『天翔ける十字軍』 |

西暦にして1345年のこと、イギリスの男爵ロジャー卿とその臣下は、エドワード三世とブラック・プリンスのフランス遠征に参加すべく、準備を行っていた。そんな用意のまっただ中で、ワースゴル人と後に呼ばれている宇宙人の乗った一隻の巨大な宇宙船が天空より現れた!この宇宙船は地球を侵略すべく、まずはロジャー卿の領土へと空から侵略してきたのだ!しかし防護スクリーンや光線銃などで装備した彼らも、騎士たちの武器である、長槍、大剣、バトルアックスなどの敵ではなかった!意外に彼らは、原始的な武器に対しての防備がなかったようである。捕虜となったワースコル人の手引きの下、ロジャー卿は彼らの宇宙船に乗って天空へと旅だったのである!
予定では、彼らはこの宇宙船でフランスへいく予定であったが、このワースコル人の策略によって、なんと宇宙空間へとワープし、敵の前哨基地である、サリクサン惑星へと到着してしまう。愚僧(物語の語り手)であるパーブス神父は、このワースコル人ブラニザーとコミュニケーションを図り、彼らの言葉と文化についての知識を会得して、コミュニケーションを図っていた。幸いなことに、敵の前哨基地であるガンチュラス要塞を、肉弾戦によって占領してしまうのである!この闘いでたくさんのワースコル人の捕虜を得たロジャー卿の軍隊はこの惑星の占領者であるワースコル人との闘いを、聖戦とみなして、前例未踏の闘いへを行うことになるのであるが……。
1960年に書かれた作品で、1980年に早川SF文庫の一冊として日本語に翻訳されています。なんと翻訳者は自らもたくさんのヒット作品を書かれている豊田有恒さんです。この作品、豊田さんの文学性あふれる訳で読める我々は、実に幸福だなと思います。是非、豊田さんの訳で、この奇想天外な物語をお楽しみください。
ポール・アンダースンは他にも早川文庫SFから、歴史ファンタジーで有名な『折れた魔剣』や『魔界の紋章』、コミカル魔女SFの『大魔王作戦』、不思議な女神が登場する『時の歩廊』や、ミュータントSFの『脳波』、変わった異次元世界の惑星の話である『焦熱期』、初期の名作『銀河よ永遠なれ』、そして彼の名前を不朽のものとし『タイム・パトロール』とその続きである『時間線の迷路』、そして不老不死SFで、ものすごい時間スケールで精緻な筆で描かれた歴史SF『百万年の船』、そしてゴートン・R・ディクスンとの共作である『ホーカシリーズ』などがある。早川SF文庫で現在入手できるのは、『百万年の船』および『地球人のお荷物』(ホーカシリーズ)のみで、他は絶版もしくは品切れになっていて、彼のイメージがうまく伝わっていないような気がします。創元推理文庫SFからも数冊彼の作品は読むことができて、『処女惑星』『タウ・ゼロ』『地球人よ、警戒せよ!』『アーヴァタール』などのハードSF系の作品を読むことができます。
著者ポール・アンダースンは1926年、ペンシルベニア生まれの北欧系アメリカ人で、第二次世界大戦前は一時デンマークに居住していたこともあり、この地での経験によってわかるように彼の作品に北欧系のモチーフを利用したSFやファンタジーの著作が多いことは注目すべきことであろうか。ミネソタ大学では物理学を専攻し、作家デビューしたのは1947年の「アスタウンディング」誌に発表した『明日の子ら』(F・ウォルドロップと共作)であったが、その後数年間の間活動らしい活動をほとんどせず、1954年になって突如作品を大量に発表しはじめた。特に彼の初の大人向け長篇SF『脳波』は、一気に彼の評価を高める起爆剤となり、それ以降アンダースンはSFのあらゆるサブジャンルで水準の高い作品を提供していくようになり、たちまち売れっ子作家へとのし上がっていった。
1955年からは「ファンタジー&サイエンスフィクション誌」に今でも名声が高い『タイム・パトロール』の連載を開始し、その豊富な歴史の知識を生かしたタイム・パトロールの活躍は、日本でも今は亡き藤子不二雄Fさんの手によって書かれた『TPぽん』(潮出版社)に大きな影響を与え、この漫画は少なくともポール・アンダースンの『タイム・パトロール』をベースとして、書かれたのではないか、と今は思うのである。1956年には、ゴートン・R・ディクスンとの共作で、想像力が豊かなぬいぐるみのようなテディ・ベア型の熊型宇宙人、ホーカ族と人間との交流を描いた傑作『ホーカシリーズ』や、科学の知識を駆使して書かれた名作『タウ・ゼロ』や、歴史の知識を生かして書かれたファンタジーSF『折れた魔剣』などたくさんの著作がある。ただし、このようにいろいろなジャンルを書ける作家としていくつもの顔を持つ彼は、主流とはいえども、「超一流」な作家とは呼ばれない、人気はだれにも負けないが、崇拝はされないという地位に甘んじてきた感がある。しかし彼の作品はどれも正確な歴史知識とその深遠な科学知識に裏打ちされた正確なハードSFや、歴史SFが多く、もっと高い評価を受けてもいい作家の一人であると思われる。
なおこのSFを読むにあたってのキーワードは以下の通りです。−−−宇宙船、文明種族、騎士道精神、未開種族、二つの文明の衝突(『SF思考のすすめ』クライン・ユーベルシュタイン著より)
本作品は奇想天外歴史SFです。いやあ、まさかこんな展開になるとは、と思ってしまうようなSFで、実に読んでいてすかっとします。うまい具合に中世ヨーロッパで行われた十字軍(聖地イェルサレム奪還のために、ヨーロッパ諸国がビザンツ帝国の要請を受けて、行った遠征軍のこと)の実話が見事に宇宙空間の別の惑星で実現されていて面白いです。この作品の特徴は、ロジャー卿のおかかえ僧侶であるパーブス神父による記録という形をとっており、それがまた「古文書」を読んでいる歴史家のような気分にさせてくれて、実に面白いです。まず、科学技術が発達したワースコル人と呼ばれる種族が地球を征服すべく、調査していたところ、訳の分からないうちに野蛮人(騎士たち)に宇宙船を占領され、果てには自分たちの前衛基地である惑星までもが占領されてしまうということになってしまい、それも騎士道に沿った形での闘いを中心に、慣れない文明器具を最大限活用することによって、驕っていた文明種族を滅ぼしてしまうという点が、同じ人間としてすかっとするのではないかな?と思います。
あとロジャー卿とキャサリンのやりとりは実に中世の君主夫妻というやりとりで、中世武勲物語が好きな人にも勧められると思います。特に後半で一つの重大な事件に発展してしまうオウェイン卿とキャサリンとの不倫愛はアーサー王物語のランスロットとグネヴィア王妃との関係を想起してしまい、たぶん『アーサー王物語』がアンダースンの念頭にあったのではないか、と思います。その意味では本作品は深遠な文学知識と、著者の豊かな歴史知識と、自分の専門に裏打ちされた物理学との知識の融合による珠玉の一冊ではないかと思います。残念なことに、『天翔ける十字軍』はしばらくの間欠番になっているみたいで、いつの日にかこの名作が再び書店の棚に並ぶことを待ち望んでいます。古本屋で見かけたら、かって損はないおすすめの一冊だと思います。