している。本書は閉鎖的空間における無垢であるはずの子どもが、純粋な悪の存在として周囲に悪い影響を与え、人々を滅ぼしていくタイプのホラーである。しかしながら真の恐怖は、悪気なく(容赦なく)排除していく(それも一番いやらしい方法で!)点にある。それはまるで、人間が虫けらを排除していくように、気にいらないものについては、ホランドが排除していく。そして孫たちの行方を心配する祖母と母親。悲劇が連続して起こり、徐々に秩序が崩壊し、純粋な悪のみが残る恐怖。本書はそんな恐怖を見事に描いた傑作である。

 双子のホランドとナイルズは対称的な兄弟。積極的で活発な兄ホランドと受身で繊細なナイルズ。彼らはリンゴ農園で父と母、不思議な能力のある祖母と幸せに暮らしていた。ところがそんなある日、父親がリンゴ酒作りのための準備中、不審な事故で命を落してしまう。そのことがきっかけとなり、母親は神経衰弱にかかり、ナイルズとホランドは、落ち着きのない日々を贈る羽目になる。父親が持っていた宝物の指輪をホランドから渡されるナイルズ。お互い秘密を共有しつつ、日々を送っていた。ところがひょんなことがきっかけで、再び悲劇が農場に襲い掛かる……。

 段々と狂ってくる感覚が恐ろしい。暴走するホランズを止めようとするナイルズと祖母。しかし実際は、とてつもなく恐ろしい事実が存在していた。双子だからゆえに起こる悲劇と狂気的なラストに、読者はかならず戦慄することでしょう。特にラスト近くになってから、恐怖は倍増。悪意が増大して、物語中に充満していく感覚が恐ろしい。いやー、これはぜひ映画を見てみたいものです。多くを書くとネタバレになってしまうので、ぼくが味わったような恐怖をぜひ実際に読んでみて試して欲しい。モダンホラーの傑作です。


Jun.30,2004 (Wed)

リチャード・スターク『悪党パーカー/殺戮の月』(H・P・B)

 悪党パーカーシリーズ、16作め。現在悪党パーカーシリーズは再び刊行され、衰えぬ人気を獲得している。本作は、『悪党パーカー/殺人遊園地』(H・P・B)でパーカーがアトラクションの海賊の人形の中に隠した7万3千ドルをグローフィールドと共に回収するために再び戻るお話。そこで現地のマフィアの抗争に巻き込まれ、追い詰められたパーカーが行った凄まじいプランを描く。本書は過去パーカーと組んだ悪党たちがほぼ勢ぞろいし、パーカーの立てたプランに従って驚くべき強奪作戦をする。ラストはサービス満点の銃撃戦。血みどろ度数も高く、ギャング・ノワール・暗黒小説のどの要素もふんだんに盛り込みながらもまったく破綻していないというレベルの高さ。流石、名手ウェストレイクです。

 パーカーとグローフィールドは現金輸送車を収奪し、7万3千ドルを入手(経緯は『悪党パーカー/殺人遊園地』を参照)。ところが地元のギャングの襲撃に遭い、金は回収できないままパーカーは命からがら逃走。その後、仕事が失敗続きとなり金に窮したパーカーはグローフィールドと共に金の回収に向かう。ところが現地のヤクザのボスロジーニは彼らの金を捕っていないと告白。その裏では、パーカーの金を用いてある男が、ロジーニを没落させる恐ろしい罠が仕組まれていたのだ。市長選に絡むスキャンダル。果たしてパーカーは金を無事に回収できるのか?

 悪徳警官も出てくるわ、とにかくサービス精神満載。複数襲撃、オールキャラクターの登場、汚職、すべての要素がうまくモザイクのごとくはめ込まれ、様々な伏線を通じて、見事につながるシーンは流石としかいいようがありません。特にシリーズを通じて本書を読んでおくと楽しさは倍増どころが三倍増ぐらいになります。そういった意味では、シリーズものの楽しさというのがあるのではないかと思います。単品でも十分楽しめる話なんですが、できればいままでの15冊を読んでから読むほうが楽しいと思います。このシリーズは色々な形態で販売されているので、なかなか入手が難しいかもしれませんが、本書をより楽しむという意味でも、古書店通いをして見つけることができるのであればぜひ無理してでも(あるいは図書館で借りても)読んで欲しいと思います。傑作。