『重力が衰えるとき』 |
イラスト:ひろき真冬ありとあらゆず雑多な物がはびこる近未来のアラブの悪徳で栄えた都市ブーダイーン。観光客はブーダイーンに近づくなと警告されているが、それでもやってくる。生まれてこのかたその噂を聞かされ続けて、せっかくここまでやってきたのに、見物もしないで故郷に帰れますか、というわけで、この危険だが魅惑的な都市に住むけちなちんぴらマリードが、今日もキリガのナイトクラブで一杯やっていたところ、あるロシア人から行方不明の息子探しを依頼された。が、その依頼人のロシア人は目の前で射殺され、その上馴染みの性転換(半玉)の娼婦ニッキーが、他のクラブで働くために俺(マリード)に仲裁を依頼してきたのだが、彼女は約束の金を俺に支払わず、謎の失踪を遂げてしまう。その後、彼女の失踪を皮切りに、血生臭い殺人事件が続発してしまう。犯人を捕まえなければ、俺も死人の仲間入りになってしまう。ブーダイーンの有力者に命じられてこの一連の殺人事件の解決をしようと捜査に乗り出したが……。
1987年に書かれた作品で、1989年に日本語に翻訳されて、早川SF文庫の一冊として出版されました。
エフィンジャーといえば、他に早川SF文庫から出版された『80年代SF傑作選上』の『シュレジンガーの子猫』(ヒューゴー・ネビュラ賞受賞)という短編があります。邦訳で読めるのが少ない作家ですが、この作品の他に今後もとりあげていく予定の「ブーダイーン3部作」が他にも代表作としてあげられます。今後も注目していきたいサイバーパンクの有力な作家です。
ジョージ・アレック・エフィンジャーは1947年、オハイオ州クリープランドに生まれた。野球カードとハインラインのヤングアダルトSFに明け暮れる平和な少年時代は、1960年代のはじめのある日、永久に粉砕されてしまった。ある神秘的な秘密結社について、罪のない冗談をいったのが原因である。それ以来、彼の人生は生き地獄と化した。・・・やがてエール大学に進んだが、医者になりたいという迷妄から彼を解き放ったものは、化学の課程だった。博識で、思慮深く、好奇心旺盛な彼は、いかなる有給の職業にも皆目適正がなかった。SFを書き始めたのは1970年からで、初期には若干の成功をおさめた。しかし、これは人生の残酷な冗談のひとつにすぎなかった。ネビュラ賞、ヒューゴー賞、そして最優秀新人賞に与えられるジョン・W・キャンベル記念賞と、立て続けにノミネートされたあげく、たてつづけに落選を繰り返したのである。かくして彼は、この三賞をぜんぶ取り逃がした最初のSF作家となった。その後、別の短編でまたもやネビュラ賞、ヒューゴー賞を逸した。もっかの野心は、世界幻想文学大賞を取り逃がすことである。
ジョージは1972年からニューオリンズに住んでいる。ごく最近まで、彼の趣味は、重要な内臓器官を手術で取り除くことだった。一説によると、これらの臓器はカルフォルニアに送られたのち、ふたたび組みあわされて、もうひとりの、もっとコマーシャルなSF作家が生まれつつあるとか。現在の彼は、朝から晩まで、いろいろな代金の支払いに頭を痛めている。(浅倉久志訳、『重力が衰えるとき』のあとがきから引用)
エフィンジャーは大手術を何回も行った経験がありますし、『重力が衰えるとき』が刊行され、続編を書いている1989年の9月には自宅が火事となり、災難続きなSF作家です。ハーラン・エリスンも「食費や家賃を後回しにしてもエフィンジャーの本を買え」とコメントしていますし、イギリスのSF作家イワン・ワトスンも「1987年度のサイバーパンク・レースの本命は、エフィンジャーの本作品である」とコメントしています。日本でもその人気は高く『重力が衰えるとき』は、早川書房の方でも刷りを続けて出しています。それから、『重力が衰えるとき』というタイトルは作者によれば”ボブ・ディラン”の歌詞からの引用だそうです。
イラストはひろき真冬で、その妖しくも美しい、イラストでなんとなくブーダイーンの雰囲気を味わうことができるのではないか?と思います。(最近では、早川FT文庫の『ミッドナイトブルー』のイラストがお気に入りですが、個人的にはエフィンジャーの作品のイラストの方が好きです。
事実、私も早川文庫SF刊行1000点記念のフェアで購入したのですが、「どうせ大したことないだろう(エフィンジャーさん、すみませんm(_ _)m)」と思っていましたが、読み出したら止まらない、まじ面白い面白い。こんなに面白い作品を何で読まなかったのかと自分を呪いながら、さーっと読み終えてしまいました。その後続編が2冊刊行されているのを知って、注文しにいったのですが、なんと品切れ……。早川を呪いながら、古本屋をまめにチェックしてまず3部作めの3部目をゲットして、その後に2部目をゲットしました。3冊ともどれも魅力的で一応独立して読むことができますが、できれば続けてよむことを進めます。
この作品の魅力はやっぱり、近未来のイスラム圏が舞台となっている点です。たとえば作中のいいまわしに「ヤー・シャイフ、あなたの食卓が永遠に続きますように」「あなたは気前よさの権化です」とか「アッラーは偉大なり!」とか「ビスミッラー」などなどのアラブ圏独特の言い回しややりとりが実に魅力的です。この作品はこのようなイスラム教の言い回しや儀礼がサイバーパンクと結びついて、実に多様なおもしろさを醸し出しているのではないかと思います。
それからやはり、電脳手術による肉体改造と類似人格モジュールであるダディの存在、そして性転換と、麻薬という非常にミステリアスな設定がなされていると思います。まずこの類似人格モジュールはかなり物語の鍵となっていて、これを使うことで例えば、ジェームズ・ポンドになったり著名な探偵ネロ・ウルフになったりする実に面白い展開にしています。それから、性転換した美女であるマリードの恋人ヤースミーンの存在は、実に殺伐とした雰囲気をなごませる鍵となっていると思います。(事実、どれくらいの整形手術なのかわかりませんが……。女性よりも美しい性転換者ですから、一度は見てみたいものです(笑))ヤースミーンと主人公マリードのやりとりも面白いし、ナイトクラブの支配人である美しい黒人女性キリガとのやりとりもかなりいけています。エフィンジャーはアラブの世界で、サイバーパンクの方向性をみつけだし、士郎正宗の漫画『攻殻機動隊』のサイバーパンクとは違う、「アラブのサイバーパンク」を実現したのと思います。(是非漫画にしてもらいたいくらい、面白いです。)
それからやはり、電脳手術による肉体改造と類似人格モジュールであるダディの存在、そして性転換と、麻薬という非常にミステリアスな設定がなされていると思います。まずこの類似人格モジュールはかなり物語の鍵となっていて、これを使うことで例えば、ジェームズ・ポンドになったり著名な探偵ネロ・ウルフになったりする実に面白い展開にしています。それから、性転換した美女であるマリードの恋人ヤースミーンの存在は、実に殺伐とした雰囲気をなごませる鍵となっていると思います。(事実、どれくらいの整形手術なのかわかりませんが……。女性よりも美しい性転換者ですから、一度は見てみたいものです(笑))ヤースミーンと主人公マリードのやりとりも面白いし、ナイトクラブの支配人である美しい黒人女性キリガとのやりとりもかなりいけています。
後は、設定は違ってはいても、これは「推理小説」として十分推理小説ファンにも楽しめる一冊だと思います。この妖しげな雰囲気と、登場人物の性格が魅力的で、どれもこれも憎めない人々になっているのが最大の魅力だと思えます。事実悪玉はかなり悪玉ぽく、マリード自体も事件を追っていくうちにだんだんと成長してきているような?気分になるのではないでしょうか。犯人についても読んでいくうちに、だんだんと絞れてくると思いますので、SF小説と推理小説の両方の楽しみを味わえる本作品の世界を十分に堪能して楽しんでください。