『悪魔の機械』


カバー:茂利勝彦

無知なることは幸いかな。

あらすじ

 偉大なる発明家であり、ロンドンでも屈指の時計職人であった父のあとを継いだジョージ・ダウアー氏は父とは違い、父の発明した機械、もしくは時計を修理できない才能のない時計商であった。そんなある日、黒い肌を持つ紳士が彼の店にやってきて、父が作ったという機械を修理してくれと依頼された。その妖しげな雰囲気を持つ黒い肌の紳士はダウアー氏に機械を託して、半クラウン銀貨を支払って去っていった。ところが変な言葉を使う青い眼鏡をかけた紳士と紳士と同様に汚い言葉を使う謎の美女が次の日にダウアー氏の店を訪れたとき、波乱の予兆があった。彼らは父の作成した、自動人形についていろいろと尋ねてきたのであるが、その間に例の黒肌の男が修理を依頼してきた機械を、ダウアー氏を誘惑している間にちょうだいしようとしていた始末。そしてその黒肌の男からもらった銀貨は、謎の魚の顔をした彫像が彫られた代物。その銀貨がどんなものであるか、ダウアー氏はロンドンのダウンタウンでその謎の硬貨について調査を開始したのであるが、そこで分かったのは謎の番地”ウェットウィック”の存在とその贋金を作った男の存在であった。馬車の御者たちにその番地を伝えると拒絶される始末。わけのわからないまま、ダウアー氏は調査を続け、ちょっと程度の下がる御者たちの集まる酒場で、ウエットウィックを知る御者にその場所へとつれていってもらうことになるのであるが、そこでダウアー氏が見た物は世にも奇妙なものであった。そう、それは例の銀貨に刻まれた彫像の顔の住人がそこに生息していたのだ……。


著者K・W・ジーター(K.W. Jeter)と
作品について

 1987年に書かれた作品で、1989年に早川SF文庫の一冊として日本語に翻訳されています。イラストはダウアー氏と似たバイオリンの名手、パガニニコンで、不敵な笑みを浮かべながら、舞台に立って自分の背広をめくって、中の機械を見せているという感じです。

 ジーターの作品は今までに文庫で早川書房FT, NV, SFから合計7冊が刊行され、さらに海外ノヴェルズから1冊刊行され、読むことができます。かの『ブレードランナー』フィリップ・K・ディックが序文で絶賛している、悪徳外科医の肉体改変SFである『ドクター・アダー』(早川文庫SF)と荒廃後のアメリカを暗躍する闇商人の話を書いた『グラス・ハンマー』(早川文庫SF)、そして危ない変態性欲者の男女をあつかったホラー『マンティス』(早川文庫NV)、悪夢に精神を乗っ取られる少女を描いたホラー『結晶する魂』(早川文庫NV)と、かのフィリップ・K・ディックの『ブレードランナー』の続編である『ブレードランナー2』(海外ノヴェルズ)があります。現在、本書を含めて入手可能なのは『ドクター・アダー』と『ブレードランナー2』、最近訳された『ダーク・シーカー』と『垂直世界の戦士』(ハヤカワ文庫SF)で他は絶版もしくは品切れとなっており、彼の多才な一面が観察できなくて残念です。

 著者K・W・ジーターは、1950年、カルフォルニア州オレンジ郡の生まれ。ロンドンに暮らすなどもしたそうですが、現在は奥さんと共にポートランドに居住しているとのことです。彼の作品の特徴はとにかく、猥雑です。(Son of a Bitchとか当たり前。放送禁止用語連発です。)あと、とにかく登場人物が欲望の赴くままに行動しているという感を受けます。逆にいうとその部分が、ジーターらしいともいえるのではないかと思います。で、最近はジーターはホラーの方面に興味があるらしく、SFから乖離しているようです。彼曰く「ホラーはSFより人間の問題を深く、鋭く扱える」として、「ぼくは現実の世界に興味があるんだ」とインタービューで語っています。本作品についても「最初はふさぎの虫に取りつかれがちなイギリス人気質を皮肉るつもりで書き始めたのが、しだいにそうした陰気さは誰にでもあるものだと気づいて、自分自身のパロディを書いているようになってきた、だからダウアー氏を愛しているのだと」とも語っています。最後に興味深いエピソードを一つ。スチームパンク3人集に直に会ってきた中原尚哉氏によると、ジェイムス・P・ブレイロックは普通の子ども好きなおとうさん、ティム・パワーズはビールとおしゃべりの好きな陽気なお兄さん、そしてジーターは危険な雰囲気の漂う、カリスマ性のある男と称しています。(著者の写真もたまたま『ドクター・アダーの』の表紙のようにサングラスをかけた容貌というのもあって、ミステリアスな雰囲気になっています。)これはすごく興味深いと思いました。3人の作風を比較すると面白いかもしれません。


感想

 今まで、ジーターの作品は、SFの『ドクター・アダー』(早川文庫SF)を読んで、 あのホラー的退廃社会のイメージが強かったのですが、このスチームパンクの作品 は本当に笑いながら読ませていただきました。ストーリーは自分の弁明を記した回 顧調で書かれているのですが、訳者さんの訳文が非常に小切れよく”英国紳士”の 言い回しを訳されていて、主人公ダウアー氏の英国紳士風な性格がよく出ていて 最初の数ページを読み進めると、「何かがはじまるな、わくわく」という気分に なってきました。ストーリー的には典型的なマッド・ヴィクトリンファンタジーで、スチームパンクというやつです。まず、怪人物が冒頭からいきなり3人出てくる。一人は黒人風の革肌の男、もう二人も妖しげなペテン師(「バイタノクソガキ」っていう台詞には大爆笑してしまいましたが。ジーターは使い方がうまい!)が登場してくる。最初の革肌の男の依頼された機械がからんで、ダウアー氏はとんでもない冒険に駆り出されるのですが、終始ダウアー氏は英国人紳士風に振る舞い、無能で愚鈍というよりかは、不条理に巻き込まれたという感じでどたばたした話になっています。(とにかく活劇映画を見ているようなストーリー展開です。『リバイアサン』もそうだったのですが、スチームパンクの魅力はこの部分かなと思いました。)どうどたばたしているかというと、妖しげな住人は出てくるわ、自動バイオリン奏者なる変な機械もいるわ、汚い言葉をしゃべる変な機械好きな男は出てくるわ、魅惑的な女性も出てくるわで、もうキャラクターが舞台で一斉に暴れているという感じです。

 それと『リバイアサン』にも通じるものがあると思うのですが、本作品にも”魚おもての人間”が出てきます。たぶん彼ら3人の語らいから出てきたのだと思いますが、スチームパンクのそれぞれの作品は類似性があって、どれもこれも一度読み始めると吸い込まれるように読みたくなるという毒があるような気がします。やっぱり昔の紙芝居のような痛快どたばた劇は古き良き時代を髣髴させるような気がします。本作品も残念ながら入手ができません。古本屋で見つけたら速攻ゲット、図書館で見かけたら即借りて、一気に読んで、そのスピード感を味わうと面白いかもしれません。


本について