『カニスの血を嗣ぐ』感想めも


 浅暮三文さんの『カニスの血を嗣ぐ』(講談社ノベルズ)読了。序盤は重要人物の回想シーンとメインの話が切り替わっていくので戸惑ってしまい読書を中断していたのだが、物語の中盤から終盤になりはじめたころから、とても面白くなってきて一気に読了しました。ある事実が明らかになってから本領発揮って感じです。浅暮さんの職業経験や食経験がすごく作品に生かされていて、ハードボイルドの設定ながらも見事にダークファンタジーと融合していて奇妙な味の作品に仕上がっていると思った。とにかくとても不思議な話なのだ。

 この物語の主人公・阿川は、元有能な広告作成マンで現在は雇われバーテンをしている。彼は多忙な仕事生活の中で、嗅覚が異常に敏感になるという病気にかかってしまう。左眼を失うという自動車事故に遭ってから、彼は体の治療に専念するが冴え渡った嗅覚の力はそのままであった。彼はちょっとした匂いから、人々の行動や欲望を読み取り、動物たちの感情までをも読み取ることができた。阿川は森の中で群れをなしている野犬のリーダー・ブラッキーが何物かによって殺されているのを発見する。彼の匂いをたどっていくとブラッキーについていた匂いがある一人の女性にしたのだっだ!果たして、野犬のリーダーを殺したのはあの女なのか?疑いつつも阿川は迷子(マイコ)と名乗る謎の美女と一夜をともにする。マイコと別れた次の朝、なんとマイコは謎の死を遂げる。彼は事態を把握すべく、自分で調査をはじめるのだが……。

 犬の匂いの世界については偶然だが、この本の帯の推薦文を書かれている山田正紀さんの『宇宙犬ビーグル号の冒険』(早川書房)を読んでいたためかすんなりと世界に入り込むことができた。むせぶような匂いの描写がとてもグロテスクで蟲惑的で吐き気を催すくらいリアルな点がいい。そういう意味では都市という坩堝を題材とした新しい都市型ファンタジーの構築に成功したのではないかと思う。どちらかというとグロテスクなダークファンタジーであり、ホラー的であるといえよう。特に最後のシーンは圧巻であり、実におぞましいがそれと同時に神々しさと一種の崇高さが漂っている。もともと祭りというものがそうであったとすれば、あの解決法はひとつの救済であったのではないかと思うのだ。ただちょっと後味は悪いけれども。あと、読んだ人ならばわかると思うけれどもグルメで職務熱心な昔のハードボイルドの主人公のような刑事野崎のキャラがいい。しかし、これは一度グルメマップをきちんと見て、<カニスめぐり>をしてみたいと思うくらい。食べ物のレシピもそうだけれども、とてもおいしそうである。

 阿川の動機が多少弱いのが難点(そこまでしないでも……と思ったり)なのだが、匂いを使った追跡捜査のシーンがとても読み応えがあります。マイコ側の回想シーンが物語の途中でちょこちょこと挿入される点も、ちょっと読者の気を分散させてしまったのではないかと思い、残念。むしろひとつの章でまとめてしまう方が個人的にはよかったような気がしました。でも、ハードボイルドとダークファンタジーを融合させて新たな「匂いの世界」を読者に提示して、酔わせることができたという点でとても面白い作品だったと思う。ホラーテイストが好きなミステリファンであればぜひ一読をオススメする。