『虚ろな穴』 |
イラスト:大森英樹”それ”を見つけたのはナコタだった。主人公のニコラスと元恋人のナコタは主人公の住むアパートの物置部屋で、それ−ファンホールを見つけたのだ。ファンホールは黒く閉ざされ、光が射さなくて艶やかな漆黒の闇に覆われていた。直径は一フィート、その中には変化の過程にある名状しがたいものが棲んでいるような気配があるように思われた。そして、その穴からはなんとも言えない匂いが立ち込めているのだ。穴の中に何があるのか、ファンホールの正体は何なのか?ナコタは一生懸命穴を調べ、その正体を突き止めることに情熱を注いだのだ。ある日彼女は蟲が詰まった壜を持ってきて、ファンホールへと投入したのだ。すると蟲たちに驚くべき変化が見られたのだ。それに興奮したナコタは友達の医学生から借りた死体の手をロープに括りつけて、ファンホールにぶち込んだのだ。なんとその手はまるで生きているかのように彼らにむかって襲いかかってきたのだ。ファンホールの奇跡にすっかりのめり込んでしまい、狂信的になってきたナコタは生きている鼠を投入する。すると鼠は奇妙な変形をして死んでしまう。それを見てさらに好奇心を抱いてしまった彼女は、ビデオカメラを穴に投入して、中の様子を撮影したのだ。するとそこにはまさになんとも言えない不気味な名状しがたいものが写っていたのだ!興奮したナコタは取り憑かれたようにビデオテープに写った奇跡を見続けたのだ。ファンホールの狂信的な信者になってしまった彼女はある日ニコラスの制止を振り切って、ファンホールに飛び込もうとしたが、ニコラスがかろうじて彼女を制止する。暴れる彼女を取り押さえるとき、ニコラスはファンホールに右手をつっこんでしまう。気がついたときには彼の手には、ファンホールのような穴が空いていたのだった……。
1991年に書かれた作品で、1999年にハヤカワ文庫NVの一冊として日本語に翻訳されています。イラストは、黒を基調とした虚無をイメージした雰囲気の一冊で、中央に問題となるファンホールからオーラが出ている様がとても不気味です。ブラムストーカー賞、ローカス賞処女長編賞のダブルクラウンを受賞した作品だ。
著者キャシー・コージャは1960年生まれのアメリカ・デトロイト生まれの作家。彼女がはじめて注目されたのは、1988年に<アジモフ>誌に掲載された「ふたつの距離」で注目を集め、高い評価を受けることになる。本作品はアメリカ・ホラー作家協会が送るブラム・ストーカー賞、ローカス賞処女長篇賞受賞。その他にもフィリップ・K・ディック賞、ネビュラ賞にもノミネートされている。彼女の著作は現在短編集も含め6作。あまり多いとはいえないが、モダンホラーの書き手として今後が期待される作家の一人である。
糞みたいな生き方をしているアーティスト崩れの若者たちの姿をスラングで生き生きと描き出す彼女の力量は素晴らしい。ぐんぐんとこの退廃的な世界へと引き込まれてしまうのだ。考えてみれば、我々にも「気になるもの」というものが少なくとも一つはあるだろう。壁にできた虫食いの穴、一個所だけ剥げている塗装などあげればきりがない。些細なきっかけで「気になるもの」が自分の中で大きな存在となるとき、その「気になるもの」が変容し我々の前にその真の姿を見せてくれるかもしれない。本書はそんな体験をしたい人たちに送る良質のホラーだ。
若者の虚無感を象徴していると思われる、漆黒の穴ファンホールに取り憑かれた若者たちの姿を描いたホラー。ファンホールの存在も不気味だが、むしろ物語に出てくる登場人物たちがパラノイア的に描かれていて不気味。ある種このような現実性が「ファンホール」という未知なる存在との架け橋になっていて物語に引き込まれる要因になっていて面白い。その変哲もない穴が超自然的な「ファンホール」の存在へと変容していく過程は主人公ニコラスがファンホールから受けた聖別である右手の穴が彼の肉体を犯していく過程とリンクしていて、そのときに彼が感じた恐怖感と憧れが交じり合った独白がインパクトを与えている点で読者に恐怖を与え、好奇心を与えることに成功しているように思えた。それからまるで猫のような性格をしたナコタとの「愛」と「憎しみ」の相克する気持ちがファンホールへの恐怖と憧れを象徴しているように思えた。例えばナコタとニコラスがファンホールの近くでファックするシーンは、退廃的かつ耽美的で、印象深い。ある意味で異形の降臨を象徴しているような行為、聖別された存在との性行為による代償行為が赤裸々に書かれており、危険と奇蹟は紙一重であることを強く痛感させる。
シーンの後半で出てくる登場人物たちは「奇蹟を分けてもらうべく、巡礼に向かう信者たち」だ。ニコラスのマスクを創ったマルコムは代弁者としてのニコラスを作り出す。ニコラスはその代弁者のマスクの神託をうける神主の役割を果たすことになる。そしてファンホールに捧げられたランディの彫刻群。退廃的な場所にあるファンホールがあたかも聖地のように扱われていく過程は、まるで彼ら自身の姿を象徴しているようである。汚れきって退廃的な行き場のない異形への奇蹟への憧れが、ナコタを中心とする狂信的なグループの偏執的な日々の行動を描くことで読者にインパクトを強く与えている。とにかく印象に残るシーンが多く、一気に読み終えることができた。思わず「穴」を見るとチェックしたくなる気分だ。ホラー読みにはオススメ。