『アイソトープ・マン』



放射性同位元素に冒されて

あらすじ

 ある日、<ビュー誌>科学担当記者のぼく(デラニー)は、会社に出社するといけづけないオルゴット編集長から抗議をする間もなく、「昼間のうちにステバナに行って、新しく出来た産院の開所式の取材をしてこい」と相変わらずおしつけがましい声で、命令されたのだ。そして何気なく机の上の写真を眺めていたとき、ある一枚の写真が目に止まった。その写真はフラッシュでたかれたごく普通の写真で、担架に寝かされた男が写っていた。その男は全身びしょぬれらしく、毛布で包まれ、血の気のない顔をしていた、これだけなら特に注意を引くわけではない写真だったのだが、その写真の男はどこかで見かけた記憶があること、ぼんやりとオーラのようなものが放出されている点が気にかかった。自分の記者としての虫の知らせだった。資料室で自分の直感を確かめるべく、写真を調べたところやはり半年ほど前に、ワシントンの科学者会議で見かけた著名な原子物理学者スチーブン・レイナー博士だった。なぜテムズ川にこの男が浮かんでいたのか、疑問に思っていたとき、取材に一緒にでかける女性カメラマンのキュートなフライディとステバナまで産院の取材にいく予定だったのだが、自分の頭の中にはそんなことよりも写真の男が収容されている病院へと向かうことが最優先であった。

 そのレイナーと推測される男が収容された北地区病院で、情報を得るべく(相棒のフライディは怒っていたが)行動を開始したのだ。そこではクレアリーという刑事が身元確認に当たっていたが、どうもわかっていないらしい。しょうがないのでぼくはその男がレイナー博士であることを彼に伝えると、確認するとのことで博士の勤める原子力研究所へと電話をしたのであるが、彼の話によると博士は健在だということらしい。しかしどうしてもしっくりこない、それは自分の虫の感が知らせてくるのだ。どうしても納得いかないので、次に考えたのは直接原子力研究所にいって博士を確認することであった。しかしこの虫の感がやがて大きな事態へと発展するとは自分も夢にも思わなかったことであったが……。


著者チャールズ・エリック・メイン(Charles Eric Maine)と
作品について

 1957年に書かれた作品で、1968年に久保書店から『同位元素人間』というタイトルで日本語に翻訳され、1982年にこの久保書店版を全面的に改訳して刊行された作品です。イラストは、『石の花』『VERSION』などの快作を書かれている漫画家の坂口尚さんです。最初イラストを見ていて誰かと思ったら、なんとあの坂口氏でした。主人公デラニーが『VERSION』の私立探偵八方塞と似ていたのは気のせいでしょうか?

 著者チャールズ・エリック・メインは、1921年英国生まれ。彼は第二次世界大戦前からリバプールにおける有名なSFファン活動家であり、自分のファンジンを出していた人であるそうだ。SF以外で本を執筆するときは、リチャード・レイナーの筆名を使う。第二次大戦中は英国空軍の信号将校として勤務、1946年に除隊後はテレビ技師となり、そのかたわら、ラジオやテレビのドラマを書き始めた。1951年にロンドンのテレビ雑誌編集長になる。1952年、BBC放送のために書いたラジオ・テレビのドラマ脚本が好評となり、それ以後作家として執筆に専念することになった。初代SFM編集長福島正実氏はチャールズ・エリック・メインのことを、「ストーリイのバックグラウンドをなす設定についての理由づけが希薄で、そのためせっかくうまく作った導入部も、あとがかなり月並みなスパイ・アクションものになってしまう場合が多いので、竜頭蛇尾の感があった」と評していますが、訳者の斉藤伯好氏は本書を「一流のエンターテイメントSF」と評しています。日本で読める彼の著作は本書を合わせて3冊、他の二冊は『大真空』と『海が消えた時』の二冊ですが、私もまだ見たことがないので情報お願いします。


感想

 この作品は、とにかくテンポがよいです。表紙がすごく妖しいので(レイナー博士と思われる人物が、青と赤で”阿修羅男爵”のように塗り分けられていてちょっとこわい)、原子力かなんかを糧にいきる人間の話だと思ったら、まったく違ったのでちょっと驚きました。それは本書の主人公が「雑誌記者」であること(チャールズ・エリック・メイン自身の経験も関係しているのであると思いますが)で、まずハードボイルドミステリー的な要素が濃厚になっていて、最初「これ本当にSF?」と思いましたが、実は放射性同位元素を浴びすぎて、今回のキーパーソンとなったレイナー博士自身の体がSF的なアイディアによって書かれているので、SFだということになっています。博士は銃弾を2発浴びて、7秒半の間心臓停止をして死んでいたのですが、アドレナリンの投入によって見事に蘇生したという下りがあります。その部分で後に博士を尋問するシーンがあるのですが、博士がちんぷんかんぷんなことをしゃべるので「放射能で脳がどうかしたのか?」とか思うかもしれませんが、実はここに謎があって、彼はなんと7秒先の世界が見えるという不思議な体験をしたことがSF的なんですよね。

 むしろ本書はSFというよりも、ハードボイルド推理小説として読むことができます。だから、非SFな人に薦めて、「へえ、こういう風なSFの手法もあるのか」と思ってもらったり、イントロダクションとして読むことを薦めるのも一つの手だと思います。 主人公の性格が熱血漢で、頑固者。助手の美女フライディ(というとハインラインの同名の小説を思い出しますが)もウーマンリブだし、警察は非協力的(おきまり)だし、悪役はとことんアホだし。でも、産業スパイ物としてはどちらかというと『コーポレート・ウォーズ』的ではありますね。設定が近未来でないこと、主人公が逆の立場であるということを考えていくと結構比較ができて面白いと思います。残念ながら本書も、古本屋でしか入手ができません。もし見かけたら、「お金があれば」買うことを薦めます。


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