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Aug.3,2004 (Tue)

アン・ファディマン『本の愉しみ、書棚の悩み』(草思社)

本の愉しみ、書棚の悩み

 純文学を専攻にした人の本に関するエッセイ。本が好きという人にとってはなかなか示唆に富んだ本で、読んでいて楽しかった。幼少期からの本の出会いからはじまり、夫と出会って結婚してからの蔵書の扱いまで、自分自身の本との付き合い方、出会いを綴っている。活字中毒者や本好きの人には、彼女のエッセイに綴られた個々の項目について、共感を持つ部分があるのではないか、と感じる。実際ぼくも収納の項については大変共感をもっていた。本好きの人においては、グラッドストンによる本の収納の仕方を実践してみたくなる(お金があればね!)のではないかと思われる。そういう細やかな本好きの人たちのツボをつくような記述が多いのは、著者が本当に本を愛していて、その愛が伝わってくるからだと思う。

 特によかったのは「古本」の項。新刊書店と古本屋を比較した話題で、「ところが古本屋では、どれも唯一無二の本だ。出版社の倉庫に保管されているものと、とりかえることはできない。」というところなど、普段僕が感じていることを見事に文章に綴ってくれている。古書を集めるという行為は、自分の興味のライブラリを構築することと同様なので、本棚は死んだら解体され、個性がなくなるというあたりもまた、同感。だからこそ、本好きの夫婦の中で、「どんな本棚を作ろうか?」という話題が出てくるのだと感じる。本書の著者たちは、蔵書の整理統合を強いられるのだが、その苦闘の部分に共感してしまう方々も多いはず。それぞれの想い入れが詰まった本をどのようにキープし、蔵書の一部にするのか、それはとても楽しい作業だったりする。だから本は愉しいのだ。

 本棚というものは各人の生き様を表している、ということを本書から感じる人も多いだろう。本棚を見ればその人の興味がわかる、というのだが人にはそれなりの多様性があり、卑近な例になるがぼくの場合は専門と趣味の本棚をはっきりわけている。この若造が!といわれるかもしれないが、ある程度の年月に到達するとそれなりの本棚の方向性が出来上がるはず。ぼくの場合はたまたま専門と趣味が分離し、ある種スキゾなタイプの本棚ができあがったように感じる。こういう本棚になったことを自分でもうれしく思えるし、誇りに思えた。本が好きな人にはお勧めできるエッセイ。すぐに読めます。


Aug.6,2004 (Fri)

ジーン・ウルフ『ケルベロス第五の首』(国書刊行会)

ケルベロス第五の首

 読了。荒巻義雄『時の葦舟』(講談社文庫)テイスト。サント・クロア&サント・アンヌの双子惑星を舞台に、3つのテキストが織り成すタペストリー。テキストの表層にある物語だけでも十分楽しめるのだが、3つのテキスト内に潜まれた謎を徐々に解き明かすことにより明らかになる全体像が見えたとき、読者は至福の瞬間を味わえると思う。

 第二部が大変面白かった。きちんとリストを作れば多分よくわかるはず(英語版はhttp://webpages.charter.net/rborski/append.html#timelineにある)。第一部は館に生まれた「わたし」とおぞましい館の謎。第二部はサント・アンヌに伝わる奇妙な伝承(マーシュ博士作)について。第三部は囚われたマーシュ博士の手記という体裁になっている。
 物語は大変スキゾな構成で、一見テキストの間には関連がないと思えても、実は関連しているという読者の知的好奇心を刺激する作りになっている。個人的にはまず、個々の短編をストレートに楽しんでみて、それから全体で気になったところをチェックしていくと、つながりが見えてくるかも。V.R.Tについては、ぼくも何となくわかりました。やっぱりヒントは夢のパートだったか!と思いつつ。あんまり深い読み方をしないほうが楽しめる気がします。のちのち解説によるネタばれを読んだら、自分ではまったく気づかなかったことに関する記述があった。流石、若島先生。

 真ん中のテキストを挟んで、二つのテキストが双対になっているというのは、多分Saint Anne, Saint Croixという場に意味を持たせているから、ということかな。中央の中篇が神話的夢世界だから、<東風>と<砂歩き>が実は見ている夢?とか思ったり。でもやっぱり読んだあとも霧がかっているのは、存在と揺らぎの問題を扱っているからか。第二章は夢ときが難しいけれども、ウルフらしい進行(少なくとも新しい太陽の書でのイメージが残っているので、問題なし)だと思うし。この物語はまさに、荒巻義雄とか山尾悠子の世界なので、俺的には大満足ですよ!特に<東風>とかそういう呼称は山尾悠子的じゃないですか?

ということで、テキストの力、作者の知性を強く感じられる素晴らしい本。訳されなかった理由もわからないでもないけど、現在これが訳されたことを素直に喜んでおきたい。ぼくの中では今まで読んだ本の中でもベスト5に入る本。


Aug.10,2004 (Tue)

モーリス・リーチ『伝言ゲーム』(福武書店)

 精神病院を舞台にしたブラックな後味の悪い語。統合失調症患者たちを取りまとめる補助役の青年ケニーが主人公。ある日ガヴィンという謎めいた男がやってきて、ケニーが作り上げた患者たちの秩序を不可解な事件によって徐々に崩壊させていく。そしてピクニックに出たある日、惨劇が起こってしまう……。

 外部からきた男によって魅了され、コミュニティが変化していくさまというのがよく描かれていてよかった。主人公の精神状態もガヴィンの存在によって徐々に狂わされていくのだが、彼自身もまた新しく入院した男、ガヴィンに対してシンパシィを抱くのが不気味。主人公ケニー自身、精神を病んでいるため、世界認識が通常人よりもブレているという「世界認識への曖昧さ」をうまく利用ていると思う。つまり、視界がぼやけたまま世界を見ている不思議さがある。ケニーの作った隙のない患者間での信頼が壊れ、ケニーを嫌うようになる過程がとても単純で、なんともいやな気分になる。リーチが何を考えてこの小説を書いたのか、その動機を知りたいと思う。

 そう考えるとカテゴリーにあてはまらない不思議な小説であるともいえる。つまり人の内面にある暗黒面をえぐりだした物語であり、実写化すれば昔見た映画「17歳のカルテ」的な歪みを小説化した話ともいえる。ちょっと傾向を変えて本を読みたい人にお勧めしたい一冊。


Aug.11,2004 (Wed)

ジョイス・キャロル=オーツ『生ける屍』(扶桑社ミステリ文庫)

生ける屍

 ピーター・ディキンスンの同名の作品とは異なる。黒人少年に猥褻行為を行い執行猶予中の31歳のQ・P。彼はアパートの管理人として、普通に生活していた(寧ろフレンドリーなぐらい)。しかし、彼には常におぞましい考えが頭の中にあった。気に入った少年を捕まえて、眼窩から脳をアイスピックを通すというロボトミー手術をして、お気に入りのゾンビを作り出すという。そして今回の標的は……。本書は1996年ブラムストーカー賞を受賞した、サイコホラー(シリアルキラー)作品で、性的な鬱屈が溜まった奇妙な白人の内面を鋭く描き出した怪作だった。

 うっわー、狂ってます。ジェフリー・ダーマー事件をベースにしているのもあるかもしれないけど、とにかく変。根本的に欲しいものは欲しい、という異常心理の部分がボールド体で強調されて気色悪いです(おれのゾンビ!)。欲望のためなら手段を選ばないQ・Pはまさにダーマーを体現していて気色悪い。本書を読んだ読者は嫌悪感を感じるだろうが、それはまさにオーツの意図している犯罪者の心理に漸近するという試みの成功ではないだろうか。ぼくが面白く感じたのは、Q・Pを通じて描かれた外国人留学生たちの姿。これは自分が体験したけど、「有色人種を白人がもてなす」というところに何となく底意地の悪さを感じるのは、仕方がないのだろうか。オーツもプリンストンの教授ということで、多分に我々のような有色人種に出会うことが多いと思うので、その当たりも加味して書いているんだろうと思われる。オーツが別に人種差別をしている、というわけではないが、白人以外の人種に対する差を感じているのではないかと思う。

 ということで、内容は狂っていて、何となくイヤ度も高いので、流石ノーベル賞候補作家が書いた実験風ホラー物話と捉えておいていいのではないかと思う。扶桑社ミステリ文庫から出たのはなんとなく納得する気はした。というのは、レーベルにとらわれない怪物作品であることは確かなのだから。


Aug.16,2004 (Mon)

ピーター・ディキンスン『生ける屍』(サンリオSF文庫)

 オーツじゃないほう(お約束)。いい機会だと思い、中断していたこの本を読むことにする。正直、SFだと思って読むと肩透かし食らわされます。いや、このギャフン感がたまらないんじゃないかと思う。むしろこの本は創元推理文庫から出したら売れたんじゃないかと思う。でも確かにあらすじを読んだら、ちょっとSFだと思うかもしれない。製薬会社、G19、<呪術>、人体実験、独裁者というキーワードからあなたなら何を想像する?前半はなんだかかったるいんだけど、後半からむちゃくちゃ怪しくなって、ラストで驚愕のエェェェ(フェイドアウト)。前半までの怪しげな設定と、鼠のクェンティンはいったいなんだったの?と小一時間(以下略)。

 ただ面白いのは、舞台がアフリカのような小国を想定しているということ。呪術による迷信がはびこっていて、反政府ゲリラとして共産党系ゲリラが闘っているという設定。主人公はなぜかカフカ的拘束を喰らい、囚人を使った新薬の人体実験をさせられるハメに。そして自身も牢獄に囚われの身となった彼もまた脱出を試みようと、とある手段に出るまでの話がなかなか変。

 ただ角田純男の表紙を見て、何の本?と思う人は多いはず。ちなみに生ける屍という言葉は、本文中のある人物が彼に言った言葉そのもの。これが表題になるんだから、かなりエエエエエですよ……。えー、結論から言って表紙絵はいいけど、内容は4万とか出す本じゃないです。ポリティカルスリラーが好きな人は普通にお勧めできるけど、SFファンにはあんまり薦められないかも。ただ、ポリティカルスリラー的には面白く読めたので、個人的には満足。流石ヘンな作家です。訳はやや堅いので、少しつらいかも。怪しげな本を読みたい人で、古書マニアの人は探して「「生ける屍」読んだよ、オーツじゃないほうね」というためにだけ読むという方法もあります、自分みたいに。


Aug.26,2004 (Thu)

E・E・スミス『銀河パトロール隊』(創元SF文庫)

銀河パトロール隊

 読んだのは改訳版第6刷。柴野先生によると、3刷以前は訳の訂正がされていないとのことで、注意。ようやく読了した。思ったよりも時間がかかったのは、ストーリー展開がストレートすぎるからか。物語展開に辟易してしまい、一度は中断したものの、今日なんとなく読み始めたら面白くなってきて一気にいけた。読み終えることができたのは、ひとつはやはり柴野先生の素晴らしい翻訳とレンズマンシリーズに対する情熱のおかげだと思う。またストーリーが宇宙海賊ボスコーンを壊滅させるという勧善懲悪の英雄物語だから、安心して読めたというのがある。露骨に正義が悪に勝つ物語のため、そのあたりが鼻につく感じがした。ただ、出てくるガジェットの豊富さ、アイディアは一流であり、こんなにエンターテイメントに徹した娯楽作はないといえる。だからこそ、後述するような印象を抱いたのだった。

 ぼく自身はどうもスペオペ体質ではないので、このシリーズを読み続けるかどうかはほかの本との兼ね合いになりそうだ。実際スペオペとは相性が悪くて、A・バードラム・チャンドラー以外はすべて一巻目だけ読んでやめてしまっている。もったいないことである。
スーパー・ヒーローだから最後に勝つというお約束の部分に嫌気が差してしまったのかもしれない、と思う。アニメ版を幼少時に見たときはレンズマンはとてもかっこよくて、ああなりたいと思っていたのだが、30代に入って読むとまた違った視点で小説を読むようになったことが、レンズマンシリーズを読む意欲をなくさせてしまったのかもしれない。しかし、柴野先生にお会いしてレンズマン翻訳への情熱を伺うことで、ようやく読めるようになったというのはあるかもしれない。

 『銀河パトロール隊』を読み終えて感じたことは、ホメロスの『オデュッセイア』と似ている気がしたことである。オデュッセウスもギリシャ神話では英雄扱いされているつわもの。妻のいるアテネに戻るために苦難苦闘の戦いを強いられたりするのだが、そのあたりのストイックさと無敵さについては、キニスンとすごく似ている。 もしかするとDocスミスはオデュッセイアを換骨奪胎して物語にハード風の味付けをしたのではないかと感じたのだった。もしかするとほかの作品についても、実は何かしらの古典がベースになっている(ただわれわれが知らないだけ)のかな?とは思う。

 色々なアイディアが満載されていて、実際にありえそうなガジェットやアイディアは確実に読者を引き込んでいくことでしょう。お勧めの一冊。