『エンパイア・スター』 |
カバー:加藤直之衛星リスで洞窟農場の世話をしていたコメット・ジョーはある日、緑色した泥水が泡立ち、高く燃え上がったものの中から突然内側にいたものが飛び出してきた。彼とうり二つのもの−が、彼に「…持っていかなければ…」「…エンパイア・スターに伝言を」「ただそこに行けばよい。どれほど時間がかかろうが」という伝言を残して、溶解して蒸発してしまった。悪魔猫がそこから多彩で多面体の<宝石>をくわえてきたとき、コメット・ジョーの旅の扉は開かれたのである。
その宝石は、吉報と凶報、つまりわれわれの成功と失敗の記録を持ってエンパイア・スターに向かう途中に有機宇宙船の外殻を失って、衛星リスに墜落した乗組員の一人が結晶化したものであったのだ。こうしてコメット・ジョーは<宝石>と悪魔猫、そしてオカリナを携えて恒星船の林立している載荷場へと向かうのである。ジョーは荷場の管理をしている年老いた女性シャローナに尋ねるのがいいと思ったからだ。シャローナは最初シンプレックスであるジョーは外の世界に出ない方がいいと忠告するが、<宝石>を見せた途端、シャローナのマルチプレックス思考は蘇り、シャローナはジョーに「シンプレックス、コンプレックス、マルチプレックス」の見方の違いを教える。シンプレックスなジョーにとってはその見方について理解はしたものの納得はしていなかったのである。こうしてジョーは故郷の衛星リスを離れ、エンパイア・スターへと向けて果てしない旅を繰り広げることになるのであるが……。
1966年に書かれた作品で、1980年にサンリオSF文庫の一冊として日本語に翻訳されています。イラストはスタジオぬえの加藤直之さんです。茶色を基調としたイラストで、中央にオカリナを片手にもったコメット・ジョーにかわいらしいしましまの悪魔猫のディク、そしてジョーの目的地エンパイア・スターが描かれています。
著者サミュエル・R・ディレーニイについてはこちらをご参照ください。
名アンソロジストでディレーニイとも親交のあるハートウェルのまえがき(グレック・プレス版)によれば、本作品は『バベル-17』と姉妹編にあり、ヒロインのリドラ・ウオンが彼女の亡き夫であり、SF作家であるミュールズ・アライアント(ディレーニイの名前のアナグラム)と彼の表した「コメット・ジョー」の連作について述べています。>「『エンパイア・スター』だ!」ロンが目を丸くして叫んだ。「それとあの<コメット・ジョー>の連作!」
またハートウェル自身もこの作品はあるレベルにおいて教本であり、寓話であり、入門書であるとも述べています。ハートウェルによれば、スタンダールの『パルムの僧院』がモチーフになった教養小説になぞられるといいます。つまり、コメット・ジョーが旅をつづけていくうちに場面を追って、段階を追って、シンプレックスからコンプレックスに、そしてマルチプレックスへと変遷していくという点にあります。そしてジュエル(物語の語り手でもあり、登場人物でもあり、象徴でもある)の立場から、芸術作品を読むという経験がマルチプレックスな読者にしか整理できない経験であると繰り返し物語の中で強調しています。物語にはたくさんの言葉遊びなどが出てきますが、それを探りながらジョーの旅を楽しむのも一つの手だと思います。
読み終わった後、あまりの素晴らしさに声を失いました。それ以後ディレーニの作品を原書で読みたいという気分が高まってしまいました。機会があれば翻訳されていない他の小説類も読んでみたいと思いました。物語は語り手であるジュエルの視点によって進められます。ジュエルは多彩で多面体であり、マルチプレックスであり、わたしであるという存在です。ジュエルが何者かであるかは、<エンパイア・スター>への旅を一緒にしてきた読者の我々にはわかるし、そのことを知ったときの衝撃はものすごいものがあります。最初は粗野で下品な言葉しか使えなかった主人公のコメット・ジョーが宇宙船に乗って、<ランプ>に出会い、<エンパイア・スター>への旅を続けていくうちにだんだんと言葉が変遷し、そして考え方もシンプレックスからコンプレックス、そしてマルチプレックスへと変遷してく過程がじわじわと進んでいきます。そしてジョーが自分の右目にジュエルを入れて、世界を見たとき、マルチプレックスの見方を獲得することになる。物語はこれだけではない。マルチプレックスの視点を獲得したジョー(と我々)は物語がどうなるのかわかっている。つまり最終章での一言、「およそこの巨大なマルチプレックス宇宙には、ブルックリン橋のように、リスと呼ばれる世界も数多く存在する。それが始まりだ。それが終わりだ。あなたがたが知覚したものをどう整理するか、ある時点から別の時点へどのように旅をするのか、その問題はあなたがたに残しておくことにする。」(p154)これでエンパイア・スターの宇宙がどのように成立し、どのような構造になっているのかわかるであろう。マルチプレックスな視点を持つことができた読者だけが、この物語の真の姿を見ることができるのである。大いなる円環構造をもち、そして神話となったこの作品が今読めないことはまさに大きな損失だと思います。ぜひ復刊して文庫化して、『エンパイア・スター』の世界を楽しんでほしいと思う次第です。(もう絶対読んでもらいたい作品です!!!)