『ホムンクルス』 |
カバー:米田仁士あっしの名前はクラーケン、しがないさや豆売りですだ。ここで会ったも何かの縁、そのかわりにあっしがこのロンドンの街で体験した世にも奇妙な出来事についてお教えしますがね。えっ、聞きたいって、ありがたいこってす。じゃあ、あっしのこの豆を食べながら、一杯やりましょうや、だんな。おっ、丁度雨が降りそうですなぁ、そこの酒場に行きましょうや。
うまそうなソーセージがありますな。えっ、だんなおごってくださるんで。ありがたいこってす。こういう時こそ、「ソーセージに勝るものはない」というのをあっしの親友であのとてつもない探検と発明をしたラングトン・セント・アイヴスがつぶやいたのを思い出しますわ。えっ、とてつもない探検や発明って何だって?慌てなさるな、物ごとには順序というものがあるじゃないですか。あの日、アイヴスのだんなと会ったのは14年ぶりだったんですだ。天才科学者セバスチャンが不老不死の霊薬の成分を持つとされる鯉を盗んだときの話やら、例の<機械>についていろいろとアイヴスのだんなと語ったことが懐かしいがね、あんなことが起こってしまったんでね。 あんなこと?まあ、まあ待ちなさないな、だんなを連れてくるからちょっとそこで待ってな。「おーぃ、アイヴスのだんなァ〜!!」
ん、クラーケンに呼ばれてここに来た、宇宙を旅した私ことラングトン・セント・アイヴスがいきさつを説明しよう。クラーケンはどこまで話しましたかな?宇宙を旅したって?ああ、それも後で話しますよ。その後私はクラーケンと別れて、私の親友でよき理解者でもあるパワーズ船長の所に向かったよ。パワーズ船長の話ではあのにっくきせむし男の怪人物、イグナチオ・ナルボンドが外にいたらしいが。まあ、それはともかく私は私が宇宙旅行のために開発していた酸素供給装置についてロンドン一の職人と私が思っている、友人ウィリアム・キーブルの所に相談に来たんだよ。パワーズ船長と私、ウィリアム・キーブルはキーブルのつくった素晴らしい機械仕掛けの箱、キーブルが12年がかりでつくったあの素晴らしい仕掛けの箱を見せてくれたのだ。彼のこの素晴らしい箱をどうやらあの忌まわしい百万長者のケルソー・ドレークが狙っているらしいということを彼から聞いたのだ。そのとき、セバスチャンの息子ジャックがふとときな侵入者を見つけてとらえようとしたのだ。やつらがキーブルの機械を狙っているのがこのとき明らかになったんだよ。ちょっと失礼、トイレへと行かせてもらうよ。
おっと、七つの海を渡り歩いたこの豪傑無比の男、パワーズ船長様が親友アイヴスのかわりに説明しよう。わしらは<トリスメギストリス・クラブ>(この名前は知っているかもしれないが一応由来を説明しよう。エジプト神話の知識・学芸などの支配者トートの異称ヘルメス・トリスメギストリスから由来しているのだ。)を結成していているのだ。このわし、パワーズ船長と親友で探検家のアイヴス、優れた職人のウィリアム・キーブル、冷静沈着な<ボヘミア葉巻店>の主人、シオフィラス・ゴダール、あのビル・クラーケン、アイヴスの使用人のハズブロー、そしてセバスチャンの息子ジャック・オウルズビーの7人からなるクラブだ。我々がいつものように談笑していると、にきび面のあのいまいましいビリー・ディーナーがぬけぬけと我々に挨拶しているではないか、それも我々のクラブに加わりたいと?冗談じゃない、あの忌まわしいイグナチオ・ナルボンドと組んでいる輩など体よく追い返してやったわい。やつらは、亡きセバスチャンの忘れ形見で、エントロピーを逆転させるという(熱力学第3法則を逆転させる!)あのホムンクルスの箱を狙っているにちがいないのだ。おっともうそろそろ戻らないといけないな。あとは我々の記録録を渡すから、じっくり読んでくれたまえ。きっと興奮するに違いないから。
1986年に書かれた作品で、1989年に早川SF文庫の一冊として日本語に翻訳されています。イラストはこのホームページでもたびたび挙げている米田仁士画伯のイラストです。箱の中に入ったホムンクルスと、しゃべる髑髏(のちのち出てきます。)、夜間を飛ぶ巨大な飛行船と、アイヴスの宇宙船ロケット、そしてナルボンドの怪しげなホルマリン漬けの標本類と謎の巨大鯨が描かれた、まさにスチームパンクにふさわしいイラストになっています。
本作品について一言加えますと、本作品は第5回フィリップ・K・ディック記念賞を受賞しており、本書がスチームパンクの代表作と言われる理由はやはり、舞台が19世紀のヴィクトリア朝のロンドンを舞台にしているからというわけです。内容といえば、最初のクラーケンとアイヴスの会話を読んでいるとそれらしいことが書かれております。つまり、「今じゃあ地球ががらくたがいっしょに詰め込まれている、そんなものでしかないんですよ。…もしもそんながらくた全体をくるくる回したらどうなると思います。さっき言ったように、独楽のように」「混乱だね」セント・アイヴスが言った。「手のつけられない混乱だ」(本書p20)つまり、なんでもごされいの冒険活劇です。読めば読むほど、味わい深い話です。なお、付記としてSFマガジン1991年4月号に「偶像の目」(友枝康子訳)という呪われた宝石をめぐる、アイヴス博士と侍従ハブズローの冒険が書かれた短編が載っております。今私は慌てて註文したのですが、「ケルヴィン卿の機械」の長編版がArkhamHouseから出ていて、絶対読む予定である。これについても読み終えたらレビューしたいと思います。(現物が届くのがたぶん4月ごろなので。)
著者ジェイムズ・P・ブレイロックについてはこちらをご参照ください。
この作品は一言で、『リバイアサン』と同じように「一気に読んで、うひゃあ」と叫ぶ作品です。やっぱり宮崎駿さんのアニメのように(『天空の城のラピュタ』がいちばんしっくりくるのではないかと)善人、悪人がはっきりしている点が冒険活劇にふさわしいです。<ホムンクルス>(古くはゲーテの『ファウスト』にも出てきている、あの人造人間の小人です。)の力を求めて善人悪人が入り乱れて、最後には大団円を迎えるという感じです。その間の様々な要素がとても嬉しい。たとえばナルボンドによって復活させられた動く死体や、鯉の力を悪用して死人を復活させる様はメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』を彷彿させるものがあります。(ブレイロックはいろいろな意味で19世紀の文学から影響を受けているらしいですので)それがさらに<霧の都>ロンドンを舞台に、キーアイテムである「ホムンクルスの入った箱」「キーブルの箱」「酸素発生装置」の3つの箱がいろいろな人の手に渡り、そして最後には元の場所に戻っていくという部分はなかなか奇妙で愉快です。(もちろん、パワーズ船長は親友のティム・パワーズから名前を拝借しているのはお分かりかと思います。)
『リバイアサン』を読んでいるとわかるのですが、『リバイアサン』はまさにその100年後のお話になっています。舞台も変わってアメリカ、目指す場所は<地底世界>です。セント・アイヴスが<宇宙空間>を目指したのとは対照的な形になります。だからジムがつくったのは<リバイアサン堀削機>で、アイヴスの成功とは対照的にこの機械を使ってのペルシダーへの冒険は失敗に終わってしまいます。またこの作品を読んではっきりしたのは、イグナチオ・ナルボンド=フロスティコスということが明らかになりました。ナルボンドは鯉の力で命を永らえていたのです。そしてアイヴス一族との宿命の闘いに突入します。他にも鯉の力が不十分だった怪しげな新興宗教の主シロの母親の復活(しゃべる髑髏として復活する)も十分不気味だし、ナルボンドの実験室はもっと奇妙な雰囲気(というよりも不気味です)になっていて、読んでいるうちに自然と悪人と善人の線引きができていくことになるでしょう。<ホムンクルス>自体はあまり物語に関係してこないところがやっぱりブレイロックらしいといえばブレイロックらしいです。友枝さんの訳がとにかく絶品で、この痛快奇怪なカオスのどたばた活劇の世界へと我々をいざなってくれることでしょう。やっぱり読むとすれば『リバイアサン』→『ホムンクルス』でも十分わかるかと思います。(その方が整理できるかもしれないです。)残念ながら本書も絶版のようです。入手困難だと思いますが、私自身一押しの作品なので是非古本屋で見かけたら購入して読んでみてください。「むふぅ」とうなること請け合いです。