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今年の日本ファンタジーノベル大賞優秀賞辞退作ということで読んでみた。内容や本の装丁については、http://publishing.livedoor.com/fuga/を見ればわかる。紙質のこともあり、痛みやすい本なのでちょっと神経を使う(ライブドアの担当編集者さんによると、こだわりがあるようだが)。
本自体は読みやすくさくさく読めたのだが、全体的にイタイ内容なので読んでいて鬱になってきた。内容的に明るい話題とはいい難く、読んでいくうちに暗い気持ちになってしまった。さらにそれぞれの告白の内容がいかにも作られている感じがして、個々の告白者に対してあんまり感情移入できなかったということもある。パズルピースそれぞれがうまくはまっていないパズルのような小説、という感覚かな。
主人公の「私」は自殺した元恋人の部屋で、ある街の地図を見つける。その地図を頼りに辿り着いたのは、どこともしれない場所にあるスラム街にある一軒のアパート。そのアパートでは個室で客の「告白を聞く」ことを生業とした人々が住んでいた。そこで「私」もまたそれぞれの客の告白を聞く仕事をすることになるのだが、そこで客引きをしていた「葉」と恋人になる。色々な人達の心の痛みの告白を聞きながら、「私」は自分の過去、「葉」との関係を見つめていく、というのが大筋。
多分僕自身がこういう経験をしたことがないから、生理的に受け付けられないのかもしれない。例えば川西蘭『こわれもの』『プラスティック』などの小説では、世間からどこかはみ出した人々や傷ついた人々を受容することができたのだが、『愛をめぐる奇妙な告白のためのフーガ』では、挿入された告白が全然生々しくなく現実味が薄いので、個々のエピソードにも共感できず、わざとらしいと感じたのだと思う。ある種カウンセリングのないセラピーみたいなものなのだが、どの客も暗い内容の告白しか持っていないというのがちょっとどうかと思ったり。「愛憎をめぐる奇妙な告白のフーガ」だったらまだ心の準備ができたということ。そういった部分が僕にとっては、わざとらしくて受け付けられなかっただと思う。街の描写や後半部の葉に関する話などの描写で光るものがあるので、告白のピースをなんとかできれば……と感じる。何となく物語のイメージは岡崎京子の漫画を髣髴させるかな。
そういった意味で、僕自身とは相性が悪かった作品だったと感じる。この作品はむしろ、日本ファンタジーノベル大賞に応募しないで、むしろ純文学系の賞に応募したらよかったんじゃないかな?と思う。ぼくは完全に日本ファンタジーノベル大賞優秀賞辞退作という認識枠でこの本を読んだので、かなり期待を裏切られたということだけを付記しておく。

翻訳自体、古くなってしまって読みにくい本だった。タイトルの心臓抜きというのは、『うたかたの日々』(ハヤカワepi文庫)でアリーズがバルトルに使った外科用の心臓バサミ。タイトルだけ見ると、主人公のジャックモールが精神分析をしながら患者の「心」を抜いていく話だと思ったら、ぜんぜん違った。このタイトル自体が、ジャックモール自身の状況を象徴しているというものだった。しかしなんともいえない味のある小説で、『うたかたの日々』と同様、一生忘れられない内容になりそうだ。
主人公のジャックモールは過去を一切持たず空虚な存在として生まれてきた精神科医。自分の心を満たすために、精神分析をしていた。偶然立ち寄った<家>では、3つ子を腹に宿したクレマンチーヌがお産の前でナーバスになっていた。彼女はこの苦しみを与えた夫アンジェルを2ヶ月間閉じ込め、苦痛に耐えていたのだった。子供を産んだ後、こんな思いはもうこりごりだという彼女は夫と寝るのを拒否し、子供たちと自分の世界に入っていく。そんな中、ジャックモールはアンジェル家のメイド、村に住む女性たちを精神分析していくのだが、なんとなく満たされない。そしてこの村では、虐待するために醜悪な老人たちが売買される<老人市>、そして奇妙な見世物を見せて金を徴収する教会の司教、村にある恥を一身に背負うために自分の歯で腐りかけた肉や醜悪なものを川で収集するラ・グロイール。彼は人々からそのことに対してお金を与えられるものの、その莫大なお金は使うことができないという運命を背負っていた。果たしてジャックモールはこの村で何を見出すことができたのか?
いや度が高い話なのだが、直訳調の翻訳が原文のインパクトを減らしていて割とさくさく読むことができた。ジャックモールがたぶん唯一まともな人間のように思えるのが不思議。彼自身はクレマンチーヌの手助けをしながら、人々に精神分析をしていく(ある種、話を収集したり、セックスをしているだけと言い換えられるのだが)。後半部では、クレマンチーヌが3つ子たちへの母性愛から生じる過保護への道。彼女は三つ子たちのためなら自分の身も惜しまない。腐った肉を食べ、彼らにはいい食事を与え、自分の子供の排泄後の尻も自らの口を使ってふき取ったりする。それも彼らが怪我をしたり、死なないようにするための方策で、それでも心配な彼女はついにある行動に出る。
物語はエロスと狂気に満ちているのだが、すべては究極の愛につながっているような気がする。ジャックモールが死んだラ・グロイーズの後釜に自ら進んでなろうとするのも、彼が精神分析をして自分の心を満たしていくうちに得た結論なのかもしれない。彼の名前にモール(死)という言葉が入っている時点で、すでに彼は自らを犠牲にする存在でしかなかったのかもしれない。あー、フランス語で読んでみたいものです。epi文庫版の装丁はいいので、ジャケ買いしてもいいかも。ヴィアン全集を買うべきかなぁと思う今日この頃。