『蝉の女王』



様々な形態に分岐する人類!

それぞれのあらすじ


著者ブルース・スターリング(Bruce Sterling)と
作品について

 1988年に書かれた作品で、1989年に早川SF文庫の一冊として日本語に翻訳されています。本作品は日本によって組まれたオリジナルアンソロジーです。序文がサイバーパンク文学の創始者であるウィリアム・ギブスンが書いており、短篇「巣」について適切かつわかりやすい序文を寄せています。イラストは横山宏さんで、その独特なイラストは最近復刊したエドモンド・ハミルトンの<スターウルフ>シリーズで見かけたのではないかと思います。たぶん「蝉の女王」の美女ヴァレリー・コースタットをイラスト化したのではないかと思います。

 本作品について一言述べますと、訳者あとがきによれば「スパイダー・ローズ」はヒューゴー賞候補、「巣」はヒューゴー賞・ネビュラ賞候補に挙げられるほどの短篇です。スターリングの作品は他にもかなり読むことができます。まずはこの『蝉の女王』と同じシリーズに属する『スギスマトリックス』(早川文庫SF)があり、『蝉の女王』を読んで興味を持った人は是非読まれるといいと思います。それから、サイバーパンク運動が概観できるといわれるアンソロジー『ミラーシェイド』(早川文庫SF)、そしてキャンベル記念賞を受賞したインターネットの到来を予言したとも思われる『ネットの中の島々』(早川文庫SF)、ギブスンとの共作『ディファレンス・エンジン』(角川書房)、そして最近待望の短編集『グローバルヘッド』(ジャストシステム)長編『ホーリーファイア』(アスキー)が販売されており、サイバーパンク運動やその他についても精力的な活動をされているスターリングの姿が垣間みることができます。

 著者ブルース・スターリングは、1954年テキサス生まれ。テキサス大学に入学して、オースティンのSF作家/ファン・グループに接し、その創作講座に参加して、作家としての頭角を現してきます。その中には日本でも人気の高いジョージ・R・R・マーティンもしばしばこの講座に参加していたといわれています。そしてこの講座にたまたまゲストとして招かれたハーラン・エリスンが、スターリングの才能を見抜き、当時企画されていたオリジナル・アンソロジー『最後の危険なヴィジョン』に短篇を買ったことによってプロデビューを果たします。スターリングは1977年に第一長篇『縮退洋』を発表して、おおむね好評で迎えられたといわれています。その後、コンピューターネットワークにも進出し、<工作者/機械主義者>シリーズを発表しはじめるや、一気に有名になり、サイバーパンク運動の中心者として活躍することになります。(事実、たまたまなのですが我が父がスターリング/ヴァーナー・ヴィンジ/ルディ・ラッカーのコンベンジョンに参加したのですが、その時の写真を見るとスターリングはパンクなお兄さんって感じで、ヴィンジが数学者っぽいイメージで、ラッカーがごく普通のコンピューターエンジニアという感じを受けたのですが、皆さんのイメージはどうでしょうか?)


感想

 本作品は5つの短篇が納められていますが、特に印象深いのは表題作ではなく「巣」でした。これはスターリングの昆虫についての確かな知識に裏打ちされた見事なSFで、自分の体を遺伝子学的に改良するという工作者の大尉が、莫大な資源があると思われるある生物体の巣を調査するという内容であることはあらすじから分かる通りですが、実にいろいろな話が含まれており、かつ最後もあっと驚くことになっているので面白いです。まず印象的なのは巣にはそれぞれに応じて役割分担ができていること、いろいろな匂いによるサインや、プライベートの概念がない、この当たりは蟻の組織を利用しているのだと思いますが、それにしても次からがユニークで、巣を乗っ取ろうとした生物が出てくるとその群体の女王が危機を感じ、知的生命体(のようなもの)を産み、対処するという当たりと、実はその巣で住んでいる生き物は実は、かつて侵略者であった生物であるという事実です。この当たりは人間の免疫システムににていて、実に面白いです。普段は知性がなく、あるルールによって巣は運営されており、知性などは必要ないとしても、危機が訪れればその知性は復活するという部分、実に見事としかいいようがありません。

 もう一つ、他の短篇に触れると「火星の神の庭」はテラフォーミングものとしては一流の短篇だと思います。これは今でいう日本の会社制度みたいな雰囲気があって面白いです。勝ち残った者が役員になれる、みたいな。それと実は裏には大きな生命倫理の問題も隠されていて、現代社会におけるある種の批判も入っていて個人的には後押ししたい作品の一つです。それから、「スパイダー・ローズ」も、ペットというものを通じて、孤独な女性が心を通じ合っていく過程が見事に書かれていますし(最後にはちょっと驚いたのですが……。いくらなんでも、ちょっとねぇ。)、「蝉の女王」は勢力争いの妙をうまく書いた短篇だと思います。(これもかなり意外な展開でしたが)。残念なことに本書も品切れらしく、私も古本屋でやっと見つけて買いました。もし『スギスマトリックス』を見て、興味が出てきた人は本作品で補完されるといいと思います。


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