『フェッセンデンの宇宙』 |

16年の間、天文学を生業としていた私は「その夜」を最後に天文学からきっぱりと足を洗ったのだった。星空を見ながら無限の想念をお居続けながら、私はアーノルド・フェッセンデンを訪問した。数年ぶりに出会った彼が私にだけ見せてくれるものがあるという。なんとそれはフェッセンデンの創世した小さな宇宙だったのだ!フェッセンデンは私の目の前で彼の小宇宙を使って実験をするという。その実験とはいったい……。
北ケベックの荒野を縫うカヌーの旅が四日間も続くとさすがにフラストレーションがたまってくる。飛行中のある原野でかつて見たこともないような不思議な生物を見たというロスは生物学者のぼく(ウッディン)とグレイをつれてそれを検証しに来たのだった。その生き物は大きくて、きらきらと光り、ゼリー状の透明感のある単細胞原生生物がふわふわと空中にただよっていたという。その夜、ぼくはテントの中で毛布にくるまってうとうと眠っていると、グレイの恐怖に凍りつく悲鳴が上がった。何事かと思い、ぼくはテントの外を見たのだが……。
薬師の徒弟であるアンリ・ロチエールは1440年、魔術を行い、神および国王に叛いたる咎で告発された。審問官は住民の要求通り、彼を魔術師として火刑に処するとした。アンリは火刑に付される前に驚くべき告白をしたのだ。アンリは物事の本質をとらえたかっただけの一人の薬師だった。雷鳴の本性について正確な知識を得たかったアンリは磁石などの道具を持って、調査を開始した。すると巨大な雷鳴がするやいなや、彼は烈風にあおられ、深い深淵に転げ落ちるような心地とともに、何か堅いものの上にたたきつけられたのだった。彼がそこで見たものは……。
一年前に起こった不幸な地下鉄の電気事故の被害者である母親から生まれた子供、デイヴィッド・ランドはせむしだった。その他の点では普通の子供とは変わらない元気な男の赤ん坊だった。彼の身体を調べていくうちにじつに驚くべきことがわかったのだ。彼の骨格、骨は普通の人間とは異なっており、背中の瘤はなんと翼だという。このことについて心配した博士はこのミュータントの少年の姿をマスコミから隠そうと腐心するのだが、うわさはたちまちに広がり、博士は病院を辞し、小さな島で少年の成長を見取ることになったのだが……。
あの晩、よりによってSFの話などしなければよかったと思う。たまたま同席した4人はSF作家であり、最初は関係のない話をしていたのだった。普段は寡黙な4人目の同席者であるカリックがぼそりぼそりと話し始めたのだ。彼は「自分が創造した世界に住み込む羽目になった」という告白をしたのだった。同席者の一人のマティスンが笑い飛ばしたのだが、カリックは「もっとましな世界にすればよかった。」とまじめにいう。同席した他の3人はカリックの話を聞くのだが……。
はじめはそんなに不気味な世界だとは思ってもいなかった。冷たい不毛の星に故障した宇宙船が無事この星に到着できるか否かが問題だった。未開の星域で不時着する羽目になった彼らはその星を調査することにした。冷たい氷で覆われた凍結した世界で、宇宙船の乗組員たちは希望を見たのだった。彼らの宇宙船の修理に必要な金属類の存在を示す調査結果が出たのだった。乗組員達は金属を求めて、この未知なる世界を調査することになるが……。
人類の永年にわたる夢がついに実現した。二人の地球人が火星の赤い大地におりたったのだ。だが、すでに事前調査は十分になされており、新しい成果は望むべくもなかった。何かを期待して胸を躍らせる若い科学者のレスターは非常に不満であった。それに対して年長のホスキンズにとっては、おできを潰さずに着陸することがすべてだったのである。ところがどうしたことか、彼らの見た火星はレスターの望んでいたような世界、いやそれ以上に馬鹿馬鹿しい世界だったのだ。レスターが少年時代に読んだパルプ雑誌に登場する大目玉の怪物や赤や青の肌をした半裸の美女達が氾濫。果てには英語をしゃべるのだ……。果たしてこの火星の住人たちの正体は?
カルルス・ギナールは戦火に破壊尽くされたある国を悲惨な混乱の中から救い出して指導原理を打ち出すべく亡命先から戻ってきたのだが、事態はあまりにも深刻であった。偏狭な精神、絶え間のない不平不満をいう輩たちが多すぎたのだ。悲痛な老政治家のぼやきを聞いたメリル−合衆国から彼の護衛として任命された一中尉−は気心のしれた友人のように彼をいたわる言葉をかけた。その夜、ギナールのことが気になったメリルは彼の部屋の前に行って耳をすました。なんとギナールは部屋の中央にたって宝石のちりばめられた懐中時計のフタをなで回していたのだ。不吉な予感がしたメリルは部屋の中に足を踏み入れたのだが……。
くれないの日没の空にくっきりと浮かび上がった陰鬱とした塔や黒大理石のミナレット、これらの塔が立ち並ぶ偉大なる都ゾアの門の外は全地球を覆う白い塩の砂漠であった。夕映えの中一人の男が物思いにふけっていた。彼の名前はガロス・ガン。「まもなくガロス・ガンの種族に最期の時がくる」と夕映えを見て彼は思ったのだ。ガロス・ガンは人類最後の人。この荒れ果てた地球のいかなる場所にも、彼以外の姿はなく、彼以外の人間の声はこだましない。滅びゆく種族の生命を守らんとした偉大なる科学者その人でもある。彼はなんとか自分の種族が滅びるのを防ごうと様々な科学的手段で対処しようとしたのだが……。
施設を出るとぼくは制服を着たくはなかったが、他の福は持っていなかったことと早く施設から出られるのがうれしくてロサンゼルス行きの飛行機に乗ったのだ。すぐにぼくは制服を着たまま施設を出たことを後悔することになる。飛行機の中で、人々はぼくの姿を見てささやき始める。なぜならぼくは火星のウラニウムの調査に従事した第二次探検隊の数少ない生き残りの一人だったからだ。僕ことハッドン軍曹は故郷のオハイオに戻る途中、痛ましい事故で死亡した同僚達の最期について何組かの家族に説明するために寄り道することを約束したために、今こうやってロサンゼルス行きの飛行機に乗っているのだ。ぼくや死亡した同僚達が体験した火星での出来事はあまりにも衝撃的で、どのように話せばよいのかわからない。だが真実をどうやって伝えたらよいのか、ぼくは悩むのだ……。
1936年から1952年までに書かれた短編を集めた日本版オリジナル短編集。1972年にハヤカワ・SF・シリーズの一冊として刊行されました。イラストはA・ソコロフで、その機械的で宇宙をイメージしたイラストはハミルトンのこれらの短編にふさわしいものになっています。
エドモンド・ハミルトンというと<キャプテン・フューチャー>の人、スペースオペラ作家というイメージを持たれている人も多いかと思います。実際日本語に翻訳されている彼の作品の大半はキャプテン・フューチャー関連のものであり、その他の彼の短編については触れることが少ないように思います。日本独自に組まれた短編集が二冊あります。しかしながら二冊とも入手困難な一冊になっています。実際SFMの500号記念では「フェッセンデンの宇宙」が再録され、短編作家としてのハミルトンの魅力の虜になった人も多いと思います。<キャプテン・フューチャー>シリーズや<スター・ウルフ>などのスペース・オペラ作品についても現在入手困難であることは非常に残念でなりません。この短編集を読んで、ハミルトンという作家の再評価を求めたいと思いました。
著者エドモンド・ハミルトンは1904年アメリカ・オハイオ州で生まれる。1977年没。スペースオペラ全盛時代に、宇宙の破壊者と異名をとった。10歳でハイスクールに入り、15歳でウェストミンスター・カレッジに入るという神童だったが、大学でただ一人の年少者ということもあって、E・R・バロウズ、メリットらの小説を読みふけるように仕向けてしまい、結局退学。そうしてSF作家の道を歩むことになる。作家としてのデビューは1926年のウィアード・テールズ誌の「マムルスの邪神」。それ以後、40年間に300篇近い作品を書いた。(詳細なリストは「海外SF翻訳作品集成」などを参照のこと。)ハミルトン夫人はSF作家のリイ・プラケット。日本語で読める作品はたくさんある。魅力的なキャラクターで日本の少年少女を魅了した<キャプテン・フューチャー>シリーズ、<スター・ウルフ>、<スター・キング>シリーズなどがある。日本語で独自に読めるものしては『時果つるところ』(早川書房、世界SF全集11)、『最後の惑星船の謎』(久保書店)、『滅びの星』(久保書店)、『宇宙艦隊の奇襲』(久保書店)、『星間パトロール/太陽強奪』『星間パトロール/銀河大戦』(ハヤカワ文庫SF)、『虚空の遺産』(ハヤカワ文庫SF)、『星々の轟き』(青心社)がある。
入手困難な一冊でしたが、ようやく読むことができました。当初ぼく自身もハミルトンというと<スペース・オペラ>作家というイメージが非常に強かったのですが、この短編集を読み終えて短編作家としてのハミルトンの再評価をしたくなりました。ペシミスティックで皮肉な短編が満載された本短編集は長く読み継がれることを期待する短編集です。特に「何が火星に」はレイ・ブラッドベりの裏火星年代記ともいえるような叙情あふれる不思議な短編です。たまたまか火星を取り扱った短編が多いのですが、ブラッドベリとは違うペシミスティックな雰囲気は読んでいる人の心をぐいぐいととらえることでしょう。内容的にも「人間がすべてにおいて優れているのではない」ということを皮肉った短編が多いのは、ハミルトンの心情の吐露というところでしょうか。キャプテン・フューチャーシリーズという永遠のヒーローを作り出したハミルトンの一方の顔、それは彼の短編を読んだ人にしかわからないでしょう。彼のもう一つの姿は人間の本性に懐疑的で、人間の愚かさをたしなめる批判者としてのハミルトンです。とくにそのことは「反対進化」や「フェッセンデンの宇宙」、「世界のたそがれに」に色濃く浮き出ています。あっと驚く結末に読者は度肝を抜かれ、二度と忘れないような気分にさせられるでしょう。ことに表題作である「フェッセンデンの宇宙」はSFMの500号記念増刊号にもリクエストで復活した名作ですので、ぜひ読んでいない人は読んでみることをおすすめします。
人それぞれがハミルトンに対する想いは接してきた作品群によって違ってくるでしょうが、ぼくは短編作家としてのハミルトンをもっときちんと評価したいと想います。もう一つの短編集である『星々の轟き』を読んで、ハミルトンという作家についてもっと知りたいと強く思ったのでした。全体的に彼の作品は入手困難になっているので、もし銀背の本書と青心社の二冊を見つけたら即買いだと思います。強力にオススメ。