『過去が追いかけてくる』感想めも |
キット・クレイグ『過去が追いかけてくる』(扶桑社文庫)読了。「ある朝、マイケルが目を覚ますと優しく彼を起こしてくれる母親の姿が見あたらなかった。母親が子供たちへ伝言を残さずに出かけることは過去一度もなかった。なぜなら海軍で潜水艦の艦長をしていた父トマスは4年間消息不明で、マイケル、その姉ティア、弟のトミーと母親の4人暮らしだったからだ。一体母親はどこに出かけたのだろうか?時間が経つにつれて子供たちは不安が募るばかりだった……。」
SF読みの人ならば知っているかもしれないけど、このキット・クレイグという名前はサンリオSF文庫から出ていた『ドロシアの虎』という本を書いたキット・リードという作家の別ペンネーム。1994年発売当時、本屋でなんとなくイラストを見て購入した本で、購入後5年間放置。その当時は特定の作家のみだけ読むという読み方をしていたこともあって、自分が知らない作家の本にはあまり興味がわかなかったので読まなかったのでした。たまたま扶桑社ミステリ文庫の山を整理していると、この本が出てきたのでこれも何かの縁かと思い、読んでみました。解説を読む限りサイコホラーということであまり興味がなかったんですが(だから5年も放置した)、いったん読みはじめてみると、なかなかの傑作。クーンツを彷彿させるホラーでした。
読者は物語を読みすすめるうちに、母親に降りかかった災難に対して実に理不尽で不可解な怒りを感じるでしょう。物語の後半で、母親が過去に「追いかけられた」出来事が何であるかが明らかになるのですが、実におぞましくて子供たちには語りたくはない母親の過去に関わってきます。すべてがはっきりしたとき、災難の中心にある「樹」のおぞましさに読者も主人公たちと共に恐怖することでしょう。樹という言葉で想起する方も多いかもしれませんが、北欧神話に出てくるユグドラシルは世界や生命力を強調するためにあるわけです。ところが本作品での樹は歪んだ生命力の象徴であり、樹が暴走していく様はカシュウ・タツミの『混成種』を思い起こしました。樹の生存のために、樹が求めるものが彼女であるために、生存のためのエゴ丸出しで狂っていくさまは不気味しかいいようがありません。物語のラストのあたりになってくると、映画ターミネーターを見ているような感じです。どこら辺がターミネーター的なのかは読んでくれればわかるのですが、ラストでの逃亡劇は緊迫した感じでどきどきしました。読者は、家族の愛情の絆を痛感することでしょう。現在この本は品切れ中のはずなので、入手困難なのが残念な限りです。