『蝉の女王』 |

遺伝子工学を駆使して、自らの体を改変する工作者の一員であるサイモン・アフリール大尉博士は、異星人<投資者>の力を借りて、<群体〜スウォーム>の調査を開始した。それはライバルである、肉体をハイテク技術を駆使して機械と融合した機械主義者たちに勝つためでもあった。大尉はさっそく莫大な資源量を持つ<群体>たちの巣へと向かい、そこで同じ工作者の一員であり、先行してこの巣を調べていたミルヌイ博士と協力して巣の調査へと乗り出したのであるが、そこに待ち受けていたのは実に統制のとれた昆虫社会のような世界であったのだ。彼らは少しずつフォーミングを開始したのであるが……。
無、限りなくそれに近いもの。彼女、スパイダー・ローズが感じているのはそれだけであった。二百年の歳月を経て、自らの体をクモ機械のように改造した彼女は、孤立して歳月を過ごしていた。ある日、<投資者>の宇宙船が彼女と交易をするために彼女のもとへと訪れた。<投資者>は彼女の持つ珍しいダイヤモンドと交換すべく、あるものを提示したのである。彼らのペットである<富まねき童子>という生き物である。この生き物は当初<投資者>のような姿(投資者は爬虫類に似ている)であったが、数日後なんと人間の赤ん坊に変化していたのだ。どうやらこのペット生物は所有者の感情要求に応じて姿を変えられる生物であるようだ。彼女は満たされた日々を送っていたが、ある日敵の襲来によってその幸福な日々も崩されることになる……。
工作者から亡命してきた”ぼく”は、二年間の間、犬がつけられていた。この<投資者>の女王が<投資者>の仲間から失脚して逃げてきた、亡命先<ツァリーナ・クラスター(CK)>で新たな人生を送るはずであった。事実そこの政党の一つ、<ポリカーボン党>に入会し、ウェルスプリングというCKの実力者の一員となったのだ。監視犬が解除されたその日、ぼくとヴァレリー・コースタットは<<泡>>で彼女と愛し合おうとしたのであるが、なんとその部屋には惨殺された女王の顧問官の死体があったのだ。そのことが意味するものは、このCKという陰謀渦めく各派のせめぎあいが日常である場所で、女王が立ち去るという可能性であった。もし女王が立ち去ることがあれば、このCKは間違いなく崩壊するであろう……。そんな中、回りもだんだんと騒がしくなってきたのであるが……。
<惑星改造クラスター>の<王政派>は火星のテラフォーミングの成功とともに大きな力を掌握するようになった。そして、火星に点在する他の弱小勢力は王政派の本拠地である<<梯子>>へと登り、彼らの一員に加わるべく身を持って証明するつもりであった。そのチャンスとしてようやくアイビス・クレーター競技会のチャンスが、<パターン主義者>ミラゾルたちのグループにもやってきた。この競争はアイビス・クレーターをバイオテクノロジーを利用して、テラフォーミングするというもので、優勝者には<<梯子>>への権利が与えられた。彼らは自分たちの領域を与えられて、生態系の改変をして、それが最も広範囲に応じたものが勝利となるゲームであった。ミラゾルたちは<王政派>のルールの下、テラフォーミングを開始したが……。
ニコライ・レイという一人の男の一生を20話に分割して語ったもの。ここではあえて詳しく述べません。
1988年に書かれた作品で、1989年に早川SF文庫の一冊として日本語に翻訳されています。本作品は日本によって組まれたオリジナルアンソロジーです。序文がサイバーパンク文学の創始者であるウィリアム・ギブスンが書いており、短篇「巣」について適切かつわかりやすい序文を寄せています。イラストは横山宏さんで、その独特なイラストは最近復刊したエドモンド・ハミルトンの<スターウルフ>シリーズで見かけたのではないかと思います。たぶん「蝉の女王」の美女ヴァレリー・コースタットをイラスト化したのではないかと思います。
本作品について一言述べますと、訳者あとがきによれば「スパイダー・ローズ」はヒューゴー賞候補、「巣」はヒューゴー賞・ネビュラ賞候補に挙げられるほどの短篇です。スターリングの作品は他にもかなり読むことができます。まずはこの『蝉の女王』と同じシリーズに属する『スギスマトリックス』(早川文庫SF)があり、『蝉の女王』を読んで興味を持った人は是非読まれるといいと思います。それから、サイバーパンク運動が概観できるといわれるアンソロジー『ミラーシェイド』(早川文庫SF)、そしてキャンベル記念賞を受賞したインターネットの到来を予言したとも思われる『ネットの中の島々』(早川文庫SF)、ギブスンとの共作『ディファレンス・エンジン』(角川書房)、そして最近待望の短編集『グローバルヘッド』(ジャストシステム)長編『ホーリーファイア』(アスキー)が販売されており、サイバーパンク運動やその他についても精力的な活動をされているスターリングの姿が垣間みることができます。
著者ブルース・スターリングは、1954年テキサス生まれ。テキサス大学に入学して、オースティンのSF作家/ファン・グループに接し、その創作講座に参加して、作家としての頭角を現してきます。その中には日本でも人気の高いジョージ・R・R・マーティンもしばしばこの講座に参加していたといわれています。そしてこの講座にたまたまゲストとして招かれたハーラン・エリスンが、スターリングの才能を見抜き、当時企画されていたオリジナル・アンソロジー『最後の危険なヴィジョン』に短篇を買ったことによってプロデビューを果たします。スターリングは1977年に第一長篇『縮退洋』を発表して、おおむね好評で迎えられたといわれています。その後、コンピューターネットワークにも進出し、<工作者/機械主義者>シリーズを発表しはじめるや、一気に有名になり、サイバーパンク運動の中心者として活躍することになります。(事実、たまたまなのですが我が父がスターリング/ヴァーナー・ヴィンジ/ルディ・ラッカーのコンベンジョンに参加したのですが、その時の写真を見るとスターリングはパンクなお兄さんって感じで、ヴィンジが数学者っぽいイメージで、ラッカーがごく普通のコンピューターエンジニアという感じを受けたのですが、皆さんのイメージはどうでしょうか?)
本作品は5つの短篇が納められていますが、特に印象深いのは表題作ではなく「巣」でした。これはスターリングの昆虫についての確かな知識に裏打ちされた見事なSFで、自分の体を遺伝子学的に改良するという工作者の大尉が、莫大な資源があると思われるある生物体の巣を調査するという内容であることはあらすじから分かる通りですが、実にいろいろな話が含まれており、かつ最後もあっと驚くことになっているので面白いです。まず印象的なのは巣にはそれぞれに応じて役割分担ができていること、いろいろな匂いによるサインや、プライベートの概念がない、この当たりは蟻の組織を利用しているのだと思いますが、それにしても次からがユニークで、巣を乗っ取ろうとした生物が出てくるとその群体の女王が危機を感じ、知的生命体(のようなもの)を産み、対処するという当たりと、実はその巣で住んでいる生き物は実は、かつて侵略者であった生物であるという事実です。この当たりは人間の免疫システムににていて、実に面白いです。普段は知性がなく、あるルールによって巣は運営されており、知性などは必要ないとしても、危機が訪れればその知性は復活するという部分、実に見事としかいいようがありません。
もう一つ、他の短篇に触れると「火星の神の庭」はテラフォーミングものとしては一流の短篇だと思います。これは今でいう日本の会社制度みたいな雰囲気があって面白いです。勝ち残った者が役員になれる、みたいな。それと実は裏には大きな生命倫理の問題も隠されていて、現代社会におけるある種の批判も入っていて個人的には後押ししたい作品の一つです。それから、「スパイダー・ローズ」も、ペットというものを通じて、孤独な女性が心を通じ合っていく過程が見事に書かれていますし(最後にはちょっと驚いたのですが……。いくらなんでも、ちょっとねぇ。)、「蝉の女王」は勢力争いの妙をうまく書いた短篇だと思います。(これもかなり意外な展開でしたが)。残念なことに本書も品切れらしく、私も古本屋でやっと見つけて買いました。もし『スギスマトリックス』を見て、興味が出てきた人は本作品で補完されるといいと思います。