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復刊ドットコムに「夢の国のリトル・ニモ」の復刊をリクエスト。ご協力お願い致します。

柾悟郎 『ヴィーナスシティ』(ハヤカワ文庫JA)と同様、ヴァーチャルリアリティの世界を舞台にした物語。『スラムオンライン』はオンラインゲームをベースにした話で、現実社会に居場所が見つからず、オンラインゲームの世界に自己の存在意義を求めようとする大学生の物語。ネトゲ中毒になったことのある人が読むと、割と共感できる部分があるのではないかと思う。殊更、アバターなどの形で自分たちの真の姿を隠しながら、ロールプレイするというオンラインゲームのスタイルが一般的になった今、桜坂洋が紡いだ物語は現実味を帯びてきている。ある種セカイ系の系譜に属する物語なわけだが、自分の立ち位置をオンラインゲームでの人間関係から定めていくというのは面白く感じる。
主人公悦郎は、モラトリアムを満喫する大学一年生。オンラインの対戦格闘型ゲーム<バーサス・タウン>で、最強の空手使い・テツオ使い、最強を目指していた。ゲームに没頭する毎日。そんなある日、ひょんとしたきっかけで知り合った同級生布美子。彼女のことは気になりながらも、オンラインゲームに夢中になる悦郎は彼女との距離の取りかたがわからず、その仲は進展しなかった。そんなある日、<バーサス・タウン>のつわものたちを打ち負かす<辻斬りジャック>なるファイターが出現。悦郎は彼を求めて、<バーサス・タウン>をうろつくことになる……。
現実の人間との接し方に違和感を感じる、というテーマをうまくまとめた話だと思う。そういった点で、同級生布美子との関係がなかなか構築できないというジレンマを持つ悦郎がとオンラインでの姿がある種正反対である。オンラインならば、自分の立ち位置をテツオというキャラクターで具現化できるのに対し、リアルでは悦郎の姿は非常に影が薄い。そのあたりの投影の仕方が対称的であることが、この小説における最大の魅力だと感じる。主人公がトーナメントを放棄して辻斬りジャックと闘うことを選んだときに、彼の中で何かが変化したに違いない。自分の目標を達成し、殻を打ち破ることができた悦郎はリアルでもまた殻を打ち破ることに成功する。そういった意味では、オンライゲームを通じての自分探しの物語といえる。さくさく読めます。
火星へ調査しに行ったNASAの宇宙飛行士たちを襲う悲劇を描いた長編。ある種、アニメ化してもいいかなーと思える設定で、結構面白く読めた。変容してしまった宇宙飛行士たちがグロテスクで、人知を超えた能力を持ってしまったというあたりがなかなかユニーク。その中でごく平凡な主人公、願がどのようにジェノサイダーたちと戦うことになるのか、色々と細やかな仕掛けがなされており、なかなか面白い。漫画的なので、ある種好みが別れるかもしれないけど、おセンチSFだけを書く人ではないということを知る上ではこの本を読む価値はあると思う。
火星探検に出かけたNASAの宇宙飛行士たち。その途中で彼らの宇宙船「エターナル」を襲った謎の発光現象。その不思議な光の洗礼を浴びた彼らはすでにもとの彼らではなく、地球を滅ぼす、滅びの戦士”ジェノサイダー”として地球に送られることになる。「エターナル」の乗員だった一朗を兄として持つ主人公の願は、ある日兄嫁のところを訪問したとき、おぞましいものを発見する。兄嫁ジュリエッタとその息子ヒロムの死体。そして彼は変容してしまった兄から事情を聞く羽目に。変容が不完全だった兄はある程度の理性を保ちながら、日本へと戻ったのだった。変容してしまった宇宙飛行士たちはハイテク王国日本をターゲットに世界を滅ぼそうとたくらんでいたのだった……。
それぞれのジェノサイダーたちの精神的な強みと弱みをうまく生かしながら書かれている。主人公の願は普通の男の子だし、主人公とアンジェリナ(ヒロイン)がどうやって人間離れした能力をもつジェノサイダーたちと戦っていくのかがみもの。人を魅了して操る女など、様々な能力を持つ連中が襲い掛かってくるので、アクションものとしてはよく出来ていると思う。ラストは結構びっくりしてしまうのだが、それはそれで悪くはないかなと思う(このあたりのテイストはエドモンド・ハミルトンに似ているかな)。
牧野修作品の中では入手困難なSFジュヴィナイル。この本自体は有里さんからずいぶん前に譲っていただいて、そのままになっていたのだが、ようやく本の山から発掘して読むことができた。『王の眠る丘』(ハヤカワ文庫JA)から『Mouse』(ハヤカワ文庫JA)への橋渡しとなる一冊。魑魅魍魎が跋扈する東京近辺という設定を利用しつつ、壮大な善と悪の戦いが水面下で繰り広げられる。この設定が、ローラーボールのような<リカプト>というスポーツと見事に融和して、<プリンセス奪還>に関係してくる。この本が入手困難なのが疑問。
先の<災厄>によって多大なるダメージを受けた東京の地で会社を営む三本松は、自分の夢のお告げにより、プロのリカプトチーム<プリンセス・ガーディアンズ>を結成することを決意。そこで彼は自分の勘に頼って、5人のチームメンバーをリクルートすることに。そのチームに集まったのは、世間一般から見てもクズとも感じられるメンバーだった。元リカプトの名プレイヤー、女性プレイヤー、負傷によりオカマとして生きなければならなくなったプレイヤーなどが集まり、トーナメントに挑むことに。その一方で三本松が夢に見た<プリンセス>の願いとトーナメント優勝が複雑に絡んでくることになる……。
物語中には別の物語も含まれていて、異形に対する偏見というのがうまく利用されていると思う。その部分が物語のキーになってくるのだが、のちのち『Mouse』につながる牧野修氏の異形に対するやさしいまなざしを感じることができる。そのシンボルとしての<プリンセス>を奪還した主人公たちのチーム。彼らの愛と勇気には、とても励まされる。ジュヴナイル作品として大変よく仕上がっている物語なので、入手困難なのが残念。何らかの形で復刊が望まれる作品だと思う。

「雪の女」「灰色の魔術」「凶運の都ランクマー」の三篇を収録した<ファファード&グレイ・マウザー>ものの改訳版。もともとこのシリーズは長編を含めて5冊が刊行される予定だったのだが、1982年以来3巻以降が刊行されず、なんと23年が経過。2004年度後半から現行で出ていた3巻分の改訳決定版が刊行され、2005年に入りようやく4巻目の『妖魔と二剣士』、5巻目の『ラングマーの二剣士』が刊行され、シリーズが完結。長らく待ちわびた読者も多いことだと思う。改訳版が出ると聞き、今回帰国した折に、改訳版を含めて購入。早速<ヒューゴー・ネビュラ賞>のダブルクラウン受賞作「凶運の都ランクマー」の収録された本書を読むことにした。3篇を読み終えて感じたのは<愛憎>の物語。特に愛が絡んでいると男は強くなれる!と思える話ばかりだった。
「雪の女」は雪国生まれの若き勇士ファファードがどうやって故郷を出て、放浪の旅に出るようになったのかを綴った物語。寒の片隅と呼ばれるファファードの生まれ育った地。そこで女たちは呪術をつかい、自分の夫、息子を凍でつく大地に張り巡らされた氷と雪のごとく束縛していた。ファファードの母モールは息子を雪の呪いで束縛し、彼は文明世界に憧れを抱きながらも、将来を約束した恋人マーラとの逢引に明け暮れていた。そんなある日、旅一座の美しき踊り子ヴラナを偶然にも助けたことが、彼の運命を変えることになる。ヴラナに恋したファファードは、母親と恋人を置いて、ヴラナとともに彼の故郷から脱出する。まさにファファードの誕生譚という物語で、文明世界に憧れを抱いた青年が、閉鎖的で伝統的な社会を捨てて文明社会に向かうという話。言い換えればそれだけの話なのだが、流石ライバー。女性をめぐる確執などが見事に織り込まれて、唯の導入物語には仕上がっていません。女性の情念の恐ろしさを雪の冷たさとして表現したのが見事。愛が憎しみに変わったときの怖さが雪ののろいとして表現されていて、読者自身も寒くなるのではないかと思います。
「灰色の魔術」は南国生まれのマウス(後のグレイ・マウザー)の導入物語。師を地元の公爵によって焼き殺されたマウスは公爵に復讐を誓う。マウスの恋人である公爵の娘イブリアンの恐怖心によって公爵に殺されたこともあり、マウスは禁断の黒魔術を使うことに。父親を恐れたイブリアンは公爵から逃れ、マウスのもとを訪れるのだが、逆に公爵の手先によって監視されていたために、マウスは公爵に捕縛され、拷問をうける身に。しかし、イブリアンとともにマウスは禁断の黒魔術により公爵を殺害、それ以後マウスは<グレイ・マウザー>と名乗ることに。この物語自体は平凡という出来。この短編集の中では読み流してもいい話かなと思う。ただ、マウスへの愛(男への愛)が公爵の娘であるイブリアン自身を狂わせたという意味では、愛が絡むと何でもできてしまうのかもしれない、と思えたり。
「凶運の都ランクマー」はファファードとグレイ・マウザーが盗賊ギルドが仕切る都ラングマーで出会い、そしてそこで出会った思いがけない災難について語った物語。ファファードとグレイ・マウザーは極上の宝石を盗んだ盗賊ギルドの二人組の宝石を強奪する瞬間に偶然に出会うことに。瞬時にどこか共通項を感じた二人は、意気投合。盗賊ギルドの二人を気絶させて宝石を奪いつつ、同時にギルドの殺し屋3人も倒してしまう。これを機にお互いさらに意気投合した二人は、各々の恋人を紹介。二人の恋人(ヴラナとイブリアン)もお互い意気投合してしまう。そして、ヴラナが盗賊だったときに盗賊ギルドによって自分のパートナーを殺された復讐を二人にたきつける。感情的になりやすいイブリアンもまた、グレイ・マウザーを炊きつけ、二人は仕方なくギルドへと向い、ギルドに進入しちょっとした冒険をすることに。ところがすでに彼らの居場所をつかんでいたギルドの妖術師は、とんでもない攻撃を二人の恋人へとすることになる。その復讐のために二人は再びギルドへと向かうことになる。これは傑作。特に妖術師の使い魔が二人の恋人に襲い掛かり、無残な姿に変えたあたりの描写はホラーも得意とするライバーだからこそ出来たものかもしれない。死のエロスが漂う中、二人の狂戦士がギルドに突入して戦うシーンはまるでオディッセウスが自分の妻へ求婚している求婚者たちをばさりとなぎ倒していくシーンを髣髴させる。そういう部分も含めて、かなりホラー的な要素の強い一遍かなと思う。

大森望編のスタージョン短編集第二弾。『不思議のひと触れ』とは異なり、ミステリ、ホラー的要素の詰まった短編集になっている。また先に出ている若島正編『海を失った男』(晶文社)と比較すると、編者の好みがわかって面白いと思う。そういった意味で、本書はどちらかというと不思議なお話が多くて、スタージョンの多才さを改めて痛感する一冊に仕上がっている。現在、早川書房からも『一角獣・多角獣』がめでたく復刊となり、スタージョンの短編はほぼ現在読めるというすごい状況にある。ぜひ、書店で見かけたら各短編集を買って読み比べて見てほしい。
全体的にいえば、奇妙な味わいの物語が詰まった短編集といえる。アンソロジーのセレクションとしては大変いい形でまとまっていて、ミステリ、ホラー、サスペンス、SFが好きな人には強くお勧めしたい一冊。

帯にあるパニくるな!(Don't Panic)はちょっとどうかと思ったのだが、とりあえず映画版を先に見てしまった自分としては、映画がかなり原作に忠実であるということがわかっただけでも満足。原作を読んでなぜ白ネズミが重要な役割を果たしていたのかなども、よくわかった。官僚的な手違いによって、ハイウェイのとおり道になっていた地球は主人公のアーサーの家と同様に破壊されてしまう。偶然、友人で地球のガイドブックを作っていた異星からの調査員、フォードとともにアーサーはヒッチハイクをすることになる。そして彼らは不思議な体験をしていくことになる。
マーヴィン(鬱病気質のロボット。しゃべっていると気が滅入ってくる)のキャラがいい。なんといっても本書の魅力は、アダムスによるヒッチハイクガイドに登場する生物たちの描写など。ヴォコン人とか、そのほかもろもろの生物や蓋然性によるトリップの仕方など、何となくつじつまが合っているようで何となくへんてこな部分は、ユーモアSFならではの楽しさだと思う。翻訳自体は、現代語的(かたかな英語が多いけど)読みやすいので、さくさく読めてしまう。翻訳者の安原さんによると、ダグラス・アダムズの朗読テープをもとに、人名などを統一しているとのこと。なので、音的には正しいものと思われる。しかしけったいな名前が多いのも含めて、本書はモンティ・パイソンの世界をSF的に移したともいえる話だと思う。クジラが落ちていくところで、色々と考えるシーンはちょっと切ないけど、面白い(これは映画でもあった)。
世界の究極の問いの答えが42、というのもまた面白い。こんなことよく考えるよ!と思うような回答だったけれども、壮大な実験の枠組みの中で実は自分たちは生きているということを示せるだけのヴィジョンを本書は持っている。まだ未訳分の2冊を含めて、このシリーズが全部翻訳されることを願ってやまない。