『闇の戦い』


イラスト:品川るみ

太古の悪夢ふたたび!

あらすじ

 カリフォルニアの大学院で中世史を専攻しているジル・パターソンは、夜ごと悪夢にうなされていた。暗黒の生き物に追われて逃げまどう人々。この見知らぬ都市に繰り広げられる惨事こそ、まさに阿鼻叫喚地獄そのものであった。不安を胸に抱きながらも夢だと思っていたジルに、ある晩、ふと目覚めると魔法使いのインゴールド・イングロリオンが時空を越えて彼女の元にやってきたのである。彼は、ジルに自分の世界で起こっている惨状そして、自分の友人でダールワスの王の一人息子をかくまってほしいという旨を伝え、彼女はインゴールドに適当な場所を伝えたのである。

 その一方でビールを買いに行かされていたルーディ・ソリスはおんぼろ車が故障したために悪戦苦闘していた。そして車を呪いながらもある小屋にたどり着くことができた。ルーディが物置小屋の裏で使えるものがないかと物色していた時、ねじれた細い火のように空中に浮かんでいる銀色の光がルーディの目の前で12ヤードほど広がった。やがてその裂け目から黒い姿がよろめきながら出てきた。頭巾のついた茶色のマントを着て、片手にきらきら光る抜き身をもち、もう一方の腕には黒いベルベットの長い包みをしっかりと抱えており、剣の刃は熱い光を反射していた。そう、この人物はダールワスの跡取り息子を腕に抱えたインゴールドであった。ルーディは目の前に起こった出来事が信じられなかったが、後にジルが赤いフォルクスワーゲンに乗ってやってきて、説明をしたがルーディは信じることができなかった。しかし、邪悪な恐ろしい暗黒の静物がインゴールドの後をつけて虚空を越えて、この世界にやってきたのでジルとルーディはインゴールドが逃げてきたばかりの世界へと一緒に戻らなければならなかったのである。

 魔法が利用できるこの世界では、3000年の間地下に潜んでいたおぞましい暗黒の静物が再びさまざまな場所で暴れていた。王国の首都ゲイは陥落し、カルスト市は難民であふれていた。ダールワスの王エルドールは生死のわからぬ状態になり、赤子の王子ティルの摂政でミナルテ王妃の兄アルウィルと狂信的な教会の僧侶ゴヴァニンによってカルストは治められていた。しかしほっとしたのも束の間、暗黒の生物は大挙してカルストを襲ってきたのである。この戦いの間にジルは、戦いの才能を認められ、剣士となり、ルーディはアルテ(ミナルテ)の息子、ティルを助け出すのを手伝うことになった。そして、魔法使いインゴールドの薦めによって生き残った人々は過去の人々が難を逃れたというレンウェスの城に向かって長い苦難の旅へと向かうことになるのであるが……。


著者バーバラ・ハンブリー(Barbara Hambly)と
作品について

 1982年に書かれた作品で、1990年に早川SF文庫の一冊として日本語に翻訳されています。イラストは『ルーフワールド』などのイラストでご存知だと思いますが、品川るみさんで、異世界の雰囲気がとってもよく出ています。焦茶色を基調としたイラストはあたかも中世のゴチックのようなイラストです。紅のルビーの指輪をしたエルドール王(もしかするとアルウィルかもしれませんが)とダールワスの若き妃ミナルテを中央に陥落したゲイ市と宮臣達が後に続いて来ているという感じのイラストです。

 著者バーバラ・ハンブリーは、アメリカのサンティエゴ生まれ。少女時代は孤独に過ごしたということですが、高校で二学期の間オーストラリアへ、大学ではフランスに1年ほど逗留したことが作品にも影響を与えているようです。さらに中世史で修士号をとったという才女で、空手の黒帯を持っている(!)という本書のジル・パターソンのような女性ということです。自分で歴史的な設定を考えるのが好きで、実際の歴史のエピソードについてはかなり詳しいとのこと。さらにおかしいのはコスプレマニア(笑)だそうで、実際にやっているそうです。彼女は最近はホラー作家としても有名で、日本では扶桑社から刊行されているアンソロジー『死の姉妹』に短編「マードリン」を寄せています。(吸血鬼もののアンソロジーです。)その他には角川書房から『美女と野獣』のノヴェライゼーションが刊行されており、才能の幅広さを感じさせます。なお、本作品は<ダールワス・サーガ>の1巻めで、次は『迷宮都市』と続き、最終巻が『光の軍隊』という感じになっています。


感想

 この作品はとても面白い!の一言に尽きます。実際私も購入して読み始めるとしばらく他のことを中断してしまうほどの面白さでした。導入部も緊迫感のあるジルの夢から始まり、そして息をつく間もなくジルともう一人の主人公ルーディがまるで『指輪物語』のガンダウルフのような魔法使いインゴールドに半ば強制的にダールワスの世界へと連れていかれてしまうまでのテンポ、そして物語の世界の重厚な描写に感激しました。流石に中世史を専攻していた著者だけに、中世的な城の描写・人々の服装の雰囲気など目をつぶると想像できてしまうほどの描写です。そしてそのこまやかな描写がにじり寄ってくる<闇>たちの恐怖をさらに引きだしているような印象を受けました。その他にも魔法使いインゴールドに対する権力の恐怖(教会と摂政)や階級制度など、実にリアリティにあふれていて、この部分(狂信者と権力の葛藤)がさらに物語を面白くしています。

 それから、やはりダールワスの世界に来てしまった大学院生のジルと車整備工のルーディの成長過程と恋(^^)の行方が実に面白い。ルーディが魔法使いの能力を認められて、インゴールドへ弟子入りし、そしてジルはなんと戦いの才能を見いだされて、剣士となってしまう部分は、「自然とそうなった」という感じで流されていっています。そして、やはり魔法の扱い方についても本格的で久しぶりにルーン文字やイメージから紡ぎだす魔法というものを見たように思えます。そしてやはりサブキャラクター達の魅力的な個性も作品を面白くしているように思えます。特に狂信的な教会の女司祭ゴヴァニンの頑固さ(教会の権利を守ろうとするシーン)によって歯車がうまく回らなくなるあたりは別の意味で恐怖です。もちろん、暗黒の生物のOOZEな描写や暗黒の生物に喰べられてしまった人々の亡骸、精神を破壊されてしまった人間達の描写がとても淡々としていて怖いです。(最初、ク・リトル・リトル神話の犠牲者を彷彿してしまいました。)残念なことに本書も品切/絶版のようなので、古本屋やインターネット古書屋さんを利用するしかないようです。(私もそうしたので。)


本について