『精霊たちの庭』



秘密の不思議な古い庭

あらすじ

 大きな町の真ん中にとても古い庭がありました。とてもといってもそんなに古いわけではなく、その庭はある地主のものでした。そこは牧草地と森に囲まれた境界がわからない場所でした。ところが町がしだいに大きくなっていくと、町に食べられてしまうかのごとく、この古い庭をすっかり取り囲んで発展していきました。しかしながらその庭は姿を変えずにそのまま残っていたのでした。数年前のこと、この町のある大きな貸家に男の子と女の子が両親とともに引っ越してきました。貸家の子供たちの間でも不思議な存在になっていたその庭にこの幼い兄妹は興味を持ちました。そしてある日、この素敵で不思議な庭の中に入り、ひどいいたずらと破壊をしてしまったのです。クモの巣をやぶき、アリの巣を土で埋めたり、蜥蜴を殺したりしてしまったのです。そしてエオルスの琴を矢で壊すととても恐ろしい出来事が起こったのでした。 「死刑だ!」と動物と植物の精のすべてが声を揃えて叫びました。可哀相なのは幼い兄弟。ここが魔法の庭とは知らずに暴れまくったおかげで、とんでもないことになったものです。見ればあどけない少年の妹は、少年の陰に隠れるようにしておびえているではないでしょうか。精霊たちが彼らをなぶろうとしていたとき、事を見かねた判定役の優しく美しいブナの木の精霊がある提案を下しました。死刑の代わりに子供たちに試練のたびを下そうというのです……。少年といだいげな少女のたびはここに始まりました。


著者マリー・ルイーゼ・カシュニッツ(Marie Luise Kaschnitz)と
作品について

 1975年に書かれた作品で、1980年にハヤカワFT文庫の一冊として翻訳されました。カバーイラストは浅暮三文氏の『ダブ(エ)ストン街道』(講談社)やファラダの『田園幻想譚』(ハヤカワ文庫FT)などで有名な飯野和好氏です。ブナの木をイメージしたイラストで、茶色を基調としたイラストになっています。中央に二人の子供を抱えたブナの木の精霊が鎮座し、スワンが下でその様を見ている、という感じのイラストです。

 著者マリー・ルイーゼ・カシュニッツは、エルザス地方の名門ホルツィング=ベルンシュテット家の人で、高級将校を父親として、1901年カールスニーエで誕生。ベルリン、ポツダムで少女時代を過ごし、女子高校を卒業してからは本屋になるために、ワイマール、ミュンヘン、ローマなどで働いていたが、24歳のとき、オーストリア人考古学者グイード・カシュニッツ・フォン・ヴァインベルクと結婚。夫は最終的にローマにあるドイツの考古学研究所の所長になったほどの偉い学者で、彼女は夫との研究旅行にて考古学の知識をつけ、特にギリシャおよびローマ文化について深い造詣を得たことが文学者としての活動にプラスになりました。彼女が文学に本格的にとりくんだのは、20代の終わりで最初は長編小説『愛は始まる』(1933年)を発表しましたがあまり評判は得ず、むしろ抒情詩人として認められ、1935年に女流詩人賞を得ています。文学賞も多数受賞しており、1974年に永眠しました。本作品は1940年に感性していたのですが、発表は完成後35年後、すなわち1975年でした。そのため本作品を文学的遺書として見る批評家もいるということのようです。


感想

 少年と少女は大きな町の真ん中にある大変古い庭でとんでもないことをしてしまいます。少年の好奇心と征服欲が罪のない昆虫や植物をめちゃくちゃに破壊し、中には死んでしまったものもありました。この古い庭は、変わらず魔法の力を持っていたため、少年たちは庭を破壊し、罪のない動植物たちを殺した罪を償うべく、異世界への旅へと出発します。ここまでを読んで、「ニルスの不思議な旅」を想像したわけですけれど、ある意味でそうでした。特徴的なのは主人公の少年と少女に名前がなく、性格だけが与えられていることです。(私はドイツ文学が好きですが、専門ではないので間違ったことを述べているかもしれないので、その時は修正していただけるとありがたいです。)つまり、一種の教養的な小説にもなっているということです。童話の裏に隠された教訓的な話し、神話のアレンジ、そして自然と人間との調和を唱えてるように思えました。

 少年と少女はまず、池の中を潜り、天高く上り、水の流れを漂い、<地の母>(ギリシャ神話のガイアを想像させます。)を見つけ、<海の父>(これはポセイドン)のところに行き着き、そして<太陽>(アポロンですね。)に出会い、<風の塔>でお客になること」を試練として要求されます。命の重みを実際に知らしめくべく、精霊たちは彼らに「自然と人間との調和」を教えてくれるわけです。その意味ではヘラクレスの試練に似たというよりも、ニルスの不思議な冒険に近いかと思います。カシュニッツ自身が無意識ながらも自然との調和、そして夫の転勤に伴ってゆっくりと培われたギリシャ神話やローマ神話の知識がふんだんなくキルトのように折り込まれている、と思いました。その意味ではやはり、抒情詩人カシュニッツの自然観・神話への知識がみごとに反映されたいい童話だと思いました。初期の早川FTには童話も多いので、違った意味で新鮮だと思いました。

 初期のハヤカワFT文庫にはドイツやロシアなど、童話的なファンタジーも多く非常にいいセレクションだと思ったのですが、そういう意味ではFT文庫はいろいろな国のファンタジー、そして枠に囚われないようなセンス・オブ・ワンダーを感じさせてくれる作品をどんどん収録して欲しいと思いました。#昨今ではトム・ホルトとかです。残念ながら本作品も品切れもしくは絶版です。非常に入手困難な一冊かもしれませんが、興味を持たれた方は是非古本屋などを当たって探してみてくださいませ。私も入手したときに悦びはひときわでした。いかにもファンタジーらしいファンタジーだったので、この項目にふさわしいタイトルだと思っております。この本に出会えたことをとても嬉しく思います。


本について