『電脳砂漠』 |
イラスト:ひろき真冬『太陽の炎』で明らかになった驚愕の事実、そう俺ことマリードはハイテクと悪徳ののはびこるブーダイーンの街の支配者で信じられない富と権力を持つパパことフリートレンダー・ベイの甥だったのだ!俺はパパにおれの親友で、殉死したシャクナヒーの妻であり、馴染みのキリガのナイトクラブの踊り子の本女のインディハールと結婚することを命じたのだ!色々な運命の皮肉を呪いながら、結婚式は無事にすんで、宿敵アブー・アーディルによるおれたちの結婚式の祝賀会の後、パパとおれは誘拐されてしまったのだ!身に覚えのない容疑で、何の弁解もできずに”大いなる悪地”ルブー・アルハーリーへと追放されてしまったのだ! この死の砂漠で、俺とパパは親切な部族、バイト・サービティ族に出会い、彼等の庇護を受けて、この砂漠で何とか生き延びることに成功する。そしてこのような目に合わせた張本人たちを探すべく、再びブーダイーンで捜査をはじめたが……。
1991年に5月にアメリカで刊行され、1992年に早川SF文庫の一冊として日本語に初めて翻訳されています。
今回のイラストも『重力が衰えるとき』『太陽の炎』と同様にひろき真冬さんのイラストです。黄色いターバンを巻いた黒髪の女性が煙草を右手にもって、マリードと思われるホログラフィーを見ているというイラストで、見ていただければわかるように、たぶんインディハールかな?と思ったりします。『太陽の炎』の時のイラストの女性が誰かわかないので、適当に考えてしまったのですがね。『重力が衰えるとき』の表紙の女性はヤースミーンじゃないか?と思いましたが。ひろき真冬さんがどなたをイメージされたのかははっきりとわからないので、まあそれを想像しながら読むのも楽しいかと思います。
「『電脳砂漠』では、このシリーズの前二作と同じように、いくつかの目的を果たそうと試みた。1. よくできた、面白いSFのストーリーをつくること 2. ミステリーまたは犯罪小説の特殊な形式をそこに組み込み、犯罪の発生とその解決をSF的要素に従属させること 3. SFの舞台に使われることのない地域に読者の目を向けること」とエフィンジャーは今回の『電脳砂漠』についてコメントを記している。この作品自体が非常にインタラクティブな過程で出来た作品で、全体の約4万語分に当たる草稿をパソコン・ネットにアップロードして、会員の感想や意見を取り入れて、細部を手直しした作品になっています。
今回のタイトル”The Exile Kiss"(亡命のくちづけ)はなんと、シェークスピアの『コリオレーナス』からの出典だそうです。前作の『太陽の炎』はボブ・ディランの歌からの引用でしたが、なぜか引用の許可が出ず、今回はそういうことがないようにと古典のシェークスピアからの出典だそうです。あと著者後書きによれば、<ブーダイーン>シリーズの4作目、"Night of Doubt and Sorrow"が予定されているとのこと(1992年11月段階)。この話は『電脳砂漠』でのしばしば言及されていた聖地への旅をベースにした作品になるとのことで、日本語訳が出るのを期待しています。
著者については、『重力が衰えるとき』のページを参照してください。
『電脳砂漠』で圧倒されたのはやはり、二人の砂漠での放浪シーンでしょう。何だか実に宗教的なモチーフがあって、自然の驚異とその偉大さをわかっているベドウィンと遭遇してマリードのスタイルおよび考え方が微妙に変化する、つまり今回で彼は無鉄砲ながらもパパを補佐し、彼の右腕として経験をかなり積んで、けちなちんぴら時代の彼とはまったく違って、今回は正義に燃える何だかある意味で使徒みたいな感じを受けました。(警察官ぽいですが、その意味では士郎政宗の『攻殻機動隊』の草薙素子少佐みたいなダーティーな仕事も引き受けるエージェントみたいな感じを受けました。)
後エフィンジャーが述べているように、ちょっと特殊なシーンがあります。それは検死解剖のシーンです。このシーンは実に生々しくかかれていて、この検死のシーンが実にうまく物語の流れをスムーズにしていると思います。今回も電脳ハードボイルド+一人の人物の成長物語としてにやにやしながら読むことができます。今回はあまりモディやダディを使うシーンが少ないですが、相変らず出てくる登場人物は変化せず、彼等もブーダイーンの街で殺されずに、マリードを(不本意ながらも)手伝っているという印象を受けます。『電脳砂漠』は三部作の三巻目なので、できるかぎり単品で読むのは避けて、全シリーズを通じて読むことをお薦めします。そうすればあなたもブーダイーンの街とその魅力的な人物達のいる世界を十分に堪能できると思います。