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「最終都市」

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Aug.7,2005 (Sun)

小川一水『復活の地 II』(ハヤカワ文庫JA)

復活の地 II

 二巻目は主に二次災害に焦点を当て、生き延びた人々がどのようにそれらの災害に対処したかを描く。災害後、右往左往している政府機能と独自の行動を取るレンカ陸軍の不穏な動き。震災後の復興を目標とした復興院のトップとなった内務省の官僚セイオ。彼はサイテン率いる暫定内閣、住民たちの不満と向き合いながら、民のために自らの身を挺して奮闘する。そんな内情の裏で、星外諸国がレンカの権益を狙い、色々な干渉をしてくる。

 特に生々しいのは政と官の軋轢の部分。自分の保身、権力の保持を目的とするサイテン(政治家)は民の不平不満をすべてセイオの復興院のせいし、民衆心理を操ろうとする。この点はやはり、民主制は独裁制を排除できないというアローの不可能性定理をフィクション的に導入した小川一水の官と政に対するまなざしがあるからこそ、読者の心に訴えかけるのではないかと感じる。さらに今回は星外列強諸国の思惑を加えることで、より広範なヴィジョン(アウタルキーではない、という意味で)で、レンカの復興が様々な利益との相反で板ばさみになっていく部分が面白い。例えば、国債の発行で星外諸国が引き受けるという部分に格付けが関わってきたりするあたりは、格付けが下がって国外の信用が下がった昨今の日本でも体験済みである。経済の視点から見れば、復興というのは巨大な利権が関わってくる問題である。国庫の資金が民に流れることにより、汚職や賄賂などの無駄も生じてくる。そのあたりの駆け引きが政治的な力を保持しようとするサイテンの行動に現れており、読者は彼に対して嫌悪感を抱かざるを得ない。極端に力を持った政(特に軍隊のバックアップがあるケースでは)は官と民のバランスを崩し、民主制を崩壊させてしまうという現実に即した描写が生々しいといえる。

 災厄の原因も徐々に明らかになってきて(SF的に面白い)、だんだんと悲劇の全容が明らかになってくる。特に2巻後半で起こる第二次の地震によるセイオの負傷、摂政スミルの失踪からの展開に読者はびっくりすることだろう。その流れは3巻に続くことになるので、続けて読んでみてほしい。


Aug.13,2005 (Sat)

小川一水『復活の地 III』(ハヤカワ文庫JA)

復活の地 III

 カンタータでの災害によって右手を切断するという大怪我を負った復興院総裁セイオ。彼の不在のうちにサイテン内閣はセイオと摂政スミルの排除する形で、国家権力を掌握。星外列強諸国に対抗するため、軍事力を増強していた。一方、レンカの帝都トレンカを襲った地震が列強の一角の化学者との共同研究によって明らかになり、セイオたちは第二次震災に備えて、市民間のネットワークを築いていくようになる。果たして帝都トレンカの運命は?そしてレンカ帝国の将来は?

 行政の縦割りにこだわらない防災ネットワーク作りの部分は今の日本の状況においても採用してほしい部分。結局、行政による縦割りの状況が災害を大きくしたり、責任を不在にしてしまうことが問題を大きくしているからだ。特に本書で呈示されたアプローチは、ユニークだったので読んでいて面白かった。特に人の<善意>によってネットワークが構築できるという、人の善意の可能性に希望を見出しているという点では好き嫌いが別れる可能性があるかもしれないが(例えば軍隊が職務を放棄して、子供を助けるシーンとか)、末端の部分では人間は人間らしさを失わないのではないかと思える部分に救いがあると感じる。それ以外の点では、星外列強をうまく手玉にとる外交の部分。投資先としていかに魅力的であるかを示すには、成熟度が必要。そのあたりをうまく外交政策として星外に示した点はユニーク。ただ、植民地だったジャルーダの扱いはいささか性善説すぎて、展開が強引だとは感じた。ジャルーダの扱いが対等になってしまう部分はある種流れとしては当然の成り行きとはいえ、ちょっと強引な面もあるかも。

 レンカを襲う地震の謎もSF的に面白いアプローチで、確かにこういう災厄もありうるという意味で、興味深かった。それに対抗する人々の知恵も含めて、一人の官僚が私を投げ打って、民のために尽くすという理想的なあり方(つまり現場主義)をフィクションという形で提示した小川一水の観察力に敬意を示したい。全3巻、色々と考えさせられる物語でした。


Aug.20,2005 (Sat)

パトリシア・A・マキリップ『影のオンブリア』(ハヤカワ文庫FT)

影のオンブリア

 世界幻想文学大賞受賞作。久々のマキリップなので、即読むことにした。読み終えて、感嘆。光と闇の両方の側面を持つ迷宮さながらの都、オンブリア。オンブリアを統治していた大公ロイス・グリーヴが鬼籍に入ったとき、世継ぎをめぐって光と闇の勢力が織り成す奇蹟のアラベスク。大公の世継カイエルは、邪悪な巨大な力を持つ大伯母ドミナ・パールによって孤立させられてしまう。ロイス・グリーヴの愛妾、リディアはカイエルを守るため、影の世界に住む魔女フェイの助力を得てと一度追放された居城へと戻ろうとする。その間、カイエルを守るはカミア・グリーヴが生んだ父なし子のデュコン。彼はカイエルを守るために自らドミナ・パールを欺くため、曖昧な態度で居城で生活する。カイエルとリディア、デュコンの運命はいかに?

 読み終えてまず感じたのは、マーヴィン・ピーク<ゴーメン・ガースト>三部作と、マイクル・ムアコック『グロリアーナ』(創元推理文庫)。陰謀と権力闘争、迷宮さながらの城の描写は読者をぐいぐいとオンブリアの世界に引き込んでいく。光と闇の対比を明確にしつつ、ジョーカーとしての調停者としての存在フェイとその操り人形であるマグ。彼女らの存在は、オンブリアにとってはある種のバランサーとして働くのも面白い。これらの登場人物以外にも知識のためなら、何でもするカマス伯の存在が素敵。自分の知識を満たすためなら、どんな人物にも仕えるというスタンスはある種、指輪物語のサルマンに近いものがあって、ユニーク。フェイが彼に魅せたイリュージョンのシーンは物語の中で美しいシーンの一部である。

 ラスト近くのデュコンの出生に関わる秘密と奇蹟はあっと驚く効果をもたらす。意外なオンブリアの闇の秘密が明らかにされ、物語は収束に向かう。そのヴィジュアル的なシーンはまさに光を通じたモザイクの光に照らし出された影のよう。オンブリアという都の名前もまた読者を魅了してやまない響きがあると思う。強力にお奨めの一品。


Aug.22,2005 (Mon)

滝本竜彦『NHKにようこそ』(角川文庫)

NHKにようこそ

 物語の構造はネガティブ・ハッピー・チェーンソーに似ているのだけれども、かなりネガティブな気分にさせられる引きこもり小説。俺もこうなりたくないよう、という気持ちを引き起こしてくれる意味で、貴重といえば貴重。妄想の部分とか妙に生々しいので、かなり怖い。いや、本気じゃないかと思えるところが怖すぎる。と思ったら本気でああいうことや、こういうこと(口には出せない)を考え始めてしまう自分を発見してしまい、怖くなる。

 NHKが何であるかは、人によって解釈が異なるがまさかそう来るとは思っていなかったよ!最初。でも確かに悪の組織NHKがあって、ぼくらをどこかで操っていて、皆を無職・ひきこもりにしているのかもしれないと思うと怖くなる。NHKが何の略かは、本文中で明らかになるけど、なるほど。そうやってNHKは毒電波を垂れ流して、人々をひきこもりにしていくのかなぁとちょっと本気で思ってしまったり。この本にはそれを信じさせるようなダメな主人公の生活がずーっと描かれるので(それは本書がひきこもり小説だから)読んでいてある種ネガティブなオーラに包まれていきます。なんというか、暗黒面に引き込まれていく快感といえるかも。

 ネガティブ・ハッピー・チェーンソーでもそうだったのだけれども、主人公とヒロインの岬ちゃんがプロジェクトとして行おうとしていることは、不条理あるいは不確定な事象。ある意味自分自身の姿を投影しているという意味で、最強のプロジェクトといえる。いくつか哲学として本文中に出てくる台詞には共感できるところがあって、例えばダメな奴を見て優越感に浸るところとか。すごくナチュラルな感覚としてこの小説から出ているメッセージが電波として伝わってくるところが、本書の意義なんじゃないかなぁ。若いっていいよなぁ、と思える青春時代の甘酸っぱい思い出が詰まっている。若い人が読んだらきっと琴線に触れる描写もあるんじゃないかと感じる。文章が流暢な分、徐々に引き込まれていくという感覚かな。

 この小説を読むと、人間同士のつながりがいかに大切なのがよくわかります(というか、結局は愛なんだよね、愛!)。ひきこもっていないで、書を捨てて街にでよう!そして妄想じゃなくて、リアルライフを楽しもう!


Aug.23,2005 (Tue)

角田光代&岡崎武志『古本道場』(ポプラ社)

古本道場

 小説家角田光代と古本者岡崎武志のコラボレーション古書エッセイ。古本初心者である角田光代に岡崎武志が、何らかの課題を与えて、古書にまつわる話や新刊書店にはない古書の楽しみを綴るというもの。角田のパートは実際に古書店を訪れ、店主と交流しつつ古書店の特色や彼女が感じたことを綴る。それに大して岡崎武志が先生役として、彼女に「古本道とは……」と訓戒と角田のエッセイにつっこみを入れるというスタイルをとっている。

 角田光代のパートはよかった。この本をきっかけにして彼女の著作を読みたくなった。本というものに対してのスタンスに僕自身共感できるからだ。本が体温のある生き物であるという記述、知識のハイパーリンクであるということなど、本自身にある特色をうまく引き出して紹介しているところがこのエッセイのいいところだと思う。岡崎武志のパートは、スノビッシュなので読者によっては悪い印象を受けてしまう可能性もある。エッセイの性質上仕方がないのかな?と思ったのだが、これは過去に読んだ氏のエッセイでも感じていたことで、「そんなことも知らないの?お前」みたいな感覚を与えてしまうのは氏にとってはもったいないことだと思う。古書スキーにはそれぞれ守備範囲もあるし、また過去に出た膨大な本があるのだから、知らないのが当然。

 そういう点では、北原尚彦氏や横田順彌氏のエッセイを見習ってほしい。彼らのエッセイは、世の中にはまだまだこんな本があって、読んでみたいでしょ?という気にしてくれる。ただこれらの本はさらにディープではあるけれども、古書のエッセイの中でもいい紹介をしている本だと思うので、岡崎武志氏も彼らのような方向性で本を紹介しながら、圧迫感を与えないような文章を書いてほしいなぁと思う。多分この本はダ・ヴィンチ系の読者を想定して作られていると思うので、古書マニア向けではないということ。コジャレた古書めぐりをしたい初心者に向けてのマーケティングだと思えばそんなに悪くはない本かな。角田のパートが面白いので、岡崎武志のパートを打ち消す強さはあるかも。


Aug.24,2005 (Wed)

有川浩『海の底』(メディアワークス)

海の底

 各方面からの評判を受け、読んでみることにした。第十回電撃小説大賞受賞作家によるパニックSF。人災によって巨大化したザリガニが海から現れ、横須賀近辺の人々に襲い掛かるという話。そこで偶然、海自宿舎方面に逃げ込んだ子供たちを救出した海自隊員たち。彼らは潜水艦「きしりお」に逃げ込むものの、周囲一体は巨大化したザリガニたちで溢れており、孤立してしまう。その一方で、警察は避難を先導しながら、何とかザリガニを封じ込めようと腐心する。彼らはネットなどで自衛隊やアメリカ軍の動静を確認しながら、何とか自分たちの手で巨大化したザリガニを封印しようとするが……。その一方で、孤立した子供たちの世話をする海自隊員、夏木と冬原。個性的な子供たちの世話に苦労する一方、逃げ込んだ子供たちの中で唯一女性だった望は何とか子供たちをまとめようと頑張るのだが……。

 本書で面白かったのは、行政区分の点。特に軍隊と警察、アメリカ軍と警察、アメリカ軍と自衛隊のプライド争いみたいなものが、連携を妨げるという意味で、被害が拡大するというのも何となくリアル。殊更、小火器で巨大化したザリガニに対抗しなければならない機動隊の対抗策のあり方が、現実的で面白い。また本書において読みどころは、潜水艦に取り残された夏木達と子供たちの軋轢。ある種、十五少年漂流記や蠅の王的な勢力争いの部分が露骨で、艦内でも何となく連携しないのもまた、読みどころである。超利己的な母親によって育てられた圭介少年が徐々に母親からのコントロールから解放されていくところとか。彼は露骨にいやなキャラクターとして書かれているので、うまく潜水艦内での敵対構造が出来てくるのがいい。

 ヒロイン望については、賛否両論分かれるかも。極限の状況で、男性しかいない状況の中、一人女性として奮闘する様は生々しい。特に月のものがやってきたときの描写やその処理の部分は女性作家ではなければ書けない部分。そういう極限の中で、夏木や冬原のサポートを受けて徐々にたくましくなっていくところ(事故で両親を失い、弟はそのショックで口が利けなくなっているという状況の中)はうまいと思う。そういう意味では、少年・少女たちの成長物語としても読むことができる。のちのち言及予定の『塩の街』(電撃文庫)を読み終えて思ったことは、ガールズミートボーイ型の話が作者は好きなのかな?と思った。か弱い女性が、ちょっと不器用な頼りがいのある大人の男性に恋をする構造は本書でも『塩の街』でも同じ。この部分は好き嫌いがあるけれども、悪くはないと思う。新人作家としては、一押しになりそうな予感。


Aug.25,2005 (Thu)

有川浩『塩の街』(電撃文庫)

 第10回電撃小説大賞受賞作。先に読んだ『海の底』(メディアワークス)が面白かったので、デビュー作も読んでみようと思い読んでみたのだった。いささかご都合主義的なソープドラマになっていたのには残念だったのだが、久美沙織の傑作『真珠たち』(ハヤカワ文庫JA)を彷彿させるような設定がいい。ある日突然落ちてきた巨大な塩の結晶体。それを見てしまった人々が塩の結晶になっていくという設定で、崩壊してしまった都心で、けなげに生き延びるヒロイン真奈と、寡黙な秋庭の二人。彼らの前をとおりすぎていくのは、塩のために人生が狂ってしまった人々。そんな人達と接していくうちに、彼らもまた運命の渦に巻き込まれていく。

 潜在意識に働きかけて、人々が塩に変化していくという設定の下、普通の女子高生と実は航空自衛隊のエリートパイロットだった男が、塩に包まれた街で静かに生活するという話。第一話目は、恋人が塩になってしまった青年の手助けをして、青年と心の交流をする話。不条理にも恋人を失ってしまった青年の悲しみを深く感じる。なぜ彼が海に向かったのか、その心情を痛く感じることができる。二話目は犯罪を犯した少年に遭遇した二人。実は彼もまた運命に翻弄され、人間らしさを失ってしまった少年。そんな極限の状況に追い詰められた人々の悲しき性を描く。3話目以降は、静かに暮らしていた秋庭たちが否応がなく、世界を救うミッションに引き込まれていく話になっていく。

 『海の底』(メディアワークス)同様、ガールズミートボーイのスタイルの話。高校生と自衛隊員という共通点も含めて、比較すると面白いかも。『塩の街』のヒロイン真奈は典型的な「守ってください」タイプの少女なのだが、自分の気持ちに気づいてから彼女が徐々に強くなっていくのは面白い。お互い気持ちに素直になってから、世界が変化していくところは何となくほほえましい。そういう意味では、ストレートな恋愛小説ともいえるかな。世界は見方を変えれば実はそんなに残酷じゃないのかもしれない、と思わせてくれる小説。人によって好みは分かれるのではないかと感じた。


Aug.26,2005 (Fri)

桜庭一樹『砂糖菓子の弾は撃ちぬけない』(角川文庫)

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない

 青春暗黒ミステリという言葉がぴったりのダーク色に染まった物語。中学生が読んだら絶対トラウマになるような物語で、読み終えてしばらく凍りついたのは言うまでもない。この物語は山田なぎさという普通の女子中学生が、ちょっとエキセントリックな美少女の海野藻屑と出会い、彼女と別れるまでを書く。特に海野藻屑は名前が示しているように、彼女の身に何かが起こると予想していたけど、まさかあんな展開になるとは思いもよらなかったというのが本音。普通の少女が藻屑を理解していくうちに、彼女の置かれている境遇、そしてその境遇のもとに生きなければならなかった藻屑に同情していくうちに、なぎさは彼女と共通点を見つけていく。

 まずこの物語で注目したいのは、ネームセンス。海野藻屑⇔山田なぎさの対応。海と山藻屑となぎさ。片方が陸属性(安定して、現実感がある)のに対し、藻屑の場合、流動的で安定的ではなく、名前が示すように、はかない。そのような対立的なキャラクター名を持つ二人には、渚という名前が示すように、うちぎわによってお互いを理解していく。山田なぎさは引きこもりの兄を持ち、家系を支えるためにさっさと社会に行こうとしている少女なのに対し、海野藻屑の場合は父親が芸能人であり、どことなく現実的には不自由していないという対称差がある。しかし二人の共通点としては、片親がいないということ。そういう意味でも、彼女らはツインのようなものであり、対称的ともいえる対応関係に注目しながら読むと面白いかもしれない。

 海野藻屑にまつわるラストの衝撃は相当なもの。海野藻屑が果たして人魚だったかどうかはわからないけど、なぜ彼女がそうなってしまったのかは、何となくわかる気がする。砂糖菓子の弾は撃ちぬけないけど、現実には現実の弾によって撃ち抜かれ、それによって変化してしまうものだ。砂糖菓子の弾なら、人を殺さないし、すぐに脆く砕けてしまう。そしてそれは永遠に続くものではない。それは山田なぎさにとって海野藻屑であり、兄の友彦だった。そんな存在がまるで砂糖菓子の弾のように消えていくのは何とも皮肉なことか。カバーにだまされて読むと、痛い目にあうそんな小説。


Aug.27,2005 (Sat)

ジョン・バクスター『ある愛書狂の告白』(晶文社)

ある愛書狂の告白

 SF作家、伝記作家、コレクターなど多面な顔を持つジョン・バクスターによる本蒐集エッセイ。本人はシドニー生まれのオーストラリア人で、かなり波乱万丈な人生を送っている人である。30歳でオーストラリアを脱出し、イギリスに渡英。持ち前の人の良さにより、徐々に人脈を広げ、映画やSFの評論家として頭角を現していく。そして2度の離婚を通じ、三度目の結婚までにいたるまでに彼がどんな人々と出会い、どんな本を蒐集し、そしてそれにまつわる因縁を時系列をぐちゃぐちゃにして綴っている。そんな彼の人生は様々な人々に触れ合いながら、珍しい本を集めていく様はまさに「コレクター」として立派としかいいようがない。

 本書で特に面白いのはバクスターが出会った実際の作家たちについての描写だろう。特にキングズリイ・エイミスにサインをねだり、ずうずうしくも彼の家からエイミス所有の希覯本を彼の言い値どおりで買い取る。当然エイミスは市場価格や価値を知らないので、バクスターは大もうけである。さらに盗人に銭ではないが、エイミスが手がけた007シリーズのプルーフコピーまでゲットしてしまう。自分の特性を知った上で、コレクションを広げていく様はすざまじいとしかいいようがない。彼自身が伝記作家ということもあり、彼が出会ったとされる作家や映画関係人などの描写は素晴らしい。この本を読むと、いかに映画界や小説界が変な嗜好を持った人達の溜まり場だったのかと思わずびっくりしてしまう。まるで、テリー・サザーンの小説の世界のようである。

 本書の難点は値段が高めであることと、翻訳者がSF系の人じゃないので人名などが微妙におかしいということかなぁ。本蒐集にあまり興味がなくても、バクスターが蒐集した作家、例えばグレアム・グリーンらの作品を読みたくなってくるのは請け合い。日本においても希覯書のケースでは、本書にあるような出来事は多々あるだろう。貴重な本が無造作に安く売られているときに、それらを安くゲットしたときの喜びが文章から伝わってくるのだが、バクスターがかなり戦略的に本を入手しているので、少し罪悪感を読者は感じるかもしれない。そういう部分を除けば、本書は実に面白い古書ハンターエッセイとして読むことができる。彼の小説をちょっと読んでみたくなった今日この頃。


Aug.28,2005 (Sun)

ジェームズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』(創元SF文庫)

星を継ぐもの

 ずいぶん昔に読んで、まったく覚えていなかったこともあり、いい機会だと思い再読。当初はちょっと突っかかりが悪くて、一時中断していたのだが、徐々に謎解きと解釈が加わっていくうちに、俄然面白くなり、そのまま一気に読了した。なるほど、本書がSFミステリの傑作として挙げられるのはよくわかった。月面にあった真紅の宇宙服を着た死体の謎を解き明かしていくうちにわかる驚愕の事実。科学者たちの地道な推論と調査の積み上げによってわかる大胆ともいえる可能性の示唆。その可能性に基づいた仮説への説明が、大変論理的なので、面白い。数学者と言語学者がコラボレートしつつ、様々な事実を明確にしていく作業こそが本書の魅力であり、楽しさでもある。

 月面で真紅の宇宙服を着た死体が発見される。当初は地球人かと思われていたが、厳密な調査の結果、実は5万年前のものであったことが判明する。まだ地球文明が発達していなかったことに現れた謎の死体、そうそれは異星人だったのだ。彼らの遺留品から、彼らのライフスタイルが明らかになり、月で彼らを襲った惨劇と、太陽系に隠された大きな謎が解き明かされていく。果たして彼らの正体は一体何者だったのか?主人公のハント博士の強力なリーダーシップのもと、徐々にミステリが明らかにされていく。

 SFミステリという体裁のため、あまり詳しく書くことができないけれども、物語展開が極めてミステリ的で、ロジックが整っていて、心地がいい。そういう意味ではSFという皮を被った本格推理小説といえる。5万年前の死体の謎が科学者たちの共同作業によって明らかにされていくうちに(このあたりは、『宇宙船ビーグル号の冒険』と類似性がある)、普通に謎が解き明かされていくのが面白いといえる。謎が明らかにされたとき、読者はあまりのスケールの広さにびっくるすること請け合い。のちのち知ったのだが、続編もあるようなので機会があれば読んでみたい。


Aug.29,2005 (Mon)

片理誠『終末の海 Mysterious Ark』(徳間書店)

終末の海

 第五回日本SF新人賞佳作入選作。出ていたことを知らなかったので、探すのに苦労した。核の冬によって厳しい環境に陥った地球。日本を大型漁船で脱出した主人公の圭太一家。彼らは月へのゲートとなる太平洋に浮かぶ海上基地フロート・ナインを目指していた。ところが運悪く船が座礁。そんな彼らの前に大型巨大客船が現れ、大人たちは救助を求めてその船に乗り移る。圭太の父を含む大人たちは忽然と姿を消し、残されたのは圭太たち子供たちと一部の大人だけだった。そんな謎を秘めた客船が再び圭太たちの前に現れたとき、彼らは意を決してその豪華客船の調査に向かう。調査をしていくうちにわかったのは、この船が完全に無人であるということ。そしてその無人の謎を調べていくうちに、とある事実が判明していくのだが……。

 ミステリとホラーの要素も加わった佳品。圭太少年の成長ものとしても読めるし、文章がなにより読みやすいので、さくさくといけてしまった。核の冬で厳しい環境にある地球で、楽園を求めて移動する人々の身に起こった悲劇。その悲劇はまさに核によるものだけではなく、幽霊船にも関わる重大な秘密を含有したものだった。無人の豪華客船に隠された最大の謎こそが、この本の面白さをぐいっと引き立てている。SF的な設定ながらも、ミステリの読者にも読んでもらいたい作品である。なぜ人が消えてしまったのか?その謎が明らかになったときに、読者はあっと驚くはず。この謎こそがまさに驚愕につながっていくからだ。ある種、お約束的な展開は認めるけど、ぼくは好きなので問題なし。5つ星は難しいけれども、4つ星は約束できる話かなぁと思う。

 主人公圭太がかなりひたむきな少年で好感が持てるのに対し、一部敵役ともいえるわがままな少年も出てくるため、うまく船内での秩序や上下関係での軋轢を利用しつつ、盛り上げていく手法がうまく生かされ、序盤までを退屈なく読ませることに成功している。僕的な評価はかなり高く、宇宙空間に頼らないでインナーで手堅くまとめたミステリホラーSFという感じか。そういう意味ではSFプロパーだけではなくて、他の人も読んでほしい一冊だ。5つ星は難しいけれども、4つ星は約束できる話だと思う。


Aug.30,2005 (Tue)

コリイ・ドクトロウ『マジック・キングダムで落ちぶれて』(ハヤカワ文庫SF)

マジック・キングダムで落ちぶれて

 池澤春菜氏が帯に推薦文を書いていたので一部で話題になっていた本。水玉画伯のイラストに釣られて買った人も多いはず。僕自身は、カナダトロントの作家ということで興味を持ったため、読んでみた。イーガンの『順列都市』(ハヤカワ文庫SF)をコメディ化するとこういう話になる?という印象の一冊。この作品の設定で秀逸なのは、不死を獲得してしまった人々は、どれだけ人々に「Cool!」と思われたかということで評価され、その評価の基準がウッフィーという単位で測られること。そういう設定は面白いのだが、物語自体はシェークスピアの「あらし」のようにどたばたしているだけで、残るものが何もないという感覚小説。

 ディズニーランドのホーンテットマンションの運営スタッフとして働く主人公ジュールズは、年若き恋人リルとともに、ライバルのアトラクションに対抗しつつ、働いていた。そんなある日、北京からやってきたデブラ一派によって、ホーンテットマンションの人気が奪われ、アトラクションが乗っ取りの危機にさらされる。そんな最中、彼はなんと狙撃され、死んでしまうハメに。幸いバックアップを取っていた彼は、無事に復活するのだが、それがデブラ一派による陰謀であることに気づき、世間から見てパラノイア的な行動を取ることになる。果たして真犯人は誰か?そして彼はホーンテットマンションを守ることができるのか!?

 軽いのでさくさく読めるけど、なんだか読んでいて頭にきた小説。ライトノベルを読んでいる感覚で読めるので、まあよかったのだけれども。不老不死、人格のバックアップ、フリーエネルギーの達成、ウッフィーのアイディアなどはむちゃくちゃ面白いのに、何となくガジェットをちりばめて、アイディアだけを提示したという感じの小説。メインストーリーの流れはあんまり面白くないのだが、ウッフィーのアイディアは素晴らしい。ある種、評判が社会を構築している世界というのを実現した世界で「評判」を下げてしまうことがいかに怖いかということを示したという意味だけでも、本書を読む意義がある。そういうありえざる未来社会のガジェットの雰囲気を楽しみたい人には普通にお奨めしたい。SFミステリとしてはちょっと出来が悪いと思う。


Aug.31,2005 (Wed)

櫻沢順『ブルキナ・ファソの夜』(角川ホラー文庫)

 第三回日本ホラー小説大賞短編賞佳作。著者の事実上のデビュー作なのだが、出たのは2002年。「ストーリー・バー」が併録されており、両方ともクオリティの高い物語としてぐいぐい読ませる。『アウグスティヌスの聖杯』(角川書店)は未読なので、探して読んでみたいと思っている。幻想的な怪奇譚として、実に不思議な味わいがあり、設定を含めてとてもよく出来た短編だったと思う。

 大手旅行店でマニアックなツアーを企画している男が珍しいツアーを求めて出あった神秘を描く「ブルキナ・ファソの夜」。この短編自体、実際にありえそうな設定を利用して、読者を幻のツアーに引き込むことに成功している。大手旅行代理店の社員が、SIT(Special Interest Tour)のために試行錯誤を通じて見つけたのは、小さな旅行代理店「Q」による「キリストとの対話」というツアー。このツアーの謎を解くために様々なことを体験するのだが、そこで鍵となったのはアフリカの小国ブルキナ・ファソ。果たして主人公が体験したのは何か?というストーリーラインで、軽妙な語り口も相まって読者をぐいぐいと幻夢の世界に引き込むことに成功している。この短編が佳作だったという事実が、日本ホラー小説大賞のレベルの高さをよく表現しているように思う。

 「ストーリー・バー」は、ホステスが物語を語るというバーで経験する現実と幻が交錯する物語。読み終えてじわじわと恐怖が襲ってきた。一見唯の夢物語だと思って聞いていたら、ストーリー・バーを紹介してくれた友人のアダチが失踪。その謎が実はストーリー・バーで語られるとある物語に関連していた、というもの。その謎自体は読んでからのお楽しみということで、あまり語れないのだが、実に恐ろしい。モノを語ることによって、何が現実なのか幻なのかがわからなくなっていくという意味で、境界が侵食される恐怖がある。血飛沫のようなどろどろとしたホラーというよりは、幻想譚として本書を読むのをお勧めしたい。

 日本ホラー小説大賞はレベルが高い小説が多いので、読んでいて安心する。血飛沫のようなどろどろとしたホラーというよりは、幻想譚として本書を読むのをお勧めしたい。