『闇に待つ顔』 |
イラスト:萩尾望都この宇宙にあまねく名を知られた5人の大犯罪者がいた。災厄のアトル・マラゲート、殺戮機械ココル・ヘックス、ヴィオーレ・ファルーシ、レンズ・ラルク、ハワード・アラン・トリーソング。人々は彼らの行い、その性格から、<魔王子>と彼らを呼び、彼らを恐れていた。ある日、魔王子たちの要求を拒んだ人口5千人の小さな町、マウント・プレザントは見せしめのため、虐殺され、生き残った人々は奴隷にされた。そんな中、祖父と共にこの虐殺を生き延びた少年がいた。この少年こそが、主人公のカース・ガーセン。祖父から様々な暗殺技能を仕込まれ、彼らへの復讐を胸にここまで生き延びてきた。
『復讐の序章』において、緑豊かな未踏の惑星で、宿敵の一人であった<魔王子>「災厄のマラゲート」に対して見事に死の制裁を加え、『殺戮機械』において、宇宙から孤立した世界であった、中世ヨーロッパ風の世界であるサンバーで見事に二番目の復讐の目標人物である<魔王子>「殺戮機械」ココル・ヘックスを見事に討ち果たし、『愛の宮殿』において、快楽と美あふれるおとぎの国のような<愛の宮殿>で、3人目の標的であった<魔王子>ヴィオーレ・ファルーシを見事に殺害したのであった。
主人公カール・ガーセンは『愛の宮殿』で、詐取した莫大な金額をうまく資金運用して、今や億SVU長者になっていた。彼は4番目の標的として容貌魁偉、粗野な気性と狡猾までな商才を持つレンズ・ラルグを選んだ。ガーセンはこの仇敵の足どりを追っていた。彼は惑星ドミュスであるきっかけとなる事件を発見したのである。それはレンズ・ラルグが背後にいると思われるある宇宙船に対する訴訟を利用することで、彼をこの地へと引きずり出そうというもくろみであった。彼はその訴訟権を持つクーニイ銀行を買収し、その地で訴訟を起こすと同時に、コスモポリタン誌の記者の肩書きを利用して、レンズ・ラルグの実体を調査していた。
ところがこの訴訟自体が、宇宙船の爆破によって打ち消されると同時に、保険金をガーセンの関連会社から支払わなければならないということになり、いっぱい食わされる。そこで、この地で得られた情報を元に、ガーセンは奇妙な習慣を持つ砂の惑星、ダー・サイへと向かうことになる。調査していくうちに、レンズ・ラルグの息のかかった会社であるコツァッシュ相互という会社が実に巧妙な形で、株価を操作(紙屑同然)にしていることがわかり、すべてを悟ったガーセンはコツァッシュ相互の経営権を掌握するために、ほとんど無価値となった株式を求めて、惑星ダー・サイを駆けめぐることになる。その無記名株式を集める過程で、ガーセンを待ち受けていたものは……。
1979年に書かれた作品で、1986年に早川SF文庫の一冊として日本語に翻訳されています。翻訳者は浅倉久志さん。イラストは前回と同様、少女漫画家の萩尾望都さんで、今回は金髪の女性(ヒロイン:ジャーディアン・チャンセス)が砂漠の上でねそべり、ガーセンは赤、青、緑の迷彩服を着て、砂漠の中にたたずみ、中央には丸い物体が入ったワイングラスがあり、その下には宿敵レンズ・ラルグの赤い目が書かれているという感じです。(こういう想像はいつでも面白いですね。)
本作品の解説は、ブリンや、ダン・シモンズの訳で有名な酒井昭伸さんで、ヴァンスについて面白いエピソードを紹介しています。日本でも人気が高いと思われるへんてこなSF作家チャールズ・プラットがヴァンスにインタビュー(『ドリーム・メーカーズ』第2巻)するためにヴァンス邸を訪れるために、電話をしたときの会話がなかなかヴァンスの人柄を表していて、面白いです。それから、ヴァンスの作品を楽しむに当たってのノーマン・スピンラッドの言葉を引用すると……『ヴァンスを楽しむためには、ことばを紙に彫りこまれた彫刻のように観賞し、情景を現実のものとして受け入れ、優美ともいえる域に達した、シニカルな味わいを楽しまなくてはならない。スモーガスボードの席にずらりとならべられたオードブルの数々。それが、読者の前に供されたものなのだ。』スピンラッドのこの言葉は、実にヴァンスの作品を単純明快に表していて、好きです。
著者ジャック・ヴァンスについては、『復讐の序章』の著者説明を参照していただけると幸いです。
本作品は<魔王子>シリーズものの第4作目ですが、今回はまったくもってスペースオペラというよりも、”経済学的、商業的SF物語”となっています。ガーセンはむちゃくちゃ金持ちになっていて、目的遂行のためには何でもやるという雰囲気がますます強くなってきて、そのためならば会社をM&Aするわ、価値のない株券をだまし取るわ(一部はリーガルな取引であれ、後半では詐欺をしているし)、ついには英雄ばりに女性をものにするし(それも大富豪の娘だったりする)(助ける過程でも他の連中を助けろよな、みたいな(笑))、いやあかなり悪人になってきました。前三作まではそんなにひどくはなかったのですけど、だんだん「復讐のためなら手段を選ばない」という性格がだんだんと全面に押し出されてきたって感じです。やっぱり前作から15年経過した後に書かれた小説なので、微妙に作者の気分も変わってきたのではないかと思います。後面白いのは、「株式」が今回重要なファクターになっているということ。これはいままでのSFではあまり見られなかったと思います。まさか経営権を得るために、株式の過半数(51%)を手に入れるという部分はなかなか斬新でよかったです。
今回の宿敵<魔王子>レンズ・ラルグは、現在の日本に当てはめると総会屋というところでしょうか。だからあまり違和感がない悪役なんですよね。その動機も、アダリオ・チャンゼスという偏屈な金持ちが出てきて、レンズ・ラルグがアダリオの隣の屋敷を購入しようとしたときに、屈辱を与えたわけで、その復讐のためにあることをするのですが(タイトルの『闇に待つ顔』ってそういう意味だったんですね。)、実にその意味では憎めない悪役ですね。商売は上手だし、資金をうまく捻出するためにトリックを使って、資金をゲットしているし(その意味ではこの世界で行われている話ではありますが……。迂回融資みたいなもんだと思えばわかりやすいでしょうか。あるいは関連子会社に貢がせる(笑)みたいなものです。)その意味では実に悪役らしい悪役で、他の<魔王子>とは違って、賢いですね。それにしても、ガーセンはどこまで金持ちになって、どこまで悪人になるのか、楽しみではありますね。やっぱりヴァンス自身も、ガーセンを主人公に見せかけながら、実は<魔王子>それぞれが自分の生き方を追求していたら、もっと悪い正義のヒーローが現れて、彼の一生の計画をむちゃくちゃにしてしまうという、結構すごい話なんだなあと痛感しました。後今回のラストは実に唖然としました。ガーセン、ついにお前もか……。という感じですね。(今回は経営学的SFという感じでしょうね。)