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復刊ドットコムに「夢の国のリトル・ニモ」の復刊をリクエスト。ご協力お願い致します。
今回彼の作品を読んで思ったことは、二つ。一種異常とも思える状況下で、主人公(たち)が違和感なくその状況を受け入れ、そのまま世界の一部に飲み込まれて、それが日常となっていくことが一点。たとえば、「南部高速道路」「ジョン・ハウエルへの指示」などがその例にあたる。二点目は地の文の対話がスムーズに切り替わることによって、一種眩暈のような感覚を与えて、読者に魔術的な気分を体感させる。これは表題作「すべての火は火」や「コーラ看護婦」などがその例にあたる。
岩波から出ている別の短編集と少し内容が被るので注意。ただ編者の木村先生が何をやりたいのかが解説でわかるので、この短編集は読み終えたらぜひ解説を読んでもらいたいと思う。ここではとりあえず初読のものだけを紹介してみたいのだが、岩波と現代企画室で読んだ「南部高速道路」「ジョン・ハウエルへの指示」「すべての火は火」「正午の島」は傑作なので、興味のある方はぜひ読んでほしいと思う。
「病人たちの健康」はやや切ない話。嘘がまことになっていくという話を、いかにも南米風の味付けで処理したという感じ。事故で息子を失った闘病中の母親を気遣うあまり、息子が生きているという嘘をついたのはよかったのだが、徐々に世界が変な方向にゆがんでいく。最後の一文がなんとも気持ち悪い。
「合流」はチェ・ゲバラのゲリラ戦をドキュメンタリー風独白で綴られたもの。転戦記というのは、リアリティであると同時に、体験したことがないものにとっては一種の空想世界であるということをつくづく実感する。コルタサルのフィルターを通じて、彼はゲバラが感じたことを夢のごとく筆記した感じの短編だったと思う。ラテンアメリカ特有の政治事情を知っておくとさらに楽しめる話だと思う。
「コーラ看護婦」は、青年になりつつある入院中の男の子と若い看護婦の切ない恋のものがたり。ともになんとなくアンビバレントな感情を抱いていたものの、男の子の状況が悪くなるにつれ、二人の対応が変化していくあたりはまるで猫の目のよう。この短編で思い出したのは、太宰治の『パンドラの匣』のことだった。竹さんと僕の関係みたいなところがあって、ちょっとむずむずしたのだが、ラストは切ない。
「もう一つの空」は、なんだかポーを思わせる不気味なテイストの話。順調な人生を歩んでいる株式売買人の主人公が、猥雑なドヤ街に惹かれ、フィアンセがいるのにもかかわらず、そこで生活をしている女性と恋仲に陥る。彼女は連続殺人犯におびえ、主人公は主人公でそんな彼女を心配しつつも、徘徊する連続殺人犯に自分の境遇をある種自分を重ね合わせている感じ。口では説明しずらいのだが、カオスとフラクタルの関係みたいな短編で、なんともいえない余韻が残る短編だった。